二章 It is asking and kill me please -お願いです私を殺してください-
 





 それは私を正気に戻す快楽だった、体中を這うようにわたる血の快楽。今までこんな事は一度たりとも無かった、美味しい、本当にそう思う血、だが毒だこんな物、私をこの味に執着させる毒、そこにいた男は笑いながら死んでいた。だが今までのどの笑みのとも違う、完全に皮肉に歪んだ笑み。

 私は気付かなかった。

 その死刑囚のような扱いを受けた人間の両手足を刃物で差され拘束されていることを、その人間以外にもこうやって私は人を殺していたことを、それだけじゃない周りの焼け焦げた人間も、全部私の所為で死んだものだと。

 本当に汚らわしい、涙を零しながら私はその血を喰らう。止まらない、私の意志で私は今人を殺している、だから謝罪の変わりにその彼を拘束している刃物を全部抜き去った。

 私は気付いていなかった、私は気付いていなかった、それは全くの快楽だったから、それは全くの異常だったから、それは私が自分に与えてきた物だから、全然気付かなかった。

 私の口から血が毀れている事なんて、体中が麻痺して動けなくなったなんて、力も入らず私はその場に倒れ伏す。

 何度も吐血し、動くことすら私はできなくなった。指先は震え、体中が青白く変貌していく、視界は霞み、体のありとあらゆる機能が停止していく、何度もそれは感じたことがある感覚、だがそれは全く違った物だった。今までと全く違う物だった。

 気付かないが爆発的に進行する体の異常、発熱し体中のたんぱく質が硬質化していく、脳細胞まで沸騰とするほど熱に襲われ、私の体は面白可笑しく一層破壊されていく。

 今まで体験したことのない苦痛まで私に押し寄せて言った、片足が煙を立て灰に変貌していく。

 私に震えと歓喜と感動と恐怖と逃避と現実と背反する感情が何度も表れていく、最後に残ったのは長かったと言うその感想だけ。今から自分の素材が消えると言う事に何の感慨もない、もう一つの足が灰になる。
 だが、それで全ては終了した。

 体はその様子を見て誰も慌てざわざわとなる、その間にも体はそれを否定するように、私がし死ぬと思ったその衝動を一切無視して体を蘇生させていく。それで安心したような声になるが、私は涙を流しながら絶望する、死ねなかった事と私がその人を意識を持って殺そうとした事に・・・・・・・・・

「よし、今度は俺の攻撃の番だな」

 けどその精気に満ちた声は忘れられない。一瞬何が起こったかわからなかったただ一瞬私の体が宙に浮いて黒い影に拘束された。

***

 辺りは驚きと恐怖に包まれる、死んだ筈の影が一人聖女を拘束していた。

「動くなお前ら、動いたら聖女に俺の血を飲ませるぞ」

 食欲がなくなった聖女は今までどおりの力を出せないのかユーグダーシの腕の中で大人しくしていた。足に激痛が走る中、もう半ばやけで彼はもがく。

「よく判らんが、この血でお前の聖女たちはあんな風になるらしい。大量に飲ませたら本格的に死ぬかもしれないぞ」

 真っ青に顔を染め辺りを睨みつけ、聖女の口に刺された腕を持っていく。このまま何の治療もしないでいたら死ぬ彼はあくまで平静にその言葉を吐いた、まだ余裕があるかのように。

 腕の中に納まるほど幼い聖女はまだ艶やかな服を帰ることも無く必死に腕の中でもがく、いや彼の腕の血を狙っているかのように必死に下を伸ばそうとしていた。

「さてどうする?明らかに殺気の聖女の変質は俺の血の所為の様だぜ」

 彼は牙を持ち嘲笑う、手負いの獣の苛烈さをありありと表現し、それでも理性のある獣として知略をめぐらせる。冷静かつ獰猛に、知略と化かし合いは幼い時からの彼の十八番、将軍家として相応しいだけの力は持たされている。千を越える軍を操る術など彼にとっては容易い事ましてやそれがその十分の一程度の数であれば尚容易だろう。

 彼は臨機応変を武器とし知略と言う毒をもって進行する。顔色は変えられないがとっくに人間(聖火)は燃え尽き始め顔色なんて分かるわけがなかった。

「さぁ……、どうする?俺を逃がして聖女を得るか、それとも俺を殺そうとしてついでに聖女を殺されるか、選んでみろよ」

 敵わない、これが四大貴族の象徴なのだろうか?

 彼らの目的である聖女を殺せるかもしれない武器があるのだ、彼らから見てもあの光景は異様のほかは無かった。幾ら心臓を貫かれても死なない聖女が死ぬと本当にそう錯覚させられるほどの光景、まだ彼が生きていると言う事はあまり座れていないという証拠だこれがもう少し多ければどうなったのだろう?

 戦慄しその歌劇場にいた全ての人間は止まった、一人の話術に屈服した。流す毒は劇薬でもなんでもないただの献血のような物だが思い込ませる、徹底的彼は騙すのだ。確証もないネタで彼は敵の行動を全て奪う。

「だがそれは確定した話ではないだろう」

 鬼のような形相をした一人の男は彼を逃がす事を良しとしない。いままで被ってきた皮を自分から引き剥がし、聖者としての仮面を破壊しつくす。

 怒り狂った思考では冷静な思考さえ出来ないが、その迫力だけで彼は一歩引く。

「なら試してみるか?ここで今すぐ、聖女に血を吸わせてやろうか?もし死んだらお前に歌は歌ってくれないぞ、それでもやるか?」

 あえて彼は言うのだ、そうやって相手を動かさないようにする鎖を徹底的に巻きつけるの刺された仕返しに最上の笑みを籠めて目の前の男を嘲笑う。

 お前のが殺すんだぞ、お前が聴きたいと言った歌も聞けずに、お前がお前の意志殺すんだぞと、彼は一言で敵を拘束し動けないように足に鎖を打ち込んだ。出来るはずがない、もしもは効かないのだ彼らはそうやって彼に盤面を支配された。

「まぁ、安全の変わりにこの聖女は預かっていくがな。お前らは俺のいかしてくれる可能性が無いからな」

 騒然とする辺りからは同様の声が響き渡る、彼に対しての罵倒も響くが、一睨みで黙らせる。

 くくくと口を歪め声を漏らす。

「言っておくが名前は知らんが司祭よ、どんないい訳をしても連れて行くからな。
 返して欲しければそれなりの代価と俺に二度とかかわらないと言う約束を取り付けろ、最も前者は出来ても後者はお前みたいな小物じゃ出来ないから俺が死ぬまで返すことはないがな」
「な!!」
「俺はお前らに命令しかしてない、約束が違うなんてほざいてみろその場で聖女はどうなるか分からないぞ」

 それ以上の反論は許さない、有無を言わさないその迫力、獰猛にして苛烈な彼の意思。

 誰もが静かに口を閉ざし彼らに道を開ける、今も昔も変わらなかった神に手が届いたのは一瞬だけだ。神は更に上を上り彼らを嬲り者にした。時代は終ってなんていない、まだどんなに権力を失おうと彼らに手が届く事はなかったのだ。

 そして巨大な門を彼は出る、その瞬間今までの暗さで一瞬目を閉じてしまうが誰一人それを隙と思うものはいなかった。

「一度門を閉じろ、開くまで時間を稼いで起きたい」

 頷くだけだ、実行する以外の手段はもうかれらには残されていない。扉は閉まっていく、一分ほどの時間をかけて確実にそしてユーグダーシには光を他の人間には闇を与える。

 さて逃げるか、途中には警備のものなどはいない。だからだろう彼は楽しそうに笑った、近くにあった神聖さを現すためのデモすとレーションの一つであろう蝋燭を見つけるとカーテンなどに火をつける、それは一瞬にして燃え広がり彼が入る時に出て行く途中の門番には火事だといって中に連れ込んだ後殺害、やたらと手馴れた手段で行う。

 これで多少の人間は聖火になる、居場所がばれればその瞬間おしまいなのだ。徹底的に彼は相手の逃げ道を塞いでやった、隣にいる聖女は顔を青くさせ彼を睨む、人を殺したことに対する者だろうが何一つ彼は顔色を変えない。そして追いかけるには最悪、逃げる者には最高の世界である霧の夜に彼は身を躍らせる。背景は燃え始めた歌劇場、何人死んだかわからない、この世で最も苦しい死に方を彼らはしていく、死体は判別も付かない白骨体で。
 
 霧の都を足を引き摺りながら歩いていく、迷路のような路地を使いながら目的地へと足を向ける。荒い息が彼の限界を物語る、寧ろ今まで平然としていたことが可笑しい傷なのだ、これでもかというほど血の気のない顔。辛うじて流れる血だけはあほみたいに高い服の給水率のおかげでどうにかなっているがソロソロ限界に近い。

 彼は壁に持たれる様に座り込んだ、地面に自分がいるという証拠を残さないように最大限気を使い。そしてふと目の前の少女を見る、未だに彼から逃げようともせずに、不服そうに彼を睨みつける。露出過多な服と体を縮こまらせている以外とくに何かするといった事はない。

「逃げてもいいぞ別に」

 だが少女は動かない、よりいっそう鋭い視線を彼に向けるだけだ。その間に手早く彼は止血する、これ以上血を流すことは本当に命にかかわるのだ、さっさと処理をする。やたらと慣れた、その手段にジュークでも居ようモノならつっこみの一つや二つ入れたのだろう、だが聖女は体を震わせるだけだ。

「逃げないのかぁ?血を飲ませばもしかしたら君を殺っちまうかもしれないんだぜ。逃げるぐらいのことはしてもいいと思うんだが?」
「意味がない、貴方から離れるメリットが何一つない」

 神経が切り落とされるような音が響いた、心臓が抉られるような衝撃が抜ける。

「へぇ……、これなら狂信も納得いく」

 声だけで飲まれる何かを彼女は持っていた、老婆が幼子に語りかけるように優しく、少女が若さを表現するように溌剌と、女が男を誘うように妖艶に、それは人の声でありながら異形の者だった。

 この声で歌でも歌われれば、飲まれる人間も出るだろう。更にそこに不死性と加われば、いやでも信仰する人間出てくる、かつての宗教の思想者たちを見てもそのような点はあるのだ。

「不穏当なことを言う人だ貴方は、私は貴方に攫われた、煮るも焼くも犯すも捨てるも全部貴方次第」

 美しい声を彼女は奏でながら、だが無機的な空気を漂わせ、彼に何かを望むように視線だけは彼を貫いていた。

「残念ながらもうあんたには用はないんだが……、連れ去った責任もあるしな」
「そう……」
「まぁいいか、その服じゃ寒いだろうし。俺もこの上脱いだら血の後でばれる可能性もあるからこの吸収のいい服はやれないわけだが」

 彼は全ての懸念を考えて、実行している。流石に見た目強姦されたあとの少女をそのままにしておくのもどうかと思う、急いで生きたいわけだが何となく良心の呵責に欠けるのだ。

「気にしなくてもいい、私はちょっとばかり自殺しすぎて感覚が無いからあんまり寒さは感じないから」
「いやそう言うものでもないだろう?」
「寧ろ、そうやって私の肌を見られたりするほうが恥ずかしい。だから早く行く」

 聖女は批判以外の視線を彼にようやく向ける、ようやく都市らしいその姿を見せるが、その前に彼女は真剣な視線を彼に見せた。

「そういえば連れ去った責任がどうとか言ってくれたよね」
「ん……、あぁ」

 一瞬路地に風が吹き込み霧を吹き飛ばし、珍しく星空が空を映す。ぶり返してきた痛みに彼はバランスを崩すが立ち上がる、少女はその彼の姿を見ながら、遠い目をした。

 不精な返事をする彼は、一体どれほどの苦痛に耐えてるのだろうか?と、だが止まらないのだ。目の前に彼女の可能性が在ったから、もう止まらない、枷が外せない、銀の目を赤く染め流れる茜、群青に染まる空と相成りそこは一つの絵になる。それは彼女にとって最上の礼儀と無礼を合わせた礼だった。


「お願いです、私を殺してください」


 それは極色彩に広がる、地獄のような楽園だった。

 響き渡るは天使の奏でよ、紡がれるは人の感情のように汚らわしい汚濁の言葉、それが響く。

「いやだ」

 だが返答はきわめて簡単、ユーグダーシは首を横に振りながら。はぁ?テメェ正気か、何て視線を向ける、完全に呆れていた。真摯な願いはきわめて簡単に破壊される。

「嫌に決まってんだろうが、門番だって殺したくて殺したわけじゃない。追い駆けられるのは間違いないから、殺しただけだ」

 彼は人殺しを推奨する人間ではない、あれを行ったのだって、自分が死にたくないからだ。そのために手段を講じただけだ、自分を害する可能性に対しては、容赦なく牙を向けるがそれ以外で彼は殺しを行いと思うほど悪人ではない。

「嘘つき、責任がどうとか言ってたくせに」
「悪かったな、死にたきゃかってに死ね。あぁくそぅ、いってぇ」

 ガタガタと不安定に体を震わせる、ザクンと体を削るような喪失感、壁を支えにして彼は立ち上がる。朦朧とした意識は、痛みで戻るがそれでも限界が在った。

「嘘つき」

 だが少女はそうやって言葉を繋ぐだけだった。目には涙まで溜め彼を睨みつける。

 彼は気にしたそぶりさえ見せない、当然だ殆ど彼の耳には声は刻まれていない。ノイズのように彼の耳には残るだけだ。

「嘘つきで結構、お前だって俺の血が目的だろう。今の状態で吸われでもしたらこっちが死ぬ、お断りだ」

 ざり、彼は壁を支えにしてゆっくりと歩いていく。

 目的地が分からない彼女は彼を心配する事しか出来ない、少しは気絶してくれ直ぐに血を吸うからとか思っているかもしれないが、静かに彼の後を着いて行く。

 血だらけの男と、半裸の少女、なんとも稀で奇怪なコンビは風の吹いて消え夜空さえ偶然見えたことが嘘の様な濃霧にまぎれて、姿を消し、音さえ霧に飲み込まれた。

***

 ジューグの店に黒服の男が現れた、ガタイはそれほどいいほうでもないが黒い片眼鏡をつけ、そろえられた髪形は知的な美といった様相を浮かばせている。どちらかといえば細身その姿を見て、店主はそれは嫌な顔をした。

「おいおい、仮にも旧友が来たんだ。もっと喜んでくれよ」
「煩い、この覗きや貴様の命令でやってやった仕事もユーグダーシに任せて折角の新婚を楽しんでるんだ、首だけ今とは百八十度ほど違う方向に回ってくれないか」
「冴えるなぁ、君の悪口も段々と心にこうずんと来るような一撃に変わってきたよね」
「だまれ、リーベンウッドマン。ちなみにだがユーグダーシからはこういう言葉を預かってるぞ。アルファンケベック家の祝福をとな」

 知的な表情を思いっきり崩し、顔を青くさせる。

「それってさぁ、例のあれだよね。お前絶対後でぶん殴るって奴、それか対価になるだけの復讐をしてやるって意味だったよね」
「ちなみに俺はあいつの嫌がらせだけは二度と受けてたまるかと思っているのでな。あんな屈辱二度と耐えられるか」

 二人ともども顔を青くさせる、一人は想像で、もう一人は実体験から、だが頷くタイミングは一緒だった。あいつの復讐だけは絶対受けたくないと、一体どれほど悪質な性格をしてたら知人連中からここまでこき下ろされるのかわからないが彼の人徳のなせる業であるのはいう必要がない。

「けどすでに仕返しは受けた気がする、何しろ目的の場所は炎上してしまったんだ」
「念を押したくせにあいつは何をやってんだ」

 二人は同時に溜め息を吐いた、アイツに関られた歌劇場の人間に同情しつつ、彼らの中心的存在であるユーグダーシを待っていた。

「しかしアイツ遅いな、焼いて逃げ帰るにしては遅すぎるぞ」

 そこまでしなくてはいけない状況にまで追い込まれるというのが二人共にはわからないのである。彼らにとってユーグダーシはやはり特別な人間だったのだ。

 だが彼も人間である、彼らはその辺りのことを失念しているようだった。

 それでも数刻の間待てば流石に何か在ったんだと気付いた。

「流石にやばいだろうな」
「けど待っておくほうがいい、アイツの事だからどんなに時間がかかっても死ななきゃ戻ってくる」

 それでも二人は彼を待つことにした、そしてそれから半刻。喫茶店の扉を開ける音が響いた、顔を蒼白とさせ一人の少女を連れたユーグダーシだ。止血などの応急処置はされているが流石に顔は青ざめて死にそうである。

「おぅ、リーベンウッドマン来てたのか。すまんな、かなりやばいカルトだったぜ、聖火にその辺の事業失敗者や戦争被害者を使って焼いて照らし、そこにいるしね無いが気を歌姫として信仰の対称にする。どうもそのいけにえには俺たち四大貴族いや混血で無ければ無いほどいいらしい。
 で、そこにいるのが歌姫だ。名前は聞いてないが取りあえず俺の手当てと同時進行で服でも着せてやってくれ」

 そう言って彼は襤褸襤褸になりながら話を始める、増血剤を渡されそれを口に含み傷の手当てをされながら、まだいう事があると口を開き続ける。

「簡単な概略はそれだ、追われると困るから歌劇場を焼き払ったが…………、多分あそこに来ていなかった人間も多い。それに何人かは助かっただろう、正直あの少女と関ってたら俺の命は無い」

 やれやれと言ったように彼は息を大きく吐いた。やたらと鉄錆のような味のする口に不快感を覚えるが噛み殺し、激痛さえそれで止めながらまだ話を止めない。

「だが、アイツに付き合わんにゃどうも行けない様だ。連れ去った責任があるらし」
「お前はやっぱり馬鹿だな」
「いや、貴重な情報だけど。君の話が本当なら間違いなく命の危険には晒されるよ、仮にもアルファンケベックの教えを受けて当主になった君なら嫌でも分かるだろう?」
「だがなぁ、こんなちっこい餓鬼をその辺に捨てて生きてくれは好きじゃない。お前らから仕事斡旋してもらえるんだろう幾らなんでも割に合わないから金よこせよ、あとは眠らせてくれかなりきつい」
「了解だ、流石にそこまでとは思ってなかった。上乗せはしておくよ、君がそこまでになるほどの事とは思っていなかったんだ」
「俺だって人間だリーベンウッドマン、俺を過大評価するなって言ってるだろう」

 分かってはいると彼は言った、分かってはいると、だがあのユーグダーシと言う彼の思い込みがそれを完全にさせない。

「情報屋としてはそれだと二流に成り下がるぞ、お前は常に第三者だろう?」

 トドメに一言、彼はその言葉を紡いだ。それで彼は俯く、こんな存在だから過大評価してしまうのだ、血みどろになろうが平然としているその姿、四大貴族筆頭アルファンケベック家の血を色濃く受け継ぐユーグダーシ、虚勢だろうと何だろうと堂々としているその姿は周りには光にしか見えないのである。

 リーベンウッドマンは呆れて溜め息を一つ吐く、昔から聞き耳屋には向いていないと分かっていたがこの存在に飲まれないなんて人間少なくない。

 彼の隣に心配そうにしながら服を着替えた少女がいるが、信仰には値しても、リーベンウッドマンは興味ないだろう。もっと目の前に毒性の強い奴がいる、彼には自覚は無いだろうが彼の存在感は他を圧倒する物であった。それが軍を操る上でのカリスマになり、四大貴族としてその力を発揮させる事の出来る物だった。

 少女が渦ならば彼は津波、巻き込むものではなく飲み込むもの、その衝撃を知っていれば渦に巻き込まれない方法ぐらい着く。もし彼女が大嵐や竜巻ならば話は別だろうが、その程度彼らには気にするところでは無い。

「ったく、君は一体何処を見て過小評価するなといってるんだか」
「つくづく自分を知らん奴だ、幼女趣味の誘拐魔風情が」

 はぁ、疲れきった彼は息をはくだけだった。それが痛みを更に追加する行為だと気付くまでそう時間は掛からない。

「いてぇな、しかし誘拐魔は無いだろう。あの名前も知らん奴が攫った責任を取れって言うから連れて行っただけだ」
「どちらにしろ変わりは無い、攫っている事実はあるんだろうが」
「自分の命の為なら他人に迷惑の千や万は掛ける、お前らだってそうだろうが?」

 男三人は呆れながら自分達に対して落胆の声を漏らす、呆れるのは当然だろうなにしろやってしまうのだこいつらは、伊達や酔狂で四大貴族を名乗れるほどこの国の最上位の人間は甘くない。

 賢者と愚者を併せ持つ三人は嘗ての貴族がどういったものかを教えてくれるように皮肉めいた表情を作り笑った。

「いて!!」

 ユーグダーシは突然声を上げる、振り返る途中に腕をぶつけただけのようなそんな痛みが彼を襲う。

「っておい……、なに俺の腕噛んでんだよ」

「ふぁふぁひふぁ」

 少女が手首に噛み付いていた、しかもかなり強くどうも犬歯が異常に発達しているらしく深々とは突き刺さり彼の腕から血が零れた。ユーグダーシはその姿を見て拳骨を少女に見舞う。

 力の無い一撃だが少女の行動を止める程度の能力はある。

「俺の血を吸う理由はまぁいい、周りにほかの四大貴族がいるんだそっち側を吸え俺はお前を殺すつもりは無い」

 だが少女は何も語らず首を横に振る。

 噛み付いたままそんな事をされているのだ彼は傷みを顔を歪ませ、もう一つの手で撥ね退ける。

―そして当然のように変貌が起きた―

 少女は、また死に始めたのだ。

 体がボロボロとまるで灰の様に崩れ落ちる、形の在ったその姿が瞬時に崩壊していくそれはまるで砂の城、波に流される砂の山。

「ぐぅ……、あっ!! ……ひゃぅ、あぁあぁ」

 だがそれは途中で止まった、まるで毒が体を回りきる前に停止するように足を完全に殺され悔しそうに顔を顰める。

 また死ねなかったその思考が彼女を巡るのだ。

 当然のように彼女の体は復元していく、殺された足が沸騰するようにボコボコと肉を作り骨を想像していく。神経を最接合し、あらゆる体の状態を最適化していく。

 それはただの痛んでしかなかった、ユーグダーシを除く二人はその光景を見て言葉を失う。

 誰もが冗談と思う光景だった、だが確実にそれは存在していた、それは確定していた。

「成る程な、信仰に値するわけだ。昨今の不老不死グノーシズムは見ていて吐き気がするほどだったがまさか本物があるとはな」

 あくまで冷静に動揺を全て隠して、剣の一族の当主は頷く。

「だがまぁ、彼女を見ていたら納得だ。成る程もうこれは呪いと言ってもいいほどのものではあるが歌と合わせて神聖性を上げて、ふむふむ。演出で人を焼き人を一種の興奮状態に導くねぇ、もしかすると麻薬も使われいる可能性があるってことだな。思い込みによって更に信仰心を作り上げて金を集める。
 宗教ってのは嫌でも金と人を集められるからいいが、象徴が不老不死か実際目の前で見せられて過度の興奮状態に置かれればそれぐらいのこと妄想してしまうかこれで我らも不老不死って」

「少し違うと思うぞ、殆どそれで正解だろうが。あの女はどうも血を好んで食すらしい、そしてその血をすわれる存在を聖杯って呼んでたからな。
 もしかすると、血を吸われる事によってもしかしたら不老不死になる可能性があるということかもしれない。そんな妄想を打ちつけたんだと俺は思うんだが」

 そのまま気絶した少女をユーグダーシは見ながら呟いた。

「だがお前の血は凄まじいなその不老不死とやらに近い少女を殺しそうになるなんてまったくどれほど血が腐ってるんだ」
「しるかよ、だがお前らの血でもどうにかなると思うぞどうも『純血』にちかいほどいいらしい」

 その一言で周りの空気は歪む。

「そうか成る程な、だからこそ夜啼鳥の舞踏会のしていに四大貴族レベルの血統が必要と書いて在ったのか」
「試してみようか?」

 たった今死に掛けた人間に対して言う言葉ではないが、リーベンウッドマンは明らかに本気の目をしていた。情報の頂点リーベンウッドマン=オブーズドは別にそれが死んでも構わないと言う目で指にナイフを突き通す。赤い真珠のような血の玉が作られる。

「止めとけよ」
「嫌だ、黙れ、将軍家。お前は少し口を塞げ、殺すぞ」

 探究心の塊とも言っていいオブーズド家の呪い、邪魔する物には容赦の無い暴力を、ユーグダーシは首を竦めるこうなっては止められないし別に少女を助けるつもりは彼にはなかった。

 冷淡かもしれないが死にたがりに彼は優しさを向けるほど人間が出来ていない。

「下劣だな」

 ジューグは呆れながらその光景を見ていた。だが止めようとはしない。彼にとってもやはりその少女が死のうとどうなろうと興味の無い話なのだ。

 リーベンウッドマンは少女の口をこじ開け自分の血を与える。

 喜の表情に包まれた彼は少女がどうなるかを心待ちにするように血を与え続ける。

 そして少女は目を見開いて起き上がった。瞳に涙をため、口を閉じたまま左右に激しく首を振るい何かを探していた。そしてユーグダーシと視線を合わせた瞬間彼女は彼にまた噛み付いく。

 当然の事だが血を座れる前にユーグダーシは彼女を引き剥がす。

「まずい」

 それが少女の言葉だった、リーベンウッドマンの血はどうやら恐ろしく不味いらしい。しかし変貌は何一つ起きない、ユーグダーシは血の一滴でさえ毒だと言うのに首を傾げてジューグは自分の血を与えてみた。
 少女だろうがなんだろうが自分の気に成ったことには容赦し無い奴である。

「まずい」

 やはり変貌は無い、量とかそう言う問題では無いあれはユーグダーシの血は麻薬のような毒。この男たちの血はこの上ないほど拙いが毒では無い。

 常習性なんて絶対に感じない、そんな残飯のような物だった。

「っていうか酷い、何で私を殺そうとするの?」
「待てそこの女、死にたいといったのはテメェだろうが」

 彼は呆れた目で彼女を睨む、だがそんな事一向に意にかえさない辺り彼女も四大貴族のようなどこか図太い神経を持っているのだろう。だがユーグダーシの追求の視線は一向に収まる事はなかった。

 その視線に耐えかねた彼女は重々しく口を開いた。

「あんな人の食べ物じゃない血で死にたく無い」
「俺とであったときに体の中身撒き散らして死んでた女とは俺には思えないんだが」
「私は私、人にされて嬉しいと思うほど私の精神は可笑しくない。それにあんな汚物口に含ませるなんて正気の沙汰じゃない」

 引きつる二人の表情自分の血を汚物扱いされれば流石に殺意の一つでも沸くだろう。

 ジューグにいたっては喫茶店を開くに当たって封印した四大貴族当主継承器 天貫く刃 の封印を開放しようなんていうろくでもない思考にまで至っていた。

「この調子じゃあ将軍家のユーグダーシの血以外殺傷能力は無いようだ。だがどうも彼女を殺すには相当量の血を必要とするようだね、明らかに致死量はすわないと彼女の再生速度に負ける」

 それでも尚リーベンウッドマンは冷静に彼女の把握を行った。この辺りは探求者、聞き耳や都まで呼ばれる情報使いである彼らしいが、言ってはいけないことを言ってしまっていた。

「つまりこいつが死ぬと俺が死ぬってことか、いや待てよなんでそんなはた迷惑なんだよこの女」
「ふん良かったなぁお前が死ねばその女は一生死ねなくなるわけだ。これでその女を守る理由が出来たなユーグダーシ、お前を殺せば問題なく聖女は死ぬことがなくなるって事だろう。
 実験結果が物語っているぞ、どうせ殺されるが、聖女を放したとしてその事実を告げられればお終いだ」
「うるせぇよ、そして名前も知らん自殺狂。何故に刃物を向けてやがる」

 喫茶店の台所から取り出した包丁を構えている少女、これほど有言実行するタイプの人間も珍しいが間違いなく彼女は殺す気だ。

 目がマジなのである、本気でやばい、普通の状態であれば彼が目の前の聖女さまに遅れを取るなんて有り得ないが、彼は両手足にかなり深い傷を負っているのだ。

 まぁそれにもともと彼は将軍家、策略以外にも武門の子供としてそれ相応の教育は受けているが、不利なんてものじゃない。

 少女は真剣な目で彼を覗く、美しく流れる赤い髪が暴れた。

「お願い一緒に死んで!!」
「断る!!」

 当然である、正論としか言いようが無いだろう。

 彼女のように自殺マニアと言うわけでもなんでもない普通の人間が一緒に死んでと言われて死にたい人間なんているわけが無い。だが包丁は上から下へ銀線を作り上げる。

 残光さえのこらない、一瞬見惚れるような一線。技量的には大した事は無いが余りの躊躇いの無さにユーグダーシは避けるという行動を忘れた。

「ふざけんな!!」

 痛みを気にせずそのまま彼女の腕を掴む、ぎちりと手が歪むその姿を見て彼は舌打ちした。

 多少傷が開いたのだろう、痛みを噛み殺しながら包丁を奪う。

「嘘つき、けち、別に死んでくれたっていいじゃない!!」
「いや普通に考えろって、誰がお前となんか死にたいか」

 会話だけ聞けば痴話喧嘩にも聞こえない事も無いが、ただ死にたい女とその被害に合う男、割に合わなさ過ぎである。彼はまだこの国に絶望していないし、今の人生に後悔なんて無い。

「あのなー俺はまだ遣り残した事がある!!お前みたいな自殺狂と一緒にするな、俺にはまだやらないといけないことが残ってんだよ」

 ふんとジューグは嘲笑い、はぁとリーベンウッドマンは溜め息を吐く。

「お前はまだ諦めないのか?」
「いや裏切られても尚あがく辺り、まだこの国にさえ絶望して無いじゃないか」

 二人は様々に嫌味と言う名の賞賛を与える。

 一人意味の分からない少女は首を傾げ、また彼に噛み付こうと隙を窺う。

「今はそんな事どうでもいい、ったくまだ人を狙ってんのか?俺が死ぬときなら吸わせてやるから我慢しろよ」

 だが彼女は首をぶんぶんと左右に振るう。

「嫌だ!!私は早く死にたい、だから一緒に死んで」
「ふざけんじゃねぇっての、いいかお前は俺に何をさせたいんだよ。お前はいつでも死ねるが俺は死ね無いんだよ、少しぐらい待て」

 一瞬空間を一人の男が支配した、半ば狂乱と言ってもいい状態にまで陥っている少女が口を開くことさえ出来なかった。

「あと半年だ、それぐらい待て。後は死んでやってもいいぜ」


 ユーグダーシは笑いながらそう言う、その間に自分の後悔は全てなくなると。

 その後なら幾らでも死んでやるから待て、命に価値なんて見出さないくせに命がないと自分が困ると平然と笑うのだ。少女が渦なら男は大乱、力尽くでその男を停止させる事が難しいと知る瞬間だろう。

 二人の最高位貴族はその男の表情を見ても呆れるだけだが、始めて見る者にはその威力は絶大だ。多分これがユーグダーシという男の本当の表情なんだろう、子供のような笑みでありながら凄絶な辺りを圧迫する笑み、軽く途轍もなく重い、ひきつけられずにはいられない表情。

 …………だから、彼女はその男の表情を見て息を呑む
 渦さえ押しつぶす津波。一歩後ろに下がり、何か自分とは違う生物を見るような目で見る。

 しかしながら忘れてはならない、化け物は彼女であり、人間はユーグダーシであることを。

「お前と言う奴は子供までそうやって潰すのか、つくづく異常だな。お前の家の家紋は鷲だろう獅子は俺の家だぞ。その程度の事に全力を出すな」

 見るに見かねたジューグがユーグダーシの頭を叩く。

「だね、子供には刺激が強すぎるんだよ。普通の人間でも刺激が強いって言うのに、何でそうやってあたりにその毒を振り撒くかな。君のそれは誰かを惹きつけざるにはおえない毒を持ってるよ、はっきり言って将軍家の当主なら必要だった物だけど今の君ならその毒は不要だ邪魔にしかなら無いろう」

「しらんってそんなもの、俺は別にそんな毒なって持ってない!!親父もお袋もランゲートのおっさんも、グージェ叔母さんも何故か俺にはその手の才能があるって言ってんだけど俺は持ってない!!」

「そりゃもって無いだろうよ、君のは魅力でもなんでもない毒だって言ったろう?」

「お前のは毒なんだよ。何処の世界に裏切りを強制させるような毒がある、お前って奴はいるだけで害悪なんだって昔言ったろう」

 ユーグダーシは首を傾げる、自覚の毒など普通では有り得ない。だが毒自体ならそれもありえるのだろう。

 「毒かぁ?」首を傾げながらそんな事を言う、それに反応したのは脅えていた少女だった、どうも気が抜けた彼の発言に脅えていた事が馬鹿らしいと思ったのだろう。幼い体を精一杯大きく見せながら怒鳴る。

「いや毒です貴方のあれは、異常です!!なんていうか人間?って感じです、だから死ね」
「お前半年待つ気無いだろう」
「…………しってますか?私これでも四十五歳なんですよ、死ね無い体になったと同時に私は成長は止まったんです、だからもう待つのは嫌なんです、だから死ね」
「うっせぇよ、余りうざいと川に飛び込んで流されて死ぬぞ。そうしたらお前も死ねなくなる、それが嫌なら黙ってろ」

 軽く彼女の言葉を流す、この男ということにはうそが無いような気がして彼女はそれ以上の言葉を紡げない。信憑性も無いくせに実行してしまいそうなだけの意味を彼は言葉として持っていた。俯き彼女はユーグダーシから視線を外す、流石に諦めたと彼は多き溜め息を吐いた。

 しかしそれは紙に死ねと言う言葉を書き続け彼にプレゼントするまでの間では在った。

「お前本当に俺に死んで欲しいのかよ」

 だがそれには彼女は否定の意思を表す。

「私が死にたいの、けどそのためには貴方が死なないといけない。だから一緒に死んで欲しいだけ」

 別の方法があるなら私はそうすると言っていた、残念ながらいまの状況ではそれしか無い以上最短の道で彼女は自殺と殺害を実行しようとしている。

 溜め息を吐く、呆れて、愕然として、でも彼は仕方ないと。

「分かったが半年いや三ヶ月……、一ヶ月でいいからまて、死んでやるよ。それで全部終らせてやる、それで我慢しろ」

 最大の妥協案を提出する、この男に命なんて不要なんだろう。これ以上の我が儘は彼女も言うべき所では無い、いや本当であればいま死ねとでも言いたいだろうが、彼女は俯いて何も喋らない。

 自分が命を奪うと言う事を思い出したのだろう、本当に本当に、相手は自分の事を考えてくれていた。

「わかった」

 その言葉しか出される物は無い、彼女にとって自分と死んでくれる人間なんて後にも先にもそいつしかいないだろう。

 この男はここで断ったら自分のしたい事をして、彼女を殺さずに死んでしまう、選択肢は残されていなかった。感謝と憎悪を混ぜて、妥協に妥協を加え更に妥協して、彼女は首を縦に振った。

「わかった!!一ヶ月待つ、一ヶ月だけ、それ以上は絶対また無い確実に死んでもらう!!」
「りょーかいだ、死んでやるよ。四大貴族総当主ユーグダーシ=アルファンケベック=アルファンドが契約してやる、明日から一ヵ月後どんな事があってもお前を殺してやる」

 なんて魅力的な言葉だろうと彼女は思う、今までどんな事をしても死ぬことが許されなかった自分貸しという恐怖を与えられるのだ。彼女にとってこれほど嬉しい事があるだろうか、願い続けて、そして願いがかなう一歩手前までそれは着ているのだ。

 二人の貴族は呆れたままその二人を除き、異質な大乱は彼女に手を差し伸べる。

 それはお姫様の手を取るように優しく…………

 彼女はその手を荒々しく握る、そしてポツリと口を開いた。

「私も約束しよう一ヶ月貴方を殺さない、絶対に、リブドゥルエ=ノートン=コーシェードバイエッファ、十字の国唯一の生き残りとして契約する」

 
「逃げるなよ」
「お前こそな」


 ここに契約は完遂した。


「ただし貴方の血は毎日貰うじゃないと暴走してしまう」
「分かったよ、ったくこの自殺狂め」
「いいじゃない連れ去った責任キチンと取ってもらおうと私は思ってるだけ、貴方が言った事だ」
「そうだった、キチンと責任は取ってやるよ。…………あぁめんどくせぇ」


 霧の都の一角の喫茶店で疲れた男の声が嫌に響き渡った。

 

 

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