十字国それは、この国を滅ぼした戦争の原因である国。宗教色が強く、十二司祭と王によって国を動かしいた。
元々この霧の都アルファンドもこの国の一部であった。当時の十字国南方元帥アルファンド=ドルド=イーフェンバック、その部下であるノーノートン=ネイベック、グドオード=オブーズド、メイフィーア=グードスケの反乱によって建国された国である。
アルファンケベック家のジードリクスゥは、ただの芸術家でありこの反乱には一切関わっていない。教会の息子であり、十字国の中でも信心深いほうだったで在ろう彼が、四大貴族の一人として埋め込まれることになるにはそれ相応の理由があった。アルファンドには王として致命的にかけていた部分がある、それこそがただの芸術家であるジードリクスゥを引き込む理由でもあった。
元々アルファンドとジードリクスゥは、士官学校(十字国は元々軍への従軍義務がある)時代の参謀と司令官の関係であり親友同士であった。
そんなアルファンドに致命的に欠けていたのは政治、経済、情報、兵力、求心力があっても政に関しては、かなりのざると言ったところだったのである。最もジードリクスゥもそういった能力を持っていた人間ではない。彼の能力は、才能を見出すと言う余りに認識しづらい内容だった。
だが彼のお陰で、オウジンヌーベ、バストリアバス、ホウレイダと言った後の建国の三傑や、六顧問、十二部署管理官と言った優秀な人材が次々と見出され出世の道を辿り彼の時代霧の都アルファンドは一代にして黄金期を迎えることと成る。この建国における重要な役割をこなし王からの信頼の厚い四人が大貴族と呼ばれる貴族となった。
反乱したものに手を貸したジードリクスゥは、それでも祖国を忘れることが出来なかった。せめて宗教だけはと、教会の司祭の権限を持ち唯一の八使途直系であった彼は教えの通り近親婚を厳命していた。八使途とは十二司祭と王の上に立つ存在であり神話の中に住まう住人だ。実際に彼らは死んでいるが、その直系で唯一その軌跡が辿れるアルファンケベックはその血を絶やしては成らぬと初代アルファンケベック家当主は子孫に到る全てに命令を下した。
最もこの決定により、四大貴族の筆頭に彼はなったが王位継承権は四大貴族より下になってしまったが彼にとってはそちら側のほうが大切であった。
実際のその系譜はユーグダーシにまで続く。彼には上に二人の兄がいるが、二人とも若くして死んでいる戦争ではなく病気が原因だ。近親婚を繰り返した結果の奇形である、この家にはそういった子供が生まれる可能性が高かった。
そんな中彼はかなりの健康優良児として育っていた。実際に剣の腕では、オブーズドには劣るもののそれでもかなりの使い手であり、あらゆるものを完璧に近い形で使いこなす一種の化け物であった。政治だろうが、経済だろうが、あらゆる物を使いこなすある種の奇形児ではあったが、あらゆるものから彼はその能力を認められた。
建国以来の天才、大乱中の大乱、王家と同位である称号アルファンドを受け取ることになるが、今滅びた国にそんな価値があるはずも無い。
そして不死身の女もまた、この十字国出身である。十字国との殲滅戦争の結果、アルファンド広大な領土を得たが肥えた土地ではなく十字国は極寒の地に当たる。ただ広いだけの土地を手に入れただけ、経済的要所と言うわけでもない宗教国家は、信者の寄付金だけで動いていたのだ。経済的に戦争で逼迫していたアルファンドは仕方なく奴隷などの手段を使いどうにか国を引き戻そうとしたのだが結果は知っての通りだ。彼女はその奴隷の一人であった、
「ふあ」
少女は、目を覚ました。霧の都特有の湿気でジメジメした空気に多少拒絶の感情もあるが、もう今更である。
もぞもぞとベッドから出て少しでもこの湿気を晴らそうと、窓を開いてみるがきりが晴れる様子はない。昼位になればこの湿気ともお別れできるだろうが、この不快感は簡単に消えるようなものではないので彼女は軽く嘆息する。
扉を開いた先にはいまだ王が顕在する、形だけの国の象徴。王城 光輝を照らす竜王の家紋 王家トルド家の象徴の形に作られたヨルヨバトバリが霧の奥に怪しげに浮んでいた。政治と言う概念は殆ど駆動しておらず、最低限の常識しかこの国は守られいていない。それだと言うのに霧の奥に見えるうつろな城は無駄に荘厳で、異様な存在感に包まれてた。
太陽は昇ったばかりの朝、水時計を軽く見て時間を彼女判断すると、いつもの日課を済ませるために取り合えず服を着替えた。
この霧の都に太陽の光がかかる時間は遅いのだ。日かかかっていると言ってもいまだに暗い、体内時計がきちんとしていない限りよほどの人間は寝ている時間であるが彼女にとってはチャンスである。何しろ彼女の朝食は寝ているだろう、ラセイフの王者は首だけしかない、クレジャの神父は足しかない、そんな童謡を歌いながら毎日の日課を済ませようと彼女は歩き出した。
***
彼の視界は夜の帳に包まれている。
いまだに光の当たることのないようにカーテンさえ締め切ってそこは漆黒の空間だ、霧のお陰で彼の世界の夜はいまだに続いている。自殺願望の強い少女とすごしてもう既に十五日と言う日にちが経っていた。その間に吸われた血は人間の生成量を軽く上回り、軽い貧血に襲われ続けていた。
寝起きが恐ろしく悪い彼は軽く大魔神レベルの不機嫌さを当たりに散らし回しながら目を覚ました。
「おぅ、珍しく早起きだ朝食…、……犯さないで欲しい」
殺気に近い彼の目付きに彼女は、怯えたようだ。しかも極限に間違った方向に。
ウサギを連想させる素方を見せながら彼の不機嫌な表情が変わることは無かった。毎朝毎朝地を座れて彼の体調はいつも最悪だ、不機嫌な表情を隠すはずもない。
「うるさい、こっちは昨日酒場で大乱闘して体中が痛んだよ。ったく、折角使い道のある人間を見つけたってのによ、仲間になったからいいものの成らなかったら絶対俺は殺したな」
少しずつ機嫌を取り戻していくが、彼もまたこの鬱陶しい湿気に多少不機嫌さを隠そうともしない。だがこれも朝特有の儀礼のようなものだ、昼過ぎれば霧は消え、さっぱりとした空気が広がる、曇りなどの日はそのまま霧が広がったままである。神秘の霧の都と言うが、年中霧がまと割りつくような場所である、季節によれば毎日のように濃霧が広がるときもあるが、丁度今はそんな時期でもない。
「で、朝食だろ着替えが終わるまで待ってろ。こっちだって増血剤とか飲まないといけないんだよ、お前の所為で貧血だっつーの本当に一ヶ月経たずに俺が死ぬぞ」
「頑張れ、きっと大丈夫だから」
「なんですかその無責任かつ、楽しそうな表情は、四十越えのおばさんの癖にそこまで二十代のストリップが楽しいか」
だが少女は恥じらいを見せるわけでもなく上下に首を振った。既に清純とかそう言う時代はとっくに過ぎているのである、寧ろ若い体上等ぐらいの考えがあって彼女の場合しかるべきだったのかもしれない。しかし別に見た目幼女に自分の体を見られたところで恥ずかしさなど感じるわけもない、これが路上ならともかく室内なのだ、彼女の目の前で平然と彼は着替え始めた。
「関係ないんだけど、私は脱ぎかけの男のうなじと鎖骨に異常な魅力を感じるんだけど」
「その質問に俺はどう答えりゃいいんだよ。と言うかな、そのありえないソプラノボイスで、思いっきりセクハラ発言ってどういう事だよ少しは発言を考えろ」
なぜか残念そうに俯く、その間に彼は手早く服を着替えると増血剤を飲み消毒液とカーゼを用意した。
その消毒液をカーゼに染み込ませると取り合えず彼女にか見つかれるであろう場所を拭いて行く。軽い悪寒に体を震わせながら準備を完了させた。
「実際の話こうやって私のために肌らを曝け出す男ってこうなんていうのだろうか……最高?」
「殺してやりたいと思うのは俺だけで十分か? まぁいいさっさと吸えよ、俺は今日も用事があるんださっさと済ませろ」
これが彼と彼女の出会ってからの十五日間、だがもう少しで彼と彼女の話の終わりは近付いていた。
ユーグダーシはいつものように彼女にはにも言わずにどこかに出かける。昨日は乱闘、その前は交渉成立、聞いているだけだったら一切何をやっているのかわからないそんな彼の行動だ。
実際に彼女も気にはなっていたが、一ヶ月の間に終わらせる彼の行動。自分には関係ないはずだと打ち切って、カレンダーに赤いペケ印をつける。
そうもう自分が死ぬまでそう日にちは無いのだ、やっと死ねる少女はそう思うだけで心が躍った。
だが死ぬまではこの世界を楽しもう、町民街大通り発展を知らせる声の道の一角にある彼らの部屋を飛び出し、自分の手に入れた歌い手と言う仕事を彼女は始めていた。人に信仰を与えるほど凄まじい魅力を誇る彼女の歌は、娯楽よりも生きる為に必死な彼らの心を揺さぶりこの界隈では評判の歌い手だった。あの狂信者の望んだ、葬送曲以外の歌が世界に響く、童謡を、賛美歌を、ありとあらゆる歌を彼女は感情のままに歌い続けていた。
もしここにあの狂信者がいたのなら感激の余り涙を零しただろう。彼が行った全ての行為は、彼女が葬送曲以外の曲を歌ってくれると言うただその一転だったのだ。本当に簡単なことだった、だがそれはいまや彼の生死が分からぬ以上考える必要すらないこと。
この場所だけはいまだに変わらぬ滅びる前の国の情景が見えていた。
ルーべの踊り子がキーべの花歌と共に舞い、いつの間にか晴れた霧の中拍手と歌声、滅びた国にはありえない活気がこの場所には溢れ始めていた。
生きる糧を得るように次々人が来ては彼女の唄にあわせて歌い始める。奇跡的とさえいえるその歌声、祭りでも催しているかのようにこの一角だけは、いつの間に嘗ての光を取り戻していく。
これが彼女の力なのだろう、歌声によって世界を変革させるような異形を持った少女。少女と言う年齢では実は無い、殆ど五十近い年齢の少女である。おばさんと言ったらすねるぐらいの乙女心しか持っていないが、いつの間にか少女はネステフェンフィの歌声と呼ばれこの界隈の有名人にいつの間にかなっていた。ちなみにだがネステフェンフィとは八使途の一人である
拍手が終わり少女が笑顔で一礼、それだけでこの場所は笑い声に満ちる。別に少女は、歌いたいだけであり誰にも金など請求していないのに次から次へと金貨や銀貨、店の商品を渡してくれる。その量にあわてる姿も周りから見れば、微笑ましいのだろう、またこの場所に笑い声が満ちる。
「妻が面白いものを見れるからと言ってきてみれば、お前か」
「面白いでしょう、この国ではめったにお目にかかれない光景です!!」
「妻よ……、そんなに胸を張っていうことではないだろう。だがまぁ、懐かしい、なかなか見れるものではないからな。よくやった女、お前限定で俺の店に来てもいい権利をやろうユーグダーシを誘ったらあいつを殺す」
不遜な態度と、それを補って有り余る美貌、一枚絵になる喫茶店の夫婦は朝の買出しにでも来たのだろう。この辺りは、寂れているとはいえ市場である買出しに来るとしたらこの辺りではここぐらいしかない。
回りは彼らの美貌に溜息をはく、まさか目の前の人間が四大貴族剣の守護者であるなどと思うわけも無く、毎日見ていようと忘れることさえ出来ないその顔の造詣に誰もが目を奪われる。
「べつに、行きたくない。ついでに、貴方があれに敵うと思わない」
「ほぅ、よく見ているな。あいつはそう言う類の人間だ、私は敵うと思っていない、さすが十日も過ぎればあいつが規格外と言うことぐらい理解できるか、それはどうでもいいがどちらにしろついて来い、お前には少しばかり話がある。ちなみについてこなければ殴り倒しでも連れて行くぞ」
彼女は目の前の男ジューグが嘘をつく類の人間ではないのを目の前で見て知っている。しぶしぶ少女は頷き、二人の買い物に付き合い荷物もちとして彼らの喫茶店まで連れて行かれた。
***
「お前は、あいつとの約束を敗れないのか」
それが喫茶店に入ってすぐの彼の言葉であった。
当然少女は憤慨するやっと死ねると言うのになぜ邪魔をすると、その学校は師に続けた少女らしい汚濁。
「いやだ」
当然のように首を振り幼子のような否定をする。だがそれはジューグとて分かっていたことなのだろう、豆茶を差し出しながら頷く。
「まぁそう言うと思ってたがな。それでもどうにか伸ばせないかといっているんだ、あいつは本当に天才なんだこれがふざけた事に」
「だからどうだという」
「分かっている、この国が滅びた理由だがな。アルファンケベックを除く四大貴族、そして王の所為だ、ユーグダーシは十六にしてアルファンケベックの当主となったんだがな、あいつの才覚は正直この小国に納まる器じゃなかった。だがそれを信じない家の馬鹿連中があいつの提案を全て却下しつくした、筆頭とはいえ流石にそこまでアルファンケベックに能力があるわけではないからな。
化け物みたいな天才なんだよあいつは本当に、たかが一つの国を千年に渡って存続させる計画を提案。だがな凡才は、天才の考えが読めるわけが無い、凡才ばかりだったうちの国はその提案を却下する、馬鹿ばかりだったんだ仕方ないが、上が馬鹿だからこそ今の現状があるわけだ。仕方なく俺たちは父親を暗殺して、当主の座に着きあいつの計画をとうすつもりでいたが、時既に遅しと言うやつだ。
滅びた盛大にだ、ただ今は国と言う枠があるだけの経済集合体に過ぎない状況だ。あいつの策略では既に手の届かないところまで来ている、だからあいつは会社を設立しそれでどうにか形を戻そうとしたが、四大貴族の一人経済の頂点にいた一人が裏切った。もうさすがのユーグダーシも手も足も出ないと言うのに一ヶ月でどうにかしようとたくらんでやがる、もう少し時間を与えてくれといっているんだ」
案外友達思いだったジューグ、そのことに感銘を受けながらも少女は首を横に振る。
首を切り落とそうと死なない少女を殺さんばかりににらみつける彼は、この喫茶店の空気を完全に凍結させるが、少女はゆっくりと口を開いた。
「けど彼はアルファンドの称号を持って私と契約した、四大貴族なら分かっていると思う。一ヶ月で彼は成し遂げると言い切った、それは彼の最大の自信の表れ私はそれを妨害するわけには行かない。それにどうせ今提案しても断られるに決まってる」
「そこまであいつの性格を理解したか。だろうな、多分だがあいつが今からやろうとしていることは俺や他の四大貴族では予想もつかない、だがあいつがこの国の復古を諦めていないのなら、この国は一ヶ月で裏返る。それだけの才覚を持っている、それから先も全てあいつの手の内で回るだろう死んだ人間に世界が操られるような異常の沙汰だ」
ありえない、国を動かすものなら誰もがそう言うだろう。いや多少政治と言うものをかじっていれば誰だってそう思う、現在のアルファンドの人口は600万そのうち失業者や浮浪者は500万人、労働者がその次に多く、ようやく成功者と並ぶ。指折りで数えた方がいい成功者、それ以上に浮浪者たちである500万と言うが容易く処理できる問題ではない。
国の八割に職を与えるなど人間の範疇ではない。孤児などの問題もある、それを全てどうにかしようと言うのに一ヶ月と言うのは短い短すぎるのだ。
戦争ならば逆の変貌は可能だろう、だがプラスを及ぼす変化が劇的に起きるわけがない。
積み上げることの難しさは、人が生きていれば嫌でも突き当たる現実だ。だがそれと同時に彼ならやり遂げてしまうような気がしてしまうのも事実、裏切られようと、信用されなくても、目的を真っ直ぐと見るその目は嘘を感じさせない幼子の様な視線、その先に目的を加え、意思と言う道を押し通すだけの力があるのなら、きっとやり遂げてしまうと誰もが思ってしまう。
疑わせないだけの力がを持ってしまう。
「けど常識に考えて無理」
「だがやる、それがあいつなんだよ。この俺たち四大貴族と呼ばれる存在の上に立てる器を持つって言うのはそう言うことだ、出した言葉を下げるなんていうのは愚の骨頂だ」
「たかが反乱の徒の癖に、よく言う」
「だがその反乱で手に入れた国は、元の国を滅ぼすまでの力を得た。まぁその結果は今のじょうたいだが、あそこであの国を滅ぼさなければアルファンドは壊滅していただろう、十二司祭の暴走は予想外にもほどがあるレベルだったしな」
国を滅ぼす戦争は簡単に言えば十字国のアルファンドへの侵攻が行われたためである。国力ならともかく兵力では、土地に勝る十字国の方が上であった、だがアルファンドもただでやれてやるほど甘い国ではない。フェイドバルスの丘での前哨戦を皮切りに、アルファンドと十字国の中立地帯であるフェベル山陵地帯を中心にした大戦争が起きたのである。
ちなみにフェベル山陵地帯は皮肉なことか八使途、ならびに歴代十二司祭を埋葬した場所である。
結局、十字国をアルファンドは聖領侵攻によって一応アルファンドは勝利することになるのだが、結局元も取れない戦争は国の崩壊に繋がった。
「あれは司祭の暴走じゃない、上最位の八使途の血脈が見つかり政治に口を出したから」
「暴走だろう下最位のアルファンケベックは政治に介入すらしなかったらしいが、人間は野心を持つものだ。誰しも少なからず、実際十字国の人間は少なからずアルファンドは自分達の属国だとでも思っていたのだろう。いきなり浮かび上がった八使途の係累もどうせアルファンドの差別主義者だっただけだろう、発展していくアルファンドと教えを守り続ける国じゃ生活水準の差はひどいからな」
実際に小国とは思えない速度でアルファンドは発展して言った。北の台地の大国である十字国、その経済水準をだんだんと上回り戦争までは、アルファンドと十字国の経済格差は相当なものになっていた。十字国では餓死者が出るほどの状態であったというのに、アルファンドは食糧供給率がほぼ百パーセントと言う状況だった。属国と言うイメージが強い十字国では自分達が苦しんでいるのに属国は食べるものすらあまる状況、アルファンドに対する差別主義者が多い十字国では当然のように八使途の上最位の発言は、当たり前の声として浸透していった。
十二司祭の反対も王の反対も全て無駄である八使途からの厳命、神話上とはいえ宗教を国の主軸に置いた十字国はこの国最上位血統である八使途の末裔の言葉に逆らうことは出来ずに大戦争となっていったのである。戦争とはつまりは経済活動の最終手段である、実りの無い戦争に何の価値も無いことを王や十二司祭は知っていた、だがそれでもこの国で制定された法律では八使途の血脈に逆らうことは許されなかったのである。
「それをどうにか押しとどめるのが十二司祭の役割だった。政治に伝統と侵攻は必要ない、必要なの理性の一点のみどうやったら国が発展するか、どうやったら安定するか、それだけを追及し、鎖で拘束していけばいいだけのことを宗教や伝統そんなものに惑わされるのは既に暴走と言うんだ。政治も知らん血統だけの馬鹿にそんなことをさせた時点で暴走以外の何もでもない」
「私は政治の学が無いからわからない、ただ行っていることは理解できた気がする。つまりあの戦争は馬鹿が馬鹿のままだったから起きたと言う事」
その通り、ジューグは首を上下に動かし当然の事だと言い切った。
自分のために用意していた珈琲を一気に飲み干すと話を続ける。
「その所為でこちら側にまで迷惑をかけた挙句に滅んだのが十字国だ。馬鹿と言うしかないだろう、そう言う意味では歴代のアルファンケベックは優秀だ自分達に能力が無いことを理解していたのだ。確かにアルファンケベックでも四大貴族でも血統は尊重しているがな、そこに実力が伴わないようなら容赦なく潰しているそれが四大貴族となると言うことだからな、実際俺にも兄や父を斬り殺して当主の座に着いた、どの家の家族でも結構血に塗られているもんだ。そんな事もせずに無能を上においたと言うことが俺たちからしたら正気じゃない」
貴族が貴族と名乗るにはそれ相応の努力が必要だ。ジューグはそうやって育てられてきたのだろう、無能が上に立つことをアルファンドは許さない実際五百年に続くアルファンドの四大貴族の当主は全てが全て歴史に名を残す偉業をこなしており、その当主になるまでの道のりには確実に身内の死が残っていた。十字国では当然のように血塗られた殺人者の血統としてあざ笑われていたが……
「だから永遠の黄金期と呼ばれたアルファンドがあるわけ」
「だな、言っておくが最後の四大貴族は全てが全て歴代を超えると呼ばれた存在ばかりであることも追加してやろう。九代目剣帝リーズすら俺の下にいると言うことだ、リーベンウッドマンも、ユーグダーシも……あいつもな」
最後の一人にだけ彼は言葉を濁した。最後の一人こそ彼を裏切った男、経済の巨頭であるカイベス=グードスケ、ユーグダーシとは四大貴族中最も仲のいい親友であり彼の賛同者であったのだが、裏切ったその彼の有り余る才能に彼は怯えたのだろう。
「あいつ?」
「気にするなお前の会っていない四大貴族、その中でも最も哀れで惨めな奴だよ。経済の部分でユーグダーシに負けたグードスケの当主だ」
世の中には上には上がいると言うことをまざまざと目の前で見せ付けられた。哀れな男、だがジューグは彼のことを言うときどこか尊敬を含むような表情をしていた。
「だがすごい奴なんだよカイベスは、あの津波に真っ向から立ち向かって勝ったんだ。あのユーグダーシに、あいつが裏切りなんてものを見抜けないわけが無いそれをあいつは打ち破った。あいつの計算から逃れた、それがどれだけ偉大なことか!! だから俺はあいつを否定しない、本当にすごい奴だと言うことは絶対に俺はあいつに対して敬意を表する俺には絶対に出来ないからだ、それはリーベンウッドマンだって同じこと」
彼女とて同じだった、直接ユーグダーシを見ればまず思うことは凄いである。敵対と言う感情の前に敬服が来る、それは一生に侵攻して体を満たす毒である。
青銅の人間であったとしても変わらない侵攻と言う色眼鏡があったとしても結局は彼に飲まれて何も出来な間間に彼女を奪われていた。
「さて、そんな話はどうでもいいがあいつを説得することは出来るかお前に、俺や聞き耳屋じゃ無理だ、あいつが自分の言ったことを他人に言われて下げたことも自分で下げたこともありはしないからな」
「無理、絶対に無理、契約の重みは貴族であるなら知っているはず。ましてや終わった国とはいえ、この国の代表たる貴族は自分言葉を曲げることは死を意味する、そうやって四大貴族は栄えてきたと聞いた」
「それを言われるとどうしようもないな、それは事実だ。やっぱり駄目か、なら俺はあいつが死ぬまでの間どんなことをしでかすか楽しみにするだけになるのか」
さびしそうな家を見せながらジューグは、皿洗いを始める。彼女はご馳走様と呟くと、その会話を終了させまた高らかに歌を歌い始めた。
そんな彼女の声を聞きながら、彼の妻は嬉しそうに拍手を始めていた。
***
赤の玉座、ここは王城の謁見の間である。そこには二人の人間が相対していた、それは王とユーグダーシ、衰えた王の眼光といまだ変わらぬユーグダーシの眼光、まだ国が生きているときであれば彼のその不遜な態度は呼んだ貴族とて処刑されてもおかしくないほどに王を貫いていた。
十八番大通りから二十交錯路から十八番開門場を抜け、フェンベル回廊を通るその場所初代アルファンケベックが設計したと言われる国の中心。光輝を照らす竜王の家紋を玉座の上に刻み、その周りには鷲、獅子、狐、蛇が刻まれた基盤を守る系譜の獣が刻まれている。赤を貴重としたその謁見の間には、鷲の系譜が絢爛と目を輝かせて王を見ている。王はその眼光をオ懐かしむように見るが、静かに時間が過ぎれる中ユーグダーシは口を開いた。
「あと十五日で俺は殺されてやる事になった」
その瞬間置いた王の瞳が見開かれた。それこそ目玉を零さんばかりに、最後の将軍家、この国最後の天才、この国が生んだ最後の奇跡は余りに平然と自分の終焉を告げた。王は同様から声を出すことが出来ないのか、口をパクパクと動かすだけだ。
彼はそれを見て嘆息する。
「気にすることじゃない、やるべき事はする。やりたい事もする、俺は責任を取らずに逃げるほど愚かじゃない気にするなアビオールの爺さん」
「そう言う問題か!! ユーグ坊お前の言っていることはこの国最後の財産が終わると言うことだぞ!!」
「何を言う、宝なら山ほどいる。誰もそれを見出せないだけだ、こんな国の状況じゃあその他は埃にくすぶっているだけと言うだけの話」
彼の言葉に王は一度口を塞ぐ、こんな国の状況にしたことを彼は後悔しているのだろう。
それ以上にここにいるユーグダーシと言う人間が死ぬと言うその一転が彼にとっては納得いかないのか、その目だけは見開かれたまま彼を見ていた。
「だが……」
「あと十五日でどうにかしてやる、それは間違い無く契約した。この俺を誰だと思っている爺さん、大迷惑と友人に言われ続ける男だぞ」
「無理に決まっているだろうユーグ坊、お前の才能でも後それだけでなんになる」
「どうにでもなる、爺さん知っているだろう国と言うのは停滞を旨とするものだが動くときは激流になると言うことを、そのときになるまで誰も理解できない。黙ってみていろ爺さん」
間違いではない、動くときは激しく動く、だが流れる水さえない今の国に何の言葉があろうか。
「お前なら五年、いや一年あれば問題ないだろう」
「冗談じゃないなお断りだ。契約までしたんだぞ、もう逃げると言うレベルをとっくに超えている、契約は守るものだろうこの国の人間なら特に。初代から続く言葉だろう、貴族たるは契約の言葉を違える事を許さず、その言葉があったからこそ初代はアルファンドについて行く決意をしたんだぞ。何より俺のプライドがそれを許すはずが無いだろう」
腕を組み老獪な態度を見せるトルドの王。そこに動揺は隠せないようで、指がせわしなく動いているその老獪な態度を無効にして有り余る好意だ。
彼はその間に一度この絢爛名謁見の前をくるりと見回す。天井に八使途の物語が描かれており、その一つであるアルファンケベックの物語を見ていた。アルファンケベックの物語は他の八使途のように綺麗な神話の物語ではなく現実に根ざしている。
アルファンケベックは八使途の中で最も汚い部分を行っていた。仲間の処刑や、裏切り、策謀、他の七人のために汚いその全てを受け入れたのだ。十字国ではそれを罪過の使途といい本当であれば上二位に位置していたアルファンケベックが下最位と呼ばれたのものこのためである。何しろ十字国は殺人や裏切りといったものを穢れとして嫌悪する教えがある、唯一残った血脈であるアルファンケベックが政治などに介入できない理由はこの辺りにも実はあった。
ご先祖様らしいそんな生き方だ、きっと根本はそんなところには無かっただろうが……、その絵を見ながら彼は軽く先祖より伝わる家訓を思い出した。
「で、邪魔するなよ。聞き耳屋に、お前の対処はとっくに出来ている。何しろ聞かれていると言うならそれで対処を取ればいいだけの話だからな」
時間の無駄はしたくない。
「せめて一ヶ月で終わらせる計画を聞きたかったんだがやはり無理か」
「当然の事だ、あれはこの国で唯一認められたアルファンドだぞこの慢心王とよばれたドルドの最後の系譜が認めた天才、お前如きでどうとでもなるわけがなかろう」
「天才なんてこの世にはいないんだがな、俺はただ出来ることの範囲でやってるだけだ。情報じゃ聞き耳屋に負ける、経済ではカイベスに負ける、武術ではジューグに負ける、どこが天才なんだか」
その声を聞いた余人は大きく溜息をついた。それ以外のことでは全て完敗している、挙句にその専門分野でさえ彼は彼らの後ろについているのだ。それを天才と言わずになんと言うのだと、統合力で自分達は完敗している。ここにいた人間はだれもが彼のその非凡な才能とその無自覚さか現に怒りを通してあきれ返る。
「しかし、親友である僕や王であるお爺さんに教えてくれないのはなぜだい?」
「俺がやることだし手助けはいらない。いいか、これは俺の仕事だお前らの仕事は別にあるだろう王お前は後継者の決定、リーベンウッドマンお前は俺が行ったことでおきる他国の干渉、カイベスは裏切ったとはいえ俺が行った後ではどうしても貴族としての責任で暴走気味の企業の統括を行わなければならない、急激が政変による暴動の可能性や他国からの攻撃がある以上剣の守護者の力は絶対にいる、帝剣部隊はどうせあいつのために命を張る気で訓練してるんだろう?」
彼は言い切る、先を見つめ続ける彼は誰も理解し得ないところで動き続ける。国でどれだけ時が経とうと一人しか選ぶことの許されない国称号を得る男は、その称号に相応しく堂々している。不遜な態度に相応しく、王を追うとも思わずに彼は最後はお前の仕事だと言い切った。
「別に、この国政治思想自体をいじくる提案はあるが今の時代に俺が考えている思想は絶対に受け入れられない。それは紙に記してあるから、俺が死んだ後百年ぐらいしたら見てくれりゃまぁ笑える内容だ」
「君は一体何を考えて生きてんだユーグダーシ。どうやったら百年後の思想に自分で追いつけるんだよ」
呆れるのも当然だ、今から百年後を創造しろといわれて想像できるほど人間は優れた生命ではない。それを考えることの出来るその異常さをユーグダーシは理解できないでいる。だからだろう首を傾げて、何を当たり前のことをと言う態度を示す。
「さぁ? 出来る事をやっているだけだ、俺に才能はないからな。
「
「俺は全部において中途半端、だからこそその次に踏み込めるお前らが羨ましいんだが、王にしてもあいつらにしても何で理解出来ないかわからんその稀有な才能を、俺は限界すりきり一杯までどうにかして追いつこうとしたんだがな」
残念なことに俺は才能なんて無かったよ。万能であるが故の欠点、ユーグダーシはそれを抱えて苦悩している。彼もまた疲れたように溜息を零す。
当然のことながら、周りにそれに賛同できる人間は誰もいない。出来る事をやって百年後を演算できる人間はこの世にはいない、隣の芝生は青いものだ。それはどちらにもいえることだ。
「まぁ俺が死ぬと言うことさえ覚えていてくれれば問題ない。盛大に花火を揚げてやるから後続頼むぞ、一つ契約だこの国を戻してやるどんなことがあっても、ユーグダーシ=アルファンケベック=アルファンドが契約してやる」
それは死にたがりの少女のときの変わらず平然としたものである。
契約と言う言葉を当たり前に使うと言うのだ、だというのに彼の言葉は当たり前のように重い。国と言う重責を当たり前のように確定させながら、それを飲み込むだけの器を持っている。彼の言葉に嘘偽りが無いことの証明でもある。
王よりも王らしく輝く彼は、やはりアルファンドと呼ばれる英傑に相応しいのだろう。
「それからどうするつもりだ。ユーグダーシが死んだ後、どうするつもりなんだい」
「はぁ? 先に言っただろうがお前らに任せるって、準備は出来てる気にするな。激変に告ぐ激変の転換期だ、お前らぐらいの天才じゃないと乗り切れやしない。本当だったら十年ぐらいかけてやる計算をしてたんだがな」
呆れたように言い放つ。俺がやるのは国をもともに戻すだけだと、それなりの手助けだけはしてやるから頑張れと軽く言い放つ。
「人にばかり任せるな、俺は俺の出来る事を全てする。お前らは、お前らの出来る事をしろ、俺たちはそう言う責任を持って生まれてきたんだろう?」
「確かにそうだけど、僕達にきみについていくだけの能力は無いぞ」
「そんなわけ無いだろう。無自覚するぎるのは罪だ、聞くがお前は俺がお前に情報で敵うか?」
「ではわしはどうなる。天才でもなんでもないただの王と言うだけの男だぞ」
「よく言う、確かにあんたには才能のかけらもないだろうよ。だがな、この国が辛うじて存在しているのはお前と言う柱があるからだ、これは俺にだって出来るものじゃない。ほら見ろよ、出来る事は幾らでもある俺が出来ることの全ては国を元に戻すところまでだ。統治の才能は残念ながら俺にはない、無能はただ消え去るのみだ」
国に殉ずるとかそう言う事を彼は言っているのではない。自分の出来る事を当たり前のようにやろうとしているだけ、変化の後の安定はそう簡単になしえるものではない。先を見据える瞳に彼の未来は無いのだろう。誰もが彼と言うものを幻視しすぎている周りの人間には、彼は遠い人間に写るのだろうか。
「きみが無能だなんて僕は認めないぞ、僕達を振り回すだけ振り回してまだ足りないのかい」
「当然だろ、本気を出さないで俺に勝とうと思うほうが問題だ。出来る事を全て費やした俺と、出来る事を究極まで高めないお前ら差があって当然だろう?」
本気を出して究極にまでなっていないお前らに俺は勝てないんだぞと、自嘲気味に彼は呟いた。
「どうせその話は堂々巡りだその辺りで止めろ、お前がこの国の復興計画を教えるつもりが無いのも理解した。死亡予告だけするために来たわけではないのだろう」
「当然だろう、別の前らに言うつもりもないし大体リーベンウッドマンから聞いてるだろう。どうやら冗談と思ってだが嘘偽りは無いな」
「じゃあなぜここに来た、この国が崩壊してから一度たりともここにきたことは無かったくせに君は」
「そりゃなぁ、経済の中心地でもないところに行く必要なんか無いだろう。俺は国を戻すことを心に契約した、そのために必要な事をするそれだけだ」
そういいながら懐から紙を取り出す。余り見ない形の文字ではあったがリーベンウッドマンはその文字を見て顔をしかめた。
そこにあるのは何しろ、昔四人の幼馴染が調子に乗って作った嘘っぱち言語である。ユーグダーシはこれを一つの言語として完成させ、情報部の
ちなみに却下したのはリーベンウッドマンである。それを彼だけは使い続けてきたようで、しかめると言うよりはあきれ果てていると言うのが正しいのだろう。少し彼は疲れたような顔を見せた。
「アホだろ君」
「いいだろうが別に、まぁ取り合えず俺がくたばった後の国の運営人員で使えそうな奴のリストだ。当然俺が選考でもれた奴もいるから目安程度にすればいい」
そんなふざけた態度とそれに不似合いな結果は当然のように二人を唖然とさせる。
彼は自分が書いた紙の束を無造作に投げ捨てる。そんな無造作に扱うものをユーグダーシ以外で唯一読めるリーベンウッドマンは、落とさないように必死に体を動かしてとろうとする。適当に扱う内容の文章ではないのだ元々、彼が選んだ人間それはもうこの国では唯一無二の一人になる。少なくともここにいる人間にとってはそうなるのだ。
そこまで必死になる必要もないだろうと彼は呆れながらリーベンウッドマンを見る。
彼らからすれば誰でも見つけられる人材なのだろう。初代アルファンケベックの血を受け継ぐ男は、その地までも正当に継承している事を理解していないのだろう。
「まぁ、用件はそれだけだ。俺もやらないといけない事が多すぎる、邪魔をしてみろ最悪を具現させてやる」
それが本当の彼の笑いである、にやりと牙を生やしたような獰猛な笑みを作る。
才能と言うものがあるとするのならユーグダーシの本当の意味での才能はここにあるのだろう。全てを飲み込むような底知れない存在の津波、呼吸を一瞬忘れるようなそんなそんな彼のあり方。
アルファンドと言う名に括られた、アルファンドと言う小国に納まらない男、トルドの王は思う。自分はもしかして一つの才能を潰してしまったのではないのかと、アルファンドと言う滅びた国が一つの至宝を腐らせたのではないかと、だがそれはもう詮無き事。
彼の言葉には一つのうそも見えない、きっと彼は死ぬのだ。
「どうせお前はもうわしに顔を見せることは無いのだろう死体以外で、最後に望みを言ってみろ叶えてやる」
「そうか、ならこの国を立て直せそれだけで十分だ。故郷がなくなるのはかなり辛いんだぞ」
気弱にだが確信したように彼は二人を見る。穏やかな表情に、気弱な目だが、完全な信頼に満ちていた。
お前らならこの程度出来ないわけが無いだろう? そう目の前の二人に問いかける。言葉を紡がずとも見れば分かるそんな穏やかな彼の確信。
無茶な要求だと言うのに首を振るという考えは浮ばない。彼の確信は彼らにとっては絶対に近い、彼の言う事が外れた事はここまで一度も無い、ある意味彼が彼らに与える最高の信頼である。
「流石、極楽台風だよ。よくもまぁここまで無茶苦茶な事を平然とやらかして後片付けはいつも僕らの仕事になる」
「台風なんだろう、被害を撒き散らすだけ撒き散らして消えていくんだよ。災害で俺は十分だ、なら後はお前ら人間の役目になればいい」
「その被害の多さはろくでもないにもほどがあるんだけど、それを伝えるのは一体何人だい? 君の遺言だきちんと伝えておいて上げるよ」
一瞬考えるようなそぶりを彼は見せて、大仰な態度を作る。
「そうだな、この国全てだ。あらゆる者を巻き込んでぐちゃぐちゃにする、俺の死に様ただで終わらせるほど甘いものじゃない」
「そうだね、そうだろうね、その遺言叶えさせてもらうよ。何しろこの国最初で最後のアルファンド、希代の大乱の遺言、滅びた国を取り戻すその宣誓の代償として受け入れた。君の願いは君のその言葉が完成したときに叶えさせてもらう」
「わしに対してではなくこの国全てと来たかアルファンド、トルド血脈は最後の最後までアルファンケベックに叶わぬか」
「ふざけるな、それはただの欺瞞だ。お前にしか出来ないことがあってこの国はお前が頂点だ、お前は人材を使うことが出来るだろう、それはお前だけに出来る能力だ。血筋だって力だ、使えるものを使わず一人で下等生物に成るならなってろ、そんなことしたって俺の起こす津波に飲まれてこの国が滅びるだけだ」
国が一ヶ月で裏返る。もしそんなことが可能だとしてもそれは劇薬だ、本来であればゆっくりと確実な舵取りを行いながら動かす国と言う列車をありとあらゆるところに連結点を作りそれを弄繰り回すことで動かしていく、それがどれほど無茶なことかは言うまでもないだろう。
国を動かすよりもそのロデオのような乗り物を落ち着かせることの難しさは言うまでもないだろう。彼の信頼は、あくまで彼らが十全に自分の力を出し尽くして辛うじて可能程度の計算でいる。
「これで本当に最後だ、お前らは天才だ。各々が得意とする分野で負けるつもりは無いんだろう、ならそれを極めつくせ。それでお前らは俺を簡単に超える、二の足を踏んでる状態で俺にかとうなんざ片腹痛い」
捨て台詞をはくと彼は王城から出て行く。これが最後の会話に成るのだろう、アルファンドの最後の王は悲しくなる。
この国最後の宝はこの国のために死んでいくのに、自分に出来ることの少なさはなんということだろう。リーベンウッドマンはそんな王の姿に、そんなんだからユーグダーシやジューグにホモ爺と思われているんだよと呆れていた。実際には孫を思う祖父のようなものなのだが、ユーグダーシに向ける視線がやけに熱っぽいのはただの自分の不甲斐なさから来る後悔なのだが、誰もそうは思っていなかった。
「さて、僕も準備があるからもう行きます。止めてもらおうかと思ってたけどやっぱり止められないですよねあいつは、どう裏返るか楽しみですよ本当に」
「あ……、あぁ、わしも……、………、…。しなくてはならんのか、あんな力を持つ若い者が消えて老兵が生き残る残されるものは苦痛でしかない」
「王は、王の役割がある。王は象徴だその国の心臓だ、死んでもらっては困るんだよ。ユーグダーシの命を馬鹿にするなよ、今王が死んでこの国に代わりが出来るようなことは無いんだ。今この国を戻して王が死んだらおしまいだろう命をかけた奴に、生きている奴がして上げられることは生きている間にすることだけだ」
それから少しの時間を置いてリーベンウッドマンも消えた。昔であれば、そこには護衛の騎士達もいたのだろうが赤の玉座に王は一人苦悩する。
次の世代の才能と力に怯えながら頼もしく思う。ユーグダーシを中心とした建国の四人の血を引いた、四大の貴族まさかこの時代になってもその力を失うことなくいきている元々が一国に君臨できるだけの才覚の持ち主。
それがよりにもよって滅びた国にいるのだ、国を戻すために親を殺し当主になった四人。申し訳ないと思う、ユーグダーシの言葉を聴かず経験だけでそれを判断した結果が今のこの国だ。
「後継者か、そんな奴ユーグダーシ以外にいるわけなどないと言うのに、あのろくでもない三人をどうやって纏めることができると言うのだ」
最後の彼の願い国を元に戻した後の平定、それを担う最初の主導者。それはカイベス、ジューグ、リーベンウッドマン、よりにもよってユーグダーシと言う上を知っている人間だ。それを纏めることのできる人間などこの世にいるのか、王族でさえ名乗ること許されないアルファンドの名を持つ男と同格の求心力をもつ男。
「無理だ、だがまぁ約束をわしは守らないわけにはいかぬな王の名を持って契約したのだから」
最低限彼らに認められる王を見つける。そのことのなんと難しいことか、王は今から死に行く人間に無茶を言うなと苦悩した。
契約、最初の王アルファンドが提唱した自分が自分の成す事を決定したとき本名を紡ぐそれは命をとして行うことすなわち契約成りと、ジードリクスゥを仲間にするときに彼が契約と言った事から由来する貴族独特の風習である。
王であってもその契約を使う以上、それを成し遂げられないと言うことは認められない。四代目の王はそれで処刑までされているほどだ、契約は命と等価の重みを持つ盟約である。
「まぁ、しなくてはならない命を賭けなくてもわしのするべき事か。レードあいつが死んでいなければ、いやそれもあの戦争の成果」
彼は最後の自嘲の笑みを溢し玉座を後にした。その表情はしわくちゃな老人、だがその眼光は先ほどまでの衰えなどありはしない。
衰えたはずの王としての威風は一切消えないまま彼は歩き出した。
もしかするとユーグダーシの本当の意味での才能はこういう言う部分なのかもしれない。人に躊躇い無く命を賭ける決意をさせる、それは誰にでもできることじゃないのだが、才能は本人の気付くものではない、他人が気付くものだ。
彼はそのことに死ぬまで気付くことはないのだろう、それは言うまでもないことだった。
***
ユーグダーシは王城をでて二十交錯路から十二番大通りを通り彼はジューグの店に向けて歩いていた。
霧の行進、別の名を死を告げる道という王の後継者レードの討ち死にとともに死体を運んだ場所でもある。ユーグダーシはレード=トルドとは面識が無い、そもそもユーグダーシは戦争を知らない。当時はレードの死亡により自殺した人間もいるほどレードと言う王子は慕われた人間だったが、その後継者を超える人間は生まれないと言われ、王妃クージェ=トルドは男に狂った。
この国の中ではのろわれたといってもおかしく無い道である。二十の大通りを纏める二十の大通りのなかで最も歴史的に戦争をイメージさせるときに使われるのが霧の行進と言う大通りである。また王城に到る二十の道の一つの中で最も活気のあった繁華街の中心である道でもあった。
今となっては開いている店もまばらだが、その中に手拍子が響き渡る。そのリズムから彼はある子守唄を思い出す、スベルの眠り、アルファンドの作曲家ルスレフが十五歳のときに作曲した子守唄である。町民たちや貴族の中でも比較的ポピュラーな子守唄であり、この歌を知らない人間は少ない。
久しぶりに聞く歌は、彼の乳母が歌ってくれた歌で、彼は目を細めて懐かしむ。
手拍子の奥に見えるのは彼の知る聖女、その声からは彼が焼き殺した人間達が望んだ歌声が響いている。こんな簡単に歌えることを必死に望んであんなことをしていたと言うのに滑稽さにユーグダーシは刺された手や足から鈍い痛みを感じたように顔をしかめた。
だが彼の痛みをさえぎるようにわぁっと大きな声が響き渡る。
女の歌が終わったのだ、かれこれもう二時間以上歌いっぱなしの所為で流石に疲労の色が隠せないが、満面の笑みで一礼する。町に活気が戻ると言う奇跡を彼は目の当たりにしていつものように驚く。彼女に力は凄い、それは間違いの無い事だここにいたのは全て負けたもの目の色は無くなりただの人生の敗残兵たちで町は埋もれていたはずだ。
何度もお辞儀をして観客に挨拶をする姿は見た目相応の年齢にしか見えない。
御捻りを投げる観客さえいるなか少女は困ったような様子を見せた。返すわけにも行かないその金銭を大慌てで拾い合いつめる姿に、ユーグダーシは笑みをこぼした。それは周りの人間も同じだったようで彼の表情とともに笑い声がさらに響き渡る。
中には懐かしそうに目を細める老婆や、中年の男、それは本当に昔の光景だった。この国が生きていたときと同じまったく変わらない光景、歌だけでこんなことの出来る事をユーグダーシは奇跡とさえ思う。コレだけで変わるというのに自分は何年も駆けて世界を積み上げなくてはここにくることは出来ない、所詮貴族の道楽なのだろうと彼は自分を嘲る。
きっと望まないものは実は一番近いところにいるのだろう。そして求めるものはいつでも遠回りをする。
最も自分にはこの方法が以外ないことを彼は理解している。才能のないものが才能のあるものに追いつくには永遠に積み上げ続けることだ、遠回りでもいい、まっすぐでもいい、無才だと思い続けた彼が、彼だからこそ出来る方法はこれしかない。それでも彼は自分のうちにある黒い感情に焼かれる、嫉妬にまみれた己の感情に気づきながらも自分の分を理解している彼は、彼女に向けて手を振った。