四章 定例獄門邂逅

 そもそもだ、千眼王とは一体なんなのか。
 現代の千眼王である香禅坂は、聖上である天皇と出身を同じくする宮家の一つである。三代目千眼王の係累である聖上の血を引くものであるのは間違いないのだが、彼女はその初代聖上さえも千眼王の紛い物と言い放っている。これが彼女が家から放逐される原因にもなるのだが、この時の言葉が後々の世界に多大な影響を与える事になった。

 その一つこそが、伊吹山の暴君なのだ。

 当時まだ七歳程度の香禅坂は、暴君にそそのかされて、千眼王の地位を手に入れることになる。合衆国襲撃、その際に彼女は本当であれば千眼王になれたと暴君は言っているし彼女は否定もしていない。だが少なくとも千眼王とはたった一人で、当時最強を誇った合衆国に対して襲撃され壊滅といっていい被害を与える事のできる存在である事は間違い無く、それだけの力を持ってしまってもなお彼女は自分の事を紛い物といい続けている。
 そのとき何かあったのは間違いない、だがそれを香禅坂も語ることも無く口を閉ざし続けている。

「開いたか、全く魔王がいればと思ったが真眼使いともなれば仕方ないか。それにあの化け物を簡単に殺せた事は僥倖だ」

 そういいながら未だに目を覚まさない祭を彼女は見ていた。
 魔王の気の抜けた隙を狙って彼女は、千眼王の器を持つ道化を連れ去った。

「浄眼王の約束とは言え、哀れだよ。あの玉座に座る事になるんだ、世界の虚構が剥げ落ちたあとの苦悩は笑い事じゃないぞ先輩からの忠告だ」

 彼のこれからを見て同情しか浮ばない。これから先決まりきった舞台で踊り続けて死ぬだけの運命が待ち続けていることを彼女は知っている。
 その為に彼はこの世界から全てを切り離されるのだ、最初は妹、次は母、さあ次はどうだろう。

「何よりこれからが地獄だ、浄眼王はお前を千眼王にしたくてならないらしい。今からだ、今から、きっと絶望の中で声も出なくなるだろう、だがそれも全ては、生れ落ちる前に世界を望んだ君の所為だ、自分の尻は自分で拭くといい」

 そして彼こそが彼女が唯一認めた千眼王だった。
 一体何のことなのか分からない、だがいまだ眠っている彼はきっと目を覚ませば絶望すると言う事実だけは、歪ませようのない物となるのだろう。

 その一つが、今彼女の目の前にいる男だろう。纏坂春斗、祭儀が死んだことを知らされ、必死になって彼の家にたどり着いてみれば。
 トラウマになるぐらいには見知った顔があった。咽喉の奥が枯れてすれた息しか吐けなくなる、無意識のうちに開眼の宣誓まで行い、千眼王の致命距離から離れていた。

「どういうことですか、何故貴方がここに、それ以上に弟になんのつもりです」
「ああ知りませんか、魔眼連盟盟主 浄眼王 からの命令ですよ。千眼王を開眼させろとね」
「貴方がそれでいいじゃないですか、今から何をするのか分かりませんが、僕の弟分を下らない茶番劇に巻き込むつもりなら」

 押さえる事も無く溢れれる燐光に、千眼王は楽しそうに笑う。
 春斗は彼女がいなければ間違い無く千眼王の名前を与えられた存在だ。本来の意味とは違うとは言え、彼は最強の一角に数えられるに足る人間なのだ。実際に彼女と戦うと言う次元にまで持ってこれる人間は彼ぐらいしかいない。

「私の目が千眼王の器にたると、冗談じゃない。分不相応にも程がある、あれは臆病者の称号足りえるはずがない、そして彼のような道化にも相応しくないのでしょうが」
「ふざけるな、お前の欺瞞はお前が償え。何より祭が道化だと、お前らみたいな奴らがいたからこいつが道化になっただけだろう。虚名なんかの為にこいつを犠牲にするつもりなのか」

 言葉を重ねるたびに声は荒くなっていく。怒気がこもりその表情も険しく変わり鬼のような様相を示している。
 ただ激しく燐光は輝き、王帝と呼ばれた目の力を開き始めていた。

「然り、全くもってその通りですよ。欺瞞も欺瞞、道化も道化、けれどこの世界で千眼王に相応しい存在は彼しか居ないので、生贄になってもらうしかないんですよ」

 だが千眼王は泰然としたままだ。それどころか楽しそうですらある、ここで自分を止めてくれるかもしれない存在がいるからだろうか。
 それでもあふれ出す異眼の威圧は、春斗をもってしても背筋に冷たさが走る。世界最強の異眼使いである千眼王が相手なのだ、何より開眼の宣誓すらしていないのに、あふれ出す燐光はそれだけで彼の異眼の力を上回っていた。

 燐光の輝きはそれだけで異眼の力の証明だ。その輝きが強ければ強いほど、異眼の強さを証明するものである。
 だからこそ、宣誓さえ行った彼と、行なわない彼女との差は明確なはずなのに、それでも負けているのが今の現状だ。力だけが戦闘のすべてではないにしても、その迫力だけで失神してしまいそうなほどの圧力を感じてしまう。

 かつて一度だけ喉元に喰らいつこうとしたときですら、手加減されていたと言われるだけの実力を彼女は備えているのだろう。
 だからこそ世界最強の異眼使いと言われるのであろうが、その異眼の迫力だけではない、顔にある二つの目だけではない、それは祭のようにあふれ出した目。空間に貼り付けられたように、空間が目を覚ます。

 籠目そう呼ばれた彼女の使う異眼の到達点。かつての歴史においてもこんな異常な能力を使ったのは、彼女と祭ぐらいのものだ。
 だがその中にあって春斗は、負けると思ったことはない。史上最悪の力であるのは間違いないが、彼はこの千眼王と戦ったのだ。対処法ぐらい浮んでいるのだろう。

「大概にしろ、浄眼王が誰かなんて知りもしないけど、茶番劇はそこまでだ。祭は祭のままで良いんだ」
「それがどうしたと、世界はそれほど悠長に事を構えてはくれないんです。大多数の願いによって、少数の意見が消えるのがこの世界の常でしょう、悔しければ押しつぶされないだけの力を持てばいい」
「言ったな、言いやがるな、だから嫌いなんだ、必死に過去を支えに立ち上がった祭に、また潰れろと言う様な奴ら。叩き潰してやろうか」

 そして帯を引き抜き、瞬時に糸に解体した。それがまるで針の様に四方に飛び散り、目を貫いていく。
 それに少しの驚きを感じたのだろう少しだけ広く目を開ける千眼王、これは祭が着ける眼帯と同じものだ。芍薬には劣るものの王帝の目は支配の力もある、その一つを使って蜘蛛の巣の様に縛り目と呼ばれる眼帯を強化して目を貫き無力化した。

 千眼王と戦った知識を利用した対籠目様の技術の一つだ。最もそれ以外にも応用が利くのしろものだが、その応用の仕方に彼女は嬉しそうに笑う。

「流石は操作型の異眼の最高峰だと言うべきなんでしょうね。異眼の力を直接介さず、空間を操っての操作なんて、無駄遣いにも程があるというのに」
「こうでもしないと目が封じられるんでね。だが取り敢えず籠目はもう使えない、お前の秘奥は打ち破った」
「まぁ、この程度一度戦って出来ないようであれば、人類最強とは言いがたいからな。さしずめお前は王の騎士と言うところにいるのだろう。だが千万、茶番にも程がある」

 語気を強め穏やかだった口調が荒々しく変わる。
 それ春斗を認めたということだろうが、彼女にはまだ余力があるのだろう。
 その一つを彼女は開く、鼓動のように悶え浮ぶ目を無視して、脳に走る言葉の問いかけに、凶暴な感情を持って目の本性を引き剥がす。

 目とはなんぞや?

 異眼使い全てに問いかけられる目の意味、そして自分の信じる視界の主張。それは自分の目に映る世界に対しての絶対に自負を与える言葉である。

「それは、全てを写すもの、世界の全てを見出すものである」

 そして最強の宣誓が今成されたのだ。
 残酷なほどの力の差が浮き彫りになる。かつて戦った時でさえ手加減されていた、いくつもの選択肢の中で全力を見ようとした彼は、ここに来て少しばかり失敗したかと公開するが、この程度に戦力差があるのは、当に知っていた事だ。でなければ彼女が未だに千眼王と呼ばれる事などない。

 開眼の宣誓がされたと同時に、籠目は消え、変わりに感じようもない視界の広さに押しつぶされそうになる。

「化け物め」
「何を言っている、千眼王の名を未だに与えられているのだ、この程度で傷に王と名乗れと思っているならそれこそ茶番」
「自分から紛い物と言い張った奴の言葉か」

 軽い舌戦さなかだが、二人の空気は酷く冷たく鋭いものへと変わっていく。春斗はそもそも異眼使いの土俵で千眼王に勝てるとは思っていない、それだけ異眼使いとしての能力が違う。例え王帝の目を持っていたとしても千眼王の異眼である千眼は、見識以外全ての異眼の発動にある。真眼どころか彼の異眼だって操る事が可能なのだ、そして同時に、その全ての異眼の力を両眼使いとしてつかえると言うのが最低限度の彼女の力。

 視界同士のぶつかり合いでは勝つことすら出来ない。ただ押し潰されて制圧されるだけ、そこにいるのは難攻不落の要塞のようなものだ。
 剣一本で向かうのは無謀極まりない。

「紛い物は紛い物だから当然の話、けれど王の断片ぐらいならいまでも引き出せる。浄眼王を止める位はまだ出来るんでね」
「だがそれをしないんだろう、名君かそれとも死んだはずの暴君か。それとも違う誰かか、答えろ、祭を道化に変えた存在を」
「ああ、別にネタ晴らししてもいいから言うが、名君でも暴君でもあるはずがないだろう。あの程度の浄眼使いが、王を名乗るなんてのは片腹痛い。たった一人だけだよ、後にも先にも、世界を閉ざすような異眼使いは、その対極にあるのが千眼王。なら自ずと分かるだろう、対極に座るべき同一の一人なんて、あれしかいないんだ」

 あえて言葉を濁すが、その結論はあまりにも救いがない。
 祭の対極に座る同一の存在なんてのは一人しかいないのだ。片割れ、本来なら起こりえないほど僅かな可能性で生まれた一卵性の妹 奉 、その可能性しか刺していないのである。
 一体どこまでが事実なのか混乱を極める、その中にそれでも惑わされぬと言い張るように、間隙を縫った拳か彼女の目を抉るように放たれた。

 動揺した様子もなく、必殺の意思を篭めた拳が宙で止まる。

「そう容易く攻撃をするな、目なんてなんて狙われやすいところを使う。無駄だろう」
「黙れせたかっただけだ。なにか、こんな侮辱は初めてだぞ千眼王。祭の道化芝居の脚本が奉ちゃんだと、それはないだろうあの子は死んだんだぞ、祭がそれを見たなら間違いはないだろう」
「これでもかと言うほど事実だ、事実以外であってたまるか。あの化け物の娘は、既に開眼した浄眼王と、開眼もしない千眼王が、同一の力を持つはずもないだろう。あの時から浄眼王の計画が動いていたのさ、千眼王を完全な物にするね」

 楽しげに語る振りをする千眼王は、それを本来よしとしていないのだろう。酷く表情が歪んでいる。
 彼女は千眼王になるという理由を知っている。だからこそだろう、しかしそれでも何か成し遂げなくてはならないことがあるからこそ、資格を失った自分ではなく祭りを必要としている。

「そして浄眼王こそのこ世界最強の異眼使いだ。千眼王と呼ばれた私でさえ勝つことなど出来るわけもない、どうにか抑えるので精一杯、彼女に逆らえる存在なんてもうの世界にはいない。めくらだからこそ見える世界も在るんだよ、だがあの浄眼王を殺さなくては誰一人この世界では前に進めない、その為に千眼王が必要なんだ」
「そうやって、またあいつを殺すのか、そうやって、何度も何度も、ただの道化のように生きるしかなかった祭に、その役目はお前がやれ、そして死ね。出来なければここで殺して僕が祭ちゃんを殺すだけだ」
「馬鹿が、私が敵わぬ相手を貴様どうする。勝てるはずがないだろう、どうせここで死ぬ奴の言葉か」

 だが彼はここで交代する理由など何一つ無かった。
 彼と彼女の誤差は唯一つだけ、強者と弱者における油断のみだ。しかしそれでも手が届くかどうか分からない、千眼王が最強と呼ばれた理由は、その油断があったとしても強者を狩りつくしたからである。

 それでも成し遂げなくてはいけないことがあったからこそ彼は、全霊を賭す。

「ごたごたうるせぇよ売れ残り、お前が祭を道化にするなら俺が敵になるだけの話だ。例え後ろに奉ちゃんが居ようが構うか、取り敢えずお前殺せば事実が見えるならそうするだけのことだろう」
「こっちは嘘なんか一つもついていません、だがそれで満足するなら体ごと抹消させてやろう三下」
「それに祭に家族を殺す外道をさせるわけにも行かないだろう。だからさっさと無力に悶えて死んでしまえ」 

 今は敗北と言う言葉を頭の中から彼は削除した。
 彼はきっとと死ぬだろう、何一つ千眼王に傷をつけることも無く。ただ漠然と殺される、彼我の戦力は奈落よりも激しく、全身全霊を持ってして何一つ成し遂げられることはないのだ。
 つまり彼は見せられただけ、千眼王と呼ばれた女の最大の能力を、そしてもう一人の存在がその光景を見ることで終わったという話だ。

 そう祭はまた知り合いの命の消え去る姿を、纏坂春斗の死様をまた見せられる事になるだけ。
 彼が意識を取り戻した時視界はあやふやだった、そんな中で母の最後の言葉が見えて。それが夢ではなく現実であったと言う事を、なんとも無しに彼は理解し、掠れていた視界を明確にさせ、頭の痛みが意識を取り戻させた。
 けれど、それでも、彼は思ってしまうのだろう。

 目など覚めなければ良かったと。

 彼の目は自身に嘘をつかせない。広がった光景はあまりに残酷だった、どういう状況かわからないが、ただ春斗は千眼王の眼前で硝子のように透明な何かに串刺しにされていた。腕はその硝子によって切り落とされ、不恰好に地面に転がっている。
 ただ流れる筈の血だけはそこに流れることもなく、まるで人形のように死んでいる春斗の姿があっただけだ。

「ああ、目を覚ましましたか。丁度いい、三つ目の地獄ですよ、これから貴方の知り合いと言う知り合いを殺しつくすのでお忘れなく」
「え、十二代目、何で死んでるんですか。あんた、あなたは、あなたは」

 現実だからこそ理解の範疇から外れていた。彼は母親が死んだところで記憶が止まっている、そこから目を覚ましてみれば次は、兄とも呼べる人間が死んでいた。足場が完全に崩壊していく、それでも自分の足で立たなくてはいけない現実があった。彼の目はその状況にあっても見開いていた、そこで死に果てた存在の全てを見出す。
 逆鱗にばかり触れる現実は、この首謀者が妹であるという可能性を捧げだす。

「馬鹿すぎるだろう、死ななくても良かったんだ。たかが千眼王如きにあんたが命を振り回す必要なんて無かったんだ」

 ありとあらゆる現実が彼と言う人間の逆鱗を逆撫で続ける。食い縛るはに怒りが篭り、目の前の存在に対して殺意を篭めた感情を放つ。

「たかがこんな存在の為に、こんなことの為に、こんな他人を道化と思って自分たちが道化じゃないと勘違いしている馬鹿共なんかに」

 その姿に千眼王は、開眼の予兆を感じて心を躍らせた。
 そうすれば彼女の願いでも叶うのだろうか。どちらにしろ、彼の変容は最早避けられないことだった。その成果の片鱗が見えるのだ、抑えられない感情が表情に表れ、それが祭の感情に油を注ぐ。
 ようやく始まる千眼王の開眼の始まり、だがそれはまだ届かないものだろう。それでも片鱗ぐらいは覗けるはずだ、今この目の前に居る女に対して、恐怖ぐらいの表情を見せてやる事が出来る位の力は、あってもいいはずだ。

「また復讐だ、また復讐、次も復讐だ、千眼王、どうしてくれるんだよ、また復讐だぞ、また復讐だよ、どうしてくれるんだ」
「諦めればいいんじゃないでしょうか」
「出来るわけないだろう、お前さ復讐がどういうものか分かってないだろう。あれはな一生やめられない薬だよ、一度舐めてしまえばもう逃れられない薬、麻薬なんて安い代物じゃない、いいかやめられないんだぞ、止められない、止まる事なんて出来るわけがないんだぞ」

 憎しみで人が殺せるのならば人は殺人の手段を求めない、復讐の手段なんか求めない。
 祭はまた狂ってしまう復讐と言う名の病毒に、彼は狂わずにはいられない。本来であれば情が深すぎるほど深かったりするのだが、だからこそ余計に彼は復讐に狂ってしまう、隣の通行人が歩いてて殺されたって復讐に走ろうという人間はいない。だが知り合いであればその情が深ければ深いほど、人は復讐と言う色香に惑わされる。

 だが同時に情が深い人間だからこそ理解もするのだ。こんな事をしても死んだ人間が喜ぶはずがないことを、分かっていても止められない。
 そんな甘い甘い蜜は、確実に最低2人の人間の全てを台無しにする。それは復讐する人間とその対象、それが絶対の人数で後はそれ以上の破滅があるだけ。だが千眼王は弱さゆえの復讐を知らない、彼女は強者ゆえの復讐しか知らない。

 弱者とは勝てないからこそ陰惨で下劣なのだ、勝てない勝負に勝つなど、手段を選ばない以外ない。
 祭の行なう復讐はそう言うものだ、泥臭く下劣で陰惨で、それでもやめる事の出来な飢餓の穴倉の底のような物。生きる為に必死に足掻いて足掻いてそれでもどうなるかわからないそんな奈落の底だ、千眼王はその穴倉後と吹き飛ばすような存在、彼の感情なぞ分かるはずもない。

 最も祭りも千眼王の感情なぞ分かるはずもないのだから同じ事なのだが、そんないいがか理事見た言葉を使っても。二人の境が縮まる事などないし、わかりあうことなど奇跡のようなこと、あくまでこれは主観のもんだ。どちらも間違っていないし正しくない、だがその誤差こそが憎悪を募らせるに値するというだけ。

「だからお前は死ね」

 ここにその復讐の両眼が見開かれるのも、その見解の差と理不尽な感情に踊らされた子供の発露に過ぎない。
 それはまるで死者の激情をそのまま写す鏡のように破眼は見開かれ、千眼王の全ての防御を取り払い破壊の凝視が空間を抉った。背筋から滝のようにあふれ出した恐怖は千眼王を貫き、強引に先ほどまで引き出していた千眼王の片鱗を振るう。

 破壊だけの突き詰められたその両眼は、今まで千眼王が相対したどの敵よりも性質の悪い代物だった。彼女が感じた異眼使いの能力の仲でも間違い無く最上位だっただろう。その異眼は間違い無く彼の血脈が得た破壊の極限、天威の破眼であり両眼使いとしての具現を果たしていた。
 そしてその目から放たれた力は鬼哭食いと呼ばれる開眼法であり、これを成し遂げたのは彼の母親ぐらいのものだ。単純に言えば視界の圧縮、本来であれば視界を広げる事によって効果を発揮する異眼であるが、破眼は愚直で真っ直ぐな瞳である。その特性上視界を限定する事によってより強固な力を振るう術だ、他の異眼でもしようと思えば出来る事だろうが、どの異眼にも見るという特性が着いている以上な生半可な事では使用もできない。

 出なければ、こんな使い勝手のいい使用法を過去から受け継がないわけがない。だからこそ祭儀は非凡な異眼使いだったのだろう。
 両眼での視界限定による強化は、千眼王の背筋すら凍りつかせるだけの力があった。それこそ自分の持てる最上の力を振るう必要があったのだ。

 だがそれでは、

「殺してしまうでしょうが」

 そう彼女の言葉の通りのなのである。
 千眼王の片鱗はそれだけの強さを持つ、彼女自身制御できるだけの力はまだない。手加減すら出来ないのだ、だが異眼使いとしての千眼王の力はそれほど高くない。というより全異眼の両眼使いと言う彼女に小手先の技術など本来必要ないのだ。
 だが同格である両眼使い祭は彼女にその技術を要求してしまう。だがこれが彼の千眼王としての性質なのだ、目の基本中の基本とは見ることであり、見るということは学習だ。千里眼はそれだけで学習能力を保有する異眼でもある、見ることの本質だけを凝縮したような異眼だからだ。

 見識吸収それが千里眼の大雑把な能力の象徴である。見て覚える、よく見えて覚える、それだけだがだからこそ彼は破眼を覚えて、母の技術を習得した。

「殺す、殺す、頭にそれしか浮ばない、これが復讐だぞ。こんなものが復讐だ、お前に分かるかこの惨めさが、殺すしかないんだ。殺す以外何もなくなるんだ、殺人だけの道化だぞ、これがお前の生み出した人間の形だ。これがお前の結果だ」

 しかし彼の声から吐き出されるのは、止めようもない感情とそれを拒絶する彼の絶望、その毒は彼の心を確実に滅ぼしていた。

「そうですよ、だかららどうかしましたか。しかし、殺さないのが面倒な使い手ですね」

 しかし何一つ祭の攻撃は彼女に触れる事はない。どこまでやっても届く事はない、それがいまだ真の本質に気付かない彼と真実を知る彼女との差だ。
 何よりこれだけの力を引き出してもなお祭は、致命的な欠陥を抱えている。復讐に狂っているから気付いていないだけに過ぎない。だが千眼王はそれを知っている、彼女と祭は基本的には同じ部類の人間だからだ。

「けれどこれだけ御しやすい相手もいない。両眼使いの欠点など私が知らないとでも思っているのですか」

 どこまで行なおうと所詮彼には限界がある。
 仮にも千眼王もかつてはそれに悩まされた人物であった、いまだ開眼に至らない祭の欠点ぐらい彼女は知りえている。まだ彼は目を開いただけの赤子だ、今その欠片ともいえない力を子供のように振り回しているに過ぎない。
 ただ時間稼ぎをしているだけで潰れる相手に、彼女が苦戦するはずもないのである。

 けれどそれは祭は簡単に攻勢をやめる事は無かった。だがそれは破滅に繋がる行為だ、自分の脳を痛めつけて再起不能にしてしまうだろう。

「血まで吐いて、さっさと倒れなさい。そのままでは死にますよ」
「お前を殺せれば満足だ、お前を殺せば」

 だが復讐の亡者が底で止まるはずがない。命を度外視して襲い掛かる、泥を舐め取るように必死になる彼は、道具よりも何よりも命を流しだすその意思を決めているのだろう。
 しかし、それでもなお、届かない、何一つと届かない。

 意思でどうにもならないものがある、願いでどうしようも出来ないものある。だがそれでも彼は諦めてはいけなかった、狂うだけのこの感情を振るい、表現の限りの報復を行なう。それでも届かないのだ、ただの自滅行為に過ぎない、その行いを止めるものなど無く、それこそが彼の絶望を後押ししているのだろう。
 血の代わりに溢れ出した涙は彼の安息を与えるものではない。ただ自分が無力である事を教えられ、今のままでは何一つ成し遂げることが出来ない事だけを、何度も何度も教えられる。

「なんだよ、なんで、なんでだ、一つとして届かない、なんでだよ。お前と俺は同じだろうが」
「これならクラウンの方がマシでした、彼の技術まで得ているというのに無様ですよ」

 違うのだ。彼女と彼には、絶望的な境がある、だからこそ彼は彼女に勝てず、彼女もまたそれ以上の力を振るう事ができない。
 しかし復讐に崩れてしまう彼は、本来であれば誰も予想の使いない暴挙を始めてしまう。自分の破滅を考えてこれを振るうのだ、死んだ二人の遺言すら見ておきながら、彼は自滅と言う道を歩き続ける。

 異眼使いの能力を高める方法は、開眼法と呼ばれるもの以外にもう一つある。
 といってもそれは技術など必要ない。分不相応な力を持って具現化させるそれは、全ての破滅を様相させる、開門の儀式。

 力をむやみに振り回し、限界を振り切り脳を破滅させる、そして目は千眼の王の力を具現化させる。
 異眼から力があふれ出す、だがそれ制御できる力ではない。目と別の何かがつながり、千眼王すら予想し得ない何かが開いた。
 開眼(かいげん)する、何もかもが繋がり一つの崩壊が始まったのだ。

 その始まりは縦横無尽の斬撃世界である。その異形のさまに千眼王は逃げ出す以外の選択肢を取らなかった、体に突き抜ける復讐の感情が狂いに溢れ、聖上の感情だけをふるいにかけた。残った狂気は全てを忘れた暴力の叫びだ、それは彼に本来備わった千眼王の素質、かつて第五を貫き勝利を得ようとした剣の叫び。
 復讐に復讐を重ねた感情は、一人二人と破滅に導き結局何も残らない。

 暴走は千眼王の命を奪う事も無く終わるが、それ以外の命を奪ってしまう。
 膨大な剣戟が、その生涯を費やした全ての斬撃が、眼前を持って具現化する。それは彼女に剣すら引き裂いて、振り回されるが、千眼王を切り裂くより前に、別のものの手ごたえを感じた。

 そして彼はそれを見てしまう。
 自身の暴走の末路を、最初に転がって見えたのは足だった。彼の視界から放たれた、膨大な斬撃は何か別のものの命を確実に奪ったのだ。その転がった足から秒以下の単位で転がった体が、その次に腕が、そして顔が、その瞬間暴走はやみ悲鳴が放たれた。
 劈く音は千眼王の耳を麻痺させるほどに激しく、そのまま祭は再度死体を確認して胃の中身を吐き出し、咽たような酷い咳をする。ただの一度の叫びでありながら咽喉を傷つけていたのか赤いものが混じり、涙と共にもう一度吐き出した。

 春斗が祭の様子を見に来た、ならもう一人絶対に忘れてはいけない人物が居たはずだ。
 復讐に曇った眼はそれを見る事をしなかった、何もかも見えるはずの目の持ち主が見えなかった。そこに転がった死体は、いや彼が殺したのは、たった一人の親友であった響であったのだ。

 そこにただバラバラになって、血と肉片だけをこぼしていた死体は、理解も出来ないままに殺され呆然としていた響の顔だけを綺麗に残していた。
 だからこそ一層彼は現実から目を背けられなくなる。酷い精神的負荷が何度も彼を襲っていた、だが彼はあくまで被害者だったのだ今の今まで、だがもう違う彼は加害者だ。復讐を受けるべき立場に変わってしまった。

「止まりましたか、ですが予想外ですよ。もう見えているんですね、ただその開き方がまだ分からないだけ。けれど予定の一つを殺してくれるというのも、私達にとってはありがたいは無しですが、愚かですよ流石に」

 何より彼は自分で自分の首を絞め続けた。
 母親の声なんて、春斗の声なんて聞こえない、最後に覗いた響だって彼を心配したと言うのに、その全てが聞こえず見えなかった。それよりも家にこもるありとあらゆる絶望が怖くて、目を閉じて耳を塞いで、それでも見えてしまう絶望が世界に転がり続ける。

 ああ結局最後の最後まで祭は何一つ成せないまま何もかもを溢してしまった。
 だが彼は一つだけ成し遂げなくてはいけないことがある、千眼王も殺せなかった弱者だからこそ、たった一人だけは確実に殺す必要があった。生きてと願った声さえ届かない、彼の前の現実は常に心を貫き、生きる糧を奪い去る。

 人はそれほど強くは生きていけない。大切なものがあってそれを自分の責任で殺すようなことになって耐え切れる人間なんて、そうそういるものではない。何より情が深すぎるほど深い祭のような人間が、その事実に耐えられるはずがないのだ。
 今まで張り詰めに張り詰めて、緊張の限界に達したような糸が切れれば、もう再起不能に陥っても仕方のないことだった。

 いとも容易く壊れた人形は、千眼王すら唖然とする勢いで走り出す。王帝の力でも使っているのだろう、想像外の速度で視界から消えうせる。どんな状況下でも標的を逃すことの無かった彼女が始めて逃がした瞬間だが、一体どうしたものかと疲れたように彼女は笑っていた。

「傑作ですね、この世界最も何もかもが見える存在が、誰より盲目に見えますよ。ただ見えるだけより今の方がマシなんですがね」

 だが彼女は笑っていた。狙った通りとまでは行かなかったが望んだ通りにはなった。
 何を考えているのかまだ彼女のうちも分かったものではないが、浄眼王と言われる存在の中でも彼女は異質なのだろう。見たこともない、見ようともしない笑い声が押さえる事も無くあふれ出す。

「そんな目だからこそ、今から見る現実に打ちのめされるんです。そんな目だからこそ千眼王に相応しい、何より盲目で、そうではない、見えないことも知らない目の使い手なんて価値はない」

 だから見ろと千眼王は笑った。ただひたすらに盲目になるほどに絶望を見渡せと。
 視界から消え去った祭を見てかつての自分を思い返すように、過去を濡らして笑う。まだ見えなくてもいい、どうせこじ開けられるのだ、後数分もすれば盲目ではいられない、なら今はまだ盲目である事も許されるし。

「許してあげますよ」

 所詮手のひらで踊る、囲いの世界の王様だ。
 まだその垣根を越えられない。まだまだそれは遠い話、いまだ千眼王と呼ばれる女は、復讐に来るって壊れた屍を見て満足そうに笑うだけだ。その枯れたススキのような笑い声は、死体と廃墟だらけになった一角に瓦礫の悲鳴と共に溢れていた。

 だが絶望し逃げ出そうとも彼は逃げられない。
 逃げ出した先にあるのは所詮絶望だ。その絶望が咽喉の水分が干上がり現実感が消えうせる。

「おっす、お久しぶりだね祭っちゃん。いやお兄ちゃんと可愛らしく呼んでみるかい」

 それがまるでそれを見越していたかのようにそこに居た。
 少し成長して女らしさが見栄えに光る、彼に似た別の誰か、元々が女顔の彼だが、更にそれを女性らしくした姿がそこにはあった。彼のようにざっくばらんに切られた髪ではなく整えられ髪は、快活な姿を見せるように短くそろえられていた。

「奉、何でお前」

 だがそれは絶望の始まりでしかない。
 目に映す現実があまりに悲惨で、全てから彼は逃げ出したくなっていた。逃げ出す事はもう許されない、ここから先彼が逃げ出す事はできなくなる。もう逃げ出す果ては見えていた、服を血に染めて真昼のような明るい表情をして、首の転がる死体たちを纏めていた。
 その全てが彼に係わり合いのある存在、祖父に祖母に当主に他の分家連中に本家筋、挙句は学校の教師から覗きの盟友達。まだあげられる、知っていた誰も彼もを知っていた。そして覗いてしまう、嫌でも、否応無しに、そんな中何より嬉しそうに笑う妹の姿に彼は驚愕し咽喉から溢れるように悲鳴のような問いが放たれた。

「何で、腹が膨れてるんだよ」

 それこそが絶望の階段の一片。幾ら登ろうとも最後にギロチンが待っているようなそんな処刑じみた終末だ。
 灯った声に造詣すら歪めて彼女は笑う。優しく何度も膨れた腹をなでて満足そうに笑う、その答えを聞きたくてしょうがなかったのだろう。だってそれは彼の心を踏み荒らし全てを絶望に染める言葉だからだ。

 何より彼は見えてしまった事実は既に信じられない。見るものに疑問を彼は覚えるようになって、けれどそれが事実である事に心が引きはがれそうになる。

「いいじゃないか、お父さんと私の子供だ、祭っちゃんの弟だよ。甥でもあるんだ、いいだろう、妊娠したんだ、それに母さんも死んじゃったから、相思相愛だ」
「なんだそりゃ、なんだよそれは、なんでだ、さっきからもうなんで、何故なんだよ。何でだ、何で生きてる、何で親父となんでだ、なんでだ」
「教えてあげてもいいけど内緒だよ、見ればわかるだろう。もはや一度でも強引に開いたなら、千眼王は浄眼王さえ見通すことができるんだよ」

 だがそれを見てはいけない気がした。
 彼の感情を理解しているか、花のような笑顔を作ると、彼を抱き寄せる、耳元で舐めるように呟く。

「見ないなら、全部殺す。お前が私を生ませたんだ、生まれたくもなかったこの世界に、見なければ容赦しない、お前は私の命令を聞けばいいだけだ」

 感情に篭った殺意は、彼を呪う様に吐き出された。
 降り積もる絶望の感情をそのままに、世界は容赦なく彼を望みどおりに動かしていく。鏡面の二人は、真向かいに存在する自分に対極の感情を抱きながら、目を開く。それが見通す先には、感情の奈落があるだけだ。

 恐怖にせっつかれるように、彼は目開き彼女を見通す。その好意を当然のように受け入れながら、早く早くと絶望を色にして声を染め続ける。

 それはまずは母の胎の中から、次は、次は、次は、そうやって覗ききった時。
 祭は感情の色を失い人形のようになる、それを彼女は望んでいたのだ。その時、祭の両目から眼球が引きずり出されて、激痛の悲鳴だけがその場に響いた。
 

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