「殺したかったんだ、本当にそれしか考えていなかったんだ。なあなんで死ぬんだお前は、何で生きているんだ、何よりなんで死ぬ事が出来るんだ」 ああそれさえ憎い、何をしていても憎くてならない。 「何でそもそも私はお前を殺さなくてはいけないんだ。だが殺さなくては終わらない、何をしてもそれしか終わらせることが出来ない」 だがその殺すという事実が何より不愉快だった。 「だからその無様な敗北の証を処分させてもらおう。まずは達磨だ、その次は目でも抉るか」 苦悶のような歓喜のような、どうとも仕様のない言葉に、自分と言う人間が解体されていく恐怖を彼は感じて、咽喉から悲鳴を上げそうになるが途中で止まった。 「喋るな、ただ殺しそうになる」 淡々とした言葉に、空洞で成る風の音が恐怖と言う返答を返した。 義手や義足を、足で踏み砕き完全に行動をねじ伏せて薄く笑う祭儀は、頬を赤くして花の様な可憐ささえ感じさせる。だがそれは冬虫夏草のようなもの、死体を餌に花開く可憐な徒花にすぎない。 墓場に咲く彼岸の花のような魅力をそれは持っていた。死体に根をはり、それを養分として開くような代物。復讐とはそう言う代物でなくてはならない。 「そう怯えるな、間違い無く殺すが、どうあっても簡単には死ねないから」 手が目に這いより、眼球をこじ開けられる。途中で魔王の異眼を使われても厄介だったのだろう、祭の解いた眼帯を巻き強制的に力を封じられる、その上での絶望が目の前に襲い掛かっていた。 「大丈夫だ、死ねないから。痛みでは絶対に死なせない」 だがそのショックだけで死ぬかもしれない、口をだらしなくあけたまま、咽喉の奥から唾液と共に、呼吸が零れだしている。 しかし彼女は復讐のためだけに、痛覚の破壊のみであるが行えるようになっていた。それも全て当代寒椿のお陰であるのだが、一度偶然とは言え掴んだこつを彼女はそのまま復讐に代用した。 「だから取り敢えず、お前の希望はねじ伏せてやる。例えばその真眼、たかがその程度の異眼で千眼王にでも成り代わるつもりだったのか分からないが、処分させてもらうぞ」 たとえ真眼であろうと、本来の目の機能である見るという事実を消すことは出来ない。 ずるりと、視神経ごとかつての千眼王と呼ばれた物の異眼は抉り出された。 抉り出された目をあきれた様に、祭儀は引きずり出した眼球を、そのまま嫌がらせのように元の位置に眼球をねじ込み。 「自慢の真眼だ大事にしろ」 耳元で哂う様に呟く。 「大の男が恐怖で漏らすか、それが魔王の様か。傑作だなぁ、お前そうやって逃げたんだろう昔も、そう考える時様の種であんな娘が出来るのも至極当然の理由か。けどまあ、お前の血脈はもう要らないだろう」 濡れた股間に足を添える、そしてゆっくりと体重が押し込まれていく。痛みが無くても、それは恐ろしいなんていうものじゃないだろう、ゆっくりと育成で痛みも無く押しつぶされるかと思ったがそれほどの損傷は無かった。ただ恐怖だけが浮ぶだけだろう、痛みがないからこその心の恐怖だ。 高潔宣言を作り上げるほど自分の血統に自信を持っていた男だ。 その間に溢れた血と尿の異臭で、表情をゆがめてはいたが、それ以上の絶望と言う名の酒を飲む彼女は復讐に酔い。それ以上の歓喜を持って人体の殺戮を容認させた。 祭は母親のこんな姿を見たくなかっただろう。彼女も見せたくなかった、これはどちらもがこうなる事を知っていたからこその結論だ。 「こ、こ、ろして、くれ」 ついには彼はそう願ってしまう。もう生きている理由も見出せないのだろう、それともこれ以上の自分への殺戮をやめて欲しいと願っているのだろうか。 「気にするな、いつでも死ねるからな。それにこのまま放置してもお前は死ぬだろう、だからさ、頑張って生き延びてくれ、殺してやるから生き残ってくれよ」 そういって最早肉だまにでもなっていそうな股間を完全に彼女は蹴りつぶした。 「殺したかったんだ、あとなんかいお前を殺せばこの感情は収まる。生きて生きて生き続けてくれ、何度でも殺してやるんだ、お願いだ」 靴が途中で口にねじ込まれそのままあごが外れるほどにねじ込まれた。同時に気管も詰まったのだろ、悶絶し体を激しく動かし始めた。 「おい、お前なぁ。許すわけないだろう、ああ冷めた、まだ惨めに殺されるような態度を取っていれば殺しつくしてやったのに」 狂った衝動さえも消えうせたのか、何もかも元の祭儀のままだった。 だったら、あとは死ねばいいだけだ。 「もういい、お前に何も望まないから死ね。達磨で今の醜態だ、もう死んでも後悔しないだろう、お前の望みどおりの結末だ喜べ」 顔色が変わっていく様さえ彼女はうっとうしくなってきていた。 祭儀によって首を骨をへし折られて死亡する事になった。 「これで私の復讐はお仕舞いか。本当にどこの物語でも言われているように陳腐だよ、何も生まないし誰も救わない、あるのは空しさだけ」 ぼんやりと死体の前で立ち尽くす祭儀だが、祭の様子が気になったのかゆらりと歩き出す。 「眼帯もあの通りだ、どうする、いっそ目を抉るか。いや結局何も変わらないそれでも」 対策など浮ぶはずもない。武力一辺倒な彼女が分かるはずもないのだ。 そんな事を考えていた所為もあるのだろう、気が抜け彼女は人にぶつかった。 なにより復讐を遂げた虚無感などが重なっていたのもあるのだろう。 「あれ、ああ、ミスった」 その瞬間は誰もがあっけないと思うほど容易く起きる。それは祭の眼前だ、祭儀が地面に膝をついて倒れたのも。ただ一人の人間が彼女を横切っただけ、それ以外の変化は無かったはずなのに、彼女はその場で倒れた。 そして祭りに絶望の刃が突き刺さり、現実さえ切り裂いた悪夢が浮かび上がる。 それは世界でも有数の異眼使いが死んだ瞬間であり、祭にとっては、肉親の死んだ二度目の場面だった。そしてそれこそが祭儀と言う人間が積み重ねてきた業の代償、復讐者が復讐をされない謂れが無いのと同じものだ。復讐に狂っていた彼女は、復讐によって殺された。 「か、え、おふくろさん」 痛みさえ超越して眼前の光景に絶望の声が灯る。 眼前にいる彼は母親を見た。その心の本質にいたる全てを除き見てしまう。 今まだ押さえていた莫大な情報量の焦点を母親を見ることによって彼は、異眼の統御を成し遂げた。一つのものを見る為に他の情報を遮断したのだ。 ルーデはその眼から血が涙のように流れだしたのを始めてみた。 「邪魔すんなよ、今しかないんだぞ。あの人の言葉の最後を見るのは」 どろりとした粘性の声は、まるで彼女の行動を阻むように、体を重くさせた。 「だから邪魔すんなよ」 慟哭のように見ろ見ろと、叫び声をあげる。 そして彼はその最後の言葉を聞き届けた。 生きていて欲しいと言う、ただその漠然とした願いをその目に刻み嗚咽を、ようやくただの涙を流せた。 「頑張れって、諦めるなって、そりゃ難しすぎるってもんだろう。しかも当然のように俺が、願いを守るって、生きていて欲しいって、それでいいのかよ」 泣いて、泣いて、伝う涙が、地面に零れてもどこか楽しそうな彼の姿。 「過保護なんてものじゃないでしょう。だだ甘です、今からはそんな甘さを持っては生きていけないですよ」 あんな過保護な親を見たこと無いと、軽口を叩く。だがそれに彼も賛同するように頷いた。 「分かってるさ、分かったさ、だが取り敢えずは眠らせてくれ。それぐらいいいだろう少し疲れた。悩むのも泣くのもそれで終わらせる」 無条件に信頼されていた。父親の仇の息子は、いつでも殺してくれと言わんばかりに彼女の前で穏やかに眠っている。 最もそのときに見た父親の死体に少しばかりやり過ぎだろうと言う、血の惨劇が広がっていて警察などが捜査をしていた。彼女達も呼び止められるが、纏坂の筆頭分家やシュヴァルツヴァルドの名家に一般権力がなにが出来るというわけでもない。国家権力に軽く喧嘩を売って、家の中に入っていく、最早近所づきあいは壊滅的になってしまった事だろう。 「そういえば、関係ないですが別にほれてもらっても構いませんよ千眼王、だって貴方は十二分に私の夫になる程度の素質を持っていますから」 彼女とて見識の王の力を見て、それを嫌がるわけもない。名家における恋愛など、血統が優れているか優れていないかぐらいのものである。 もしかすると強情な男が、涙を流し泣き言を言ったのが、彼女の母性本能でもくすぐったのかも知れない。 「まぁ、あの人が私に惚れる事自体ありえない話ですけど」 こんな状況でする恋愛話にロマンもへったくれもありはしないが、その状況が楽しいのか鼻歌交じりに雑務を彼女はこなしていった。
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