一章 千眼王の視覚を持つ男
 
 異眼における能力分類は最弱を十眼それから十飛ばしで二十、三十、最高を百としている。これは古くあった頃の異眼の種類でありこの百眼を原初異眼と呼ぶがその異眼になぞらえて、作られたのが異眼の段階である。

 魔眼連盟によりその認定され、その百眼の上に立つのが通常名家と呼ばれる家である。日本では四家、これは他の国と比べても多い部類である欧州などでは幾つ者戦争により異眼の血脈が幾つも絶えており、辛うじて歴史を持つ国が一家といったレベルなのだ。歴史の深い中国でも、幾つ者戦争や虐殺、血脈の抹殺によりあの広大な土地と人民のいる場所でさえ五家。

 アメリカはそもそもの歴史が若すぎると、共にネイティブアメリカンを虐殺していったと言う、過去の暗黒面を持つことからも分かるだろう。異眼使いの最強者たちは生まれていない。異眼戦力で並べた場合、中国、日本、イギリス、ドイツこれが異眼大国であり、通常兵器を必要としない一個軍レベルの力を持つ異眼使いたちとその分家によって、新たな国家防衛基準が設けられたほどだ。

 もっとも千眼王の所為と言うのが正しいのだろう。彼は世界最強の戦力を保有する合衆国を、単体奇襲し五十以上あるアメリカの州のうち20を破滅させた。当然のごとく軍が何をしなかったわけではない、その全ての軍勢が彼によって屈服されたのだ。合衆国の兵士とはいえで異眼を使えないわけがない、この世界の人間において軍人で異眼をと使えないという存在はいない。
 それを操ったとしても彼の者には勝てなかったのだ、一つの国がたかが個人に負ける。少なくとも上位異眼使いにはそれほどの能力があると、世界に刻み付けた。

 千眼王 香禅坂椎葉 、平等の目聖上の分家筋であるが、千眼と呼ばれる異眼を得た。異眼史上最強の存在である。
 現在は魔眼連盟の異端者狩りに属している。そもそも彼女が合衆国と戦闘したのは、異眼使いの研究のために、合衆国が異眼使いをさらっていた事が問題だった。イギリス、日本、中国、ドイツの主要異眼国から作られている魔眼連盟から彼女は派遣されたのだ。

 二十九代目寒椿は、その力を過信し魔眼連盟に攻撃をしたことが問題だった。異端狩り、秩序の化身と呼ばれる千眼王、もともと香禅坂とは物理干渉系異眼の中で究極にまで高められた、君臨の異眼平等の聖上の守護者として盾の分家であったのだが、一代限りの化け物として彼女は生まれ聖上から断絶されたのだ。

 そんな彼女が唯一私闘で戦った相手こそ纏坂春斗、正直な話を言えば彼の異眼は彼女の前では足元にも及ばない。それを互角にまで跳ね上げたのは彼の戦闘技術、異眼戦闘だけではない、あらゆる技量で彼は彼女に肉薄していった。

「明瞭、貴方の千里眼の異眼どこまで見える」
『……………』

 魔眼連盟中最高の見鬼である明瞭、だが彼が見えるのはきっと難しい。彼女の問いにはきっと答えられない、通信機ごしに押し黙る明瞭の言葉。
 今からの作戦は、異眼使いの集団 鶯 の殲滅である。イギリスにて行われた異眼排斥派の議員の殺害を行った集団である。異眼使いを御する事ができるのは異眼使いだけ、そして異端狩りのメンバーは基本的に多忙だ。

 千眼王はその中でも主力中の主力、任務の難易度は最高クラスである。

 彼女は一度目を閉じ開いた、それが開眼の合図である。問いかけが始まる、その声をが響き渡るのだ。

 目とは何ぞや?

 それは、全てを写すもの、世界の全てを見出すものである

 千眼は見開かれる、開眼した目は淡い青の燐光をまとっていた。これが世界最強の千眼である、両眼使いであるが同じ目を持つものの希少価値は並ではない。見識において一人、それ以外に一人、これだけだ。
 それが一乃坂祭であり、香禅坂椎葉であるのだ。
 彼女の視界に広がる、限り世界の世界は全て彼女がすべる空間へと変貌する。

「まぁ、どこまで見えていると聞いて答えられるものも少ないが、それを断言できるものがいるのならそれが最強の目だろう。私に出来る事は、見て覚える事だけだ」

 発現する能力は、英雄の眼寒椿の雷神、幾つもの雷を束ね操る訳ではない。見るということを認識し、視界全てを雷で埋める、視界全てを雷が埋める。その視界全てに、雷を認識したのだ。それこそが異眼と呼ばれるゆえんである、開眼の言の葉を告げる。

 低位の異眼であれば、見ることにより視界内で操るという事を行うが、上位の異眼は違う、視界に認識して発動するのだ。視界ない全てを支配する事が、上位異眼の基本である。その中でも攻撃力において最強の一つに数えられるのが、寒椿の雷神でありドイツの魔王であり、最強の破壊、一乃坂になる。

 自然現象を起こすわけでもなく、認識する事により発現する。低位の異眼は起こすではあるが、本質的に眼である事に近いものが、異眼としての能力が高いものとされている。本来発動するべきものではなく、現象をあろうが無かろうがその視界に認識することなのだ。それが異眼と呼ばれるゆえんである。
 実際異眼使いの犯罪者は、捕まえられ次第封印の眼帯か眼を抉り取る度力の処置を行われる。見なければ発動しないのが異眼であるからだ。対異眼能力者用装備の中で最も効果的な武器がスタングレネードであるのだからその有用性がどれほどの物か分かりやすいだろう。

 だが百眼と呼ばれる異眼使いたちまでいたると反則技としか言いようのない心眼と言う、もう一つ上の段階まで行ってしまう。こうなった異眼使いはもはや人間ではない。
 見ていた風景をそのまま認識する、眼が見えなくても問題ないのだ。その視界全てを根こそぎ破壊する、これで世界最強の軍隊は潰された。

「終わり、これで主要メンバーは全員死んだし。後始末は、魔眼連盟の方に任せるわよ」
『常任は、殺すなと明言していた記憶が?』
「冗談、異端狩りにはいった理由は、手加減をしなくていいからのはず。ちゃんと私闘には手は抜いてる」
『纏坂との私闘では手加減でもしてたと』
「当然、戦闘技量は凄まじいけど。異眼使いとしてはまだ一流とはいいがたい、私と同格になるには最低限。異眼の頂点が何かを知ってほしいところ、その可能性があるからヒントだけは教えてあげたけど」
『千眼でしょう、それを超える眼なんてありえない。貴方はすべての異眼をすべる千眼を持っているのですよ』
「千里眼、最初に発見された眼の基本中の基本である本質。見て知る事、これが目の本当の意味での始まり、遠くを見る、見えないものを見る、つまり貴方みたいな人間がその片鱗を見せている。っまぁ可能性があるとしたら全ての異眼の頂点に立つとするならそれは、一乃坂祭ぐらいでしょう」

 祭の名前は、魔眼連盟の中ではかなり高い評価を持った人間だ。見識の千眼王とまで呼ばれるほどなのだが、彼はその眼を封印している。それは見鬼としての能力が高すぎるが故に能力の使用が難しいからだ。彼が異眼を使い能力を使用するとき、彼は血の涙を零すという。

 だがそれを見たものはいない、魔眼連盟とは別の組織であり、血統主義を抱え、強い異眼を持つものを尊重するそんな組織その名前を排斥派 高潔宣言 その頂点に立つ異眼使い、フローズヴィトニル=フォン=シュバルツヴァルドである。祭と言う人間がこの世で一番憎みのろい続ける人間だ。ただ一人その男だけが一乃坂祭の本当の異眼の力を知っているという、その事件は祭と彼の双子の姉である奉が巻き込まれ、そして姉が死んだというその事件だけ。

 一乃坂の狂気と呼ばれる、五年ほど前の事件である。
 
 そのときにただ一度だけ彼はその眼を全開にまで引き上げたと言われている。名家の一人であるフローズヴィトニルが半死半生でその場から逃げ去った事からもそれは理解できるだろう。彼の持つ千里眼は名家さえも打ち砕く何かを持つものだと。

『ですが所詮は見識、貴方には及びも着かない』 
「戦力じゃなく頂点に立つ、その差は違うと思うけど私は。 まぁ、可能性だけの話、あの事件以来フローズヴィトニルは本家から動く事もなくなった。少なくとも彼には、それだけの価値が、あるということだけは、覚えておいた方がいい」
『残念ながら、その価値はなくなったようです。フローズヴィトニルは動き出しましたよ』

 その相棒の言葉に彼女の青い眼は少しばかり強く輝いたように見えた。

***

 ただ少しばかり昔に悲劇があった。
 少女は犯されて、息絶え、少女を助けるべく必死になった少年は、自分の寿命を燃やし尽くした。
 ただ悲鳴が聞こえて、血の涙を流すように少年の両目が見開かれ、地獄を聞き続けていた。

 その全てを彼は忘れる事ができず、目を閉ざし続けている。
 あの時彼は高潔宣言の盟主である魔王によって妹を奪われ、自身も致命傷を追いながらも、誰にも知られることなく、結局彼は殺戮を行い。
 寿命の全てを燃やすようにして、最後の一人を殺せずに沈黙した。

 何故逃げられたのかも結局のところ覚えていない。
 ただ覚えているのは、姉が陵辱された事と、その理由が初潮を向かえ子供を産めるようになったからと言うこと。
 何より有能な異眼使い産める道具であったと言うことぐらいだろう。
 
 その日以来、彼は両眼使いとして覚醒し、その命を極端に縮める事になったという悲劇のお話だ。 

***

 悪夢を見た、祭の感想はそんなものだ。
 目を開けてもいつも視界は黒々としたもので、千里眼でもなければ今頃明るい日の光をまぶたの中からでも感じる事ができたのだろう。五年前の話だ、彼はそうやって姉の陵辱される姿を見せつけられ、そして一生立てなくなるのではないかと思うほどの傷を負った。

 そして彼は狂った、バチカンの抱える聖者の異眼と呼ばれる使い手の治療によりどうにかなったが、彼はフローズヴィトニルを殺しに行った。

 そこで何が起こったか知っているものは少ないが、彼の姉は死んで、彼女を犯しつくした男達は、フローズヴィトニルを残して彼に殺された。もっともフローズヴィトニルもただでは済んでいない。
 彼の両腕は切り落とされ、後一歩で殺されかかっていた。
 祭は祭で一月ほど意識不明の重体である。そこまでして彼は、フローズヴィトニルを殺そうとした、実際意識を取り戻したとき、彼はその足でシュヴァルツヴァルドの城に殴り込みをかけようとしたぐらいである。それは一乃坂の当主である彼の母親によって涙ながらに止められた。

 ぼんやりとした思考に、いつも以上の誤差を感じながら彼は自室から服を着替えて歩き出す。名家の系譜である一乃坂は、結構な資産家だ家も屋敷といってもいいほどには広い、それはあくまで一乃坂本家である。彼の祖父や祖母が住んでいる本家である、当主である彼の母や跡取りである祭は、その屋敷に対して何の魅力も持っていないらしく。五年前からだが家を建ててそこで生活し始めた。

 なんら一般家庭と変わりない家に、最初は料理もできない母親と息子のコンビは、相当に過酷な状況ではあったが、二人で試行錯誤するにつれて、まぁ世間知らずから一般平民ぐらいにはクラスチェンジを果たした。ちなみにだが料理は息子と母親の交代制、料理のレパートリはこの五年間で結構なものになっている。
 
「よ、息子。パンは焼けてるからジャムでもつけて食え」
「おはよ、お袋さん。今日は本家のほうに行くんだろう、先代と御前さんに孫からよろしくって言っておいてくれよ」

 椅子に座り、三日前に彼がレパートリーを増やす意味で作ったイチゴジャムが用意されている。市販のものと違い好き嫌いが極端に分かれそうな、独特のにおい、少し焦げたような匂いがするのは、彼が失敗したからだ。
 ジャムをパンに適当に塗りたくりながら、コーヒーを持ってくる母親を待っている。その間に二人分のジャムは塗り終わっていた。

「祭、あんたも時には本家についてきな。親父もお袋もあんたに会いたがってんだぞ」
「二年前に当主の浮気や不祥事で脅して以来顔を出すなって言われてるんですがねお袋さんよ」
「建前、建前、いっつもいっつも祭は、祭は、ってうるさい限りだ。あれが鬼の破眼とまで言われた親父とは思えないねあたしゃ」

 一乃坂いやここは威の坂と呼ばれる分家は、攻撃力その一点において本家である纏坂さえ上回る。雷神の寒椿でさえ、破壊力では破眼には劣るのだ。対抗できるの異眼自体無いのである。
 最も一乃坂の家の人間が、そういった欲がない人間ばかりの所為で、分家のまま存在しており、名家には選ばれないのだけなのだが、戦闘能力なら王帝眼さえ上回る力を誇るのだ。天威の破眼と呼ばれ、千眼王でさえこの異眼を使うことを嫌がるほどの異眼だ。

 故に分家筆頭と呼ばれるのだが、一乃坂の人間は基本温厚でありこの破眼を使うことは稀である。

「よく言うよお袋さん。あんただって鬼塵の破眼って言われてるじゃないか」
「酒呑の奴が勝手になずけただけだ。お前の父親ながらに、糞ふざけた馬鹿だったよ、まぁ惚れたのもあいつを強引に迫ったのもあたしだがね」
「そーですかいな。けど俺は生まれてこの方、親父さんを見たことがないんだが」
「そりゃあいつは知らないなぁ、何しろ私が孕んだ事自体知らないだろうし。気にするな祭、お前の父親は馬鹿だったし、アホだった、けどな顔は良かった、そして何よりあたしが認めるいい男だ」

 日常会話の一部のようにコーヒーを飲みながら母親である祭儀(さいぎ)は、祭に惚気を語る。
 彼はやってしまったと思う、祭儀は未だに彼の顔も知らない父親にべた惚れだ。そしてあまりに自然な態度で惚気る母親を彼は余り好ましいとは思っていない。

「ならあわせてくれって言ってるでしょうがお袋さんや」
「祭よ、たかが一乃坂の当主が大江の名君に会えるわけが無いだろうが、あいつは世界で唯一のハグレ者だぞ」
「会わないなら会わないでいいんですがね俺は、せめて奉が居たことぐらい教えてやりたいんだよな」
「そうか……、私もそうしたいが、魔眼連盟が許さない」
 
 酒呑は、浄眼使いと呼ばれる異眼使いの中でも異眼の効果をなくしてしまう異眼使いである。
 大江山の名君と呼ばれ、魔眼連盟が保護しなくてはならないと断言し血統保存を厳命されている。だがそれは出来るだけ血の薄い人間とされ、名家や分家であっても会うことさえ許されずに大江山に隔離されている。
 魔眼連盟最高理事 彼岸の眼 芍薬高蔵 ぐらいのものである直接彼に面会できる存在は、ちなみに一度だけ高潔宣言に彼が狙われたときに一度だけ祭の母と酒呑が出会い。彼女が襲った結果生まれたのが、奉であり祭なのだ。

 ちなみにだが、祭りの父親はその辺の行きずりの男と言う事になっている。祭儀は、祭にだけは事実を教えているが他の人間は知りもしない。

「あたしだって千眼王に敵う自信は無いからな。あいつは化け物過ぎる」
「まぁ会えるときもくるさお袋さん、どうしても会いたいって言うなら俺が目を使ってやるから気にするなって」

 だが、彼の言葉を聴いたとき母親から溢れたのは、感動ではない殺気だった。
 開眼の言葉も紡がずに、破眼の白光があふれ出す。

「あたしはお前の命を代償にしてまで会いたくなんか無い。忘れるな祭、あたしゃあんたの母親だ、あの腐れ狼のような事をしてみろ自殺してやるぞ」

 その白燐光を纏わせた異眼を見て、祭は冷や汗をたらしながら引き攣ったような表情を見せる。
 
「了解、了解、と言ってもどう生きても俺の人生は二十まで満たないぞ。お袋さんに入ってるだろう」
「お前があの目を使ったからだろう!! あたしは腐れ狼の所為で、子供を二人も失うなんて考えるだけ恐ろしい」
「その話は終わった事だろう、今更もう言うなよ。あいつも死んだんだから、もうさ諦めろよ。お袋さんがあいつに負けるとは思えないけどさ」

 その話題はここでおしまいと、立ち上がる。
 母親はそれだけで押し黙る、この家族にとって五年前の事件は鬼門だ。それがなければ祭は最低でも四十までは生きることが出来たのだ、あの時あの事件があったからこそ、祭の寿命は減った。
 威の坂の狂気と呼ばれた事件、高潔宣言主要メンバーの八割を殺害しつくし。その盟主フローズヴィトニルさえも重傷を負うと言う、世界レベルの問題になってしまったのだ。魔眼連盟異端狩りのメンバーでさえも苦戦は免れない人間達を虐殺しつくした見識の子供。

 故に彼は見識の千眼王と呼ばれるのだ。

「娘を殺されて、息子は半死半生、これで犯人を殺さない人間がいるわけ無いだろう祭。お前はあたしを舐めすぎだ」

 そしてその親は殺意を累乗するような燐光、紅蓮のような怒りをもって破眼を開眼する。それこそが天威の破眼、破壊すると言う一点に関してはこの世界でも最高峰の部類の存在する異眼、この眼に恨まれて生きていけるほど甘い存在は名家とていない。
 元々この威の坂の分家は、宗家が手放したくないために作られた力であり、彼ら一族が温厚であったから分家に収まっているだけに過ぎないのだ。

***

 それは放課後になる、一人の男が話しかけてきた。名家纏坂分家扇の坂(はちのさか)扇坂響(おおぎざかひびき)、祭の友人だ。

「総統、あの後どうでしたか」

 授業も終わり、帰宅の準備をしているところだったのだが総統と言われ祭は、多少不機嫌そうな表情を見せた。部活に入ることも無い祭は、ひたすらに帰宅部と言う部活を実行しようとしていた頃だ。

「あぁあの後、センセーにつかまったよ。折角俺たちのアルカディアをとも思ったんだがすまん俺が甘すぎた。まさか見鬼の俺たちを阻害する遮断設備があるとは思わなかった。俺の目ならともかくお前らの目立ったら不可能だあれは」
「いえ、あそこで総統が更衣室を爆破してくれたお陰で」

 そういって二人は腕を組んだ、と言うか一般の学校で爆破行為を行うこと自体おかしい。
 ちなみにその爆破の所為で、彼は春斗につかまり生徒指導室行きである。

「しかし総統は先の作戦で、女性陣の株が大暴落」
「気にするな議長、どうせ最初から底辺だ。今更下がったところで扱いは侮蔑に変わるだけだ」

 ふんぞり返って言い切ることではないが、仮にも名家の分家の跡取りの分際でふざけてる事疑いなしである。

「とっ、さてお遊びは終了だ響。と言うか総統はやめろって、お前がそんな事を言うからあだ名は今や閣下だぞ」
「いいじゃねぇか、お前の集団覗きのときの演説まさにドイツの伍長閣下だ」
「何で俺がそんな嬉しくも無いこといわれにゃあかんのですかねぇ?」
「宿命って奴だろう? お前にはこんなあほな才能があるんだ喜べよ」

 二人は軽口を叩き合う、本当の意味で春斗よりもこの二人は仲がいい。
 彼らの付き合いは宗家を交えた、総会以来であり十年来の友である。その頃から祭は、眼帯をしておりそれを羨ましがった響が祭と仲良くなっていったのだが、奉とともにこの三人は幼馴染であった。
 当然彼は一乃坂の狂気を知っている。
 だがそんな事を気にした様子を見せず、いつも通りの態度を見せ続ける彼の優しさに祭りは実は感謝している。何しろ祭りの寿命を知っている数少ない人間の一人なのだ。

「喜ぶ気も起きないが、理解しました。次は響の番だろう、どんな馬鹿なことをするよ」
「そうだなぁ、お前の彼女寒」「止めろその女の名前を口に出すな」

 彼を監禁した問題の女だ。何気にトラウマだ、何しろ釘を打たれたりしているぐらいだから当然である。
 祭りを救ったのは実は彼の口じゃなく母親の破眼である。

「お前にしても、当主にしても、冗談だと思って放置だもんな半年間の俺の地獄は、あいつ座敷牢に俺を押し込んで眼を見たいほざいて眼帯剥しやがったんだぞ」
「……おい、ちょっと待て……、あの雷神風情がお前の眼帯剥しただと」

 やばいと祭は顔を引き攣らせた。祭の異眼は眼帯を外すだけでダメージを脳に与えてしまう、そんな代物である以上彼の眼帯を外したがる人間は、普通いない。眼帯とは暴発の恐れ等を懸念してつけられるものなのだ。制御できない力を封印すると言った意味合いが強い。
 そんなものを強引に外すなんてことが許されるわけは無いのだ、まして事情を知っている響が怒らないほうがおかしい。

「おい、眼が据わってるぞ。大体お袋さんが殺しかけてるんだから許してくれよな、俺は男が女に暴力を振るうなんてものみたくないぞ」
「あ、……あ、分かったけどよ。何で一乃坂が雷神の当主を殺しかけて何の問題も起きてないんだ」

 祭りの言葉を聴いた瞬間彼の顔色は変わる。あの事件は彼にとってはトラウマであり続ける、姉が目の前で陵辱された挙句……、死んだのだ。思い出したくも無いだろう、彼はそれ以来女性に暴力を振るという行為自体、いやそれ以上に女性に触れること自体出来なくなっている。
 
「そりゃそうだろうよ、何しろ未だに喋れやしないんだ当然だろう。お袋さんはあいつの五感を破壊したんだよ」
「鬼塵の破眼かよ、他人の感覚を認識するってどれだけ無茶やってんだよあの人」
「いやほんとうは体ごと破壊するつもりでやったらしいんだけど、抵抗したからそうなっただそうだよ。お袋さんながら無茶だと思うよ、十二代目だっておふくろさんとはやりあいたくないとか言ってるし、あの人何気に世界最強の異眼使いの一人だとおもうよ」
「春さんが嫌がるって、まぁ一乃坂の破眼は名家クラスの異眼だしな。ましてやあの人の全盛期は洒落になってないからな、大江山の名君に高潔宣言が侵攻した事件とかもはや当主でさえ愕然とするような事しでかしてたしなぁ」
「確か山ごと、貴族の帝剣を吹き飛ばしたんでしたな。お袋さんもだが破眼は反則だ、千眼王が嫌がる異眼って」

 実際この破眼は王帝眼よりも性質がわるい、破壊以外には使えないが、その破壊が非常識なのだ。あらゆる現象を破壊すると言う意味では浄眼に近いが、魔王でもこんな非常識で反則的な異眼の前では無力になる。
 汎用性が全く無い攻撃一辺倒、単純にして明快壊すと言うその一点に優れた異眼である。

「使いこなせないと、俺みたいに眼帯を着けないと生きていけないですよ俺らの家系は。ってんなこたぁどうでもいいでしょうが、それよりも俺は見識を使って馬鹿なことをしたんだ、次はお前の番だぞ響」
「お前みたいな無茶は出来ないって俺には、そうだなそろそろあいつの命日だろあいつの好きだったお前のおはぎでも作ってみたらどうだ? 俺はあいつの好きだった線香花火でも用意してみるさ、あいつの供養をしてやろうぜ。あいつは賑やかなほうが好きだったろ、どうせお前ン所だ厳かなもんでもやるつもりだろ、じゃなくて今日にでもやってみようぜ」

 妙案とでも言うように響は手を叩いた。
 祭は響の提案を聞いて薄く笑みを浮かべた、本当にいい奴だと何度も思う。何しろ祭は気付きもしなかったのだ、仲のいい姉弟だったと言うのに、彼は一瞬その薄い笑みを自嘲に変えるが、彼の提案に自分のその感情は無粋だと感じて響に感謝の気持ちをこめて頭を一度下げるが、響は気付かなかった。

「と言うかそれ、今日中に無理だ。明日にするぞ響」
「だな冬に線香花火を確保するのはかなり無茶だ。まぁ、纏坂の権力とか使って集めるがな」
「だな、楽しい供養にしような」
「当然だろう祭、奉の供養だ親友として俺はきちんと喜ぶ形で送ってやるさ」

 いい男だ、男にそう思わせるだけの価値はあるだろう彼には、自分の周りにはいい人間ばかりだと少し彼は嬉しくなった。
 しかし思考は切り替える、祖母に習ったおはぎ作り元々奉に喜んでもらうために努力してきたものだったと言うのに、最終的に食わせてやったのは一回きりだったなと、昔を懐かしむ、あれを好物と言い続けてくれた姉に感謝をしつつ材料の用意に思考を写す。

「餅をどう作るかが問題だな、餅つき機を御前さんにでも借りるか」
「俺のほうもどうにかするかねぇ」

 二人は提案はともかく、結構難易度の高い難題を抱えて溜息を吐いた。

***

 目は一体何のためにある

 開眼の言葉、黒い燐光をまとった碧眼が冷たい空気を放っている。

 それは、ただ自分以外を見るために、自分以外を認識するために

 ソプラノの声が響き、空気を一度律した。
 どこか幼くも感じるその声、黒の燐光は魔王を担うシュバルツヴァルドの異眼特有の光だ。金髪碧眼に、ととのった表情を見せる少女がいた。シュヴァルツヴァルドの名に相応しい黒衣を着ているが、金の刺繍などが着けられておりどこか煌びやかに見える。
 
 少女の名前はルーデと言う、シュヴァルツヴァルドの魔王、フローズヴィトニルの娘であり父を超える異眼使い。天位の魔王と呼ばれる異眼使い、見下ろす見識天眼と、全てを屈服させる異眼魔王を持つ少女だ。

 彼女の標的は、異端狩り魔刃の鳴眼を持つ使い手。軍に属さない、異眼使いの中でも名家に匹敵する異眼使いである、彼は今彼女から二百キロ離れた場所にいるが、そんなもの彼女においては別に関係ないことだ。千里眼の下の階梯ではあるが、天眼とは見識でも弐位と言う部類に値する異眼だ。
 過去視や、未来視などは、出来ないが、見ることにおいてはかなりの能力を誇る。少女はその天眼で男を認識した、次の瞬間男の体が重力で圧殺される。悲鳴が少女の耳に届くが所詮異眼と言う力の認識だ、天眼を閉じ、その音消し男の命を消し去った。

「これでシュウリョウであると思います。アンダーテイカーの一人として私を認知していただけるでしょうがコウジンザカ」
「異端狩りですフロイライン、あと裏切り者の鳴守の処分ありがとうございます。なら次の試験です、貴方の父親フローズヴィトニルが一乃坂にまた挑むようですよ、どうにかしてください」

 一乃坂、彼女はこの言葉を聴いたとき目を細めた。
 彼女はこの一乃坂を父親以前から敵視しているのだ、理由は彼女の天位と一乃坂の天威がにているただそれだけだ。だが海外では知名度も高くない、一乃坂を魔眼連盟は彼女以上に評価している、それだけだ。

「最も、貴方の嫌う破眼の方ではありません。千里眼の一乃坂祭の方です、私は好き好んで波乱を用意するつもりはありませんし、あの鬼塵の一乃坂祭儀の逆鱗に触れるつもりはありません」

 無駄だと分かっていても魔王を彼女は発動させた。
 だが千眼王には無力だその程度の力、魔王が破壊される。白い燐光をまとった千眼が彼女を射抜いた。

「これが破眼です。鬼塵はさらに上の使い手です、理解したのならお願いしますね、既に一乃坂のほうには話をつけています」

 千眼王は彼女の攻撃に一切の感情を示さない。この世界における異眼使いの中で隔絶した力を持つ彼女の前では名家と言えど視界外の獣である。
 だが彼女は違う、一瞬にして自分の視覚を蹂躙されたのだ。魔王の異眼を押さえて千眼王の顔を追求するように睨む。

「開眼の宣誓も使わず……。っ!! だがコウジンザカ、遠距離からの攻撃で十二分に」
「破眼は原初異眼の一つ、甘く見すぎだ、天眼の認識の前に破眼がその認識を破壊してしかるべき。遠距離の認識は、同等かそれ以上の異眼の前では無力であることを知っているのでは?」

 破眼の力に歯噛みするルーデ、彼女からすればなぜこれほどの異眼が世界に認知されていないのかと思う。名家といわれても差し支えの無い異眼が、分家どまりで要ること自体不服だ。

「だが私の言っているのはそんな事じゃないはずだが? 私は貴方の父親が持ってくる厄介ごとを貴方がどうにかしろと命令しているはず。両眼の千里眼の力、どちらにしろ両者ただではすまないですからね、私としてもあの千里眼の子は、生かしておく必要がある」
「なぜです、両眼とはいえたかが見鬼。史上最高の見鬼であることは理解していますが、それどまりでしょう」

 千眼王は失笑する。

「なら聞くがシュヴァルツヴァルドの魔王が、たかが見鬼に殺されかけるのか。私と同じく、同異眼による両眼少なくとも何か理由があるはずだ。もしかすると彼が二代目千眼王の名を引き継ぐかもしれないとな」

 自分の異眼に自信を持っている少女が、その言葉を聞いて反論できるわけもなく彼女は静かに押し黙った。
 フフフフと笑う千眼王の姿に苛立ち感じ、それを隠そうともせずに睨みつける。

「了解した、どうせ貴方の命令を拒否できるものなんていない。馬鹿親父の暴走を止めてきます、ただ簡単にその発言はしないほうがいい、貴方が思う以上に千眼王の名は重いんです」
「理解したよ、では頼むよ。見識の千眼王である彼の守護を君の異端狩り編入の最後の試験とする。最後となるが、私の名前は香禅坂だわすれるな」

 不機嫌な彼女を楽しそうに見ながら千眼王は宣言する。
 そんな試験があったのは既に一週間前の話、彼女は眼帯をつけている高校生と言う端的な情報だけを渡されていたが、彼ほど目立つ人間はなかなかいなかったのですぐに発見できた。

「クラウンのハルト、パーフェクトアイズと唯一互角の男、厄介かもしれない。しかし父上も、一度こっぴどく負けたのだから諦めればいいのに」

 身内への愚痴を呟きつつ、女子更衣室を爆破した男を見て彼女は大きく溜息を吐いた。
 色のある悲鳴が彼女の頭を叩く、取り合えず彼女は変態には容赦ない。重力が内にではなく外に、はじけるように認識して炸裂させた。野太い悲鳴がぎゃああと響く、それと同時に、彼女を貫く視線が一つ浮かぶ。

 それが千里眼の証明、強引に魔王の力を強化して視点をそらすが、千里眼の階位は原初異眼のなかでも階梯最上位に位置する異眼である。天位の魔王の彼女の天眼でさえ、彼の異眼の前では下位に存在するのだ。
 だがそれより先、春斗が祭を異眼により拘束し彼女は事なきを得た。実際祭の性格は捉えがたいところはあるが、彼の逆鱗に触れることは、少なくとも一つの組織を殺しきる可能性があるという事は確定の話である。

 不用意に煽る事はいいことではないだろうと言う判断だ。

「先に父上のお話を聞いてからとしますか、負け犬のフローズヴィトニルなんて名を与えられた所為で我ら魔王の異眼は、見下されてしまっているというのに。また醜態を曝すつもりですか全く」

 愚かな父親だ、血統主義者でありながらあの無能さ加減は見ていて腹が立つ。怒りを抑えながらも、彼女は父親のいる場所を見下ろす。天眼とはそういう代物だ、威圧し屈服させるという意味を持つ、王者の見識である。
 見下ろせば威容に力の強い異眼が、この土地にはかなりあることが分かる、だが彼女が求めるのはその中で一番感じやすい異眼である。波長を合わせれば直ぐに、彼女はその姿を把握する、それと同時に重力強引に操り、彼女は空を駆け出した。

「じゃあいきますか、取り合えず父上に死なれても困る事だし」

 何より彼女が、異端狩りに入ることを許されないというのは問題だ。とりあえずは話し合いの為に、父親を探すが結局彼女は見つけられず、祭りの元に向かうことになる。

  

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