鬼の花婿 

一章 同胞の夫婦

 幼い記憶と変わらない村、確か名称もない小さな村。
 俺の記憶となんら変わりもしな癖に、今の現状は最悪だった道案内で同胞らしい非常識な女に連れられ俺は村を引き摺り回された。
 その華奢な体からは想像できないほどの力で体格的には辛うじて勝る俺を楽々と引っ張り回した。感じていた疼くものは所詮痛みだろう。

 いまだ現在進行形のその拷問行為のトドメとなりそうな百段以上ある石段の先にある神社にまで向かっている事を確認した俺は泣きそうになった。

 やけに楽しそうに俺を嫐る女は、まるで外を歩く事を始めて知った子供のようにはしゃいでいた。だからこそ止めろと声をかける気になれなかったのだが、真っ青にあざ咲く俺の体はもう限界だ。今までの要領で拷問を続けられれば、死を覚悟しそうな石段の量だ。

 女は一度そこで立ち止まった。どこか階段を睨みつける様子にもしかすると女の体の限界を感じて俺を掴んでいる手を離してくれるのかとも思ったがどうもそう言うそぶりは見せない。少し前までの空気との違いにちょっと戸惑うが、俺の感じた表情の変化は気のせいだったのかいままでと変わらない表情のまま観光案内をするガイドのようなそぶりを見せた。

「ここが神社だ。この村で唯一の離婚経験者の住む場所だ」

 親父、すまん。
 離婚の原因を作った本人としては謝罪の一つも加えたいと言うものだ

「そして中華の構えを鳥居の前でやっているのが、ここの神主だ」

 が死んでくれ。
 頼むから謝罪をさせたくせにこう言う馬鹿なことをするなよ。昔の幻想が音を断てて消えていくだろう、と言うか中華の構えって何だ。
 やけに楽しそうに女は腕を組んだ、その口元からは悪戯っぽい子供を髣髴とさせる最悪の笑みだ。被虐的な表情に顔を刻み、やけに残酷な女王様の空気がなぜかこの場に立ち込め始めた。

「いやつくづく変態だ。ここの神主は、なんて言うのだろういや奥方に操を立てるのはいいがその発散の方向性をつくづく間違っているな。そう思わないか変態の息子の葦船君」
「頼む、頼むから同類を見る目で見るな」

 そんな変態の血を引く人間として俺を見るなよ。
 だが彼女は俺の態度を察してか何か考えるそぶりを見せた。

「ふむ。憐れだな、ここの神主はどうやら変態のようだ同情するよ。それはそうと鶴の構えに変わったようだぞ」

 だがろくでもないことに変わりは無い、こういうのを小人閑居して不全なすというのだったか。まぁいいが。

「同情するな、憐れむ目で俺を見るな。しかもそんな侮蔑に満ちた目で見られてもうれしくない」

 あぁ、うざったい親だ(血)祭るか。それで家族の縁も両断してやろう。
 周りから見ればきっと背景に鬼を用意した映像でも見えることだろう。

「葦船いい表情だ会って十数秒の肉親を間違いなく破壊しそうな表情はちょっと私は好ましいぞ」
「どこの世界に肉親を殺そうとしている表情をしている人間が好ましいなんて感情が出るのか俺には疑問だね」

 聞こえていたのかと意外そうな表情をする。
 どうもあの女は俺が猪突猛進な馬鹿と一緒じゃねーかと言っているようなものだ心外である。俺は生まれつきの身体欠陥で子供の冷酷さを幼い頃いやというほど受けていたのだ周りの空気には敏感だ。
 
「というより葦船、君は殺意を持っていたのか」
「まさか神社らしく祭り上げようと思っていただけだ。ほらどっかの神社であったろう神輿を階段から投げ捨てるって奴がさ」
「ほう、ということは何か君は実の父親を私同様石段に叩きつけ続けてやろうと考えていたわけか」

 …………こいつ確信犯かよ。

「まてや何かお前と言う女は、俺に対してダメージを与えると言うその一点のみであんな楽しそうに笑っていたのか。あの監獄から娑婆に出てきたみたいな開放された嬉しそうな笑みってのはそれかよ」
「かなり失礼だな君は私は何かの囚人か。ちなみにだが半分は正解だ、久しぶりと言うか何年ぶりというレベルで私は外に出たからな病気と言うのは辛い辛い」

 軽く爆弾発言をしているが、別に辛いわけでもなさそうだから俺はとやかく言うつもりはない。
 始めてあったときの浮世離れした空気はこういう囚われのお嬢様が出すものだったのだろう。下界で汚れていない、穢れなきお姫様かその分性格が破綻している気がしないでもないが。

「サド女お前の身の上は多少分かったが俺はそう言うのに興味ない、関係ない。それに立ちっ放しはいい加減飽きたさっさと行くぞ。思考はしすぎれば迷宮入りだ、ぱっぱと行ってさっさと蹴落とす」
「残念ながら関係は在るがおいおいとしよう。ではいくか」

 聞きたくない、俺はこの女にあったことなんてこの村でさえないのだ。だが嫌でも表情に出た、その顔を見てまた女の感情は喜怒哀楽の正方面の感情で彩られるが、俺にとっては不快意外の何者でもない。

「……まじか。あと引き摺る必要はないぞ、流石にこの距離はダメージ的に起き上がれなくなるからな」

 嫌そうな顔をした俺の隙をつくようにして当たり前のように俺を引っ張ろうとした女の手首をひねる。残念ながらその病気に俺が関係していようが致命傷になりかねないダメージを放置しておくほど俺は馬鹿じゃない。

「君は女の暴力を振るうような教育を受けたのか君は最低だな。この白魚の肌を見ろ真っ赤に染まっていたそうじゃないか」
「たかが痛そうの為にお前はこの地獄の石段打ちを浴び続けろというのか。冗談だろ俺はそこまでお前の笑みのために体に鞭打ちたくないぞ」

 失言をしてしまった、俺の言葉を手に取ると女はさも当然のようにそれを武器にして俺の手を掴もうと策略をめぐらせ始めた。 

「何を言っている私の美貌はしっているだろうまったく問題ないじゃないか。百万ドルの夜景よりも美しい笑顔をプレゼントフォーユーだ」

 しかしながら女は策略が浮かばなかったらしい。悉くざまぁみろ。

「いらん」

 それより先に俺が百万ドルの夜景の一つの光になるだけだ。俺は首を左右にぶんぶんと振りながら女の攻撃を躱す。
 次腕をつかまれては確実に石段打ちの始まりだ次々と繰り出してくる女の一撃をどうにかかわしながら、石段を登っていく。大体四分の三ぐらいで俺の体力と女の体力が尽きてしまったため鬼ごっこは終了したのだが。

「しかし私の美貌によろめかないとは君は何か男色」

 休憩がてら女は口を開く、自分の顔の造形にたいした自身をお持ちのようだが残念ながら俺はお母様の教育の結果でそんなことを問題としないようにきちんとまともな教育を受けている。

「お母様曰く自分の顔の造形を自慢する奴にはろくな奴がいないってのが相場だ。無論俺だって人並みに男だ女のほうがいいに決まっているだろ、ただお前が対象外だけだ」

 目の前の女は大和撫子というやつを連想したら見た目ならそれに合致するが、俺にはその目が恐ろしいただの青だったらここまで怯えやしない。
 悉く不浄を排除した後にできるようなそんな青、矛盾もなくただ他の不浄を消して青だけが存在するような想像したくもないようなまっさらな色をしている。自分の目と比べても分かるほどだ、ただ赤い目なら俺だって怯えやしないさ。

 何度も言ってやるこれはしたいが腐った赤だ、血が血と混ざり合いにごった色だ。不浄を不浄で掛け合わし汚濁を汚濁で塗り固める、そんな色がこの目だ。どれだけ言いつくろってもこの女と一緒にいるのは自分がおかしい気がしてならなくなる。

 あぁ、きしょくわるいきしょくわるい、

「いや存外に君は私の目が嫌いなようだそんなに私の目を凝視するな。いやもしかするとお前の右目なのかもしれないな。だがそれは仕方ない事だ、お前は器と言う意味を名前にこめられているのだだからだ葦船そんな汚濁を受け止めるのはお前の役目なんだ」

 あぁ、きしょくわるいきしょくわるい、きしょくわるいきしょくわるい、

 頭が痛くなる俺はただの一般人だそう簡単にこの目を受け止めきれるほど人間を辞めたつもりは一切ない。

「いい個性じゃないか腐臭が立ち込めるようで私は好きだぞ」
「この上なく失礼言動だなこのくそ女」
「だがそれが事実だ今更あきらめろ、君は腐っているのが基本で根本だ。私は美しいまでに昇華された美といったところか」

 むかつくな。

「そーですか、俺にはお前も大して変わらんように見えるが。そんなのいいからあれ叩き落そう」

 嘘だ、俺の今の言葉は後ろの分を除いてすべて嘘だ。見苦しいまでに嘘、俺とあいつが一緒冗談だあそこまで美しいが似合う奴に俺は何が出来るんだ教えて欲しいよ神様。どうにか話をそらすがそんな俺の感情を見透かすかのように分と軽く鼻で息をする。実際には笑ったのだろうがそんなこと気にしたくもない、人間の中に心の底から自分が汚らわしい存在と認めるような人間はこの世にいるわけがないそう信じたいものだ。

「ついでに死ね、くそ親父」

 お前が俺に変な遺伝し加えるからこう言う目にあってるんだよこの野郎。
 片足で立っている状態の親父に向けて足を掴み引っ張り上げる。何の構えか分からないが格闘技であるのならばきちんとそれに対処できる意味をふくんでいろと言う話だ俺はぜんぜん悪くない。中国の武術と言うのは下からの攻撃に弱いのだろうかそれとも最初から想定していない、いや無駄すぎる思考だ。

 のぉおおおおおお、と言って階段を転がり落ちる親父。何度か階段でバウンドして何段か抜かして落ちていった。

「まさか本当にやるとは」

 恐れおののく声が聞こえる、いやどこか楽しそうなぐらいだ。

「ただの太極拳だと言うのに容赦なく実の父をこの階段に叩き込むとは肉親のする行為じゃないぞ」
「そっちがあったか。躊躇いなく殺っちまうところだった」

 サドの癖にこの程度の事でいちいち顔を青と白のコントラストで彩りやがって、ざまぁみろ。俺は抑えきれず笑い出す、俺の態度をどう思ったか知らないが少しすねた表情をこの女はした。

「いや九割殺しじゃすまないレベルだと私は思うのだが」

 あの程度で人間が死ぬか、いや死ぬだろうけどちゃんと受身をとっていたっぽいから問題ないだろう。

「大体自分が言ったことだろう殺人教唆の罪にお前だって取られるさ。ざまぁみろこのブルバード症候群(幸せ見つけの大馬鹿野郎)」
「な、なんだそれは、私は初耳だぞ人を殺せば殺した奴が罪に問われるものだろう」
「思いっきり先導してたくせになに言いやがる、殺し屋に頼んで人を殺せば自分が殺した事にならないとでも思っているのか」

 青い目と同じぐらいに顔を青く染める、大体途中で階段からハズレ木に直撃したから骨以外のダメージはよほどの事がなければ問題ない。
 死んだときは事故で石段から落ちて死亡的な理由で隠せばまぁ、この閉鎖的な村では特に問題はないんじゃないかと俺は思考していた。何しろ駐在さえないのだこの村は、警察自体呼ばずにそのまま葬式だろう。俺って父親にはドライな人間だったんだ。

「今君が考えている事がそのまま実現するほど現代社会は甘くないはずなのだが」
「だが証拠はない」
「いや私が証人になるが、このどら息子であって速攻でこの階段から叩き落すか」

 凛とした声をさえぎって、野太い中年の雑音が耳に入ってくる。冷劣な思考だがダメージは殆どなかったようだ。
 俺の頭をその神官の体格からは想像も出来ないような腕力で俺を締め上げる、その目には青と赤の色は刻まれていない。どうやらお母様が原因のようだ、俺の遺伝子はお母様の方の優劣遺伝子によって作られているらしい。よりにもによってありえない劣等遺伝子が混ざっているのか。

「やぁぱぱん、お久しぶり。きちんと宮司職の資格もって帰ってきたよ」
「ふん、和媛さんの遺伝子だけで形成されながら私という性格的劣性遺伝子の所為でここまで人間だめになるのか。だが何年ぶりだか息子久しぶりだな」

 ボロボロの服装だが昔より多少老けた程度にしか感じない。と言うかボロボロな服装は俺の責任だしな。というより自分の事を劣性遺伝子とかいうなよ親父。
 だが呆れた顔をした女は俺に対してではなく親父に対してやたらと鋭い視線を加えていた。ぶっちゃけ睨んでいる、ありえないぐらい綺麗な青色の目が親父を貫き、万力のやく30分の一以下の力で締め上げていた俺の頭の手をさらに緩めた。

「変態宮司、やはりあなたとそこの息子は似ているな貴方に」
「すまんそれは俺に対して死ぬほど失礼だ、こんなのに似てたら俺自殺しちゃうだろうが。お前ほどじゃないが俺もそれなりに顔はいいんだぞ、この明らかにゴンザレスの仇名が似合うよな顔と一緒にするな」
「息子」

 思いっきり殴られた、懐かしい痛みだ。俺が悪戯してばれるたびにこの拳が襲い掛かっていたな。
 無駄な過去の思いだ俺はいつの間にかカウンターで拳をぶち込んでいた。

「父親越えまさかここまで早いとは」

 一撃で父親を気絶させてしまうとは、悲しすぎる感無量だ。

「すまない私は展開が異常すぎて付いていけない」
「お母様の教育の結果だ、母は偉大、父親は超えるもの、そうやって今まで育てられてきたからな」

 ふんぞり返ってやった。
 当然呆れいていたが、いちいち気にすることでもないと思ったのだろう一度失笑すると俺の拳によって意識を飛ばした親父を一瞥して神社の方に歩き出した。
 
「君のわけの分からん両親の教育方針は構わないが早く家の中に入ろうここまでの道のりで喉が渇いただろうから麦茶を入れていやる」
「了解、そういえばお前って言う呼び方面倒だなアオメって読んでいいか」
「却下、折角いい名前がある呼び捨てでいいから私を呼ぶときは名前で呼べ葦船。じゃないとその赤い目でからかいまくるぞ」

 選択肢なしだ、俺の中ではこの目は一番のコンプレックスだ。そこを突かれて昔後一歩で警察沙汰にまでなったことがある、うんあの時は俺も子供だったから助かった。
 だが一つばかり問題があるこいつの名前を俺は忘れてしまった。なんと言うか覚える以上の異常な衝撃が俺の目の前にあったからしかないっちゃ仕方ない。

「川坂羽間だ、私の自己紹介をどうやら耳にも入れてなかったようだな。名前の方が私の好みだと言うわけで名前で呼ぶように」
「はいはいりょーかいだ、羽間だっけ、そう呼ばせてもらうよ」

 はざま、はざまっと、何度か頭の中で反復するじゃないと俺は簡単に人の名前を忘れてしまう。自分のことを馬鹿とは言いたくないがあまりいい頭ではないので結構人の名前を覚えるのは苦労するのだ。
 アオメのほうが絶対に覚えやすい、だが自分の名前にどうやら自信を持っているらしい羽間と言う女は余りない胸を張りながら一応俺の実家を案内する。と言っても居間までの距離なのだが、案内をするのが好きなのか居間に着くまでの間の部屋をくまなく俺に説明した。

 だがやはり実家と言うのは落ち着く、今まで住んでいた家も捨てがたいがこちらの家のほうが何倍も心を落ち着かせるのだ。玄関を入ったときに感じるあの安堵感は普段気付かないが感じてしまうと癖になる。俺はその安堵感を精一杯体で感じるためにいまでうでーっとくつろいでいた。

「しかし無駄に広い家だよな。一応昔住んでたから多少記憶にあるけど、羽間の説明した部分だけでも半分満たないってのに軽く前の家の四倍はあったぞ」
「そりゃそうだろう、ここは仮にもこの村の中心だぞそれに祭事か集会は全部ここで開かれるんだ。村の人間が全員集まってくる事もあるんだこれぐらい広くないとはなしにならないだろう」
「へー、そういえばここ神社だったな集会所みたいなもんか」

 羽間は俺に説明しながらお茶の準備をしていた、どこか頼りないそぶりを見せる羽間に少しばかりいやな予感がしたが手伝うと何を言われるか分かったものではない。それに今はこの畳の匂いと戯れていたい。
 俺の目の前に冷えた麦茶が出される、軽く一舐めこの女の性格は何と無く察している麦茶とか言って麦酒を出しかねない。味は別に問題なし、一応羽間の方を一度見る表情で何かしらの行動を確認するが多少の変化もなし、空気と言う字が読めない俺ではあるが多分大丈夫だ。

 こくりと一口、うん普通だ俺はそのまま飲み干した。

「いや君はいくらなんでも失礼だと思わんのか」
「自分の先ほどまでの実績を考えていえ羽間お前の輝かんばかりの今までの行動の結果だ」

 当然だが皮肉以外の何者でもないがこの女は言葉のいい部分だけを理解して新たに文を作る才能があるようで嬉しそうに上下に頭を動かしていた。
 間違い無くお前の輝かんばかりの行動の結果の実績だとかそんな言葉に聞こえている。その言葉だけでほめられたとかそんなことを思っているとしか俺には思えなかった。会話が成り立たないというか、あんまりあの女は対人との会話になれていないような気がしてくる。

「実際なんか薬でも盛ろうとしていたのは事実だから我慢するか」
「まてや」

 こいつ……、俺を何かしらの方法でおちょくったりする事が楽しいだけだ。確かにそれなら輝かしい実績にもなるだろうこの俺の思考さえもな。

「いいじゃないか、少しばかり私なりのお茶目と言う奴だ。当為過去の村には毒物とかそういった類のものは致命打しか与えられないのでやめただけだ」

 確かに自然の毒草とかあるだろうけどさ。どれだけ物騒な発言だよ。

「何でここにはそんな物騒なものがあるんだよ。俺にはまったく理解できないのだが」
「やれやれだな本当に、君の父親がまともな人間であるはずが無いだろう」

 それに何の意味があるのか俺に教えて欲しいんだが……、教えてくれるわけが無いか。いや実に最悪な女だ、本当に見た目を性格で差っ引いたらマイナスにしかならない。
 しかしゆっくりと流れるこの時間は格別だ、今の外には山から流れる清水がちろちろと控えめに流れいて、そよぐ風が心地よくて、何より心穏やかに流れるこの時間がなんともいえない。
 一度会話を俺は切ってこの時間に身をゆだねる。

「むひ〜」
「寛いでいる様で、もてなす側としては嬉しい限りだ。しかしなぁ、これが仮にも私の夫と思うと、流石に納得いかないものがあると思わないかい」
「そうか、へー、確かに俺も俺みたいな人間と結婚するなんて考えたらぞっとしない話だ」
「本当にそうだな、よく分かっている」

 そう本当に、

 この時間が一生続けばいいのに、そうしたら今の発言を聞いていなかったことに出来るんだから。
 俺の表情を呼んだわけではないだろうが少し女は嬉しそうに、鼻歌を零す。一瞬の事だったのでどんな曲かは分からなかったが、まぁその辺の無駄に早く流れる流行と言う名の大河の水の一つなのだろう。
 
 さて、一度現実に戻った方がいいのだろうか。今さっきのは俺の幻聴だと思いたいのだが……

「現実だぞ馬鹿息子」

 復活した問題外(おやじ)の言葉が容赦なく俺を叩き潰す。はらはらと安息の時間を打ち壊す地獄の言葉に涙した。
 女はそんな俺の態度を見てちょっと驚いた様子だ。

「不服なのか、この私と言う美貌を好きにできるというのに」
「性格と言うマイナスファクターがでかすぎるんだよ!!」

 でかいを通り越してとんでもないというレベルだ。
 見た目なら俺の好みだろう正直、認めます、これは神に誓ってもいい。性格と言う巨悪の前には、まったく意味のない要素ですがね。
 ご立腹な御様子で、俺を睨みつけるが、何で俺がこんな悪たれを嫁にせにゃあかん。

「既に役所には届けた」

 なんて素敵に公文書偽造。
 だが二人とも俺の態度を見て何をいまさらと言う。

「お前も結婚には承諾し婚姻届を書いたと聞いたが?」
「お前が書いたとが和姫さんに聞いたのだが?」
「まてや、なんでそんなあからさまな疑問系なんだよ。こっちが聞きたいっての」

 カレンダーを指差す。

「いつ」

 その後に自分を指差し、なんて馬鹿なことをやってるんだと多少後悔。

「俺が」

 最後に性格巨悪を指差した。だが本当にこればかりは俺の決断が入っているわけがない。

「こいつと結婚する事を承諾した!!」

 だが二人は呆れた様子で、俺を見るどころかため息さえ吐くしまつだ。
 あ、お前痴呆みたいな感じで浴びせかけられる視線に軽く殺意が沸いた。

「一週間前、おまえ自身が、婚姻届を書いてに決まってるだろうが」

 淡々と当たり前の事実を陳べるように親父は言う、一週間前だと、ふざけるな!! そんな根も葉もない。根も葉も……?

「……一週間前だと」

 嫌な事実を思い出した。友人たちと最後の別れとばかりに酒を飲み交わし、生まれて始めて意識が飛ぶほどの量の酒を摂取したのが丁度一週間前、酔っ払った俺の様子をお母様はこういっていたはずだ。素面のように見えて言う事ちゃんと聞く良い子になったようだったと。

 軽く意識がとんだ。

「お母様ならあり得る。と言うかお母様だから絶対やる」

 はっちゃけすぎだろう、酔っ払った息子になに教えてんだあの人は!!
 完全な事後承諾もいいところだ。だが俺はお母様に口で叶わない、腕力ではもっとだ。
 あれ? 俺完全敗北してる、泣くもんか。

「認めないぞ俺は!! なんの権限があってそいつと俺が結婚しなくちゃならない」
「父親」
「嫁」
「ちょっと待て、特に後者、今まで一番いい笑顔見せて俺に喧嘩でも売ってんのか!!」

 こいつら、阿吽の呼吸で遊んでやがる。
 苛立つ感情を抑え、冷静になるようにと深呼吸を一回。

「どうしたダーリン、私は既にダーリンのハニーだというのに」
「殺してやるこのくそ女!!」

 なれない、冷静になんてなれるか畜生。この女への怒りばかりが無理矢理膨れ上がる。神よ許されるならこいつに、偉大なる神鳴りを叩き込んでください。
 飛び掛りそうになるが冷静、最低限女を殴るわけにはいかない、女を殴ればその後の逆襲は一万倍で帰ってくる。これは実体験と、お母様の教訓だ。

「あぁ、楽しい。葦船がもだえてる」

 こいつ、本当にこいつと言う奴は……、男だったら余計嫌だが、本当に………、そうだ逃げよう。
 思考なんてまともでなくてもいいさ、いいはずさ、何しろ今は逃げると言う事が正しいんだ。玄関に向けて俺は走り出す、いきなりの行動に親父、馬鹿女は、反応すら出来ていないだろう。

 玄関を飛び出し境内に入る。よし俺は自由だ、俺は結婚相手どころか童貞でさえあるのだぞ、当然キスさえも、惚れた女に捧げると言うただそれだけの目的のために守ってきたのに、あんな奴に奪われてたまるか。

「……お!!…か……ろ!!」

 親父の声が響くが俺には聞こえない、聞こえてたまるか。より速度を上げて走り出す、石段にたどり着いた時に漆黒が影が俺の懐に入った。そこには見た事がある黒髪、懐に入る寸前に見えた強気な笑み、一瞬見ほれるようなそんな表情が俺を一瞬停止させた。それと同時に衝撃、プロだろうがなんだろうが物理的に飛ばせるはずじゃない距離を俺は吹き飛んだ。

 呼吸が止まる、攻撃自体はたいしたことじゃなかったが、石畳に叩きつけられた衝撃はきつかった。

「いまだ嘗てこの村で、花婿に逃げられた女がいない理由が分かるか葦船よ」

 それは羽間の言葉だった。嗜虐に満ちた多分彼女が見せる中でも最も機嫌のいい表情だろう、感情の中でも最上位と言ったところか、元々好みの顔だから嫌でも動けなくなる。じりじりと近付いてくる羽間に俺は、呆然とするだけだった。

「それはな、どの世界でも共通だが、さらにつなげる事がある。この村の女は世界最強だ」

 違う最狂の間違いだ。俺は絶対認めない暴力の圧政には屈しない、俺は皮肉をこめる。

「それはただの暴君って言うんだよ」
「ふん、結構な事だ葦船、残念ながら逃がすつもりは一切ないぞ私は」

 ゆっくりと、青い目が俺を貫いた。心臓が止まる、こいつは俺の弱点をついてくる。
 絶対に嫌がらせなのだろう楽しそうに口が歪んでやがる。ただ俺にとって一番嫌なことを平然としやがる、あえて黒い目を押さえてあの目を強調させる、冗談じゃない。見るだけで背筋に悪寒が走るのにあんなことされたら……、呼吸が歪む、冗談じゃない冗談じゃない、その目で俺を見るなよ。

 くそ、その目、

 ノイズが走るように頭に一つの思考が浮ぶ、止めろ俺はそんな人間じゃない。思考を抑える、思考を抑えろ、その感情は人間のものじゃない。その感情は、止めろ止めろ俺は人間だろうが、抑・え・ろ。
 思考を振り払うように首を左右に振りつける、無理矢理に思考の破綻を押さえて迷宮入りを阻む。

「ふん、お前を逃がすほど私は甘くないぞダーリン」
「しょ、しょう……きかお前、惚れてもいない男にここまで執着して、病気だぞ」

 荒くなる呼吸を心臓を鷲掴みにする様にして押さえる。動悸が激しくなる、心臓を止めるようにして鷲掴みにしている存在をさらに強く締める。あいつはそんな俺の仕草を楽しそうに見て笑う。

「理由はある、理由しかないがそれでもいてもらわんと困るんだよ私は」
「冗談だろうが馬鹿女」
「冗談? それこそ冗談だ、私には君が必要だ。そのために逃すほど愚かでも矮小でもないぞ私は」

 矮小、矮小だと、尊大で傲岸不遜極まりない癖に。
 自覚しながら俺の苦悩が楽しいのか、目の輝きはだんだんと強くなっていくことだけは理解できるが、正直勘弁してほしい。俺の体を杭打つ様に、縛る目が俺の正気を阻んでいる。

 圧殺される心臓の鼓動に、思考は一つのことに指定されるような内情に吐き気を催す。

「気分の悪そうな顔だ、嫁の見た目がそれほど不服か? 人の身体的欠陥での差別は醜い限りだぞ」
「誰が……、誰が嫁だ。羽間、俺は認めていないぞ」
「それこそ知らない、これが私の意見で主張だ。 私が私であるために、君が必要だと言っているのだ」

 耳朶を打つ声に、意識は酩酊感を感じる。
 目の前の羽間の目には、今の俺の状況を心配するしぐさは見えない。こんな人間と夫婦生活なんて想像するだけで地獄だ、何よりこれが愛情表現だとしても御免こうむる。

 常識外の魅力を振り撒く女に覚えるのは嫌悪感だけ、目もくらむような華の前で覚える萎縮のようなものなのだろう。羽間の表情を見れば言葉だけは真摯なものだが、既に前提が利用であるあたり俺個人の魅力は致命的なのだろう落胆に涙が零れ落ちる。

 なんて哀れな俺、かわいそうな俺、断じてほかの人間はかわいそうじゃない。
 
 しかしこの女、口では互角、見た目で敗北、腕力では絶望的なまでの戦力差なんだこの圧倒的な差は、同い年ぐらいだと言うのに凄まじいほどの断崖を感じる。
 いつの間にかきっちりと体をホールドされた俺は、必死に動くが羽間の腕力にはかなわない。体重とその力を尽くしての拘束に必死にもがくが、意味が無いのだろうだが無駄な抵抗とわかっていても、必死に暴れた。

「暴れるな夫、お前の性格はきちんとお義母さまから聞いている」

 一瞬心が冷えた。

「まて、お前まさか知っているのか」
「あぁ、知らないとでも思ったのか葦船。 意外とどころか、有得ない程の初心だなぁ」

 この女、いや、ちょ、いやいやいやいや。
 赤い目の恐怖がうせた、変わりにもっと恐ろしいことを、やばい、これは拙過ぎる。

「どうやら事実のようだ、君みたいに性格のゆがんだ男の貞操観念じゃないぞそれは」

 頬が熱くなる、もう既に真っ赤に染まっているだろう。あぁ理解している、そんなこと理解しているが、尊大な女の態度に怒りを覚えながらそれ以上の恐怖に青く染まっていく顔を俺は理解するしかない。
 段々と近づく顔に、怯える、こいつは知っている。俺の夢と、母親に聞いているのだろう。

 俺は確かに童貞だ、その上この年で女性と付き合った事さえない。

「世の中にこれほど珍しいバカがいるとは思わなかったよ」

 にやりにやりと笑いやがって、

「事実だが、確かに俺はその手のことに対して厳しいが、お前はまさかそれをするつもりか」
「当たり前だ、なに夫婦の営みとしては生温い位だろう」

 恐ろしい事をのたまいやがった。
 強引に顔を固められ、羽間から視線をそらせないどころか顔ごと動かせない、女として意識してしまえばそれだけで俺は、萎縮してしまう。うなじから毀れる汗に異様な色気を感じ、開けた着物から不自然なぐらい艶やかに見える、白磁の肌がいやでも俺を誘惑するように、だが本人にその自覚が無いからこそいっそう危うく俺の発情を誘う。

 無駄な思考の乱立でもしなければとっくに襲っていただろう。先ほどまでとは間違いなく違う、荒くなった息といやでも感じる自分のオスの本能に、自分の正気を疑う。
 この女を食らえと言う衝動がここまで非常識だとは思っていなかった。

「よりにもよって、ほれた女にしか体を許すつもりが無いだって。どこの現代人だ羽間」
「それは別に侮辱されるいわれは無い、別に処女信仰というわけじゃない」

 羽間の無駄な妖艶なその姿に堪えるだけで吐き気を催しそうになる。正直何を言ったかも詳しく覚えていない。

「その江戸時代よりも果ての貞操観念と、君の始めてをうばってやる。 きちんと責任を取ってくれよ」
 
 つまり俺に選択肢は無かったのか最初っから、必死に逃げようとしても力でかなわない。
 これは立場とか一切関係ない、こんなのは精神の陵辱だ。何でよりにもよって俺が襲われる側なんだよ、逆だろう、何で涙をためて震えてなくちゃならない。

「女性に接吻をするのは合意を得ない限り陵辱、相手が拒絶する場合を除き責任を取って結婚する。 今の私にとっては、なんて都合のいい心情だ」

 それが強制であろうと、無かろうと関係ない。それは男がする中で一番最低なことだ、それに俺の始めてはすべて、まだ会わないほれた女にすべて取っておくつもりだった。
 
 だが、もう、お仕舞いだ。

 目に涙がたまって相手の顔は見えない、だが近づいていくそのきれいな顔がぼやけたまま変わらず近づいてくる。それこそ強姦される乙女のごとき悲鳴を上げる、完全に立場が逆だ。わかっているし理解も可能だ、自分の石に涙が出る。
 襲われているにもかかわらず、自分が陵辱しているような不快感を感じる。

「なぁに、気にするな結婚すれば体もくれてやる。これは首輪だ、本当にきちんと、きっちりと人の唇を奪った責任を取れよ葦船、これはそれの前払いだ」

 触れた唇の柔らかさに、一瞬気持ちいいとさえ感じてしまった。
 その唇の間に下を入れて強引俺の舌と絡めてくる、ぴちゃぴちゃ淫猥な音が響いているが、かすれて音が消えるように思えた。口元から二人の唾液が混じった液体が俺とあいつの口の端から垂れていく。

「ふぁ、……ん、ぁ……」

 その声を最後に俺の意識は消え去った。

戻る  TOP  次へ