十六章 勇者の宿命
 

 
 



 へへへへ、ひひ、あは、ひひゃああああ

 声に悪夢が宿る、全滅戦争といっても過言でない一対一と言う名の滅ぼしあい。目の前の視界が腐り落ちて、目の前には色彩を滅ぼされた印象派の絵画が転がる。

 それた人の力だ犯された破壊だった。

 満遍なく、容赦さえされず、世界と生命がその存在価値を根こそぎ暴虐されるさまがある。
 二人の戦闘の衝撃はただの二度、結末はつかないがそれ以上の力場での衝突は起きなかった。二つの振動で、地面は液状化の末路をたどりそこは沼地のように変わってしまった。

 その攻撃だけで、何人の人間が死んだのだろう?
 沼地に沈み、体内を泥で犯され窒息して、人の様相も忘れるような死に様を曝し続けている。二人の間に、壁のように浮かぶ悲鳴のカタコンベは、二人の価値観の差異を明確に分ける。

 傲慢に、悪辣に典雅に最高を、
 悲哀に、惨めに哀れに最高を、

 あぁ、どちらも全くに度し難い。

 力場兵器は都合二度の衝突でBT設定を行なうだけの処理能力を失う、計算機である人間ではなく力場の発生器とも言うべき現象機の形定機能が追いつかなかったのだろう。内在された最適化機能では瞬時の修復は不可能だ。オリジナルといってもいい力場兵器ではあるが、BT設定に追いつくにはその力は不足だったのだろ。

 それに唯一適合している力場兵器は、燕と烏だけなのだ。

 だがこの結果は新開のとしても予想外だった。力場の機動が予想外に鈍くなったお陰で彼は、攻撃を止めざる負えなかった。この状態での力場機動は、簡単に言えば力場崩壊を容易く起こしてしまう。
 それは余りよろしいと言うものではない、制御できない力は力から災害に変わるだけの代物だ。これは新開と言う人間の異常性であろう、たとえからだが半分消え去ろうと道化を演じ切ることが出来る彼の進化種とは違う、人間性と言うべきところだ、無価値と言う新開だからこそ見せる事のできる平等。
 全ての存在に価値がある、その中にだからこそ存在できる勇者としての業がある、全ての価値を平等に扱うという。命は命であるが故に貴賎を問えない、そして勇者が守る世界は常に、それ以外の敵を殺すことで成り立つのである。そしてその平等の中に唯一の不平等があるとすれば、それはきっと勇者自身だけなのだ。

 勇者の存在価値は魔王を殺すこと、そして最終的にその魔王を殺せる最悪の存在を滅ぼすことにある。

 それは他の力を借りる場合もあれば、魔王と共に息途絶えることでもある。勇者とは魔王が会って成立する道具に過ぎない、道具とは所詮使い道がある間しか価値は無い、ならば勇者の価値の根本はと無価値であるべきなのだ。
 故に勇者は味方にはいくらでも献身的に、そして敵には無慈悲の殺戮を行なうことができる兵器と変貌するのだ。

 つまり勇者と言うその存在は、その身を全て犠牲にして時代を紡ぐ道具にすぎない。

 それは新開にも言えること、だからこそ彼は冷静になれた。道具は所詮道具自分の体を心配をするわけが無い、冷徹なほど確実に利益だけを得ようと動いてしまうのだ。
 しかし相手はそうとは限らない、新開と言う勇者が選んだ勇者は、その崩壊を躊躇わずに力場を起動させた。勇者が選らば勇者は所詮人間だ、人間に過ぎない者が殺意を持って狂うときに、代償は気にならない。同じ勇者でありながら、同じく本来であれば己の体の崩壊など気にしない存在でありながら、

 ここに隔絶した人間である勇者と人間で無い真の勇者の差が現れた。

 それは余りに単純明快な音だ。頬を叩くような音が一度響いただけ、それだけで圧縮力場は新開の片腕を潰しつくした。
 余りに容易い結末といっていい、その一撃は新開の力場兵器を破壊し、運動機能の一部を破滅させた。いくら再生機能を持つ新開といえど、彼の能力はあくまで修復であって復元ではない。完全に欠損した体を元も戻すことは不可能である。

 ただしその出血だけは容易く収まった。新開はただそれをぼんやりと見るだけだ、その失った片腕を、浩二はただ息を荒くして、自分のしたことがまるで奇跡で在るかのように、成した功績の重みを感じれずに、立ち尽くしているだけだった。

 数秒ではあるがかなりの出血をした新開は、ふらりとした足取りのまま瞳に浩二を写した。
 べちゃりと不確かな足場を荒らしながら、浩二をまなこの牢獄に抑える。それは果たして新開であったのかさえわからない、ただ純粋にまともではないという事だけは理解した。いやせざる終えないだけだ、彼は一度だけ見たことのある地獄の比ではないのだ。

「へへへへへへ、おい、ひひ、ひ……ひ、あ、あああああはははははっははははははは」

 文字通りにそれは狂っていた。発狂と言う言葉がここでは明確に理解できる、地面を踏みつけもどかしそうに手を体に打ち付ける。

「ひへへえははははえへへっへははははっははは、さ、ヒヒヒヒ、最高だぁ。忘れてた、はははははは、理解をすることすら忘れていた。お前を認めていた理由さえ忘れてた、これだ、これだ、どんな言葉の羅列よりも理解した。
 見事、ははははははははっははっはは、これだった。これだった。

 お前なら、俺を殺せるんだよ。そう忘れてた、お前なら俺を殺せるんだ、卑小すぎる人間だからこそ、哀れなほど惨めに人間だったお前だから、どれだけ心が死んでも生きていた貴様だから殺せるんだ。

 つまりこの腕は俺の慢心だ。お前が余りに人間だったから忘れてた、異端は人間以外で殺せない。化け物は勇者以外が殺せないように、勇者は民衆に殺されるように、化け物が民衆を殺すように、人間から外れた異端は人間以外が殺すことは出来ない。これだった、力を求めながら必死に地から逃げて、それでも力を求めて、絶望に何度心を折っても生きることしか出来ない死ぬことが出来ない、尋常ならざるほど人間であったお前だから」

 お前は俺を殺す力を持つんだと、悪夢のように嬉しそうに彼は語った。
 腕を伸ばす、勇者に救いを請う民衆の信仰の様に、渇望が浩二を襲う。

「新開!!」

 理解の出来ない恐怖が湧き上がる。いま自分の達成した偉業に身を震わせた男が、次は恐怖に身を振るわせた。
 その一瞬の彼の悪寒、それは一瞬にして現実へと変貌する。視界を押さえるようにして、新開の腕が振り落ちた。だが彼の王ほど彼は優れた身体能力をしているわけではない、ましてや腕の一振りで肉をそぎ落とすなんて荒業使えるわけも無い。

 頭を掴んだまま新開は体重をかけ浩二を地面に叩きつける。当然だが新開の腕は一本だ、しかも別に彼は近接戦闘が強いわけでもない。動揺したままの浩二は、何をが起きたかわからないまま、腕に激痛を感じ新開を跳ね飛ばした。受身も取れないまま新開は地面に打ち付けられ呻き声とも笑い声とも取れない声を出していた。
 たった今、腕がなくなったばかりの新開は、いつものように立ち上がろうとして。二度ほどバランスの取れない体を地面に打ち付けて、ゆっくりと立ち上がる。

 口元に塗りたくられた赤い跡を彼は軽く拭い、耳に残る粘着質のあるべちゃりと言う音が響く。それは彼の口から吐き出された赤い塊だった。
 浩二は、胸の辺りから感じた痛みをようやく理解する。歯形に抉られたその跡は、新開の吐き出した塊と嫌でも符合するのだ。歯まで赤く濡れた新開は唾液と共に何度か血を吐き出す、その間に浩二は、その符号に目書くな事実を突きつけられる。

 新開に行動させてはならないことを、腕を奪われたのは彼にとって致命傷ではない、力場使いがただの人間に傷つけられるなどと言うことはありえない。
 
 だが何度も彼は確実に、彼の懐に忍び込む。いつの間にか、十メートル以上は慣れたその間を一瞬にして彼は踏み越えてくるのだ。目の錯覚ではないかと思うほどに、最初から最後まで視界に捉えてなお彼の行動を阻めない。力場の発動が意味さえ感じられない、一分の二人の潰しあい。
 獣が獲物でも喰らった後のように、新開の口の周りは血にまみれていた。血をぬぐいすぎたのだろう腕は、血を吸いその容量を上回り彼の腕に傷でもあるように地面を血で汚した。

「流石に致命傷はこれじゃあ狙えないか」
「ふざけるな、痛みで脳が壊れる。いやそんなことはどうでもいい新開お前は踏み込める、十の十二乗の圧縮力場から。よける隙間なんてありはしない」
「無いなら作る、作れないなら強引に作る、つまりはそれだけの事というだけだ。別に力場は万能じゃない、領域技術、対抗機動烏、そして天敵中の天敵殺虫剤、圧縮程度の力場どうにでもしてみせる、俺の名は川原新開だぞ、力場使いであれば誰にも負けるつもりは無い。
 ましてやBT設定も使っていないその程度の力場、発生条件から覆せる。しかしそんなことは問題じゃない、先ほどのあの狂気はどこに消えた、人間がただの負け犬になってしまっては目も当てられないだろう。どちらが死んでもいいんだ、命ぐらいは賭ける方法が分かった。なら次は狂気を保つ方法だ、簡単だ自分の信念でもいい何かに狂え、お前だったらそうだ。殺されたあの女のための努力だ、どうだ簡単だろう。信仰こそこの世で生きる唯一の術だ、お前が出来る侵攻はあの女、名前どころか顔も忘れたあの女だけだろう? 
 もう既に狂っているだろう、お前が人間を始めた日からずっとお前はその為だけに生きてきてるんだ。後はその維持だ、たかが体を数箇所食われた如きで狂気を消すな。力場使いが自分の力場に各職を持つな。狂え本質だけを追求するように、お前はすでに一度その領域に踏み込んだんだ。
 刃折れ矢尽き、だが五体満足だ、たかが肉片が数箇所少なくともあのときに比べれば万全極まりないぞ、意思と言う名の狂気を見せてくれよ新開と言う名の勇者が選んだ勇者の狂気を」

 大多数の価値を守るために存在する真の勇者新開、少数だだが確実に一つを守りきる勇者である串刺し公。
 しかし設定解除した状態の圧縮力場を彼は容易く無力化した。そう結局、力場であれには勝てないという事だけは彼は理解した、ならば自分のもう一つの武器で戦えばいいだけだ。アルコールでいかれた体と、戦場に身を置き続けた自分、明確な力の差が出来ている。

「大層な演説を、所詮貴様は生きる価値すら無いくせに、いや死ぬ価値すら有さないくせに」
「そう言うな。さっさと死ぬぞ」

 大地を圧縮力場で固めた後彼は、処刑道具を取り出し走り出す。それは新開も同じだ、破壊された流動力場ではない燕を最少起動しているのだろう。通常力場の十数倍の低計算処理により最小限の力場しか起動させない。脳は致命傷を避ける、多分彼は同じことを先ほど圧縮力場にも力場を使った何かしらの妨害を行なったのだろう。
 強化力場も使用しているのであろうが、大人二人分あればましなほうだ。多く見積もっても1.5倍程度の力しかないだろう。

 これならまだ強化武器の方が役に立つ、この状態ならそれで新開を殺すことも浩二を殺すことも簡単だろう。だが無いものねだりだ、どちらも全くそのようなものを持っていないのだから。
 じゃなければこんな戦いは見れないだろう、腕を貫く杭をそのまま押し込み肉を喰らう。浩二さらに対の手で喉を突き刺すが、それでも死なない新開の腕が貫かれた杭をそのままに殴りつけてきた。視界が真っ白に染まり、二人して転がりながら後方に退避する。新開はただ杭を抜き去りたいだけだろうが、かえしの着いた杭は元の位置に抜くことを許さない。

 喉の杭を新開は躊躇うことなく殴りつけ背骨を貫き一瞬の行動不能に陥る。それでも彼は死なない、修復と言う新開の進化異種としての異常それは下あるものが完全に消えてしまえば意味がないが、それ以外であれば容赦なく蘇生させる。
 ある程度の限界はあるのだが、それでも辛うじて繋がっていた神経が新たな器官を構築していく、気付けばいつの間にか彼は、何の傷も無いまっさらな肌をしていた。

 二人ともかける声も無い、ただ凶暴ににらみ合いを続けるだけ。どちらももう理解している、浩二は不死身がいる訳が無いということを、新開はこいつは自分を殺せるということを、いくら新開といえど脳を完全に破壊されてしまえば死ぬ。あらゆる蘇生の伝達系である脳だけは修復が効かない。

 死ぬまで殺し、死ぬ前に殺す。

 簡潔明瞭な解だ。所詮戦いとは突き詰めればその程度の話である。言い訳も矛盾もなくその程度の話だ、戦いにそれ以上はあってはならない、それを求めれば言い訳に変わるだけだ。

「ひ、ひゃは、はははは」

 擦れた笑い声、どちらが出したかさえ分からないほど、二人の間でもれた。それが狂気の境目のように、明確に二人を繋ぎ断絶している。
 力場使いである二人は間違い無く格闘戦はずぶの素人である、それでも様になって見えるのはその揺ぎ無い狂気だろう。自分をなくし目的のために動くようになったものの行動。それは破滅的ではあるが、それゆえに自分の命さえも躊躇いもなく代償としてかけられる。
 新開が浩二に問うた狂気の意味である。
 狂信に勝る目的などこの世では想像し難い、自分の意思のままに動くことは所詮それだ。大なり小なりそれで以外人間は動かない、それの極点たる意思への殉教、目の前にその展開がある。

 かえしを戻した浩二、あの男の前ではかえしなどあっても無駄だ。武器を無駄にするわけにもいかない、二人の戦いは犬の戦いのように変わってゆく、心臓を抜き、腕を地面に縫いとめ、腕を抉られ、胸を抉られ、地面を転がり、沼地を血だるま同士が食いつぶす二人して死に行くだけの行進だ。それは獣といって何の差支えがある、だがこんな戦いは一方的に新開の有利だ。
 蘇生ばかりする無傷な男と、そんな物を持たない男、明確すぎる。
 
 しかし新開の息は荒い、足元さえ既に覚束無いのだろう。しっかりと大地を縫いとめるようになっているが、まだ目が凶暴に火を燈す浩二と、どこか熱に浮かされた瞳をする新開では、その状態に差がある。体の機能を使っての再生、それは脳と体を酷使するのだ、さらにそこに頭脳演算まで行うとなればどれほどの負担は命の危険に関わるレベルであるのだ。
 過剰な計算に頭がその通り付いていかない、腕を伸ばすにしても完全なラグを感じてしまうほどに、だがどちらも未だ五分、死に掛けていることに変わりは無い。どちらも未だ死ぬことには変わりない。

 死ね、声が聞こえそうな笑い声、死ね、楽しそうに踊る声、死ね、誰もに望む人間への賛美歌、死ね、人類が人類に捧げる祝福。

 殺すために動き死ぬために動く、

「ああぁぁぁああああああああぁぁ」

 言葉は無い、笑い声のように声がただ響く。それはもしかして嗚咽かもしれない、恐怖の悲鳴かもしれない、はたまた怒号か、蘇生もままならなくなり、遮二無二に二人は殺しあう。狂気があるのかすら分からない、ただ二人は死ぬのだ、生きる価値もなくした勇者二人は目的のためだけに死ぬ。
 脳内麻薬では制御し切れない痛みは二人の体を焼く、殴りつける手の骨が折れ、杭を殴りつけた手の指が彼の体から垂れ下がりさらに追撃を加えるときにはまたへし折れた。あらゆる場所を刺し続ける、二人の体には既に動く事さえ出来ない所まで追い詰められた。どちらもが同じ、全く変わらない、所詮同じものだ選ばれたにせよ選ばれなかったにせよ。

 勇者と言うものはこういうものなのである。

 だが血祭りの終りも来る、二人は殺しあう、個人を死滅させるためだけに腕を失い、体中を砕き、二人は最後を振りぬく。


 しかしながら――――

 運命は全て勇者に味方する、そうあらゆる意味で世界は勇者に味方するのだ。

 ――――世界は無慈悲に溢れている


 あり得ない衝撃が彼らを揺さぶる、だがそれは浩二には感じた事のある恐怖。それは世界を滅ぼした災害だ、思い出すあらゆる恐怖の頂点、この破滅的状況で彼の体は勇者以上にそれを恐れた。旧世代の人間全てをねじ伏せた最悪の地獄に対して、目の前の敵よりも。

 完全な無防備な状況で、彼は新開の一撃を受けた、心臓に到る一直線の道筋を、肋骨をへし折りそれが臓器に突き刺さる。

「人間め、最後の最後まで勇者のままを望むか」
「勇者め、最後の最後まで人間のままを望むか」

 それが選ばれた勇者と、選ばれなかった勇者の差であった。誰が認めようと世界は選ばれた方を救う、それがたとえ仲間の援護だったとしても。新開は憎悪に身を焦がす、結末が決まってしまったからだ。
 二人は同時に倒れた、どちらにしろ二人は既に動けるわけが無い。

「く、ははは、あはははははは、ひひゃはははははははははっはははっははっは、勝った、勝ってしまった、勝ってしまった、あれによりにもよってあれに、あの男に世界最強の異端に、ははっははははっはは、ざまぁみろ新開、これだ、これだ、これで貴様は終わった。
 貴様が何をしたかなんて知らない、貴様がここで死のうとした理由は知っている、貴様は死なない。だから俺の勝ちだ、くあははははははははっはは、貴様終わった、貴様は確実に折れる、世界最悪の無価値め、これで貴様は終わる。剣王が残らないわけが無い最後まで、貴様は最後の過ちだ、俺を殺せなかったから、俺に殺されなかったから」

 死ぬのは確実に浩二だ、串刺し公だ、しかし彼は勝者とのたまう。
 新開は泥だらけになりながら彼を見た、その目は虚ろで立ち上がることすらしやしない。これはもう仕方ない、彼の頭脳演算は既に体の行動を許さない。行動に対しての機動が完全に停止した。

「あぁ、俺の負けだ。ありとあらゆる意味で貴様に敗北した、よりにもよって俺の柱が折れる為に、ああ完膚なきまでに貴様に敗北した」
「これが貴様にくれてやる復讐だ。失う恐怖を肌で感じろ、私は高笑いしてやる。貴様は負けた、今までどのタイミングでも勝ち続けた貴様はお仕舞いだ」

 一つたりとも動こうとしない体に、狂信は狂気は無意味だ。それは人が最後に縛られる物理の壁、それでも動こうと手を伸ばそうとする。しかし何もかもがもう無意味だ、決まってしまった、結末は完全なまでに決まってしまった。
 どれだけ優位に盤面を動かそうと、どれだけ完璧に人間を動かしても、最後の最後の最後の詰めを誤ってしまった彼は、永劫に刻む後悔に苛まれる。

 彼はここで死ぬか、相手を殺害する以外の方法で以外、彼の勝利の手段はありえなかった。

 そよ風の様に動く力場は役に立たず、彼は動けないままそこに這い蹲る。満足そうに仰向けのまま倒れた男は、空を仰ぎ最後の力で腕を上に上げる。

「勝った、僕は新開に勝ったんだ」

 風に吹かれて届く声は誰に向けたものなのだろう。
 だが忘れてはいけない、所詮これは始まりであることを、勇者とは常に艱難辛苦の苦難の果てに目的を果たすものなのだ。

「そして偉大なる勇者に未来永劫の試練を与えたまえ!!」

 それは呪い、工事と言う人間が最後に新開に与える呪いだ。勇者に選ばれた勇者は、その勇者の権限をかえすように最後の言葉を叫び息絶える。ゆっくりと機能を戻していく体は地面を殴りつけた、今では遅い遅すぎるのだ。
 彼が視界に写す敗北の光景は間違い無くそれなのだ、ここで死ねばよかったかもしれない、ここで生きている事は全てにおいて間違いだった。彼はそう思う、彼は思い続けている。

「そうかよ」

 楽しむべきではなかった、しかしこれが王の命令であったのだ。嗚咽のように一度だけ声を漏らす、まともに体が動くようになる前に走り出すように体を動かし。もどかしそうに何度も転びながら始まりの土地へと走り出す。

 そこには敗北がある、彼にとって最大の敗北が目の前に浮ぶのだ。彼は確信している、勇者新開はそのことを確信している、だがそれでもそのはやる体をとめることはできない。空の星を手に取るような幼子の幻想を抱きながら彼は必死に始まりの土地へと走り出す。

 だがそれでも、いくら望んだところで変わらないのだ。
 彼は知り向かうその場所で、彼の願望じゃない現実が彼を恐怖に苛む。



 間違い無く、彼が始まりの戦いに向かう場所そこでは――――――――王は死んでいるのだから。



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