三章 姫には騎士を、騎士には姫を

 さて後に砦における防衛戦において多大なる活躍をすることになる騎士の始まりはここからだ。
 煌びやかな英雄譚にささやかれるような始まりではない。この国における精霊の象徴であり、騎士たちにおける母、人の身でありながら精霊である存在に対しての反逆だ。他国の存在ならともかく、王国出身者が起すような行為では断じて無い。
 様々な精霊の恩恵を受けそれによって反映してきた国の住人が、その象徴とも言うべき存在に対して刃を向けるなど、間諜か暗殺者か、どちらにせよ他国の干渉があって始めて成立するような代物だ。

 まさかただの感情で武器を振り下ろすなど誰が想像するだろうか。
 だがどちらにせよ前代未聞である事は間違いの無い話だ。空気が自滅し、風の精霊たちがいっせいに悲鳴を上げ、泣き叫ぶように風が溢れ変える。それが彼の物語の始まり、精霊に喧嘩を売り国に喧嘩を売った、精霊王国最大の珍事にして最大の反逆事件、彼の後の活躍を考えれば度肝を抜かれる始まりであったのは間違いないだろう。
 その身体能力のみ精霊騎士を圧倒する非常識な存在、同時にある意味では精霊殺しといっても過言ではない存在である。

 精霊は好かれればそれだけで力を貸してくれる存在だが、同時に嫌われれば力を貸してもらえない。
 しかし嫌われすぎればある意味で武器だ。精霊に対する完全な拒絶は、精霊さえも切りく武器となる。

「アホだろう、せめて衆人環境以外でやれよ、絶対アホだろう君は」
「アホじゃないな天才だ。だからこそこの場でこれをやってやり遂げるんだよ」

 そんな剣を罵るのは、その非常識の親友。受け止めた剣の衝撃は間違いなく過去の彼の腕前をはるかに超越している、仮にも陣営切りの後継者少なくとも精霊を操る自分と同格。いやでも嬉しくなるが、どうにも精霊嫌いにも磨きがかかっているようで、完全構成にまで時間がかかりすぎる。
 ただの身体能力だけなら三剣の中でもユーグルが一番上だ。そもそも精霊契約を行わずに騎士になっている時点で、非常識と呼ばれていた彼のあだ名の意味がわかるだろう。本来であれば精霊でブースとして出せる力を彼は平然と生身で出すのだ。

 必死になって彼の豪剣を受け止めるが、本来技巧派のメイギスは本来の身体能力の差を無理やり痛感させられる。
 あふれかえる精霊の悲鳴は、五人の優れた騎士を圧倒し駄剣と呼ばれた騎士の力を象徴している。そこにある隔絶とした存在の差を見せつけいたが、なおも拮抗に収まることに少々困った表情を見せる。このままでは敵に対して何もできないと言う不愉快な感情が彼の表情をゆがめているのだろう。

「あの時もそうでしたけど、よくも精霊をそこまで嫌いになれますね王の騎士」
「嫌いなんじゃない必要ないだけだ俺には、どうにも奴らはそれが気に入らないらしいが、知ったことじゃないんでな」

 じりじりと精霊の力を体内に取り込み構成を編み上げる騎士たちに視界を合わせることもなく、目の前の王に最も近い皇女を射抜くように視線を合わせながら、皮肉めいた会話を彼ら始めていた。

「無理やり俺に精霊契約させようとした爺もそうだが、何が私の剣になりなさいだ。今ならば王の騎士にさせてあげますだと、今思い出しても不愉快きわまることを、俺はお前なんかに興味はない、精霊なんかに興味もない、俺は自分が使える主は自分で決める、俺が進む道も俺だけが決める、たかがお前如きに俺を決めることなんて許すかよ」
「あなたの力を認めての事だったと言うのに、それ以上に私を上回る主などいるのですか」
「ないなら俺がなるだけだ、俺の主は俺だけで十分だ。大体忠誠を与える相手かお前が、生まれつきの才能でお前を主に認めることなど生涯に一度として存在しねーよ」

 言い放つ言葉の傲岸不遜ぶりに噴出しそうになったのはロレリアだが、らしいと言えばらしい、自分信者はそんな言葉をとのたまう。
 従わせたければ相応の何かを見せろと、だがそれでもなお彼は彼女を認めることはないのだろう。最初の段階で彼女は間違えた、だからこそ彼は死刑になろうがなるまいがこの場で武器を振るう決意をたやすくしたのだ。
 原因は常にどちらにもある、仲違いの原因などその程度の代物だ。

「たかが王になる程度で俺の上に立ったと思うな」

 だが彼の発言は尽く騎士として失格だ。この場で彼の発言を聞いているもの全てがそう思うほどに。
 同時にそこまでの考えを持っていながら彼がなぜ騎士になったのかなぞ誰もわからないだろう。その事実を知るものは、彼の義理の父親に当たる陣営切りぐらいのものだ。

「王になったらたかが王の分際でと言うだけの癖に」
「当然だ、俺の王様は俺だけで十分、この考えを塗り替えることができる奴が俺の本当の主になる奴だよ。お前じゃ役者にもなれない」

 その言葉は完全な侮辱だ。
 言っては悪いがメイギスは姉のことを尊敬しているが、ここまでその姉を罵倒しつくす彼に対して少々驚きを感じた。拮抗を保つ状況に亀裂を入れるほどに、彼女の力が抜けた瞬間、剣がさらに騎士たちの刃に踏み込んできた。
 ぞっと背筋がいかれ狂う、あれだけの言葉を紡ぎながら、彼は隙を見逃すことはなかった。

 英雄の後継者がどれほどのものか嫌でも見せ付けられる。同時にある意味では安堵することになる、嫌がらせ目的で連れてきていたロレリアなら今のこの状況もどうにかできるのだろうと言う確信があったからだ。ユーグルとロレリアはどちらもが同格の使い手である、こと剣において彼は三剣においてさえも頂点に位置している存在だ。
 それはユーグルだって知っている、精霊の構成をゼロから引きずり出すために彼はぎりぎりまで力を抜いた。必死になって攻撃を受け止めているほかの騎士たちはその状況に表情を青く染めるが、それこそが聖剣と呼ばれるロレリアの騎士としての本性。

 火の精霊によって感情を吐き出し、水の精霊によってその全ての感情を鎮圧させる、騎士の中でも例外中の例外、先天的精霊契約者にして八系統の精霊の中でも全てを担うとされる全能騎士、それこそが全能のグラリオス=ランスクエアの後継者であるロレリア=ユーメルの騎士としての有様。
 ただその一振りで先ほどまで騎士たちを圧迫していた、重圧は吹き飛ばされた。あとを剣の軌跡が火を走らせ、空間を吹き飛ばした。

 騎士としての根底的な性能からして違う二人の友人同士だが、一人で拮抗レベルであればほかの騎士の加勢があればどうなるかわからない。と考えてはならない、そこにいるのは円卓の席を担うにふさわしい軍略家の側面を持つ。確かに彼はロレリアには戦闘においては劣るかもしれない。しかしそれで彼が英雄の後継者に選ばれるはずはない。

「やめろってこのままじゃ殺されるぞユーグル」
「いや別にお前らごとねじ伏せれば死なねーだろう」

 ただの一振りで炭化した剣を持ちながらも何一つ変わらないのは、その実力から来る余裕かそれとも自棄か、嫌今までのことを見ていたら結局はこれに尽きる性分だ。
 今まで騎士の中で王に剣を向けたものは僅かだ、同時に精霊をここまでコケにしたものなど彼ぐらいだろう、だが駄剣、駄剣と罵ってきたそれは、まさしく駄剣、ただ刃だけはこの上なく優れた欠陥品。
 ほとんど無手であろうと、何をしでかすかだけはわからない。

「無理だ」
「戦闘ならお前には二割の可能性しかないだろうけどな、忘れるなよ俺が賞賛もなしにこんな馬鹿なことをすると思うか」
「するね、絶対にする、あの時だって蛮人様がいなければ君は殺されてただろう六騎士に」

 だが彼の言葉に鼻で笑うことしか彼はできない。
 そう言えばそうだと、少なくとも彼は六騎士に勝てた試しはなく、今と同じようにニュルクスに切りかかった時、殺されかけている。蛮人がいなければ間違いなく彼は殺されていたと、あのときの状況を見れば誰もが理解しただろう。

「あー確かにあれは、俺の負けだな。ああいう力だけで戦況をぶち壊すような奴らは、俺とは相性が悪いんだよ」

 非常識すぎるんだよあれはと、もっと非常識な奴がほざく。
 そういいながらも一つのすきも見せないのは彼らしいと言えば彼らしいのかもしれない。そして負けは巻けと認める性分も相変わらずだが、今この場所でこのときこの瞬間において、ユーグル=センセイはこれだけの物量をどうにかできる自負によって固められていた。

「だがお前らなら別だ、お前たちと離れた数年で俺が何をしていたか教えてやろうと思ってな。ああ、言っておくが剣じゃお前には勝てない、一対一における戦闘でお前に勝てる可能性は二割程度。これが間違いないぞ、俺の自負を持って断言してやる、俺はお前より弱い」

 だがそれでも負けるつもりはないと、獰猛な感情を簡単に見せている。誰が同見ても開き直りに近いと言うのに、敗北と言う言葉をどこにも見せない態度は、何か賞賛があるとしか思えない。
 今までの彼なら侮ることもできたかも知れないが、一瞬で上位の騎士の精霊干渉さえも消し去る精霊殺しにそんな油断ができるはずもない。誰もが確実に時間の経過によって精霊の循環や構成を整えてもなお、警戒を怠るには性質の悪い存在だ。

「事実だろうけどさ、それでも勝算どころか何かしらの策があるんだろう。四割ぐらいか」
「油断を誘えるとは思ってなかったが、妥当な計算だな」

 だから嫌なんだ君の相手はと、呼吸を整えながらより苛烈な構成を編み上げていく。
 本来ならばそれは阻むべき行為だがどうにも策があるらしく、特に警戒したそぶりを見せないどころか楽しげにその行為を見物している。何かをたくらんでいるからこそ不用意に動けず、勝利の布石がどこにあるかを無駄に探ってしまう。

 そんな状況でうずくまる姫様は、目に一杯の涙をためて自分の用意したこまの扱いを完全に間違ったと呻いていた。

「ああ、最悪だ。私の依頼が何でこうなるんだ」

 彼女はどう会ってもお咎めなしとは行かない。だがこれで婚約者に関する事柄からは逃れることはできているが、それ以上の問題があるのだ。

「目的は達したがなんと厄介事が倍にしおってあやつは」

 その言葉をつぶやく皇女を目ざとく見つけた、彼の暴走の被害者の一人であるロレリアは、身分など気にする余裕もなく叫ぶ。

「そう言えば、あんたか、あんたが、この国最悪の火薬庫の火をつける算段を整えたのか、わかってるのかあいつは無意識に相手に迷惑をかける方向に突っ走るんだぞ」
「理解してたが、この国で姉様を本気で殺そうと考える騎士なんて予想の範疇外だ。大体どこに自分で首を切り落とされる原因を作るような光景を用意する馬鹿がおる」

 今回の騒動の原因の元をたどると立場が悪くなるのは、実はメイギスなのだ。
 彼女が彼を呼び、こんな騒動を起こした。第一王位継承者の暗殺をたくらんだといわれても仕方がない、彼女はそういう状況に追い込まれているのだ。蛮人は彼女と話すときによくユーグルのことを言い聞かせていたはずだ。
 だがここまで非常識だと予想がつくものか、この国において起こるはずがないといっても過言ではない常識を破壊しつくしたのだ眼の前で平然と喧嘩を売りまわす騎士は。

「ここにいるでしょうが、大体あいつは勝算もなしにこんな事はしません。何かしらの策があると考えるべきなんです」
「知らん、知らんわ、こちらが知ってると思っておるのか。六騎士を呼ぶ意外にどうしたらいいかなぞわからんわ」

 しかし物事はそう簡単にはいかない。ほとんど無手に近い状況でありながら、悠然と周りを見渡す姿は王者の風格さえ感じてしまうが、当事者たち似た喧嘩を売っているだけだろう。
 だがそれでもここで彼をとめることの出来ないような騎士が、メイギスいやこの国の次世代の剣になれるはずもない。たかが一人に怯えるなど騎士としてあまりにも無様すぎる。それがたとえ未来における大英雄であろうと、今はそうではなく例えそうであったとしても、彼らが剣を向けない理由にはならない。

 騎士とは常にそうあるべきなのだ、護国の剣であり盾、そして鬼であるべきだ。
 国の敵となるのなら、それは騎士ではなく反逆者であり、抹殺するべき対象に過ぎない。だがその騎士が異常であるのも間違いない、ここにいるのは六騎士の子供達もいる、そして後継者さえも、次世代を明るく感じさせる才能たちに攻撃をさせないのだ。

 それは異常なほど絶妙な立ち位置と言っていいだろう。姫を襲うにも、来賓を襲うにも、あまりにもちょうどいい、殺させる気はないだろうが人質にでもされたら大問題だ。
 当たり前のように挑発的な表情を見せているのはそういう、自身の位置取りに対する余裕の表れなのだろうと、誰もが考えるが違う。そこにいるのは誰よ路線術と戦略に重きを置いた三剣と呼ばれる騎士の中で最も狡猾な正確をしている存在だ。
 彼はもっと別のことを考えている。

「言っておくがもう策はなったぞ」

 相手の裏をかくわけでもなく、もっと別のベクトルで確実に自分の勝利をもぎ取る。
 蛮人がその才能に他の騎士達の反対をよそに後継者としたユーグルの本性、どもまでも悪辣な謀略家の一面は、この国の深遠達ですらも生ぬるい。きっと誰にでもいってやれる、こいつの性格の悪さは折り紙付だと。

 ユーグルは性格が悪い、それは誰もが知っていることだが、無意識で他人の予想を上回る暴走を行う。ではだ、彼が意識的に他人の予想を上回るときどうなる。
 彼は勝利のベクトルを一切選ばない、且つ形があり手を伸ばせるのならそれが勝利であると確信している。ゆらりゆらりと影が二度ぶれる、彼の身体能力を甘く見てはならない。精霊契約もせずに騎士と同等以上の能力を誇る非常識に理論というのは役に立たない。
 精霊という制約を振り払っているからこそ出来る非常識によって彼の行動は成り立っている。

 彼の身体能力は精霊に納まるものたちのさらに上を行くのだ。
 まるで風が吹き荒れたかのようであった。一人の騎士が壁を突き破り意識を断絶させたのも同時、誰もが空間を貫いたその非常識な風に意識を奪われた。その隙こそが彼が食らうべき戦略の一つ、ただ腕力のみで振り回された力の証明が、優秀と呼ばれる騎士達をただなぎ払った。

「あれはなんじゃ、蛮人だってやらんようなごり押しを」
「あいつの本来の戦い方ですね。頭いいはずなのに、どちらかといえば理論をたて戦う方が強いタイプなんですが、いざ本気を出すとあんなふうにごり押しになるんです」

 しかも腕力だけなら六騎士さえも超えてしまう。腕を振り回すだけで騎士をなぎ払うようなわけのわからない腕力だ。こんなことが出来るのは風の上位騎士だけだが、その上位騎士達が一方的に遊ばれている。
 そして次の踏み込みはもはや、ここにいる騎士達がすべて小物に落ちぶれる。そして目標に襲い掛かるとき、たった一人彼を止めるこの出来る存在が、これ以上の暴走を許さなかった。

 いつの間にか他の騎士から奪った剣をニュルクスに叩きおろすが、それが精霊の悲鳴ごと大地を粉砕して空間を咲くような悲鳴が響き渡る。
 二人してまるで心臓から息を吐き出すように鼓動と連動するように息を吐いていた。

「流石にそれ以上の狼藉はフォローの仕様がないけど、どういう策で生き延びるつもりだい」
「内緒だ、だが少しばかり邪魔だどいてろ。俺はその辺の剣じゃ、力についていかないから簡単に折れるんだよ」

 そのぶつかり合いを彼は良しとしない。なぜならこと剣においては彼は三剣の中でも序列三位とされている。
 まともなぶつかり合いでロレリアに勝つことは出来ないことは確信していた。どれだけ彼が剣を突き詰めても、二割の勝率しかもぎ取ることは不可能なのだ。だがそれが敗北の理由にはなることはない。
 だがそれが敗北のいわれではない。
 それを乗り越えることが出来るからこそ彼らは、友人であったともいえるのだ。

 三合ほど打ち合った頃だろうか、剣の鋭さも技術の妙もすべて上のはずなのに、ロレリアは後ろに下がってしまう。

「メイギス様早くお逃げください。あいつはあなたを殺すことに何のためらいもない奴なんです」

 そして大きな声で皇女に撤退を具申するが、彼女は首を横に振るだけだ。
 彼女は逃げるわけには行かない、あれがそう言う存在であることを忘れてもいないくせに、それだからこそ。

「お断りです、仮にも私は王になる身。それがたかが騎士の暴走で背をさらすなどと、それが王になる者のすることですか」

 彼女はそれだけは認めてはいけないのだ。

「私だけではあいつを完全に止められないんです。私の実力はああいつと伯仲がいいところ、だがそれじゃああいつに勝てないんです、あいつは私の裏を必ずかく、それにおいて私がとめることが出来るような奇跡は起きない」

 断言する、ロレリアはユーグルと剣においての勝負では勝つことは当たり前に近かったが、これが彼の土台である戦争においてなら話は別だ。
 確実に彼は勝利をもぎ取る。精霊の巫女ですら容赦なく切り刻むすべをもって、目の前のニュルクスを完全に切り刻んでしまうだろうと、今この状況になった時点で、戦略的優位を失っている。彼が行動を起こすとき、それは確実に勝利を得るための確信があるときだ。
 だからこそそれを止めるすべを自分が持たないことを確信していた。

「馬鹿かそうやってほかに集中していたら、毒はいつでも忍び寄るに決まってるだろう」

 そのまま力ずくだ、ただ踏み込んでその持ち前の非常識な腕力で、ロレリアを吹き飛ばす。
 バランスを容易く崩すのはロレリアの悪いところだと、彼は呟いて教育を終了させる。優しい奴だが、敵が目の前イにいるのならそいつに集中して当然、ましてや集団戦じゃないのだ。だからこうやって簡単につぶせる。

 ロレリアの性格を知り尽くしている彼だからこそ、彼の弱点を知っているのだろう。
 そしてそれを操るようにして彼は勝利をもぎ取る。だが今の一振りでも多分ロレリアは意識さえも失っていない、何よりスイッチが入ってしまうあっちにも。だがら彼はそれを許さない、吹き飛ばしたロレリアの元に剣を投げ飛ばす。
 どこかしら手傷でも負わせられれば、それだけ詰みの状況が近くなる。

「あ、やべ、悪いなロレリアちょっとばかりうまく行き過ぎた」

 だがある意味では僥倖、友人のどてっぱらに思いっきり、剣が突き刺さっていた。精霊殺しの力のこもった剣だ、全能の彼をもってしても死なないだろうが、動くには凄まじい時間がかかる。
 さらに他の騎士達が動けない、いや動いても間に合わない、もはや彼とニュルクスの間に壁はなくなっていた。
 流石にこの時ばかりは、彼女は恐怖に少々顔がゆがんでいる。それを見て挑発的に笑って見せる彼は、本当に彼女が嫌いなのだろう。あとは彼女を殺すだけ、メイギスのように鍛えてもいない彼女の首をへし折るなんて、ユーグルにはきっと容易いことだろう。

 必死になって騎士達は彼女をかばうべく走り出した。あえてゆっくりと歩きニュルクスの恐怖心をあおる彼の性格の悪さが、彼らの抵抗を認めた。だが理不尽に暴風がなぎ払う、
 一方的過ぎるが、最初に騎士の心を彼は折っていた。一人を容易くつぶして、お前ら程度どうにでもなると嘯いて見せた、さらに現役最強の騎士すらも容易くなぎら張って倒して見せた。ここまでの相手に恐怖がわかない騎士はいない。
 むしろ褒め称えるべきだ、どれほど恐怖を抱えても立ち上がって戦っている。飲まれかけているとはいえ、絶望を踏み越えて行く彼らの姿は凄まじく凄絶だ。

 だがそんな高尚な意思すらも非常識はなぎ払う。
 はっきりといってしまえば、実力を十全に発揮できない騎士は鴨だ。どうにでもしてやれる自身があるのだろう、それは周りから見れば一方的かもしれないが、そういう風に彼組み立てているだけだ。ただ彼はまだパーティーを行っていたときに人物を見ていた、暇つぶしだったのだろうが彼はそれである程度の性格をはかったのだ。
 その筋肉のつき方から、武器から戦いの癖を、そうやって状況を見ながらまるで一つの形を作り上げる演劇のように、役者を強引に躍らせた。

「蛮人の奴はなんて化け物を作り上げてるんじゃ」

 メイギスは呼吸すらあきらめるほどゆっくりと声を出した。
 沸き立つのは恐怖だ、理不尽な災害を見れば人はこうなるのかもしれないが、彼は人間だ何かしら止める方法があるはずだと。だが騎士達の心を折って自由に操るなどという化け物じみた行為を平然と行ったそれに、自分が何が出来るのかと考えたところでたいしたことは出来ないだろう。
 彼女はきっとここで初めての挫折を味わっている。

 剣ですら彼女を裏切らず、精霊すらも彼女を慕う、劣等感という感情すらまともに感じたことがないのかもしれない。
 生まれて始めて感じる死の恐怖は、よりにも寄って自国の英雄の弟子だという。無駄な思考が浮かび彼女は少々滑稽に感じて頬を緩ませた、この土壇場で彼女は笑って見せたのだ。そのことに気づいたのは目ざといユーグル、彼もまた楽しそうに笑っていた。

「あと一歩か、いや完成か」

 ロレリアがやめろと必死に声を上げるが、流石に動けないだろう。
 もはや彼の歩みを止める騎士のすべて意識を失っている。こんなことが起きていいのかと来賓の人間も思っているだろう、今この国現役最強の名がユーグルに移り、いま王位継承者が殺されようとしている、忠義に厚いもの達はかなわぬとわかっていながら彼女を救うべく動くが、騎士でかなわぬ相手に勝てるはずもなく彼らもまた意識を失う。

 この国に一つの絶望が降り落ちようとしている最中なのだ。
 やめてくれと泣き叫ぶ者たちの声が響く中、もはや逃げることも出来ずにニュルクスは彼を睨み付ける。だがそれがどうにもなる事ではないのは間違いない、悪意は完成するのだ。よりにも寄って国家における最大の盾が、後の王を殺す。
 すべての観衆の心を折るように歩き出した彼は、楽しげであったのは間違いない。

 目の前に現れる剣の姫を目の当たりにして、その表情は本当に満足げであった。

「それ以上は流石にやめよ。貴様がそう動いたのは我の所為とはいえ、いい加減にしておいてくれぬか」

 その程度で止まるような存在であるわけがないニュルクスはそう思い、妹に逃げろと声をかけそうになるが、この男の性格をはかり間違えているのはきっとここにいる全員だ。
 嫌いな奴のプライドをへし折るには、どんな手段だって用いる。そして丁度いいものが目の前にあるのだ、これを使わずいつ使う。
 なにより彼は確信した土壇場の彼女の表情で、彼女は面白く成長して、それはきっと自分の好ましいものになるという未来を、だからこそ彼女の言葉に彼は止まるのだ。この状況だからこそ、あらゆる予想を上回るり土壇場をただの騎士の暴走に変え、彼女の依頼を彼はプライド以上に優先させる。

 この悪意の騎士を止めたのはただの剣の末姫、一瞬周りですら何が起きたか理解しがたかったのは当然の話。当事者であるメイギスですら一体何が起きたか分からない。
 今までの状況さえなければきっとこれは、どの絵巻にでも書き出される一幕にでもなっただろう。あれほど自我を張り続けた騎士を傅かせたメイギスという姫、それは狂った戦士すらも収める神話の光景だったとさえ語られるかもしれない。
 この精霊の姫ですら傅かせることの出来ないその騎士を跪かせた姫。

 あらゆる状況を混沌とさせながら、ここに一つの事件の終わりが見えた。だがそれはどう考えても次の騒動の前の静けさに過ぎない。

「御下命承りましたメイギス姫殿下、あなたの命であれば刃を納めることも納得できます」

 きっとこの状況だけを見れば蛮人は涙を流して喜ぶだろう。ようやく鎖が繋がったと、だが状況はそれほど甘くない。

「さて、あなたが私に命を下した以上、そろそろ従僕たる私に結論をいただきたい」

 この騎士を止めた姫、だが一度彼は彼女に剣を向けているのだ。正確にはニュルクスだが、彼女に切りかかった際にメイギスは彼女を庇っていた。だからこそこれが演技に誰もが見えてしまう、ふざけるなとどこからか怒号が響いても仕方がないのだ。
 しかしその声は本当にこの状況を分かっていないとも言える、ここでメイギスによってユーグルを止めなければ、精霊の姫は殺されるのだ。

 それだけならましだ、ここにいる来賓すら命は危うい。
 これは脅しでもあるのだ、メイギスや他の騎士そして来賓たちに対する、お前らはそこまで無能かという。だからぞっとしているのだ、この状況下でもいまだに風はあちらに吹いている。

「はっ、それでいいのかお主は、私如きで」

 今もなおその騎士に状況を握られ選択しすら与えられない自分程度の姫がお前の主でいいのかと。
 しかしその状況で笑える胆力が彼画中正を欠ける理由なのだろう。

「知識も実力も全部あなたより上だが、王がそんな代物覚えなくてもいい。騎士が出来ることを王が出来たところで二度手間です、王は王が出来ることをすればいい」
「貴様が出来ないことを我が出来るわけがなかろうが、と言うか、なぜ笑う、忠誠を誓おうと言う主にすることか」

 だが、彼女は彼を冷静に見つめていた。
 ユーグルは実際なんでも出来る、こいつほど万能に近い騎士もいないだろう。彼を召抱えればきっと劣等感を王は抱きいつか邪険に扱うほどに彼は優秀だ。さらにこの反骨精神が従える者の恐怖をあおってしまう。
 常に背をさす刃が存在しているような代物だ。きっと彼はそれを隠すことすらしない。

「何よりここまでを行う騎士をほしがるものがいるのか、おぬしが逆の立場で」

 ごめんだ、そんな騎士がほしいわけがない。
 下手をすれば六騎士クラスの人物から忠誠だ、なにより姉と言う王としての大器を無視しての彼女、彼女自身が王にふさわしいと言っているような代物だ。それは後に反逆を行うと言われても何の否定も出来ないだろう。
 実際に彼の言葉を聞いて、怒鳴り散らす人々の中にはそう言う事をいっている人物もいる。  

「いませんよ、私と同じ人物がいるのなら真っ先に殺します」

 そして同道と彼も宣言するのだ。自分と言う人物に対して与えた真っ当な評価、この言葉には賛同する者の方が多いだろう。
 悪びれもせずに言い切るのは、自身の行動を冷静に見た結果だろうが、彼さえも自分で言っておきながら本当に俺って性質が悪いんだと理解していたりする。だがこれはある意味彼女に与える試練だ、ここにいるすべての人物の命を守る変わりに俺を守れと言う。
 
 同じような波長だからだろう、どうしても彼の考えが読み取れてしまう。
 しかも彼もあからさまにそう言っている。だがここで認めるのは姉の面子を崩し王としての土台を台無しにしてしまいかねない暴挙だ。彼女がほしがった騎士を奪い取るような行為、公衆の面前でするべきことではない。

「ならばそんな事を私に望むのは同いうことじゃ」
「主であるがゆえに、私の出来ない事をやってのけてもらいたいのです」

 口を開かせる度に逃げ道がふさがれて行く。性格なら同程度の悪さだが、それ以外なら彼の方が上だと言う事実だろう。
 少なくとも現状ではそういう風に位置づけされても仕方ない、彼と彼女では生きてきた時間、経験が違いすぎる。彼はその開きの間練磨を欠かさなかった、簡単にたどりつけてもらっては流石に困る。
 もしメイギス派なんていう派閥があったとして、そこにいる人間なら間違いなく彼女を傀儡にしようとしているようにしか見えないだろう。

 誰が見てもそうとしか取れないかもしれない。

「ずるい限りじゃ、私のことなんぞなんとも思っておらんくせに」
「先行投資、ただそれだけです。仕える主を鍛えるのもまた、こいつらで遊ぶよりは面白い」

 彼の声は聞こえなかったが、怖気が走った。心の臓を暗い尽くす感情の吐き出し方をしやがったのだ。
 少女には刺激が強すぎる、同時に彼女にとっては、これまでにない脅しでもあった。確かにこれはニュルクスでは手に余る、姉はどこまで行っても博愛の人であった。嫌だからこそ精霊にすかれ精霊姫と名付けられる存在だが、だが納得するしかないだろうこればっかりは彼女の領分だ。
 ただの騎士ではない、分類上はたぶん人間だ。しかも特に我侭な、こういう人物を例える言葉は一つだけだ。

 馬鹿

 どれだけ頭が回ったとしても、彼はそういう存在だ。
 常識で相手をすると痛い目を見る、馬鹿なのだどこまでいこうとも、だがその馬鹿を何処までも貫く意地がある。頭のいい姉には出来ないだろう、非常識とはここに来て納得せざる負えない。馬鹿は理不尽で常識なんてまともに働かせない。
 馬鹿が理解できるのは、馬鹿だけだ。震えるのも当然だ、こんな馬鹿に鍛えられたら、馬鹿が直るどころか悪化する。

「メイちゃん、断っていいから。彼に関わっちゃ」
「黙っておるがいいおるがいい姉上、いま私は人生の岐路に立っておるのじゃ、賢しく生きるか、馬鹿を貫くか」

 人生論旨を語っても意味がないだろう。彼は結論を求めて、その結果はきっと大混乱だ。
 それにこれから間違いなく彼の人生は破滅に近い道を歩むだろう。やったことがいくらなんでも大きすぎる、生かす方法もいつの間にか頭に浮かんでいるが、六騎士でもどうしようもない。これだけの惨事を展開したものに慈悲を与えるほどここにいる王は甘くない。
 そんな存在を認めてしまえばしては社会体系自体が死滅する。

 姉を黙らせるなど彼女が本来することではないのだが、それでも止められれば、もったいないと感じてしまう。自分の欲望の素直さに少しの驚きを感じなら、前よりも力を込めて睨んで見せるが、あいも変わらず彼女に傅いたままだ。
 と言うよりも、ただ笑いをこらえている自分を隠しているのだろう。ここで笑えば台無しだと分かっていながら、彼女の困惑や今の状況がおかしくてならないのだ。選ばなければ容赦なく彼は暴威を振るうだろう、理不尽に且つ圧倒的に。

 現在必死に体を治しているロレリアだが、流石に消耗が激しすぎる、そんな状況で同格の一人とまともにやり合えるはずもない。
 理不尽だ、せめてこれが始まる前なら喜んで受け入れられたと言うのに、今は遊び半分で受け入れたくなる。ぎゅっと唇をかむようなそぶりを見せてながら必死に感情をめぐらせるが、結論は一つ落ちて、同じ形の結論がまた一つ落ちるだけ。
 そうやっていたいけな少女を苛めているのだこの男は、そうすることが面白いからじゃない。結論が変わらないくせに結論を模索するその姿が愉快だから。

「で、どうしますか、メイギス姫殿下。黙っていても何も変わらないですよ」
「黙れ、いや主にならなければ言葉さえ聴かぬつもりであろう。卑怯者め騎士の風上にも置けぬ奴じゃ」

 その通りと頷く。ただいまは結論を聞くために、止まっているだけだ。
 選択肢は最初からなく、結論を聞くためだけの嫌がらせがそこにはあるだけ。

「じゃが私にも意地があるのじゃ。ただで主になんぞなってやれるか」

 そう言うと彼女は手に持っていた剣を彼の前に突き刺し、彼を上から見据える。
 最初彼も面食らったように動けなかった、そこで始めて裏をかいてやれたと心が躍るが表情には、一つの変貌もない。逆にここに来て彼女が選ばせる、この理不尽に対していやみを告げるように、私に服従し仕えることを自分から認めて剣を抜けと。
 彼のプライドに喧嘩を吹っかけたのだ。彼の性格をいまさら思い出した嫌がらせだが、これを取る事が出来ない程度の決意かと彼女は鼻で笑うつもりなのだ。

 彼女はあくまで選ばせる側だと言い張っている。
 易い事かもしれないが、彼と彼女の間にとってはこれ異常ない喧嘩の売り方であり買い方だ。お前が選べとここで言い切れるものはそういるものではない、周りのことを考えていれば絶対にできない行為だ。しかし彼女はそれを行った、土壇場におけるこの胆力こそ彼女の強みなのだろう。
 そしてユーグルが彼女に冗談ではなく選んだ理由でもある。この男は主を持たない刃だったが、これからは違うと言う証明でもある。

「私の下にくるのならくれてやる。仮にも騎士が剣を持たないのは形にならん」

 ずいぶんとはねっかえりのお嬢様だが、彼は彼女のことを気に入ったのだろう。
 それに何より、たぶん今迄で一番確実に、彼女は自分の王となるのにはふさわしいと言う確信を得た。ただ彼は傅いた少女の後に残された剣を引き抜き、服従を表明する。
 本来国家を守護する剣である騎士が、ただ一人に服従を誓うなどあってはならないことだが、ここまでの証明をされて誰が口を出せるだろう。そこにいる最悪の騎士ユーグル=センセイを騎士姫が服従させ彼女の騎士となったのだ。

 精霊姫すらも罵倒した彼を服従させた姫、それだけでメイギスの名は知れ渡るだろう。
 同時にその二人の光景を見て呆然としたままのニュルクスは、あの幼い少女の何処にあの騎士をひきつける魅力があったのか分からなかった。いや分からなくていいのだ、馬鹿は馬鹿にしか使えず、そのことに気づかぬ彼女は声を上げるしかなかった。             
 
「なぜ、なぜ、私の言葉は聴かないのです」
「ああ簡単だろう、俺の人生を罵倒した奴のために働くわけがない。あの日、精霊契約を拒否した時、お前はコケにしてくれたからな、自分の力で生きていくって決めた俺の人生を、そんな奴を主と認めたら俺が俺に殺されるだけだろうが」

 一人で生きていくことが出来ないのは重々承知しているが、それでも自分を一番信じたかった彼にとっては屈辱しか感じなかった。
 そんなことでと言われるかもしれないが、彼と彼女の間には生きてきた形が違いすぎる。
 彼は彼女の前に歩み寄るが、心にある距離が縮まることはない。メイギスもその二人の会話がどう転ぶか分からず、どきどきと心臓を鳴らしながら見ているが、彼には暴力反対の視線を浴びせていた。

 そんな主の態度に困った様子を見せるが、別に物理的な攻撃だけが暴力じゃない。
 頭をがりがりとかきながら、あまり見せない穏やかな表情で皮肉をのたまう。

「そうやってあの時に問いかけていればあんたの騎士になったかもな、だがお断りだあんたなんか大嫌いだ」
「何を言ってるんですか、私もあなたが大嫌いなんですよ。ですが、どうにも降られたようになっている私のプライドを返してもらいますか」

 この二人の確執は完全に終わったわけではない。だがもこれ以降彼が彼女に剣を向けることはなくなる。
 彼と彼女はこれから色々な場所で対立することになるが、すべて口喧嘩の域を出ない。二人して憑き物が落ちたのだろう、何よりここに来て彼らはようやく、敵対していた人物を真正面に向けて会話したのだ。

 二人ともがそれで理解する。とりあえずこいつは悪い奴じゃないって事だけは、そう考えれば無駄なことをしたとユーグルは思う。あの頃はまだお互いに若かったと言うのもあるのだろう、だがあんなことがなければ彼女と彼は間違いなく主従になれた筈なのだが、掛け違えたボタンと同じ様に掛けなおすことは出来ない。
 これほどの実力を見せる騎士を自分の失言で失ったのはもったいないと思いながら、今までの彼の罵倒の限りを思い出して冷静になる。心配そうに自分を見る妹の愛らしさに感動しつつも、冷静になった思考は、当たり前の事実を命令として出すのだ。

「メイちゃん、あなたの為らしいけれどこれだけの事をやってただで済ますわけには行かないからね。彼にはちょっとお仕置きが必要だと思うの」
「分かっておるのじゃ姉上、あいつは少々こっちを甘く見ている。それにお歴々の方や騎士たちが許すはずもない、わが騎士よ、しでかした責任を取って来い」
「了解した、流石に死刑になるかもしれないからフォローよろしく。次代リール卿になにとぞご寛恕をってな」

 最後にはいつもどおりの皮肉を告げる。

「一応了解しておくが、ユーグルよ心だら許さんぞ」
「当然だろう、姫さんの教育もしていないのに簡単に死ねるかよ」

 そういって少女の頭を撫でた。平然と主に対してする行為じゃないが、意外と子供には優しい彼は眼の前の主を慈しむ様に愛でていた。
 だがそれもすぐに終わる、どこか名残惜しそうな表情でてを話すユーグルを見るメイギスだが、いつも不機嫌極まりない表情から、飄々とした感じの空気をまとう彼の手を握って頑張れといってみる。

「あいよ。ま、自業自得だしな。ちょっとばっかり、おれがこの世で一番嫌いな人物達に喧嘩売ってくる」

 ニュルクスはそんな二人の主従を見て、何この微笑ましいのとか思っていたが、流石にユーグルはやりすぎている。フォローが聞くような内容じゃなくなっているのだ。
 これだけのことを彼はしでかしているというのにお咎めなしなんてのは、誰もが許さない。王族を罵倒し、騎士をなぎ払い、挙句は王族を殺そうとしたのだから当然過ぎるないようだ。
 ここで彼が暴れればどうにかなったかもしれないが、主に恥をかかせるほどおろかでもなければ、冗談で忠誠を誓ったわけでもない。

 しかし彼は忘れているのではないだろうか、騎士たちもそうだが、彼によって多分一番迷惑を受けた人物を。

「ユーグル大団円にしたいんだろうけどさ、どてっぱらに剣を突き刺されたこっちの怒りはどうしたらいいのかな」

 ぽんと捕らわれた彼の肩を叩く美形がいた。その表情は鬼のようにゆがんでいて、怒りの深さを証明している。
 あえて穏やかに言ってみるがユーグルはそ知らぬ顔で友人の怒りを受け流す。

「痛がってればいいと思うけど、それか医者にいけよ馬鹿だなお前」
「情状の酌量の余地なしだよこの馬鹿野郎」

 粛々と捕まる前に、ロレリアから本気で殴られ完全に意識が完全に飛ばされ伸びてしまう。
 だがその行為には賞賛と拍手が与えられる行為であり、その場に居た人物達の溜飲を下げるに足るだけの代物であったのも間違いない。

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