二章 姫には剣を、騎士には剣を

 騎士の叙勲を受けて以来まともに袖を通す事もなかった礼服に、居心地と着心地の悪さに目を細める。
 時間がたつにつれてどんどん面倒だと思い始めてきたのだ。そもそも従騎士にされるぐらいなら、この国を飛び出して他の国に亡命でもしてやろうかと考えるほどに、彼の精神的負荷は酷くなっていた。
 本当に他人との約束なんて屁とも思っていないのだろうが、迷惑にも程がある人格の持ち主である。

 こんな彼の精神状況を一言でも、依頼をしたのお姫様に喋ればその瞬間顔を青くさせただろう。その瞬間に六騎士の蛮人と、決別したとは言え三剣である聖剣と邪剣をも敵に回す事態に発展する事は確定であった。そもそも今回の彼の従騎士降格の事例を考えたのは何を隠そう剣王姫様であらせられるのだ。と言うかそうでもしなければ本格的に、彼は騎士不適当となり、両腕の切断と放逐が決まるところであったのだ。
 だがそれでも彼女の提案に反対したのが、蛮人や三剣の師匠たちなのである。弟子に必死に頼まれたのだろう、どうにかならんのかと公爵にも頭を下げて頼んでみたのだが、尽くプライドを叩き潰され続けた公爵家の面々は頑なであった。だが騎士にとっては死にも勝る屈辱であろう扱いである従騎士への降格、それを持って手打ちとしたのが今回の成り行きなのだ。

 だが一人その場で顔を青くさせていた蛮人は、自分の弟子のしでかすであろう行為を冷静に見つめ、起こりうる騒動にどうしようもない絶望を覚えていたのだ。
 普段では見ることもない蛮人の姿に、からかう様に話しかけた彼女は、彼の言葉に事実かを二度三度と確認した。折角命を救ってやって六騎士に借りを作ったと思っていたら。

「あいつクーデターとか起しかねないぞ」

 とか洒落にならないことを本気で口走ってやがった。
 開いた口がふさがらないとはこの事だろう。命を一応は救ってやったと言うのに、クーデターと言う発想が理解できない。最も彼と言う人間と付き合って二時間もすれば、いつかやると思っていましたと言葉が返せること請け合いな人間である。

 そんな人間が不機嫌な表情のまま、態度も隠さずに居るのだ。知っているものからすれば火薬庫の隣で火事が起きているような状況にしか見えないだろう。唯一の救いは関わらず、触れずに離れることができると言う事実だけであるが、後々絶対に迷惑が襲い掛かるまでの時間稼ぎに過ぎない。
 そのことを知っている人間が少なく、駄剣と言う名前が彼を一層侮らせているのだが、騎士としては一流でも契約さえこなしていない男の扱いはこんなものである。

「しかしこの服にはいい思い出がないにも程がある」

 この服を着て何かを行う時は、彼にとっていつも人生の転換期だった。最初は騎士叙勲のとき、その次は円卓試験、そして次は従騎士からの転落を防ぐ為に茶番に向かうとき。思い出しても王族と言うのにはロクな奴がいない、彼の知っている王に近い血縁者達は常に彼に侮辱を与えるだけのような気がしてならず、このまま国から逃げ出してやろうかとさえ考えてしまう。
 大正門である風吹門に存在する兵士や騎士達ぐらいならば、膾にして突破するぐらいの自信はあるのだ。

 だが一応とは言え恩を押し売られた形ではあるが、自分に差し伸べられた救いの手を無碍にするほど彼は、腐っても居なかったのかそれとも円卓と言う地位に未だに未練があるのか。表情だけなら間違い無く不機嫌なまま、登城する事になる。
 途中だが市民達が彼を避けていたのは、それ程機嫌が悪いという証明なのだろう。いつもなら話しかけてくる顔見知りさえも、目を逸らしていたのだからよっぽどだ。

 そんな態度もあって、ぎょっとした目で城の門番に見られたりした。
 機嫌が悪いところに重なってそんな驚き方をされたのだ、どうしても不快感で目を細めて彼らを睨み付けてしまう。

「ユーグルさんなんで城に来てるんですか。あなたは謹慎中でしょう、それに今日は王女の婚約者選定の儀があるので関係者以外立ち入り禁止です」
「あー、あー、そういえば」

 考えてみれば自分は謹慎中であった事を思い出し、仕方ないのかと機嫌を直す。
 職務に忠実で、自分の仕事をきちんと把握している彼らに、場違いな怒りを向けてしまったことに少々反省する。珍しく頭を下げて謝罪する彼に、門番達は面食らうが、ユーグルはそう言うところだけはきっちりしている人間なのだが、風評被害と言うか今までの行動の所為で、倍ぐらい驚かれてしまうのは仕方のない話だ。

「それにな、一応俺も御呼ばれしてるんだよそれに、いい迷惑だ」
「え、何でまた、そんな嘘を言われても困るんですが」
「いや、まぁ、なんだ、一応これが本当の話なんだよ。剣王姫の酔狂さは噂以上らしいと言うことなんだろう」

 王女からの招待状を見せると彼らは更に驚いた。これも考えてみれば不良騎士が呼ばれるわけがない、仕方なく三剣の一人だから、勘違いして呼ばれただけだろうと言い放ち、いい笑いものだと門番達に愚痴って、ご愁傷様ですと言葉を貰い会場に歩き出す。
 愚痴を聞いてもらったお陰か、多少心が軽くなる。自分に託された以来ははっきり言えば、貴族やこれから国を背負って立つ人材に喧嘩を売るに等しい行為なのだ。敵を作るのにはなれているが、将来有望な奴らばかりに喧嘩を売ると思うと、お先真っ暗と言う言葉が浮ばないわけではない。それを考えていない訳でもなかったが、自分の出世を考えればここで、王族とのつながりを作ったほうが後々の事を考えれば、色々と都合がいい。

 そんな打算も一応あったのだ。彼は馬鹿ではない、嫌われるならいっそ徹底的に嫌われた方が、対処しやすいと本気で思っているのだろう。その実力もあるから色々と戯けた話になるのだ。
 しかしながらそんな彼でも会場に来たとたんやる気が失せてしまいそうになったのも事実だ。はっきり言えば政治の匂いや野心など、相違打った代物が溢れかえる一種の魔窟になっているのが会場の状況なのだ。 

 一応は婚約者を選ぶと言う名目はあるものの、当事者以外は基本的にただの政治的な儀式と変わりはない。誰が姫を娶るのか、下世話な言葉が流されているが、その第一候補はなんと言っても今を輝く三剣が一人の聖剣であろうか、それとも偉大なる円卓の第二位に存在する頂点の騎士であるのか、それとも英雄の嫡男重奏の騎士、はたまた四十の剣を操る魔騎士、あげられる煌びやかな騎士の噂、いや取り入る相手を物色する様は、蟻の捕食に似た代物にも見える。

 そんな場所で駄剣と言う噂を立てられこけにされるのはお断りなのだ、しかしそもそも自分ではそう言う事にすらあげられないほど、無様な方に有名なのだろう。そんな事を再認識して、やっぱり性格を去勢するべきかと一瞬でも考えてしまうのは、無理からぬ事ではある。

「あーくだらない事が嫌でも頭に浮ぶ」

 人生の転換期、いや転落期と置き換えてもいいかもしれないときには必ず着ていた騎士としての正装が、普段なら考えることさえしない益体のない話を考えさせてしまうのだろうか。それとも会場にいる盾仲間の一人である聖剣と自分との差を見た所為だろうか、それでも頑固に曲げないと考えている辺り、彼は筋金入りなのだろう。 
 忘れようと頭をかきながら、気配を消すようにして、会場の隅に歩き出す。誰からも相手にされたく無いと言う、彼なりのポーズなのだろう。彼ほどの騎士が気配を消せばよほど有能なものでなければ、気付く事さえないほど存在感が消えうせる。

 これだけ徹底的に隠せば、逆に実力者には違和感として際立つかもしれないが、それは彼なりの嫌がらせだろう。ここにいる以上自分以外は、出世街道まっしぐらの人間達ばかりなのだ。異質な気配のなさに、どうしても違和感が立ち笑いながらも周りに対してセンサーを張っている騎士達がちらほらいる。
 だが精霊騎士でない彼のことを、精霊検索するような間抜けを行なう事に滑稽ではあった。本来なら妥当な判断ではあるのだが、と言うよりも精霊を使わずに彼のようなことを行なう人間はまずいない。何もかもが例外のような存在だからこそ、彼は騎士としては不良と呼ばれたりもするのだ。

 騎士とは精霊との親和を持つものたちだ。
 それにより人類の規格を超える能力を持つことになるのだが、ユーグルはその精霊との対話を一切しない。もっと言うのなら、精霊の力を一切信用していない。本来は騎士叙勲の際に風の精霊との契約が行なわれるはずなのだが、その際に色々あった為に、いやその時にさえ拒絶したような存在だ。
 そんな意味のない事をしても見つけられ無いと言うのにと、少々こっけいに見える優秀な騎士達に、そんなことなら俺に暗殺されるぞと、内心笑いがなら肩を揺らした。実際はそこまで上手くいかないはずなのだが、それだけの自身があるのだろう。

「しかしやっぱ来るんじゃなかった、何で卑怯がいるんだよ。ばれない様に視界からずれとくに限るが、あいつの顔見ると本当に斬り殺したくなるなぁ」

 本当に友人だったのかと思うほど物騒な言動だが、彼の表情がそれを嘘と言っていない。
 会話でもされた日にはその腰の代物で、友人に切りかかるぐらいのことはきっとやってしまうと言う自身が彼には会ったのだ。一体何が彼らの間で起きたのか、分かりもしないのだが、親しげに話しかけられたら困ると友人の視界から消えうせ自分も彼を視界に入れることをせずに完全にいつもの存在感を消し去っていた。

 雅やかな空間の中に不釣合いな彼の姿は、目立つはずだと言うのに他の輝きに照らされ、その暗黒のような気配を光が塗りつぶしていた。

 下らない政治のやり取りに聞き耳を立てながら、左右に首を動かし次世代の騎士達を見てみるが、六騎士ほど出ないにしても十二分にこの国の未来は明るいなと思えるほどの人物ばかりがここにいた。後の国家防衛における重鎮たちになるであろう人物だ、そう言う彼らと自分を比べると何と言うか色々と隔たりがあるように感じてしまう。彼らは既に自分の派閥を作っていたり、人々を無意識に引き連れているが、悪い方の名声しかない彼はそういった周りがいないのだ。
 遠回しに、直接的に、彼はこう突きつけられてもいるわけだ、将来性ゼロであり、取り巻きになれば人生失敗と言った付加価値ぐらいしかつかないと、これで六騎士の弟子で何より全継承者と聞けばそれだけで評価が変わるのであろうが、その立場を彼が嫌がっているので、公にすることはまずない。

「最もお綺麗な連中と違ってこっちは、下賤の中の下賤の出自に、媚び諂うような奴等は逆に信用ならないか」

 上を目指しているくせに取り巻きさえも拒絶する彼の姿は、本当に出世の一つも考えているのかと、誰もが思ってしまうが、自分の力以外に興味がないのだろう。その実力でうえに登れると言う確信があるからこそ、わが道を突き進んでいられるのだ。
 しかし普通に生きている人間なら誰でも分かるだろう、それだけじゃ足りない事ぐらい。
 彼は羊の中にいる狼のようなものだ、種族が違う、分類が違う、何よりいる場所が違う。つまり存在が空気を読めていない、彼が彼自身の力で上に駆け上がろうとするのなら、国家転覆クラスの事件でも起きてそれを単身で解決するぐらいじゃないとどうにもならないだろう。

 しかし戦後とは言え今は完全な安定期、多少外交などで臭い部分があるにはあるが、それを含めたとしても彼に立身出世の望みはないのだ。
 もしそれを否とするなら手段など一つしかないのだが、彼がそれをするような人間ではないのだ。ある意味では困った事に、そしてまたある意味では尊敬にすら値するほどの自分信者だからこそ、六騎士の後継者と言う最終手段を使う事はないのだろう。

 自分への自負などはっきり言えばあまりにも意味がない。
 才能があったとしても、集団と言う中にあって、空気を読まないのはそれだけで失敗だ。共同歩調と行かなくても、ある程度は歩み寄せる必要があるのが、世間と言う代物なのに、その道をあえて逆走したり、新しい道を勝手に作って歩き出すような奴が世間で報われる訳もない。それは状況によっては賞賛されても、通常で評価されるような事はないのだ。

 そのあたりのことなど知らないはずもないくせに、プライドがそれを許さないのだから、下手糞な生き方で不器用な奴である。

 だが困った事にここにいる限り実は出世の筆頭騎士の一人と扱われているわけだ。その不釣合いな状況に酷く笑いがでる、なにより自覚もある彼はこんな不良騎士がその候補の一人として扱われている事実が酷く滑稽に思えてしまう。

「あの、どうなさったのでしょうか。皆さんとの会話を楽しんでみるのもよろしいかと思いますが」
「いやいや俺はここで出張るほど無粋じゃないさ。それに奇特な騎士に話しかけなくても問題ないんだ、それにまだ機会じゃない」
「そう言うのであれば、優秀な騎士たちで遊ぶような真似はおやめください。この混沌とした空気で楽しんで笑うような真似は悪趣味でございますよ」

 ただ気配を消していただけで随分な言い様だと思う。感情と表情が直結している男は、そのまま不機嫌な顔で彼に話しかけてきた女に視線を細めて対応する。
 自分は不機嫌ですから近寄るなとでも言いたげだが、どうにも彼の態度が不服らしく、逆に睨み返すように視線を強めて引っ付きそうなほど顔を近づけてきたので、うっとうしくなって彼は一歩下がろうとするが、もたれていた壁に背中を強めにぶつけて目を丸くした。

「いいですか、実力は分かりましたからそう言う事をしてはいけないんですよ。これから姫様の婚約者を選定するんですから、そう言う行為は無粋なんです。煌びやかな席に、性格の悪い事している人がいるから注意させてもらいましたよ」

 なかなかに優秀な女騎士だと彼は思う。華奢な体ながら、立ち姿にまですんぶんの隙はない、精霊の認識だけでなく自己の認識も優秀な騎士と言うのはなかなかに稀有だ。精霊に特化していれば、本来なら必要ない技術を持っている事に、物好きなのだろうかとも考えた。
 しかし鎧についたこの国における最高の騎士団所属でしかあり得ない銀翼の紋章を刻んでいた。本来なら慈母騎士団にいるはずの女騎士だが、相当優秀なのだろう。実力を問う銀翼には唯一性別の制限のない場所だ。

「銀翼? と言うことは神童ラズグルスフェか。だが生憎とこちらは、上流階級の作法など知らない下賤の出でね。選ばれるわけがない上、彼らと違って出世の見込みもないんで、これぐらいの嫌がらせをさせてくれても許されると思っていたんだが」

 しかしそれを許すような女ではなかったのか、頭二つぐらい慎重さのある男の頭に飛び上がってぼかりと拳骨を決める。痛みなどはないが、いきなりの衝撃に彼も動揺したのか、少しばかり心臓の鼓動が早くなった。それだけならまだ良かったが、かなり慎重さのある男の頭を殴った女は、着地を失敗して尻餅をついた。
 さらに騒動は重なるもので、着地の際に一度足で着地してバランスを崩したものだから、食事の乗ったテーブルにぶつかりのせてあった物があたりにぶちまけられた。大体が食事のため、綺麗に着飾った紳士淑女の方々の服を存分に汚し遊ばされ、婚約者選定の前から一騒動起こることになる。

 一瞬にして騒然とする会場、楽しげな会話が一瞬で無残なものになるのだ。その原因は近衛騎士であるラズグルスフェを突き飛ばした男ことユーグルであると、さも当然のように彼は勘違いされた。

「うう、痛いです。なんでいいですか、もうこんな事してはいけませんよ」
「まて、まて、お前は状況を考えて言えよ。俺は何にもしてないだろうが、見ろよのありえないぐらいの非難の視線、全部お前のミスの癖に原因を押し付けんな」

 そのとき彼の姿に気付いた者達が、酷く剣呑な視線を向けてくる。
 普段の信頼感と言うのが如実に見せられる光景であるが、自業自得の末の話なので今更だ。こういうとき自分の悪名は悪い方向にしか役立たないのを彼は知っている所為だろう、言葉噤んで暗殺者張りに気配を消しながら会場から逃げ出すように歩き出す。

 一応依頼があるので、逃げ出すわけではないのだが、流石にこうも空気が悪いところにはいられない。

「駄剣がこの場に来るとは、これが末姫か酔狂な事この上ない」
「お転婆もここまで来ると、流石にこの国が心配になります」

 などと彼に言葉が突き刺さる。他にも醜態を晒しにきたのかとか、そういった暴言が吐かれて後一歩で武器を振り回しそうになるのだが、ここで起こっていてはどうしようもないと必死に殺意を押し込める。ただしその視線だけは完全に人を殺さんばかりの怒りに包まれていたのだが、その目を見たものは総じて目を逸らしていた。
 その原因である騎士は、申し訳なさそうにそれを否定しようとするが、空気を読まない奴がいて場の空気がいろんな意味で混沌とし始めるのだ。

「ユーグル、ユーグルじゃないか」

 現役最強と呼ばれる二人の騎士の一人、市井には三剣が一人である聖剣と呼ばれている。俗に騎士の当たり年である王冠と呼ばれる世代の騎士の中でも筆頭と呼ばれ、若くして王位第一継承者である精霊姫の守護騎士の任を担う、円卓とは違うこの国における騎士としての最高栄誉を若年にしてになう男。剣王姫にして騎士姫の婚約者筆頭と呼ばれて、取り巻きを自然に引きつれそれが嫌味に見えないところが余計不愉快な彼の盾仲間である。
 風の精霊との親和性に優れ、それが体にも表れるように緑の髪が、鮮やかに空間にそよぐが、そんなもの見飽きた男は酷く冷めた目をして、腰の剣に手を添えていた。

 そこは現役最強の騎士、彼の間合いには踏み込まないが、その事に酷く驚いた様子である。

「久しぶりの親友の再会だろう。どうにもあの方からの命令かい、絶対に君が来るような場所じゃないからねここは」

 その言い方では身分が違いすぎると言っているようにしか聞こえないがそう言う意味で彼は言っていない。
 周りの物はそう聞こえているのだろうが、彼に向ける非難の視線が強くなるだけの話で、そんなもの彼の一睨みで潰せるので、そんなことはどうでもいいのだが、あの頃と本質が一切変わらない友人に酷くあきれて苦笑した。

「お前は相変わらず、考えの足りない会話をするな。俺じゃなきゃとっくに殴られてるぞ」
「いやいや相変わらずなわけないだろう、姫の護衛をしているんだこんな迂闊な事を言うのはユーグルぐらいのものさ。敗残なにこんなことを言ってたら何されるかわからない」

 周りの物たちは目を丸くしたものだろう。明らかに彼らは知り合いだ、しかもかなり親密な関係なのだろう。
 いつも砕けた態度をとっているロレリアだが、それでもいつもある壁と言うものを彼からは感じないのだ。宮廷作法なども忘れて目の前の男との再会を懐かしんでいる。彼に好意どころか決死の忠誠を持つものたちでさえ、ここまで信頼されている人間はいないのだ。
 さらには、そんな彼を鬱陶しそうに見ることが出来るものなど、本当に目の前の存在に何の価値も抱いていないか、もっと別の関係があるかだ。

「こっちはどうにもあの妖怪爺の命令でこんなどうでもいい事に出なくちゃいけなくなったんだけどさ、ユーグルに出会えるのなら、儲け物かな。騎士叙勲のときに色々あったしね、その原因の護衛をいましているんだからどうにも皮肉なもんだよ」
「そういえば敗残は元気なのか、確か今は竜爪の副団長だったか。順当に出世しすぎだろ。いや若い分際で非常識な出世振りだ」
「君だって相応の実力はあるだろう、あとはその上に従えないと言うか、がの強すぎるその性格をどうにかすれば、順当に出世街道まっしぐらだとおもうけど」

 そんな事を俺がすると思うのかとばかりに目を細める。本当に変わってない奴だと大笑いしそうになるが、周りの手前ロレリアはそれをやめてその代わりに、馬鹿だなぁと呟いた。どこか声色が楽しげなのは、歳を重ねても代わらぬ友人に対する喜びだろうか、宮廷において持て囃される彼だが、これだけ心許せる人間は彼かロレリアぐらいの物なのだろう。
 そんな明け透けな暴言もこの二人の関係の中では日常茶飯事だったのだろう。他の奴が言うなら大暴れのひとつもしそうな人格破綻者であるユーグルも、何言ってやがると呆れている。

「頭が悪くないんだからそれぐらい分かるだろう。それともあの時に言ったあれを一生涯実行する気なのかい」
「当たり前だろう、あの腐れ売女の思惑通りに生きていってたまるか。だからお前だってそれ以上は踏み込んで凝らせないんだよ、戯けた事に腐れ縁過ぎるお前らの言葉だと誘惑に乗るかもしれないだろう」

 お前らの言葉なら俺にとっては、美女の誘惑と金の誘惑にだって勝る困った言葉だからな。
 繋げた言葉に満足そうに頷くが、やはり彼の間合いの中には近づけなかった。これは壁なのかとも思うが、いつの間にか自分と彼に出来た壁の距離が、自分の実力で引に押し通るにはかなり難しい事に結構困った顔をしている。
 いつの間にか腰の剣から手を離してはいたが、近付けば王の御前だろうと容赦なくその剣を抜いて、刃傷沙汰を起すのは間違いないだろう。

「知らない相手の方が踏み込めるってのも最悪だよ」

 こう我侭な友人は持つべきじゃないと、あきれ果てている。そもそもそんな事をさせたら、被害が尋常じゃなくなる事を彼は確信していた。
 それはかつて英雄の弟子であった頃の彼を知っているからだろう。ある意味ではここにいる人間全員を救う唯一の手段でもある。
 先ほどの彼の目を彼は知っているのだろう。あの目を長時間続けさせるような事態が起これば、間違い無く自分の友人であるあの男は剣を抜いて相手をなますにしかねない。だからこそ彼は空気も読まずにはなしかけたのだ。

「あの」

 手を上げてロレリアに自分の姿が見えるようにと主張する女騎士が一人。
 神童と呼ばれて銀翼の中でも異質な女性騎士の一人、それ相応の実力はあるのだが、天才ゆえなのかどうにも天然なところがあり、無駄な騒動を起して軽く一人の騎士の暴走を作り上げるところだったと言う事を知らないのだろう。

「この方とお知り合いなのですか王道騎士殿」
「そりゃそうさ、盾仲間だからね。王冠世代最後の一人さ」

 その言葉に噴出したのはユーグルだ。
 王冠の世代は大雑把に言えばロオジャとロレリアとユーグルの三人を指す、英雄の継承者なのだから当然の話であるが、意外と彼の事は知られていない。
 だが折角黙っていたことをばらされて、そりゃ驚くのは仕方のないことだろう。

「あのな、それを言うなよ。もう過去の話だし、なにより俺の評判は地に落ちてるからいいけど。そう言う嫌がらせは好きじゃないぞ俺」
「仮にも親友で実力だけなら相応の扱いだよ。性格はどうしようもないけど、本当に残念だよ」
「つまりは結構な実力者なんですね性格は悪いですが、それと先ほどは申し訳ありません。周りの方に勘違いさせるようなことをして、ですがあんな嫌がらせをしてはいけませんよ今度から」

 マイペースな会話に、力が抜けるが今更こいつに口出ししても変わらんと諦めるユーグル。
 いい、いいと、どうでもよさげに首を手を振って謝罪自体を拒否する。どうせどうでも良い事なのだ彼にとっては、それ以上の厄介ごとが自分の前に牙を向いているのだ。権力に取り巻くような人の欲は、こうもあざといのかと反吐が出る。
 餌に群がるありを見たことがあるだろうか、数十と重なり大きな利益をむさぼる様を、まるでその姿は群体でありながら一つの脳に支配された手足のようにも見える。権力やその零れ滴る蜜を舐めているさまなどまさに、それだ。

 生まれが周りと違いすぎる所為もあるだろう。スラム出身の彼で仲間と群れる事もあったが、自分と言うものを持たなければ仲間でさえ裏切る事があった場所だ。信用できるのは、完全に自分の力だけだったということも在るのだろう。だからこそ彼らの生き方は餓死した兄妹分達の死体を漁った虫達に見えてどうしようもないのだろう。
 だがそれを否定する気もない、これがこの世界での生き方の一つなのだろうが、自分にはどうしようもなく真似の出来ないさえた世界の生き方の一つなのだ。ただそんな彼らの生き方が、自分に降りかかるのが嫌なだけ。

「そんな、私の謝罪が受け入れられないと」
「なんて言うかな、お前がやるのは、謝罪ではなく勘違いさせる様な言動を控えるための反省だろう。それに許すも許さないもないだろう、俺はやられた事は千倍にしてやり返す男だからおあいこだ」
「へ、え、え、ええ、あれ」

 あれ、ありゃと首を傾げる女騎士に、心底おかしそうに笑い出すのは友人の騎士。最悪だと、いいながら流石はユーグルと言う辺り、本当に昔から彼の性格は変わっていないのだろう。無駄に成熟していたのか、心が子供のまま成長していないのか、どちらにせよ、そんな友人の壊れた笑い方がどうにも周りの注目を集めて、彼が自然と視界から外れた。
 と言うよりも一時しのぎのようなものだろう。噂の種はばら撒かれてしまったのだ、どう広がるかわからないが、いい方向にも悪い方向にも色々と手が伸びるのだろう。

 噂とは所詮、人のフィルター越しに覗く内容だ、そんな代物がノンフィクションとはいくはずもない。
 面倒な事になったと内心では思っている。何人か明らかにユーグルを見る目が変った人物が、今も目の前に居てどうにも隠すことのない媚を見せてくれる。ここまでいけば職人芸であると思いつつも、自分を道具と扱うような奴を彼が好むはずも無く、いつも通りの仏頂面にまた戻ってそれがロレリアのつぼに入ったのか少しの間彼からからかい声が響くのだ。

「と言うわけだ、どうでもいいんだお前は、心底どうでもいいから二度と近付かないでくれるのが最大の謝罪じゃないか」
「うう、酷いです、私も悪いですが、そんな言い方ないじゃないですか」
「あのな、本音はその場で死ねだぞ。どれだけ俺が丸く治めているのか理解してないだろう」

 とりあえず治めてないだろうと、誰もが思うだろうが彼なりに最大限の譲歩である。なんやかんやで久しぶりに友人と会えたのだ、彼女が彼に対して干渉しなければこういう結果は無かったのは間違いない。それをプラスにして、さらには友人の手前と言う事もあって、これで許してやろうと言う尊大な優しさを彼は与えているつもりなのだ。
 性格破綻者の戯言はともかく、それで目を丸くする彼女は、彼の言っている言葉が理解できずに二度ほど首を傾げる。理解するのが鈍くなるのは、そのあまりの傍若無人な態度から吐き出される、常識どころか対話と言う行為すら無駄にしかねない言葉の所為だろう。

「だから恋人一人出来やしないんだよ」
「俺は貞淑と言葉を持った女性とか、真面目とか、淑女とか言われる人間とは尽く相性が悪いし。この歳で童貞だぞ、笑える話だろうが、一応そう言う意味では最大候補はここのお姫様じゃないか、末姫が一応最大候補だろうしほら一応ここで選ばれたらそう言う事になるだろう」

 そんな気もないくせに可能性として高いとか言う彼の態度に、周りは少々驚いている。
 それだけ自分に自身があるとでもとられているのだろうか、問題児と言う事だけは国中に轟いているだろう彼だが、その実力はと聞かれる戸周りは口を塞ぐのだからしかたがない。
 能力はあっても協調性がない彼のことを、簡単に認める人間はいない。なにより騎士でありながら、精霊の力を嫌い同調さえしない欠陥騎士であるのだから、実力自体を疑われても仕方ない。同調者かそうでないかで、戦局を変える抱えないかの差があるのだ、それほど騎士にとっては精霊はきっても切れない存在なのだ。

 何より精霊王と契約したとされるこの国にあって、精霊を信仰しないものはそれだけで異端者のようなものだ。
 こういった数々の負債が、彼と言う人間を無能と思わせているのだが、こと剣においても彼は負けたことなどないし、何より専門分野である戦略や戦術においては、本来なら円卓の一席を担ってもおかしくないといわれていた人物だ。

 ロレリアも本当は勿体無いと思っている。本来であれば彼なら駄剣などと呼ばれることはまずない人間なのだ。
 今もなお専門の研究をやめた事もなければ、剣の腕だって劣るどころか上がっている。現役最強と呼ばれているロレリアにしろロオジャにしろ劣るどころか、戦えば勝てるかどうかすら分からないほどだ。しかし知られていない、知っているものもいるのだろうが、彼の精霊への拒絶や普段の態度がフィルターに変わって認めることがないのは、人間であれば仕方のない話だろう。

「興味もないくせによく言う、自分の実力でのし上がると言い続けていまや従騎士降格の危機と聞いてるけど」
「そんな事をされるなら王国にでも喧嘩を売るか、北方連合に逃げる」
「そうなったら僕かあいつが殺さなくちゃいけなくなるだろう君を、相変わらず自分本位と言うか、なんかもう別次元だよ。だから非常識なんて呼ばれるんだ」

 冗談と否定できないところが恐ろしい友人だ。
 言葉と行動をここまで直結する事のできる人間もそうそういるものではない。最もこんな人間一人いればお腹一杯になるだけだが、ある意味では自分の実力を冷静に見て言っているのだから、末恐ろしいと言うしかないだろう。
 それをその気になれば謀略だけでかなりの人間を蹴落としてそれ相応の地位にまで上り詰める事も難しくないような気もするのだが、本人がそう言う行為があまり好きでは無いと言うか、蛮人の教育の結果なのか、根が謀略家の癖にして謀が嫌いと言うわけのわからないにもほどがある根性の持ち主なのだ。その癖して、いざ相手と潰しあう時にはその得意の手練手管を使い尽くすのだから、相手にするには面倒くさい。

「よく言うよ。そう言う俺の性質を飲み込んで叩き潰すだけの実力があるから敗残なんだろうお前は」

 どっちがだと困った表情をして頬を掻きながら、あまり聞く事のない友人の賛辞に、通常の倍ぐらい照れて凛々しい騎士が子供のように崩れてしま。それを見て彼に心を奪われていた女性陣などは、赤く濡れたと息を吐き出していた。
 自分と違い女性にも人気のある友人の姿は、少々目の毒だがそうやって友人に視点を合わせ続けることによって、自分から強引に視線を外させ、奇異の感情を上手く操って見せるが、ここにいるのは後に国の重鎮になるものたちばかりだ。冷静に、現実を見定めて彼とに視点会わせ続ける者達も何人かはいる。ああいう手合いが一番面倒だと、少々表情をゆがめるが、その彼の態度に反応した騎士たちは苦笑していた。

 視線を会えて数人に合わせてみるが、意外だよと、噂はあてにならない代物だと視線で彼に告げていた。

「ま、いいけどさ」

 多少の動揺はあった物のばれてしまえば仕方がないし。そのぐらい同にでもなると言う考えもある、むしろ笑った奴らをにらみ返すように剣気をあたりに振りまいて余裕を見せる。そこまでなら両断してやると言わんばかりに、当然のように理解不能の圧迫に動揺した騎士たちを見て、楽しそうに笑う姿は目の毒と言っても過言ではないだろう。
 そんな彼の態度をみて恨みがましそうに見る女騎士は、さっきの手前反論できないものの酷く攻め立てるような視線を彼に向けてる。

「なんだその視線は、俺はただ騎士としての実力を回りに見せる為に努力しているだけだ。これが姫の婚約者を決める戦いみたいなものだぞ、これぐらいの挨拶十分だろう」
「う、く、なにもいってませんよ」
「そうか、なんか言いたそうだったから先に反論潰しておこうと思ったんだが無駄だったか」

 いや結構結構と、無駄なことをしたものだと白々しくも反省の意を示すが、それが彼女に対する嫌がらせでないわけがない。
 ここまであからさまに相手をこけにしておきながら、この状況では決闘を申し込む事も、反論を立てることも彼女には出来ないだろう。ここでそんな事をすれば彼女の名誉は地に落ちるといっても過言ではない。
 名誉を重んじる騎士としては、そんなこと出来るはずもないのだ。

 それを重々承知の騎士は、あえてその状況で彼女を挑発している。ついでに周りの騎士たちも一緒にだが、こと喧嘩を売ることに関しては、他の追随を許さぬその横柄な態度にロレリアは、変わっていないと言い続けていた自分に対して、一つの修正を加えないといけないことを理解する。

「悪化してるんだ、十年ぶりぐらいの再会で友人性格が一層悪くなってましたって」

 なんか納得の成長方向だなーと、なんともなしに頷いてしまう。
 彼の呟きはどうやら友人の耳には入らなかったようだが、近くにいた騎士の一人は納得と頷いていた。そういった態度を隠す事もしないところは、昔と変わっていないが、その悪辣さ加減が酷くなっている。
 幾つかの暦を経て荒んでしまったのだろう。時代の流れに一抹の寂しさを変なところで感じながらも、こりゃあの人にあったらもっと酷い事になるだろうなと、確信めいた感情を抱く。ここにその人物が来ないことに風の精霊王に対しての感謝をささげてしまっても仕方のない話だろう。

「いや残念な限りだまったく、自分の読みの悪さに少しばかり悲しくなってくる。これが一応円卓を目指した人間の思考と思うと泣きそうだ。この程度の騎士の思考も読み取れないなんて」
「聖剣様この人酷いですよ、嫌なところばかり的確についてくるんです。しかもこっちの反論させないように、罠を用意してるんですよ」
「あー、ま、根本的には君が悪いんだ。人の面体を潰そうとしておきながらその程度の言葉だけで済むんだ。感謝しておいた方がいいよ、一応それは彼のスキンシップ代わりだからさ」

 前よりも悪化しているけど、とはいえなかったがなかなかに酷い毒舌のさえである。
 しかしそんな事を冗談でやりながらも、いつの間にか奇異の視線は彼に向いていない。好奇心なども無く、ただ存在感を薄めて周りと溶け込むようにして、彼はそこにいながら興味と言う視点を周りから外していた。
 ふざけた技術だがこんな事が出来るのは、国でも数少ないのだろう。暗殺者の技術かも知れないが、相変わらずの冴えに流石と感じてはいたが鬱陶し騎士の処分まで自分に任せる辺り、悪い方向に成長してるやとまた噴出しそうになる。

「ま、そろそろ行くぞ、あんまりお前といるとあいつを思い出してどうしようもなくなるからな」
「分かってるけど、本当にあの人に襲い掛かるのはやめてくれよ」

 どうにも友人と会ってから感情を出しやすくなっても困ると、思いつつそのことが少々楽しく思えるのだから問題だ。そんな事を考えながらこれ以上は話すつもりが無いと言うアピールなのだろう、少しづつ気付かれぬように周りから距離を開け始め、ちょっとばかり彼が目を放した隙にいつの間にかいなくなっていた。
 結局彼の願いは聞き届けられる事はなかったのだが、どちらにせよ簡単にそれを変える人物じゃない事は、かなり前から思い知らされているのだから当然の話だ。

 まだ言いたいことは山ほどあるのだが、これ以上踏み込めば問答無用で白刃が飛んでくる。それぐらいのことを理解しているが、少しばかり彼は寂しかったのも事実だ。彼にとっては唯一気軽に馬鹿が出来る友人であり、彼とロオジャだけが彼にとって自分を曝け出せる人物であったのだか仕方のない話かもしれない。
 周りから見れば仕方のないことだが、いつの間にか消えていた注目の人物は、彼の視線の端に壁にもたれる様にして立っているが、どうにも気配が薄く気を抜けばどこにいるか分からなくなってしまいそうだ。

 その彼をにらみつけるようにじっとみる女騎士に少々驚くが、流石神童と呼ばれるだけはあると感嘆するが、こいつも思考が安定すればどれだけと思わないでもない。

「じゃあ、そろそろお姫様が着ますし挨拶も兼ねてお迎えに行きますか」

 そういいながら彼は一応の婚約者として、そして六騎士の一人全能の名代としての役割を果たしに行く。
 幼いながらに、騎士としての才覚を持ち、精霊に愛された幼い剣の姫のエスコートをするのだが、この少女もまた一癖も双癖もある人物だ。あまり面識がないのだが、次女に連れられ彼女の待合室の前で待たされる。流石に取り巻きたちはいないが、どうにも部屋の前に立たされていると、従騎士の頃の悪戯で、どやされた記憶がよみがえって居心地が悪いのか少々困った表情をしていた。

 待たされる時間はそれ程でもなかったが、体感時間は三倍ほどに感じただろうか、やっとかとノブをまわす音を感じ、幼い姫よりも視線を下げる為に低く腰を落として、頭を下げる。一般的な忠誠の現し方だが、こういう姿もやけに絵になるのは、彼の忠誠心を移しているのかもしれない。

「お久しぶりですメイギス様」

 扉を開けてすぐに挨拶を行なうロレリアをみて、有無と一言頷くと、悪戯を計った子供の表情を満面の笑顔に貼り付る。
 どちらかと言えば変わり者と有名ではあるが、子供にしては頑固で生真面目だと聞いている少女の顔ではない。どこかで見た事があるなと首を傾げてみるが、咽喉に引っかかったように、それが誰かは思い出せない。

「それで、どうじゃった、あの男との再会は」

 何か一つ騒動でも起したかと聞いているようなものだが、そんな言葉を聴いてようやく引っ掛かりが取れる。彼女は昔のユーグルを見ているようで少々微笑ましい。
 才能と未来に満ち溢れた少女は、後々には国における最強の独りになりえるのだろうと思うと、六騎士の後に続くものたちにも不安がなくなりそうなものだが、ユーグルに似ているという最大問題点が、どう悪影響を及ぼすかあまり考えたくないもんだと内心で冷や汗を流す。

「と言うかお知り合いだったんですかあいつと」
「まぁ、一応じゃがあいつもおぬしもわしの兄弟子じゃからのう。仕方のない話じゃろ面識があっても」

 これ以上詮索するなといっているのだろう。だが一々ユーグルと自分を会わせる理由などあまりない気もしたが、愉快犯に一々理由を聞くだけ無駄な話だ。
 善意かもしれないし、悪意があるのかもしれない、だが何より一番は自分が面白いかそうじゃないかが一番だろう。あとは彼女自身が嫌がっているという今回の話を台無しにする原因にでもなればいいと思ったのだろう。

 しかし彼の親友は、他人の利益にならないことだけは、無意識かつ率先して行なう男だ。

「久しぶりに話が出来て楽しかったですよ。と言っても、かなり距離がありましたけど、それは仕方ないですからね」
「そういえば奴も言っておったの、嫌いじゃないが見ると襲い掛かるかもしれないと」
「ああ、貴方のお姉さまの所為ですよ。よりにもよってユーグルにあんな事を言うから、僕もあいつもユーグルと馬鹿が出来なくなったわけですし」

 と言っても彼女の前には七人の王女がいるわけで、だれだかさっぱり分からないのだが、と思いながら首を傾げてみるが接点がありそうなのは精霊姫と呼ばれる第五王女ぐらいだろうと思い直す。
 そして顔色を青くさせるのは一瞬だった。

「すまんが一つ聞いていいかの、奴が拒絶しているのは第五王女である、ニュルクスお姉さまだったりするのか」
「ええ、言っておきますがあの二人はどちらもが嫌いあっています。不用意に近づけると洒落になりませんよ。…………ちょ、いや待ってくださいまさか」

 彼の思考は一瞬で最悪を思い起こさせた。本当にそれは公衆の面前では問題だ。
 メイギスも少々迂闊だったかもしれないが、当時の事件を知るものは三剣のほかにその師匠筋ぐらいの物だ。ばらせばそれだけでユーグルを処刑するレベルの話なので、口外できるものではなかったと言う理由もある。

「ねーメイちゃん、有望そうな騎士ばかりいるから見てみたらどうかな」

 そんな時だ、お気楽な声と共に最悪が訪れたのは、予想の人物が現れて最悪の状況が作り上げられていく。
 誰の静止も届かぬ会場の前に彼女は既に立っていたのだ。二人の顔色は一瞬で真っ青に染まっていく、これもユーグルと言う人間を見てしまった所為なのだろう。自分のためなら王にさえ背きかねない下道中の外道、国の剣の中でも最も役に立たない主を傷つける駄剣。

「姉さま、お願いです少しまってください。出るのは少しまずいです」

 必死の静止だが、その声は残念ながら届かなかったのか首を傾げて見せるだけだ。それどころか鼻歌混じりに、広間に入って行く彼女の姿に、もう二人は絶望しかなかっただろう。彼女が現れるのと同時に、広間からは激しい歓声が響く、騎士としては永遠の憧れと言ってもいい、第一王位継承者にして、この国における騎士達の母となる存在。それが精霊姫である彼女なのだ。

 そんな人物が現れれば、騎士だけでなく周りの人物も浮き足立って仕方ない。
 ただ一人だけは歓迎しない事を、理解している人物達はどうしようもないぐらいに焦った。一瞬だがユーグルも流石に自重するかと考えるが、そんな事をする男ならあの時彼女に向けて剣を向けてないどいない。

 嫌な予感を限界まで感じながらメイギスとロレリアは呼吸を整え行動を開始する。
 どれだけ国の象徴で、国家における未来の象徴であろうが、慈母の姫と呼ばれるほどの名声を持っていようが、彼女はユーグルの逆鱗に触れた存在だ。

「く――――っ、ユーグル」

 それだけでこの後なにが起きるか彼は明確の理解していた、だからこそ悪寒が走ったのだ。最初の反応は静かな代物だった、それが嵐の前の静けさだということを彼が理解していたが、最早彼の能力の範囲を超えている状況だ。

 この後何が起きるかなんて、目を瞑っても理解できる。だからこそ呼吸を一瞬でととのえ、本来なら抜刀禁止の場内で、武器を構えた。その瞬かんだ暴威のような悪意があふれ出したのは、それこそ彼が集中させて発動待機状態精霊たちが怯えて、その発動構成を歪めてしまうほど代物であったのだから、あらゆる騎士は虚を疲れただろう。本来ならここで起こるはずのない事象が起きるのだ。

 だがそれでもここにいるのは騎士達の中でも、時代を担う有能なる騎士たち。だがそれでは間に合わない、ただその中でも更に彼らが選別されてしまう瞬間だ、その騎士達の中でも後の軍事力の象徴足りえる存在が今ここで選択されるのだ。二十五人の騎士の中でも更に選別される事の五人、その膨大な悪意に構成を歪められながらも、それを一瞬で治し反応できた騎士はそれだけ。

 その五人の騎士が、精霊さえ纏わぬ騎士の一撃と相対する。瞬間精霊が悲鳴を上げる、精霊を心から拒絶している彼だからこそ出来る芸当だ、触れているだけで精霊と言う存在の構成を切り裂くなどと言う荒業、更にはそこから五人の騎士の防御をそのまま押しつぶそうとしてくる等、誰が予想できただろうか。構成を切り裂かれて逃げ場をなくした精霊たちが、辺りに破壊の余波を溢れ返させ、不用意に近付く事も出来ずにその場に立ち尽くすどころか逃げ出すものさえいる。

「化け物かこいつは、精霊をねじ伏せるじゃと」
「これがユーグルですよ。精霊を嫌いすぎて精霊から嫌われ馬鹿ですからね」

 ヤケクソ染みた感じで叫び散すロレリア、その一撃の重みに、体が一瞬で悲鳴を上げていた。華奢なメイギスなどはもう涙目だ。
 そんな状況でも更に剣を押し込み騎士たちを弾き飛ばそうとするが、流石に五人相手にそんなことが出来るはずもない。そのまま拮抗状態を作り上げ、彼と精霊姫がまるで接吻でもするように、眼前で視線を縫い合わせる様に睦みあった。

「お久しぶりです最低騎士、あの時の覚悟はもう出来たのですか」
「冗談だろう腐れ淫売、次ぎあったら首後と切り落とすって言っただろうが、よくも俺の目の前に現れるなんて暴挙が出来たな」

 まるで睦言でもささやくかのように楽しげに笑う二人。こうなるのは分かっていた筈だと言うのに、それでも友人のこの一撃に拮抗する事しかできないロレリアは、歯噛みするが、同時に流石だと感嘆してしまう。
 しかしこの状況はまずい、何よりこの二人の関係は最悪だ、水と油と言うより油と火だ、一緒にいるだけで辺りを巻き込んで爆発してしまう。

 ある意味では、最高の相性なのかもしれないが、二人は困った事に犬猿の仲、本当にお互いが殺し殺されするようなそんな関係だった。
 そしてこれ彼の悪名を最大まで轟かせる事になる事件であり、前代未聞の王族襲撃事件の始まりであった。

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