四章 姫には躾けを、騎士には罰を
様々な英雄譚が語り継がれる中で、その物語を彩るものはやはりロマンスといった物なのかもしれない。
彼にもやはりそういった類の内容のロマンスは合ったといえるだろう。だがそのロマンスが、必ずしも正しく伝えられたとは限らない。何しろ過去の話だ、脚色と言う名のフィルターが彼にかけられていたとしてもおかしくない話である。
あらゆる彼の物語の中で最も有名で、始まりの物語として語られる事になる。彼にとっての始まりではなく、物語にとっての始まり、よく語られるのは彼はここで騎士に始めて任じられたと言う。史実とまったく違った始まりだ、何しろただの騎士が王に面会など出来るわけもない、だと言うのに彼はここで王と対面どころか、六騎士全ての監視の下に王に対して謁見を果たす。
王国史に燦然と残る騎士であり、犯罪史にも燦然と乗ることになった騎士、罪状を王族の殺害未遂および不敬罪、騒乱罪、傷害罪に、国家反逆罪、まだあげつらっても足りないほどの重罪人だ。
同時に騎士姫メイギスにのみ忠誠を捧げると誓った国にひれ伏す事のない反則であり、目の前に存在する王にすら頭を下げる言われは無いと、傲岸不遜に構えている。鎖で縛られていようと、どこまで理不尽が列を成そうと何も変わらず維持を張り通す。
顔を青く染めるどころか、彼の育ての親は完全にいつかやると思ってましたと素知らぬ顔だ。
これ以上彼も庇うことも無いのだろう。むしろ彼の視線を向けて、もう行くところまで行ってしまえと開き直ってしまったのかもしれない。それを彼は視線越しに感じて、少しばかり割ることをしたかもしれないと満面の笑顔で頭を下げる。
「蛮人、これがお前の弟子か。馬鹿なのか愚かなのかそれとも大物なのか、そちならわかるのかも知れんが、生憎と凡人には糞度胸の大馬鹿者にしか見えん」
王は笑いをこらえながら久しぶりのイベント事と、あまりにも自由な騎士をみてかつての戦争を思い出して噴出しそうになる。
あまりにもかつての自分に似ていた所為もあるだろう。自分がいればどうにでもなると言う不確かな自信と確信をもって、部下と敵を殲滅し続けたその過去を、本音を言えばこんな馬鹿な騎士は自分が欲しい。
かつて戦場で六騎士を重用し戦場をかけた男だからこそ、こんな馬鹿は嫌いになれないのだろう。
だがそれだけで世界が回らないのは王は重々承知だ。信頼し続ける部下は、王の含みも全て交えて理解しているのだろうが、口を開かず、変わりに流水マクレス=アインハッシュが困ったように笑いながら「どれも違いますよ」と蛮人の変わりに返答する。
よく蛮人と対を成して語られることになる彼もまたユーグルのことをよく知る人物だ。
何しろ蛮人が自分の後継者にすえようとたくらんでいることを彼は聞いているし、何よりその実力は間違いなく六騎士の場所まで駆け上がってこれると確信があった。全能あたりは彼のことを嫌っているのだろうが、馬鹿をここまで極められると師匠も弟子も変わらないと思うしかないだろう。
「お前が言うな、こいつ馬鹿者でもなんでもない。こいつが動くなら、どうあろうと自分の勝利を確信したときだけだ」
「つまり自分が死ぬ等とは一欠けらも思っておらず。あろうことかこの面子全てに、かつ気でいると言うことか。豪胆を通り越して、独尊を歌っているようなものだぞ」
「そのままの意味だ。そやつは勝てると踏んでおるのだよ、あいつにとって我等も王も路傍の石なのだ」
その言葉に全能の騎士はひどく不愉快な感情を彼に向けてくる。
彼にとって王とは忠誠の対象であり、信じるべき存在なのだ。あらゆる騎士の中で最も騎士らしい騎士、それが全能と呼ばれた騎士の真骨頂でもある。だからこそ王に対しての不敬を許すことは出来ないのだろう。
それにその不敬の極みの様な男は、そんな事実をとっくに理解していると言うのに、治す気がさらさら無い。さらには理解しているというのに、罪人とは思えないほど傲慢に笑って見せるのだから、全能の騎士は不愉快な感情を増幅せずに入られなかった。
「そんなものを弟子にとって、挙句に後継者にしようとする貴様は何を考えている」
そしてその師匠に対しても恫喝のような語調で重く唸る。
王は面白くなってきたと楽しげに笑って見せるが、元々蛮人と全能の仲はいいのだが、その考え方の違いからよく衝突を行っている。それと同じ事が繰り返されようとしているが、ほかの六騎士たちも止めるつもりも無いのか、ただじっと黙って終わりを待っている。
「こちらの知らない所で動かれた方が困るからだ。まだ目立つ所にいればマシなんのだこの馬鹿は、見えなかったら何をしでかすかわからん」
「牢にでも閉じ込めておけばいい話ではないか」
「断言してやる、三日で牢獄で大暴動が起きる。そこの大馬鹿者は、こちらが見つけなければ国に大損害を与えるクーデターすら起こしていたかもしれんのだ」
場が凍りかけた。あれほど笑っていた王ですら一瞬笑顔を忘れた程に、蛮人が彼に下した評価はあまりにもあんまりだった。
仮にも育ての親にそう断言させられる、国をどうとも思っていないというレベルではないのはすでに周知だが、まさかその一つ上を越えてくれるとは思わなかったのだろう。正しく蛮人は自分の弟子を評価していた、彼は昔から変わっていないのだ。
良くも悪くもまっすぐと自分を貫く大馬鹿者だ。だが困ったことに蛮人はそういうユーグルの歪まないまっすぐな部分がとても誇らしく同時に目障りだった。
「少しは自重してくれればいいのだが、出来ないからこういう事になっている」
「何でだろうね、こいつの馬鹿は底なしだと言われているようにしか思えない」
「それが出来るのならば、ただの化け物だ」
吐き捨てるように蛮人は呟いた。だが蛮人は一度として彼ができないと言うことはない、いっそここで処刑してしまえば後顧の憂いはなくなるだろうと言う判断さえどこかでしている。
だが同時に鎖が出来たことに対する感動もあった。仕える者の価値を見出さなかった存在に、主君が出来たのだ、それは彼にとっては喜ばしい事実にしかならず、未来に一種の希望さえ持てるほどだったのだ。
その感情を押さえつけるようにいかめしい表情を変えていないが、彼の心のうちを知る流水などは笑いを押し殺した様子だ。
「仮にも弟子にそんな評価を下すなよ化け物の一人の癖に糞ジジイ」
「黙れ、お前が愉快痛快な馬鹿だと言うのは知っていたが、あそこまでの大立ち回り、その場で切り捨てられても仕方なかったとは思わないのか」
「当然だろう、あそこで俺を止められたはずのロレリアさえどうにもならなかったんだ。ならあとはどうにでもしてやれる自信があった」
一度打ち込んだ恐怖は消えないからなと不遜に言い切る。
ただ暴風のように敵をなぎ払った理由はそこだ、どんな強い獣でも一度牙を折ってやれば、容易く再起は果たせない。あいつなら何かしでかすと言う状況を作ればあとは流動的に、どうにでもなると言う判断を相手にさせるだけの土壌を作っていた。
「それにロレリアが死ななければあいつが庇うしな」
ああいう求心力の高い奴を使えば、ああいう場は丸く治めることが出来ると、容易く言ってのける。
その状況を作ることが出来る力があるんだからどうにでもなると、あの惨劇染みた状況でさえ、彼は全てを見据えた上での行動だったと言う。血の匂いがする様に猛禽の気配を六騎士たちは漂わせる、彼の言葉にはあらゆる意味で挑発的であり戦略的に勝利できると言うのならどの状況でも間違いなく踏破してしまうと言う自信の表れでもあった。
たとえばこの状況で王を暗殺できるのならしてやってもいい。それのぐらいの裏を持たせて笑っている。
「おい、こいつは掘り出し物どころか劇薬だろう。蛮人よく今まで操縦できたなこいつを」
使い方しだいと言うが、それが揮発性が高く効果を失わないならただの兵器だ。
そんな王の言葉も納得が行くだろう、よくこんなものを暴発させもせずに、今まで静にさせておいたと、だが蛮人はそれを否定するしかない。これで二度目だと、それを知っているほかの六騎士はここであえてそれを言わないが、王の言葉に彼は表情を変えることも無く首を横に振る。
「これで二度目です奴が暴れたのは、同じくニュルクス様に」
「は、いや、え、こいつは、計画的に二度も家の娘を手にかけようとしていたのか」
「そうですよ、騎士叙勲の際に思いっきり俺に喧嘩売りやがったので殺そうとしました。そして今回も次にあったら殺すとまで言ってたのに、のうのうと俺の視界の前に現れやがったんで、チャンスと思って殺そうとしました」
どこか棒読みな様に言ってのけるが、その精神構造が誰も理解できないだろう。
全能はあきれるように彼の言葉に「衝動的過ぎる」と言葉是正して見るが、やってることは計画的過ぎてどうにもアンバランスな状況に見えてしまう。聞いているだけだと行き当たりばったりのハッタリだらけの暴走だが、最低限のラインを決めてそれを動かしているからこそ、それが策に見えてしまう非常識さ。
「劇薬どころか爆薬か、そして二度目か蛮人お前が策を講じたのだろうが、そいつは多分それを織り込んでいたんだろう」
「でしょうな、それでもなお私はこいつを殺されるわけにはいかないのです」
王もそれにだろうなと賛同する。殺しておけば安心かもしれないが、彼はそれを踏み越える策を作り出しかねない。
あれだけの大立ち回りを繰り広げてもなお、彼に下される評価はどこまでも策士。そこまで師匠と似ていると流石と言えなくもないが、問題はその後だ。あまりの我の強さに、制御が出来ないのだ。
賢しく立ち回る爆薬なんていうのは、地雷よりも性質の悪い代物だ。
そんな代物でもなお蛮人はユーグルを手放すことが出来ない。困った事に彼は親馬鹿だった、弟子馬鹿といったほうがいいのかもしれないが、彼にってはユーグルは息子なのだ。
王もそこまで見越しては居ないだろうが知っている流水などは、彼にその事を聞かされたとき、それこそ驚愕であの堅物糞真面目な蛮人がそんな事を言うとは思わないと、三度も聞き返したほどだ。
「紅蓮よ、お前は蛮人の今の発言どう思う」
「あのですね閣下、私は残念ながら蛮人の奴にそこまで信頼されておりませんよ。そいつをあの時止めた私が言うなら、後々には六騎士を食らうことすら可能な才はあるんじゃないかと思われますが」
「そうか、だが困った事に今は動乱など起きない平穏の世。英雄は困った事に象徴であればいい」
だがそれを鼻で笑ったのは誰だろうか、ただ数人の騎士が表情を険しくして音のそれを睨む。
しかしそれはいつものように変わらず人を小ばかにしたように笑うだけ。
「そういきり立たなくても良いだろう、やっぱりこの爺たちを引連れていくだけの王様だなと思っただけだよ。困った事に俺にはあんたにそんな価値を持たないが、そう言うのは相性もあるから仕方ないだろう」
そいつは笑って否定する。英雄を従えようと何をしようと、やっぱりあんたは俺に王にはなり得ないと。
自分の思ったとおりの王でありすぎたがゆえに、彼はこの王には面白味が一切ないと断言してみせた。彼にとっては完璧は無価値であり、完成は無意味、まったく持って今の王は面白くもなんともない完成品だ。
「あんたはつまらないんだよ。あんたが若い頃ならともかく、今は何の面白さも無い、王としての価値はともかく俺が仕える価値は一切無い」
「それでよりにもよって俺の末姫か」
「ふざけるなあれは俺の姫でお前のじゃない」
堂々と言い切る彼も彼だが、だがどうにもユーグルは本気で言っているようで目が据わっている。
このままではそのまま鎖を引きちぎり王に襲い掛かりかねないと判断するほどだ、彼の身体能力は精霊を排除することにより根底たる世界法則から逸脱することによって成り立っている。そしてその力の発現が鉄の鎖如きで止まるものかといわれれば、蛮人さえも保障しかねる話だ。
彼は身体能力だけなら六騎士より上という評価を受けるほどには非常識なのだ。
後いくつかのときを経てしまえば間違いなくそこにいる騎士は、六騎士に届くのは間違いないと核心を持って評価されるだろう。
だが彼からしてみれば損なのは過小評価に過ぎない。
「俺は六騎士なんて超えて行く男だ、その俺が選ぶ王がお前如きの姫であってたまるか」
不敬に不敬を重ねて、挙句に紡ぐ言葉が大言壮語。ましてやその言葉に偽りなど無いとまっすぐに向ける彼の姿は、比類なき何かを目標にしているとしか言いようが無い。
突き抜けすぎているといえばそうだが、ここまでこうだと、なんとも無く否定も出来ずに言える。これは変わらないと、馬鹿も馬鹿だ、ここまで馬鹿を貫かれれば何も言えない。いつかその馬鹿によって身を滅ぼす事になるのかも知れないが、その時までこうなるのならそれも一つの成果かもしれない。
「おい、不敬罪どころか堂々と娘に告白か、随分と自由な存在だなお前は」
「ほかの奴らが不自由なだけだろう、俺はいつでも曲げないだけだ。そのためなら王族だろうが六騎士だろうが変わんないだけだ」
いつか勝手に自滅するであろう男は平然と言い切り続けるのだろう。
王はその上も下も無いただ自分だけがある彼の様に酷い物欲を覚えるこの騎士がほしいと、英雄の資質とはもしかするとそうやって人を引連れてしまうことにあるのかもしれないが、それを王は口にすることは出来ない。
なぜなら彼はここで万難を配したとしても王を殺しにかかる。
基本はやはり馬鹿なのだこの男は、どこまで賢しい知恵を誇ろうと、その感情を止める枷を持たない。
その枷を持つとするのならば、ただ一人だけだろう。それがきっと彼の主になりうる存在なのだ。
「は、勿体無い男だ、ここで斬り捨てよとしか命令出来んだろう。そのような態度は命の消費以外の何者でもないと思うがね」
「違うね、命の廃棄って言うんだよこういうのは。だが廃棄してでも自分だけは変えたくないんだよ、そうじゃないとそこにいる爺にも失礼だしな」
そういって視線を向ける先には蛮人がいるが彼はどうにも困った様子だ。
どうにも彼と蛮人の間には師匠と弟子や後継者など以外にも切れない縁があるのだろう。彼の意思を何度無視しても、蛮人にだけは剣を向けなかったあたりがその証明になるのかも知れない。
繋がれた彼の言葉に少しばかりの動揺が混じっている。というよりも戸惑いだろうか、険しい顔の蛮人の表情がどうにも嬉しそうに歪んでいるのだ。
戦友である彼らですらまともに見たことの無いような表情に、一体何が彼におきたのかわからないが、馬鹿めと軽く蛮人は呟くだけだった。
「よくも、そこまで昔のことを覚えているものだ、それは策なのかそうじゃないのかすらこちらには分からんと言うのに」
「よく言うよ、こんなことに策を使うかよ。どうあっても助かる状況で無駄に力を使うほど馬鹿でもない、全部本音だ気にすんなよ」
変わらぬ表情ながらどこか肩の力でも抜けたように、すこしだけ空気を柔らかく変えて、力でも抜けたように息を吐いた。
彼と蛮人の出会いに何があったのかわからないが、少なくとも彼の根っこの部分はそこにあるのだろう。
「余計に性質が悪い、お前はどうあってもあの時の言葉を違えないつもりなのだな」
やけに嬉しそうだというのが周りの反応、正確にはユーグルを除く全員のからの判断だ。
普段なら絶対にこんな隙を見せないはずの蛮人が容易く彼には隙を見せる。そのこと自体驚きだが、ここまであからさまだと逆に微笑ましささえ感じてしまう。六騎士の中の紅一点である慈母騎士団団長 腕 などは、普段の蛮人がここまで表情を緩ませることを知らず。
可愛いなどとのたまい、それがほかの騎士達の笑いの呼び水へと変わる。戦場では荒々しく武器を振るう悪鬼と呼ばれたりした男が、自分の後継者相手にこのざまなのだ、彼の過去を知っているからこそいっそう笑いが止まらないのだろう。
「おや、可愛い蛮人、どんなんだろうなにゃーとか泣いてみたらいっそう笑いを誘えると思うけどどうだ爺さん」
「お前と違って簡単に人を笑わせる才能が無いのでおとこわりだにゃー」
王や英雄である騎士達を笑いで殺そうとでも企んでいるのかと言う位の笑い声が響いている。
だが表情が硬く変わらないこの騎士、絶対に狙ってやっているのだろう。この状況を笑いでごまかそうとしているとすら感じさせるが、多分可愛いといわれた嫌がらせだろう。
ユーグルと蛮人以外は完全につぼに入ってしまい、にゃーとかいった人物の顔を見るだけで噴出して動けなくなる始末だ。
「言ってるじゃねーかよ、というか昔から思っていたけどさ、爺さんって仕事と実生活での裏表激しすぎるだろう」
「変えてなどおらん。ただ別にあいつらには隙を見せれば何されるかわからんのでな。お前なら仕方ないと思えるが、あいつらに馬鹿にされるなどこの私の生涯にかけて許せるものではないのでな」
「つまり、俺がロレリアやロウジャに下に見られるのを嫌がるのと同じって奴だな」
同格だと思っている彼らに下に見られるなんて考えるだけで不愉快だ。
同世代で兄弟分、だからこそ負けるわけにはいかないと思えるのだろう。それはきっとここにいる六騎士たちも同じこと、誰一人として自分達はこの周りの騎士たちに劣ると考えてはいないのだろう。
だからこうやって隙を見せることは普段ないのだが、先も言ったとおり彼はどうにも弟子には甘いようで、簡単に隙を見せてしまった。
「本当にあの頃から貴様は変わらんな、時間が止まったようにも思えるが根っこまでキチンと地面にしがみ付きおって、これから先はお前は自分の今までを埋める功績を立てなければ誰一人として認めてもらうことは出来んぞ、ましてお前は自分の主を見つけたのであろう」
「ああ、会った時は馬鹿姫と思っていたが、面白い、あれだけの胆力、どうやって身につけたんだか、王にするならあの姫のほうが良いぞ、象徴以上の価値がない精霊姫よりはだいぶマシだ」
「ふん、それは貴様が変えてみろ。お前に一つだけ教えておいてやるがこの世で一番厄介なのは、当たり前という感情だ。簡単に覆すことの出来無い、英雄をもってしてもどうしようもない代物だ」
それを聞くと彼は楽しそうにほころんだ。
いつもの皮肉の混じった表情じゃない、ただ柔らかく歪んだ初雪を楽しむ子供のような微笑、きっと周りからすればお前そんな顔できるならもてるだろうと言われるかもしれない。そんな穢れさえない少年笑みだ。
だがこれ以降、誰もが彼のこんな笑顔を見ることはない。一人だけ例外がいるが、それは捧げるべき主というだけの話で、彼はこれが最後とばかりに楽しげに笑ってみせた。
それを子供の成長と捕らえるかそれとも、一抹の寂しさを感じるかは、蛮人の感情しだいだが、彼の思考さえ埋めるように悶絶した笑い声が響くよくわからない謁見の間には、彼の笑顔は酷く似つかわしくない。
「確かにそいつは面白いと思うけど、今はそれより面白いものがあるんだよ」
「犬がようやく人になった程度で誇るな。そして惚気るのならせめて物にしてから言うものだ、でなければどんな言葉もお前に対して価値を与えず、お前が独覚を気取る愚か者とされるだけだ」
叱責するように重くうなるよう二番人は口を開く。
彼はそれにまるで耳が痛いと思いながらも、反論することも無く頷いてみせた。
「確かにちょっと浮かれてたかもな、まだあんたには届きそうも無いが、どうにか踏み越えられるかな」
「十年いやあと一年早いわ」
「嫌に具体的でなきそうになるが、それまで俺が生きてると思うか。少しばかり派手に喧嘩を売りすぎた、謀略はどうしても小人達が上手をいく、今回の行為は当たり前を打ち砕きすぎてあいつらの基盤を砕いたのと同じだ、許すとは思えないけどな」
だが彼の弱気とも思える発現を聞いても、蛮人はさして前と変わった様子も無く繋がれた彼の頭を撫でる。
笑い声が響く中では少々不釣合いな団欒ながら、あまり見ることの出来ないユーグルの幼い感情が見えてくる。色々と暴言を吐いている彼だが、やはり蛮人には何かしらの感情があるのだろう。
「貴様ならその程度どうにかして見せるのだろう。そもそも出来ぬとは言わせん」
「相変わらずスパルタな爺さんだ、乗り越えろっていわれりゃ出来ない訳が無いと返すしかないんだぞ俺は」
蛮人は昔からそうやって試練を与えて乗り越えさせ続けた。
それがどんどん難易度が上がっていくのだからいつか音を上げると彼も思っていたのかもしれないが、それ乗り越えて成長するのがユーグルだ。ましてや今彼がユーグルに与えて試練などというものは、自分が乗り越えることが出来ないと確信している内容だ。
英雄は人の世に食われるのが常、蛮人はそこにまでしかいたることしか出来なかった存在、彼が見たいのは英雄のその先だ。
「やってみせろ、それが出来れば貴様はようやく半人前から一人前だ」
貫き通す馬鹿は、その次元を超えれば極めた馬鹿だ、そこまでいけるのなら蛮人は何も言わず何もしない。
勝手にさせて勝手に終わらせるだけだろう。その時きっと彼はあらゆる意味で世俗と離れた浮世の人と変わってしまう、それが後の世にどんな影響を与えるかさえも分からない。
「貫き通すことも出来ない矜持は邪魔なのんだよ。俺がそんな代物を背に抱えて生きていくと思うか」
「聞くまでもない話だ、ただの確認に過ぎないが、貴様は果てを見せ付けてもらおうか」
いつの間にか消えた笑い声、彼が蛮人に見せた顔はどこに消えたのか、ただ凶悪に凶暴に見せ付ける。
感情を一瞬で冷めつかせるように彼は、ただすっと王に視線を合わせただけだ。ただそれだけで蛮人除く全ての騎士が武器を手に取った。
「爺さんが生きてる内にたどり着くかよ。俺の果ては爺さんが死んだ後の話だろうが」
「その片鱗を見せろといっているだけだ。せっかくの道楽、楽しませるどころか予想を裏切ってみせろ、貴様にはその程度の期待ぐらいはしているのだ」
剣呑な空気が漂う中、その心さえ凍て付く感情の剣を王に向ける彼は、結論をどうするかと急かしていた。
二人の言葉に何の意味があるのかすらよくわからないだろう。それを知られる事を当人達は拒否するのは間違いなく、こんな状況さえも彼の誂られた様な舞台に見えてしまって仕方が無い。
誰だって思うだろうなぜこの状況で自分達が追い詰められているように感じるのかと、圧倒的不利は否めない、実力さえも相手方の方が上回り、命が惜しければ土下座でもして命乞いをしていればいい場面だ。
だがそれをするような男ならとっくに牢に放り込まれているだろう。
彼はあらゆる貴族の前で自分はメイギスだけの騎士になると叫んだ馬鹿だ。国家を侮辱し、騎士としての常識さえも踏み躙り、ただ剣を捧げる相手を自分で決めた。そして姫はその剣を受け入れると、しかもそれは騎士叙勲と同じ手順を踏んだ荒業、事実を隠しようも無く公に刻んだその反則を一瞬でくみ上げたその才覚。
危険すぎると言っても過言ではない。蛮人が言ったとおり、気付かぬうちにクーデター程度起こせても不思議ではないと思わせてしまう。
さらに今の態度だ、例え何があろうといこの場で俺を殺す選択をするのなら、どうあってもお前をこの場で殺すと脅している様にしか見えない不遜な態度は、周りの騎士たちにさえ彼の危険性をわかりやすく伝えている。
そう分かりやすく。
「蛮人、お前はなんて代物を見つけ出しやがったんだ。殺しておいた方があらゆる意味でましだぞ」
そんな彼の発言に対して王は玉座にもたれこむようにして背を預ける。
「残念ながらこいつだけが私の誇りなので、今更殺されるのは少しばかり困りますが、王は殺さないのでしょう」
「丁半博打もいいところだ、当たらぬも八卦、当たるも八卦か、どうでもいいところだが、娘を任せるには随分と頼もしい限りではないか」
こいつは仲間にしておいた方がまだマシだ、王はそう断言する。
誰の意にもきっと沿わないで生きていく、この馬鹿げた騎士の被害を最小限にする方法はこれぐらいしか考え付かないのだ。敵にすれば倍以上の厄介事を持ち込んで、徹底的に敵対されて被害をこうむる。
王が選ぶのは敵対しない道、なぜならその時に自分の娘とも敵対するなどというのはごめんだ。
「その場かを貫くなら認めてやろう、咎も与えん、娘もくれてやる、いやお前には全部やらんその方がいいだろう。全部奪い取れ、手に入れてみせよ、貴様に一つばかりその代わり称号をくれてやる、どの国にもこんなものは無いぞ自由騎士それがこれから生涯にわたって貴様にくれてやる称号だ」
「名前にあんまり興味はないんだが特典の方を教えろよ。俺は前置きを用意するときは嫌がらせの時だけだ、ほかは迅速果断が指標だぞ」
「少しばかり粗野が目立つぞ、まっすぐ道を進むのも面白いが、脇の風景を見てみろ流れる景色以外にも綺麗なものが見つかるというものだ」
だがそれに彼は首を振るだけだ、彼はまっすぐと進むという。その事を誰にも邪魔はさせず、勝手に俺の後ろを見ていればいいといわんばかりの態度だ。
そのかたくなな態度を娘なら緩めることも出来るのかと思いながらも、王の感想から言えば末姫はそれほど優秀な存在じゃない。確かに剣にかけては賞賛を用意して語らないのは難しいほどの才はあるだろうが、所詮それどまりだと王は判断している。
彼のおまけとして扱われるのではないかと思っても仕方が無いだろう。だが彼は末姫に何かを見ている、変人同士何かに惹かれあうと考えた方がいいのか、結局は全部が分からずじまいで終わるだろう。
「興味がなさそうだな、だが対した特典ではない。今から貴様の仕事という仕事を剥奪する、給金は払ってやるが雀の涙程度、その余った人間を全て主に当てよ」
「了解した、くそ金を貰うって事はまだ国民に責任を持てってことか」
「当たり前だ、お前はあいつの騎士になるんだろう。ならあいつが民を守れといわないわけが無い、そう言う性格だろう奴は」
確かにと思いながら失笑する。結局その責任は意味が変わってなされるのは、仕方のない話であることは間違いない。
分かっていても聞かされるとなると面倒なものだと溜息を吐いてしまう。こう言うところも普通の騎士と同じとは言いがたいが、人の命にまで彼は責任は取れない、本来なら自分の命だけで精一杯な輩なので当然といえば当然だ。
「重みが増したということは、また一歩と歩みを進めたというだけの話だ」
「軽い人生なんか無いって事か、まったく自重して欲しい限りのふざけた語りだよ。しかし王、それでも俺は無罪放免とは行かないんだろう」
「当たり前だ、お前はどこをどう見ても大犯罪者だ。自由騎士の称号をやる変わりに一つ試験をくれてやる、北方のゲンジロウで功績を立ててみよ」
北方における最大の防衛拠点のひとつであり、現在は和平によってその役割を失いつつある文官たちにとっての費用の無駄遣いともいえる場所だ。
かつては六騎士たちが華々しく戦功を立て、サーガともいえる話を量産することになった拠点である。だがそれはかつての話だ、要事の際には三万程度の兵士が収容可能なはずのその場所に、今は三百人程度の兵士が生活を営んでいる。
流石に国家の要所としての扱いかといわれれば、少しばかり首を傾げてしまっても仕方が無いだろう。
同時にその程度の価値しか今その場所はなくなってしまっているのだ。そんな所で功績を立てろといわれても、長らく続く和平の道を選び、穏健政策を続けてきたこの王が、何をほざいているのかといいたくもなるだろう。
「少しばかり嫌がらせが過ぎるんじゃないか」
「何を言う、お前がこっちに喧嘩を売ってきたから買ってやったまでだ。生憎と貴様と矛を交えるなんざお断りだから、勝てる方法をとってやったんだよ」
この程度の無理難題こなしてもらわなければ父親として娘はやれるかと、彼の視線さえも上塗るようにして語る。
これが六騎士達の頂点に存在する王である、ユーグルはその威圧を飲み込むようにしてみせるが、それをやめると息を大きく吸って吐いた。土壇場で経験の差がものをいうとは思わなかった、多少でも気を抜いた所為もあるだろう。
もしかすると蛮人との会話すらも六騎士達の策略であったかもしれない
悔しそうに顔をゆがめる、そんな彼の表情を見れて王は痛く満足げだ。他の騎士たちもまだまだ甘いと笑っているようだが、彼はまったく別のことを考える、負けは負けだ、完膚なきまでに最後の最後でコケにされた。
まだそれだけ自分に足りないものがあるということだろうが、多分この中で一番この場で利益を得た男を睨みつける。
「爺さん覚えてろよ、もう決めたぞ、俺はこの国がどうなんても知ったことじゃない。そこまで俺に喧嘩を売るなら上等だ、後悔だけをさせてやる」
「負けを知らん男なんぞ、中は安い柱に過ぎんのだ。どれだけ外見を彩ろうと、補強し頑丈に変えようと、そんな代物は容易く折れる。だが人の心という奴は便利でな、たいていの場合強くなるんだ、貴様は地に伏せる屈辱さえ高笑い出来ないで何を掴めるのだ」
声が出せない、後悔以前に切り落とされる彼は、今何よりも日度屈辱を受けているのだろう。
元々がプライドの高い男だ、誰にも頭を下げることなく生きていける、そう断言して貫くような馬鹿だ。その根底を覆されそうになれば、ましてやそれを目の前で実行されれば、彼は否定も何も出来なくなる。
ここで無駄に暴れることも出来るだろうが、六騎士という力の非常識に彼はまた屈服することになる。
冷静な戦略家としての彼の知性が、勝率が一割も無い戦いに挑むわけも無い。
だがそれをプライドが許すかどうかは、話が別といいたいが、ユーグルはここで暴れることを良しとしないだろう。
「負けに負けと言う上澄を塗るつもりか」
そういわれて実行しない為に、なぜなら蛮人とユーグルの仲は良好だが、彼は自分の師とも言える男に負け続けてきた人生だ。
彼の目標は、結局のところ蛮人を超える事、その鼻っ柱をへし折り続ける男に勝利することが、彼の今の目標であり通過点。その怒りを発散させる術を全て使って、自分を一瞬でも高める方に回す。そうでなくてはユーグル=センセイは六騎士である蛮人を超える事には繋がりはしない。
あくまで蛮人は彼のプライドを刺激するように、やってみせろといってみるが、その程度でここに居るユーグルが動くはずは無い。
「またお前か、昔からお前は使えるものは何でも使うのか。そういう所が嫌いなんだよ」
「私はお前のようにまっすぐ生きることが出来るほど、マシな人間じゃないのでな」
全能の言葉をさらりと返す、蛮人と呼ばれているこの男こそが、六騎士において最悪と呼ばれていたのは、その名に似つかわしくないほど冷徹な思考だ。
その荒々しい戦いさえも唯一つの戦略に組み込み、自分を中心に戦場を築き上げた六騎士の異端、他の騎士たちと比べても劣るといわれるその才覚で、王国の英雄に数えられる理由はそこだ。だからこそ平然と王を使い仲間を使い全てを使う。
「だからこそ平然と自分の本音でさえも策に紛れ込ますことが出来るのだ」
「あいも変わらず姑息で王道な男だ。不快極まる行動が、貴様だと納得が行くのだから余計に腹立たしい。挙句がその弟子か、無様を貫いた男のようだ、なんとも価値を感じぬ」
怒りは抑えている、それどころか飲み込み彼はいつし感情さえ出さなくなっていたというのに、鎖が勝手に切れて落ちていく。
罵倒されようとも何をしようとも、確かにそこに居るユーグルはもう暴れないだろう。例え蛮人にどれだけ負けようと、彼は超えていくつもりはあるが、例外は蛮人と姫君だけとなるだろう。ただその言葉に彼が反応しないはずが無かった、ただ勝手に切れた鎖からゆるりと手を伸ばすと謁見の間の床に拳を叩き込む。
大理石で作られた荘厳なその場所に、精霊さえ信じない半素行のような力を誇る男は拳を落としたのだ。
城の心臓部に近いところにあるそこにはなったこぶしは、まるで脈打ったようにドンと一度激しい音を立てて、一瞬でその場が崩壊するのじゃないかという衝撃が辺りに響いた。あまりに彼の気配が希薄だった所為もあるだろう、その行動に対して反応が取れなかった騎士たちは一様に驚いた。
彼がそんな事をするとは誰も思っていなかったのだろう。全員がまんまるに目を開き、土埃さえたつほどに激しく視界を制限された場所に射殺すように視線を向ける。
「さて八つ当たりは終了、この修理費はあの騒がしい爺さん連中によろしく、六百年の歴史を台無しにした罰はあの二人に処理させといてくれ」
生憎と無一文でかねさえないんでねと笑って言うと、鋼の騎士が顔を蒼くさせていた。
歴史を重んじ何よりお受けに対して忠誠を抱く騎士は、建国より延々と歴史を刻みあらゆる政戦の舞台となった場所の破壊に、目に見えて絶望を感じている。だが彼からすれば、犯罪者が暴れて何が悪いという話だ、今更一つや二つ罪を増やしたところで今更何がどうなるものでもない。
打算的な部分もあるがこう言う所が、周りの騎士からすれば蛮人の弟子らしいということになるのだろう。
その修理費を出せといわれる人物は別の意味で顔が真っ青だが、後悔だけはさせてやるといっておいたのだ。その程度の後悔してもらわなけれ屈辱の割が合わないというもの。
ただでこいつが転ぶはずが無いのを忘れていたそれが彼らの敗因であり、ユーグルにとっての負け犬の遠吠えだ。しかしその状況を周りが見ればどう思う課など分かりきってしまうこと、状況的には犯罪者が王の命を奪い六騎士に止められたといったところだろうか。
そしてそのまま手打ちなどという状況が、分かりやすい犯罪者の構図ではある。
そう思いほくそえむ者も居るだろう、同時に僅かばかりの恐怖を感じるものも居るはずだ。犯罪者はためらいもなく王を狙うような存在が、この王国の民の中に少なからず居るという事実が、彼らの常識を覆している。
精霊の力による繁栄、それが王国の中心であり権力の理由、それを鼻で笑うようなものが生まれたのだ。
個々でそれが殺されることはその常識が守られるということ、だが世の中は甘くないのもまた事実、それは彼らにとってもユーグルにとっても同じだ。しかしその中で彼を心配するものが一人はいる物だ。
「父上、ユーグルの赦免を要求する」
例え勘違いでも結構そういう人間は居るものだ。
息を切らしながら銀髪の髪を振り乱し、荒れた声を必死に息と一緒に吐き出すかすれたようになって、慌てたという様子を文字通り体で表現しながら愛らしい表情を少々苦しさに歪ませている。
そして彼女が願うのはたった一人の家臣であり、冗談からでは忠誠など誓わないたった一人の忠臣の赦免、その処遇に関して自分にあるべきだと彼女は声を上げていた。
ユーグルのやった事はそのまま断頭台に放り込まれてもおかしくもなんともない行為だ。むしろそうだね、絶対にそうあるべきだと、国民全員から賛同の声さえ聞けることだろう。それぐらいには重罪人なのだそこに居るユーグルという男は、それぐらいの事をしでかしておきながらはっきり言えば彼の罰は軽すぎる。
しかし彼は十分赦免されているといえるが、メイギスはそうはいかない。
彼女は確実に彼が殺されると思っている。本来の父の気性を知っている所為もあるだろう、甘い存在ではないのは理解させられ、同時に自分の部下の悪辣さをしらなすぎる。先の暴走は派手だが、所詮それまでだそこまでしてもなお脅すという発想と、英雄さえも目をはずせば簡単に暴走を許してしまうその思考に実際は王が怯えたというのも理由なのだ。
まだ目の届く範囲に居なければ間違いなく、大問題を起こされるという確信があったからこそ、あの程度で許されているのだ。それにこれから蛮人があらゆる意味で酷いことになるのは間違いない、本来なら王族が座るはずの円卓第一席の座からも下ろされ、彼が治めている所領であるリール地方もまた国に帰すことになるのは間違いない。
ちなみにだがリール地方というが、その問いはもはや小国といっても過言ではない所領でありこの国の総人口二百八十万に対しこの土地の人口は占める割合は三割強、土地としては海に面した貿易などが盛んな地方であり、第二の王都とさえ呼ばれている場所だ。
何よりこの問題で、彼は中央権力に対する全てを失ってしまう、なによりリール地方の直接的な権限さえ失ってしまうことだろう。
戦時、そして平時において最も活躍した騎士は、その弟子によって手足を捥がれてしまうのだ。
英雄であると言うのに、それほどの処分を受けてしまう。彼の行った行為とはそれほどに罪が深く、それでも命で周りの声を治める必要があったが、英雄に行った苛烈な処分で一応の赦免とし、さらに僻地への左遷という処罰を与えて、どうにか周りを黙らせるつもりなのだ。
だが普通は死刑と思わずには居られないだろう。
「お願いだ父上、ユーグルになにとぞの赦免を」
その結果が彼女だ、謁見の間の悲惨な惨状を飲み込んでもなお、彼女はユーグルという騎士を自分のものにしたかった。
なによりそれが忠誠に対する主の仕事なのだ。あの場で姉を殺さなかったどころか、あの場に居た全ての人間を殺さなかったという、彼が彼女に与えた忠誠の証。それに対して彼女は何もしていない、それでは主とはよ別ただの搾取に変わる。
彼女はそういう関係だけはお断りだ、あまりにも当然のようにユーグルから殺されるだろうし、それ以前に彼から失望されるのは、なんと言うか嫌なのだ。
王も流石にいきなり土下座してきた娘には驚いたようだが、彼はそれを知っていたように表情を変えずに、瓦礫にもたれる様にして座って主よりも偉そうだ。まだ甘いと思っているのか、流石と思っているのか表情から読み取ることは出来ないが、楽しそうではあった。
蛮人とてユーグルの全てを知っているわけではない。そのしぐさが何を意味しているのか分からないが、何かその表情に含んでいるものがあるのだけは理解して視線がすこし鋭くなる。
「あのな、もうその話は終わってい」
「それでもなにとぞ、このものは我の家臣、であるのならば私を通すのが何よりの筋そしてその責任は私がとるべき問題なのだ」
王の言葉を聞くまもなく、ついで出された言葉は死刑にするなら自分をしろとさえ言っているようなものだ。
豪快な娘であったが彼女もまた性質上、ユーグルや蛮人側に属する賢しい側の人間だ。その豪快な性格から思いもよらないと言えばそうかもしれないが、父親にとっては利に聡い承認のような子供というのが印象であり、乳母からもそういった報告を受けている。
類まれなる剣術の才もさることながら、知識も歳不相応な子供だった、精霊との親和性も高く、万能の人であるのは間違いなかったが、宰相としてならともかく王しての器は無いと思っていたのだが、今そこに大器が出来始めていた。
「貴様、先物取引とは言え利益を得すぎではないのか」
「生憎と聞き分けはよくなかったが、物も欲しがらない子供だったので、欲しいものには躊躇いをもたない様にしてるんだよ」
育ての親を睨むようにして視線を向ける。仏頂面がむぅとうなるのを聞いて笑いそうになるが、主の前でそんな失態をさらすほど馬鹿でもない。
すでに手打ちになっていることを知らない彼女はその空気に当然のように戸惑う。娘が変わってしまったことに苦悩するべきか、それとも成長と喜ぶべきかと思いながら、世俗が許さぬ王としての全てを後に備える娘に、未来を見てしまいそうになる。
この中で彼女の才を見出したのは英雄でもなければ、王でもなく、騎士としては極上の半端者。
少なくとも主を選ぶ才だけはこの男は突出しているといっていいという証左を見せ付けている。二度目の邂逅で少女に何を見たのか、それを彼から聞きだすのはきっと困難だ。だがいつかの大器は、今の大器ではない、少々彼女は危ういとさえ思えるだろう。
完成を迎えていないそれはいまだ方向の定まらない代物だ。その片鱗だけは見えたが、容易に主が命を賭けすぎている。
煽ったのは自分だが、少しばかり若すぎるのか経験が無いのか。これ以上のリスクを彼女に背負わせるわけにもいかないので、溜息混じりに還元を行うのが家臣としての勤めだろうと、背中を蹴り付ける。
「あぶ」
そんな悲鳴が無駄に響くが、お前そいつを本当に主と思っているのかと誰もが言いたくなるだろう光景があった。
基本的に人の志向の裏をかく性格の人間だが、本人にとっては当たり前であり、そんな自覚は無いのだから性質が悪いが、自分の命を救おうと必死に頑張っている人間にあんまりな行為だ。
背中をけられ地面との抱擁を交わした王女は、何がおきたのか分からずじわじわと滲んで来る痛みに、思考がぐるぐると回っているようだ。
「おい、主蹴り付けて何を考えてるんだ」
「あれ以上、この姫様が馬鹿言わんようにだ。無駄な障害をこれ以上増やすつもりも無いんでな、命をかけるような発言を二度とさせないように厳しく躾けないと」
未熟者には容赦するながグランドエイクに連綿と受け継がれる家訓な物でと軽く言ってのける。
蛮人もこればかりは否定できないので、ユーグルの言葉に頷いて返す。王も血気に逸ってた頃、よく蛮人に蹴り倒されていたことを思い出しそう言えばそうだったと、懐かしさで過去を振り返り、ふと思う。
「蛮人もしかして昔はわしの事見下してたのか」
「はい、この世における天下一品の大馬鹿者と思っておりました。というより完全のうつけ、極めた馬鹿というより、頭が極まった馬鹿といった感じだと思っていました」
「グランドエイクの系列は主に対して幻想を抱くことは無いのですよ王様、馬鹿な奴は痛めつけてでも覚えさせるが性分なんですよ」
実はこの二人は表に出すか出さないかだけで、本質的には同一人物といっても不思議じゃないほど似ているんじゃないだろうかと思い始める。
聞きたくなかったと呆然としてしまう王だが、すでに過去形で語られている以上、実は蛮人なりの賛辞なのだが、ユーグルを見ても分かるとおり賛辞というものが分かり辛い。
他の騎士たちももう嫌だと思うだろう、何しろ発想がすでに不敬罪みたいな輩達だ。
「ってまて、人が必死こいておぬしを守ろうと考えておったのに何をして妨害しとるんじゃ」
「ああ、主よ。俺はとても言いたいことが出来たんですよ」
その結果は主の罵倒だった、彼女としては身命を賭してでも彼を守るつもりだったのだろうが、前提を馬鹿が蹴り倒しやがったのだ。
憤慨してもさして悪いことではないだろうが、彼はその主の姿に関節技で対応する。
「アホか、このクソ主、フォローと言っただろうが、命を賭けろって俺がいつ言いましたかね」
「いた、いたい、いいたっていてたたたた、まて、まつのぅ」
「すこし計算外はおきたが俺はとっくに罷免されてんだよ、主がするべき事は、その許される地盤固めだろう。ある意味馬鹿で達成できているが、部下の為に命をかけるなんて馬鹿二度としてみろ腕へし折るぞ」
「おううう、いたいが、まじなのかそれは、どういう反則をしたのじゃ、超部下よ。っていたいのじゃ、やめんかいい加減、あやまるからもうしないからお願いじゃ」
部下に頭を下げんじゃねーとさらに大きな罵倒が響いた。
誰も止めないのは、これが微笑ましく見えたからだろうか、それとも馬鹿らしく見えたからだろうか、それとも過去を思い出したからなのか。なんにせよの戯けた状況と光景に不釣合いなほど微笑ましい主従は、ひとまずの安楽を授かることになる。
これからあまりにも話が進まず、六騎士たちによって止められるまでお仕置きが続き、二人して怒られたりするがそれは一幕に過ぎない。
その後、ユーグルはメイギスの命により要塞の司令官として左遷されることが決まり、彼の受難は始まるのだ。