一章 姫には剣を、騎士には酒を

 人生ままらない。

 そんな風に男は一人、酒を煽りながら呟いていた。
 この界隈では有名な男であり、これでも王国の騎士である。だが能力はあるのだが、性格が災いして出世の道から取り残され、既に結婚適齢期を過ぎているというのに、浮いた話一つ無いそんな不良騎士だ。

 煽った酒が口から零れて、豪快に拭って見せるが、見た目だけなら優男な所為で、どこかその動作もなよなよとしているように見えた。
 本日騎士団長を殴り倒して、謹慎確定となってしまった愚痴を酒で飲み込む為に、普段よりも酒量をふやして見せるが、飲み込むつもりの愚痴は、口から零れた酒のように垂れていた。

「あの野郎、謹慎ですんでよかっただと、次はクビだとか言いやがって」

 元々が和を乱す人物なので、集団行動を苦手としているせいもあるが、我慢強い人物でもないので、多少の暴言にかっとなってしまったのが、不幸の始まり。
 財布を落とすは、実は童貞である事が広まるわと、かなり無残な目にあっていた。それも仕方のないことではある、それだけ彼は喧嘩を売ってはならない人間に喧嘩を売ってしまったのだ。

「死ね、死ねあの団長、自分の無能を棚に上げやがって」

 だが殴ったはいいが後先考えない性格が、彼の僅かばかりあった出世の目を完全に摘み取ってしまった。
 公爵家の血筋で、これから先、間違い無く軍上層部に所属する人物を殴り飛ばし、公衆の面前で面子を潰し、かけられた罵声の三倍以上の暴言を吐いてしまっている。プライドは完全にズタズタにされていること請け合いで、これから間違い無く謹慎以上の処分が彼を待っている。
 何しろ国の重鎮である公爵家に泥をぬった事になるのだ。下手をすれば暗殺されかねないぐらいに実はやばい状況に立たされていたりする。

「死んでくれたら今なら俺は間違い無く僧侶になるのに」

 なんと言うかそんな状況であることに気付いていない。と言うより現実逃避している彼は、呪いの様に団長に呪詛を送っていた。

「旦那、いい加減楽しい酒の席で、暗い話はやめましょうぜ」
「こっちは、楽しくないんだよ。人生が上手くいかな過ぎるんだ、なんで俺の盾仲間は順調に出世してるのに、俺だけ」
「いや旦那も有名じゃないですか王国三剣の一人と言われるぐらいに」

 だが彼はとても渋い顔をする。よほどその言葉に不快感でもあるのだろう、そもそも店主自体も失敗したという顔をしている。
 フォローのつもりで大失敗しているのは間違いないだろう。

「王国三剣ね、酒の席の冗談がまさか俺の名誉を一生傷つけるとは思わなかった」
「いやね、旦那、私も悪かったですから、どうか穏便に」
「出来るわきゃねーだろうが、三剣ね。いいさ俺以外はな、聖剣のロレリア=ユーメル、魔剣のロオジャ=ルマルヤジオ、駄剣のユーグル=センセイだぞ、こんな不快な名前があってあまるか」

 これは剣の腕とかそう言うことではなく、酒の席で目立つ騎士達が誰かと言う話になった時に出た代物だ。
 王国最強の剣士であり騎士道の体現者と呼ばれたロレリア=ユーメル、剣を持てばロレリアと互角、槍を持てば王国最強、異国の技術を使う邪道の騎士ロオジャ=ルマルヤジオ、空気を乱し、場を乱し、挙句に人の和まで乱すあらゆる騎士の反面教師ユーグル=センセイである。
 これを聞いていた市民達が、勝手に三剣と呼び始めたのが始まりなのである。彼は前者二人の引き立て役といった具合だ。

 一応騎士としてのプライドがある所為か、こういう侮辱をすると本当に大暴れしかねないので、平身低頭といった具合に店主は頭を下げる。
 実際に彼は無能では断じてない、それどころか有能な部類の人間なのだが、気が少しばかり短く、身分などに対してあまり尊敬などの感情がないせいもあり、なにより騎士団所属でありながら、集団行動が苦手と言う生来の気質が、周りの評価を著しく下げているのだ。
 何より社会に属する人間として、問題がありすぎるといえばそれまでだが、いやどうしようもフォローの仕様がない。

「くそ、何で俺がこんなにも不幸にならなくちゃいけないんだ。少し前まで変な女に追っかけ回されるし、ついてないにも程がある」
「女性に追っかけられるなんて男冥利に尽きるってもんじゃないですか」
「ああ、ナイフ持ってなかったらな。理由が私の処女をかえせだぞ、俺は未だに童貞だ、生まれてこの方女の膜を破った事なんてねぇんだよ、くそが」

 むなしい暴露をしつつ皿に酒を煽る。
 段々と目が据わってきて、いつ乱闘になっても可笑しくないレベルの険悪な空気を漂わせている。空気を読まずいちゃもんをつける奴等は、この酒場では残念ながら馬鹿の称号を刻み付けられるので、彼の周辺には人が見当たらない。と言うか、これはこれで酷いいじめだ。

 しかし彼はいろんな意味で間の悪い人間だった。
 トラブルメイカーとは彼の為にあるとさえ言えるほどに、偉大なる帝国の三剣が一人は、何かが起きるところにいるし、起きなくても何かを起こす人間だった。良い事で目立つ事は断じてないが、悪いことでならまさに悪目立ちする男。
 今回は酒を飲んで愚痴を言う、それだけの為にこのなじみの酒場に来て、酒を煽っていたというのに、騒動が彼に全力で走りよってきた。

 多分旅人か何かなのだろう、誰かに追われていたのか酷くあわてた様子で酒場に入ってきた。木の扉が壊れそうな悲鳴を上げているが、この場所では比較的に地上的な光景である為、結構な音でも無視して客は酒を飲んでいる。厄介ごとに係わり合いになりたく無いと言うのもあるのだろうが、それでも日常的に行なわれている風景なのだろう。
 過半数の人間が、視界すら合わせずに酒に目を向けていた。

 だからだろうか一人の騒ぎは複数の騒ぎによってかき消され、吸い寄せられるように複数を圧倒する一人の下に、歩みを寄せていた。
 混雑している店で空いている所などそこしか無いと言うのもあるのだろうが、知っているものからすれば無茶そのものだっただろう行為だ。だが実は意識が既に混濁し始めている男は、呻き声を上げるだけで隣の人間に話しかけようともしない。

「店主少しばかり聞きたい事があるんじゃが」

 フードから零れた声は比較的若い女のようだ。声質から言っても間違い無く子供と分かるのだが、仕事柄人を見る目を持っている所為か、間違い無く訳ありだと思うと、心底関わりあいになりたくなさそうな感情が見て取れる表情をする。と言うかそんなのなくても、無骨な剣が彼女のこの場での異質さを教えている。
 しかしながら先ほども言ったように子供だ、そこまで空気が読めるわけもなく、フードに隠れた顔から出すら分かる意志の強さのこもった声が、店主の感情を一切無視した。そして当然のように店主は、やばい絶対何か起こるという嫌な予感のようなものを感じていた。

 実際店主の嫌な予感はすぐに明らかになる。

「なんでしょうお客様」
「なにここにかの有名な王国三剣が来ると聞いたんじゃ、今日は居るのか」
「あ、まぁ、いますが、今話しかけない方がいいと思いますよ」

 店の歩くニトログリセリンに用がある奴なんて、基本的に厄介事を持ってくる奴らだけだ。
 利益になったことなんて一度たりともありはしない。

「何でじゃ、騎士団長を殴り飛ばして謹慎していると聞く。そう言う豪快な奴を見て見たいのじゃ、聖剣も駄剣はいい奴じゃといっておったしの」
「そういえばあの人も騎士だから面識ぐらいあるのか」

 ちなみにだが、聖剣がいるのがこの国最強の親衛隊であり、銀翼騎士団と呼ばれる精鋭部隊である。この国には騎士団が十八あり、それが強さによって分けられているが、いまそこでくだをまいている男の所属は、最下位の荒鷹騎士団である。それでも騎士団こそがこの国最強戦力であり、国の精鋭達でもある。最下位であってもそれ相応の実力が無ければ入ることは出来ない。
 ちなみに騎士団には年に二度、懇親会があるので、そのときに知り合っていても可笑しくないのだろうと店主は思っていた。

「そりゃ、あの三人は盾仲間じゃから当然の話じゃ」
「え、マジですか」
「最も奴は騎士叙勲の際に、その二人と大喧嘩をして、それっきりらしいのじゃが、権力に屈さない反骨心バリバリの男らしいので、この私がじきじきに見てやろうと思っての」
「あー、だから盾仲間のこと誰にも言わなかったのか、なるほど、取り敢えずお客さんお目当ての人は隣にいますから

 加えて、盾仲間とは簡単に言えば同期である。最も、永遠の友情を誓ったりとかするはずなのだが、永遠の断交を行なった馬鹿もいたりする。
 彼女の隣にいる男は、その馬鹿だ。
 店主に言われて、全速力で振り向いてみるがそこには、酔い潰れた馬鹿しか居ない。

「こいつなのか」
「そうですよ、普段はこんな風にならないんですが、流石に今回の謹慎の原因が原因なだけに、騎士団除名もありえるらしんですよ」
「飲まなきゃやってられんと言うことじゃな」

 騎士爵の剥奪はないが、騎士団にいない騎士などはっきり言って、人間的欠陥人物の証明である。
 そんな人間を雇おうとする人間は、限られている。決まってすねに傷のあるような人間ばかりだ、その後の人生がそれを聞けばろくでもないことぐらい分かるというものだ。
 今その道を歩もうとする人間は、酒を飲んで酔い潰れていた。

「どうにかしてやりたいものじゃが、私にはどうにも出来んしな」
「いやいやそんな殊勝になる事はないです。どうせまた何とかなりますよ」
「普通はどうにもならんもん何じゃが、公爵家に喧嘩を売ってどうにかなるという発想が私には分からんのじゃが」

 だというのに、店主はのんきなものだ。彼からすれば今まで起きた問題と同じ、些少の出来事なのだろう。
 実際何度も騎士団追放の話はあったというのに、それさえも乗り切ってきた男だからこそ、ふざけた信頼があるのだ。どうにかするから無視してればいいと、最もこの後の出来事を考えれば、もしかしたら彼に何かしらの手助けをした方が良かったのかもしれない。

 とは言え、未来の話は特に今意味もない。興味津々と彼を見る彼女は、新しい玩具を目の前にする子供のようだ。
 子供ならその後壊すか飽きるまで遊び倒されるものだが、それが大人なら壊れても使い倒すのだろう。役に立たなくなったら捨てるだけだ。
 最もそこにいるのは立てば迷惑、座れば騒乱、歩く姿は騒動元といった具合の男だ。徹底的に間が悪い上に、本人も自分の性格を理解しておきながら直そうとも努力しないため、年を追うごとにそれは悪化の一途を辿っている。

 人間的にじわじわとだが確実に、何より堅実的に、駄目になってきているのである。

「しかし面白い、こんな愉快な男は始めてみる」
「ああ、それは第三者視点ですね。すぐに被害者になれば意見は変わります。関わるんじゃなかったと」
「本当に愉快じゃ、愉快すぎてならん男よ。私の前にはこんな男はいなくてのう、好みとは違うが楽しいのよ」

 そう言うレベルのたちの悪さじゃないから止めているというのに、いつ爆発するかわからない男と同じぐらい人の話を聞かない客だ。
 店主がそんな事を思っているとは露知らず、隣の男を見て鼻歌を歌いそうな機嫌のよさである。見られていることに酔いが深すぎて気付かないからこそ、今の平穏があるというのに、好奇心が強すぎる客に誰もが同情した。

 この男は普段でさえ騎士の分際で女性を殴るのに躊躇いもない男なのだ。反面教師とはまさにこの男に相応しいというか、こいつの為にしか付けられないような代物だ。
 駄剣の言われもこの辺りから来ている、彼はかつて貴族の女性を蹴り飛ばし、裸で吊るしたりと、本当に帰しなのかといわれるようなことをし続けてきた経歴があるのだ。周りのとりなしや、彼の恩師のお陰もあり今までどうにか首の皮一枚で繋がってきていた。

 その皮の一枚も今回ので完全に千切れているからこそのこんな顛末なのだが、それを面白いと愉快の笑う女がいる。

「ますます興味が尽きぬ、これが駄剣か、六騎士のリール卿の弟子と聞いていたが、騎士としての実力も本来ならそれなりにあるはずなのだろうに」
「って、あの陣営斬りですか、またけったいな人に育てられてますね。確か他の三剣も六騎士に育てられた筈ですから、って何気にあの人エリートじゃないですか」
「そうじゃろう、だというのに騎士団末席などありえん話しなのじゃ本来は、銀翼か竜爪どちらかの騎士団にいても可笑しくない存在のはずなんじゃぞ。だが蓋を開けてみれば、上司を蹴り、上位の騎士団に嫌がらせをし、果ては王族に大して喧嘩を売るんじゃないかと言われている大人物だ」

 大物だが、何か方向性の部分に酷いツッコミを入れてやりたい。
 店主はあきれた顔で、話題の人物を見るが、酒によって潰されえいる哀れな男だいるだけだ。

「王族に喧嘩を売りかねない人物って凄まじいですが、それ以前にそんな経歴の持ち主が、六騎士の直属騎士になっていないのか分からないですけどね」
「ああ、リール卿を殴り飛ばしてコネなんぞいらんと言い放ったらしい」
「凄すぎますね、しかし詳しい人だ、王族の付き人かそれとも位の高い貴族のご息女って所なんですかね。三剣や六騎士の弟子の話なんて市井で出ないようなレベルの話を知っているのですから」

 おや喋りすぎたと楽しげに笑う。財布から取り出した金貨を十枚ほど店主に渡して口止めといったところだろうか、なんと言うか事情を弁えてくれと言うものなのだろうが、流石にこの店の儲けの半月分も出されれば、口を塞いでしまうのは仕方のないことだが、よっぽどの事情を持っているのだけは分かったのか、それ以上店主も追及することも無く、懐に金貨をしまった。
 女は鼻歌を歌いながら、没落騎士を酒の肴にしている。

「本来なら王国において騎士に与えられる称号は六騎士と円卓のみだというのに、三剣という名前が出てき始めてからと気になっていたが、まさかこんな男がいるとは、さすが蛮人と呼ばれたリール卿の弟子と言うことか」
「また古い忌み名を、いやそういえば王宮では、蛮人の方が受け入れられていると聞いた事がありますね。もっとも先の大戦の折に、そう言う忌み名を使い続けてきた所為でしょうが、王や重鎮はそっちの方がしっくりと来るのでしょう」
「だな、王宮の重鎮ども全てが、リール卿のことをそう呼んでいる。最も六騎士全て古い忌み名で呼ばれているの、なにしろそちらの方が長かったのだから仕方あるまい」

 今から二十年ほど前に終わった戦争の話だ、五十年戦争と呼ばれた戦いがあった。
 その終わりに、活躍した騎士達を六騎士といい、国における軍事力の象徴といえる存在である。一軍にすら順ずるといわれ、個人における戦略兵器と呼ばれても可笑しくない活躍をし、英雄として崇められる騎士達であり、彼らの武力が背景にあったからこそこの戦争は王国の勝利で終わったと言われるほどなのである。
 その中で彼らが敵に言われ続けた忌み名こそが、蛮人なのだ。もっとも店主からしてみれば、英雄の弟子である隣の男が、ここまでひねくれているというのだから、英雄もやはり人の子なのだろうと重い少しだけ身近に感じる。

 酒に飲まれて完全に、意識が混濁し始めているのだろう彼は、そのままグラスを揺らして酒を要請する。
 流石にこれ以上飲めば体が悪くなるのは目に見えている。

「その辺でやめときなよ騎士さん」
「ああ、俺の勝手だろう。大体謹慎がばれたら爺もうるせぇのに、飲まずに今やってられるか」

 よく出てくる爺と言う彼の言葉、これが実は英雄だったのだから少しばかり驚きだが、誰でも貴賎の区別がないと言う意味ではすがすがしささえ感じてしまう。
 確かにこいつなら王族にだって喧嘩を売りかね無いと言う確信を誰にも抱かせてしまうだろう。簡単に言えば人間的に図太すぎるのが、唯一の残念なところなのだろう。

「ふふ、そこの騎士。私が酌でもしてやろうか」
「ちっ、黙れよ。どっかの貴族の餓鬼なんだろうが、そんな股の物さえ反応しそうにない餓鬼に酌されても嬉しくもねーよ」
「なんと、まだ十と三しか年月を重ねていないが、女である事には代わりがないじゃろう。そこのむさいおっさんに酌をされるよりは気分がいいと思うのだが」

 ぷいっと彼女から視線を外して、気分が変わるはずも無いと態度で示した。
 彼女にある女の矜持が、それを許さなかったのか不機嫌に表情を歪め、侵害だと講義の視線を送るが、女よりもいや餓鬼よりも酒といった感じで、店主に酒を注ぐように促す。

「そう足蹴にせんでも良かろう。貴様に用事があってきたのじゃ、これに成功すれば昇進さえも意のままじゃぞ」
「あーそう言う嘘、間に合ってるから。例え事実でも餓鬼から昇進の世話をされるなんてお断りだ」

 出世の言葉に少しでも反応する辺り、上昇志向であることは間違いないのだろう。
 それ以上に我が強すぎて、集団生活に溶け込めない駄目人間ではあるが、彼女の聞いた蛮人の言葉が本当であるのなら、実力は間違い無く円卓クラスの筈なのだ。こう見えて実は、かなりの戦略家らしいのだ。何でも出来る優秀な騎士であるのは実際間違いないのだろう、彼が従騎士時代に書いて提出した戦術などは、そのまま運用しても問題ないものさえいくつもある。

 本来彼は参謀本部である円卓に行きたかったのだろう、しかしながら円卓には、性格と言う重要な項目があったりするのだ。
 駄目だった、そりゃもう無残なまでに駄目だった。他の全てにトップで合格しながら、性格がその全てを台無しにしてしまった。大雑把に言えば、試験前日に同じ受験者達をノイローゼにさせたといえば分かるだろうか。
 こんな事ばかりをしてきたものだから、出世の道から完全に外れてしまったのである。

「無駄にプライド持ちおって」

 しかしそれでも誰からも手助けを求めないのは、彼と言う人間のプライドの高さだろうか。
 そう言う事を今まで突っぱねてきたからこそ、王国の駄剣ユーグル=センセイがいるのだが、その強情さにあきれと共に酷いもどかしさを感じて悪態をはいてしまう彼女に、多分非はない。
 橋にも棒にも掛からぬ男であり、他人の利益になることに対して無意識で妨害する男、まさに歩く大迷惑が彼なのだ。歩く予想外でもある、徹底的に他人の思惑通りの動く事のない存在なのだ。

「餓鬼のお陰で出世だ、馬鹿らしい。お前なんかいなくても俺は上にいける存在なんだよ」

 だがそう言う人間でも動かす事ができなくては、少女は生きていけない世界に住まうものでもある。
 たかが一回の騎士風情に、あまりこけにされるこのよろしくない。それに彼の扱い方に関しては、その師匠から十二分に聞いている。最もここまで厄介な人物だとは思っていなかったらしく、出世をチラつかせればほいほい引っかかると思っていたのだ。

 何より彼女は自分の命令に対しての拒否と言うものを経験した事がない身分の人間でもあった。彼女の見た目からは相応しくない剣を地面に擦らせ鳴らすと、無意識なのだろうが警戒の色を強めて彼女の方をユーグルは見る。今の音がなんなのか無意識で判断したのだろう、腰に携えている剣に何気なく手をかけながら、心底いやらしそうに笑う自分よりも五つは、下の少女を睨みつける。

「無理だな、貴様の今回の暴行事件で、騎士位降格は確実になっている、また従騎士からやり直しだ。だというのにずいぶん余裕な事だ」
「は、なんだと、また俺に再修業しろとでも言うつもりか」
「そう言うことじゃな、今まで何度騎士団長とけんかをしたのか、分かっておるだろう。本来なら騎士位の剥奪の挙句、投獄と言う案まで出ておったのだぞ。だが貴様の師匠が、それを止めて交換条件を出したからこそ、私が出向いてやったのだ」

 この歳で従騎士なんかに普通の騎士なら戻りたくない。なにより騎士から降格など、剥奪よりも不名誉な事なのだ。
 騎士として不適当ではなく力不足といわれるなど、プライドだけは高いユーグルにとっては不愉快極まる事象である。その瞬間に武器を握り、騎士団長の家に言って闇討ちを仕掛けようと考えるほどには、彼の逆鱗に触れていた。

「まてまて、何をするか分からんが、物騒な事はやめよ。その為に私がここに来たのじゃ、蛮人からあいつは怒るとなにをしでかしても可笑しくないから止めてくれとな」
「気にするなうちの常識を斬り殺しにいくだけだ。そうすれば少なくとも、降格なんて無様な事にはならないだろう」
「本当に怒るとたちの悪さが増大するのじゃな。そうなれば騎士位の剥奪もありえるぞ、いやむしろそっちを望んでいるのか、どちらにしろなんと言う無茶苦茶な男じゃ」

 これば蛮人の後継者かと思うと彼女自身も呆れる。師匠である彼も、あの弟子は非常識と言う分類なら上位にいるとは言っていたが、ここまでの代物だと、大物といってやった方がいいかもしれない。
 この戯け者は、彼女と同格かそれ以上の馬鹿であることだけは確信が持てるのだ。

「じゃがだからこそ選んだ甲斐があるというものよ」
「なんだよ。一人でテンションあげて、何かお前がお姫様で俺に何か施しでもくれるというならいらんぞ、誰にだって俺はそんな物求めていない。爺にもそう聞いてるんだろうどうせ」
「そうじゃとも、だからこそ扱い辛い難人物である事も聞いておるのじゃが、出世の切っ掛けに位はなる。少なくとも降格は絶対に起こりえない、そう言う話を持ってきたのじゃ」

 胡散臭そうに彼女を見るユーグルだが、それは仕方のないことだろう。
 だがようやく話を聞く気になったことに彼女は満足する。あまり人を信用しない男がようやく、多少の信頼を得たのだ、彼女にとってはそれが喜ばしい事なのだろう。少しばかり、歳相応の表情を周りに振りまき、ここにあったユーグルの張り詰めた空気を霧散させていた。

 流石に白けてしまったユーグルは、立ち上がろうとした体制から、どかんと椅子に座り彼女の方に完全に視線を合わせた。

「聞いてやるよ、俺の力が必要な事なんだなそれは」
「そうとも、蛮人の聞いている通りなら間違い無く、貴様にしかどうにもならんことじゃ。そしてなにより貴様も円卓十三席のうちの一席に繋がるやも知れんぞ」
「そうかい、それはずいぶんと大出世だ。どう考えても裏があると見て間違いないほどに、それに釣られるのはよっぽどの馬鹿だぞ」

 その言葉を待っていたという風に、満足そうに彼女は頷く。
 普通はそう思うのが普通じゃと、彼女だって逆の立場なら裏を考える。だが困った事の裏と言う裏は今回はなかった、それこそが彼女の本題であったからと言うのもある。

「裏なんぞない、末姫の婚約者を探していおるだけじゃ。そして私はその選定式を台無しにして欲しいと願っておる」

 この国の末姫といえば騎士姫と呼ばれる豪傑である。六騎士による訓練を受けて、当代並ぶもの無しといわれる六系統の騎士の流派を習得したとされる姫だ。
 このたび婚約の話が立ったのも彼女がもうそろそろ十六の歳に成るからだ。この国では女性は十六になれば結婚をしなくてはならないとされ、それは王族でも変わりないものであるため、その婚約者を探しているのだそうだが、ユーグルがそんな事を信じる筈もない。

「いくらなんでもバレバレだから、いちいち隠さんでもいいだろう、メイギス第八王女」
「ってバレとる、何故じゃ」

 なぜか驚いた様子で目を丸くする。本人としてはきちんと隠していたと思っていたのだろうが、頭をかいてさらりと王女を当てた男はは口を開く。

「何故じゃって言うかな、なんで気付かないのってレベルだからな。俺は慈母騎士団以外で、剣を携えて歩く女を知らないし、ましてや貴族でそんな事をしている変わり者は、我らが偉大なる王国の第八王女、剣王姫とか騎士姫とか呼ばれているメイギス王女以外ありえないのと考えるが普通だろう」
「う、じゃ、じゃがな、他のものは気づかなかったのだぞ」
「関わり合いになりたくなかっただ、言葉はきちんと使え、俺に関わろうする人間は常に周りと俺に迷惑をかける為に存在していると言う事を、この店の人間は周知しているんでな」

 正確には彼がかける迷惑をかけるのだが、自覚がないのか自覚があって無視しているのか、平然と嘯いてみせる。
 そんな彼に対して反論をするものはいない。何しろそれをすれば、本当に酷い事になるのは、目に見えているのだ。

「それで俺の不当人事を助けてくれる切っ掛けをくれるんだろう。台無しにか、とりあえず出てやりたい放題すればいいんだな」
「し過ぎると困るのじゃが、いいか加減をしてくれ。でなければ貴様の出世どころが首が飛ぶ騒ぎになりかねんのじゃ」
「いいさそれでも別に、そうなったらいっそ革命でもして見るか。俺を不当に扱う国なんて吹き飛ばしてやるのも有りかもしれない」

 軽口のように出る言葉が実は結構本気だと知ったら周りの人間はどう思うだろうか。
 彼女もそんな事を本気で考えているとは思っていないが、蛮人の言葉もあるため表情がどこか硬く、冷や汗さえ出ているのだが、この男の不遜さはどこまで果てしないのかと精神が疲労しつくしてしまう。
 いつかは王にさえ喧嘩を売りかねない男の異名は伊達ではなかった、と言うか伊達でよかった代物だ。

「冗談だよ、あとなお忍びもいいけど、護衛ぐらいつれておけよ。それが上に立つものの義務だ、護衛をつれているのは、他人を信用する証でもあるんだからな」
「そうじゃのう、六騎士の一人でも引き連れて置けば満足じゃったか。それとも盾仲間を呼ぶべきじゃったか」
「あの爺婆連中連れてきたら、俺と大喧嘩してこの店は倒壊だ。あいつらは心底嫌いだら呼ぶなよ、敗残とか卑怯とか呼んでみろ、その日のうちに刃傷沙汰だ」

 盾仲間での彼らのあだ名だ。卑怯のロオジャ、敗残のロレリア、彼はちなみに非常識のユーグルだったりする。
 彼らは全員が六騎士の弟子であり後継者でもある。全能のグラリオス=ランスクエア、流水のフーメル=アリオレス、蛮人のシャイカザフ=グランドエイクの直系の弟子で小姓の頃からの付き合いだったのだが、どうも彼らの騎士叙勲の際に、何かしらのトラブルがあってユーグルと彼らは断絶してしまう。

「どこまで仲悪いんじゃ貴様ら盾仲間は、と言うか聖剣はいい奴じゃと言っておったぞ」
「いやさ、まあ色々あるんだよこの歳になると。あいつらの事は嫌いじゃないが、あったら絶対に刃傷沙汰になるし、会わないにこした事はないんだよ。あのときのことを思い出すとそれだけで剣を抜いてしまいそうだしな」

 疲れたように、彼女に刃を向けて鞘を鳴らす。
 いくら王女であっても空気の読めない馬鹿姫ではないので、深くは追求できないが、何かしらの事件があったのは間違いないだろう。それに彼自身深く追求すれば十分彼女に何かしらの報復を行なうのは目に見えている。あらゆる意味で規格外すぎるのが、王国最悪の騎士と呼ばれた蛮人の彼の弟子に相応しい彼と言う人物のありようなのだろう。

「物騒な事じゃな」
「そうでもないさ、俺はいつでも自分に優しいだけなんだよ」
「だが今はその気様の力が必要なのじゃ、お前ほど規格外の物騒さならどうにか、このたびの茶番をどうにかできると思ってのう」

 一応耳を貸しているが聞いてもどうでもいいとしか思っていないユーグルは、真剣な目をしている少女の姿を一切気にせずに、酒を咽喉で味わいながら下らない事情を無視していた。

「といっても貴様は興味がないようじゃが、円卓第二席が関わっているとなれば話は別じゃろう」

 その言葉に嫌でも彼は反応してしまう。
 彼が円卓に入れなかった理由を作った存在だからだ。実力的には間違い無く円卓騎士の一人には入れる彼を、性格的に難有りとして全くもって無難な選択をしたとしか思えない懸命な人物なのだが、彼にとっては不快きわまる人物であるのは仕方ないだろう。
 といいたいところなのだが、別に彼はそのことを恨みに思っていなかったりする。実力自体は認めてもらっており、彼を落とした際にも、頭を下げて謝罪までするなんとも好人物だったりするのだ。実際彼自身も自分の性格の悪さには気がついているし、それを改めるつもりもないのだから、自業自得である事も知っていた。

「あのおっさんか、爺より尊敬できる人物だよな」
「なんじゃその反応は、私にも予想外すぎるぞ。ちなみに婚約者筆頭が奴なんじゃ。しかも強引に私との婚約を推し進めるのじゃぞ、あやつには眼の上の瘤ともいえる六騎士がおるからあれ異常の出世は見込めんし、何よりこれ以上の上を目指すだけの力はないからのう」

 六騎士は未だに国の軍事力における頂点を刻んでいる。彼らが優秀すぎるというのも理由の一つだが、有り余る功績が引退を簡単に許してくれないのだ。
 未だに望んだ仕事を十全にこなし続け、期待以上の成果を常に挙げる存在の後継者など簡単に思いつくものではない。一応の期待を篭められて、彼らには弟子がいるが困った事に、その中で後継者と言い切れる人物はそうはいない。
 実際彼らも相当優秀で他の国なら最少させ任せても可笑しくない人物ばかりのはずだが、この英雄達は知であっても、武であっても、変わらぬだけの英雄であったのだ。

 結果として後進たちは、上に上がる事ができずに、くすぶる事になってしまう。
 だがそれでも出世を目指す人物達は、何か別の方法を使うしかないのだ。例えばそれが王族との婚約などと言う、六騎士以上の権力しかないのだ。それほどまでに彼らは尋常の沙汰ではない優秀な人物であった。
 いまだ男盛りといってもいい第二席オルドラン=オリヴィは、今の状況に甘んじる事ができるほど、上昇志向が低い男ではなかった。

 騎士としても六騎士とまでは行かなくても十二分に、王国の中でも十指に入るほどの使い手であり、この国における軍事最高機関である円卓の事実上最高の地位第二席を承るほどん人物だ。

「そりゃあの爺達より上に行くにはそれしかないだろうな。別にそれだけの力は持ってるだろうあのおっさんも」
「何で私が、自分よりも三十も上の男と婚約する必要があるんじゃ。姉姫もいるじゃろう、それに奴には何かと悪い噂が付きまとっておるし」
「そうか、噂はただの妬みだろう。頭はいいし、剣の腕もたつし、多分出世頭だろう。あと多分すげー大事にされると思うぞ、普通に俺が凄いと思う人物だし。絶対爺よりマシな人間だって」

 何気にべた褒めである。今まで人間の悪口しか言ってこなかった彼の発言に、あからさまに動揺するの姫様は、目を見開いてありえないと驚く。

「蛮人に聞いていたが彼が褒める人間は、賢者が塵屑のどちらかに極端に突っ走っている存在だけのはず」
「おい、そこのす凄まじく失礼が女、王族が今更恋愛結婚なんて出来ると、途方もない勘違いしてるんじゃないだろうな」
「そうじゃ、末も末の末姫だぞ、剣で劣る相手との結婚など片腹痛い。最低でも私を打ち負かすくらいじゃないとのう」

 何気に彼女は六騎士全てに薫陶を受けた、この国でも有数の使い手の一人だ。
 六騎士全ての技術を受け継いだとされる騎士姫、実際その剣の実力は相当なものなのだろう。なにより蛮人の後継である彼でさえ、六騎士の技術で言えば蛮人のみなのだ、その全ての技術の流れを習得したとなれば、王国最強の一人といっても過言ではない。

「六騎士にでもなれっていうのか、そんな非常識を求めるなよ一般人に」
「それぐらいのわがままを許してくれてもいいじゃろう、なにしろこの国を動かすためには、最低でもその程度の実力がなければどうしようもなくなっておるのじゃ」
「優れた歯車があるうちはましだが、結局それでは後に続く部品がなければお仕舞いか。優秀すぎるのも考え物だな、と言うかその程度のこと爺たちも分かっているからこそ後継者を育てたりしてるんだろう、あえて自分たちの技術を分割して」

 そう言う意味では六騎士はそう言うところでも優秀なのだろう。
 何より権力を分散させるには、それが丁度いいといえば、いいのだ。極めて優秀な人材が国を弱める原因になる事だってある、どうせそうなればこの国はまた荒れることになるのだろう。その度に英雄に頼るようではこの国はお仕舞いだ。
 彼らは自分たちの死後のことすら見据えているような大人物なのだろう。国と言う地力を強引に引き伸ばそうと努力している。

「全継承された人物がよく言うの、少なくとも六騎士の後継者クラスでないと私は降嫁などしないつもりじゃ。それに少しばかりきな臭い噂もあるからの、探りを入れろといっておるわけでもない、ただ今回の婚約者騒動に参加してくれるだけでいいのじゃ。少なくともそれで従騎士にはさせん、なによりもう一度だけ円卓の試験を受けさせてもいいと思っておる」
「本当にくれるのは機会だけなのか、それで十分といえばそうなんだが、あのおっさんの邪魔はあんまりしたくないんだよな」
「気にするな一回どういう理由があれ落とされておるのじゃ、一回仕返ししたところおあいこじゃ」

 大概には両者の性格は正気ではない。
 多分彼らは気付いていないだろうが同レベルの性格の悪さだ。二人してそれをひしひしと感じながら、こいつと敵対するのだけは不味いとか思っている辺り、本当に同類なのだろう。権力がある分彼女の方が若干だがマシといった感じだろうか、それをかさに来て大暴れするような人間でもないから、その点だけは彼よりマシだ。
 何気に天涯孤独の身で、なまじ権力もないからやりたい放題する男に比べればずいぶんとマシなんだろうが、本能的に感じた危機感をそのまま警戒に変え、変に間合いを計る訳の分からない空気が漂う。

 無駄に二人ともが熟達した騎士である為、異常な緊迫感が酒場の空気を凍結させた。

「いやあんたら、なに賑やかな酒場を台無しにしてるですか」
「すまん、どうにもこいつと話していると、まるで真剣勝負でもしている気になってくる。しかし私の頼みうけてくれるのじゃな」
「ああ、別にたいした事じゃないしな。だが約束は守れよ。とりあえず言われた事だけはやってやる、後は野となれ山となれだ」

 だが彼女は確信している。この非常識な男に掛かれば、本来の目的を達する事ができるだろうと。
 それにかかる心労はいかほどかと考えれば、頼むんじゃなかったという後悔に打ちひしがれる事は確定された未来の事象だ。

 その未来は、これから数日後に起きる婚約者騒動において明らかになる事だが、それが起きた時この国の全ての人間は唖然とし彼の処罰を打倒だと判断し、打剣の異名を完全に国中に轟かせるだけの出来事が起きる事になる。

  戻る  TOP  次へ