一章 いきおくれと偏屈者と変人


「おいおいなにをやっているんだい。仮にも剣の公爵が一般人を殴りつけるのはどうかと思うんだが」
「あ、兄様ですか。いえ乙女を侮辱する不届き物を血祭りにあげようと、考えているだけに過ぎません」

 どこの世界に乙女が男をマウントにとって殴りつけるのか分からないが、結構悲惨な事になっている。体が痙攣するぐらい殴るのは流石にやりすぎであるが、異様に高い回復力を見せる彫刻家は、救いの手を彼に伸ばそうとしている。

「おにいちゃまー」
「また愚弄するのか、ただちょっと噛んだだけだろう」
「いや楽しげに会話するのはいいけど、少しは年頃の女である事を忘れてはいけないよルークレア、と言うか君がそんなのだから嫁の貰い手がないんだよ」

 政略結婚とか色々な考えもフォルドにはあったのだが、剣を振り回しこの国で最強と呼ばれるようになった彼女につりあう男がいるはずも無く。
 そう言う縁談を持ちかけても、受け取る側がいないのだ。

 いっそ他国にでも持ちかけようと考えてみるが、それはこの国における軍事の弱体化を意味するので、今の状況でそんなことも出来るわけもない。

「間違い無く、お前は行き遅れるぞ」

 兄は純然たる事実のように吐き捨てた。
 しかし自分の事を乙女と言うだけあって、彼女は実は結婚には憧れを抱いていたりするのだ、その憧れを破壊するような兄の言葉に、怯えたような表情を作った。

「ふあ、兄様それを言わないで下さい。フェルドエスにからかわれる内容が増えるじゃないですか」

 そして必死に話をそらそうと試みる。
 結構彼女は気にしていたりするので仕方のないことだろう。

「いや、マイステン卿、それはリアルすぎてあえて言わなかった事なんですけど」

 ちらちらとフェルドエスを見て、そんな事を言うが、予想外に気まずそうな顔をしてフェルドエスは申し訳なさそうにポツリと呟くようにもらした。
 慇懃無礼な彼があえて言わないほどに彼女のいきおくれはほぼ確定しているのかもしれない。

「あ、おい、なんだそれは、私が行き遅れ確定だと思っているのか」
「晩婚確定だとは思っています」
「と言うより誰も結婚したがらないだろうな。悪魔の彫刻家に魅入られた守護神とか言われたりしてるぐらいだし」

 その瞬間また殺人鬼ごっこを開始する二十代の男女の姿が十分ほど大きな屋敷で発見される事になる。
 お前の所為じゃないかと言う、乙女の叫びも聞こえたりしたが、追いかけられる側は大爆笑しながら逃げ去っていくだけだった。

「あ、いや依頼があったんだけど、って殴り殺す気かいリリスアス」
「けどこいつの所為で行き遅れが余計に」
「気にしなくていいんだ。どうせフェルドエスがいなくても何にも変わらないから」

 なんと言うか無駄なネームバリューと、彼女の尊大な性格が、相手を及び腰にさせているのであるが、そんな事構った事じゃないと振るわれる拳は、フェルドエスに酷いダメージを与えていた。
 その凄惨な惨劇を止めるように、より悲惨な事実を彼女に告げて行動を制止させる。

「あ、兄、あにさ、ま、そ、それは酷い、私がフェルドエスのような悪辣な男がいなくても、売れ残りになると」
「あのさ、なにをほざいとるのかな君は、今まで三十度にわたる見合いのこと如くを、剣の一振りで終わらせ続けた愚妹が、行き遅れない理由があると思っているのかい。良縁は全て死滅した後だよ、この国では」
「うわ、悲惨すぎますよそれは、確実に晩婚が確定してます」

 結構なペースでこの国最強の戦士に殴られた割にすぐ様、嫌がらせを言える彼も実は相当アレなんじゃないかと思うが、珍しくしおらしいまま目に涙を溜めて俯く、彼女の姿を見て指を刺したまま、必死に笑いをこらえているのはどうかと思われる。
 そんなフェルドエスのかなり酷い態度に苦笑しつつも、そんな彼をすぐさま殴り倒して、淑女らしい態度を取ったところで、全ては後の祭りだ。

「やば、今の一撃、今までで一番やばい、意識が飛びそうで飛ばない地獄が、え、なにこの絶妙な生殺し加減」
「さあ、偶然開眼した拷問法じゃないかな。一応妹は、この国どころか大陸にだって響き渡る軍神だよ」
「う、酷すぎる、ただ私より強い男がいいと思っただけなのに」

 取り敢えず男二人は、お前より上ってどんな化けもんだよと心で突っ込んでいた。
 見た目だけなら美しいのに、フェルドエスの頭には残念美人と言う言葉が浮んでしまい、感情を隠す事もできず笑いがこみ上げてきた。

「いやあんたに勝てる人間この大陸にまずいないから、そう言う常識考えようよ」
「うるさい、常識なんていうものは打破する為にあると、私は自分の剣で理解しているんだ」
「既にあんたが非常識なんだから、妥協しておいた方がいいんじゃないですか」

 結婚願望はあるくせに無駄に理想が高すぎる。
 この世界での結婚適齢期は十代後半なのに、二十代前半と言うのは既に売れ残りだ。最も彼女が妥協すれば未だに、妻にと言う家もあるだろうが。
 その無茶苦茶な理想から、奇跡でも起きないと結婚不可能と言う馬鹿丸出しの状況になっている。

 だがまたここで暴れれば、話が進まない。流石フォルドは次は緩さ無いと言う目で彼女をじっと見る。流石に彼女は苦手な兄の責めるような視線に、やけに幼く俯いてしまう。
 昔からフォルドにからかわれ続けて完全に、苦手意識がついてしまっているのだろう。世の中には往々にして、そう言う人間が一人か二人はいるものだ。彼女の場合はそれが、兄と言うだけだろう。

「いい加減に本題に移さないとね、これ以上俺が馬鹿話をしていては国家存亡の危機だ」
「確かにそうですが、兄様なんでその国家存亡の危機と言う状況で、この彫刻狂いに用事があるんでしょうか」
「なに、彼はこの国どころか大陸随一の彫刻家だ。今度行なわれる五ヶ国協議で、他国の人間の心を解きほぐすようなそんな代物を頼みたいんだよ。そこにいる、武芸馬鹿に彫刻と言う魅力を教えるような化け物が丁度いいんだ」

 フェルドエスを平然と化け物と言うフォルドだが、実際その考えは変わっていない。
 政治に関わりたくないが為に、自分を悪魔憑きとさえ貶める事のできる人間を、彼は知らない。そんな破滅願望を持っている、としか思えない彫刻狂いを、化け物以外の表現をしたくない。
 
「別に構いませんよ、主題なんかを全て僕に任せてくれるなら」

 化け物と呼ばれても特に気にした様子はない。
 当然だフォルドとの会話で、自身の事を化け物と言われないことのほうが少ない。出されていた紅茶をのんきに飲みながら平然と答える。

「ただラジャクの奴が文句を言うでしょうね。今の宮廷彫刻家はあいつでしょう」
「黙らせる、と言うかあいつからの推薦もあった。じゃ無けれあいつを優先するさ、ラジャクはお前と違って肌身で今の国の状況を知る人間だぞ。プライドなんか気にしてられない事を知っているのさ」

 時として面子以上に、大切な事もあるし。こんな異常な状況での重荷を受け入れるほどの余裕がラジャクにはなかったというだけの話なのだろう。

「そこまで不味いんですかこの国は」
「ああ、いつ圧殺されてもおかしくない。人外王族がいるからこそどうにかなっているレベルだよ」
「だから私が何度も言っているだろうフェルドエス。少しは友人としての愚痴をちゃんと聞くべきだぞ」

 全く駄目なやつだと首を振って見せるが、そもそも彫刻狂いとまで言わしめた男が国家存亡の危機を気にするわけもない。
 それよりも新しい主題でも浮んでいるのか、口元から押さえようのない笑みが漏れ出していた。
 彼の姿をあきれたように覗くリリスアスは、フェルドエスの思考に辟易とした表情を作る。友人ながらにこの創作に対する執着だけは、ついていけない。

「それで依頼内容はそれだけなんだが、報酬はリリスアスをやる。どうだ」
「ああどうでもいいです」
「いや兄様、それはどうなんですか。当人同士の感情とかはどこにあるんです」

 流石メルヘン女だけの事はある。
 何気凄い暴言だが男二人は、お前そんな事いっていられる年齢じゃない事を理解しているのかと、酷い視線を浴びせられている事に気づかない。

「フェルドエスぐらいしかまともに相手も出来ない癖に何を言ってるんだ。もう決定だ当主命令」
「しかしこちらが拒否権を発動」
「させるわけないだろうフェルドエス、王からの約束でお前に彫刻用の資材を売らないようにすることも出来るように確約をとった」

 その瞬間、今までのんきだったフェルドエスに明らかな表情の歪みが起きた。
 顔を真っ青にさせてカタカタと震えている。

「なにをおっしゃるんですか外務長、報酬がいらないだけです。依頼は受けるので」
「報酬を受け取るところまでが、依頼だ。どうする、大陸ではここしかお前の望む資材はないんだぞ」
「いらないんですよ、結婚とかそう言うのは面倒ですし。何より身分が違いすぎて周りから反発が起きるんじゃないですか」

 いやだと言う言葉をあえて湾曲して伝えてみるが、フォルドは首を左右に振るだけだ。

「ああ、だって妻がリリスアスだぞ、あの破天荒娘が無茶したとしか思われない。それに悪魔憑きだろうが、我が家にひとつの傷も入ることはないさ」
「私の体に傷が入ります」
「アレだけただちょっと膜が破れるだけだから気にしなくていい。それにその年で未通女なのもどうかとおもう、さっさと貫かれてきなさい」

 ろくでもない兄である。
 最もこの中で彼に言い返せる人物など居ない、海千山千のつわものどもを相手に多々勝て居るような男だ。この国の間違い無く最前線に立ち続けている存在が、たかが彫刻家といまだ敵とも刃を交えない騎士団長では、役者が違いすぎるというものだ。

 どういう発言が返されようと、鼻歌混じりに脾肉と愛想を混ぜた嫌味を吐いてくれるのだろう。
 それが二人して読めるものだから、この状況下だけでも黙っておこうと口を閉ざすが、どっちにしろ逆効果なのは目に見えていた。

「まー、君たち二人が嫌がるならそれはどうでもいいけど。うちの妹をいらないという事は、フェルドエスも相当な好みが悪いんだろうね」
「いや、そもそもそう言うわずらわしいのが全て嫌だったから、あそこまでしたんですけど」
「まて、フェルドエス、なにか私との結婚がわずらわしいと」
「誰でもそうですよ。一生を彫刻に捧げると誓った身ですし、邪魔するような存在は全て邪魔です」

 何気なくだが、彼もまた常人ではない。
 ある意味悪魔憑きではあるのだ。彼は彫刻と言う存在に見入られている、だからこそ突き詰める事ができるのだろうが、常人からすれば異常にしか見えないのだろう。
 といってもここには常人がいないので、賛同しやがる存在だけだったりする。

「私の剣に生涯を捧げているから理解できるが、女としてのプライドが」
「今更そんな事いっても信用にも値しないっての、だがフェルドエスが強情なのは知ってたし、本当にそれだけっぽいから諦めなさいねリリスアス」
「いや私としては別にフェルドエスに恋愛感情など抱いておりませんし」

 だからこんな言葉が出るのは仕方のないことなのだろう。そして本人の目の前でここまでずっばりと断るのもその所為だ。
 これも冗談の一つと受け入れられるのは、この三人が色々と可笑しいからだろう。

「その気になったら行ってくれフェルドエス、妹ぐらいなら幾らでもくれてやるから」
「その気になったらね、分かりました、一人寝が寂しい時にでも考えて見ます」

 だが後にフォルドはこう述懐している。

「あの時、もしフェルドエスに依頼しなければこの国は終わっていただろうが、同時にあいつに依頼したいからこそ、あそこまで面倒ごとが起きたのだと」

 四方王連盟と呼ばれ、これから五十年後の世界において三大国の一つである始まりは、酷く疲れる大騒動のあとであったという事だけは間違いないのだろう。
 ともあれ、今はこの三人はお茶を飲みながら笑い話をしているだけだ。少なくともその騒動が起きるというのは少しばかり後の話ではあるようだ。

 それ彼ら二十分ほどしてフェルドエスは、帰路についた。ひとしきりリリスアスで遊んでというのが、被害者だけろくでもない話ではあったが、いつもの話である。
 自宅についた彼は、頼まれた依頼そっちのけで他の準備をしていた。

「明日は学校だしね」

 彼はスラムで支えられながら生きていく人間の一人だ。
 貴族などと関わりは深いが、それよりもこのスラムで一つの事に打ち込みながら生きていく方が性に合っている。何より今の関係がとても彼にとっては心地よいものであった。
 好き好んで嫌われるようなマネをしたいはずがない。それに彼にとっては国の一大事なんて、遠い雲の上の話で、危機感と言う危機感が芽生えていなかった。

 友人たちと違い、緊迫感と言うものが余りない所為もあり、仕事にかまける事も無く。子供達に読み書きを教える準備をするあたり、この国の状況を本当に分かっていないのだろう。
 彼の彫刻一つで変わるものではないが、何かの引き金くらいにはなるかも知れ無いと言うのに、かなりのずさんな考えではあった。

 しかし彼の認識は所詮この国の大半が抱いている認識と同じぐらいのものなのだ。
 王があえて下のものに知らせるなと命令している所為でもある。それにしたいイメージがあろうが、ある程度のモチベーションが無ければ、創作は捗るものでもないので、一種の精神高揚のためと思えばいいのかもしれない。
 実際は、特に何も考えていないのが実情ではあるのだ。

 そんな考えなので彼は別の準備を行なっていた。
 黒板を用意して、聖書を用意する。依頼で得たお金で、金銭を持たない子供達に黒板を買ってあげ、予備などの確認を行なう。チョークなどの在庫を確認しながら、授業の準備を万端にする。
 明日から開校とは言え、準備をしておかなければ何もかもがグダグダになるのを避けるためだ。当たり前の話でだが、彼は一度それで失敗している所為か、準備に余念がない。

 だがこうやって無償で子供達に提供すると突っかかってくる子も当然存在いする。馬鹿にするなと、その一人を思い出して吹き出しそうになりながら、黒板を机に置いた。

「またラクシアの辺りが、きっとブーブー文句言うんだろうけど。趣味みたいなもんだし」

 そんな子供の筆頭であり、出会い頭にとび蹴りかます様な豪快な子である。
 普段はこの貧民区と市民区の間である旧大通りの荒れた教会に住んでいる子供だ。ヌルグと言う子供達の集まりのリーダーだったりする。
 彼のことを石削りといって馬鹿にする事の多い子だが、彼の開く学校には皆勤賞であったりする。

 後はそのメンバーをつれて来るものだから彼の教室はいつでも、使われなくなった歌劇場とかで行ったりする事になる。五十名ぐらいの子供が集まるので仕方ないのだが、流石スラム出身と言うか個性的な面々が揃っているので、授業自体も色々とおかしい代物だったりする。

「読み書きを教えた後はどうするかね。取り敢えず今の子達が終われば少しの間、教えなくてもやっていけるんだけど面白くないし、折角の趣味だし」

 だが彼はそう言うことが楽しいのか、彫刻以外に出来た楽しみに収穫の歌を鼻歌で歌っていた。
 こんな光景をフォルドやリリスアスが見ていれば、愕然としただろう事は間違いないが、比較的素の彼はこんな感じだ。
 彼にとっては友人と言うよりクライアントといった具合の二人よりも、このスラムに存在する人々の方が心許せる存在なのかもしれない。

「といっても、あとは彫刻ぐらいかな。けどあれは教えるものじゃないし、そもそも弟子にも見放されるぐらい彫刻は教えるのが駄目なんだよな。ラジャクにはそう言うところでは絶対に勝てないんだよなぁ」

 そのくせ読み書きは教えられるのだから、単純に技術よりは感覚で彼は彫刻を行なっているのだろう。天才だからこそ他人とは隔絶した差があるということに彼は気付いていない。
 こういうことだから周りに嫌われたり、極端にすかれたりと面倒ごとが多くなるのだが、本人の性分と言うか性質を簡単に帰ることは出来ない。

 実際彼のデッサン力も実はたいしたことない、完成品と比べてみると、大雑把な形が似ているだけと言う代物だ。それでも素晴らしいものが作れるならそれはそれで、彼と言う存在が天才的であるという証明にしかならない。
 彼には二度ほど弟子を取った経験があるが、両方共に逃げ出される辺りも、彫刻家としてではなく人間として駄目さ加減が大量に伝わってくるエピソードだろう。

「最もあの分野だけは妥協するつもりもないから、ついてこれないならやめて貰って構わないけどさ」

 楽しげに笑う彼の姿だが、見ているものが見ていたらそれはそれは邪悪な事だろう。
 こんな彼の表情を見て喜ぶのは間違い無くフォルドや、この国の王様に王子といった、性格的に残念な連中だけだ。

 かび臭い部屋の匂いをかぎながら、誇りっぽい寝床に転がる。

「けど今回の仕事は間違い無く、最高傑作のひとつになるぞ。だからもう少し煮詰めないと、主題が主題だ、絶対にナーシェンドック卿から酷い言葉受けるんだろうな」

 だがそれも止むなしだと思っていた。
 フォルドはどうにも、フェルドエスと言う人間の性格の悪さに気付いていない節がある。彼が悪魔つきといわれるにはそれ相応の理由があったのだ。

 彼の題目とするのは決まって禁忌に触れたもの。
 ファイメイルの悪魔、魔女ラベルドルス、クシャンカイハの末裔、フィルメの聖女、今あげた者達は、かつてこの国に殺されたもの達であり、歴史の被害者でもある。
 宮廷彫刻家がこんなものばかり彫っていれば、何かが取り憑いていると言われても可笑しくないのだ。実際彼に他の題目で作れと口酸っぱくしていっていた人物も多く、それを無視した為に、放逐されているのだから確信犯としかいいようがない。

「見てもらえるなら、手元に置くよりはいいんだろうけど。サイアの聖人は、生涯の目標の一つだったしなぁ」

 だがそれはそれで面白いと、意味もなく彼はモチベーションを上げた。
 彼にとって作品を作る事は目的で、あまり作品自体に対して極端な執着は見せない。製作者として作品が壊されれば怒り狂うだろうが、手元に置く事をあまり好まない人間でもあった。

 心情に作品は見られて輝くと言うものがある所為もあるだろうが、単純にかさばるし管理が面倒と言うのが本音である。

 ぶつくさと呟きながら、今まで書いたデッサンをぱらぱらと見て、作った作品に微笑みかける。
 どの作品も共通して言えるのは、魔的な美がある事と、どこか救われない絶望感があること。だがその絶望は、彼の心の中をえぐることもなく、ただ肌を騒つかせる。
 だが所詮は彼にとっては全て自分の子供のようなものだ、そんなたちの悪い空気があるというのに、穏やかな表情のままだ。

 結構不気味であるがそれはそれ。

「ワンパターンとか言われたら泣いちゃいそうだ。けど力を入れるならこっちがいいんだよな、適当な手慰みに作るなら、子供たちに作ってやるみたいな物が出来るけど」

 またなんか作ってみようかな。そんな事を考えながら、貴重な紙で作られた作品を机に適当に投げ飛ばし、ベッドに倒れこんだ。彼には少しの高揚が会った、心臓を熱くさせるようなそんな鼓動とは別の何かが、何があっても次ぎ作る作品は自分の転機なるような気がした。

 かつて一度だけ見た、黒曜石の魔女のような。彼を捕らえる悪夢のような可憐さがまた、自分の心に何かを訴えるのかもしれないと、そんな事が起こるかどうかも分からないと言うのに、そんな予感を彼は感じずに入られなかった。

***

 砂山を作って、その頂上に棒を立てる。そしてその砂を少しづつ手で削ってゆく、そうすればいつかは、棒は倒れてしまって砂の山もその形を失っている。ある意味ではそれが国の形であり、人の営みだ。
 砂を丁寧に丁寧に取り除けば、棒が立っている時間はきっと長くなるのだろう。ちょっとした失敗で倒れてしまうかもしれないが、そしてその棒を倒さない方法が一つだけあるとしたらどうだろう。

 簡単な事だ、砂を足せばいい、それか棒自身を立たせればいいだけの話だ。
 だが世の中そうはいかない、人生常にコロンブスの卵とはいかないものだ。しかしフォルドや王、王子などは、それを願ってしまうほどに追い込まれていた。

「しかし今更思い出したが、フェルドエスと言うのは彫刻家だが、この国に恨みでも持っているんじゃないかと言う作品ばかり作ってた男じゃなかったか」
「いや、フェルドエスは、彫刻家になった理由が、シェーフェン=ファルカイアの作品だから仕方ないんじゃないでしょうか」
「そうか、と言うかあの女の流れを組むとは、ずいぶん悪趣味な男だ」

 だが王は縋った荒縄を、ほぐして縄からただの藁へと変えていく。
 きっとそれでもと、それでも、神秘の力があるならどうにかしてくれると願っているのかも知れない。最もそれは諦めのためなのかもしれない。

「そういえば王の求婚を蹴り飛ばした人ですよね」
「まさか物理的にやられるとは思いもしなかったわ」
「自業自得ですよ。後性格が悪いのは王で会ってその人ではありませんね、ただ豪快なだけです」

 ちなみにその時、家臣一同王を蹴り飛ばした女に感謝の意を表明した。
 平時であればこの王は無能よりも厄介な男なのである。だが今はそう言う暴走も無く、民のことを思い考えるれっきとした名君だ。

「街が無く私がその頃に今の役職について居たら国を見限ってましたけどね」
「うお、何気に首皮繋がってたのかあの辺りから」
「そうですよ感謝してください、だからこそ王の手腕を十二分に発揮させてあげたんですから」

 本当に彼が来るまで王の発想と行動についていける人間が少なかったというのもある。
 天才はある意味では人間ではない、理解が出来ないのについていける人間も少ないのだ。その王の力を十二分に発揮できるようになったのは、実際にフォルドが今の役職についた五年前の話になる。

 それからはゆっくりと砂を加えては削る作業の繰り返しだ。
 棒が倒れないよう、丁寧に丁寧に削って、加えて、流石に少し疲れてきたのかもしれない。

「あー弱音だ、さっさと息子に王位を譲りたい。あいつならワシよりもいい方向に国を動かせるというのに」
「上が代わればそれだけで、他国につける隙が出来ますから、全てが終わった後でいいんですよ」

 そうすればこの国はきっと良くなる。
 砂の山ではなくもっと違うものにきっと変わる、だが今この国は辛うじて支えられている棒に過ぎない。だがこういうことが無ければ国は変われない、海の形を変えようとしても結局は、自然の力が帰るまでどうしようもない。

「しかしある意味ではタイミングが良かった。こういう時でもなければ改革など失敗しかしないからな」

 大同小異、どこまで言っても国が変わるのであれば、それだけの危機がなければなら無いと言うだけの話だ。

「そうですよ、だからこそ今回の事はチャンスなんだ、ギリギリで利益だけこっちが掻っ攫う。この外交は笑えるものになりますよ」
「そうだなそれがワシの王としての最後の仕事だ」

 結局超常を頼みながら、自分だけの力でどうにかしようとする者達。
 天才とはそう言う人種だ、神に頼み世界に頼みながら、自身の力でそれを手に入れてしまう。最もだが、だからこそ彼らはこれからの世に名を刻むのだ。

 ラインズ=ライン=フォース
 フォルド=リリスアス=ナージェンドック
 レイン=ラインズ=セカンス

 彼らは砂の山に刺さった棒を地面につきたてた天才たちである。
 そして一人の化け物を生み出す原因である存在だった。

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