序章 石の彫刻家

  ルテン法境大陸、今なお戦乱溢れる大陸である。
 その中で、ただ一つの中立国家マイセルは、ラインズ帝国やマルセルク連合国、ホウネンカルクス共和国と言った大陸の中でも列強に囲まれた小さな国で、大陸随一の鉱物などの産出国でもあり経済の要所でもある。
 そのために常に国は滅亡の危機に晒されている。だが、今の王クランブスは、極めて有能な王であり、その跡継ぎもまた父を越えるといわれるほどの傑物だ。

 辺りの均衡を保つ為に必死に、外交でその辣腕を振るい続けた。
 結果として列強たち恫喝を受けながらも、完全な緩衝地帯としての役割を果たし、絶妙なるパワーバランスを作り上げてしまった。

 結果として、この国は鉱石の産出国であり、他国との交易の中心へと変わっていくのだが、その変わり目の話だ。
 マイセルの首都トウネルアの一角で、ノミを打つ音が響いていた。石を削り、一つの形を作り上げるその動作のたびに、近所迷惑極まりない音が日も上がらぬうちから朝を告げていた。

 この音を鳴らす者は、この界隈では有名な芸術家で、国からも勲章を授与される一角の人物だ。だがいつの頃からか、彼の名前はぱたりとやんだ。全てだったと言う過去形で語られる人物で、石に憑かれたと呼ばれるような青年である。

 と言っても二十も半ば過ぎ、数えで二十六程度だろうか。茶色が掛かった髪も石の粉末やらで灰色に汚れ、見た目は不潔そのものだった。最近は食事もまともに取っていないのだろう、頬はこけ今にも倒れそうな体をしている。
 だがそんな彼を止めるものはいない。彼は一つの作品を作り上げるまで食事どころか、会話さえまともにする事はない、邪魔を仕様ものならその手荷物のみで刺されるかもしれないほど鬼気迫って見える。

 技術や名声を持ちながら、その全てを捨て市井に下り、その技術を更に高みへと向かうその様は、確かに石に憑かれたと言っても差し支えないかもしれない。
 その彼の有様を見て、誰かが悪魔がついていると言う噂が流れ、それが王の耳に入るほどになってしまったため、彼は市井に下る必要があったのだが、今なおこの国最高の彫刻家である事は、変わりない。

 だが噂が噂の所為なのだろう、あまり人々に好かれず教会での祈りを捧げる事すら許されない。最も当人も、石を削る時間が増えたと喜んでいるので、何一つ問題ないような気がしないでもない。

 そして今彼が掘っている作品もまた人々に好かれる事はない作品である。
 マイセルの首都の近くにあるメルベルクルの森に伝わる疫病の魔女ラベルドルスの彫刻なのだ。今から八十年ほど前に、実際起きた疫病の原因とされ、火あぶりにされて殺された魔女を象っているなんて事を知られたら、きっと更に彼の悪名は広がる事だろう。

 ただ本人はそれでいいと笑っていいそうだから困った話ではあるのだが、などといっている間に仕上げに入ったのか、周りの空気は緊迫し一層の緊張感が辺りを支配した。
 それから更に時間をかけて丹念に仕上げていく、そして彼はその彫刻を作り終えるとその場で倒れてしまう。

 それもまた、彼における日常茶飯事の出来事である。

「おーい、みんな先生またぶっ倒れてらぁ」

 そして近所の人々によって助けられる事も、当たり前の事だ。
 ざわざわと周りのから人々が集まってゆく。誰もが彼の彫刻を見て簡単声をあげ、その声を聞いてまた彼が目を覚ます。
 それが、この界隈では比較的よく起こる光景であった。

「ああ、皆さんおはようございます」

 そしてこの間抜けな挨拶も、良くある光景だった。
 誰もがあきれた表情をする中、豪快な声が響く。

「いや先生、いつも言ってるでしょうあたしが、倒れるまでしちゃいけないって分かってるんですか」

 彼の隣に住むマルグス夫妻の妻であり、よくマルグスおばさんと呼ばれている。この界隈では顔役であり、彼にアトリエを提供してくれたり、仕事を斡旋してくれるいい人である。
 城から追い出された彼に良くしてくれたのは彼女であり、感謝に耐えない人でもあった。今もなお彼の体を心配して、いつものように食事を用意して渡してくれたり、注意してくれたりと、世話を良く焼いてくれている。

 豪快なおばちゃんと言うのが一番のイメージではあるのだが。

「無理ですって言ってるじゃないですか、今回の以来はマステン卿が作ってくれていったから作った代物なんですがね、久しぶりにいいものが作れましたよ。題目はともかく凄くいいでしょう」
「あたしゃいいか悪いかなんて高尚な事は分からないですよ。ただ先生が作るものを見てると他の奴が見れなくなるぐらいにはいいものですけどね」

 遠まわしながら最高の賛辞だ。
 彼が手遊びに作った細かな木彫りの人形などをお礼代わりに渡したりして感謝を示すが、仮にも国の中で最高の彫刻家と言われていた、彼の作品ばかり見てしまった所為で目が肥えてしまって、困っていると良く愚痴っている。

 最も彼女そう言う愚痴を言っている時は、大抵は褒めている時なのだが、素直じゃない性格をしているものである。

「そうですか、じゃあ次は本格的な彫刻を一つ」
「先生が力を入れて作る作品は大きすぎて家に入れたくありません。あたし達は手遊びに作ってくれる作品で十分ですよ」
「そうですか、別にただであげますから売り叩いてくれてもいいんですよ」

 けれど周りの人々は口々に、

「先生の作品を売るなんて出来るわけないでしょうが」
「常識を考えてください馬鹿ですか貴方は」
「手放せなくて困ってるんですよ」

 などと褒め言葉なのか、少々悩む発言をして、彼を大いに混乱させてくれていた。
 そんな彼の表情をしたり顔で見て、楽しげに笑うマルグスおばさんは、豪快に彼の背中を人たたきしてスープを差し出す。

「取り敢えず先生は食事を取らないとね。今回の仕事で少しの間、彫らないんだろう。ならまた先生の読み書き講座が始まるわけだ、子供達を明日から子供達を呼んで来るからお願いしますよ」
「はいはい、僕としては彫刻講座とかを教えたいんですけどね」

 だが全員が首を横に振る。
 芸術に対する彼の教えは基本的に、意味がない。同じくらいの天才なら分かるかもしれないが、基本的に、普通に聞けば意味を成さないので、役に立たないのである。
 教えるのは上手いはずなのに、本職だけが駄目と言うわけの分からない人物であった。

「けど、久しぶりに学校が開けるますね。ここ一月位は、ずっとマステン卿が仕事を持ってくるものだから、ちょっと僕の方が予習をしないといけないかも知れませんね」
「大丈夫だよ先生なら、明日までにどうにかしてくれるんだろう」

 信頼に満ちた言葉に悪戯じみたものを感じて、表情を少々困ったように崩した。
 わかっててプレッシャーをかけているのだろう、諸手を挙げて降参を示すと

「わかりました」

 と言って彼は、殆ど徹夜での予習を確定させる。
 そうそう彼のいる場所だが、俗にスラムなどと呼ばれる場所だ。と言っても治安が悪いわけではなく、単純に学のない人間が集まる為にそう差別で呼ばれているだけだ。
 そんな中だからだろう、彼のようにただで勉強を教えてあげる人間は、はっきり言って珍しく、同時にこの界隈における差別を払拭するための切欠になるかもしれないのだ。

 だがそんな事を間がて彼と付き合っている人間は少ない。
 一人で生きていくには少しばかり不安を感じさせる人物であり、構ってやらないと死んでしまうくせに憎めない性格が、どうしても周りの人間をひきつけているのだろう。
 そもそも彼はそう言う恩返しの為に、子供達に勉強を教えているのだ。

 ただ彼も周りも、どこか打算的で損得を考えずに付き合うことの出来るこの関係を、手放す気にはなれずにいたと言うだけである。

 マステン卿は、彼の彫刻に魅せられた人物の一人である。
 あまり芸術などには興味が無く武芸に一辺倒な人物であったのだが、ジャイヌスクの聖女と言われる彼の作った彫刻を見て以来、武芸以外に彼の彫刻が加わる事になった。
 悪魔に見せられたなどと言う、謂れのない暴言を受けながらも、彼に作品を求める事をやめないのは、それだけの価値があると思っているからなのだろう。

 と言っても今回の作品は自分で頼んでおきながら、そのできばえに瞠目して、頼む作品間違ったかと、自身であきれ返ってしまったのだが、

「やはり素晴らしいなフェルドエス。お前の作る作品は本当に」
「そうですかね、まだ上を目指せる気がするんですよ」
「ほう、まだこの上を作れるとお前は言うのか」

 艶やかな赤い髪をいじくりながら、嬉しそうに紅の唇を驚きに歪ませる。
 胸元のやけに広く開いた服を着て、妖艶に誘うような仕草を見せながら、目の前の粗忽者を舐め取るような視線を送る。だが白けた目のまま、不潔そうに頭をぼりぼりとかくだけの男に、彼女の美貌は少々足りなかったのか、少しばかり不愉快な表情を見せる。

 守護の剣と呼ばれるルークレア=リリスアス=マイステン、彼女の武名は他の国にさえ鳴り響き、その美貌から薔薇の剣などと呼ばれる事もある。これが男ならば将軍にさえなれたのであろうが、女である彼女は騎士団長に過ぎない。だがその人柄と武名から彼女を慕うものは多く、女だてらと陰口をたたかれながらそれ以上の名声がその言葉を押しつぶしている。

 名家リリスアスの出で、兄はこの国を支える外務大臣のような役職の外務卿と言う役割ついていたりと、この国にとってはかなり重要な人物の一人であり家であったが、目の前の凡俗には一切そう言うことは関係ない。
 彼にとって大切なのは、彫刻を認めてくれる人とあの打算的な関係だけである。彫刻は生きることと同じなので大切以前の問題だが。

「当たり前でしょう、まだまだ終わりはないですね」
「そうか、そうか、まだ上が出来るか」

 彼女の言葉を聴いて当然のことと彼は首肯する。
 やけに高揚して赤くなった肌に酷く色気を漂わせるが、彼女自身それを気付いてもいないのに、悪戯を思い浮かべた子供のように頬を歪ませて、胸元を広げるようにして挑発的な行動を取る。

「だがどうだこの姿、そそるだろう」
「あー別に作品のモデルにはしたくないですけど」

 こうやっていつも作業中以外はぼやけた顔をしている男の表情を変えてやろうとあの手この手で試してみるが、色仕掛けは見ての通り残念な結果に終わり、彼女は不機嫌そうに顔を膨らませる。
 それなりに自信の美貌に自身があったのだろう。
 まだどこか十代の幼さの残る彼女は、妖艶な美女でありながらどこか童女のあどけなさを空気に漂わせている。他の男なら是が非でもものにしたい女であったのは間違いないのだが、目の前の男の価値基準は彫刻が最上位にありそれ以外は、あまり興味の対象になることはないのだ。

「詰まらん奴だフェルドエスよ。お前の彫刻は見るものを怯えさせるほどだと言うのに」
「はぁ、ただこの作品が僕の全てですから。つまりはお褒めになっていただいていると言う事でいいのでしょうか」
「ああもう、お前と言う奴は本当に作品意外が面白味にかける。剣でも振ってみよ、それだけで価値観が変わるかも知れんぞ」
「そんなものを振るう暇があるなら作品を作ります。次はまたいいものが出来そうですから」

 強情な奴だと思いながらもこの愚直さを彼女は気に入っていた。
 自分も同じように武器を振るっていた事を思い出したのだろう。方向は違えど一つの道を極めようとすると言う意味では、彼も彼女も何も変わるところはないのだ。そんなある意味同士とも言える彼の姿は、どうにも気になって仕方ないのだろう。
 そしてその結果を見て、その言葉に偽り無く実力と言うものをまざまざと見せ付ける姿に、一種の到達者である空気を感じずにはいられない。

「ふん、最近はいうようになってきたな。昔はもっと無愛想だったと言うのに」
「人をからかう性悪女がクライアントにいますからね」
「そして昔よりも可愛げが無くなったよ。だが、少しばかり心に余裕ができたと言う事か、昔は張り詰めてばかりいたからな」

 まだ彼が宮殿お抱えの彫刻家であったころの話だ。
 他のお抱え職人達からの嫌がらせなどで精神が磨り減っていた事もあるのだろうが、もっと口が悪く今のように気の抜けた表情ではなく不機嫌そうな表情であった。周りの嫉妬は相当なもので、それによって彼が城から追い出されたようなものであった。

「そうですか、あの頃は作品を作る事自体邪魔する奴らがいましたからね。いやでも政治のいろはを学びましたよ、けど付け焼刃に過ぎませんからね」

 そんな彼の自嘲気な言葉を聞いて、酷く出来のいい喜劇でも見るように笑いながら拍手する。

「その付け焼刃で、自分をあそこまで貶める事ができるなら一流だよ。お前から聞かされるまで、私さえその事実に気付くものは、いなかったのだからな」
「思考の穴と言う奴ですね、普通は誰も本人がそんな噂を流すと信じない。作品に集中できるなら、別に宮仕えなんてする必要もないですよ」
「どちらにしろそう思えば、貴様を追い出して清々した連中は、全員踊らされたと言う事だろう。全く、貴様は政治家であれば、王の臣の厚いものになれただろうに」

 マイセンは列強に囲まれた小国だ。いまだ緩衝地帯としての役割をきちんと発揮する事もない、もう少し時が経てば話も変わるだろうが、能力のあるものが欲しいと思うのは仕方のないことだ。
 他国からの酷い干渉は未だに行われている、だが王や跡継ぎの力によりどうにか、他国とのバランスをとりながらギリギリのところで踏みとどまっているのが、この国の状況だ。国民達はあまりその自覚はないのだが、今にも戦争の始まりそうな緊張感の中に晒される騎士団長の彼女は、それを肌身で感じていた。
 だからだろう少しでも優秀な人物を欲しがってしまう、しかし彼は彫刻家としていきていく事しか出来ないし、それを鍛える環境はもうないのだ。

「無茶すぎです」
「それぐらい手が足りないんだよフェルドエス」

 疲れたように呟いた自分の理解者に、同情の視線を送るが、特に出来る事もないので結局はそれどまりだった。
 取り敢えずマイステンの精神的疲労を、自分の作品が少しでも和らげてくれればいいかと思う。
 
「だがこんな疲労ももう少しで終わる。それだけのところにもう差し掛かっている、あとはどこかの国が暴発しない事を望む限りだ」
「政治の動きなんて分かりませんけど。友人でもあるマイステン卿の肩の荷が下りる事を願いますよ」

 優しく笑う彼の姿と、予想外の言葉に少女のように顔を赤らめあわてたような仕草をとる。
 その刺激的な服装をしていた妖艶な娼婦のような空気は一切合切消えうせ、本当に初心な少女の姿が垣間見えた。

「な、なにを、何を言うとるフェルドエス。き……きしゃま、貴様は」
「さっきの仕返しに決まってるでしょう。これは意外と面白いですね、また今度試してみますよ。あの守護の剣がきしゃまって言ったのは、生涯忘れないエピソードになりそうですしね」
「あーもう、くそ、貴様は本当に、本当に、ああくそう」

 どうしようもない歯痒い感情に、両手をブンブンと振り回しフェルドエスに反論しようとするが、何を言ったらいいのかわからずに、激しく振り回していた手を静かに下ろした。
 そんな彼女の姿にもう笑いを隠せず腹を抱えて大笑いする彼は、少しの間再起不能になりそうなほど笑うが、いい加減に涙を目に溜めていた彼女の姿に罪悪感でも感じたのか、少々残念そうな表情を作る。と言っても半笑いだったのだが。

「じゃあそろそろ帰りますよ、ちゅぎはどんにゃいらいをしゅるにょかにゃー」
「貴様は最後の最後まで私をおちょくりおって、仮にも依頼主にする態度かー」
「いえいえ、ここでは貴方の友人としておちょくっているだけですよ」

 そのあと彼女に追い掛け回され、屋敷中を駆け巡る彼の姿が合ったらしいが、自業自得に過ぎないのではないだろうか。
 それは亡国となるかの瀬戸際の出来事だ、全くそうは感じ無いと言うのに異常な緊迫感が国中を包みながら、その事実を知る者はまだ極僅かであったころである。ただその日々は間違い無くこの国にとって大切なものになりうる事は間違いない、そんな輝かしい平穏の一幕だ。

 さりとて不穏な一幕もあるのだ。
 この国は本当に瀬戸際に差し掛かっている、これより数ヵ月後に行なわれる五カ国の大陸会議を始める準備が行なわれていた。
 王や家臣たちもようやくひと段落着ける状況だ。

 と言ってもこれから腹黒い連中との悲惨な舌戦が待っている。
 それを考えると今からでも神経が磨り減りそうでならないので、誰もそんな事を口にしないが、その備えを必死になって用意しようと努力しているところだ。

「ところでフォルド、お前の妹は変な芸術家に入れ込んでるようだな」
「王何を言っているんです、変なと言うかおかしいと言うか、腕はこの大陸でも一二を争うんですがね。それに芸術家やある一点を極めようとするものには総じてアレな人がが多いでしょう、例えば王とか王子とか」
「ッてまってくれよ、何で親父はともかく俺が入ってるんだよ」

 会議室の一室から大きな声が弾かれる。
 だが王子の声だと判断すると、重臣達はあきれたような表情をして、また自分たちの話に戻っていった。
 しかし一人だけ納得の行かない王子は、金髪の髪を大きく振り乱して軽く追うとその後継者を侮辱した男に詰め寄る。

「ナージェンお前と言う奴は、よりにもよって人類の非人間代表格である、国の救世主のような人外親父と俺を一緒にするな」
「黙れ息子、その私を上回るような非常識人間の癖に」
「私からすればどっちもどっちですよ、妹といいなんでこう周りは、能力はあっても性格が残念な奴ばかりって不幸すぎる」

 王の前で平然と暴言はける家臣であるこいつも相当アレな部類だと思われるのだが、重臣連中全員が、彼の言葉に首肯し全員の総意であると王たちに告げていた。
 ただしそれはリリスアスお前も含むのだという視線を感じ、自己の存在理由の崩壊を感じてその場に突っ伏す。

「こんな変態どもと一緒にされるなん心外すぎますよ」

 けれどすぐにショックから立ち直る。
 今までの一連の動作はお約束だ、日常と変わり無いと心を平常に保つための彼らの暗黙の了解である。
 こうやって馬鹿な事をして荒んだ心の清涼剤にしているのだろう。
 言ってる事は全て本心であるが、だが道化芝居をうっていているようにリリスアスの後継者は、軽く微笑をこぼし全員に向けて呟く。

「それでもその変態的能力が無ければこの国は死にますがね」
「気にするな、その程度国をつかさどるものが出来ずに王とは呼べないのだ」

 こう言う事を平然と言える王だからこそ、誰もがつきしたがっているのだろう。
 しかしその王の力を持ってしても、いまなお綱渡りをし続けている状況だ。

「裏切りには気をつけておけ、ヌセ教皇が頻繁に連盟と連絡を取っているという情報もある。まぁつまりは内外的ばかりだ、そう言う奴らは手加減なくつぶせそれぐらいか王として言えるのは」
「それで十分ですけどね。さっさと終わらせて、変態的に有能な王から変態の王になりましょう。それが国にとっても大陸にとっても一番幸せですから」

 大きな溜息をはいて王は頑張るよと呟いて見せるが、顔は一気にやつれていた。
 平然と王に変態になれというこの忠臣、一番王の心を痛めつけている人物であったりする。

「いや王が変態だったら駄目だろう」
「性癖の駄目な人間なんて結構いますよ。それが上に立つものならなぜか多くなるのが必定と言う奴です」

 そしてこの彼こそ、これからの不穏を拭い去るべく命を賭ける人物となるのだが、なんとも分かりづらい忠誠心である。
 彼の名をフォルド=リリスアス=ナジェーンドック、実質的な国の外交戦略をになう若き志士の一人である。

「もういい、だがその男に一つ作品を作ってもらうとするか。五カ国の平和と協調を意味するようなものを一つ、武芸一辺倒なお前の妹を惚れさせるような作品を作る男のものなら、人の心の一つや二つ解きほぐす事など難しくもないのだろう」

 しかしその言葉を聴いてフォルドは王を睨む。その彼の態度が本気で怒りを覚えているものだと分かると、何か失言でも言ったのだろうと思うが、それを聞く前に王の先を取るようにして攻めるような言葉で追い立てられる。

「どうですかね、一応我が城ので噂は悪魔に命を売ったなんて噂を立てられて、あなた自身が追放したような男なんですが」
「す、すまん、そんな事があったことも覚えてない。頭下げてもいいから連れ出して、依頼を請けさせる訳にはいかんか」
「いいと思いますが王がその程度で頭を下げては、これから他の国に安く見られますから駄目です。私も知り合いなんですが、呼ぶのは吝かじゃないですが、あいつは食えない男ですよ。
 はっきり言って王を王と見ないような人物ですから、打ち首とかにしちゃいけませんからね」

 この時王と王子は心のそこからこう思った。
 お前が言うなと、そりゃ思って当然である。飽きれ返ったままの表情で、分かったと頷くが、フォルドはやけに面倒くさそうな顔をしていた。

「あのさ、お前家臣だよな。忠誠心とかあるの、いつも思うんだが」
「こんなやばい国の重臣になったんだから分かってもらえると思うんですけどねこの忠誠心」
「ああなんか別の物を感じずにはいられないよ俺は」

 それでも有能で、忠誠心も高いらしいのだから驚きの話である。

「取り敢えず、仕事の以来をして見ますよ。結構我侭なやつなんで、依頼通りの物を作るかどうかわかりませんが、それでも相当なものが出来ますよ」
「ああ、それを期待しているさ」

 誰かにっとってはこれから始まる大騒動の幕開けであり。
 五つの国が協力し合い一つの国になる事になる切っ掛けとなる事件の始まりである。これが後にまで響き渡る小さな国の大きな物語、きっと大陸に鳴り響く事になる笑い話。

「ま、やれることだけやってみますよ」
 
 その始まりは傍迷惑な依頼からだった。

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