二十章 復讐楽土


 兵士達どころか、その家族さえも不信感を露にしながらそれでも従わなくてはいけなかった海晴が集めた部族連合は、その作戦を実行する為に国への潜入を開始していた。
 魔導機などで肌の色や髪の色を変化させて、食料関係や露天と言った商人に扮して国に潜入していた。勇者召還の儀ともなれば、国では一世一代の祭りだ。これを機に海晴が仕掛けてくるとぐらい予想がつきそうなものだが、賢者がそういった思考を持っている人間を政治的にを封じてしまっていた為、意味もない安心感で国民達は救われると喜び誰もが歓喜の声を上げていた。
 勇者さえ召喚されれば自分たちが救われると本気で思っているのだ。
 かつての戦争から崇拝にまで変わった勇者への信仰、王法使い全てを退け国を救った英雄さえ戻ってくれば自分たちは助かると、海晴はそれを聞いて馬鹿かと目を潜めた。

「これを敵側である俺たちの中でさえ信じる者が居るってことが問題だ」
「いや頭は知らないでしょうが、あれは崇拝に足る力ですよ。ただ光が振っただけで人間は消滅するなんざ、神の所業以外の何物でもないですからね」
「演出さえも勇者が異物である事を知らせない為に必死なのか、本当にそこまでして救った世界を台無しにする奴がいるんだから無慈悲この上ない」

 だからこそ調和が取れているのかもしれないが、今の状況は海晴にとってはありがたい。
 賢者も海晴が何かしでかす事ぐらいわかっているから、兵士を増やしたりして対策を練ってはいるものの、どうしても後手に回ってしまう。ルッコラが海晴の手助けをしたようにも思える、賢者の思考を封殺する事がなければこれほど容易く国に潜入できたとは海晴自身も思えなかった。

「最もその台無しにする存在たちを纏めて皆殺しにする為に、こうやって集めたのかもしれないけどな」

 彼自身もこの潜入の段階での犠牲は覚悟していたと言うのに、蓋を開けてみれば被害などなく滞りなく作戦は成功した。
 最もその所為で一つの不安を抱える事になったのだが、上手く行き過ぎていることを海晴はいいとは思わない人間だからだろう。この獅子の国に海晴たち部族連合は閉じ込められたと言う事実でもあるのだ。
 多少の犠牲を覚悟しても勇者と言う超常の力でこのタイミングならどうにでもごまかせる。

 そして全部彼らの所為に出来るという最高の好機であることもまた間違いではないのだ。自国民のことだってどうとも思っていない賢者ならそれぐらいの事をしでかしてもおかしく無いと言う考えがどうしてもよぎる。

「可能性がないとは言い切る事ができませんが、そこまで心配する事は無いと思いますよ。賢者自身は多分召喚の儀の執行役として、前線に出てくることはまずありえない。勇者もどうせすぐに戦えるような類の者が来るわけじゃない、怖いのは俺たちごとこの国を焼き払うパターンぐらいのものでしょう」
「まだあるけど、それはどう考えても賢者ではできない。と言うかこの状況で祭りを開かせた賢者では、出来ないが正しいな。ここに来た自国民以外を容赦なく殺すというパターン、どちらにしろもう遅いけどな」

 毒は回った。残念ながら面が割れている海晴では、この国で目立った行動が出来るはずもないが、その代わりの手はようやく毒となって国と言う体に浸食を始めた。
 享楽気分で居た人間達全てを横合いから殴りつける。その前に殴りつけられてはたまらないから、毒を認知させないようにしなくてはならない。遅効性の毒だ、しかも回り始めはどうしても遅い、すこしでも名医が居たなら解毒されてしまうそれは少々困る。

「ただ今回の作戦は少しばかり、酷すぎますよ。きっと裏切り者も出てしまう、頭への不信感は相当なものですし」

 勝てる目はこれしかないとルッスも思うが、それ以上に海晴の用意した作戦があまりに、いやそれを言うのはあまりに惨い話だ、彼はそれいうことしか考えられない。人間の汚濁に足を取られのまれって行く存在が輝かしい誰もに優しい戦いなど出来るはずがない。
 その事に「気付いたのかルッスは顔をしかめて頭を下げた。

「っと失言ですね。頭はどうもそれは理解していらっしゃるようですし」

 けれど海晴は気にしたそぶりもない。本人は自覚している事だし、どうせこれ以外の戦い方で勝ちは望めないことを理解している。
 彼の頭で思いつく全ての思考はここにしか行き着かなかった。

「当たり前だ、嫌われる方法だけはよく分かっている。いや何もしなくても嫌われるんだ自覚して行なえば、当然のよう川が流れるようにってやつだ」
「頭は時々意味が分からないのに意味ありげな事を言いますね。それが頭の故郷の言葉ですか」
「いや、なんか浮んだ言葉だよ。趣があるって奴だ、それがたとえ血の川でも水の流れに変わりは無いさ、水は上から下にしか流れない自然の摂理だよ。なら俺が裏切られるものきっとそう言うことなんだろう」

 掠れた咽喉から笑い声が漏れる。
 自分が嫌われる事も、裏切られる事も、自然の摂理と言うまでに諦めた人間は、きっとルッスが生涯の中で会う人間の中でも海晴ぐらいのものだろう。笑いながら皮肉をいえるようになれば、それさえ開き直りの境地である。

 けれどそれはあまりにも惨い。

「それはあまりに悲しいじゃないですか」

 たまらず声を上げるルッスを海晴は優しく諭すような表情を作り、それは違うと言うように首を左右に振って否定する。

「いや、寂しいだけだよ。悲しくなんかない、寂しいだけだ」

 風が吹くだけで消えるような声だった。
 ルッス自身もその言葉がまともに聞こえたわけじゃない。ただ酷く心を打つ声だったと言う事だけはわかったが、すぐにどこか狂気を帯びた表情に変わる海晴を見て、世界は一体目の前の存在をどこまで傷つければ気が済むのか恐ろしくなる。
 それと同時にそんな世界に抗い、悲劇を作り上げる存在に恐怖を感じて身震いを起こす。孤独と言う感情がルッスにとってどれほど恐ろしいものか、経験した事もない彼は分からない。ただその孤独と言う毒は一人の害悪を作り上げるにたる理由である事だけは間違い無いと言うだけだ。

 その結果海晴は、世界から消し去るべき存在にまで昇華されつつあった。

「本当に寂しいよ、世界は要らないからじゃない拒絶したいから勇者を呼ぶんだ。何十万の命がお前は要らないと言い張るんだ」

 それが命が縛る業と言う名の呪い。
 命を奪いつくした彼は、ここでとまるという裏切りが出来ない。

 けれど体を震わせてまで海晴は笑った。
 それは本当に嬉しいのだろう、狂っていながら晴れやかな表情だ。

「けどさ、今は違う。世界は俺を認識している、俺は殺さなくてはいけない存在にまで変容しているんだ」
「それでいいんですか。あんたは認めてもらいたいんでしょう、必要な存在って」
「変わりはしないさ、だって死んで欲しいと人に望まれているんだ。こんな嬉しい事があるか、誰かに求められるってことが」

 それが世界が産み落とした感情を持った破綻者の姿だ。
 本来なら涙を流して崩れ落ちるはずだ。その場で自殺するかもしれない、それぐらいには重い内容だ。こんな事で彼は喜んでしまっている、多分海晴はどこかでおかしくなったルッスもそれは知っている。
 歯車が崩れている、だがルッスの知っている海晴は変わっていない。

 だがそれでも致命的に変貌していた。

 人に求められる事に喜びを感じる事はあるだろう誰にも、この世界で人との関わりに飢えている海晴はそれに執着している。裏切りなどの行動を見ても分かる事だろう、人に望まれることに飢えているのだ。
 だからこそ自分を認めない世界を殺し尽くすために動いている。

 だがその過程で彼は、死ぬ事を望まれてしまっていた。

「こんな糞ふざけた理由だなんてな」
「それがあんたのしでかしたことだ、言い訳なんかしてもかわりゃしないぞ」
「知ってる、知っているさ、嬉しい限りだよ認めてもらって、ありがとうございますとでも言って置くさ、本当に認めてくれて嬉しい限りだし」

 結局どこまで言っても自分が無意識下であれ、有意識下であれ、この世界の人間が思うことに代わりがなかったと言う事実だけは再認識させられていたのだ。
 心底悔しそうに叫ぶ彼の姿に一抹の人間臭さを感じてルッスは少し驚いた。前にこの国から出てきてから、彼は少しだけ変わっていた。皮肉なんて言う方でもなかったのにいい方向の成長なのかもしれない。

「祭りもそろそろ始まりか、お礼はきちんと受けとってもらえるんだろうかね」
「受け取らなきゃ口をこじ開けて受け取ってもらいましょう」

 竜の咆哮と、魔法の祝砲が国中に響き始めていた。
 それは異世界で見た海晴の初めての光景、幻想の世界が広がり世界は希望に光り輝いていた。ただそこに居る、暗い瞳をした集団は残酷なまでに光を呪い、この世界での最初で最後の生存競争に乗り出していたのだ。
 少し高い物見台の一角を選挙して二人して戦勝を願う祝杯をあげる。

 だがこの国のどこを見ても、劇的な変化は無い。いや変化はあったのだが、それはあくまで数時間にわたる勇者召還の儀が始まったことによる、民衆達の狂気にも似た喜びだろう。そんな中、無料で運ばれる酒や食べ物は、彼らの喜びに拍車をかけていた。
 二時間ほどしただろうか、そんな風に喜びの時間が始まって更に加速していってから。ルッスと海晴は物見台から降りていた、この民衆達の熱気によって犯罪者が歩いていても誰も気づかなかったのだ。恐怖に怯えていた彼らにとって、救いである勇者はあまりに大きいものなのだろう。
 だが救いに盲目的になっていた彼らは、本来の脅威を忘れてしまっていた。 

「木を隠すなら森の中っていうが本当なんだな」
「ですね、誰一人気づかない。けれどもう気付いたところでお仕舞いですけどね。けれどこれから起こる光景を想像すると、自分たちの罪深さに吐き気がしますよ」
「それと同時に、あいつらの抱えている罪の大きさが分かるだけだ」

 堂々とした会話ながら気付く人はいない、それに遅いのだもう何もかもが。
 その最初の始まりは彼らから五キロほど離れていた子供だった。突如として血を吐き悶え苦しみ始めたのだ、それをまるで引き金にしたように次々と子供老人問わず人々が倒れていく。それはまさに地獄絵図のようだった、国中に警護として派兵した兵士達ですら祭りの陽気に当てられて飲み食いでもしたのだろう倒れていく。倫理使いたちも同じだ、全員が食しているわけでは無いだろうが、ドラゴンが吼え誰もが笑って手をたたいていた大通りがいつの間にか人間達血を吐きもだえ苦しむ道に変わっていた。

 体力の無い老人や子供は次々と死んでいく、これに動転した者も血を吐き倒れていった。
 ばたばたと倒れて死んでいく人間を助けようと倫理使いが動き出すが、その前に商人に扮した兵士達が倫理使いたちを殺戮していく。

 ここに海晴の策が成功した事の証明がなされる。
 誰もが嫌がるといった理由だ、不満が出るはずだ。理性のある人間に武器を持たぬ人間を殺すなど簡単に出来るものではない、だが人質と言う理由があれば家族を殺されると言う恐怖があれば少しは背中を押せる。
 何よりこの国にいる人間たちは、自分たちの家族や友人を根こそぎ殺戮した存在だ。彼らに最早躊躇いは無いだろう。

 笑うように次々と刺し貫かれていく。最早生きる権限は彼らになかった、母親にすがり付こうとする子供の首が転げ落ちる。
 辺りの喧騒に怯える赤子が母親ごと刺し貫かれる、老人が自分の息子を盾にして生き延びようと足掻く姿があっても容赦なく命が切り落とされ、血の川が流れ始めていた。

 血の川を渡りながら二人は並んで歩く。あまり気にした素振りも見せないこの二人だが、海晴は思い出したように自分の持っていた四法の一つをルッスに渡した。

「いくぞルッス、四法をやる。継承を返してくれ、これが無いと賢者に勝てる気がしない」
「分かりましたよ、っていうかなんでそう重要なものを俺に渡すんですかね。と言うか四法があったほうが勝てそうなもんでしょう」
「信頼しているからだよ。どうだ世界に嫌われた男に信頼される男なんてなかなか絵になるだろ、それに継承のほうが勝ちは拾いやすい」

 渋々といった感じで四法を受け取ると、止まったついでに辺りを見回す。

「うわぁ……狂気しかないって感じですか」
「なんか宴だろうこれは、誰もが笑ってるぞ、死ぬ方も生きてるほうも。どうだ、裏切る算段でもついたか」

 そこにあったのは饗宴だった、海晴と言う人間を誰もが歓迎するように死んでいく。ただ何もいわず屍の道を歩いていく彼らは、その光景を観光風景のように指差しながら批評しあっているぐらいだ。
 最もその間も賢者の居るはずである道を目指して王城に向けて歩いている。死体を踏み歩きながらと結う一度海晴は子供の頭を踏んでこけた。

「しまらないですね、しかし冗談じゃないですよ。俺は頭を裏切らないだけですよ」
「言うなよ、ちょっと恥ずかしいだろう。けどこれが俺らしいんじゃないか、決めるところで台無しにされる」
「けれど今回はそう言うわけには行かないですからね。裏切らせるような真似しないで下さいよ」

 そんな光景の中で軽口を交し合う。
 二人の仲では当たり前の会話、二人を絡めた絆は最後の時まできっともつれたままなのだろう。
 ルッスの軽い返答に、真剣な声で海晴は答える。

 それさえいつもの風景だった。

「そう言うお前だからこそ信用にたるんだ俺は」

 だがここはかつて怯えて歩く事すら出来なかった大通りだった。しかし今はどうだ地獄のよう風景を肴に靴を鳴らしながら歩いていく。
 血の匂いが激しいが顰める事もせずに、この地獄絵図の世界を止まる事もなく大地を踏み鳴らす。

 今回の作戦はいたって簡単だ、国中を毒殺する。
 祭りと言う状況下で誰もが浮かれているからこそ出来る手法だ。あえて遅効性の毒を使い、その隙に大量の人間に毒を食わせ、飲ませる。だがそれでも食べない人もいるだろう、何より倫理使いが治す可能性もある。だからこそ弱っている人間を次々と刺し殺していく三千の兵士が居るのだ。

 食品を使っているのも、相手の飲ませたり食わせたりする為と同時に、食中毒と言う言葉を使って倫理使いたちを出動させ。居場所を限定させる為でもあった。
 ただの虐殺に過ぎないこの状況は、止まらぬ悲鳴を響かせ敵味方問わずを傷つける。それが心か体かの差はあるにしろ、間違い無くこの国は滅ぶことを決定されていた。

 レンガ造りの建物に小さな魔導機が大量に存在するこの国に、自分を貶めそれでも育ててくれた国にようやくの離別だ。
 少し物悲しくもあったがそれ以上に嬉しかった。もうこれで終わりなんだと思うと。
 いつの間にか彼の後ろについて歩いていた部族連合の長達、平民達の殺戮や一部貴族の殺害は完了したのだろう。青い顔をして居た者もいたが、勝利を確信して晴れやかな表情をしているものも当然居た。

 だが彼らを視界に入れることもなく海晴は歩き続け貴族街に到着する、まだ火災の跡が色濃く残る場所で自分のしでかした始めての地獄の跡をまじまじと見てあきれたように笑いようやく後ろを振り返った。

「じゃあこれからはルッスに任せるか。お前らこれからはルッスに従え、とりあえず賢者と勇者を殺してくる。そっちは全部任せた」
「分かってますよ、勝たなくてもいいから負けないで下さいよ。貴方はまだ死んでもらうには少しばかり早いんですからね」
「冗談だろう、お前の後ろにいる奴らは早く死んで下さいって目で俺を見てるよ。まー生きてたら会おうな、死んでたら埋葬ぐらいしてくれ」

 考えてみれば海晴とまともに会話できたのは本当にルッスぐらいのものだ。
 踝を返して前を向くと一瞥足りともせずに海晴は歩いていく、この世界に居る以上海晴は止まれば殺される、だからどれだけ自分の道が歪んでいても諦めずに前を向いて歩いていった。
 英雄と魔力も持たない海晴が戦うと言う事実は、ただ死にに行く様なものなのに気負った素振りも無い。

「さて、頭は負けませんよ。あの人は俺たちを裏切る事は絶対無いです、あんたらが裏切る事はあってもです。最も俺はあの人の敵になるのは世界に敵になるのよりお断りなんで、じゃあいきますよ引くも地獄、引かぬも地獄ならとりあえず前に出ないとやってられんでしょう」
「あなたは、あれでいいですか。死にますよ、賢者には敵わないですよ百万殺しでも」
「勝ちますよ、あの人だけは裏切りませんから。俺やあんたらと一緒にしないほうがいい、もう戦勝気分で裏切る算段のある奴らが、その口で騒がないでくれ」

 杖のような魔導機を方に抱えてルッスは貫くように睨み付けた。
 そこに居る指導者達全てを脅すように、海晴もルッスも知っている人は人を裏切らずには居られない事を、そして信じずには居られない事を、そして結局人を従えるのは力に過ぎ無いと言う事実も。
 その象徴である四法 蹂躙 は、あまりにまばゆく輝き彼らの命を脅かす。

「分かっている、だがあいつは殺すぞ、まだ殺すに決まっている」
「あーそれはないない、あんたらはこの結末を知らないだけだ。どうあってもここで終わる、最後まで黙ってみていろ役者が脚本に口を出すのはせめてベテランになってからなんだよ」
「私は憎んでいるが信用はしている、裏切る類の人間で無いことぐらいは、だがあいつの死はどうあっても私達の負けに繋がるのだぞ」

 大将は海晴だ、その認識は彼らにも植え付けられている。この時代と言う過去の世界ではまだ主権が王にある、そう言う時代だからこそ大将が取られれば負けなどと言う思考が出てくるのだろう。上のすげ替えが聞くような代物では無い時代である。
 だがルッスはそれを聞いてもあきれたように首を振る。

「何考えてるんだ大将は俺だろう、ちゃんと俺に任せるといっただろうあの人が、あっちは私闘でこっちは戦争だ差は大きい。あれは大将じゃない俺が大将、つまりは俺が死んだらお仕舞いだ」
「あ、あれほど、あれほど簡単に任せていいものなのか」
「当然だろう、あの人はこの国の最大切り札である勇者と賢者を潰すって言うんだ。たった一人の魔力無しをあてがうだけで止められるなら、これほどありがたいことは無いんだ、一番理不尽なところをあの人は受け持ったのさ」

 ルッスの言葉の後に告げる言葉を持つ存在たちは居ない。
 ただまだ幼い指導者の一人が、目に涙でも溜めるようにして彼を見る。

「私達はあの人を犠牲にすることでしか勝てないんですか。それはあまりに私達のエゴが通り過ぎるというものでしょう」
「いや、今の一言があれば十分だ、あの人はその言葉が欲しくて生きてるようなものだからね。だが今もし頭の為になる事があるなら、自分たちの職務を全うしてはせ参じる事だけですよ」

 そう言うと杖を一度横に振る、それだけで数名が一瞬で死亡する。貴族街にいる人間だ、それなりの装備を持っているのだろうが、四法と言う兵器の前には容赦なく殺されてしまう。あまりに使い勝手のいい殺戮の武器にルッスは目を丸くしてしまうが、それを許すまもなく矢継ぎ早に護衛の人間達が溢れていく。海晴が相当数の貴族を焼き殺しているはずなのに沸いて出る様に、戦争がようやく始まった事を認識させられた。

「だからここが俺たちの分水嶺だ。ここで勝たなくては、裏切りも何も出来ずに終わる、一人で国を落とせたんだ、三千に出来ない事は無い。負けてる暇があったら勝ちにいくぞ」

 こんな物言いをするとまるで自分が海晴になったように思えてルッスは笑ってしまった。
 今場内では勇者が召喚されようとしている、その護衛は残念ながら少なくは無い。だが賢者が警護としてかなりの数出したため、多くは無いのだ。それでも仮にも四法使いである海晴が負けるとは思えない。
 彼は既に魔力が無いながらに四法を使いこなしている。

 その信頼がある中、存在自体忘れつつあった酷く懐かしい再会をしていた。

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