十六章 夢と呼ぶにはあまりに重く

 いつの頃からだろうか、井戸から酷い匂いがしたのは、けれど不全なほど彼らにとっては当たり前の匂いのようで、やはり気にもせずに飲料をしていた。
 そしていつの頃からだろうか、人々が死に至る病に感染し始めていたのはいつの頃からだろうか。それが当たり前のように人に移り悲劇を作り出したのはいつからだったのだろう。

 彼らはまだ気付かない、過去の幻影の存在の憎悪の限りを全く知らないのだ。あれほど怯えたはずの死者の怒号を彼らはいつの間にか、過去のものとしていた。噂として流れた殺人事件で怯えていたと言うのに、彼らは過去にしてしまった。

 屍と変わろうと努力する彼らの前を堂々と歩いていく、海晴の姿があった。それはかつて彼らと彼の立場が逆転してしまった証明だろう、病気にかかるかもしれないのに悠々自適に歩き続けている。屍ばかりの世界の一人の生者であるのに、まるで人とは思えない愉快痛快な悲劇が目の前に証明されている。人を殺す、そのためだけなら何でもしてきた彼は、一つの世界の崩壊を作り上げた。

 ここには世界があった一つの崩壊が、そしてこれは別世界への選定だろうか。人々は死に絶え救いの悲鳴を上げる、だがその声に誰も感じる事もないのだろう、ただ薄く流れる一人の異世界人の泣き声とも取れそうな笑い声が、この世界にある死への恐怖以外の感情だろう。何しろほかは全部が終わりへの道だ、死への恐怖を紛らわすために怒りに身を焦がす者もいるが、全部が死と言う名の衝動から来ている。

 その中で不釣合いなほど、その衝動に飲まれていない声があるとすればそれが甘里海晴と言う人間だけだった。
 死体の溢れる道を我が物顔で歩いていく、自分の行なった惨状に最早笑う以外の動作が出来ないほど彼は、効果的に人を皆殺しにしていったのだ。それはまるで悪魔の所業のように見える、普通こんな作戦は思いついても出来ない類の代物だ。

 罪悪感だけで心を押しつぶされる。これは世界がまだ完全な魔導機整備を行っていないからこそできた罪、数千年もかけて現代の知識以下だからこその異世界の力だ。

 ちょっと歴史を齧るだけでこんな事ができる。高校生程度の力があればこの世界は滅ぼせる、人の力はそこにあるのだろう。
 こんな知識は現代では、役には立たないキチンとした水道設備や下水設備によって、こんなことにはならないように作り上げられている。知識と言う地盤を侮辱し魔導に逃げた世界、人にあまる事はできても、人のままでの力が行使ができない世界だ。
 だからこそこの国に倫理使いと言う名のイレギュラーが殺されたのだ。彼らなら理不尽にこれを治せる、だからこそ彼は希望をへし折った。

 気付かぬように、気付かぬうちに、当たり前に堂々と彼らの生存権をねじ伏せた。
 そしてこんな地獄の都に人々は来ない、清廉潔白な倫理使いほど罪業の民が死んだところで神の御意思であると想っているのだろう。救いの手は伸びる事は無い、国としても賢者の出した法律が彼らを癒す事はないのだ。
 命が都合よく消えてくれるのに、彼女がそれを止める理由がないのである。喜び半面なにをしでかすか分からない爆弾に戦々恐々としているようだが、それでもこのどう考えても災害といってもいい暴挙に、感謝さえ彼女はしていただろう。

「約束を守りにきたぞ、約束を守りにきた。あの約束を守りにきた、ちゃんと生きていてくれたんだろう俺の為に」

 ただ連呼される言葉、響くのは彼の言葉と悲鳴だけ。けれど死の恐怖の前には彼の言葉など響かない、怒りの感情を持つものさえも彼に近付く事ができない。
 それはきっとあまりに自然な動作で彼らを皮肉っていたからだろうか、それともただ純粋に約束を守る為にここまでする男に怯えたのかもしれない。
 
 本来彼の作戦はこうじゃなかった、狙ってはいたが彼らを死肉喰らいの獣として、賢者に殺させる狙いがあったのだ。どちらに転んでも彼にとっては問題なかった、だからこその手管、どちらにしろ国を滅ぼす自信があった。倫理法のお陰で発展する事のなかった医療と言う名の学問の偉大さをまざまざと見せ付け、対処療法も知らない彼らは抵抗さえ出来ずに殺していく。

 国と言う単位をあまりに甘く見ているとしか思えないほど、容易く滅ぼすと言う思考を紡ぎだす。
 そして実行すると言うその煉獄のような感情、かつて大盗賊と契約した約束なんてものは彼にとってはもう意味のないものなのだろう。そもそもその落とし前だけは彼はきちんとけりをつけている、でなければ捕まっても何も抵抗をしなかったはずはないのだ。
 だからこそ後顧の憂いも一切無い理不尽な暴虐が許される。それを大盗賊が許すかどうかは別問題なのだが、それは言及するに値しないだろう。

 何しろ彼は海晴からすれば約束を破っているのだ。「組織のものには優しくしてくれ」と言っていた、だが結末はどうだろう。
 あの奴隷の兄妹は殺された、そして妹は公然の元に殺されているのだ。止めるべき力のある男は、何もしなかったそれだけで海晴からすれば万死に値する。あの二人も彼にとっては組織の一部だったのだ。

「だから容赦しないあの約束をきちんと守ってやる。もう裏切りなんてお断りなんだよ俺は」

 裏切られ、阻害され存在ごと否定されるためだけに生きてきた彼にとって、自分からかける信頼を裏切られる事ほど無残な事はないのだ。だからこそルッスにさえあれほどの脅しを加えた、裏切りだけはどんな事があっても許さない。
 許してはならないのだ、結局のところ裏切られ、見捨てられる人生だったからだろう。自分だけはそうしないと誓い、約束した言葉を意地でも守ろうとする辺りも彼らしいが、だからこそ約束した相手にもそれなりのものを要求する。

 約束を破る異常は相当の対価を彼は要求する。ある意味それは今回の行為を見ても取れるだろう、彼はその内に秘めた炎を吐き散らかすように、ここまでの行為を平然とやり遂げた。ここには当然のように関係ない者達もいた、約束とは一切関係ない別の人間もいたのだ。しかし一切合切は大自然の暴威の如くなぎ払われるのだ、しかも彼の狂気はまだ終わっていない。

 それは怒れる人の一人だった。
 彼は名前も知らないたった一人の怒れる人に囁いたのだ。「大盗賊は倫理使いを囲っている」と、下劣極まりない発言が口からあふれ出す。本当に無残な一言だった、それがどんな事を生み出すか理解しているからこそ余計に悲惨な言葉であった。

 これからどうなるかある程度予想がつくことだろう。それは数ヶ月前に海晴自身が奴隷の子供に受けた行為と同じだ、ごく一部の情報をあえて漏らし本来ある事実を誤認させる。怒れる人はどう感じるだろう、大盗賊が倫理使いを囲い自分だけ生き延びようとしているように見えてもおかしくないだろう。

 その事実が彼らを救う為に必死になった彼の成果だったとしても誰も信じない。
 人とは絶望に陥った時には、常にマイナスしか見ないのだ。その後ろの思考を常に考え、悪い方向へと持っていく。ここは犯罪都市と呼ばれた犯罪者の国、ことそういったものに関する場合の想像がマイナス方向であったとしても仕方ないのだ。
 まるで思考そのものが呪われたように鮮烈である。これは今まで彼が経験したことの応用だ、一人ひとりに違う情報を与えていく。

 「大盗賊は倫理使いを囲っている」「大盗賊は自分の城に引き篭もっている」「倫理使いを貸して欲しければ、組織を明け渡さないといけないらしい」と言った。ありもしない情報や本当の事実を、織り交ぜて彼は語っていた。
 海晴の狙いはただ一つだ、こんな事をして起こるのは一つしかない。伝染病による死の恐怖、そして虚実入り混じった情報の結果、冷静に思考できないときに、そんな情報が加われば起きる事は明快に現れる。

 だがそれでもこの都市は大盗賊の作ったもの、彼のことを信頼している人間達もいた。
 そういった人物達が止めていられるうちが花だった。どこかの情報で「大盗賊の部下だけは伝染病にかかっていない」と言う情報が出始めたのだ。この情報により彼らは狂い始めた、当たり前のように信頼が崩れ狂気が彼らを支配し始める。
 そんなありもしない情報に踊らされるほどに彼らは追い込まれているのだ。

 話をしている間に家族が死んだものも居る。そういってまた一人ひとりと人が死に絶えていく。我慢できるはずが無い、彼らには生き残る可能性が芽生えたのだ。
 何よりも甘美な生への執着と言う、人間と言う名の動物らしい本能に一人一人と理性を押し出されていく。押さえきれない死への恐怖が彼らを一つの方向に駆り立てていくのだ。

 自分の膝元ではこんな事が起こっているともしらない大盗賊は、必死になって倫理使いたちを集めていた。
 国中の倫理使いが殺され仕方なく彼は他の国から誘拐と言う形で、倫理使いたちを集め治療に廻していたが、それでもそれ以上の速度で人が死んでいく。そして治っても病気がまた彼らを苦しめる。はっきり言ってどうしようもない状況だった、そんな中倫理使いたちも力尽き動けなくなっていくのだ。

「畜生、このままじゃ俺の国が終わっちまう」

 そんな彼の万感を篭めた言葉は、民衆達の怒りによってどう足掻こうと押し流される運命にある。
 感情を発散しながらどうすればいいかを部下達と話し合うが、いい結果など出てくることは無い。その間に溜まっていく膿を彼は気付く事さえ出来ない、必死にこの国を守ろうと考えていたとしても、それが彼ら以外のものに伝わる事はないのである。

 一言でも助けると言う言葉があったなら違ったかもしれないが、必死になっている人間がそんな事を考えている余裕があるはずも無かった。ましてや国家運営など出来る人間で無い大盗賊がその点を見逃したとて何の落ち度があるだろう。

 ただ海晴はその誤差を見逃すつもりがないだけだ。

 それは病気となんら変わりない気付いてみれば重症だたと、大盗賊にとっては当然知りえない事実のように、爆発した感情の発露が人に向かったのだ。門を破る激しい音が響いた、それが地響きのように巨大な大盗賊の城を揺さぶる。最初何事かと誰もが驚いた、それから数分後に入る知らせで何もかもが終わりに向かっている事を会議場の誰もが理解した。

 それは暴動、知らない何かに感情を暴発させた民衆の怒りが王に振り下ろされた瞬間だ。

 響いた音はまるで一つの世界が崩れる音のようにも思える。狂った人の波は、魔導機や魔法をつかえない人間たちを次々に、押し流し皆殺しにしていく。かつて数の暴力に痛めつけられた男だからこそ出来る行為だろう、人間とは数を頼むだけで凄まじい破壊力のある力になるのだ。内部まで壊れてしまった国に再生する術などは無い、次々と大盗賊の部下を蹂躙しながら、人と言う名の破壊は繰り広げられていく。

「どういうこった、何でこんな事が起きるんだ」
「分かりません、ですがどうしようもないぐらいに我々は追い詰められています。もしかするとお腰の物を使う必要があるかもしれません」

 それは四法と呼ばれた魔導機だった。名を根源王法 感情 の分かれ 蹂躙 と呼ばれる武器だった。
 その名の通り蹂躙するためだけにある四法であり、手に入れた大盗賊でさえ使う事が稀と言う禁忌の武器であった。ただ自分の信頼する部下が次々と殺されるなか、彼は決断しなくてはならなくなった。

 きっと感情の差異が招いた悲劇なのだろう、倫理使いをリスクがあってまで手に入れて国を戻そうとした大盗賊。それでも目の前の人間が死んでいく中、その事実に耐え見れなくなった民衆。そしてその感情の誤差を当たり前のように見抜き、悪魔のささやきを呟いた海晴。

 その結果は見るも無残だったと言っていいだろう。守りたい者を殺す大盗賊、こんな悲劇のような茶番劇はお目にかかれる物ではない。
 体をひしゃげさせて死ぬものも居ただろう、もしかするとそれ以前に動いている途中に病気で死んだものも居たかもしれない。ただ暴動は殆ど当たり前のように大盗賊によって終わりとされるただそれだけだ。

 しかしその数が問題だった、次々に襲いかかる人の数は戦争なんて比較にならない量だろう。絶え間なく襲い掛かる人の波を彼は蹂躙していく、それは心の折れるような行為だ。いつ絶望に武器を手放しても誰も否定できない、滂沱の涙を流しながらそれでも人を殺す大盗賊は、あまりに滑稽な道化のように思えた。
 
 それはまるでこの都市が一つの思考に操られているようだった。誰も彼もがだた一人の人間の思惑によって動いている、そしてぱたりぱたりと死んでいく。それは儚い人間の人生を丸ごと蹂躙しえ居るような傲慢さだ。
 けれど気付かない、本来なら意識しても当然である事実に彼らは目を背ける。お互いが既に引っ込みがつかなくなったのだ、あっちは殺しこっちは殺し、結局どちらも殺しているのだ。一人の死をいつくしむ為にまた数人が死ぬ、それを繰り返しているうちに誰もが死ぬだけ。

 涙を流しても変わらない、血の涙を流そうと何も変わらない。

 ただ一人の人間の手の中で踊るさまは、あまりにも無残で悲劇的だっただろう。血みどろの喜劇を作り上げても、彼らは止まらなかった当たり前のように殺されていく人の中に、誰もが死ぬだろうこの血だらけの行為に何の意味があるのか慟哭を吐き散らかしたいが、誰一人そんなことも出来ずに死んでいった。

 ここは犯罪者達の楽園のはずなのに、彼らはそれでも死んでいく。

 呪詛のように大盗賊に、紡がれる言葉は彼の心を蝕み武器を振るう力を失わせる。「お前の所為で」とそんな言葉が彼を殺してく。
 助ける為に必死になって自分を殺してきた彼に対して本当に無体な言葉だろう。だが与えられた漠然とした情報だけで、彼らに対して全ての罪業を押し付ける、伝染病が起きたのも大盗賊の所為、自分たちの悲劇も大盗賊の所為、人の所為にするのは本当に簡単で最も容易い逃避だ。

 そしていつしかその言葉は人の心を蝕みしても居ない事実を、まるで暗示のように彼に刷り込むのだ、お前の所為でこんな事になったと。それは途方も無い数の暴力だろう、ただの暴力の倍ぐらいには恐ろしいのだ。振るう武器のキレが失われていく、彼は怖かった人の悪意が、集団で襲いかかる亡者の破滅が、だけど何も変わらない。

 死の恐怖が結局のところ、彼を殺戮へと駆り立てていた。

 どうにもならないのだろうこの国は、それは確信できた自分が死ぬか、この国が滅びるかの選択肢しかもう与えられていなかったのだ。

「畜生、畜生、あの野郎はここまでやるのか。約束を破るだけでこうなるなんて想像もつきやしねぇ」

 だがそれをするのが彼の敵だ。
 言ったはずである彼は「覚えていろ」と「殺してやるから死んでくれるな」と、彼らに願ったではないか。

「失敗したのか俺は、だがあれを止めるのは俺の力じゃ無理だろうが」

 逃避に近い思考、だがそれで許されるようなら人生は甘く作られすぎだ。
 吐き気を模様押しながら武器を振るう、逃げ出したくてならないのに、自分の部下達の為に必死に戦いぬく大盗賊。だがそれだけで悲劇が終わるはずがなかった、彼の城から火の手が上がったのだ。
 それは瞬く間に城を囲い燃え上がる、一瞬にして火の牢獄が完成した。

 あらゆる場所から逃げる事がこんなんになりつつある。死体と言う死体に火が引火して更に激しく燃える、だがこれは明らかに人為的なものだった。油を大量に撒いたのだろう、不自然な燃え方をしている。そのことに気付いた時、一人二人と行動を止めた。
 大盗賊もその一人だ、それと同時に感じたくも無い嫌な汗が自分に流れるのを感じていた。

 作為的であるとするならどこまでが、彼の仕業であるのかと。見えない手が見えて余計に彼は恐ろしくなった、人の心を巧みに操る悪魔のように思えたのだろうか。だがそれは本当に彼にとっては恐ろしかった、自分の所為で作り上げてしまったのかもしれない人間が、いや人間がここまでのことができるという真実が恐ろしかった。

 火は彼が殺した人間達を焼き払いながら更に火勢をあげていく。瞬く間に生者問わず燃やしつくし、城であったものは激しく燃え広がっていた。その中に居る人々は次から次へと火に焼かれ人の形を失っていく。

 煉獄地獄の有様だ。体中を火に焼かれ、耳を塞いでも襲い掛かる悲鳴に、生きている者は吐き気を催し動けなくなる。それは亡者達の生への賛歌だ、生きているものたちに対する憎悪が篭った歌声、耳を塞いでも心にしみてくる生きることへの渇望だ。四法を使い必死に自分の救えるだけの存在を守ろうとする大盗賊だが、この賛歌に心が折れそうになる、全員救いたいと願ってしまう。

 けれど無理である事も既に彼は確信していた。自分は英雄じゃなくて所詮は盗賊の頂点と言うだけ、奪う事はできても守る事は苦手であると言う事も、それでもまもりたいと思ってしまった。それが彼の心にある王としての願いなのだろう。

 しかし無常にも炎は全てを奪い去る。
 彼の作り出した力場に入れてくれとすがりよる亡者達、だがもう救う事はできない。彼らはもう死ぬ事しか選択肢を与えられていないのだ。心が膿んだかのように、自分の汚さを理解させられる。それはきっと彼が望むべきものでは、断じてないのだろう。

 瞳から涙が溢れていく、それはまるで彼の心の中の膿だ。どれだけ彼の意志が崇高であろうとも、救えるものだけ救って今この場で苦しんでいるものは、誰一人救えていない。

「すまねぇ、本当にすまねぇ、これは俺の失態だ。だからよぅ、俺は絶対にこの首謀者を殺してやる。だから憎まずにいっちゃくれねぇか」

 そして彼の死に行くものへの謝罪。しかし助けてくれとしか彼らは言わない、そのたびに溜まる膿が彼の心の深く傷つける。その感情の吐露なんて誰も願っては居ないという証明だろう、だがそれでもだ、それぐらいの事しかが自分は出来ないと彼は思っていた。
 ここで一緒に死ぬと言うせんたしくもあるかもしれない、だがそれではこの地獄の張本人はのうのうと生きてしまうだけになる。それだけは彼も許せるものではなかった、どれほどの恨み言を言われても、海晴がのうのうと生きることだけは彼は許さない。

 感情の高ぶりが魔導機に力を与えたのか、更に力場は強くなりより強固なものへと変わっていった。
 彼の中にはここで死んだ総勢十万近い、大盗賊はその死を全て受け持ち復讐すると誓ったのだ。だからこそここで彼らを見捨てる、完全なまでに殺すことを彼は決めてしまった。それからは涙を流しながら死に行くものたちを見るだけ、それが彼の心に更なる強さを加えることだろう。

「殺してやる、あの野郎だけは殺さなくちゃなんねぇ。俺たちの国を滅ぼしたんだそれぐらいの事してもらわなくちゃこっちの腹の虫もおさまんねぇ」

 それから火が収まるまで彼らは必死に耐えた。
 力場によって火を避けながら出口を探したのだ。彼の消費は相当なものだっただろう、本来の四法の使い方をしていないのだかなりの消耗があったとしてもおかしくない。出口に辿り着いた時、疲労のあまり歩けなくなっていたほどだ。
 それでもここから始まる復讐に彼は心の炎を焼いていた。だが理解していなかったのだろうか、海晴と言う男は伝染病を撒き散らし、暴動を起こし、国中の殆ど人間が城に襲い掛かったところに火を放つような男であると言う事を。

「逆にここまで予想通りだと驚くよ」

 次の瞬間、大盗賊の部下は全てが死んだ。
 頭が地面に転がり、鈍い音を立ててしたいが転がってゆく。血の雨が大盗賊に降り落ちるが、既に立つことすら危うい彼は、ようやく海晴がなにを考えていたかを理解する。ここまで回りくどい戦いをしたのは、大盗賊の四法が恐ろしかったからだ。
 彼が四法所持者と直接戦っても勝てる可能性はゼロだ。だからこそここまで消耗させる必要があった、心と体のどちらも衰弱させる必要があったのだ。彼はこの機会を待ち続けた、この犯罪都市と言う国が滅びる瞬間だ。

「畜生、何でここでお前が出るんだよ」
「そりゃ当然だろう、お前が約束を破ったからだ。あいつらが俺が謝らなければいけない人を殺したからだ」

 その原因はお前だからだと言う。
 あくまでこれは復讐だと言う彼、それでこんなことが起きるのだ。感情の発散のさせ方をまだ知らない赤子のような彼だからこそ起きる悲劇、悔しさのあまり彼は体を震わせ怒りを表現する。だが長時間の魔導機の使用で指先一つ彼は動かせなかった。

「守れない約束なんか最初からするな。無駄な希望を持たせて、絶望だけなら慣れてるんだよ」
「うるせぇよくそ、お前がこの国に来なければ」
「お前が裏切らなければこんなことにはなってないだろう。人の所為にするな、俺とお前の責任だ」

 次の瞬間決別が大盗賊の体を切り裂いた。苦悩の表情のまま逝ってしまった男は、この犯罪者の楽園の終わりを告げているのだろう。

「さて、ルッスもそれなりに駒を集めてるだろうし、一度集まるとするか」

 四法の蹂躙を死体から奪い取り、この都市から去る彼の姿。この都市に居る全てのものが死んだわけじゃない。だがそれでもここに生きている人間は死んだ、それだけのダメージを負わされ心を砕かれている。
 そして海晴の呼び名がいつの間にか百万殺しと呼ばれるようになるが、それは仕方のない帰結なのだろう。彼はそれだけの事をして、それだけの恨みを買っている人間なのだから。

 そしてこの都市とは別の国の話だ、とうとう彼女達の望みがかなうときが来た。合計にして数十万の命を殺した結果だろう、とうとうそれは起動する。この世界を救済するための最後の兵器である救世と言う名の武器が目を覚ますのだ。

 この世界で賢者のためだけに行なわれる、勇者召還の儀は今まさに始まろうとしていた。
 

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