十四章 語る夢さえおぞましく

 一つあれば大体終わる。
 人なんて生涯に一度それを見つければ、出来る出来ないにせよ、人生の終りまでそれは付きまとう。
 それを欲望といったり、綺麗に夢といったり、野望といったりするのは、どうでもいいが、それが結局は最後の最後まで生涯の原動力になるのは、実はどんな人間でも変わらなかったりするのだ。
 だがそれが全て美しいとは限らない、時としてそれは屍の上に語られ、弱者の涙によって完遂する。だからこそだろう、目的が大きければ多いほど、決まってその代償は膨大なものになるのだ。

 海春にしろ、賢者にしろ、どちらも結局はその代償を必要とする夢だったのだ。
 しかも他者への犠牲を必要とするもの、だからこそ彼らは願いの差こそありさせすれ同類なのだろう。

 死体を食い荒らし人間への変貌を遂げる事を願う死体のようなものだ。
 二人はこれからまだ殺す、この世界にとっての悲劇はこうやって完成して行く。どちらもが力を手にし切っ掛けを手にしてしまったのだ。ただ二人だけが望む悲劇は、あらゆる希望を飲み込み消し去って大きくなって行く。
 ただその火はまだゆっくりとした物だったかもしれない。しかし木を燃やすように、最初は燃え辛くとも一度でも火がつけば、消えることも難しい火種に変わるのと同じ。今はその段階に過ぎないのだ。

 犯罪王の住まう国に、一つの不穏な空気があふれ出したのはいつの事だっただろうか。突如として行方不明になるものが増えてきた、そんなことこの都市ではよくあることだから最初は誰も気にする事はなかったのだが、そのペースがいつしか二十人三十人と増えていったのだ。これがただ事じゃないと思ったとき、既に行方不明の人間は三百名を超えていた。

 人々は口々に、アレが帰ってきたと本気で思った。
 当然だろう、彼は鎖から解き放たれこちらに来るとまで予告していたのだ。そして何より復讐の引き金はきちんと引かれてあった、この国の人間全てにとうの昔に宣戦布告している。殺すと、何度でも宣戦布告するように告げていた、誰もが一人の人間に怯えていた。
 まさか誰も帰ってくると思っていなかった存在だ、賢者に殺されるはずの人間が何故ここにいるのだろうと誰もが怯える。

 だがそれはとても仕方の無い事だ、彼らが一番最初に海春の危険性を知った筈だ。口々に彼らは言っていた。あの男が殺しに来たとだが姿が見えない。
 この国は一人の人間に怯え続けていた。誰一人彼がどこに居るかなんて知らないのに、誰かが彼を匿っているとさえ言っていたのだ。その対象になったのは彼のかつての部下たち、吊るし上げられ拷問に掛けられ殺されたが、知らない者たちが口も開けるわけも無く、依然彼の姿を見るものは居なかった。

 見えないと言うのはそれだけで恐怖だ。
 いつ何をしてくるかわからない、いつ殺されるかもわからない、こんな感情のまま生きていけばいつか均衡が崩れて恐慌が起こる。

「なんか訳の分からない付与効果がついている様な気がするんだが」
「頭ぁ、自覚症状なしでやったんですか。どちらにしろこんな事はこそこそとしか出来ませんから、丁度良いって所でしょうか」

 しかし彼はそこまで考えていなかった。
 ただここに居る人間全てを殺したいからこそここに居るのだ彼は、その為に行動しているのだが、どうにもこうにも自分の名前が広がっているような気がしないでもない。
 自身の影響力を気にした事が無いのだろう、聖人殺しに千人殺し、挙句の王城崩しとまで来ている。
 こんな人間の影響力はある意味英雄と変わりはしない。そしてそれだけの事を行った人間が、彼らを殺すと叫び散らしてこの都市を去って戻ってきたという。いつこの都市から人が消え去ってしまうか分からないのだ。

「けど死体を井戸に投げ込んだり、下水に投げ込んだりと、一体何がしたいんですか。こんなことをしても都市の人間は死にませんよ」
「ああ、お前は分からないか。ならお前は一緒に居ないほうが良いかもしれない、それにお前を裏切ることにもなるかもしれないしな」
「え、どういうことですか頭」

 この作戦は極めて簡単な作戦だ。
 しかし内容を語ることもせずに、ルッスを使うべきか悩んでいた。彼は唯一の仲間をこれに巻き込むべきなのか必死に思考をめぐらせ少々表情が硬くなる、。
 少なくとも彼にだけは、自分の謝罪するべき最後の一人だ。この作戦に巻き込むのは少しばかり気が引けた。

「そんな内容の作戦だと思ってくれ。後だ、どの国でも良いから仲間を集めてくれないか、どうせ部族戦争で負けた奴らは獅子の国以外にも大量に居るだろう。同族を殺した人間に復讐したいはずだ、そのためなら俺の名前を使っても良い。捨て駒を用意してくれ」
「教えてくれないならかまいやしませんが、本当に殺す気でいるんですね頭は、よくあれだけの狂気に一人で立ち向かえますよ」
「仕方ないだろうが、何をしても生きていけないんだ。真面目に生きても何処かで世界の誤差が俺を殺す、家族でさえ俺を認めないんだ。ひっ捕まえてまぶたを開かせて強引にでも見せるしかない。その為なら英雄でも、世界でも殺すしか選択肢を持たなかったんだ。誰でもそうなる素養はあるんだ」

 自分だけじゃないと笑いながら語る。
 グラスに入れていた豆茶を飲みながら、そんな事を語る二人は堂々と犯罪都市の酒場で話し合っていた。ばれても四法を使えば虐殺ぐらいは出来るのだ、それを理解してのこの行動だろう。
 それに誰も彼らがこんなところに居るとは思わないだろう。気づけば殺して行けば良いだけだ、そのつもりだからこそここまでどうどうとしているのだろう。

「俺にゃ分かりませんよ、そこまで追い詰められた理由も何もかも。頭はどうも誰もがそうなる素養があるといいますが、素養はあっても開放は出来ない、きっと何かしらの要因が頭にそれを覚悟させたんでしょうがね」
「そりゃそうだ理不尽が押し寄せてきたんだよ、この世界で生きることさえ許さないって具合にな。そしてその波に飲まれてたら、次はあいつらはなんていったと思う。何で生きてるのかとかほざいたんだぜ、それに俺は何も答えられなかったのさ、そしたら気付いたらこんな風に自分が変わってただけだ」
 
 だからようやく気付いた生存理由は、彼にはこれしかなかった。
 自分が生きていけない世界と、自分を認めないものを認めない、本当にそれだけの理由だった。死にたくない、まだ誰にも生きていて良いと言われた事が無い彼が望んだ唯一の望みだった。

「もっともだ、今やってる事が正反対である事ぐらい知っている。だがそれでもこの二つの国は、どちらにしろ俺を認めない。そうなれば戦争しかないだろう」
「冗談じゃねーですよ、たったそれだけでアレと立ち向かえるんですか。つまりこういうことでしょう頭は、誰でも良いから心の底から生きていてくれといってくれる世界が欲しいって事ですよね。どれだけ高望みなんですか、あんたはこの世界で一人として生きていて欲しいと望まれる人間じゃありませんよ」
「分かってるよ、けどな俺もそう言われた事が一度はあったんだぞ。たった一度だけかもしれないけどな、壊されたよ、この世界にすべて壊された」

 ルッスは震えた、彼が狂った理由はそこかもしれないと、そして何よりもうそれさえ諦めているくせに、必死にそれを願う彼の姿が、余りに歪で現実という名の世界の残酷さに身震いがした。
 何をしても報われないからこそ牙が剥かれたのだろう。お前だけは許さないと、空に大声を上げるようなものだ、無意味だというのに自分の居場所を求めているだけだ。多分本来は、誰にでも優しい少年だったのだろうが、報われることさえない。

「俺が無知だった所為かも知れないけどな。自分で自分の世界を最初は滅ぼした、そしたら別の世界が俺を殺しに着たんだ。その世界の侵略を受けいれたら、また次の世界、そしていつしか諦めていったら、いつの間にか抵抗してただけだしな。だからこそここで俺は引き下がれない、引き下がったらもう殺されるしかないだろう」
「確かにそりゃそうですが、俺も頭は嫌いですよ。絶対あんたは人間じゃない、どうしても同じ傷持ちとは思えない、だが少なくともここで生きてる奴等よりは嫌いじゃないんですよ」

 だからこそフォローでもなく彼は自分の心を告げる。
 その言葉に一礼する海春の動作に、目を丸くしたが少なくともそれが彼の感謝の示し方だった。

「そりゃありがたい最高の賛辞だよ、本当にありがたい賛辞だ。本当に涙が出るほどありがたい、だがまだ涙は流さないと決めてるんで勘弁してくれ」

 おどけて見せるその態度に、彼は本当に驚いた。
 あの程度の皮肉を感謝とする人生を送ってきた彼に、聞けば聞くほど自殺しても不思議ではないし、何処かで線が切れても仕方の無いこと程だ。だからこそ逆に彼は狼狽した、皮肉のつもりが感謝で返されるのだ。
 照れる彼を大きく一度海人春は笑う。今思えばこうやって笑ったことも少なかったかもしれないと思いながら、さらにもう一度笑った。

「はははっは、っはははははは、なんだよその顔は驚くな。本当に嬉しいんだ、生きる事さえ認められなかったときに比べれば絶対に今のほうが幸せだ」
「それを幸せって相変わらずあんたという人は、口から出される言葉が全部が暗いですよ」
「そりゃそうだ、けど幸せなものはしかたないんだよ。結構俺みたいな立場に追い込まれた人間の求めるもんなんて大した事じゃないんだよ、ただどうしてもそれをかなえるつもりがあるだけの話だ。ただこの世界に俺が知るだけでそんな事を考える人間が、俺を含めて二人居ることが問題なだけだ」

 この話はこれでおしまいと、会話の流れをたち次の話題に変える。
 それと同時に二人の表情は険しくなった。つまりこれが話の根幹だからだ、賢者の願いは一体なんだと、英雄の地位を血に濡らしても欲しかったものは一体何なのか。

「国」

「それなら彼女が本気になれば革命でも何でも起こせるから違う」

「国を使っての世界統一」

「ちがう、それも彼女の力があれば大陸ぐらいなら力尽くで奪える」

「これ以上は浮かびませんよ」

 ルッスはお手上げと二つの案を軽く棄却する。
 賢者の発言力自体は、大陸中に渡るどころか他の大陸の住人さえ彼女を警戒しているのだ。いまさら世界統一する理由が何しろない、だからこそ海春は同類の観点から考える。少なくとも切っ掛けは自分であるのだ、マイゼミを彼が殺して人を焼き殺したのが切っ掛け、最初の殺人から彼女に関係あるのはマイゼミの殺害。
 そしてその結果起きる事は彼女が一人であるという事実。

「ルッス聞くが賢者に家族はいるか、マイゼミの父親や彼女の親だ」
「いないですよ、確か彼女は教会の倫理使い集めの計画で孤児院にいたはずですから。そして夫は勇者です、これも元の世界に戻ったので天涯孤独って奴ですね」

 単純な理由で命を大量に必要とする物は、この世界で常識的考えて一つしかない。
 憶測の段階を出ないがいくつかの確証が在る。この世界で命を必要とするようなものは、魔動機しかないしその中でも相応の代償を必要とするのは、根源からの初めての別れである王法だけだ。 

「憶測の段階だが一つの可能性があるな。賢者の目論見は、なにかしらの王法を使った行動だ、確か現在あの国が保有する王法は、救世に天上と感情に武器だったな。そしてその中であの女の孤独という部分に引っかかるものだ」
「さすが学園優等生にして四法取扱者だ。ってこの中の王法で彼女の孤独を解消するものですよね。考えるまでもありませんね救世を使った何かですよね、けどアレって今休眠状態でしょう」
「そこでだ、考えられることは王法の救世は、最強の魔動機だが代償があると考えたらどうだ。それが大量の人の命という名の魔力だろう、これで異世界から来た勇者が魔力もなしに魔動機を使えたかの理由も分かるわけだ」

 彼女の状況と、今の現状から考えられる彼らの解だ。
 そこからある一つの思考が浮かぶ。救世の軌道の為に命を奪うだけなら分かるが、そんな事をしたところで別に意味があるはずもないのだ。救世は命を救うが、蘇るなどという事は出来ない、だが思考するまでもなく一つの考えが浮かぶ。救世を使うには、それ相応の使い手が必要なのだ。

「つまりだ、賢者の狙いが勇者召喚の儀で前の勇者を呼び出す事だとしたらどうだ」
「それしか、今のところ考え付かないですね。他の可能性は全部、頭からしたら意味がないようですし、簡単で単純な内容のだからこそ必死になってかなえようとする。本当に変わらないですよ、賢者も頭も結局どちらも孤独が怖くてたまらないから必死になってるだけでしょう」

 部下の言葉に頷く彼は、やはり自分の境遇というものを理解してしまったのだろう。
 誰かに認められたくて、必死に世界と抵抗しているのだ海春は、賢者も一人が怖くて勇者を願った、代わりはしないのだ二人とも。

「理解してるさ、けどなあいつが願いを敵えようと敵だあいつは、同類だからこそ拒絶する、同属嫌悪って奴だよ憎くて仕方ない。俺もああだと思う吐き気がする」
「まさに言葉のとおりですよあんたという人は理解してもやめませんか」
「出来ないね、我がままだって理解しているし、間違った手段を用いていることも理解している。けどここでとまるには少しばかり命が重過ぎる、その為に殺してきた命が多すぎるんだよ」

 彼が言い続けてきたことだ、ずっと言い続けることだ、ただで死ぬには人の命が重過ぎる。
 怒りに押し流されるわけじゃない、止まらないと決めたあのときから何も彼は変わっちゃいない。ただ感情を一つ一つも取り戻して、ゆっくりゆっくり立ち上がって歩いてきた。選択肢さえない綱渡りのような細い道を確実に歩いてきた。
 どこを見ても後悔なんてないのは、表情を見れば嫌でも理解できる。

 こんな所でそんな清々しい表情をされても、ルッスとしては本当に困るのだが、どう見ても血塗れの人生だというのにここまで後悔なく生きるのには、それ相応の覚悟が必要だろう。その覚悟はもうしたのだ、たとえ表情に隠している罪悪感が彼の心を苛むとしても、どうしようもないほどに憎い世界を滅ぼす事を、この世界を破壊しつくし自分を認める世界を作る事だけは成し遂げようとするのだろう。
 豆茶と共に心にある筈の痛みを飲み込むと、また彼の戦いはどうせ始まる。ひと時の休息は終わったのだ、勘定をテーブルにおいて彼とルッスは席を立つ。

「じゃあ作戦会議は終了、賢者は傍観して勝手に夢でも叶えて貰うか。少なくともその間は俺たちも自由に動ける」
「ですね、少しばかり癪に障る気もしますが、叶えても勇者を殺してしまえば賢者の夢は崩れるかもしれないですしね」

 暢気に言っているが今言った事の方が賢者を殺すことよりも、常識を考えれば難しいはずなのだが、彼等に正攻法はない常に策を弄するからこそ、今からもてはやされる人間の隙を突くことが出来ると確信していた。
 話に聞いた勇者はずいぶんと甘い性格だった事を、人づてながらに彼等は聞いている。

 そして彼等は別れて力を見せ付ける。金に関しては既に強盗などを繰り返し相当な蓄えがあるが、それだけで何もかもが成功するほどの世界は甘くない。必死に策略をめぐらせ、賢者に届く力を得なくてはどうしようもない。最終的に彼と賢者は相反し、戦わなくてはどちらの夢も叶うこともないのだ。お互い同じ穴の狢だが、仲間では断じて二人は無い、どこまで言っても敵だ。
 今は都合がいいから不干渉を続けているだけだ。どちらもやる事があって、その為に干渉する事すら意味のないことだと彼等は認識し足を引っ張る事も助ける事もせず、ただお互いを道具のように扱っているだけだ。

「頭は勝てますかこの勝負」
「負けると思って戦ってはいない。けど勝てる自信もまだない、まだどうせお月様に吼える犬のような状態だ。けど人間だからな俺達は、いつか月さえ足蹴にするような種族だぞ」
「ははははは冗談がお好きなようで、けどそんな事あるはず無いでしょう頭」

 そりゃそうだと思っていたが、この世界にはまだ天動説しかないのかもしれない。
 その辺りの勉強を適当にしていた所為か、その辺の記憶は曖昧だが、確実に人は天の星さえ掴む力を持っているのだ。彼はそれを知っている、何しろ元いた世界は少なくとも人間はそこまで出来ていた。
 けれどこの世界では妄言だろう事はわかっていた、あの空に浮ぶ月が足蹴にされる事を知っているのはこの世界ではきっと彼だけ、慣らせ解が足蹴にされる姿があってもおかしくない。そう自分を奮い立たせて、腰に差さってある武器を抜き放つ。

「冗談じゃないさ、取り敢えず俺の常識ではそんなことは可能なんだよ」
「その辺で冗談はやめて、そろそろ作業にうつりましょう。また死体運ぶの骨がいりそうですよ。もうちょい数を減らしませんかね」
「嘘じゃないんだけどな」

 ちょっと寂しそうに呟いたが、この世界の常識で知る由もないことだろうそれは。
 そんな海晴を見て、ルッスは挑戦的に笑った。

「冗談じゃないなら、見せてくださいよ月を踏みつける人間を、それからですよ話は頭」
「道具が足りないし知識が足りないから無理だ。だが人間はそこまでは辿り着けると言う核心はある、俺の命を賭けてもいい」
 
 いりませんよそんな面倒なものと、笑ったが結構海晴の目は本気だったので、賭けたら酷い目にあいそうだと、判断したからこそ、そこで話を自然に打ち切ろうと努力しているのだが、彼の上司も空気が読める類の人だったらしく、そうだなと肯定をの言葉を返し出入り口で回れ右をした。

「あーみなさん命が惜しくても惜しくなくとも、ここでいま動かないで下さい」
「頭それじゃあ誰も反応しませんよ。威厳が無さ過ぎますから」

 海晴のそんな行動など、犯罪都市では見慣れたものであり、こんな事をするのは素人上がりと思われ甘く見られる。だからだろう誰も彼がなにをするか理解していない。余裕と酒と女がその程度の小童ならどうにでもなると言う余裕になって現れている。
 だと言うのに空気だけがひたすらに冷たくなっていくのを、ルッスが隣で感じていたぐらいだろう。それでも彼に対して軽口をはけるのだから、存外彼も狂ってきているのだろう。

 誰一人無反応だ。だから躊躇わずに海晴は店主とウェイトレスを見せしめに殺した。
 四法によって放たれた、彼のちんけな一撃で纏めて殺された。動揺が溢れる中、次から次へと簡単に人が殺されていく、遠目から見ているだけでも機械的に殺している。養鶏所の屠殺の方がまだ理由がある分マシに思える殺害光景だった。
 血の泡を吐きながら次々と生者が消えていく、ルッスは呆れて見ていた。それは殺害の容易さからじゃない、顔も隠さず堂々としている、この都市の大敵が目の前にいるのに余裕などみせるのか彼には全く理解できなかったのだ。

「さて、一人になったところで、お前は俺の事知ってるよな。もう咽喉切ってるから喋れないだろうけど」

 そこでようやく自分達を殺した人間を死体になるべきものは見た。
 咽喉が切れていて喋れもしないのに、引きつった声が店中を震わせる。もしかすると外まで聞こえているかもしれないが、この程度の事が日常茶飯事だからこそ犯罪都市は、その名を与えられているのだ。本来であれば異常であるはずの光景が、当たり前になっているからこそ、こんな事が起きているというのに、あまり日常と変わってしまったこの都市では、そんな悲鳴さえどこかの対岸の火事なのだ。

 町の喧騒に飲まれるように、一つの酒場の命は根こそぎ奪われた。
 だと言うのに二人は、何も気にした様子も無く死体を運んでいく。この光景さえ犯罪都市では当たり前のこと、だからこそ風景に誰も気づかない。当たり前すぎて気づかない、死体はそうやって放棄されまた下水になどに死体が積もっていく。

「けど、これが起きたら俺もただじゃすまないかもしれない」

 そして自分の考えを反芻して、いまの自分の業の深さに少しばかり臆病風が吹いた。
 この結果なにが起きるかルッスは知らない、だが彼の言葉に何かしらの嫌な含みでも感じたのだろう。彼の言葉に反論するように言い返した。

「頭じゃあもっと安全な方法とればいいじゃないですか」
「お断りだ、やられたことをやり返すだけの話だ。一生後悔させてやら無いと、俺が殺したあの兄弟に対して謝罪も出来ないだろう」

 本当は自分が死ねばいいだけだと言う事も理解している。
 それだけで少なくともこの都市の人間は死なずに住むのだ、本当なら賢者だってそうだったに違いないのに、最もそれを気にしてたら自身の目的だって叶えられない。まだどこかで、前の世界の感覚で生きている彼の姿は、この世界の人間から見ればどう写るのだろうか。
 少なくともルッスはどちらかと言えば肯定的だが、当然そうでないものもいるだろう。

 こんなになるまで追い詰められても、謝罪を考える事のできる人間の文化なんて、ルッスは知らないし聞いた事も無い。そんな奇跡のようなおぞましい所業を、彼の根幹にまで刻み付ける事の出来る世界は、楽園のように思える。
 けれどそんな人間でもこの世界に来ればこうなるのだ、根幹の優しさもがあろうと、世界がこんな人間を許さないのは、いまの人間を殺して常識を変える様なそんな行為だからだろう。だからこそ、中心にいる人間は必死になるのだろう。

「それにこの世界が嫌いなんだ、その世界に生きる人間が嫌いでも別に問題ないだろう。特にこの都市と、あの国だけは絶対に許せない」

 その中心が願うのは、自分が居てもいい世界だと言うのに、どこまでも彼の声は遠く聞こえる気がする。
 願いを口にして意思を尖らせたとしても何にも変わった気がしない。きっと彼自身が理解している、認められるはずが無いと言う事実は、けれどこの手段をとったのはこれ以外の方法がなかったから。
 報われない方法だと彼は知っている、それぐらいちょっとちょっと考えれば分かるというのに、それでも彼はこの手段を用いる。

「そうですかい、じゃあここで失礼しますよ。戦力はきちんと整えておきますが、その感情を暴走させることだけはやめてください。もうその感情に狂っているでしょう、けれどあなたはそれでもまだ正気だ、狂いすぎて正気を保ってしまっている、だからその状態のまま居てくださいじゃなければ、俺は裏切りますよあんたを」
「分かった、裏切られるのはもう嫌だ。我慢するさ、なんどでもなんどでも」

 それが犠牲と言う名の彼の業だろう。
 死ぬ、彼の所為でまた人が死ぬ、それでも死を無駄にしない方法は、これしかなく、それ以上はない。なにより心にくすぶり続ける、どうしようもない怒りがこれ以外の選択肢を選ばさない。願うだけの死者だったら良かったのに、願いを請うただの人であったなら良かったのに、世界が彼の選択肢をなくし、彼の生きてきた道がこの選択肢しか選ばなかった。

 彼は願い続ける、お願いだ、お願いだと、ルッスが消えてもなお、同じ事をお願いだからと願い続けている。

「お願いだから、お願いだから、死んでくれ。じゃ無いと俺が救われないじゃないか、こんな世界で生きていけないお願いだから、世界よ、この世界にしがみつく全ての人間よ、お願いだから死んでくれ。俺が生きていてもいい世界の為に死んでくれ」

 ただの孤独ではいやだった。
 彼も賢者と変わらない、一人は怖かったから、一人で生きていくにはこの世界は厳しすぎるから。だから必死に世界を壊そうと考えた、そうしたら世界はきっと自分を殺すだろう、けれどそれに負けなかったならきっと自分は生きていて欲しいといわれる。

 そんな妄想を願い、望み、それだけに一抹の光を見出す。そうなれば、彼以外の存在はいなくなる孤独だというのに。でもそれでも、それ以外ないのも事実だった、結局孤独にしかなれ無いと言うのに、それでも彼は思うのだ。

 だから、お願いです。

「世界よ、俺の為に死んでくれ」

 そのおぞましい願いをひたすらに感情の内に篭らせて、ただひたすらに願っている。いままでの感情が爆発したように、笑いながら怒りつつ悲しんで喜んでいた。どれが自分の感情かもまだ分からないのに、必死に世界に彼は祈り続けていた。 
 

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