少なくとも奴隷二人と部下一人と自分を養えるだけの機能はしていると言う事だ。 正直彼にそんなアイデアをもらって、成功している人間はかなり増えた。当然失敗したものもいるがそんなものから彼は金を取ろうともしなかったので評判事態は悪くない。救いもしなかったので、そういったものからは恨まれているかもしれないが、それは商売をやる上での常と言うものだ。 ちなみにだがその契約を破った人間は、組織として力を持っていた頃は皆殺しにされ、いまは大盗賊の統治下に入っている為、そういった報復は全て彼らに任している。 それでもまだ余裕のある資金で彼は奴隷の二人に教育を受けさせるようにしていた。どうせ彼は後半月もすれば捕まってしまうのは目に見えていたからだ、いちいち家に家庭教師を呼んで行うのだ。奴隷に大して行なう報酬にしても破格過ぎる対応だ。 「キルミー君に、ユーキルさん、今日も勉強を始めましょうか」 海晴が選んだ男は、彼と同じく昔学園にいた男だ。彼の先輩に当たるが、この教師もまた傷持ちでありその事により差別を受けていた。彼のいた時期は丁度、戦争が始まるか始まらないかの第一異端狩りが始まっていた頃だ。 けれど二人はどこか表情がこわばっている。比較的落ち着いた穏やかな空気を纏っている男だが、恐縮でもしているのだろう。 教えている事はたいしたことではないが、それでも勉強は本当に彼らにとって新鮮で面白いものだった。 けれどそんな時の話だ、異端狩りが始まり彼らの両親から兄妹にいたる全ての家族が殺されたと言う情報が入ってきた。 けれど彼だって愚かじゃない、英雄の息子を殺し四法まで持つ男を殺せるわけがないことぐらい理解している。実際は結構簡単に殺せるのだが、彼は四法の使い手がどれほど最悪な存在かをその目で見ている世代だ。自然災害と戦うのは馬鹿らしいと思うのは当然の話だ。 「さて今日の授業はここまでだ。だが授業料はとらないが追加講義をしてもよろしいだろうか?」 学ぶ楽しさを知った彼らは、首を上下にぶんぶんと振る。最近主人も二日ぐらい家を空けるのは当たり前のこととなっている。仕事自体は午前中で終わるのだ、それに海晴から教育はキチンと受けろと言われている建前がある。 人の恨みと言うのは常に向けやすい方向に向けられるものだ。言い換えれば自分より立場弱いものに、その典型であるのがこういった復讐だ。彼が恨むべきは国でなくてはならない、だがそうならないのが人間だ。もっと身近で恨みいやすい人間を選んでしまう。 「といっても最近の政治事情だ。少し難しいかもしれないけどよく聞いておくんだよ」 二人して「はい」と、聞いている方も気分のよい返事が響いた。彼はその言葉に満足すると、黒板にあることを書き始めた。 「君のご主人様の事だ。彼は傷持ちで英雄殺しである、かれはあの部族戦争の後ふらりと獅子の国の学園で勉学に励んでいたらしい。最も成績はあまりいいとは言いがたいものだったらしいがね。最初は字もかけなかったらしいが、一時期学園主席にさえなったんだ。 知っている事実を少しずつ脚色を彩り始めていた。彼自身さえこんなことをして何が起きるかなんてわからない。 「彼は、賢者を挑発して我ら傷持ちの根絶を命令させた。君達もあの獅子の国の出身だろう。そして大人は殺され、子供はお前らみたいな奴隷になるんだ、君たちもあの傷持ちたちの地獄は見たはずだ。 できるだけ優しく笑いかけているようだが、彼の心からにじみ出る怒りと復讐心は、惨めながらにあふれ出している。 「君らの幸せはそうやって砕かれたんだ。分かるだろう、君達のご主人様こそが君達をそこまで追い詰めた。 汚濁があふれ出した。今彼がするべき表情が現れたのだ。 「なぁそう言うことなんだよ、私は憎い敵に救われているのだ。とても憎い、けど恨むには大きすぎる恩だ、けれど母を犯され父を奪われ兄妹は食肉主義者どもの餌になった。この怒りは誰にやればいい、この復讐は誰にすればいいと思う」 さあ正解が這い出る。 「そうだよ、君達だ。下劣な殺戮者の庇護者、そう君達だ、我らの仇に媚び諂う貴様らだ」 再度兄の腹をけりつける、口から血が溢れ確実に内臓に何かしらのダメージを追ったことを刻む。どんなものがみても命の棄権さえあるのは確実だった、妹は一気に顔を青くさせて歩みよるが、裏拳気味になぎ払われた腕に彼女は転がり黒板を倒しながら床に転がる。 「あの化け物に媚を売って満足な生活を受ける貴様らだ。絶対に許さん、お前らのような奴隷風情が生き延びて我らの父や母が殺される理由などありはしない」 弱いものに行く様になっているのだ。人の負の感情は常に弱いものに向けられる。 彼の庇護下にある奴隷達、自分の父や母よりも汚らしい身分で、教育を受ける事も命の恐怖すらもないのだ。 「やめて、お願いだから。お兄ちゃんを殺さないで」 悲鳴のような声を発するが、意味などありはしない。椅子で殴りつけても何をして男は兄に対する暴力をやめないのだ。ただの一撃の拳が彼女を思考停止にすら陥らせる。 「お願いですよ。少し黙っていてくれませんか、折角殺さないでいるのに殺してしまいそうになるじゃないですか」 最早復讐と言うよりはただ狂っているだけだ。 けれど指をひとつたりとも動かすことのない彼女の兄は、まだ幸せだったかもしれない。 それは今までやさしいと思っていた人間の皮を被った悪夢だった。人に幻想を抱いたそれが地獄だったのかもしれない、彼女はその目を見て恐怖じゃなく既視感を覚える。いや体がそれを呼び起こした。正直な話をすればこれから起こることは、悲劇でしかないしかもそれはこの世界では極日常的な。 可哀想だねの一言で済ませる事ができる。 咽喉の奥から裂ける様な悲鳴が響く、けれどこの都市の中では当たり前のことなのだろう。誰一人助けない、起きたとしてもそれは彼女達が弱いから、弱いということが罪である世界において弱かった彼女が達が悪いのだ。 折角与えられた服は引き剥がされる、這いずる舌に嫌悪感を催しながらそれが許されない。彼女が感じていようがいまいがその程度の話はどうでもいいのだ、ただ自分が満足するためのそれは復讐。懐に忍ばせた短刀、濡れた様に淡く輝く光に彼女の恐怖は摩り下ろされていく、だが刃の恐怖によって暴れる事は許されなかった。 強引に押さえられてまとめられていた手に短刀が振り下ろされる。両手をまとめて貫いた彼女は音さえ出せない悲鳴に狂うような響をさせた。 同時に彼女の抵抗は消える。その痛みと暴力に心が屈してしまう、咽喉元から吐き出される悲劇は男にとっての復讐劇だ。抵抗など許されないいくら彼女に欲望を巻いたところで変わらない。白目をむいて泣き叫んでいた少女は、いまやただの暴力の末路と成り果てている。 心が一つ折れれば幸せだった、けれど生きている兄の為に正気を守り続ける。それは拷問のような時間、人の心があることが幸せで無い時だってあるのだ。 救いなど望まないほうが幸せである。それこそがこの世界の地獄の片鱗、蹂躙が似合うその地獄の中、撒き散らされた欲望が彼女の全てを傷つき苛み続けるのだ。終わる事などない、彼女の心が折れようが終わらない、誰一人それを終わらせる力など無い、勇者にさえその力は与えられていなかった。 男の興奮が冷めた頃、短刀を彼女の腕から抜いて家から逃げ出すように消え去った。 「これが復讐だ、裏切り者め死んでしまえ」 そう言葉を残して男は消える。予想以上に彼女の心を傷つけた、ただ自分は買われただけなのだ。 どうみても彼女の兄はそこで終りだった。呼吸はもう耳を澄まして風の音に押し流され、鳥の音色に脅かされる。ただ唯一の肉親が彼女の手から零れ落ちつつあった、どれだけ手を伸ばしてもそれは変わらない。 「お兄ちゃん、ねぇ、ねぇ、お願いだから一人しないで」 ただ声はかすれて届かない。何一つ届かない。かすれた咽喉に幼い願いが響くが届かない。なんど悲鳴のように願いを紡いでも届かない。 ただ抜けた空洞の音が彼女の耳に届くだけだ。 兄に抱きつき涙を流し続ける少女。自分が傷持ちだから、自分が悪魔の血を引くから、だから神の祝福も無くあの狂人に連れてこられた。まだ息のある兄を必死に抱きしめながら時間が巻き戻る奇跡を願う。しかし神は祝福を与えない、悪魔になど神に光が降りてくる事は無い。 けれどずれた歯車が戻る事など起こりえない話。かすれた音さえ響かなくなる、ただ最後に涙を流す妹の頬をぬぐって、微笑みかける。その力はただ一度の心の安息を与え、彼女の生涯の奈落に叩き落す。どれだけ肉親を心に思っても言葉にしなければ伝わらない事もある、ただ最後の一抹の優しさと言う名の自己満足が、これから先の彼女を絶望に叩き落した。 「え、おにい……ちゃ、……ん」 これを見ていれば一つまた悲劇が生まれた事知っただろう。 どれだけ叫んだ声も世界に食われて散り果てる。それは世界が悪いのか、人が悪いのかなんていう話じゃない。強いてあげるなら生きている事が悪いだけの話だ。嘆きの声が彼女の心に一つを刻む。やはりそれも復讐、人間の原動なんて物はその程度で十分稼動すると言う証明皮肉のようだ 久しぶりに海晴が帰ってきたのはそれから一時間後のことだ、荒れた家を見て驚いた。それだけじゃない兄の屍に涙する彼女を見てここで悲劇があったことだけは理解した。 「何がおきたかなんて聞かなくても、大体分かるただその上で聞く。それはあの俺の雇った教師の所為か」 だが彼の声は彼女の空ろな目に何も届く事は無かった。犯されたままの姿で死体を抱いたままほうけるその姿は、どう思考したところで自分が原因にしかなりえない。 何も反応しない少女はただぼんやりと彼をのぞき見るだけだ。否定の声は無いそれが彼の心に一つの棘を突き刺す。 「分かった、お前が終わったのは分かったから。そいつを埋めてやるぞ」 自分の罪業が襲い掛かる、彼自身が作り上げた地獄の結果がここにある悲劇だ。皮肉すぎるのはこちら側か、折角の行為は全て真逆の方向に進むのだ、奴隷に教育をさせたのはただの善意だ。家庭教師を雇ったのは、学校であれば奴隷と言う身分が彼らをいじめの対象にさせると思ったから。 「もう全くの裏目だなすまなかった。俺のしでかした事が失敗だ」 どう在っても世界は彼の全てを否定する。泣きそうになるぐらいに心を潰す痛みが刻まれた。 「じゃあ返してください。お兄ちゃんを返して下さいご主人様」 あなたの失敗なら兄を返せと、私の一人の肉親を返せと、敵意だけが滲む瞳は彼を抉る。 途中で止まる手を彼女は睨み付け続ける。 「無理だ、無理に決まってるだろう。死んだ奴を生き返らせたかったら、魔導機しかないしかも王法の魔導機なら可能性はあるが、そんな魔導機まだ見つかっていない」 どんどんと胸を殴りつける、吐き気がするような傷が広がり続ける。 「あなたが死ねばよかった、生きて意味なんて無いくせに、生きてる価値なんて無いくせに」 彼女が崩れ落ち、彼もまた崩れ落ちそうになる。ただ、ただ、ある一つの原動力がそれでも彼女に無くて彼にあった。 何で生きているか分らないからまだ死ねない。どれだけ苦しもうとそこだけは譲れなかった、抗いの牙が引きちぎれるように大きな口をあける。 「だから謝罪なんてしない、するのは後悔と失敗だけだ」 鋭い声、けれど彼は最早とまることが無い。止まれない、あの時外に出てしまったときから彼は変わってしまった、吐き出された憎悪は世界さえ焼き尽くすように燃える。 「たかが悲劇の為に泣いてやれない、たかがお前の為に死ぬほど優しくない」 だからどれだけ死体を積んでも彼は許せない、心が痛んでも目の前に悲劇が彼の心を貫いても。一つの思いが彼の全てだ、自分の事もできない男が、自分の為に動いているその意思、どれほど傷ついても傷ついていないと思い込み家族に奉仕し続けた彼の心は変わらない。一度心に決めてしまった彼の意思はどれほどの悪夢が襲っても変わらない。痛みを知っても変えられない、だから悲劇が相成るのだ。 「なんで、なんで、なんでなんです。あなたの悲劇が私達を作って、今こんな事にしたのに」 見苦しいまでの彼の感情、気持ち悪いと誰かが叫ぶ、惨めだと誰もが侮蔑する。 マイゼミの言葉、いまだになぜ答えられないのかわらない。 「目的なんて無いくせに、なんでなんでそこまで殺せるの」 言いがかりの呪いの言葉全部が彼の心を削る。消えていた彼の感情が開いていく、しかし感情こそが彼を傷つけていくのだ。 「さあ知らない、知ってるわけ無いだろう。勝手に死ぬんだ、本当に皆勝手に死ぬんだ」 分るわけが無い、別に彼が殺したいと思ったのはマイゼミひとりだけだ。後は必要だから殺した、死にたいくないから殺していたら、いつの間にか自分の所為で人が勝手に死ぬようになっていた。 「偶然、ただの偶然でおにいちゃんが死んだの、返してよあなたが殺したのに」 意見など聞くはずも無い、彼はただ純粋に彼女との関係をここで断絶させる。 けれど、戻ってこないものが金貨六千枚と等価であるかは話は違う。 「あなたは」 その声が響く、けれど彼は後ろを振り返らない。もう振り返るだけの意味も彼は無いと思っていた。 「あなたの所為なのに、あんたの所為でお兄ちゃんが死んだのに、なんでよ。なんでなのよぉ」 彼の抱きつくようにへばりついた彼女の手には、彼への復讐を刻んだ一つの刃が握られていた。 「いてぇ、けど死にたく無いなぁ。絶対に死にたく無い、何で死ななくちゃいけないんだ、まだ何もしてないのに」 まだ刺されたぐらいじゃ死なない、ただまだ信用の出来る相手がいる会社に彼は足を向ける。体を引きずるようにして歩きながら、ゆっくりと歩き出す。痛みだけならどうにでもなる。体の痛みはもう慣れているんだから。 死にたく無いと泣きそうになりながら歩いていく。まだ何も成し遂げていない、まだこれでは死ね無いと本当なら零れる涙を飲み込んで歩く意思と変える。 けれど彼は会社になんて着く事はなかった。大通りに意識をなくして倒れる彼の姿があっただけだ。 死体と変わらんゴミを、金にする為の道具としては、彼は最上の獲物なのだ。 最後の最後まで死にたく無いと心で嘆きながら。獣に食われるように人の中に消え去る。 |