「アマハルよ、魔導機手に入れたんだってな。将軍クラスの武器を」 都市最強の力を持つ男が住まう場所に彼は呼び出されていた。 「寄越せ、貴様の魔力はともかく四法に九十六通を持たせておけば何をしでかすか分からん」 この都市における権力者であろうが彼の反応は変わらない。その歪んだ双眸に隠すこともない悪食の色を塗りたくる。 しかしこの世界で魔物どもと戦ったことさえない彼が、そんな死線を潜り抜けた男に力で敵うはずもなく、体を横に廻しながら地面に叩きつけられた。 「なら力で貴様の組織を奪ってやろうか」 まだくらくらとする頭を去勢しつつ息を吐き痛みを散す。まだうずく痛みはあるが当面は問題ないと彼は判断する、目の前の野獣のような男に負けるつもりは彼にはないのだろう。最もその確証さえない、彼がいまやっている全ての行為はハッタリだ。 本人を覗くよりも人は名声に目が行く。 ただにらみつけただけだと言うのに必要以上に大盗賊が、一瞬怯んだような表情をしたのは名声とその所為だろう。幾多の外道を乗り越えた彼が怯むほどには、アマハルは既に感情に塗りたくられているのだろう。 「そうか、あくまで俺に楯突くつもりか」 口を切って零れた血をぬぐい軽く言い放つ。見下したりといったことはないが、食いすぎだといわんばかりの言葉である。 「そんな下らない用事ならお断りだ。そっちが礼儀を通せ、生まれ違えば通す道理も違うだろうけど、礼儀に国境はない最低限を掲げてから言え。ここはあんたの国といってもいい、だからこそこっちはここであんたを殺さないんだ、そして自分を下においている。土産まで持って頭を下げて参じた人間にする好意か良く考えろ、育ち以前に人間の器が分かるようなもんだ」 ここで大盗賊が殴り掛からなかったのは彼とて理解したからだろう。今彼は暗にこう言ったのだ、こんなくだらないことを何度もするようなら俺はお前を敵とみなす。 「そうか、お前はそう言う類か。事なかれ主義とも言いがたい、だがお前がいいたい事は理解したぜ。しかしお前が持つ武器はどちらにしろ、火種しか残さん、もう一度だけ無粋を通すぞ魔導機を寄越せ」 二人して吐き捨てるようにして紡いだ言葉の何処に誠意があるのかもわからないが、彼らはその言葉に納得するように笑った。 「それなら仕方ないな、その武器が起こす地獄は全部お前が引き受けろ。俺はお前を救ってやる道理がなくなったんだからな」 沈黙を肯定と取ったのか、部下の就職の決着をつけた。 これを気にいっせいに抹消されてもおかしくない。 そして彼女が生きている限りその分類識別が起動し続ける。 簡単に内政干渉されるいわれもない、だがここにこの都市の欠点がある。 その全ての懸念があるからこそ大盗賊は、女を確保し与える必要があった。 だがそれでも人間と言うのは、ジェスチャーと言う代物がある。アマハルがいるかどうか頷くだけで、どうせそれが介入条件になるだけだ。 つまりは詰み、これほど明確な袋小路はマイゼミの強姦以来である。逃げることも出来ない永久封鎖、ここで継承まで奪われたら彼だってやってられない。大盗賊は継承一つでどうにかなると思っているようだがそんな問題じゃない。 この都市に入ってきて始めて出会った時に殺せばよかったと、そうすれば知らないうちに殺されたことにでもなるだろう。少なくとも介入するに足る情報ではなくなったはずだ。ここでそう言うところであるのは、この大陸の人間なら誰もが知っていることではある。 原因はあっちにあって、理由は彼にある。自業自得と笑うべきかは、人しだいと言うところだろう。 「進むも地獄、戻るも地獄、左右に道さえない」 これだけ見事に詰みの状態であれば、彼程度の凡人の思考でどうにかなる範疇でないことは確実だ。本当ならまだ伸ばす手もあるのかもしれない、どれほど知恵を絞ったところでお仕舞いだ。 自分に出来ることは既に限られている。思考だけはやめちゃいけない、自爆ならできるはずだ。極少数のダメージでも与えればそこから、何かしらの活路が見えるかもしれないのだから。 周りも見えずに彼はただ頭を使い続ける。 だがいまはどう足掻いても負け戦以外の何者でもない。泣きそうにさえなる、しかし止める訳にはいかない、それは広大な海を北極星を頼りに航海する船乗り、雲に隠れて見えなくなるような光を頼りにする無謀の極みだろう。 *** 「ルッスいるか」 一度思考にはいると周りが見えなくなるのは、彼の生い立ちのせいだろう。解決を自分以外でした事がないのだ、思考を内にとどめるのは彼の悪い癖であり、染み付いた習性である。 「悪い、ぼっとしていた続けてくれ」 会議中だけはきちんとした言葉でルッスは会話する。それはいつもの事なので特に海晴は気にしていないが、部下はまだいいたいことがあるのだろう。新たに資料を配布した、そこで海晴はまた絶望する事になる。 必要最低資金 三千金貨 どう多く介入までの時間を見積もっても一ヶ月満たない。元々たいした希望じゃなかったが、資金は無茶をすればどうにかなるだろうだが時間は無理だ。最もそれで終わりあることを彼はようやく確認した。懐疑もそれ以上の提案が出ることもなくお仕舞いになる。 「では頭から最後に言葉を」 ルッスは締めのつもりで海晴に号令を頼んだが、やけに彼は楽しそうに笑った。動揺したのは周りの部下だ、彼らより幾つか年下の男は笑うという仕草を部下には見せない。しかもそれはどちらかと言えばいつも皮肉の混じった笑いだ、心底自分の状況がばかげている事を理解しての笑いだが、部下たちにはそうは見えないだろう。 「とりあえず君達には告げないといけないだろう、この一ヶ月の間に俺はあの獅子の国に囚われるのは確実となった」 一瞬で動揺がはしる。内心喜ぶものの方が多かっただろうが、海晴の言葉は組織の長としては不適当であった。 「頭ではなぜ笑ってらんしゃるんで」 最悪だと、この地獄を享受する術をこの世界で最初に与えられたのだ。それはあきらめるという最大の行為だ。 「四法はどうやっても一ヶ月以内には出来ないだろう」 どう考えても捕まえられるまえに逃げればいいと思うのだが、捕まる前に何かしでかしてやりたいと部下に聞いてきた。 どう頑張ってもつかまるのは目に見えているからだ。 枯れた笑いを一度、正直に言えばルッス以外はここで海晴を手伝う奴はいないだろうというのが彼の考えだ。だがここまできて何もしないでいるほど彼は諦めていない。 「しかしこれを聞く前に一つだけ聞いておかないといけないだろうな。どうせこの中には、俺の手伝いをしたい奴の方が少ないはずだ」 図星を疲れた顔が、いくつか浮ぶ。それは別にいい、彼だって逆の立場であれば同じ考えを抱く。だから彼らを否定しない、肯定だってしないだろうが、そう言うものだと諦めもつく。だがここでは許さない、何しろ今は彼がこの組織の長だ、部下をどう動かすかの選択権ぐらいある。 「だからこれだけ聞いておく、敵になる選択肢と、味方になる選択肢だけをやる。後悔せずに選ぶといい、俺の敵になる奴は覚悟していればいい、敵になるならその瞬間から俺はそいつらを許さないだけだ」 二択しか渡しもしないくせに、彼は尊大に答えろと命令する。これぐらいの強権は許される自分は組織の長だからだ。人間として狂ったその瞳には何かおかしく思えてしまう。狂うように見定めるその視線が彼らを脅す、ルッスは屈服した他のやつらは空気さえ読めずに首を振るものもいるかもしれない。もしかすると気付いているからこそ、ここで席を立つものもいるだろう。 毒は毒だ、異世界と言う異物を拒絶しない人間なんていない、それを受けても彼は選択肢しか与えない。 「やっぱり君だけかルッス」 そして自分の人望のなさと嫌われっぷりに、笑う手段しか持ち合わせてはいなかった。 「そうでしょうねぇ、頭はどちらかと言えば嫌われもんですからね。あっしだって好きじゃないですよ、好んであんたの味方になるはずもないでしょう」 あっけらかんと言うが、彼は自分自身を殺してやりたいほどに憎んでいる。 けれど怖くて出来ない、死にたく無いという感情だけはある。それが余計に浅ましく感じてしまい殺意は募る。 「死んでくれるならそれでいいんですが、死にたく無いと顔に書いてやすよ」 その言葉が彼の目を覚まして、今の海晴を作り出した。 彼は既に目的を持ってしまった、それを達することなく死ぬ恐怖はただ死ぬだけよりも恐ろしいのだろう。 「けど頭、生きる意味なんてのは語るもんじゃないですぜ。それは本当に何もないやつしか言えない」 事実だそれは、だがここでは違う。そんな人間はいちゃいけないと言う彼の独断、自分に対する皮肉だ。 「そうですかいですが頭、なら死ぬつもりが無いとは言えないんですかい」 彼の冗談のような言葉を聞き飽きているルッスは、こんなときまであきれた様子だった。嘘偽りがないにしても、この世界の人間にとって異世界から来るものは勇者としか写らないのだ。海晴にはそんな器のも能力も無い、魔王といわれたらそうだと納得する程度には彼らの想像とは真逆の存在であった。 「聞くが国を個人で倒せると本気で思うのか、それこそ魔導機の王法クラスが必要だ。しかも使用できるという限定でだ」 この都市に悲劇的な過去を持たないものの方が珍しい。ルッスからすれば海晴の地獄も平等に訪れた悲劇に過ぎない、その辺に生えた群生の悲劇の一つだ。 精神を病んだ人間はこの世界では悪魔持ちとされ、傷持ち異常に悲惨な結末を辿ることのほうが多いだろう。体に欠損を抱えているものは四等市民に代わる、それは日本で言うなら穢多や非人、奴隷ほどではないが人間と見られることはない。他にも奇形系の病気は悪魔と扱われる、またそんな子供を産んだ家は焼き払われる。三親等までを皆殺しにする。 結果としてそれから逃げ延びたものの集まりがこの都市だ。 海晴の行動など全てこの世界の予定調和に過ぎないのかも知れない。だからこそしたり顔で彼が自分の悲劇を語ることはないのだろう、何しろ彼は自分のことを醜いと劣悪だとは思っていても、本当の意味では自分自身を考えたことは彼にはない、まだ彼はその感情は程遠い場所にしかいないのだ。 「だからどんな感情でもいい、力をかしてくれる人間が必要なんだ。それは少なくとも味方として力を振るってくれる人間だ、一人じゃ勝てないのはもう分かっている」 一人よりはまだ確証が持てる。人間に対して負の感情しかいだけない彼だが、人間の恐ろしさだけは見にしみている。それを味方にすれば力になることも、三年間で気付かされた。 「これから先俺が裏切るようなことが合ったらどうするつもりだ頭」 事実を淡々と陳べる、そんな事は既にルッスは理解している。彼の行動の根源は全て憎悪から発展したものだ、大義名分をつけてやればその炎は容赦なく敵に向けられる。 「どうやってするのか聞きたくないもんですなそれは」 つまり嫌がらせはお前が考えろ、自分のできる範疇で出来る確実な嫌がらせを考えろという。 一時間ほど考えてみたが結局浮ばない。 「くそ、あの英雄の所為でなんで自分の目的をこうも阻まれなくてはいけないんだかさっぱりだ」 海晴から愚痴のようなものが零れるのも仕方ない。だがルッスはなれた様子で彼をなだめる。 「息子殺して、自分の屋敷のものを皆殺し、放火の挙句貴族の虐殺、これだけやって恨まれない人間はいないですよ」 そういえばそんな罪状があったなと思い返してみるが、彼自身それに悪びれるようなことはない。どうしても死にたくなくて、世界中が憎くて仕方がないから彼がやっただけだ。その結果には新たな怒りは感じてもそれ以上は、感じる感情さえ薄いのだろう。 考えたことが最高の嫌がらせになると彼は確信したからだ。 「なあルッス、お前英雄になって見ないか?」 そのときに吐き出された狂喜は醜く歪んだ牙のようにゆっくりと鈍く輝いた。その笑みに飲まれるように顔を青くさせ、体を一度震わせたルッスの姿が見えるが彼も伝染するように卑屈な笑みを作り出した。 |