六章 死ね、死ね、死ね、死ね

「アマハルよ、魔導機手に入れたんだってな。将軍クラスの武器を」
「手に入れましたよ。 それがどうしたって言うのか大盗賊」

 都市最強の力を持つ男が住まう場所に彼は呼び出されていた。
 いまだ現役で犯罪者の楽園を作り出した男は、胡坐をかき頬杖を突いて彼を睨み付けている。猛獣に襲い掛かられるような恐怖を感じるがそれさえ彼にとっては意味がないだろう。まだ彼にその感情はない。

「寄越せ、貴様の魔力はともかく四法に九十六通を持たせておけば何をしでかすか分からん」
「断るに決まっている。この都市の流儀に乗っ取って戦利品を手に入れただけだ、この都市の同義に違反したことない」

 この都市における権力者であろうが彼の反応は変わらない。その歪んだ双眸に隠すこともない悪食の色を塗りたくる。
 不機嫌な感情を隠すこともないこの都市の王とも言うべき男は、屈服しない彼に対して脅すようなことはしなかった。だが一撃その巨木のような腕で彼を殴りつける。力と言う意味で、この都市最高の力を持つ男に彼は屈することさえない。

 しかしこの世界で魔物どもと戦ったことさえない彼が、そんな死線を潜り抜けた男に力で敵うはずもなく、体を横に廻しながら地面に叩きつけられた。

「なら力で貴様の組織を奪ってやろうか」
「出来るわけないだろう、あーあーじゃあ聞くが抵抗していいんだろうな?」

 まだくらくらとする頭を去勢しつつ息を吐き痛みを散す。まだうずく痛みはあるが当面は問題ないと彼は判断する、目の前の野獣のような男に負けるつもりは彼にはないのだろう。最もその確証さえない、彼がいまやっている全ての行為はハッタリだ。
 彼は細かく自分の価値を細分化していた、なにしろ自分を卑下することに関しては彼は超一流だ。その中で最も人を威圧できる内容があるとすれば、己の称号に英雄殺しがあることぐらいだろう。

 本人を覗くよりも人は名声に目が行く。
 そしてこれは彼自身が知らないことだが、その歪んだ目は人を怯えさせる。化け物と言うのなら彼はその分類の瞳をしているのだ。
 見るだけで自分自身が不安定になる瞳なんてものは、あるだけ迷惑だ。

 ただにらみつけただけだと言うのに必要以上に大盗賊が、一瞬怯んだような表情をしたのは名声とその所為だろう。幾多の外道を乗り越えた彼が怯むほどには、アマハルは既に感情に塗りたくられているのだろう。
 感じたこともない感情が彼の心に湧き出るが、そこは大盗賊だその経験より生まれた精神力でねじ伏せる。

「そうか、あくまで俺に楯突くつもりか」
「別にそんなつもりはない、あんたが勝手に喧嘩を売ってるだけだろう。四法の約束を持ってるくせにがっつき過ぎにも程がある」

 口を切って零れた血をぬぐい軽く言い放つ。見下したりといったことはないが、食いすぎだといわんばかりの言葉である。
 あくまで淡々と言葉を言う彼は、大盗賊さえ見ることをしなくなっていた。

「そんな下らない用事ならお断りだ。そっちが礼儀を通せ、生まれ違えば通す道理も違うだろうけど、礼儀に国境はない最低限を掲げてから言え。ここはあんたの国といってもいい、だからこそこっちはここであんたを殺さないんだ、そして自分を下においている。土産まで持って頭を下げて参じた人間にする好意か良く考えろ、育ち以前に人間の器が分かるようなもんだ」

 ここで大盗賊が殴り掛からなかったのは彼とて理解したからだろう。今彼は暗にこう言ったのだ、こんなくだらないことを何度もするようなら俺はお前を敵とみなす。
 海晴の組織が暴れれば馬鹿にならない被害がでる。その程度には大きな集まりだった、そんな組織の長がその喧嘩を買ってやると言い放ったのだ。

「そうか、お前はそう言う類か。事なかれ主義とも言いがたい、だがお前がいいたい事は理解したぜ。しかしお前が持つ武器はどちらにしろ、火種しか残さん、もう一度だけ無粋を通すぞ魔導機を寄越せ」
「なら俺は誠意一杯の言葉で返してやるだけだ、肥でも食って寝言をほざけ大盗賊」

 二人して吐き捨てるようにして紡いだ言葉の何処に誠意があるのかもわからないが、彼らはその言葉に納得するように笑った。

「それなら仕方ないな、その武器が起こす地獄は全部お前が引き受けろ。俺はお前を救ってやる道理がなくなったんだからな」
「約束するさ、だから組織の方には優しくしてやってくれ」

 沈黙を肯定と取ったのか、部下の就職の決着をつけた。
 この時彼は自分の失策に気がついていた。将軍クラスの家の人間が都市で消えた、それは言い換えれば国の介入を許してしまう材料だ。元々傷持ちに犯罪者、他にもすねに傷のあるものばかりが、この都市には氾濫している。

 これを気にいっせいに抹消されてもおかしくない。
 少なくともその原因にぐらいなる、何より国に正式に管理されていた魔導機である継承がその証拠と成ってしまう。国家によって完全に部類別登録された魔導機は、その波長から場所が分かってしまう。四法に関しては個人登録は最初から持っている機能ならともかく、それ一つで完成系である。能力の追加や余分な改造など簡単に出来るものではない。

 そして彼女が生きている限りその分類識別が起動し続ける。
 だからこそ国は都市が彼女が生きていることを把握し、介入させるだけの理屈を持ってこれるのだ。わが国の人間の返還を求めると、だが都市と呼ばれているとは言えここは犯罪者たちの国である。

 簡単に内政干渉されるいわれもない、だがここにこの都市の欠点がある。
 トップとしての大盗賊はいるが、ここを国だと言い張った人間は誰一人いない。所詮国の中のゴミ溜めに過ぎない、だからこそ最低限の礼儀を払ってしまえば後はこの都市に対して大攻勢をかけることだって可能だ。

 その全ての懸念があるからこそ大盗賊は、女を確保し与える必要があった。
 そしてさらにそこに問題がでる、女殺せば殺したで介入条件になり、放逐してもまだ壊れていない女は野垂れ死にすることもなく国に戻って、この都市に英雄殺しがいることを報告するだろう。どちらにしろ口を封じなくてはいけい大盗賊は、彼女の声帯を切り裂き喋ること許さないようにしている。

 だがそれでも人間と言うのは、ジェスチャーと言う代物がある。アマハルがいるかどうか頷くだけで、どうせそれが介入条件になるだけだ。

 つまりは詰み、これほど明確な袋小路はマイゼミの強姦以来である。逃げることも出来ない永久封鎖、ここで継承まで奪われたら彼だってやってられない。大盗賊は継承一つでどうにかなると思っているようだがそんな問題じゃない。
 賢者はもうすでに怒り果てていることぐらい彼は、情報で仕入れているし。傷持ち狩り行い始めた主導者も誰かと言うことぐらい知っている。なら彼女の狙いは受十中八苦自分自身である。

 この都市に入ってきて始めて出会った時に殺せばよかったと、そうすれば知らないうちに殺されたことにでもなるだろう。少なくとも介入するに足る情報ではなくなったはずだ。ここでそう言うところであるのは、この大陸の人間なら誰もが知っていることではある。
 だからこそ八方塞りだ、しかも大盗賊はこの都市の武力に期待などしていない。それは海晴も同じことだ、英雄二人を抱える世界最強の国家に敵うはずもないことぐらい理解している。また拷問の世界にいらっしゃいといわんばかりだ、あの賢者の家系は意地でも彼を苦しめたいのだろう。

 原因はあっちにあって、理由は彼にある。自業自得と笑うべきかは、人しだいと言うところだろう。

「進むも地獄、戻るも地獄、左右に道さえない」

 これだけ見事に詰みの状態であれば、彼程度の凡人の思考でどうにかなる範疇でないことは確実だ。本当ならまだ伸ばす手もあるのかもしれない、どれほど知恵を絞ったところでお仕舞いだ。
 だったら何かしらの方法で賢者に報いる自爆の方法を考えるほかない。ただで死んでやるわけには行かないのだ、今まだ介入される間に。

 自分に出来ることは既に限られている。思考だけはやめちゃいけない、自爆ならできるはずだ。極少数のダメージでも与えればそこから、何かしらの活路が見えるかもしれないのだから。

 周りも見えずに彼はただ頭を使い続ける。
 作戦なんかありはしない、ただ何かをしなくてはくすぶることなく辺りを巻き込む業火は収まりさえつかないのだ。

 だがいまはどう足掻いても負け戦以外の何者でもない。泣きそうにさえなる、しかし止める訳にはいかない、それは広大な海を北極星を頼りに航海する船乗り、雲に隠れて見えなくなるような光を頼りにする無謀の極みだろう。
 それは仕方のないことだ、彼はそう言う道を選んでしまった。自らが燃える輝きとなって歩くしかない、その燃え尽きるその日まで延々と。

***

「ルッスいるか」
「そりゃいますよ頭、と言うか目の前で四法改造プランを上げているでしょうが」

 一度思考にはいると周りが見えなくなるのは、彼の生い立ちのせいだろう。解決を自分以外でした事がないのだ、思考を内にとどめるのは彼の悪い癖であり、染み付いた習性である。
 失敗したと彼は頭をかいた、四法の改造はある意味打開する手段であるが武力で賢者達に敵わない。あくまで不意打ちだが可能性がでてくる。

「悪い、ぼっとしていた続けてくれ」
「分かりやした、実用性に関しては輪胴式が一番いいと思います。頭の言っていた拳銃の応用ですが、大雑把にしか設計図しか出来ていませんが鉱石生物である魔力食いによって、弾にすればそれだけで生態魔力を用意する事ができるはずです。幸い魔力食いは刺激を与えれば魔力を吐く性質がありますからね、これをブーストの代わりに装着できれば、実現するのではないかと思います」

 会議中だけはきちんとした言葉でルッスは会話する。それはいつもの事なので特に海晴は気にしていないが、部下はまだいいたいことがあるのだろう。新たに資料を配布した、そこで海晴はまた絶望する事になる。

 必要最低資金  三千金貨
 必要最低制作時間 三ヶ月

 どう多く介入までの時間を見積もっても一ヶ月満たない。元々たいした希望じゃなかったが、資金は無茶をすればどうにかなるだろうだが時間は無理だ。最もそれで終わりあることを彼はようやく確認した。懐疑もそれ以上の提案が出ることもなくお仕舞いになる。

「では頭から最後に言葉を」

 ルッスは締めのつもりで海晴に号令を頼んだが、やけに彼は楽しそうに笑った。動揺したのは周りの部下だ、彼らより幾つか年下の男は笑うという仕草を部下には見せない。しかもそれはどちらかと言えばいつも皮肉の混じった笑いだ、心底自分の状況がばかげている事を理解しての笑いだが、部下たちにはそうは見えないだろう。
 開き直りの極地にあった彼は笑うしなかっただけだ。純粋な感情を溢したのは、その思考の末の諦めだったのだから。

「とりあえず君達には告げないといけないだろう、この一ヶ月の間に俺はあの獅子の国に囚われるのは確実となった」

 一瞬で動揺がはしる。内心喜ぶものの方が多かっただろうが、海晴の言葉は組織の長としては不適当であった。
 なによりこの笑みが辺りに不安を抱かせる。英雄殺しと呼ばれるこの男、もう一つの字を皆殺しと言う、魔力無しの戦闘能力皆無に近い男であったとしても、この正気ではない海晴の微笑みはどれほど純粋でも、悪寒さえ感じさせてしまう。

「頭ではなぜ笑ってらんしゃるんで」
「そりゃそうだろう、八方手を尽くして最大限の思考をしているというのに、伸びた手は何処にも捕まれないときた。そしてよりにもよって英雄によって討ち取られる。最も許せないことの一つだって言うのにそれは現実になるだぞ、絶望して笑うしかない」

 最悪だと、この地獄を享受する術をこの世界で最初に与えられたのだ。それはあきらめるという最大の行為だ。

「四法はどうやっても一ヶ月以内には出来ないだろう」
「は、はい、その通りです頭。魔力食いの加工技術が確立していやせん、下手に弄くるとそれだけでこの建物ぐらいなら吹き飛びやす」
「そりゃそうだ、俺の妄執の為にお前らの命を使うのは、正直気が引ける。だがこの世界でただで捕まってやりたくない、特にあの国の人間だけは絶対に、だから相手を唖然とさせる復讐方法を用意してくれないか。俺の頭じゃもう限界だ」

 どう考えても捕まえられるまえに逃げればいいと思うのだが、捕まる前に何かしでかしてやりたいと部下に聞いてきた。
 最も逃げるという選択肢もあるわけ無い、大盗賊がそれを許さないからだ。彼はこの都市を助けるための生贄になる、だからこそ大盗賊は念を押した。海晴自身逃げる気はさらさらない。

 どう頑張ってもつかまるのは目に見えているからだ。
 賢者もここにいること事態は理解していたはずだ。犯罪者が生きていける世界はここしかないのだから、介入の権限を得てしまった。それは海晴の身から出た錆に過ぎない、自分の考えの甘さに腹が立つことはあってもそれ以上のことは考えていない。
 この世界で救われると言う考え自体、彼は思考から抹消している。諦めるしかない数は凄まじいまでの暴力だ、それを三年で刻まれた。

 枯れた笑いを一度、正直に言えばルッス以外はここで海晴を手伝う奴はいないだろうというのが彼の考えだ。だがここまできて何もしないでいるほど彼は諦めていない。

「しかしこれを聞く前に一つだけ聞いておかないといけないだろうな。どうせこの中には、俺の手伝いをしたい奴の方が少ないはずだ」

 図星を疲れた顔が、いくつか浮ぶ。それは別にいい、彼だって逆の立場であれば同じ考えを抱く。だから彼らを否定しない、肯定だってしないだろうが、そう言うものだと諦めもつく。だがここでは許さない、何しろ今は彼がこの組織の長だ、部下をどう動かすかの選択権ぐらいある。
 目の奥から卑劣な悪態が吐き出されていく。

「だからこれだけ聞いておく、敵になる選択肢と、味方になる選択肢だけをやる。後悔せずに選ぶといい、俺の敵になる奴は覚悟していればいい、敵になるならその瞬間から俺はそいつらを許さないだけだ」

 二択しか渡しもしないくせに、彼は尊大に答えろと命令する。これぐらいの強権は許される自分は組織の長だからだ。人間として狂ったその瞳には何かおかしく思えてしまう。狂うように見定めるその視線が彼らを脅す、ルッスは屈服した他のやつらは空気さえ読めずに首を振るものもいるかもしれない。もしかすると気付いているからこそ、ここで席を立つものもいるだろう。

 毒は毒だ、異世界と言う異物を拒絶しない人間なんていない、それを受けても彼は選択肢しか与えない。
 当然のように一人ひとり立って去っていく。それで彼は理解した、ルッス以外はいなかったことを味方で要る人間がいないことを、だが全員が会議の場からいなくなっる前に一度頷く。

「やっぱり君だけかルッス」

 そして自分の人望のなさと嫌われっぷりに、笑う手段しか持ち合わせてはいなかった。

「そうでしょうねぇ、頭はどちらかと言えば嫌われもんですからね。あっしだって好きじゃないですよ、好んであんたの味方になるはずもないでしょう」
「きっついなぁ君は、だが事実だろうね。俺だって俺と言う人間が殺したいほど嫌いだ、自分じゃなかったらとっくに殺してる」

 あっけらかんと言うが、彼は自分自身を殺してやりたいほどに憎んでいる。
 自分だから理解できるこの感情のどよめき、心臓の鼓動よりも激しい怒りの胎動。この世界の人間を見て抱く気持ちは常に嫉妬であり怒り、その醜い感情しか理解できない彼は、その醜悪さに心臓を抉り出したいと感じる。

 けれど怖くて出来ない、死にたく無いという感情だけはある。それが余計に浅ましく感じてしまい殺意は募る。

「死んでくれるならそれでいいんですが、死にたく無いと顔に書いてやすよ」
「そうだよ、どれだけ惨めでも死にたくなんかない。この世界で死の恐怖だけは理解した、怖いんだぞ死ぬってのは、心が死んでても死ぬに比べりゃ千倍マシだ」
「騎士どもは辱めを受けるぐらいなら死を選ぶらしいですぜ」
「それも一つの死の結末だろうね、だが俺は死にたく無い。何で生きているか言えない内には断じて死ねない」

 その言葉が彼の目を覚まして、今の海晴を作り出した。
 ある意味ではマイゼミは彼を人間に戻して言ったのかもしれない。壊れたものは徹底的に壊して新たなものに変えなくては機能などしない、それこそ別物に変えなくてはいけないのだ。

 彼は既に目的を持ってしまった、それを達することなく死ぬ恐怖はただ死ぬだけよりも恐ろしいのだろう。

「けど頭、生きる意味なんてのは語るもんじゃないですぜ。それは本当に何もないやつしか言えない」
「そりゃそうだろう、俺には本当に何もないんだよ。異世界の人間って奴さ、この世界の人間じゃないって奴だな」

 事実だそれは、だがここでは違う。そんな人間はいちゃいけないと言う彼の独断、自分に対する皮肉だ。

「そうですかいですが頭、なら死ぬつもりが無いとは言えないんですかい」

 彼の冗談のような言葉を聞き飽きているルッスは、こんなときまであきれた様子だった。嘘偽りがないにしても、この世界の人間にとって異世界から来るものは勇者としか写らないのだ。海晴にはそんな器のも能力も無い、魔王といわれたらそうだと納得する程度には彼らの想像とは真逆の存在であった。

「聞くが国を個人で倒せると本気で思うのか、それこそ魔導機の王法クラスが必要だ。しかも使用できるという限定でだ」
「そうですがね、しかしそれだけじゃあ人間じゃあないですよ。諦めるってのは国が相手でも変わらないもんですよ、行き足掻くならその辺の泥を食っても生きていく覚悟なけりゃお仕舞いってやつです」

 この都市に悲劇的な過去を持たないものの方が珍しい。ルッスからすれば海晴の地獄も平等に訪れた悲劇に過ぎない、その辺に生えた群生の悲劇の一つだ。
 ルッスだって元々は知恵遅れであり悪魔つきとして奴隷になった。奴隷から貴族の男に気に入られ男娼となってその男を殺してこの都市に来ている。他の人間だってそうだ指のない人間も腕のない人間も、果ては宗教者だっている。
 ここには差別の末路である人間ばかりがいるのだ。

 精神を病んだ人間はこの世界では悪魔持ちとされ、傷持ち異常に悲惨な結末を辿ることのほうが多いだろう。体に欠損を抱えているものは四等市民に代わる、それは日本で言うなら穢多や非人、奴隷ほどではないが人間と見られることはない。他にも奇形系の病気は悪魔と扱われる、またそんな子供を産んだ家は焼き払われる。三親等までを皆殺しにする。

 結果としてそれから逃げ延びたものの集まりがこの都市だ。

 海晴の行動など全てこの世界の予定調和に過ぎないのかも知れない。だからこそしたり顔で彼が自分の悲劇を語ることはないのだろう、何しろ彼は自分のことを醜いと劣悪だとは思っていても、本当の意味では自分自身を考えたことは彼にはない、まだ彼はその感情は程遠い場所にしかいないのだ。

「だからどんな感情でもいい、力をかしてくれる人間が必要なんだ。それは少なくとも味方として力を振るってくれる人間だ、一人じゃ勝てないのはもう分かっている」

 一人よりはまだ確証が持てる。人間に対して負の感情しかいだけない彼だが、人間の恐ろしさだけは見にしみている。それを味方にすれば力になることも、三年間で気付かされた。

「これから先俺が裏切るようなことが合ったらどうするつもりだ頭」
「そうだな、そのとき一秒でも生きているのならこの世界に生きている事自体を恐怖させ続けてやる。一生恐怖で震えてのた打ち回らせてやろう、これは確信しそうだな絶対にそうするどれだけ死んでも絶対にだ。そして今席をたって消えた奴らもそうだ、もうこれから先歩こうとする事さえ恐怖させる事を確約するぞ」

 事実を淡々と陳べる、そんな事は既にルッスは理解している。彼の行動の根源は全て憎悪から発展したものだ、大義名分をつけてやればその炎は容赦なく敵に向けられる。

「どうやってするのか聞きたくないもんですなそれは」
「さあねもう起きてるかもしれないし、そうじゃないかもしれない内緒の話だ。いい加減本題にうつるぞ、俺はどうやったらただで死なない」
「四法を国の中枢で崩壊レベルで開放すれば可能っすが、無理でしょうね。それだけの魔力を篭めることは俺程度の魔力じゃ不可能だ、頭では当然のこと、だからもっと現実的な手段を取るしかないですよ。最も無学のあっしには作戦など浮びませんがね、アドバイスぐらいはできるってもんですよ」

 つまり嫌がらせはお前が考えろ、自分のできる範疇で出来る確実な嫌がらせを考えろという。
 国と戦うのは無理、ましてやそれに対する方法など零、だが出来ることはある現実を見ればいい。対抗する手段じゃないほかの方法を錯綜する。

 一時間ほど考えてみたが結局浮ばない。
 二人して何度も話してみるが結論など簡単に出るものではない。文殊の知恵には一人足らないのだ。

「くそ、あの英雄の所為でなんで自分の目的をこうも阻まれなくてはいけないんだかさっぱりだ」

 海晴から愚痴のようなものが零れるのも仕方ない。だがルッスはなれた様子で彼をなだめる。

「息子殺して、自分の屋敷のものを皆殺し、放火の挙句貴族の虐殺、これだけやって恨まれない人間はいないですよ」

 そういえばそんな罪状があったなと思い返してみるが、彼自身それに悪びれるようなことはない。どうしても死にたくなくて、世界中が憎くて仕方がないから彼がやっただけだ。その結果には新たな怒りは感じてもそれ以上は、感じる感情さえ薄いのだろう。
 だがここで少しだけ引っかかることがあった、それと同時だ天恵が降りたように彼の心臓が跳ねたのは。

 考えたことが最高の嫌がらせになると彼は確信したからだ。

「なあルッス、お前英雄になって見ないか?」

 そのときに吐き出された狂喜は醜く歪んだ牙のようにゆっくりと鈍く輝いた。その笑みに飲まれるように顔を青くさせ、体を一度震わせたルッスの姿が見えるが彼も伝染するように卑屈な笑みを作り出した。


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