メレスティ、大盗賊の住まうこの世界最大の犯罪都市。ここは全ての言葉が力で語られるようなそんな都市だ。 いつの間にか彼は一つの組織を預かる身と成っていた、だが彼は特に動いた事はない。ただぼんやりと何を考えているのか分からない毎日を過ごしているだけ、時々部下の仕事を見てアドバイスをするぐらいだろう。 彼は時を経てさらにその歪みを膨らましていく、子供達にはそれが怖かったのだろう。殺される事はない、今彼が人を殺すことなど起こり得ない、まだ彼は感情の欠けた機械に過ぎないのだ。目的が出来るまでは、ゆっくりとした毎日を過ごしていくだけだ。 「ルッス、この前頼んでいた、増幅器は何処においてある?」 珍しく仕事場に来ていた彼は、部下に頼みごとをしておいたことを思い出したのだが、忙しいのだろう軽く返された。これは四法につける魔力増幅器だ。最もこれをつけたところで、魔法も使えのない魔力なしの彼には八千よりやや上といった魔導機動しかできないだろう。それでもないよりはマシだ、英雄の武器に増幅器を装着するが剣の柄のような武器にはどうにも不恰好だった。 「しかし頭も凄いお人だよ。とうとう大盗賊の懸賞金よりも上に言っちまうんだ。さすが傷持ちの英雄食いですね」 この場所における懸賞金はある種、その人間の強さを証明するものだ。海晴の様に英雄子供を殺し楽園を燃やしつくし、あの国の中枢全てを燃やした傷持ちの悪魔。それが世間での風評だ。とうとう獅子の国では傷持ち狩りが開始され、あの国ではとうとう傷色は禁忌の色とされ、黒を纏えば処刑されるまでに狂っていた。 「どうしても殺したかったからな。殺して逃げようとして火をつけたら、あんな事になっただけだ」 だが当の原因は何処吹く風だ。心をどれほど殺意に燃やしていても、今の自分では力がないことぐらい理解している。もし四法が本来の力を発揮すればそれも可能だったのだろう。少なくとも国を半壊させることぐらいは可能だった。 「しかしそれが四法ですか、いまは個人限定(ネーム)をつけているから盗まれる心配はないでしょうが、魔力なしの頭でさえそれほどの力を与えるですから、多少でも魔力が使えばすごい事になりそうですね」 軽く困った表情をする。元々十年間以上必死に勉強してきた彼だ、違う理論があったとしても、基本と言う土台だけはもうきちんと確立している。後はそこからの応用だ、学園三年間の勉強とは比較にならないだけの知識を彼は得ていた。 しかし部下に適当に任せている組織が軌道に乗ったのは彼にとっても予想外だった。この街である程度の地位にいなければ間違い無く彼は賞金首に、狩り殺されるだろう。それを避けるためにも彼は、この街でいなくてはならない存在にならなくてはならなかった。 誰でもそうやすやすと、弄繰り回せる代物ではない。彼は所詮四法取り扱いだ、もう一つ魔導機には資格がある。 魔力の無い彼では四法をまともに機能させることは不可能だ。 「学がないわけじゃないしな。あの国の言葉が分からない以外の教育はきちんとされていた」 あながち間違っていない、この時ばかりは愛想笑いをしてごまかす。どうせ言ったところで信用してもらえないし、教える義理すらない。 「どうだろうな。それよりも四法の汎用性向上は今の段階で可能なのか、それともアイデアはある状況なのか、資金が足りないなら少し稼ぎに行くがどうしたらいい」 彼はどうせ一代限りでこの組織を終わらせる気でいる。そのためならワンマンになろうが何になろうが構いやしない。 「大概ですよあんたって人は、俺らの頭に挨拶に来た瞬間首切り飛ばしておきながら」 さすがとしか思わない、拷問末に消え果た恐怖であり、燃え上がりすぎて最早消えようのない怒り、最後の決別ゆえに流した悲しみ、どれだけ彼を脅そうと消えた恐怖の果てには、何一つ残るものではない。 「だからどうしたんだ。それならやめてくれて結構だ、別に文句も言わないしきちんと退職金も払う。その上で後の仕事も紹介する」 その一言で気が抜ける。だがその次の瞬間、海晴の目を見て彼は凍りつく羽目になる。 「ただしだ、俺の手から離れるなら次は敵と言うことだ。内にいる間は助けてやるし救ってやる、敵になるなら何をされても文句を言うことを許さないぞ」 それは軽い様子だった。だが問題はその目、感情の発露がさらに彼の変容を色濃く写す。 虐待を受け入れたものなどこの世にいない、ましてや自分の世界から他の世界に行くほどの望んだ男だ。今までの人生を全て他人に使い、世界を離れても同じことを受け入れ続けた。元の世界では家族の為に、今の世界ではルッコラの為に、だがどれだけ他人に尽くしても帰ってくるのは常に報復だった。 「怯えるな、どれだけお前が敵対勢力にいたとしても俺を裏切らなければ何もしない。敵対しなけりゃ何をしても許すさ」 そして彼を変容させる一言があった。ただひたすらに苦痛を受けていても、いつか誰かに認めて欲しかった。 「へ……へい、了解しやした。どうもあんたは怖い、何をするつもりで生きているのか理解が出来やしない。ただその約束忘れんな、仲間でいてやる一生いてやる、だから俺の敵になるな」 つまり全感情表現を使うということなのだが、まともに感情と言うものを理解していない彼は、ただそれだけと言う。 「うっせーよ、そんな目して言うな。その目は人のするもんじゃねぇ、傷持ちなんて甘いもんじゃねぇよ頭」 彼の言葉を聴いて頷くと、足早にルッスは仕事に向かった。逃げるというよりも確信したのだろう、この組織のトップは言葉には偽りは無いということだけは、それだけは仲間としている間はあの目にさらされない。 「明日の会議で、一度アイデアを聞くから忘れんなよ」 ルッスは耳を塞いで聞こえないといった振りだ。最も彼自体、アイデアが出ても打ち切らなくてはならないだろうとは思っていた。何しろ素人にそんな無茶をさせているのだ、いつかは限界が来るに決まっている。 「業務拡大でもするか、いや人数が足りない。商品でも売り込みに行けばどうにかなるか」 この世界で唯一のアドバンテージだ、魔法に浸りきってしまい科学技術の進歩が見受けられないこの世界だからこそ、彼の知識は使い道がある。もっとも一般の高校生が出来ることなんてたかがしれている、あいまいな部分をつぎはぎして、部下にこんなものは出来ないかと聞いてみる。その作品の出来がよければ、大盗賊に売り込みをかけるのだ。この都市で流通の一切を支配しているのが、彼なのだから仕方ない。 だがこの世界で一番人気が出たのが千歯扱きであったあたり、ちょっと驚きではあった。後は品種改良の仕方ぐらいだろうか、電気関係の知識は通信手段としていくつかを考えたが、家庭用魔導機に負けるものも当然ある。その中には魔力の吸収力によって火力を抑える、魔力版ガスコンロのようなものもあるが、これは彼の考えた代物であり、一万九千別の魔導機クラスの代物だ。 *** この都市は、路上だろうが悲劇が起こるが、それは一種の見世物になっている。 特に傷持ちなんてのは、この世界では何処にいても目立つのだ。だがこの街には暗黙の了解があり、街の住人が賞金首を狩る事は許されていない。それはこの都市の崩壊を意味するからだ、しかし今日は少し勝手が違った。余所者である賞金稼ぎ、それが彼の目をつけないわけがない。 その十割を不意打ちのみで彼は殺してきた、決別の能力はどの法則よりも基本上位に位置している。どれほど強力な魔法使いでも英雄クラスでもなければ四法の攻撃は防ぐことは出来ない回避以外の手段はないのだが、彼の魔導機の機動は実際相当お粗末だ。何しろ子供でもマシな機動ができるほどに、故に彼の魔導機にそのままつっこんで勝手に切り裂かれるというパターンや前口上を言っている間に殺すなど、あんまり面白くない戦いがよく繰り広げられている。 けれどいつもとパターンが違った、自分が英雄になったかのように威張り散していた賞金首と違い。明らかに彼に恨みを持つもの、いない訳がないのだ。彼が楽園で起こした被害、死者六百八十四名、重軽傷者二百人、行方不明者五百三十八名、殺しすぎにも程があるレベルの殺害だ。 それは本当に偶然、本来であればそのまま首と胴が断ち切れていたであろう。その金の光に彼は殺されかけその光に救われた、あと一寸それだけ踏み込めば致命傷だった。振りぬけた剛剣の唸りに、内臓ごと吹き飛ばされたと思うような風が吹き抜ける。 「なぜしなないのです。災厄の傷持ちアマハル、英雄の武器を奪い、英雄の子供を殺し楽園の輝かしい未来を打ち砕いて。貴方なんで生きているんですか!!」 そりゃ当たり前の結論だ。 いきり立つ目の前の少女と自分の戦力差を冷静に判断してみるがあちらの方が圧倒的に有利。どう見てもあちらの武器は九十六通の一つであろう。 そもそも彼よりも十は低い間違い無く貴族の少女が、人をも殺したこともないだろう。自分への殺意以外は持ち合わせていない、しかしあちらは多少は鳴りとも彼よりは間違い無く戦闘における訓練されているはずだ。 「おいバゼル、今日一人ばかり奴隷を買いたい、それはどんな奴でもいいが出来るだけ子供が欲しい今すぐ頼めるか」 渋い顔をしたが彼はお得意様だ。好き嫌いで商売などするものではない、儲けさせてくれるならそれは神様だ。 「聞くがそれは一体なんだい、一応教えてもらっとかないと困るんだが」 それは挑発をかねる一言だっただろう、皮肉に頬を吊り上げた。何時から自分がこんな笑い方が出来るようになったのか、彼自身も理解できなかったが、その笑みだけで彼がまともじゃないことが分かる。 「目の前にいる女の一式だ、顔は駄目になるかもれないけどメルビルにでも渡せばいいだろう。それで奴隷一匹文以上の儲けだ、問題ないな」 当然のようにバゼルは了承した。魔導機なんてのは、持つ奴が持たなければ役にも立たない。 「き、っき、貴様、私をさげずむだけではなく。一族の誇りごと汚そうとすつもりですか」 当然のように彼は彼女を怒りで狂わせた、そもそも昔ならともかく日本の核家族で育った男に一族といったものを期待すること自体がおかしい。本当にくだらないものだと思っているのを全身で表現した。 「き―――――さっ、まあああああああああああああ」 激昂した人間など、まだ感情のまともに戻らない彼の前では、無駄な行為の塊に過ぎない。 ここで武器を引けば殺されるのは彼女だからだ。何も知らない子供の体にゆっくりと刃が入り込む。 しかし叫び声を上げることはなかった。それより先に海晴が彼女の喉を突いた。 吐くとまでは行かなくてもこれで武器を持てる人間なんていない。 彼にとって魔導機なんてものは研究材料以外のものではない。二つ三つと在ればどうにかなると考えているわけではないが、材料が増えたと軽く鼻を鳴らした。 これで彼女の人生は決まったようなものだ。後は男の玩具と言う人生しかないだろう。彼もそれは理解しているが、気が向いたら相手にしてもらってもいいかなと言うぐらいだ。 いやらしい顔をしている男達にさらされて彼女はようやく自分の運命に気付くのだろう。 「もうあうこともないだろうよ」 最もこれが彼の最初の失策だ。殺さなかったこと自体が奇跡だった、それこそが失策だ。 だからこそ、彼はこの時生かした彼女を後悔する。 しかしそれ故に世界はまた破滅に近付くのだ、彼の感情の発露を促すために。 |