五章 人に心がある限り

 メレスティ、大盗賊の住まうこの世界最大の犯罪都市。ここは全ての言葉が力で語られるようなそんな都市だ。
 ある意味全てにおいて平等な都市とも言える所で、海晴はこの時を生きている。この都市の力とは全てだ金であり暴力であり言葉、そのどれかによって生計が成り立つといってもいい。奪い喰らえ、それが大盗賊ルベラスの言葉だ。
 四法を持つ彼は魔力が無いと言ってもそれなりの魔法使いよりは強い、この都市に入って三ヶ月この都市でそれなりの地位にいた。その地位さえ力で強引に奪い取ったものだ。しかしながらここでは力が正義、彼の行動はすぐに受け入れられる。

 いつの間にか彼は一つの組織を預かる身と成っていた、だが彼は特に動いた事はない。ただぼんやりと何を考えているのか分からない毎日を過ごしているだけ、時々部下の仕事を見てアドバイスをするぐらいだろう。
 隠居した人間のように、一日を楽しんでいるようにも見えた。彼の周りには、奴隷として買い叩いた二人の兄妹がいる。両親は殺され、連れ去られたのだろう刃物を見るだけで悲鳴を上げたりする。茶汲みぐらいは出来るだろうと彼が買ったのだが、彼が狂っていることを正面から理解せざるおえない二人は彼に近付く事すら恐怖した。

 彼は時を経てさらにその歪みを膨らましていく、子供達にはそれが怖かったのだろう。殺される事はない、今彼が人を殺すことなど起こり得ない、まだ彼は感情の欠けた機械に過ぎないのだ。目的が出来るまでは、ゆっくりとした毎日を過ごしていくだけだ。

「ルッス、この前頼んでいた、増幅器は何処においてある?」
「頭、あんたの目の前にある奴が、頼まれてた代物だ」

 珍しく仕事場に来ていた彼は、部下に頼みごとをしておいたことを思い出したのだが、忙しいのだろう軽く返された。これは四法につける魔力増幅器だ。最もこれをつけたところで、魔法も使えのない魔力なしの彼には八千よりやや上といった魔導機動しかできないだろう。それでもないよりはマシだ、英雄の武器に増幅器を装着するが剣の柄のような武器にはどうにも不恰好だった。

「しかし頭も凄いお人だよ。とうとう大盗賊の懸賞金よりも上に言っちまうんだ。さすが傷持ちの英雄食いですね」

 この場所における懸賞金はある種、その人間の強さを証明するものだ。海晴の様に英雄子供を殺し楽園を燃やしつくし、あの国の中枢全てを燃やした傷持ちの悪魔。それが世間での風評だ。とうとう獅子の国では傷持ち狩りが開始され、あの国ではとうとう傷色は禁忌の色とされ、黒を纏えば処刑されるまでに狂っていた。

「どうしても殺したかったからな。殺して逃げようとして火をつけたら、あんな事になっただけだ」

 だが当の原因は何処吹く風だ。心をどれほど殺意に燃やしていても、今の自分では力がないことぐらい理解している。もし四法が本来の力を発揮すればそれも可能だったのだろう。少なくとも国を半壊させることぐらいは可能だった。
 しかしこことは違う理の世界から着た彼に魔力などあるわけもない。最も選ばれたと言う勇者には、王法 救世 により凄まじい魔力を得ていたという話もあるから四法にもそういった加護があってもいいのだが、世界から選ばれないものが世界から加護を得るわけも無いと彼はすぐに諦めた。

「しかしそれが四法ですか、いまは個人限定(ネーム)をつけているから盗まれる心配はないでしょうが、魔力なしの頭でさえそれほどの力を与えるですから、多少でも魔力が使えばすごい事になりそうですね」
「間違い無くなるな、本来の四法の力は、内的魔力と外的魔力の混合による魔力の過剰暴走を完全に支配して行なうものだからな。俺の魔力数値は完全な零そりゃ宝の持ち腐れさ」
「へー、流石学園で唯一四法取り扱い取得を手に入れたお人だ。本当に元が筆無しだったなんて考えられないですな」

 軽く困った表情をする。元々十年間以上必死に勉強してきた彼だ、違う理論があったとしても、基本と言う土台だけはもうきちんと確立している。後はそこからの応用だ、学園三年間の勉強とは比較にならないだけの知識を彼は得ていた。
 問題は文字だったが、これは余り苦労しなかったというのが彼の本音だろう。ルッコラの酒場で彼は、ほぼ強制的に読めない字を手伝いによって克服していった。結果数ヶ月と言う短い期間ながら、どうにか彼は文字と言うものを克服した。言葉は理解できたのだ、これはありがたいことだったのかもしれない。

 しかし部下に適当に任せている組織が軌道に乗ったのは彼にとっても予想外だった。この街である程度の地位にいなければ間違い無く彼は賞金首に、狩り殺されるだろう。それを避けるためにも彼は、この街でいなくてはならない存在にならなくてはならなかった。
 結果は大盗賊の直接の部下の一つした、という微妙なところに位置していた。これならいっそ直接の部下であったほうが良かったと、最近彼は思うようになったのだが、今は少なくともこれでいいと、どうにか四法を動かす研究を一人で勧めていた。だが困ったことにこれが四法ではなくもう五つしたのランクだったら、彼でもどうにか改造できただろうが、四法は国宝級の魔導機だ。

 誰でもそうやすやすと、弄繰り回せる代物ではない。彼は所詮四法取り扱いだ、もう一つ魔導機には資格がある。
 唯一の腕と呼ばれる魔導機製作者資格、最低限その資格クラスの知識と技術がなければ、魔導機は使うことは難しいのだ。その資格条件には取り扱い魔力量と言うものがある、魔導機に篭める魔力により道具の力が変わるからだ。四法に見合っただけの魔力量を持たなければ解像など不可能、故に彼は取り扱い以外の資格が取れなかったのである。

 魔力の無い彼では四法をまともに機能させることは不可能だ。
 多少増幅器を使って、かき集める魔力量を増大させたのだが、所詮焼け石に水である。

「学がないわけじゃないしな。あの国の言葉が分からない以外の教育はきちんとされていた」
「へぇ、頭は下は貴族かなんかの出ですか、傷持ちとして生まれたから放り出されたとか」

 あながち間違っていない、この時ばかりは愛想笑いをしてごまかす。どうせ言ったところで信用してもらえないし、教える義理すらない。

「どうだろうな。それよりも四法の汎用性向上は今の段階で可能なのか、それともアイデアはある状況なのか、資金が足りないなら少し稼ぎに行くがどうしたらいい」
「それはかしらが出す問題のような気もしますが、四法ばっかりにかまけている余裕は残念ながら組織にはありませんぜ。一応ですが幾つかアイデアがありますが、それも資金面でかなりの負担が掛かり実現不可能って所でしょうか」
「金はどうにかする。別にお前らに苦労はかけない、いつも通りの仕事をいつも通りしていればいい。部下が食うのに困るようなことをするつもりは経営者として一番恥ずべき行為だからな」

 彼はどうせ一代限りでこの組織を終わらせる気でいる。そのためならワンマンになろうが何になろうが構いやしない。
 しかも何時この組織が滅びようが知ったこっちゃ無いのだ。そのくせ、一度懐にしまいこんだ者達には寛容な彼は、なんやかんやできっと面倒を見ることになるのは確定なのだろう発言をしている。

「大概ですよあんたって人は、俺らの頭に挨拶に来た瞬間首切り飛ばしておきながら」
「仕方ないだろう、この組織ベルヌはこの国最高の魔法研究組織だ。俺は目的の為に止まれるほどまともじゃない」
「目的ですかい、相当無茶苦茶なことを考えていることは知っておりますが、どうもあんたにはついていけない節があるんですよ」

 さすがとしか思わない、拷問末に消え果た恐怖であり、燃え上がりすぎて最早消えようのない怒り、最後の決別ゆえに流した悲しみ、どれだけ彼を脅そうと消えた恐怖の果てには、何一つ残るものではない。

「だからどうしたんだ。それならやめてくれて結構だ、別に文句も言わないしきちんと退職金も払う。その上で後の仕事も紹介する」
「なんっすかそのありえない福利厚生は」
「俺の所為でやめるんだろ、それぐらいのことはしてあげるさ」

 その一言で気が抜ける。だがその次の瞬間、海晴の目を見て彼は凍りつく羽目になる。
 そこに人間は一人しか居なかった。薄ら笑いを浮かべ彼を視線で囲う姿に、人とも魔物とも思えない何かを彼は感じる。

「ただしだ、俺の手から離れるなら次は敵と言うことだ。内にいる間は助けてやるし救ってやる、敵になるなら何をされても文句を言うことを許さないぞ」

 それは軽い様子だった。だが問題はその目、感情の発露がさらに彼の変容を色濃く写す。
 人間に外れていないからこそ彼は、徹底的人間から外れつつあるのだ。喜怒哀楽で表すとすれば彼の感情は、喜びと哀しみだけ、ほかは全て拷問とその特殊な家庭環境が生み出すことはなかった。
 
 この世界にはいない、彼のような人間は絶対いない。
 拷問を受けたものはいるだろう、当然彼より酷い行為をされたものも、虐待されたこともあるものもいるだろう、当然彼より悲惨なものも幾つもあっただろう。そんなことはここには関係ない、人間であるなら怒りえる感情の発露がないものなどこの世にいない。

 虐待を受け入れたものなどこの世にいない、ましてや自分の世界から他の世界に行くほどの望んだ男だ。今までの人生を全て他人に使い、世界を離れても同じことを受け入れ続けた。元の世界では家族の為に、今の世界ではルッコラの為に、だがどれだけ他人に尽くしても帰ってくるのは常に報復だった。

「怯えるな、どれだけお前が敵対勢力にいたとしても俺を裏切らなければ何もしない。敵対しなけりゃ何をしても許すさ」

 そして彼を変容させる一言があった。ただひたすらに苦痛を受けていても、いつか誰かに認めて欲しかった。
 結局理解する所詮無理な話だったと。そして『お前は何で生きてる』これが完全なトリガーになった、それまで死んでた男にこれが全てを与えた。感情のきっかけを、最初に彼が得たものは恐怖で、それが磨耗し最後に怒りを覚えた。

「へ……へい、了解しやした。どうもあんたは怖い、何をするつもりで生きているのか理解が出来やしない。ただその約束忘れんな、仲間でいてやる一生いてやる、だから俺の敵になるな」
「守る、別に裏切ってもいいし、それを止めるつもりもない。ただ俺がちょっと腹が立って、悲しいだけだ」

 つまり全感情表現を使うということなのだが、まともに感情と言うものを理解していない彼は、ただそれだけと言う。

「うっせーよ、そんな目して言うな。その目は人のするもんじゃねぇ、傷持ちなんて甘いもんじゃねぇよ頭」
「だが人間なんだ、人間でしかないんだよ俺は、そんな哲学的な話はしてないさ。面倒な戯言は宗教に任せて仕事しろ、やめたいならきちんと辞表を書けよ。書類上の手続きはきちんとした方が後腐れがない」
「やめませんよ、時として嵐ってのは真ん中にいたほうが被害がないもんだ」

 彼の言葉を聴いて頷くと、足早にルッスは仕事に向かった。逃げるというよりも確信したのだろう、この組織のトップは言葉には偽りは無いということだけは、それだけは仲間としている間はあの目にさらされない。
 それで十分だしそれ以上のことは考えないようした、自分の上司である海晴。とりあえず悪い奴ではないのだ、いい奴では断じてないが、四法の汎用性の向上を目安としたプランを上げる。それが彼の今の仕事だ、だがこれは難しい今までかれこれ六百年ほど魔導機の汎用性は一切研究されたことがない。
 頭をかきながら色々考える、アイデア自体は山ほどあるのだ。その全てが汎用性と言う面でかけている、資金面で会うという時点で最早汎用性にかけてしまうのだ。

「明日の会議で、一度アイデアを聞くから忘れんなよ」

 ルッスは耳を塞いで聞こえないといった振りだ。最も彼自体、アイデアが出ても打ち切らなくてはならないだろうとは思っていた。何しろ素人にそんな無茶をさせているのだ、いつかは限界が来るに決まっている。
 しかも自分の私用だ動かせる人間だって決まっていた。

「業務拡大でもするか、いや人数が足りない。商品でも売り込みに行けばどうにかなるか」

 この世界で唯一のアドバンテージだ、魔法に浸りきってしまい科学技術の進歩が見受けられないこの世界だからこそ、彼の知識は使い道がある。もっとも一般の高校生が出来ることなんてたかがしれている、あいまいな部分をつぎはぎして、部下にこんなものは出来ないかと聞いてみる。その作品の出来がよければ、大盗賊に売り込みをかけるのだ。この都市で流通の一切を支配しているのが、彼なのだから仕方ない。

 だがこの世界で一番人気が出たのが千歯扱きであったあたり、ちょっと驚きではあった。後は品種改良の仕方ぐらいだろうか、電気関係の知識は通信手段としていくつかを考えたが、家庭用魔導機に負けるものも当然ある。その中には魔力の吸収力によって火力を抑える、魔力版ガスコンロのようなものもあるが、これは彼の考えた代物であり、一万九千別の魔導機クラスの代物だ。
 
 いくつか算段があるのだろう、部屋に一時間ほどこもって何かを書き上げると、その日の彼の仕事は終了した。

***

 この都市は、路上だろうが悲劇が起こるが、それは一種の見世物になっている。
 それはこの都市にいる大量の賞金首がいるのだが、賞金稼ぎたちと彼らの戦いだ。魔法などの派手な見世物が繰り広げられるのだ、その中でも最高賞金首である海晴はそんな賞金首の標的である。

 特に傷持ちなんてのは、この世界では何処にいても目立つのだ。だがこの街には暗黙の了解があり、街の住人が賞金首を狩る事は許されていない。それはこの都市の崩壊を意味するからだ、しかし今日は少し勝手が違った。余所者である賞金稼ぎ、それが彼の目をつけないわけがない。
 全時代最高額賞金首 英雄殺し アマハル 一人殺せば英雄の称号と、彼の奪った四法を得ることが出来、この都市の大盗賊さえも彼の悪逆の前では劣ると言わしめる。それほどの人間担ってしまった彼は、命知らずの賞金首に良く絡まれる。

 その十割を不意打ちのみで彼は殺してきた、決別の能力はどの法則よりも基本上位に位置している。どれほど強力な魔法使いでも英雄クラスでもなければ四法の攻撃は防ぐことは出来ない回避以外の手段はないのだが、彼の魔導機の機動は実際相当お粗末だ。何しろ子供でもマシな機動ができるほどに、故に彼の魔導機にそのままつっこんで勝手に切り裂かれるというパターンや前口上を言っている間に殺すなど、あんまり面白くない戦いがよく繰り広げられている。

 けれどいつもとパターンが違った、自分が英雄になったかのように威張り散していた賞金首と違い。明らかに彼に恨みを持つもの、いない訳がないのだ。彼が楽園で起こした被害、死者六百八十四名、重軽傷者二百人、行方不明者五百三十八名、殺しすぎにも程があるレベルの殺害だ。
 恨まれない言われはない、恨む言われもあるが、彼の視界を塞ぐように襲い掛かってきた金の光が彼に一瞬の動揺を与えた。

 それは本当に偶然、本来であればそのまま首と胴が断ち切れていたであろう。その金の光に彼は殺されかけその光に救われた、あと一寸それだけ踏み込めば致命傷だった。振りぬけた剛剣の唸りに、内臓ごと吹き飛ばされたと思うような風が吹き抜ける。
 だが彼とてそれで収まるわけが無い事ぐらい知っている、次の風が来る前に決別を起動する。増幅された魔力が、今までよりも力強く魔導機が起動することを教えてくれた。喧嘩などしたことがない、真剣勝負なんて当然のこと、剣なんて振ったことさえない、今までのような泥の殺意から、本当に鍛え上げられた刃の様な殺気に、肌があわ立ち一度彼の体が震えた。

「なぜしなないのです。災厄の傷持ちアマハル、英雄の武器を奪い、英雄の子供を殺し楽園の輝かしい未来を打ち砕いて。貴方なんで生きているんですか!!」
「殺したからだと思うが」

 そりゃ当たり前の結論だ。
 だがそんな事を聞きたいのではないのは当たり前の話、それは少女だ。神に選ばれたようなそんな美しささえ感じる。問題は目の前の男には意味がないことぐらい、ある意味平等な人種であるが、それはある意味最悪の事ではある。

 いきり立つ目の前の少女と自分の戦力差を冷静に判断してみるがあちらの方が圧倒的に有利。どう見てもあちらの武器は九十六通の一つであろう。
 国の将軍クラスに与えられるはずの武器だ。こちらの有利はなのか、それを冷静かつ確実に用意してあちらは欠点のみ引き立たせる以外に勝利の道などない。見たところか細い腕だ、間違い無く魔導機の支援を受けて持ち上げているのだろう。

 そもそも彼よりも十は低い間違い無く貴族の少女が、人をも殺したこともないだろう。自分への殺意以外は持ち合わせていない、しかしあちらは多少は鳴りとも彼よりは間違い無く戦闘における訓練されているはずだ。

「おいバゼル、今日一人ばかり奴隷を買いたい、それはどんな奴でもいいが出来るだけ子供が欲しい今すぐ頼めるか」
「毎度あり、現金はあんたの組織持ちで言いのかい」
「当たり前の話だ。もしかすると物品支給になるがそれでもいいか」

 渋い顔をしたが彼はお得意様だ。好き嫌いで商売などするものではない、儲けさせてくれるならそれは神様だ。

「聞くがそれは一体なんだい、一応教えてもらっとかないと困るんだが」

 それは挑発をかねる一言だっただろう、皮肉に頬を吊り上げた。何時から自分がこんな笑い方が出来るようになったのか、彼自身も理解できなかったが、その笑みだけで彼がまともじゃないことが分かる。

「目の前にいる女の一式だ、顔は駄目になるかもれないけどメルビルにでも渡せばいいだろう。それで奴隷一匹文以上の儲けだ、問題ないな」
「商談成立だ。出来るだけ顔は残しといてくれよ。二、三歳をとれば十分男を咥えるぐらいはできるからな」
「今でも十分だろう、出来るだけ約束は守る。そのときは魔導機はもらうぞ」

 当然のようにバゼルは了承した。魔導機なんてのは、持つ奴が持たなければ役にも立たない。
 だがそんなげすの会話を聞いて目の前の少女が怒らないわけもなかった。家族を焼き尽くされ残された最後の肩身で彼を討つ、彼女はそれだけしか考えてなかったのに、原因の男はその最後の誇りの一片さえ汚した。

「き、っき、貴様、私をさげずむだけではなく。一族の誇りごと汚そうとすつもりですか」
「所詮無機物を誇りにするようじゃあ、家の誇りもたいしたことないだろう」

 当然のように彼は彼女を怒りで狂わせた、そもそも昔ならともかく日本の核家族で育った男に一族といったものを期待すること自体がおかしい。本当にくだらないものだと思っているのを全身で表現した。

「き―――――さっ、まあああああああああああああ」

 激昂した人間など、まだ感情のまともに戻らない彼の前では、無駄な行為の塊に過ぎない。
 たった今手に入れた奴隷をそっと彼女の前に差し出す。それは理性を呼び起こす劇薬、彼女の魔導機こそ継承の名を持つ九十六通の一つ、今までの累積された殺人の軌跡が刃を止めることを許さない。

 ここで武器を引けば殺されるのは彼女だからだ。何も知らない子供の体にゆっくりと刃が入り込む。
 後は彼女が始めて感じる感触の始まりだ、頭蓋を叩き割りそのまま唐竹に振り下ろされた剣は、継承による超感覚により手ごたえの一つ一つを租借するように、手にその一つ一つを教え込んでいく。子供の体の柔らかさを、肉を切り立つ甘美な手ごたえを、だが振り下ろした瞬間の血の味と彼女の積み上げた今までの理性が一瞬で恐慌を作る。

 しかし叫び声を上げることはなかった。それより先に海晴が彼女の喉を突いた。
 呼吸と思考を停止させるには、悲惨で確実な一撃だ。声帯を潰した訳ではないが、呼吸だけは殆ど許されない状況だ。殆ど殺法だろう、そんな状況簡単になれる人間はいない。喉を押さえたところで腹に一撃。

 吐くとまでは行かなくてもこれで武器を持てる人間なんていない。
 トドメとばかりに、足を一本へし折る。これぐらいなら蘇生の範疇であるらしく、当然視線で商談成立している。歩けなかったら逃げることは出来ない、後は処理を任せればいいだけ。

 彼にとって魔導機なんてものは研究材料以外のものではない。二つ三つと在ればどうにかなると考えているわけではないが、材料が増えたと軽く鼻を鳴らした。

 これで彼女の人生は決まったようなものだ。後は男の玩具と言う人生しかないだろう。彼もそれは理解しているが、気が向いたら相手にしてもらってもいいかなと言うぐらいだ。
 まだもだえている彼女は、首を絞めたような声でヒューヒューと呻くだけだ。折れた足の痛みもあるのだろう、そこから一歩も動こうとしない。

 いやらしい顔をしている男達にさらされて彼女はようやく自分の運命に気付くのだろう。
 復讐と言う大義名分があろうと少し道を踏み外せば、所詮外道に過ぎない、それを見せればがボロボロと仮面が剥がれ落ちる。その非情に成れなかった心によって敗北したのだ。

「もうあうこともないだろうよ」

 最もこれが彼の最初の失策だ。殺さなかったこと自体が奇跡だった、それこそが失策だ。
 決意を決めても生かした、そんな彼のすることではない。悪夢のように這いよる唯一の現実はもっと悪辣で悲劇的でなくてはならない。

 だからこそ、彼はこの時生かした彼女を後悔する。

 しかしそれ故に世界はまた破滅に近付くのだ、彼の感情の発露を促すために。


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