一章 学園生活は終りを告げる


 それは学園では当たり前の光景だった。と言うよりも現代日本でももしかしたらまだやっているのであろうか、それは学院のテスト結果の張り出しである。
 この時ばかりは余り生徒の寄り付かない魔法工学部門の前に生徒が集まってくる。

 一位 マイゼミ=ミゼイ
 二位 ケタグ=ロード

 そんな感じで、順位が並んでいた。彼の姿も当然ここにあるのだが、彼の周りには人が寄り付くことはなかった。
 生まれつき人類に嫌われる性質があるというわけではない、彼はこの学院でも優れた方の人間ではあったが頭のいい人間ではなかったというだけの話である。彼は一学年時には、字さえかけなかった男である。
 その所為か、筆なしと言う蔑称まで授かるほどだったのだが、困った事に別に彼は馬鹿じゃない。それに彼は技術で世界を滅ぼすことの出来た時代の人間。その中で先進国にいて最低限の知識を持っている人間だ。あと家族に成績で迷惑をかけては、金を払わせている身分で申し訳ないと必死に勉強して来た人間だ。断じて馬鹿ではない、その持ち前の馬鹿正直さで、字を覚えてからはそれこそ躍進的に。

 だがそれが問題だった、この国は簡単に言えば中世だった貴族社会である。これが問題であったのだが、彼は別に気にせず黙々と勉強して成績を上げていった。
 貴族のやっかみにあって監禁される羽目になったことや、ルッコラの酒場に迷惑をかけたこともあった。これが原因で彼は国のあらゆるものから嫌われることなった。元々好かれるわけの無い悪魔の傷持ちが、余計に差別を受ける原因になってしまった。

 それ以来彼の成績は最下位と言う定位置に落ち着く。それでも彼が順位を確認するのは、彼を見上げるはずだった貴族に虐げられるためだ。貴族に屈服しなければ、ここで助けてくれたルッコラの家族に迷惑をかけてしまう。実際彼はその所為で半年と言う時間でルッコラの家から出て行った。
 結果として彼は現在路上生活をしている始末だ。

 周りからは浮浪者扱いを受け友人などいる筈も無い。実際彼は食うにも困る生活だ、彼の主食は残飯であり、誰も救ってくれる事は無い。この国にも正当な宗教があるがそれは中世のキリスト教徒変わらない。黒はそのまま悪魔の色だ、その漆黒を髪に纏う日本人は、この国ではただの異端の滅ぼすべき悪魔に過ぎない。そういった悪魔の片鱗を悪魔の傷持ち、または傷持ちといって忌み嫌っている。
 そうやってかつての黒人奴隷も容赦の無い迫害を受けていたのだ。

 唯一救われているのは国教セーベル教は、よっぽど熱心な信者以外そんな事を極端に気にする人間が国民にいない事だが、本当にそれだけであった。教授も国民も、ルッコラですら彼を救ってくれる事は無い。彼はルッコラの家から逃げ出し姿を消すが、彼女はそれさえ許さず彼を隣人と共にリンチを行ない、挙句に包丁で刺されて意思にかけた事だってあった。

「筆なし!! 一学年時の主席様はまたも最下位か」

 傲慢な声飛んでくる。それこそが彼を監禁し、ルッコラと海晴を完全に破滅させ、今の現状に彼を叩きこんだ男マイゼミ=ミゼイである。彼こそが賢者フェルシアの息子であった、母親は賢者と言うだけあって優れた人格者であるが仕事の多忙さからか、息子の教育はまともに出来なかったのだろう。所詮賢者といわれても、人間らしい無能が燦然と彼の前で輝いている。

 海晴は彼に監禁され、拷問を受けた。簡単にレパートリーを説明するなら、生爪を剥ぐ所から始まり、剥いだ場所を針で突き刺す、鞭で叩き、両手足を叩き折られ、学園中を引き摺り回された。他にも色々とあるが胸糞しか悪くならないので割愛する。

「ははは、そりゃ私のようなこじきに皆様に敵う頭脳なんてありはしません」
「そりゃ当然だろ。筆なし、俺達貴族いや英雄が救った国の人間がお前のような悪魔の傷持ちと同じなわけが無いな」

 海晴は彼と目をあわすことは無い、彼に頭を踏まれたまま土下座している。まさかこの長い髪で隠れた彼の表情に諦めが具現化したような笑顔さえあったなんて事を、マイゼミや周りの生徒や教師は気付く事は無いだろう。気を良くしたマイゼミは彼の頭を何度も何度も踏みつけながら、悪魔の傷持ち、筆なし、国なしといった侮蔑を受けていた。
 実際こんな事をしても許されているの彼が英雄の息子と言うわけではない。他の貴族、いやはっきり言うべきだろう。学院中の人間がしている。

 彼の周りに人格者はいなかった。当たり前である、簡単に人の才能を認めてやれる人間がいると言う事実自体が起こり得ない腐った話だ。人間と言う単体は隔絶した個を持つ存在を、つまり自分以外の才能を廃絶することから始めるのだ。そうやって摘み取られたのは海晴と言う人間の才能ではなく個と言う存在だ。

 マイゼミは満足すると、海晴の顔を蹴り飛ばし彼がいたぶってつけた血を靴につける。同時に周りにいる人間は笑った、これもいつものテスト後の風景だ三年もあれば誰もが見慣れて彼を侮蔑する。

「舐めろ」

 多少でもプライドのある人間だったら殺しかかりかねない。何より多少の良心があれば、普通はいえない言葉だ。
 だが集団がそれを容認すれば一人の良心は、集団に食い殺される。いじめでも分かる話だ、僕は何もしていないといった人間がこれに当たる。暴力を振るっていません、悪口も言っていません、当然であるその人間をいないものとして扱ってるのだ。
 その食い殺された良心の持ち主たちが全部これに該当する。だが相手も人間だ、簡単に無視できなくなってしまう。そうすれば実行者に回るか、その流れに乗ることなく係り合いにならないようにする、それを人は傍観と言う。

 ほら簡単な構図だ、これが人間縮図の一つ。

 そして海晴は、当然のようにマイゼミの靴を舐め始める。
 同時にマイゼミの笑い声と、周りの苦笑が響いた。そうこれが彼の三年間の成果だ、簡単に言えば地獄だ。街の路上で寝ていれば、彼によって被害を受けたルッコラや周りの人間が撒いた吹聴によって、寝ている彼に容赦ない暴力が振るわれた。

 じゃりじゃりと、砂のついたくっつを舐めると、途中でマイゼミは彼を蹴り上げた。

「なぁ、国なしの貴様が何で俺の靴に触れてるんだ」
「すいません、今度からは靴磨きの」

 そういったとたん彼の石を投げてきた奴がいた。
 火の走るような痛みを彼は感じて、今まで耐えていた痛みが溢れる様にして吐きそうになった。

「マイゼミ様に気安く話しかけるな! このお方は賢者様のご子息だぞ、貴様如きが話かけるな!」

 それは英雄信奉者だった。この下劣な光景を見ても信仰が全てを、その眼からは英雄がドラゴンを討ち取るようなそんな光景にでも見えているのだろう。何しろ彼は悪魔の傷持ちだ。悪魔を討つ英雄なんと絵になる光景だろうか。

 いつの間にかそうだという声が響き始めていた。それは逆にマイゼミに無駄な興奮を与えて、容赦なく海晴を殴りつける要因となる。途中で海晴の意識は痛みによって消えている。

「うるさいぞ! そろそろ授業が始まるのだ。くだらない事をしていないで、いい加減授業に行きなさい!」

 海晴が意識を失うと教師の一人が大声で怒鳴り声を上げた。彼はこの学園の中でも大貴族と言える者の一人、公爵家の三男坊ログオスト=カルベルトである。マイゼミすら頭を下げなければいけないほどの地位の人間だ。
 別にログオストは、海晴が好きなわけではない。寧ろ嫌いだ、だが今回ばかりは話が違う。

 今日彼が心待ちにしていた事を、海晴に告げるために彼はここに来ていた。

 だが過剰な暴力を受け続け海晴は、完全に意識を失っている。頭への攻撃は数度受けたものの、それ以外は全て打撲程度で済んでいる。これも全てはマイゼミの貧弱な力にあるだろう。こればかりは仕方ないとログオストは、しぶしぶ魔法を使い彼の体を回復させたのだ。
 実際二度ほど彼は死に掛けた事がある。それは拷問と、手加減を知らない貴族の息子や、周りの人間の過剰な暴力によって内臓が破裂するほどの暴力を受けたことがある。

 殺人は流石に悪魔の傷持ちでも、どんな理由があっても犯罪になってしまう。そうなっては困る為に、ログオストは彼を二度ほど救った。

 だがすぐには意識は戻らない。しかしながら当然のように、ログオストは彼のことを嫌っている。こんな無駄な人間に、これ以上時間をかけるのは好きではなった。容赦なく顔を叩く、だが問題はその威力だ、普通人間が思いっきり平手で頬を殴っても赤くなっても皮膚が切れる事は無い。だが現状彼の頬はそんな状態になった。
 結局四・五発ほど叩かれ、ようやく目を覚ます。一瞬虚ろな目をするが、それ以上の痛みによって強引に目覚めさせられる。

「ログオスト先生」
「黙れ、貴様の礼など欲しくも無い国なし」

 弱弱しく笑っている彼の姿が、ありありと幻視できるのだが、ログオストはそんな彼の姿も理解できないだろう。彼は純粋な国の信者だ、国なしとは彼にとっては汚物である。混乱期に国に紛れ込んだ人間である海晴のような人間は嫌いなのだ。何しろ海晴は、そもそも国自体が別の世界にある。何より愛国者であり国家至上主義者である彼は、自国から出るという行為自体が許せないのだ。

「わかりました」
「貴様の存在はむかつくが無駄に、人の話を阻まないところだけは評価できる。本題だが、貴様は本日を持って退学だ」
「え?」

 睨みつけ見下し、満足げな笑みを作り上げるログオストは、これで清々したと言わんばかりに晴れやかな表情だった。

「理解しろ無能、マイゼミの嫌がらせから逃げるために試験自体受けなかった貴様に救いをやると思っているのか。傷持ちの筆なしの国なしの為に、しかも授業料も払わない浮浪者の為に」

 理由だけは正しい。授業料免除期に学院に入った彼は、事実だけを見れば、テストを受けずに、成績が悪く、浮浪者である以上素行が悪くて当然、さらに下宿先に迷惑をかけた。十二分に退学にするだけの理由が浮んできた。
 彼は折れそうになった心を、事実と言う極北の風の為に強引に立て直した。

「分かりました。分かりました。今までありがとうございます、教えていただいた知識を使いこれから生きていきたいと思います」

 歯を食いしばり、本当ならその場で泣き叫びたいだろう感情を必死に繕う。
 顔は真っ青になって、この国ではもう生きていけなくなったという事実だけを教えられた。彼の震えるような言葉が、不快だったのかログオストは顔をしかめて舌打ちする。

「気にするな貴様の退学は、慈悲を持った退学だ。二十金貨をやる退学だ、一度とは言え主席を取った貴様はそれだけの報酬があるが」

 だがそれは彼にとって救いではない。この学院から一歩外に出れば、次は町民によって彼は虐待を受けその財布の金を奪われるのだろう。だったら……、彼は今更提げても意味の無い頭を必死に下げる。

「お願いです、その金貨。ルッコラの酒場に渡してください、私のために迷惑をかけた酒場に、もう顔を合わすことも出来ない迷惑を働いたのです。お願いです」
「人の話を聞け国なし、だから『が』といったろう。そんなことも理解している。どうせ貴様が金を持ったところで下民達に奪われるのがオチであることぐらい、だからこそ貴様の慈悲の金のことを教えておいた。理解したな、貴様の金をルッコラとやらの酒場に渡しに行ったのだ。それを把握したなら授業を受けることもなく荷物なんてないだろうからこの地から去れ国なし」
「分かりました、いままでありがとうございます」

 彼の声が響く。今汚く伸びた髪を覗けば虚ろな目が見れたことだろう。
 力なく学院の校門へと歩いていく。結局捨てられた、だが少なくともこれでマイゼミからの暴力は受けることはなくなった筈だ。もう彼はこの国にさえいることは許されない状況になったのだが、もうどうでも良くなって自嘲の笑みを溢す。

 三年間通った道をゆっくりと歩き出した。 
 だが校門を出るまで出さえ当たり前のように石を投げられ、ゴミを投げられ、挙句に殴り飛ばされる。結局学院を出るまでで、一時間の時間を要した。

 そしていつもの路上の睡眠場所はルッコラや他の人間によって燃やされている。

 それも当たり前のように彼は理解していた。だからこそ必要なものは全て隠してある。
 寒さをしのぐ防寒具と、クズ山から取ってきた鍋など。彼はそれをいつも隠していた場所から取り出すと、もう何も言う事もなくこの国から逃げ出すように太陽門に向かって歩き出した。
 といっても裏道しか使わない、彼と同じような境遇の人間は救いこそしてくれないが、安全なルートを彼に教えてくれる。当然の代償として彼は、今まで使っていた食糧確保の残飯エリアの場所を彼らに教えた。

 後は人の気配に注意しながら彼は逃げ出すだけだこの国から。
 だが彼の人生は万事上手くいったことなど一つとしてない。太陽門とはようはこの国から出るために絶対通る門なのだ。

 そこの衛兵に彼は止められた。

「貴様はここで拘束しろとのお触れが出ている。動くな傷持ち」

 それは止めるというには余りに容赦の無いものだ。刃先を彼に向けていないのが唯一の救いとも言うべき槍の穂先で彼を殴りつけたのだ。
 訓練された兵士の一撃は容赦なく彼の骨を破壊する。変にこもった息しか出せないほど打ちのめされた彼は肺で悲鳴を上げた。そのまま二度三度と槍で打たれると、完全に彼は動かなくなる。
 意識も完全になくなったのだろう、口元から泡が零れているが、他の国の人間以外は笑って彼の姿を見ていたのだった。

***

 彼は目を覚ます、だがそのとき鎖の音しか聞こえなかった。
 折れた骨は魔法で治療でもされたのだろう。痛みは何一つ無い、だがそれ以上に彼は目を見開いたとき悲鳴を上げそうになった。

「ま…、ま、…………まいぜ、み……さま」

 それは彼を学院時代になぶり殺しに近い目に合わせた男である。
 彼は被虐に満ちた目と、暴力に酔った目で、釘を彼の目の前にちらつかせていたのだ。

「なぁ、おいおい、折角三年間も俺に付き合ったと言うのに、君はなんですか? えぇ、この俺に一言の挨拶もなしに国から出ようって言うのかなぁ。ねぇ、あきらかに貴族を馬鹿にしているよねぇ」
「ろぐおすとさまの、め、めいれいで、この、く、く、くぅぅぅ、に、から、たいきょしろ、と……」

 へぇ、だが蛇のような目は容赦なく彼を絡めとる。そんな事彼は理解している、だが許さない。
 恐怖が極限に達する、明らかに彼が思い出すのはかつての拷問。彼は許しを請い悲鳴をあげ、何度も謝罪し結局二日ほど拷問は続いたのだ。

「駄目駄目、俺に言わないのが問題。だから罰をやろう、ほら簡単だろうこの釘なんかどうだ。ほらお前の昔いた酒場の娘にもしたんだよ。どうだあの母親にもしてやってもいいんだけどな」

 思い出すのはその拷問の始まり、逃げないように手足を釘で打つところから。
 決壊する、一瞬で思い出した。彼とルッコラ達を完全に突き放した悲劇を、釘を腕に打たれて陵辱され刻み付けられた過去の記憶があふれ出す。

 それと同時に彼は、狂ったように叫び始めた。

「やめてください! お願いです、殺さないで、許してください、殺さないでください。あの人を殺さないで下さい、僕ならいいですからお願いですから」

 ただ悲鳴を嘆き散す。ただひたすらにルッコラ達に対する暴力のことを考えて、マイゼミに縋り付き必死にルッコラと自分の命乞いをした。

「人を殺せというなら殺します、だからお願いですから許してください。お願いです、マイゼミ様、マイゼミ様、マイゼミ様、お願いですから、あの人には」

 そんな彼の必死な形相に気をよくしながら、彼を見下したように笑う。
 すがりつく彼を蹴り飛ばし、あごだけ持ち上げ彼と視線を合わした。

「嫌だ、嫌だ、お前は、俺の玩具だからお前の言葉なんか聴かない。けど俺はお前の悲鳴にだけ今は興味があるんだよ」

 満面の笑顔で振り下ろされた彼の無慈悲な笑い声で、その一撃で悲鳴は全て止まった。
 
 その極めて単純明快な解がある。釘が彼の手に深々と突き刺さったのだ。
 確かに海晴の悲鳴は止まった。だがその代わり笑い声が響き始める。その一撃で喋る事もできずにぴくんぴくんと痙攣を起こし白目を剥いた。
 彼のそんな姿を見て笑うマイゼミの声が響く。目玉でも溢すかのように、目は大きく開かれ余りの痛みには何も出来ず、声さえ無い悲鳴を叫び散らかしていた海春が滑稽なのだろう。

 それから三度同じものが振り下ろされ体に異物として食い込む。
 これで四肢の拘束は完璧だが、一撃目ですでに死に掛けている海晴は、三度跳ねて口から血のついた泡を溢し始めた。咽喉に絡む血が彼を呼吸困難に落としいれる。

「やーだーよーだ。折角見つけた、傷持ちだ、この英雄賢者の血を引く俺様が、神の光を持って滅ぼしてやるんだからな」

 いっておくがそんな理由じゃない。まともに母親としての機能を果たさなかった賢者の失敗作だ、完全に子供の性格は破綻し、幼い残酷性に暴力的な興奮をプラスしたのだろう。彼は単純にその暴力によっている、自分の力で他人を蹂躙しつくす事に快楽を感じ始めてる。
 そして彼はそれを唯一許される玩具をようやく手にした。
 国なし、言いかえれば何をしても治外法権だ。そして傷持ち、正統的な理由が出来た、こんな都合のいい玩具は早々無い。

 興奮でいきり立つ股間を気づきもし無い彼は、楽しそうに次の拷問を開始した。この日から、海晴の地獄は開幕する。

 そしてまた彼に突きたてられた釘が、意識を取り戻させる。それから豚は悲鳴を響かせ、そして猿の笑い声を響かせるだけのものだった。それはこれから半年の間終わらない、これこそが彼の全てを破壊してしまう原因になるのだが、それは今はまだ下らない妄言である。


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