一位 マイゼミ=ミゼイ そんな感じで、順位が並んでいた。彼の姿も当然ここにあるのだが、彼の周りには人が寄り付くことはなかった。 だがそれが問題だった、この国は簡単に言えば中世だった貴族社会である。これが問題であったのだが、彼は別に気にせず黙々と勉強して成績を上げていった。 それ以来彼の成績は最下位と言う定位置に落ち着く。それでも彼が順位を確認するのは、彼を見上げるはずだった貴族に虐げられるためだ。貴族に屈服しなければ、ここで助けてくれたルッコラの家族に迷惑をかけてしまう。実際彼はその所為で半年と言う時間でルッコラの家から出て行った。 周りからは浮浪者扱いを受け友人などいる筈も無い。実際彼は食うにも困る生活だ、彼の主食は残飯であり、誰も救ってくれる事は無い。この国にも正当な宗教があるがそれは中世のキリスト教徒変わらない。黒はそのまま悪魔の色だ、その漆黒を髪に纏う日本人は、この国ではただの異端の滅ぼすべき悪魔に過ぎない。そういった悪魔の片鱗を悪魔の傷持ち、または傷持ちといって忌み嫌っている。 唯一救われているのは国教セーベル教は、よっぽど熱心な信者以外そんな事を極端に気にする人間が国民にいない事だが、本当にそれだけであった。教授も国民も、ルッコラですら彼を救ってくれる事は無い。彼はルッコラの家から逃げ出し姿を消すが、彼女はそれさえ許さず彼を隣人と共にリンチを行ない、挙句に包丁で刺されて意思にかけた事だってあった。 「筆なし!! 一学年時の主席様はまたも最下位か」 傲慢な声飛んでくる。それこそが彼を監禁し、ルッコラと海晴を完全に破滅させ、今の現状に彼を叩きこんだ男マイゼミ=ミゼイである。彼こそが賢者フェルシアの息子であった、母親は賢者と言うだけあって優れた人格者であるが仕事の多忙さからか、息子の教育はまともに出来なかったのだろう。所詮賢者といわれても、人間らしい無能が燦然と彼の前で輝いている。 海晴は彼に監禁され、拷問を受けた。簡単にレパートリーを説明するなら、生爪を剥ぐ所から始まり、剥いだ場所を針で突き刺す、鞭で叩き、両手足を叩き折られ、学園中を引き摺り回された。他にも色々とあるが胸糞しか悪くならないので割愛する。 「ははは、そりゃ私のようなこじきに皆様に敵う頭脳なんてありはしません」 海晴は彼と目をあわすことは無い、彼に頭を踏まれたまま土下座している。まさかこの長い髪で隠れた彼の表情に諦めが具現化したような笑顔さえあったなんて事を、マイゼミや周りの生徒や教師は気付く事は無いだろう。気を良くしたマイゼミは彼の頭を何度も何度も踏みつけながら、悪魔の傷持ち、筆なし、国なしといった侮蔑を受けていた。 彼の周りに人格者はいなかった。当たり前である、簡単に人の才能を認めてやれる人間がいると言う事実自体が起こり得ない腐った話だ。人間と言う単体は隔絶した個を持つ存在を、つまり自分以外の才能を廃絶することから始めるのだ。そうやって摘み取られたのは海晴と言う人間の才能ではなく個と言う存在だ。 マイゼミは満足すると、海晴の顔を蹴り飛ばし彼がいたぶってつけた血を靴につける。同時に周りにいる人間は笑った、これもいつものテスト後の風景だ三年もあれば誰もが見慣れて彼を侮蔑する。 「舐めろ」 多少でもプライドのある人間だったら殺しかかりかねない。何より多少の良心があれば、普通はいえない言葉だ。 ほら簡単な構図だ、これが人間縮図の一つ。 そして海晴は、当然のようにマイゼミの靴を舐め始める。 じゃりじゃりと、砂のついたくっつを舐めると、途中でマイゼミは彼を蹴り上げた。 「なぁ、国なしの貴様が何で俺の靴に触れてるんだ」 そういったとたん彼の石を投げてきた奴がいた。 「マイゼミ様に気安く話しかけるな! このお方は賢者様のご子息だぞ、貴様如きが話かけるな!」 それは英雄信奉者だった。この下劣な光景を見ても信仰が全てを、その眼からは英雄がドラゴンを討ち取るようなそんな光景にでも見えているのだろう。何しろ彼は悪魔の傷持ちだ。悪魔を討つ英雄なんと絵になる光景だろうか。 いつの間にかそうだという声が響き始めていた。それは逆にマイゼミに無駄な興奮を与えて、容赦なく海晴を殴りつける要因となる。途中で海晴の意識は痛みによって消えている。 「うるさいぞ! そろそろ授業が始まるのだ。くだらない事をしていないで、いい加減授業に行きなさい!」 海晴が意識を失うと教師の一人が大声で怒鳴り声を上げた。彼はこの学園の中でも大貴族と言える者の一人、公爵家の三男坊ログオスト=カルベルトである。マイゼミすら頭を下げなければいけないほどの地位の人間だ。 今日彼が心待ちにしていた事を、海晴に告げるために彼はここに来ていた。 だが過剰な暴力を受け続け海晴は、完全に意識を失っている。頭への攻撃は数度受けたものの、それ以外は全て打撲程度で済んでいる。これも全てはマイゼミの貧弱な力にあるだろう。こればかりは仕方ないとログオストは、しぶしぶ魔法を使い彼の体を回復させたのだ。 殺人は流石に悪魔の傷持ちでも、どんな理由があっても犯罪になってしまう。そうなっては困る為に、ログオストは彼を二度ほど救った。 だがすぐには意識は戻らない。しかしながら当然のように、ログオストは彼のことを嫌っている。こんな無駄な人間に、これ以上時間をかけるのは好きではなった。容赦なく顔を叩く、だが問題はその威力だ、普通人間が思いっきり平手で頬を殴っても赤くなっても皮膚が切れる事は無い。だが現状彼の頬はそんな状態になった。 「ログオスト先生」 弱弱しく笑っている彼の姿が、ありありと幻視できるのだが、ログオストはそんな彼の姿も理解できないだろう。彼は純粋な国の信者だ、国なしとは彼にとっては汚物である。混乱期に国に紛れ込んだ人間である海晴のような人間は嫌いなのだ。何しろ海晴は、そもそも国自体が別の世界にある。何より愛国者であり国家至上主義者である彼は、自国から出るという行為自体が許せないのだ。 「わかりました」 睨みつけ見下し、満足げな笑みを作り上げるログオストは、これで清々したと言わんばかりに晴れやかな表情だった。 「理解しろ無能、マイゼミの嫌がらせから逃げるために試験自体受けなかった貴様に救いをやると思っているのか。傷持ちの筆なしの国なしの為に、しかも授業料も払わない浮浪者の為に」 理由だけは正しい。授業料免除期に学院に入った彼は、事実だけを見れば、テストを受けずに、成績が悪く、浮浪者である以上素行が悪くて当然、さらに下宿先に迷惑をかけた。十二分に退学にするだけの理由が浮んできた。 「分かりました。分かりました。今までありがとうございます、教えていただいた知識を使いこれから生きていきたいと思います」 歯を食いしばり、本当ならその場で泣き叫びたいだろう感情を必死に繕う。 「気にするな貴様の退学は、慈悲を持った退学だ。二十金貨をやる退学だ、一度とは言え主席を取った貴様はそれだけの報酬があるが」 だがそれは彼にとって救いではない。この学院から一歩外に出れば、次は町民によって彼は虐待を受けその財布の金を奪われるのだろう。だったら……、彼は今更提げても意味の無い頭を必死に下げる。 「お願いです、その金貨。ルッコラの酒場に渡してください、私のために迷惑をかけた酒場に、もう顔を合わすことも出来ない迷惑を働いたのです。お願いです」 彼の声が響く。今汚く伸びた髪を覗けば虚ろな目が見れたことだろう。 三年間通った道をゆっくりと歩き出した。 そしていつもの路上の睡眠場所はルッコラや他の人間によって燃やされている。 それも当たり前のように彼は理解していた。だからこそ必要なものは全て隠してある。 後は人の気配に注意しながら彼は逃げ出すだけだこの国から。 そこの衛兵に彼は止められた。 「貴様はここで拘束しろとのお触れが出ている。動くな傷持ち」 それは止めるというには余りに容赦の無いものだ。刃先を彼に向けていないのが唯一の救いとも言うべき槍の穂先で彼を殴りつけたのだ。 *** 彼は目を覚ます、だがそのとき鎖の音しか聞こえなかった。 「ま…、ま、…………まいぜ、み……さま」 それは彼を学院時代になぶり殺しに近い目に合わせた男である。 「なぁ、おいおい、折角三年間も俺に付き合ったと言うのに、君はなんですか? えぇ、この俺に一言の挨拶もなしに国から出ようって言うのかなぁ。ねぇ、あきらかに貴族を馬鹿にしているよねぇ」 へぇ、だが蛇のような目は容赦なく彼を絡めとる。そんな事彼は理解している、だが許さない。 「駄目駄目、俺に言わないのが問題。だから罰をやろう、ほら簡単だろうこの釘なんかどうだ。ほらお前の昔いた酒場の娘にもしたんだよ。どうだあの母親にもしてやってもいいんだけどな」 思い出すのはその拷問の始まり、逃げないように手足を釘で打つところから。 「やめてください! お願いです、殺さないで、許してください、殺さないでください。あの人を殺さないで下さい、僕ならいいですからお願いですから」 満面の笑顔で振り下ろされた彼の無慈悲な笑い声で、その一撃で悲鳴は全て止まった。 それから三度同じものが振り下ろされ体に異物として食い込む。 「やーだーよーだ。折角見つけた、傷持ちだ、この英雄賢者の血を引く俺様が、神の光を持って滅ぼしてやるんだからな」 いっておくがそんな理由じゃない。まともに母親としての機能を果たさなかった賢者の失敗作だ、完全に子供の性格は破綻し、幼い残酷性に暴力的な興奮をプラスしたのだろう。彼は単純にその暴力によっている、自分の力で他人を蹂躙しつくす事に快楽を感じ始めてる。 興奮でいきり立つ股間を気づきもし無い彼は、楽しそうに次の拷問を開始した。この日から、海晴の地獄は開幕する。 そしてまた彼に突きたてられた釘が、意識を取り戻させる。それから豚は悲鳴を響かせ、そして猿の笑い声を響かせるだけのものだった。それはこれから半年の間終わらない、これこそが彼の全てを破壊してしまう原因になるのだが、それは今はまだ下らない妄言である。 |