彼もなぜこんな事をされるのか分かりはしない。だが生まれて気付けば、ずっとこうだった。 だが彼はこれが家族の当たり前だと思って成長していた。そんな彼の常識が崩されたのは、初めて出来た友達の家に遊びに行ったとき。 彼は高校卒業と共に家族の前から存在を消そうと心から誓っていた。 そんな彼もようやく高校卒業する事になる。両親や姉に最大の感謝として朝に頭を下げて今まで育ててくれた感謝を告げた。流石の家族もこれには面食らっていたが、この日から確実に彼は家からいなくなる。 「今まで、ありがとうございます」 だが卒業式の日。彼はそもそも、この世界からいなくなった。 *** いつそうなったのか理解も出来ない。ただ彼は意識を失ったままこの暗い路地裏で気絶していた。まだ昼頃なのだろう周りは人々の喧騒が遠くから響いてくる。やけに生臭い匂いにようやく彼は眼を覚ますが何が起きたか理解が出来なかった。彼は玄関から出たところで記憶を失っているのだ。 「ここは?」 彼の溢した言葉はこの路地裏に響いても人には響かない。石畳が道を敷き詰めた日本では余りお目にかかることさえ難しい、それだけなら良いが辺りには誰もいないし、日本と言う名の文明の香りを一切感じなかった。常識に考えて用意されているはずの空調設備など機械なども見受けられない、コンクリートジャングルと呼ばれるほどの場所さえある日本であって、レンガや石を基調として作られた建物自体そうそうお目にかかれるものではない。 冷静に見てもこれは異常だった。彼の知識の限りでこんな建物が、しかも明らかに年月を経たその建物が彼の家から学校までの間に在るはずがなかったのだ。 背筋に冷や水を流し込まれたように体が震え、その場にいることが恐ろしくて彼は走り出した。 そこは幻想だった、巨大な白い城が彼の視界に入る。人々踊り狂っている姿が見える、それは祭りのようだった。聞いた事の無い楽器から音が流れている、聞いたことのある声で、歌を紡いでいる。どこか扇情的な踊り子が辺りに花を巻きながら、人々に笑顔を振りまく。 だがそれが何を祝っているのか彼にはわからない。それ以上の疑問があったからだ、しかしそのパレードが彼の今までの疑問全てを完全に確信に変える。 「これが現実なのか」 彼は叶わぬ夢を見ていた、そもそもこの状況さえ彼にとっては夢想の話であったのに、いくら感じても消えないその衝撃に彼は確信せざるを得なかった。 それに彼は家族の中で一番必要ない子供だ。そんな彼を人前に晒すような事は親はしない。 「あはは、冗談だろうかこんな奇跡」 もはやその現実を受け入れなければ、彼はもう生きていけない。死にたくは無い、漠然とした思いだが虐待の末に彼が思ったのはその程度の話だ。 どうしようもない現実の前に彼は、屈服するしかない。ただあきれるほど力をが抜けてポツリと呟いた。 「ここは日本どころか地球ですら無いのか」 彼の嘆きは、当然の如く騒ぎにかき消されるのだった。 *** 現状を把握すればあとは実行だ。 「あいよ兄ちゃん、この当たりではまず見ない珍しい髪だね旅人かい?」 彼の言葉を聞いたおばさんは眼を丸くして驚いた。 「あんた一体何処の人だい!! この祭りを知らないなんて、兄ちゃんよっぽどの変わりもんだよ」 情けなさそうな顔をしたまま頭をかく事しか出来ない。そんな彼の態度を見たおばさんは呆れた様子で語りだした。 「どうせこの国に来て日がたたないでしょう。もしかして今日来たのかい、ここらじゃ戦争があったのよ」 ちょっと浮かれた様子で、話すおばさんの姿はこの日が来るのを一日千秋の思いで待っていたのだろう。 「そうですね。かなり遠くから着ましたから。この辺りの事情には疎いですがそんな事があったんですか」 まさか僕はそのために呼ばれたのか、一瞬彼に英雄願望が芽生える。こういう物語ならそう言うのが定番であり王道だ。だがおばさんの語りは終わらない。 「こりゃこの国もお終いかと思ったとき、勇者様が現れたのさ。賢者フェルシア様、魔法王ヨグス様、剣人ロウホウ様と共に、そいつらを全滅させたのさ!! …………ちょっとした期待があった彼はへこんだ。 「勇者様は異世界に帰っちまったし。フェルシア様とヨグス様も生きていらっしゃるがロウホウ様は戦死してしまった。それに戦争で大分この国は疲弊しちゃったがね、若い奴はこの国では宝だよ。兵士なんかの召集もあるし、今なら王国学院が無料で人を募集していると聞くから、もしこの国が気に入ったらそう言うところに根をはっちゃどうかね」 違うそれは全く違う、選択肢がそこしか存在しなかった。コネも無い金も無い、無料では入れる学び舎は彼にとっては相当大きいのだ。おばさんは、若い人がこの国に入ってくることを喜んでいるのか。祝福のように一度だけ手を叩いて、手を握り友好を体全身で激しく表現する。 「そうかい、そうかい、全く嬉しい限りだねぇ。この国、獅子の鬣の名を持つこの国にまた一人、これでまた賑やかになるよ」 これだけ優しくされたことは彼の人生に意味は無い。この世界では自分も人間として扱ってくれる希望さえ見出していた。 「ええ、全くちょっとばかり治安の悪いところを走り回ったぐらいですよ」 また豪快に笑うと彼の背中を咳き込むほど叩く。 「悪い、悪いじゃあまずはその服だ、路銀が無いようだ売り払ってしまいな。必要以外のものを売って当面の金にしちゃいな」 首を振る、この服や鞄は海晴の以前の世界のつながりだ。彼はそれを持っていても意味が無い、この世界の住人に成ると決めていた。 「いえ、こんなものはまた運がよければ手に入りますよ。それより今はこの国になれないといけないですからね」 結局その日の宿の分まで世話になる。移動の途中でルッコラ=ルッコランと言うおばさんの名前を聞いて、酒場の店主をしているとのことだった。王国学院は寮はあるが、貴族専用のとのことで結局この酒場に宿を取ることになる。立場としては住み込みのアルバイトのようなものだが、これから王国学院の半年ほどこの場所ですごす事になった。 そしてそれから三年後、彼にとって最大の人生の転機が訪れる事になる。 |