終章 その人の名前は……
 



 彼らが辿り着いた時既に建物は崩壊していた。
 ただそこで歌を歌う少女だけが、その全てを知っていたのかもしれない。けれどその歌と、目の前の事実を知る事によって、ユーグダーシが死んだ事だけはわかった。

 力の抜けたジューグや、リーベンウッドマンは彼が約束も果たせず死んだという事実を理解したのだろう。
 そして何よりあれほど楽しいと思った四人の揃った戦いは、一度で終わってしまったと言うその喪失感はこの場で崩れ落ちて涙を流してしまいそうだった。

 彼らの絶望もしらず、歌が終わる。涙を流していた少女は、それを拭い四大貴族である彼らを睨み付けた。

「貴方たちは何をやってるの、屍なんか放置しなさい。するべき事をするのが事実じゃないの」

 まだ愚かな彼女、だがそれでもこの迫力だけは彼らも驚く。ユーグダーシと遜色などあるはずもなかった。
 本当であればたたえられるはずの英雄である彼だが、国の上層部とカイベスぐらいの参列で葬儀は終わる。この席に彼女が現れる事は無い。
 まだ彼女には地力が足りないから、彼に後悔をさせない約束を守った男に払える対価など、彼の命が無駄でなかった事を証明するしかないのだ。

 最初の十年、そうやって彼女は過ごしてきた。そしてこの頃ようやく頭角をあらわしてきた、それこそ全てをねじ伏せるが如き勢いで。
 そして王の死後、結局子供を作る事のできなかった王は、彼女を新たな王いや国家元首として任命する。最初の十年から先は最早、全てが伝説だっただろう。

 歴史書にも大陸英雄譚としてその全ての功績が描かれ、近代文明になってもなお彼女たちの伝説は刻まれ続けた。
 たった一度の世界大戦後、境界大陸はアルファンドの手中に収まる事になる。この後反乱が起こる事もなく、彼女の生涯は最後の最後まで国家元首として生き抜いていた。

 しかし彼女の晩年は資源不足との戦いであったといってもいいだろう。こればかりは輸入でどうにかするしかなかったが、この彼女の窮地を救ったのはユーグダーシであった。
 それはカイベスに綴った手紙である、北の大地の調査結果である、そこは資源の山とも言うべき所であった。この北の大地のお陰で彼女はその資源危機から国を救う事ができるようになる。

 これが彼女の死後にユーグダーシの名を世間に広めるのだが、それは些事と言う物だろう。彼の功績を本当に知るものは、もう数少なくなってきた。

 ただアルファンドで彼の名前を知らないものはいない、霧の都に生きてきた者で彼を知らないものは誰一人いなかった。余り活躍はしなかった、目立つ事もなかった、そう言う風に彼が小細工を続け人の目を騙してきたからだ。

 そして彼女が国の元首を降り一人回顧録を書くころの話だ。一人の埋もれていた英雄がまた息吹き始めたのは、彼を忘れたわけじゃないただ約束を守る為に構っている時間がなかったから。

 後継者の教育を済ませて世代交代した、もう残す事はあの死にたがりだった自分の事と英雄の話だけだ。

 彼の名前をタイトルに使って、その半生を歌詞にしたためた。
 その回顧録はユーグダーシの名前を使っていた。しかしその回顧録が出ることはなかった、彼女が書き終わるまで寿命が続かなかったのだ。一つの後悔が彼女にはあったかもしれない。
 たった一人の彼女の英雄を、誰にも教えられなかったのだから。

 死ぬ間際、たった一つの歌を彼女は残し未完成の回顧録を一つ残しただけだった。ただ手紙にこの墓の隣に私を埋めてくれと、頼んだ手紙だけが置かれてあった。この日英雄の死に誰もが涙する、その未完成の回顧録は彼女のと共に埋葬された。

 それは英雄となれなかったユーグダーシに捧げる歌、彼女が彼の最後にまで歌っていた葬送曲。
 彼に相応しい日の目にも出ない埋もれた一人の英雄に捧げられる歌。

 知られない英雄がいた、英雄たちが英雄と言い張った英雄がいた。
 けれど名前も知らない、ただささやかれるだけの英雄。

 ただ彼の生涯にそれほどの不服があるわけでも、文句があるわけでもない。次に継承する存在がいてそれが偶然英雄になっただけだと彼は笑うだろう、何しろ彼がアルファンドを復興させたのは、唯一つの理由だけだからだ。
 自分の始末を付けるというただそれだけの事、そして天才たちに対して勝負を挑む。

 一人の相棒と、一人の跡継ぎを用意して、たったそれだけを使ってその全てを騙し通して後は自分の思い通りに動くように配置した。
 結局誰もわからないままに彼は勝利したのだ天才たちに、彼がなにをしでかしているかも理解が出来なかったままに国を元に戻した。国とその国民全てに対する戦争だった、その為に彼は走りぬけた。

 彼の成果は英雄たちを見ればわかる、才能を見出しその力の使い方を教え続けてきた彼が無能で無いと言う事実を証明する為に、国を世界有数の大国にしてしまったのだ。

 彼らにはそれだけの力がある。またその結果かどうかわからないが、アルファンドは教育には凄まじい重点を置く事になる、個人の才能を見つめそれでも違う道を歩みたいものもいるに決まっているのだ。

 そのものたちへの指針を、努力しだいで天才にさえ勝てることの証明をこの復興の祖が成し遂げたのだから。

 だからこそアルファンドは人材の減らない国になった、その人材が国を富ませた。

 最後は彼女の言葉で締めるべきだろうか。死ぬ間際、偉大なる英雄の一人はある言葉を残している。
 そしてその言葉が彼女の最後の言葉となった。

*** 

 私はあの人を超える事ができただろうか、まだ勝てた気がしないの。

 誰か教えてくれない。え、知らないの、ケチねしかたないからあの人にあって聞いてみる。

 真の英雄であるあの人に、私に全てをくれたあの人に、そして言い返す。負け犬なんかじゃないって、貴方は常に勝者だったと。

 この生涯において、貴方のそばにいられたからこそ今があって、その全てをあなたに感謝しているって。

 いいでしょう貴方たち、私はこのアルファンドの本当の英雄を知ってるの。

 あの無敵の三人の本当の長を知っているの。

 それは本当に傲岸不遜で何時までも暴言を吐いてたそんな人で、何時も自分の才能の所為で一番の無能だと思っていたそんな人だった。

 そんな人だったの私たちの英雄は、あらその人の名前を聞きたいの駄目よ。
 私の英雄だから、アルファンドの英雄じゃないの私の英雄だから駄目、きっと皆そう言うの。あの三人も、他の人も、彼に関わった人はそう言うの。

 けどもう最後だし皆に自慢してあげる、だって本当はあの人の名前を教えてあげたいの。だって自慢したいじゃない、私の英雄なのよ。

 きっとあの人達も自分だけの英雄だと言う、私のだけの英雄。

 そして私もあの人だけの英雄なのよ。本当にそれだけの為に生きてきたの。

 いいでしょう、たった一人の英雄同士。それでようやくあの人と私は対等になれるの。

 どうしても聞きたいの、そうね。けどやっぱり駄目、とても大切だから。

 私だけの英雄だから。

 けどもう駄目、やっぱり我慢できない、私だけの英雄なんだけど自慢しちゃおうと思うの、羨ましいだろうっていいたいから。

 大切だからこそ皆に教えたいの。声を張り裂けんばかりのこの人のことを伝えたいの。

 その人の名前はね、私だけの英雄の名前は…………


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