五章 歌は潰える
 









「さて頼むぞ王様、あんたの号令がなけりゃ国は動きやしない」

 正直なところ王が喧嘩を売ったところで、国は絶望的だと言うしかないだろう。
 彼はよりにもよって、同盟国全てに喧嘩を売ったのだ。人材の宝庫であったとしても、国士への侮辱は完全に戦争を起こしてもいいレベルであったのは間違いない。
 しかしながらアルファンドと正面を切った戦争だけは出来ないのだ彼らとしても。アルファンドは有能であるといったが、滅びた国の分際で経済的には彼らの国に既に必要不可欠な存在として杭が打たれてある。

 その全てはカイベスと言う人間の実力だ、ユーグダーシとカイベスが会社を作った理由はそこにしかない。
 この境界大陸に完全に根付いている、それこそ全ての根が国の根底に絡みつくほどに、滅びた国だからと見逃しておけば何時の間にか、完全に経済レベルで掌握されつつあった。
 何よりその全ての統括権を持っているのがカイベスだ。先に起こったアルファンドの経済主要人殺害事件から派生する、カイベス=グードスケのコーネリオ社経済独占が始まった。

 この大陸は既にカイベス一人に経済を統括させているのだ。
 いまだユーグダーシとカイベスが繋がっている事を知らない他国は、その経済の若獅子だけに脅威を絞っているようだが遅すぎる。毒は進行してこその毒なのだ、国民が国の土台なら金は国の血だ、そんなものに毒を流されればどうなるか馬鹿でも理解できるだろう。

 アルファンドの才能を思い出せば悲惨なものだ。四大貴族と呼ばれる過去からの功績を絢爛と示す、国と言う枠組みを外れてしまった所為でその凶暴性が無秩序に反乱したのだ。そもそも彼らは一人で国を治むるにたるだけの器がある、それだけのカリスマもあるが、困った事にこの四人にそんな面倒なものに興味は無いのだ。
 三人の幼馴染達は、ただユーグダーシの策略に勝手にのかって行くのだ。それはまだ国が生きていた頃、何も出来ずに国を滅ぼした四大貴族の継承者達、一人は滅ぼす事にすべての力を費やし、三人は競争相手である家族を謀殺した。

 全世代中最高位の才能を持ちながら、それを使う機会は実は訪れていない。ただカイベスだけが名を馳せた。それにも必要があったから、それは彼らが屈服した才能に力を貸すため。国を興すことよりも、世界を統治するよりももっと難易度の高い戦いに挑む為に。
 
 話を変えよう。高潔血統の一度目の対談は一方的だった、だが二度目はこうはいかないだろう。何の剣も用意せずに一方的にどうにでもなると、勘違いしていたところを完全に突かれた。
 だからこそ新たに磨がれた剣を用意し会談に臨む必要がある。相手とこちらの戦力差を考えれば才能ではなく物量で彼らの勝利は確定だ、この国を戦争で手に入れるのは殺すかもしれない人材だ。その人自在の長達を屈服させなくてはならない、骨が折れるが物量は上だ負けるとは思えない。戦争配置よりによる物量だ、敵より全部の面で量を持てばまけることなど無い。

 例外など、そのとき偶然起きるものだ。そんなものに期待して国など動かせるわけなど無い。

 だからこそアルファンドも全ての力を出し尽くす。国が滅んで以来、発する事のなかった王の声が国に響き渡った。それに驚いたのは誰か、最初は多分民衆、その次は一部の成功者達。そしてリブドゥルエもまたそんな人間の一人であった、声が発せられたのだ。
 それは竜の血縁の轟音、地面を踏み鳴らし地面を屈服させる一つの形である。今更何をと思う人間もいるだろう、力を貸さない人間もいる。王は彼らに何もしなかったのだ、都合のいいことなのだ。
 
 それでも王は動かなくてはならない。たった一つの国の宝、与える以外の選択肢を持たなかった称号の持ち主の為だ。
 命を賭けて戻すと言った、その言葉に嘘偽りが無いのは、幼い頃から彼を見てきた、王が一番知っている事なのだ。誰よりも人の才能を見抜く目に優れた彼は、それゆえに誰よりも劣等感を抱えて生きてきた。そんな彼だからこそ、油断など無いのだろう、どこまでも冷徹に人の才能を見切りその才能に勝る別の力で屈服させる。
 そんな彼が勝利を口にする事、それ自体がこの世界における絶対の勝利の極み。国の宝が予言するのだ、王が動かぬ事こそ道理から外れてしかるべき代物である。故に竜はその象徴をひけらかす。

「久しぶりだ、滅んだ国の王に興味など無いだろう。だが、君達に王としてのお願いがある。たった一つ国を滅ぼした王が願う最後の願いだ」

 まだ生きているとは思わなかった人間もいるだろう。しかしながら王の声は明確に、精気に満ちたかつての王と国を髣髴させた。それこそがユーグダーシの持っていないカリスマ、支配するに足るだけの力を持つ男の君臨する様だ。これが彼が持つ生まれながらの才能だろう、ユーグダーシはただ人に好かれるような類の人間でないのは見てもらえば理解できるだろう。
 無能ではないしかしながら癖のある四大貴族をまとめ続けた、竜の血統がまさかただの無能であるわけが無いのだ。
 国を動かしてきた男の声は、無気力にいき続けた者たちにも届く。

「国を戻したい、国を復活させたいのだ。そのために諸君達には、辛い生活をさせたと思う。だがそれでも成し遂げなくてはならない事だったのだ」

 誰もが納得するはずは無い。誰もが理解をするはずもない。
 それは理解していた、ユーグダーシーですら当たり前の事実として、それを受け入れていた。だがそれではどうにもならない、国を復活させるのだ。力が要る、どんな力でもいい、この境界大陸にまたアルファンドの名が刻まれる為には、人の才能を全て使い尽くさなくてはいけない。

 そこまでこの国は追い詰められている。人は死に、人の体が城を築く。
 死体と言う土台が、人と言う土台が、不安定だからこその結末だ。戦災であった、上の無能があった、だからこそ国を滅ぼし戦争に対する採算をつける必要があった。しかし滅ぼした国が、復活するなどよほどの事がなければ起こしえない。
 そう言うものは失敗する事のほうが多いのだ、力が要る国の土台足る人の力が、国を戻すのではない生まれ返させる為に。

「大事なものとの離別をしたものがいただろう、我を恨むものも当然いるだろう。だがそれでも、国は戻る、我らが戻すのだ。だから力を貸してくれ、ここで国を戻すためにも」

 必死の声だ、王の隣に控える二人の男の心を打つほどに、そして王の声がたった一人の宝を動かすための力になる。
 請い願わくば、我らを救ってくれと、八使途の最後の一人に願いを賭ける。

 それは神話の物語、それは奇跡の物語だ。たった八人で国と戦い勝利をもぎ取った伝説の聖人、境界大陸全てを統一していた王を倒した物語。
 それと変わらない、いやもっと難しい闘い。神の光などなく、ただ人の力で勝利する俗人の酒場話。

「流石王様、四大貴族を従えてきた力はこう言うものか」

 始めてみる王の全盛期を聞いて、また一つおいていかれたと卑屈に彼は笑って見せた。
 一人自分の部屋で寛ぎ酒を飲む。彼にはこんな事できない、才能の差にまた屈服させられる。だがその屈服される才能になんと言う安心感を覚えるのだろう、戦軍の力を得たような頼もしささえ感じる。

 多少の酩酊なんて一瞬で吹き飛ぶ、鳥肌の立つような才能の片鱗が見える。いやでも見せ付けられる、やはりこの国にまともな人間なんていなかった。
 動揺で路傍から湧き出た人々の影を見て、その才能をいやでも見せ付けられる。まるで一つの魔眼の様だ、誰もが優れた才能を持っていてそれを使う力が無いだけだ。彼はそれを見出してしまう。

「けどようやく動いた。次の札はまだ動かなくていいが、着替えの準備をするか」
「何をするつもりなの、王の言葉なんて今更過ぎるはず」

 彼女の疑問はそのまま民達の疑問だ。なぜこのタイミングで王の声明が出るか、全くわからないかもしれない。ただ国を戻すから力を貸してくれと、竜の咆哮が響いただけだ。
 これに驚いたのは、国民であり他国の人々、今から起きる動乱がどれほどの物か理解できないものは少ないだろう。
 国民はただ国を戻すと言われても自分達にそんな力はないし、今まで救ってくれた事だって無い国を信じる事ができないのも当たり前のこと。だがそれは数日前の話だったのだ、人が動く時でさえ準備運動をするのだ。
 国が動く時にその程度の根回しが行なわれていないはずが無い、この動揺は実はそこからくるもの。

 冗談のように広がったある噂、それがここに来て一気に膨れ上がっていた。それまことしやかにしては、確実に浸透していった情報。国が復活する、いつかわからないが追うがその号令を発するというもの。だからこそ彼らには一つの希望ができていた。

「流石リーベンウッドマン、言わなくても俺のやってほしいことを簡単に理解している。と言うことはもう霧も配置しているわけかジューグは、着替えが終われば俺とお前が死ぬまで必死に走り続けるぞ」

 彼女の言葉に返答などしない。暗に悟れといっているのかもしれない、へっへっへと貴族にあるまじき笑い方をしながら、今からの予定を反芻する。
 教えることなど無いだろう、なにしろそれは彼女のための物語じゃない。アルファンドの始まりだ、彼女には一切関係ない。関わりがあるとするならこれからだ、だがまだそれには時間は遠い。

「本当に、本当に変えるつもりで、貴方はここに立っているの」

 二度の確認、答えが返されるなどと彼女事態も思っていなかったのだろう。彼の策は、簡単に語られるものであってはいけないのだ。

「当然だ、一寸の狂いも無く確実にその為だけにここに君臨している」

 珍しく古びたコートを着て彼立つ。
 ただ恐怖心を忘れるようにどの強い酒を体に流し込む、どちらかと言えばその行動は彼にとってのスイッチのオン。一度だけ継承器を握り締め、たった一度のベストメンバーでの政、今までは十全だった、今もなお十全だった。

「無理はもう言えないところだが、取り敢えずお前は死んでやるから歌ってろ」

 そして現在は万全である。国を滅ぼした大罪人が、国の再誕を願いまた我が物顔で国を練り歩く。
 絶望しない男は、絶望をねじ伏せる為に、絶望の世界を闊歩するのだ。
 歴史書にも詳しくは乗らない英雄、ただアルファンドの歴史のみに刻まれ功績さえ誰も知らない、そんな彼の遺業だ。だって彼はそんな事望んじゃいない、歴史の陰に隠れただ英雄と呼ばれるだけで、誰からもその実績を知られないユーグダーシ。

 彼にとってこれは最後で、一番最初の十全にして万全、常態にゆえに必死。
 護身の武器などあるはずも無い、ただ斬り付けるだけの剣を用意して。ただその剣はこの国の再誕における敵を切り裂くだけの策略と言うだけだ。この日彼の人生最後の大仕事だ、盛大に建物の扉を開けてこの国にはまだ俺がいると主張する。

 ただ。彼女はそれを傍観者としてみるだけだ。寝物語でしか語られる事の無い英雄が目の前で伝説を刻む様を見るのだ。

 けれど彼女はあくまで第三者、彼を知らない彼の策略を見た事さえない。豪快に開けた扉に周囲の注目が集まる、知らないものはここから始まる戦いを今起きたものだと認識するだろう。土台があるなど誰も知らない、その土台を積み上げた男は霧を跳ね除け、人の流れを分けるように押し退ける。
 英雄と言うにはその姿は傲慢だったかもしれない、貴族と言うにはあまりに礼に欠ける。小僧が小僧のまま育って歩いているのだ、迷惑をかけても知らぬぞんぜぬを通すために。貴族と言う威光が今意味があるはずなど無い、裂ける人の波はただいまの彼の姿に晒されるのが恐ろしかったのかもしれない。

 彼だけはひたすらに目を向ける場所がある、古びれ血にぬれていた彼の服。ある意味それは継承器より古い歴史持つ、それは元々は救済の権能を持つ聖人アルファンケベックの服と同じ製法を使って作られる。彼の家に古くから成人の儀に与えられる服だった、母親に織られれて作られる着衣、彼の家の人間はこれに包まれて死ぬ。聖骸布となんら変わり無い。
 死に装束の死に化粧、変わらないのだ今もこれからも。

 賭ける物が命に変わっただけ、万全に十全に万端を推して万難に挑む。今までとなんら変わるはずも無い、手管と手段と使い、いつものように戦う。それ以外の手段など彼に浮ぶはずがない。
 だがかその別れる人波通り抜けたところで、彼は後ろを振り向いた。

「お前ら、止まっている暇なんかない。さっさとついて来いよ、国を戻すんだお前ら力が必要じゃないわけ無いだろうが」

 そして火をつける。くすぶっている炎に最後の活力を与え燃え広がる最後の切欠を用意する。
 最後の切欠は彼が振るえばいい、これぐらいの行動しなくて何が出来る。そしてこれ位の出番もらってもいいだろうと、切欠は彼の家の周りだけじゃない、それこそ音の伝播のように広がり、炎のように燃え上がった。

 ただその炎の動きだけで国が動いた。ようやくキチンとした土台が出来た、これでちょっとやそっとじゃどうにもならないだろう。
 一度整えた土台が崩れる事など簡単にはない。そして何よりこれからの会議において、この力は最後まで無類の刃となる。それだけの力がるのだ国民には、民の力こそ国の根源にして最初の力であるのだから。

 それは引きつられる軍勢、唯の五年で寂れて消えたアルファンドが一瞬で力を戻す。聖女と小僧引きつられて、まっすぐと道を歩む。

「ねぇ、貴方これで死んで良いの」
「何を言ってるんだ、無理して死にたくないがたかが一人の人間のために死んでやるのも悪くないさ」

 英雄の傍らで彼女は本当にこの男を殺して良いのか悩む。女心などこの男にはわからない、ただ国の為に殉教するだけだ。彼にとってはそれが楽しいことだから、人生の執着は絶対そこにすると決めていた。
 どうせこれから先面白い事なんて国家転覆ぐらいしか思いつかないのだ彼は、けれど彼はそれをするつもりはない。自分が作り上げるこの国のために、そんな無粋なことをするはずもなかった。

「ならなんでこんなに楽しそうなの、どうせ死ぬのに」
「そりゃ俺が信じてるからに決まってるだろうが、こいつらの持つ才能を国における天才を、この国の誇れる唯一の人材を、それに今からの事を考えるだけできっとこれからは大丈夫だ」

 どうせ今からやる事は国を戻すことじゃない、国を生き返らせる復活の手立てだ。
 心停止した心臓に刺激を与えて動かしてやるようなものだ。その程度には無茶な手段だろう、だから彼は歩き出す。この王への通り道、かつて兵士たちが勝利の凱旋を行ったこの道を選んだのもそのためだ。

 第十二番大通り 霧の行進

 それは最も最初に作られた大通りであり、勝利のための道だ。この道を歩まず王女に入る気など彼はさらさらない。使えるものは王だろうが、貴族だろうが、民だろうが、験だろうが使ってやるつもりでいる。
 全てをさらう波はここに現れる、渦のように巻き込みさらい気づけばいつの間にか、彼の思うとおりに動いている。

「勝利はようやくここに来て俺たちの手になるんだ、たかが五年だ、俺たちに取っちゃ唯の五年だ。誰一人寿命で以外で死んでない、子供一つ死んじゃいない、食えなかったことが続いたかもしれないがそれでもだ、また元に戻れるんだ。もっと前に進めるんだ。
 俺を信じろ、それ以外も信じろ、自分も信じろ、絶対にお前たちには力がある。この俺、ユーグダーシ=アルファンケベックが断定してやる。アルファンドが認定してやる。国を滅びした責任も落とし前も取ってやる、今は信じて城に進めアルファンドの力魅せてやる」

 唯彼が朗々と語る演説が全てに力を与えるように熱気を伝播させる。これから城で彼らがする事を、その全てを理解するのはまだ先の事、国が動くのだ要約ともいえる速度で、人々の力が一つの集約する。その方向を用意して動かしたのは間違いなくユーグダーシだった。

 この行進は結局国の全ての人間を動かすだけの力を用意し、後の世に名のとどろく最後の大円卓講和の始まりである。しかしこれから先、その会議の終盤になるまで彼は現れる事はない、これからが彼の最後の仕事である。歴史のそこに隠される、もう一つの戦いがある。ただ一人の歌にのせられてつくられることになる、霧の終末と呼ばれる最後の闘争が始まるのだ。

***

 そもそも今回の国の復活は既に詰みの状態から入っている。他の国は経済を完全に拘束され、アルファンドの企業しかもユーグダーシを裏切った男の会社だ。
 いたるところで心臓を握られた状態であれば、滅びた国に他の国は頭を下げなくてはならないかもしれないのだ。
 アルファンドに経済で負けた以上、他の国のとる手段は実は決まっていたりする。武力行使だ、そうすればアルファンドは潰せると言いたいが今の状況では不可能だ。元々アルファンドを甘く見ていた彼らの失態であるが、子飼いの兵士か連れてきていない。

 最も四大貴族にばれないようにと、国の中に入れていなかった。もしもの時のための精鋭だけ除いて、合計三百名の兵を外においてきた。

 会議の場には、三武官でさえ太刀打ちできない剣帝がいるため手出しができるはずもない。アルファンドに武力行使ができない理由とされるほどの精鋭である白霧騎士団の長であり、ただの野党の集まりでさえ一人で皆殺しにするような男だといわれている。
 簡単に手を出せばここにいる全員の首がはねられてもおかしくないだろう。

 そしてこの会議は、アルファンド勝利の出来レースだ。それだけの準備を彼らはしてきた、、国家間での戦争は彼らの敗北だが、力で劣るわけじゃない。だが相手もこの会議をやめさせれば良いのだ、そのために国境付近においておいた軍の派遣を命令した。率先して派遣できる軍は彼らの手にはいない、というよりそれを行えば彼らが無能のそしりを受ける。
 ただの滅びた国を屈服させることできないやつなどが高等血統の仲間入りをすること自体が問題外なのだ。
 
 それは彼らのプライドが許さない、それと同時に何でこんな仕事を請けたんだという後悔があったのも間違いない。

 だからこそ彼らは子飼いの兵に命令を下した。この会議を潰すために戦争を始めろと、いくら国があったとしてもその会議を台無しにすれば会議事態が破談となり武力行使によってあるファンドを制圧できると踏んだのだろう。
 だがユーグダーシはそれを読んでいた、というかそれ以外の選択肢を与えないように努力してきた。他の国に対して悪感情を抱かないようにするために、民を城のいれ二十交錯路及び一から二十までの開門場を閉鎖した。そして会議を見てもらうために、国民全員がまだこれだけも生きているという証明を突きつけるためにもこれほど簡単な証明はあるまい。

 そしてこれから起こる一つの戦いを彼らが知る事もないのだろう。
 何しろ彼がそう考えて今まで動かしてきたのだ、会議は全てつつがなく動かす。そしてもう一人の男は、この国の経済どころか大陸中の経済を牛耳り国家の動きそのものを停止させていた。
 
 その状態で動けるのはもうたったの三百人、これだけはどうしようもなかったのだ。後二月もあればそれさえ停止できただろうけど、死にたいとのたまった彼女の言葉が彼に死を選ばせた。
 あっさりと命を失うための決意を持った彼だが、もしかするとこんな事をして自分が半死半生になるのは目に見えていたからかもしれない。

 失敗だとは思ってないにせよ、これからが本当の正念場だった。あっちはもう勝ちだ、こっちの勝ちは彼一人で拾わなくては成らない。歌姫さえも個々から跳ね除け彼は独りでここにいる。鎧などは一切つけない、これはユーグダーシの師であるジューグが彼に教えたことだ。到達まで来た男が鎧なんて無駄なものを装備することは許さないと、刃一本で行けというのが彼からの言明だった。
 久しぶりに振るった剣はやけに軽い、本当に英雄譚をやらかす羽目になるとは思っていなかったが、これはこれで人生の終わりに巻き込める人物が、増えたと思って喜べば良いのだろうか。

「これで最後の最後、一所懸命やりますよ。誰にもばれちゃいけない英雄行為だしな」

 無骨な武器ながら、しっくりとくる感じがするのはやはりこれが彼の相棒だからだろうか。だが正攻法で三百人なんていう暴力に敵うとは彼は思っていない、それが出来るのはジューグぐらいであるという確信もある。だがこれは戦争だ、戦略における勝利であれば最も彼の得意とする所である。それはもう彼からすれば必然のような代物だ、戦争とはその前の準備で勝利が変わるといっても許されるだろう。
 その準備は既に出来ている。情報戦においても必然的に、最初に武器を用意するより先に、リーベウッドマンの子飼いがその距離を彼に教える。

 相手の居場所も装備も兵力も全てが丸裸、こんな状況で唯一負けているのは物量のみ。戦場はただ鉄量のみで勝利が決まるというのに、仕方ないのかもしれない。これで五分とは言いがたい、だが戦争とはただ鉄量のみが勝利を左右する。情報戦で勝利しようとただ圧倒的な鉄量はその力さえ屈服させるのだ。
 対応の出来ない力はある、実際彼はそれに晒されている。

 けれど勝算なしに彼がここに立つ事など無い。

 この光景を見る事は許されないのだ。誰一人、何人たりとも許されない、それが今から死ぬものでも。喋る事の無い人間と、民にだけはこの光景を見せるわけには行かないのだ。
 彼は実際に情報を彼に与えたものを斬り殺している。
 それを理解して情報員はここに来て殺された、アルファンドにいるもの全てが最早決死の構えであった。ただ一人の奇襲が意味があるはずもないのも理解している。それでも彼が勝算なしでくる事は無い。

 まだ聞こえない馬の蹄音が、その耳に届く瞬間。彼はただ何時ものように呼吸を落ち着け、戦争を始める。
 
 主の命を受け騎馬を走らせる精鋭たち。馬を使い潰す勢いで走り抜ける彼ら、どちらにしろこの会議が行なわれるかどうかで、この結末が変わるのだ。
 一人それで落馬した、それでも前を向いていくしかない、また一人、もう一人、さらにもう一人、一人一人一人と、そのペースの速さに驚くものもいただろう巻き込んで、一気にその数を減らしていく。
 名馬と呼ばれる馬がそんなに次々と力尽きるのはいくらなんでおかしい。

 彼らだその事を理解した時、カノン砲が彼らの先陣をなぎ払った。それは時間差で七発、馬が驚き落馬して動けなくなるものも出てきた。この攻撃で一瞬で十名の命が奪われる怪我人はその三倍近い。 
 そこに石が飛ばされ死体がさらに増えていき、死体がさらに判別不能に変わっていく。

 それから都合八度の砲撃が行われた、そして投石も同じく。完全な奇襲の混乱を立て直す間もない連続した攻撃に一瞬で二割の兵がが吹き飛んだ。命中率といった類ではない、一瞬の士気崩壊寸前まで落とされたのだ。指揮官はその混乱を必死に立て直そうと、しているがその間に悲鳴が更に広がる。同時に三名の人間が切裂かれたのだ。
 鎧を着込んだ彼らには、身軽なユーグダーシの移動に着いていくことが出来なかった。それにふざけた事か。鎧ごと簡単に彼は切り伏せるのだ、何気なく振ったとしか言えない様な攻撃に、一瞬で命を奪われる兵達の悲鳴がむなしく響いた。

 更にそこから離脱するためだろう、用意していた火種に殆ど炸裂弾と変わらないような爆竹を投げ込む。後は全力で離脱するだけだ、その間に更に八人ほど斬り飛ばして。混乱の回復しない敵の中で、豪快に動き回り更に一、二、三、五、十二、二十八、三十、そんなテンポで敵を殺していく、形の見えない敵に彼らの混乱は収まらない。更に仕掛けていた砲台の砲撃が加わり更に彼らの混乱は深くなった。

 ただそのときただひとつの誤算があるとするなら。ユーグダーシの体力だろう、血を吸われて常時貧血状態と言ってもいい男が、そんな時間を走り回って余裕があるわけが無い。また二つ三つと死体を積み上げる、その混乱を収めるとき既に兵の半数以上が切り殺され、たった一人の襲撃者がいることが分かったからこそ、底冷えするような恐怖が恐慌に落ちていた彼らに、冷静さをねじ込んだのだ。

「くそ、ばれたか。後六十は殺して起きたかったんだが」

 彼は囲んでいる兵士達をぐるりと見回す。雑感だが百二十前後多く見積もって、百三十ぐらいだろう。なら最悪を見て動けばいい。
 疲労と貧血をどうにか一息で止めるが、これからはどうしたものか本気で悩んだ。体力は既に限界値で用意していた火力も尽きた、相手が民を殺さない事をここでまで考えていた所為だろう相手が銃などの武器を持っていなかったことも幸いだ。

 さっさと槍持ちを殺してきたから、あとは剣だけの敵とはいえ。数が尋常じゃない、だんだんとにじり寄って来る人の圧迫感に心が折れても可笑しくないのだ。

 だが予想していないわけが無い、彼はそういう男で百年後さえも読み解いた男だ。最もそれは少し違うか、これから先の世界の動きを身近な者たちの才能を読んで更にそれからの予想を行っただけなのだ。ここに居る人間達の力を読みきっているだけだ。困った事にそれが正確すぎるから問題なのだ。

 だからこその範疇だ。彼は出来るだけ呼吸を落ち着け休憩する。緊張感だけは保ちつつ、辺りを鷹の目で睨みつける。

 しかし時間はそう長いものではなかった、間合いに入る一瞬彼は最後の爆竹を使い。最も敵に層が薄い所に飛び込む、破裂音に一瞬だけ誰もがぴたりと停止したのだ。それから更に悲鳴が広がる、だが彼もまともではいられない。相手も彼を認識している、何より必死だ。
 自分を盾に見方にチャンスを与えようとする者たちが堰を切って襲い掛かる。それを切り伏せるだけではどうにもならない、血みどろになって血濡れになって、彼だってまともであるわけが無い、腕は何度かの攻撃でへし折れた。片腕だって切れ味は変わらないとは言え、痛みで思考が歪む事が何度もある。その度に敵は逃さず武器を繰り出し彼を傷つける。

「アルファンド殿、もう御身は後三十の兵を殺す事など出来ません。お願いですからあきらめていただくわけには行かないのですか」
「あ、ああ、そうかもしれないな。正直お前達の声も遠く聞こえる、しかしな困った事に俺は今日死ぬんだよ。今更自分のすることの後始末もできないように生きたくは無いね」

 使い物にならなくなった腕を盾にしていた所為だろう、腕は変色して見れるものじゃない。
 会話の中にも襲い掛かる、兵士をひたすらに切り伏せ。この程度どうにかしてやるという、国を戻すためならこんな体どうでも良いと言う。

「ほら見ろそういっているうちにお前一人だ、天爵の称号を馬鹿にするな。俺はこの国の唯一の宝だぞ、お前ら如きで殺せるわけが無いだろう」

 その証明を彼はまざまざと見せ付ける。たった一人で三百を相手にして勝利したのだ、だが彼は特に気にしたそぶりを見せない。
 彼に幸福を進めた指揮官も彼のその姿を見て、アルファンドの名の意味を理解した。こんな化け物守る国だったのだ、敵対する事自体が無謀であった。本当はこんな事なんてジューグに任せればもっと楽だっただろう。

 けれどこれは彼の始めたことだ、ジューグやリーベンウッドマンと言ったやつらに任せるわけには行かない事で、カイベスにやらせる事でもない。
 だからこそ彼は今の状態を受け入れる、まだ息のあった者が彼の腹に刃を突き刺したとしても。それは彼のミスであり誰にも、文句を言う必要もない代物である。自分の行った事の末路だ。

「それとな俺は生涯これを変えない、我侭な糞餓鬼のままでいる。そしてお前も逃げるわけには行かないだろう、俺もお前を逃がすわけには行かないんだよ。この事実は誰も知ってはいけないからな。だから名前だけは墓場にもって言ってやる、こいつら全員を纏めてお前の名前を」
「あなたはなんで、いえ私も死ぬ訳には行かないのです。ここで命貰い受けるしかないでしょう、メイ=マジマと申しますが、あなたの口からお名前を」
「聞きたいのか、別に気にする必要なんかないんだがな。なら聞いとけ、ユーグダーシだ。ユーグダーシ=アルファンケベック=ジードリクスゥ=アルファンドだ、こんな名前に意味は無いが覚えるならユーグダーシだけでいい。アルファンドとかどうでもいいからな」

 ずるりと腹を貫いた武器を抜き去り、そのまま一刀もとにその指揮官を切裂いた。
 一瞬で意識が飛びそうになる、だが彼はとまるわけには行かなかった。まだ会議の結果を聞いていない、まだ契約がある。死ぬにはまだ遠いのだ、近くで呻いていた馬に縋りよるように乗って城に駆け出す。

 屍を晒した野を背にして、まだ会議の終らないその場所に彼は馬で走り抜けるのだ。

***

 会議自体は難航していない。だが他の国は経済による圧迫が不当なものだと言う異議を出し、出来るだけ時間を長引かせようとしていた。
 まだかまだかとはやる気持ちを抑え、王としての辣腕を振るう彼の前では時間稼ぎ以上にはならないだろうが、そしてとうとう彼らはこんな不当な経済攻撃に対して軍を出すとまで言い放った。

 流石の王もこれには、対処がし辛いだろう。何しろ勝っているのは経済のレベルだけだ、力押しで来られればすぐに敗北するのは目に見えている。

 それでもあの手この手で、王達は彼らの言い分を反らし続ける。そして本題に持って行こうと、必死であった。もちろんどちらも必死だ、ここで軍も使わずにアルファンドが手に入るのだが、領土だけなら北の大地もある御陰で相当な国土がある。しかしだこの土地に関してはユーグダーシは困った事に二十年ほどは調査を続けろとしか言っていない。後々は必要だが今は無用だと言い放ったのだ。
 その程度の土地を手に入れたいとも思えないが、彼らの欲しいのは人材である。

 しかもほしいのは目の前にいる王等も含まれる。だからどんな手段を使っても手に入れる必要があると、誰もが断定していた。外交だけじゃない、あらゆる面で彼らは優秀すぎたのだ。一人で完全に経済を手中に収めることができた事が証明である。研鑽を忘れない天才ほどたちの悪いものはいないのだ。
 だがこれも脅しに過ぎない、彼らがそこまでのことをしないのは、言っている彼ら自信が理解していると言ってもいいだろう。そんなことをすれば、本当の意味でカイベスの経済攻撃が容赦なくなるのは理解できるから彼らは出来ない。

 しかしそれは分かっていても王は宣言させるわけには行かないのだ。そしてそれで後ろに引くことも、高潔血統にはそれだけの力がある。不用意な発言が売り言葉が買い言葉にならないように必死なのだ。

「そろそろ話を本題に戻さないか」
「論外だ、この不当な経済攻撃は一体何の理由があるのか説明していただこう。こちらとて軍を上げる必要があるのだこんな扱いは」

 こんな会話の繰り返しだ。
 王も苛立ってくるし民衆だってそうだ、これだけで五時間もの時間が経ったのだ。その間堂々巡り、いい加減民衆も限界だっただろう。国が戻るかもしれないその会議は停滞しているから。

 そのタイミングでようやく彼は戻ってきた。扉を蹴り飛ばし、無礼にも程がある態度で彼は現れた。

「おい、五時間もある癖に国が復活したと喧伝するための会議にどんな時間を掛けてるんだ」

 血が足りなくて蒼白だというのにより精気に満ちた顔をしていた。というより怒りに染まっていた、こっちは命掛けで殺してきてこの体たらくかと。

「聞き耳屋、ジューグ、この馬鹿さ加減は何だ。この程度のやからに時間をかけるな、誰にも彼にも教えておいてやったというのに、外交の基本は常に強気である事だ」

 外務大臣の席に座っている男を蹴り飛ばし、彼はそこに座る。
 もう命の時間さえ少ないはずの男が、いらだったそのすべての空気を霧散させた。誰もが想うのだ、彼一人現れただけですべてが変わると。

「無駄な時間は無い、お前らの経済攻撃は我アルファンドの力を証明するものだ。そもそも四大貴族である人間が会社を立ち上げればそれは国営企業以外のものにはならない。これぐらいの証明をしないとお前らは認めないだろう。お前達の経済を停止させることさえ可能な力側がアルファンドにはあるのだ」

 否定させない、決死に必死を混ぜて命まで燃やすその炎を宿す瞳に高潔血統の彼らさえ、簡単に口を出せるものではない。
 バンと机を叩き他の国だけじゃない自国の人間でさえ威圧する。

「更に我国は新たな法を制定し。食料自給率さえも全盛期当初に戻す算段がある、またそれに伴う人材の登用も済んでいる。また国民もこの通りだ、誰一人滅びただなんて思っていない。それでも認めないのであればこちらも手段を講じる必要がある、戦争をしてアルファンドを手に入れて、アルファンドのように経済的に滅びたくは無いだろう」

 戦争如きでアルファンドがどうにかなると思っていたのかと軽く笑ってやる。

「しかしその証明が無い、それだけの事を行っておきながら何故、大陸連合には通達が無い」
「お前達がアルファンドを呼ばなかったからだ。滅びた国に興味もなかったんだろう。後は証明か、リーベンウッドマンあれを用意してるんだろさっさと出せ」

 やれやれと軽く彼は頭を振る。王の命令より簡単に彼は従い、そのための国の収支などの説明を書いた書類お呼び、国の法などのすべてを提出させた。
 そして彼は立ち上がり大声で叫ぶ、それは敵に向けたものですらない。

「いいか、例えここでこいつらが国の復興を認めなかったとしても。アルファンドはもう蘇る、これからはゆっくりかもしれないだが確実に蘇る。外交が止まるかも知れないがそれは相手がそれを望む筈が無い、それだけのアルファンドは力がある。もう不当な賃金で雇われる事もない、そしてこの時を持って俺は宣言する、この国の君主制は終る、これより先は立憲君主制を採用する。
 王だけじゃない、この国は法律を持ってすべてを制する国となる。このときより王の権力は絶対でなくなり暴君は生きていけない世となる。そして後は努力しだいだ、俺は用意するぞ機会をそれを手にするかしないかは努力しだいだ」

 だから彼は叫んだ、元々国民をここにすべて呼んだのはこのためだ。
 ただ布告するのもいい、だが会議を聞かせその場でどんな事があっても復活すると叫び声を上げてやればどんな事になるのか誰でもわかる。その声が部屋中に響き渡りユーグダーシの声は消えうせる。

 そして彼は睨み付けた敵を、その眼前に納まる彼の生涯である敵を、全てをかけた男に対抗できる手段を考えながら手が付けられない事を理解する。そもそもこの会議自体このために用意されたものだと、自分達が都合よく扱われたと確信した。
 国の土台は国民だという事を王はまた忘れていたのだろうか、周りの言葉よりも時として内の言葉を聞くべきであるのだ。

「後はお前の仕事だ王様、俺が出来るのはここまでだ。これでようやくお払い箱だ。リブドルゥエ受け止めてやるからさっさと飛び降りろ」

 そういうと飛び降りる少女がいた、二階から飛び降りたのに簡単にユーグダーシは彼女を抱きかかえる。
 後は扉をゆっくりと開けて手を振る。今生の別れというのに彼は当り前のように、手を振り最後の挨拶をした。

「じゃあなお前ら、後は全部任せたぞ。カイベスにでも後は聞いてくれ」

 彼の言葉を聞いた者達のすべてが頷く扉が閉まり、誰もがどうあっても国が蘇る証明を突き出され。諦める様にため息を吐いて「参りました。これからも末永くお付き合いしてください」と、敗北宣言を紡ぎ。アルファンドの復活は他国と、国中に証明され。これより十年の月日を重ね、霧の都アルファンドは世界中に名の轟く無類の国である事を誰も当たり前のこととしてつむげるほどの力を持つことを証明させた。

***

 そして二人は何時ものように、家に帰り真向かいに座った。命つきそうな彼の姿だが、彼女は自分の死ねる事の喜び以外のものをようやく感じでいた。
 そしてとうとう本当の終わりは始まった。

「本当にいいの」
「ああ死んでやる、約束だからな」
「貴方ほどの人が死んで本当にいいの、国はこれからだって言うのに」

 どれほど馬鹿でも彼の力だけは認識しなくてはならない。それだけの事を彼はしてきたし、彼女が一番目の前でそれを見てきたのは間違いないからだ。
 才能の無い男と思い続けた男は、その才能を信用して死んでいく。

「けど私の命よりあなたの命の方が」
「いや楽しかった、だからいいんだ。いいか約束だ、契約までしたユーグダーシはお前を殺してやると、どうせ放置しておいても死ぬ程度の傷は負った。こりゃもう直らないからな、さっさと終らせろ」

 これ以上は有無を言わせなかった、彼女はただ彼の命を吸い取るように胸元にかぶりついた。
 何処からか焦げ臭いにおいがしている、もしかすると誰かが放火したのかもしれない。それが誰か分からない、けれど彼らはここで死ぬのだ。その血の一滴も余さないと彼女は飲み続ける、呼吸も鈍くなりいつしかユーグダーシの呼吸は止まる。

 それでも彼女は必死に飲み続け、彼の命ごと全てを血として飲み込んだ。
 けれど彼女は死ねなかった、今まで起きていた体の変調は一切無い。わけがわからなかった、せっかく彼の命を全て吸ったというのに彼女は死ねない、これじゃ彼は無駄死にだ。

「なんで、何でこんな終り方なの」

 炎をなど彼女は気にせずに泣き叫ぶ、結局最後の最後が無駄だったから。
 体を焼いても死なない彼女と生き絶えた男、結局最後の最後が締まらなかった。最後の可能性だったのに、全て手折れて尽き果てた。このままユーグダーシと一緒に燃えてもいいかもしれない。彼女はそう思う。

「フザケルナ馬鹿女、せっかく死んでやったのに何を言ってやがる」
「なんで、なんで」

 けれど、死体が息吹を上げた。

「馬鹿が、いちいち痛い思いをするな。そこまで死にたいならくれてやる、俺がお前に全部やる、この継承器もすべてだ。お前に四大貴族のアルファンケベックの全てをくれてやる、俺の代わりに国を動かしてみろ。俺の代わりに国を守ってやれ、お前の歌も才能も全部俺は知っている。いいかアルファンドを守ってやれ、この国はまだ赤子だ立って歩けるまでは生かしてやれ」

 そう言うと彼女に彼のコートをかけてやる。継承器は首にかけて、燃え広がり階段は下りることなんてできないだろう。
 だから彼は投げた、窓から彼女を投げ飛ばした。

「お前の名前はアルファンケベック、いいかお前がアルファンケベックだ、その名前をくれてやる。お前こそが四大貴族の長、使途の最強の女アルファンケベックだ。力を見せろ、言葉よりも力を見せろ。誰にも負けない力を見せ続けろ、お前は俺が認めてずっと嫉妬を抱き続けた天才だ。その歌だけでお前は人を屈服させるんだ」

 もう体も燃え始めているというのに、彼の声はと止まらない。火事で集まる民衆全てに彼女が四大貴族最強の存在であると叫んだ。
 彼は証明させ続ける、そうやって。

「いいか頼むから俺がお前を殺せなかったと思わないでくれ。俺が居て良かったと誰でもいいから思ってくれ、俺はお前の約束を破ってなどいないお前はもう死ねるぞ、いいかだから死ぬまで生きろユーグダーシが負け犬でなかったことを証明してくれ」

 そうやって彼は彼女に新たな道を与える。彼女は聞くことしか出来ない、すりむいた傷が治らない、体中が痛いというのに何も起きない。約束を破ってなどいなかった、彼女は死ねる体になっていた。
 涙を流したい、けれど彼女は変わらなかった。

「わかりました。わかりました、わかったから!!」

 彼の言葉を聞き続けたから、負け犬でさえなかった男が負け犬だと思っていたことさえ気にしない。聞くしかなかった、そして彼女は最後の彼の言葉を聞く。涙を流しながら、死なないでと本当に思いながら生きていく少女は、必死に彼の言葉に肯定を紡ぐ。彼女の声彼の響いたのだろう、彼女に見せた事も無い信頼だけをたたえた微笑を作る。

「そうか、なら任せた、後は全ての人間を信用する。ちょうどよく火葬されているしな、じゃあなまたいつか機会があったら他の奴らにも伝えといてくれ」

 そして彼はその場に崩れ落ちた。その全ての命をその叫びに使ったのだろう、死んで息を吹き返すほどに彼女が哀れだったからかもしれない。
 嘘吐きと言われるのが耐えられなかったからかもしれない。約束だけは破らない男だ、それだけの維持で息を吹き返したのかもしれない、疑問ばかりだが結局彼はそういう事しか残さなかった。

 この日に、一人の英雄をこの国は失うが。その死体が炎から出ることはなかった、最後の最後まで嫌がらせのように性格の悪いまま彼は息絶えたのだろう。

 けれどユーグダーシはこの先に登場する事は無い、アルファンドの名が与えられていた事さえ知る者はいないだろう。これだけの活躍を死ながら彼が目立つことはなかった、アルファンド経済の父カイベス、世界最高の諜報機関および外交機関の祖であるリーベンウッドマン、これから四十年後の大戦争の大将軍ジューグ、そして神の声を持つといわれその三人を率いて、大陸中を平定し千年を越えてもなお反乱さえ起きない国の基盤を作り上げたアルファンドの母アルファンケベックの活躍に埋もれてしまったのかもしれない。

 しかしこの国の復活の日、響き渡った鎮魂歌はこの先の歴史にも残っている。
 この日偉大な人物が死んだ事を継げている、彼が最後の最後まで前に出なかったのは、そういった英雄達が立つ為の準備をすることに全てを費やしたからかもしれない。鳴きながら響く、その歌声はあまりに綺麗で、あまりに儚く、彼女が自分に歌っていた渇望の色など無い。

 ただこの歌は元々は戦勝の喜びを告げる歌であり、その命をいつくしむための歌であった、これほど相応しく悲しい歌は無いだろう。

 その歌の名を名も知らぬ英雄の宴と言う。ユーグダーシにこれほど相応しい歌もなく、彼にだけ彼女が捧げた最初にして最後の歌でもある。その場の全てを彼女の歌に集中させてもしまうほどの、神の歌声は燃え果てる彼にも届いただろう。

 貴方が生きていてくれた事を、貴方のそばにいられた事を、いつも全ての物に感謝しています。

 たった一人の私だけの英雄、たった一人だけの私の英雄、だから私もなりましょう。

 あなただけのたった一人の英雄に、貴方が私に捧げてくれたその全ての感謝として。

 たった一人の英雄の為に、私は貴方一人の英雄になりましょう。

 貴方の生きたその証を、私が全て証明する為に。名さえ知られない私の英雄、たった一人の私の英雄。

 英雄に捧げる英雄のための歌、この世界において知られる事のなくなる英雄、この時代全ての英雄が恐れ敬った英雄に与えられた歌だった。その歌を彼女が彼以外の為にうたうことは無い、ただその歌は彼に捧げられた、そして彼女が生涯にわたってただ一人の為に捧げた歌であった。

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