外伝 勇者と串刺し
 

 
 
 


 


 ねぇ、君は一体どれほどの世界を見てきたの?
 ねぇ、君はどれほどの人を見てきたの?
 ねぇ、君はどれほどの生き物を見てきたの?

 答えられるわけがない答えられるわけがないだろう!!
 君の目は僕の目、僕の目は君の目、今までそうやって生きてきたじゃないか。なのになんでそんな事をいうんだ、だが彼女は笑うだけだ。そう理解しているのだ、彼女の身に何があって自分がどれほど無力だったかなんて。
 そう彼女が見た景色と僕の見た形式は場所も何もかも違う、あの日あの瞬間から、自分が無力を刻まれて動けなくなった日から。
 知っている、そう知っているとも、ただ一度の生涯での後悔。許せないという怒りが、全てにこみ上げてくる、僕は弱いんだ、理解しているさそんな事当然のように、けど、けれど、けれど!!

 あの日彼女と別った目が、そうあの日彼女を奪われたその日から、あの日彼女がたかが荒くれの陵辱されている光景を見せ付けられたその時から、僕の目から彼女は消え、彼女の目から僕が消えた。
 
 力が欲しい、あらゆる物を屈服させるようなその力が、勇者のような力が欲しい。
 魔王を殺すような最強の力が、僕は欲しい。

 あの日、彼女が、たかが荒くれに陵辱されたそのときのような。

 −1章 全ての者に哀の手を、そして全ての人間に愛の手を!!

 彼の名前は、渋沢浩二。まだ大崩壊が起こり魔王が本格的に君臨する前の話ではあるが、彼は一人の少女と日本をめぐって歩いていた。
 まだこの頃は、きっと日本が戻るというありもしない幻想に縛られていたころの話である。
 そこにはまだ希望があって、幸せがあった、だがそれでもやっぱりこの世界は終わっていた頃、まだ転換期の傷跡深く復興はまだ当分掛かるだろう。まだそんな事を騒がれていた時代。

「この辺りはいい噂を聞かないなぁ」

 浩二は、弱弱しく溜息を吐いた。岡山県、経済特区となる前ではただの犯罪者の巣窟である。
 日本でも比べるの面倒なほどの最悪の犯罪都市、富岳と呼ばれる場所もこの時代では犯罪都市のひとつであり、現在はまだ近畿二十七区画と呼ばれている。岡山はそんな犯罪都市の中でも最悪にまで変貌した場所である。
 彼と彼女 芝振美樹 は、そんな場所に用心もせずに来たのである。
 一応集落には腕利きのガードを頼んであるが、約束の時刻五分前今だ来ない。だが周りでは銃声や悲鳴といったBGMが響き、嫌でも浩二や美樹の感情はマイナス方向に下方修正されていくばかりだった。

「来るんじゃなかったよ」
「そうですねぇ、これは流石に……」

 そして現在進行形で彼らは身の危険にさらされている。犯罪都市の面目躍如といったところだろうか、一撃で致命傷を与えられるような兵器が彼らの手には握られている。
 ジラックEと呼ばれる、非殺傷の武器ではあるが制御装置に確実に手を加えているのだろう。元々は、探索用のサバイバルナイフの改良型で、人体などは切断不能な代物ではあるが、それは摩擦設定と呼ばれる力場技術の流用である。
 この時代では大量生産された人の殺せないナイフだ、だがその設定を解除すればただのナイフに変わる。あらゆる物を切り裂くナイフは、簡単に完成するのである。

 簡単に設定の解除は出来ないが、この犯罪都市だ。違法にかけてはあらゆる都市を超越する。

 破壊者クラッカーと呼ばれる専門の技術者達が、金次第で幾らでもその設定を解除する商売もこの都市にはある。何人もの人間を捌いて来たであろう、手入れもされていない、幾ら刃毀れもしないといっても見た目は、赤錆やら血の固まった黒い塊が、彼ら二人に突きつけられていた。
 流石犯罪都市である、来て二十分と経たずに命の危機に彼らはさらされていた。

 無論話に聞いているだけだがやはりこれはろくでもない、男と女は苦笑する。近畿二十七区画だってこんなに酷い所ではなかったのだ。
 
 最もこの程度の事は、今更といった具合だ。それに集落から頼んだ腕利きが、来るまでの時間長引かせればいい。最もその腕利きが来なければ死ぬだけだが、集落の人間は依頼にはきちんとこたえる。それがこの世界で集落のある意味であるのだから当然だ。

「はいはい、終了だ。それ俺の依頼人なんだよ」

 男達はその声を聴いた瞬間、弾かれる様に二人の周りから飛びのいた。
 そこには巨大な銃の形をした武器を持った十歳程度の子供がいた。しかしながら周りの反応は、そんな子供に怯えるようだった。これが力場使い最強の存在である勇者新開であり、まだ彼が勇者と名乗る前、ただの新開であるころの姿である。
 強気と言うか、どこかやる気のない態度ではあるが、まだアルコール中毒になる前の体は、健康的であった。

「すまん、お前の依頼人か。知らなかったんだ、集落には詫び料を払っておくから今回は勘弁してくれないか」
「別にいらない、お前はお前の仕事がある、ここで生きるものの特権だろう好奇心で来た馬鹿はただの餌だからな。餌を食わない獣はいないんだ、俺でもこんな馬鹿、護衛でもなけりゃ殺してる」
「そう言って貰えるとありがてぇ」

 依頼人の目の前で平然のそんな世迷言をほざく新開だが、彼らを襲おうとした男達はそれだけ聞くと安堵したような表情を見せて、彼らの前から姿を消した。

「さて依頼人の兜山三座衛門さんですね?」
「断じて違う、僕の名前は渋沢浩二だ」

 わざと間違ってそれでも自分は悪くないという表情を作り依頼人の言葉を無視し、もう一人の方に目をやる。

「と言うことは、奥方みたいな方は芝振美樹さんと言う事か。こんなところに観光目的来る馬鹿がこの世にいるなんて思いもしなかった。悪い事は言わない、回れ右してさっさと帰れ、俺は料金以上のことはしないぞどんな事があっても」
「ずいぶんないい様だが、ここまで来てただで引き下がれるほど大人になった覚えもないんだよ。それに、この犯罪都市に名を轟かせる極限の敗北王のリーダーなら僕達を守ってくれて有り余るじゃないか」
「そうかい、じゃあまず最初に依頼の前提だ。お前らが満足したらそこで終了、それから先なにがあろうと俺はお前らを助けない。そして、ここで起こる犯罪行為に一度でも首を突っ込むようならそこで依頼は終了だ、俺はそこまでする馬鹿のために何をしてやるつもりもない。ちなみに、俺が人を殺そうと何をしようとだ。忘れるなよ」
  
 子供に相応しくない凶暴な表情、地獄のそこを嘗め尽くしたとしか思えないような亡者の瞳だ。
 その言葉に一つたりとも嘘はないのだろう、彼らでも感じるほどの殺気が打ち付けられている。言葉は当たり前のように止まり、ただごくりと一つ息をのむ音が響いた。

「それさえ分かれば後は好きにしたらいい、適当に歩き回ってろ俺に与えられた依頼は護衛だけだしな」
「お勧めの場所は?」
「それは依頼に入っていない、だがそれぐらいはいいか。しかしなそれにこの辺はどこを見ても地獄だ。最も凄惨な地獄を見たいなら紹介できるが?」

 ニヤニヤと笑いながら二人を伺う。当然のように、二人が首を振り冗談じゃないといった表情を作る。
 だが逆に彼その二人を笑う。

「まぁここには、そんなところしかないぞ。ここはそう言うところだ、倉敷にでもいってみるか? 美観地区だぞ、と言ってもいまやあの辺りは、処刑区画だがな」
「あの景観を破壊してるって、なんなんだよここの県の人間は」
「ありゃ観光客だけだ、三日も同じものを見れば価値なんてなくなる。所詮ただの建築物だぞ、俺はそれなら鷲羽山にでも行くね。それとも後楽園か? まぁ、後楽園は俺ら集落になるが、まぁあそこは屑の集まり鷲羽山は姥捨て山、なかなか滑稽だぞ」
「なんですかその名所は全て死体処理場みたいなたちの悪い環境は?」

 二人とも呆れたような様子だ、見るべき場所である観光スポットは致命的までに絶望的な死体処理場だ。
 他にも見るべき場所はあるのだが名所と呼ばれるところ全てが、死体精製所と成っている。例えば、新開の集落であれば新開制作ウラド公の物真似なる串刺し死体の群があり、鷲羽山では年老いた十メートル以上ある断崖から投げ捨てる、美観地区なら人間の使える臓器引き吊り出して保存したりなどをする場所もある。
 他にも人間を巨大な釣り針のようなもので引っ掛ける処刑場、拷問専用の場所なんてのもある。ちなみに今上げた場所は有料使用をメインとしている、非観光スポットである。

「ここはそう言う場所だ。今ここに根を生やしている最高勢力がないのは、その全てがそのどこかの処理場で消え去ったからに過ぎない。そう言う意味では俺を抱えている、凄惨たる臓花が最高勢力だろうな。他にも平穏と名高い明けの花は辛うじて水島辺りを静かにさせているところか。あの辺りが一番静かだろうな嘗ての工業地帯は、ただの一般人の住処になっている部分の守護をしている。あの辺りが一番平和だろうな」
「なら水島で頼むよ。まともなところがここにはなさ過ぎる」
「元々水島は倉敷市だから、ついでに美観地区を通ってグロ画像を見せてやろう。車は何がいいか? ブルドーザー? トラック、バギー? 流石に戦車とかはないが」
「普通の車で構わないです、一体どんなふざけたレースをするつもりなんですか!!」

 新開の発言に大して、呆れながらも律儀にツッコミを入れる。だが新開はいたって真顔だ、護衛らしい表情を少しだけ見せる。

「だってあの類の車両の方が、銃弾で撃たれても簡単に貫通しない使用になってるからな。それに、戦車やブルドーザーならショートカットが出来る」
「忘れてたここが犯罪都市だって事」
「まぁ俺が乗っていてそんなふざけた事が起こるわけもないんだが、面白そうだろう人間を蹂躙しながら進むんだぞ。ちなみに戦車は、博物館から強奪しないといけないんだがあそこは一応魔王区画だから簡単には行かないほうがいいぞ。大路街の根城だ、この区画で俺と同格の男がいるからな」

 と言うが、ここにいるのは十歳の子供。それと同格の男と聞いてもたいしたことはないんじゃないかと言う感情がもたげてしまっても仕方ない。
 だが彼はその片鱗を先ほど見せた、上下関係なんて組織の中でも逆転しやすいこの犯罪都市でありながら、男達は彼に頭を下げて怯えた。それがこの都市での新開の実力だと言う事。
 二人の表情を読み取り彼は軽く笑う。

「今までのは冗談だ、もっとましな乗り物を用意してあるから気にするな」

 そうして指を刺したのは、一つのどこにでもあるような車。転換期の頃に飛んでいた物ではない、これはそれ以降に作り出された、乗り物であり殆どガソリン車と形は変わらない。だがそれには車輪がないだけそれ以外の変わりは全く無い、一応力場自動車の部類に入るが力場搭載車と違い永久機関を積んでいないため、補給をしなくてはならないが、それでも一年に一回補給すればいい程度だ。
 二人が乗り込むと、同時に期待が宙に浮く。

「昭和生まれの人間がいたらないて喜ぶような乗り物だろう? 二十二世紀の未来の車だ、最もこんな車何台もあるわけじゃないがな」
「そして何より昭和生まれは、姥捨て山に放り込まれると」
「その通り、いい具合に染まってきたなこの都市に、じゃあ名所をくるっと回って水島に向かうぞ。なぁに、音速で突っ走るからすぐに着くさ」

「「え?」」

 二人の声は音速の彼方に消える。
 後にハロウィン事件として名高い、串刺し公の誕生に関わる重大な事件の始まりである。

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