九章 前篇 欠陥品 王者との出会い
 

 
 
 


 少し昔の話だ、その戦いの中心にいた人間は、音速を生身で突破して敵をなぎ払っていた。彼のかいなは千万の敵を殺し、地形をあっさりと変貌させた。
 彼がいればこの世界は平和に成る。誰もがそう思い半年と言う短い間にあったにせよ彼らは彼に全てを託した。
 結果はどうだ、私達は彼を裏切った。たかが演算気の予言を信じて私達は彼を裏切った。そして今、私達は又彼を裏切ろうとしている。既に経済特区アイユーブに侵食してきた犯罪者として。
 私の名前は切払あさ、BT-020(朱鷺)を持つ切断のともがら。勇者を裏切った、魔王を殺した仲間を裏切った穢れた下種。

 いま私は、彼に会うためにアイユーブに来ている。

 八章 欠陥品 王者との出会い(前篇)

「新開、わが社の社訓を言え」

 ただいま朝の六時、事務経理担当の男に社長は命令する。

「慈愛の精神などいらん自愛の精神で仕事を行え。信用除外、儲け第一。商談は一人で行い皆殺し、今のところこれだけです」
 
 呆れて物も言えない様な社訓である。この世界では比較的ポピュラーな事と言いたいがそんな訳はない。
 大場金融でさえ表向きは、信用を第一にしていた。実際ヤクザ屋さんも真っ青な事を平然と行っていたりするが、それを堂々と表に出すような事はなかった。ところがこの会社は違う、この世界を象徴しながら全くありえない社会基盤を持つ。

 他の二人は今は仕事に出かけている。偽言派遣会社は基本的に何でも屋である、基本は闘争の補助、助っ人の派遣と言ったものを基本として行う。中には荷物もちなんてものあるが、この会社の実情は閑古鳥が鳴いている状態だ。
 何しろこの世界の忌み名を平然と使い、元勇者が所属する会社と来ている。他の二人が出て行った仕事は、新開が強制的に請けてきた仕事だ。そのために二十人ほど屍が積み上げられたのだが、それさえ余談。
 そんな会社に依頼をしたがる人間はいない。社長の業務も特になく血に飢えた狼は、下僕を苛めて遊んでいる。

「我も依頼に出たいのだが、何かないのか下僕」
「ないですね。何しろ、会社の内容はともかく設立した人間が、王国の賞金首と薔薇十字の賞金首、まして私にいたっては勇者でしたからね。いや王冠になったというのに世の中は世知辛い。
 そんなに暇でしたら社外にでてくるのを虎視眈々と狙っている、己の実力も度量もわきまえない餌でも殺して着たらどうです、私もさっき串刺公の伝承にならって十人ぐらい見せしめに殺して晒してますし」
「餌にもならん、昔であれば血濡れに成るほどに楽しんだのであろうが、抵抗もせずに死ぬ存在に興味も持てん」

 うーんと体を伸ばしながら自分は退屈しているとアピールする。新開としてはこう言う日があってもいいのではないかと思っているが、内に潜む混沌は彼女の言葉に対して納得し何かないかと思案していた。ちなみに彼は単純に、今はまいた種を成長させる段階であって大掛かりに動くつもりがないだけなのだが……

「何とかしてみます」

 主のためなら命を駆ける馬鹿は、営業に駆け出した。何しろ彼の役割は事務と経理ではあるが挙句に人事、営業、と言うより殆ど全ての会社業務を一人で行っている。
 言い換えれば雑用役、武器を握り締めると三階から彼は飛び降りた。

「やれやれである。なぜあいつは、我のためならあぁも無茶をするのか」

 だがその疑問は簡単だ。彼女は自分を超えているから、だが彼女の強さとはすなわち戦闘能力、しかし勇者の強さとはその存在のあり方、その強さの考え方の違う二人は、実は変なところですれ違っていた。

***

 場所は桃太郎通りと呼ばれた路面電車が走っている場所。彼は嘗ての岡山駅よりに足を向けていた。
 途中、難癖をつける賞金首を何と無く手術調に解体した、ちなみに助手はその辺の一般人。辺りに彼に敵対する恐怖を刻み込んでいたのだが彼はもう忘れている。狂気の沙汰である殺人事件が起きても、この世界の動きになんら変貌を来たさない辺りやはりこの時代既に勇者の常識が浸透して言っているようである。

 旧駅前は物騒な人だかりが出来ている。ファーストラインが現状で走っているためこの辺りは人通りが多いが、人を確実に二度三度殺せるような武器を持つ人間がこれほどおいのは珍しい。二度ほど彼は思考を繰り返し当たり前の帰結に、たどり着く。

「俺のせいか」

 誰に語り掛けるわけでもなく彼は呟いた。
 彼を殺すために集まってきた賞金稼ぎたちだ。暇な事でと思いながら営業活動を開始する、商談と話は被るがこの世界の仕事のとり方はやはりごり押し。言い換えれば暴力である。だがこの辺りで暴れるわけにもいかない事は幾ら殺人を屁とも思っていない勇者でもこの状態では分が悪い。

「へいそこのがーる、なにかこまっていることあるか〜い。いまならはげんかしやころごとが、きみのなやみをかいけつしてやるZEI」  

 なに言ってんだこいつと言われんばかりの口調である。主のためならこの程度の恥省みない新開は、辺りを歩いている人にキャッチセールを侮辱するようなキャッチセールを開始した。ちなみに彼が話しかけた女性もやはり賞金稼ぎである。

「勇者新開の居所が分かればいいんだけどしってる?」
「とうぜんでありますよがーる。ころごとはけんがいしゃというところにいますぜ、わがしゃのしゃいんでありますがな」

 そういって彼は名刺を差し出す。そこには王深海わんしんしぇいと書いてあった、何気に偽名である。
 この世界で平然と会社の仲間を売る奴なんてのはざらにいる、いや現実でさえ当たり前のようにあることがこの世界でないわけがない。

「情報量はこれぐらいでいい」
「構いやしませんぜ、何しろ早い者勝ちでげすから。元勇者深海の情報が欲しいバウンティハンターの皆様、王深海が情報を持っていやすぜぇー」

 その男の発言に彼に、賞金稼ぎの女は顔を真っ青にさせて住所の場所に走り出した。彼が口調を変えたことになんて全く気付いていない様子である。
 もっともの話だ、そんなもの映像回線を使用すれば一瞬で分かる情報であり、金を出してまで探すようなものではない、ただのぼったくりである。
 だがその情報を我先にと、賞金稼ぎたちは彼から聞き出そうとしていた。しかし当然の話でもあったりする、何しろ命を狙われているものがその情報を隠さないわけがないと誰もが思うのは当然のことなのだ。
 彼らの標的は、実は目の前にいると言うのに、彼の顔写真が無い所為で勇者に金を払って勇者の情報を聞くと言う状況だけ説明すればあほ過ぎる内容の光景が繰り広げられていた。

 五十人程度の人間からこの会社に『在籍している』と言う情報だけを彼は渡すと、嘘は言っていないと心で納得して金銭を受け取った暖かくなた懐で飯でも食いにいくかと動き出した。だが人が少なくなったこの場所でも、彼の情報を信じない賞金稼ぎもいる、彼はその人間のひとりに目をやった。

「いやあなたと言う人は……、口調を一定にした方がいいのではないかと具申する」
「絶滅危惧種か、どうでもいいだろうがそんなこと俺とお前の因果は既に切れたんだ。今更姿を表して因果を結びなおしたところで同じ事だ。それに俺は主のためにやら無くてはいけない事が多い、50人程度では一時間も持たん。薔薇十字の下部組織の一つでもつぶす算段をとるだけだ」

 実際は昼飯の時間だとしか思っていない。
 しかし力場兵器を操るもの全員に言えることだが、彼らは勇者に対して一種の劣等感と、憧れを持っている。勝手に彼に劣っていると思い、勝手に彼に憧れている。実際その劣等感の所為で、勇者征伐の際に力場使い全てが彼を裏切ったのだ。
 そんな彼らの一人である、切払あさはその仲でも勇者を信仰していた人間だ。勇者の性格がまさかこれほど劣悪だと思っていなかったのだろう、腕輪状の力場兵器を渡したときの彼の笑顔といまの笑顔をくらべて愕然としている。

 何より彼の視界に既に、彼女と言う名の存在は写っていない。

「主、少しばかり楽しんでください。今回は少しばかり楽しめるでしょう」

 既に彼は歩き出した、最近殲滅された集落に彼は足を向ける。恨みを持っていて金を賭けてまで敵をとろうと言う馬鹿の一人や二人いるだろうと、そんなことを思いながら歩き出す。普通ならその場で解体ぐらいしてやるだろうが、主の為にそんなことはしない、よく行けば十字軍が釣れる。
 もっともいるだけで治安を乱すような人間がいるというのに攻撃してこないのは一重に自分の所為であることを彼は理解していた。勇者であったという名前は有名すぎる、王国であったとしても二度も彼を裏切れるだけの人間は少ない。彼の後ろにその一つの証明がある、切断力場使い、王国筆頭騎士 切払あさ 彼は多少残念だった、魔王の軍勢と相対した時の彼女はそれはそれは気が狂ったような強さだったというのに、つまらない肉の塊になり下がった。

 人間でないものを彼は視界に入れるつもりはない。
 あれをやったの間違いだったか、有用に道具を使える人間に渡していながら失望の感情を隠しもしなかった。

「新開!!」

 彼を引き留めるために叫ぶ女、だが肉の塊に興味を抱く人間はそうはいない。したいという価値もないのにうごめくだけの単細胞生物を視界に入れる人間がいないのとなんらわかりない。
 返答の代わりに何気なく彼は空を見上げる、晴れていた筈の空はいのまにか曇天の模様。ひと雨来そうな天気だった。

「なぜですか!! なぜ私を見ない、裏切ったからか新開!!」

 かけられる声などありはしない、彼にとって彼女はすでに価値のない存在だ。すでに彼の視界から勝手に外れる、本当に興味を失ったのと同じ。
 だがそれでも彼は一度だけ焦点を合わせる、ただ振り向いただけの動作がそれだけで、人間の正気を疑う目を見た。本島に一度だけあった焦点、ただそれだけで悪寒が走る、力場兵器を持ち戦力だけなら彼女のほうが上であったとしてもだ。
 歯が重なり合うことさえない、これがこの世界の勇者の本性。自分を偽る事さえしないでいい相手にしか見せない本性、震え、ただそれだけ。だがそれが極限に彼女に襲うだけだ、地獄のような汚染、混沌と称したがこれはそれさえ生温い。兵器の起動さえ許さない、彼がゆっくりと持ち上げた武器さえも彼女の視界には映らないだろう。その視線にさらされる恐ろしさだけが彼女の行動を阻む。

「誰だお前? わずらわしい、さっさと死ね」

 絶望と共に、撃鉄は振り下ろされた。

***

「何をやっているのです筆頭、勇者の前で立ち尽くすなど正気ですか!!」

 限定して圧縮された力場が、火花を放ちながらレールガンの一撃は阻まれる。
 それでも彼女は正気を簡単には取り戻せない。

 何を自分が見ていたのかさえ分からないままに彼女は震えていた。

「あ、おや、おぅおぅ、久しぶりだ浩二。俺を裏切って以来じゃないか」
「その名前を呼ばないで下さい勇者、私の名前はワラキア。そんな和名じゃありませんが」
「おいおい、大島浩二はお前の本名だろう。で、おれの首でも取りに来たのか? やめとけ、お前の所の王様はそんな命令下すはずがない、ある意味であいつがこの俺を一番よく知っているからな」
「確かに、仮にも魔王軍の総司令官であなたの敵だった男ですから当然と言えば当然です。そもそもあの人がいなければあなたを予言機にかける必要すらなかったという話なのだから当然ですが、なぜあなたがあさを殺そうとしている」

 彼は首をかしげた、すでに彼女は彼の記憶にない。邪魔な声を出す肉、彼の彼女に感じている感情はそれだけである。

「だれだそれ? 煩わしい音を消そうとしただけだ俺は、その発信源が大切だというならお前が守ればいいだけの話。黙れば視界に入れる意義さえないんだ」
「どういう事だ」
「忘れたよ、それより楽しみにしていろよ。あと三カ月以内にお前もあいつも、皆殺しにしてやる、次に出会うときはきっと地獄だ。楽しみだろう健常者」

 二人の間にあった親しみの関係にたやすく亀裂が入る。

「新開、お前にだけは健常者と呼ばれたくない。その眼の中の地獄、お前があの狼の下僕になったようだがお前の本質は、そんなものでさえありはしないだろう。お前の極限は、無価値にすぎない。どうせあの腐った目で見たんだろう筆頭を、私とてお前に汚染された人間だ。だがお前はとうとう三年前の筆頭に対しての恩を仇で返したな」
「ん? 何かあったか、お前らが返り討ちにあったあの事でも言ってるのか。せっかく命を救ってやったというのに、せっかく浸食力場を使ってやらなかったという俺の慈悲を忘れたのか? お前の言う筆頭がお前らの命を救ってやっただけだ。不意打ちで俺を殺せなかった時点でお終いだったんだよあの時は、この辺で話はやめるか、手順を踏んでまた面を合わせてやる。その時、同じ言葉が吐けるなら吐いてみろ」

 武器を巻き取ると、明けの花に彼は足を向ける。もう確実に彼が振り返らないのは知っていた、本当であればここで二人の力場使いがいるのなら殺せない事もないだろうが、優者という名に対しての劣等と信仰がその行動を許さない。

「いまここで俺を殺さないのが三年前お前が俺に敗北していたという証明なんだよ。この差が俺とおまえの明確な差だ、命をかける度量もなく生きているさすが健常者、反吐が出る」

 武器を移種に変えると二人を無視して彼は飛び出していく。
 音速ほどをの速を指定して出しているわけではないがそれでも人間が追い付くにはかなり厳しい。そこでようやくワラキアは落ち着いた、言い返すだけの力がないことを彼自身が一番理解している。
 
「筆頭、何をやっているんですか確かにあなたはあいつの本性を知りませんがそれでも出来る事があるでしょう。いや、失礼あれは筆頭であっても難しい勇者は筆頭を忘れただけじゃない存在を消した。存在があることを否定しつくす、あれがあいつの本当の意味での本性ですよ。
 目的を持たない勇者の伽藍堂は酷い。三王が恐れた新開の器に目的が溢れてしまった、ですが所詮は伽藍堂は伽藍堂のまま空洞は空洞のまま。あいつに興味という感情を抜かれた瞬間本当に我らは価値がないように思えてしまう。それだけの質量をもっていますが、重量があるわけじゃない」
「え、あぁ、あぁ、あれが排斥された理由ですか。よくあれを受けて、崩れませんでしたねワラキア」
「一か月元に戻るのにかかりましたよ。震えるしかできない、あれは存在を食らいつくす病原菌です。いいですか、あれの対処法はただ一つ気にしないこと、最後に絶対に近寄らないようにすること」

 「ですが……」彼女は彼に会うためにここまで来た。簡単に退く訳にはいかない、だが一歩を踏み出すだけの勇気が出ないのも事実。

「それよりも私にはする事があるので失礼しますよ。忌名をつけた会社が出来たようで潰さなくてはなりませんので」
「やめなさい。勇者が起きます、今手を出すのは自殺行為以外の何物でもありません。あなたの言う無価値の勇者が選んだ価値を持つ敵、正気を持って勝てるか分からない敵、あの魔王を超えるような破綻者である可能性が高い。私がそちら側にはいきましょう」
「そうですかなら筆頭頼みますよ。一度心を折られたあなたが見る勇者が選んだ存在きっと、精神が喰らわれますそれだけは忘れないでおいてください」

 彼女はその勇気を得るために走り出す。
 恭しく礼をするワラキアを目にすることもない、一目散に呼吸さえ忘れたように走り出す。分りもしない住所を手に脅えた心を取り除くために、だが彼女は思うまい勇者はその感情を見れば記憶の片隅から彼女を絞り出すぐらいのことはやっただろうに……、残念ながら彼の中には彼女という記憶はすでにないのだ。
 結局彼女は六百メートル先の彼の職場が分からずに、走り回ることになった。
 最終的に彼女がたどり着いたのはちょうど一時間後、不慣れな道ということもあって苦労したが、その間に一つの街が壊滅した。力場兵器を使ってまで居場所を探り出そうとした結果である。
 やはり彼女もこの世界の人間というだけだ。自分の目的のために、他者を利用し欺き裏切り利用する。

 そしてようやくたどり着いたその場所で、彼女は銀の狼を見た。

 そこで見たのは血の池、その地を咀嚼するようにナイフ一本でその死体を積み上げた存在を彼女は見た。銀の髪が赤黒く濡れている、幼いというイメージしか浮かばない黒衣の少女、その眼は済んだ黒だというのに色違いに見える。
 血の水たまりに、王は君臨していた。いるだけで這いつくばるその空気、年齢が積み上げたものではない、生まれながらに持っていたものでも当然ない。彼女が作り上げた自分という名の経歴、それは勇者が見た王者の風景。

 だがいつの間に少女は成長したのだろう?

 狂喜に埋もれながら、その獣は血の匂いに狂いながら理性を保っていた。頭を垂れずにはいられない、その存在を呆然と見るひとりの人間に『誰だと』世界を打ち抜くように凛とした声は放たれた。


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