十章 後編 欠陥品 王者との出会い
 

 
 
 
 


 


「こりゃ地獄だ」

 新開は呟いた。そこに広がる一面の地獄、昨今の猟奇殺人よりもたちの悪いと言うしかない殺戮風景。
 誰一人として苦悶の表情を隠す事はないままに息絶えていた。ひどい死体になれば、口から食堂を無理矢理通すように、杭を打たれて絶命したものもいた。真正面から受け止めるには、余りにも地獄と言うしかほかない光景がそこに広がっている。

 周りではその死体を見て泣き叫ぶものもいた。死体たちの肉親や恋人、家族と言った類だろうが、彼はそれを一瞥するだけだった。

「だが俺は、これ以上の地獄を作ってきた」

 それは昔の話だ、だが勇者はそのことを思い出すと怒りにも似た感情を一切隠さない。
 嫌いなのだ彼はこういう風景が、ただ被害におぼれて泣き叫ぶ。自分で動こうとなんて一つもしやしない、下らん日本人の末路だ、旧世代らしい。

「望まれるままに地獄を平然と、下らない。お前らにだって原因はあるだろう、旧世代の悪い癖だ自分が被害者と言うだけなんて事はこの世にはありえないんだ」

 何よりこの世界において力がないのならそれはつまり悪だ。それを嘆くだけなら誰にでもできる、そう言う意味では彼は三王を嫌っていない。裏切りでも何でもして、世界を戻そうと考える彼ら、ベクトルが違うにせよやはり彼の仲間であった彼らはどこかにているのだろうか?

十章 欠陥品 王者との出会い(後編)

「誰だ」

 体さえこうりつくような存在感の前に彼女は口を開くことさえままならなくなった。一つ一つの動作が彼女を勝手に這い蹲らせようとする、無論狼にそんな考えはないだがその狼はそう言うものだ。冷めていない殺戮の高揚を理性で押させつけながらくるりと狼は、切断鬼を覗き見る。

「っ!!」

 一瞬だった、彼女は何も出来ないままに狼は殺傷圏内に入り込む。別に殺そうと言う気配は感じられなかったが、当然のように怯えた。ありえない身体能力、第二世代特有のものだと思いながら、それ以上の存在の思考を上塗りされた。
 動物らしい無垢な感情を彼女に見せながら、ただその質量に圧倒されたまま心を折られる。一歩二歩と自然と彼女は後ろに下がった。

「誰だと我が聞いている、名乗るのは貴様だ。我はお前のために名乗る名などないからな」

 尊大な態度を隠そうともしない。この傍若無人さ、彼女には嫌でも覚えがあっただろう、魔王大路町、自分こそが頂点と言ってはばからなかった存在だ。それだけの力を持っていてそれだけの存在を持った人間、そこで思う魔王であったとしても彼女はここまで屈服したことは無い。それこそ無意識に心を折られるなんてそんな常識外の存在が普通にいていいわけがない。

「これが」

 あの勇者が認める王。
 あぁ、なるほどの帰結。

 この世にこんな化け物がいていいはずがない。こんな化け物でもなければ勇者を従えることなど許されない。
 狼? 生ぬるい、世界を其の顎で喰らい散らかす神話の世界の異形だ。こんな世界だからこそ生まれ出でた化け物だ、もしこのとき彼女が狼の真名を思い出していたのなら納得したかもしれない。
 だが本質はそこではない、かのじょかのじょであるからこうなのだ。

 獣の本質だ、だがそれを理解できる人間はこの世界だろうが現実だろうが少ない。本能に埋もれる獣でもなく、理性に抗う獣でもない、人間としてあるがままにいる獣。誰もが出来るよう出来ないこと、新開は本質的な彼女のを見ていた。牙ばかり生やした羊の中にいる、ただの羊、いいかえたら彼女はそういうものだ。

 世界が終わっている中で終わらない人間なんて正気じゃない。この世界の人間はすべてがすべて欠落している、新開然り、魔王然り、預言者然り、其の中にあって欠落せずに生きている存在が彼女。

 勝てるわけがない、完成された目的と欠落した目的、其の差は致命的だ。屑であって塵であったとしても人間。

「で、名前を言うつもりはないのか。我としてはせっかく我慢してやっているところだというのに、その程度のことも出来ないのならその大層な武器で首を切り落とせ」
「申し訳ありません、少しばかり呆然としていたところで……。私は王国騎士団筆頭 切払あさ と申します、今回は王国からの裁判官としてこちらに参りました」
「ほぅ、王国の騎士殿か。さぞかし喰い応えのある屑なのだろう。どうでもいいか我の名は狼王朝木、この会社の社長だ、アイユーブの中でも有数の企業だという自負があるが、審議される様な覚えはないぞ」

 あくまで尊大だ、新開が無価値ならこいつは全価値そのすべてに価値がある。消し去るのが新開で、飲み込むのが朝木、あくまで冷静に会話をしなければすぐにでも存在に飲み込まれる。

「忌み名をお持ちのようですが、それは事実でしょうか」
「下らんことだなお前、存在その者に意味がないのが明白な会話だぞそれは、この世界に名前の何の意味がある。屑は屑、塵は塵、人間はただの産業廃棄物だろう?」

 所詮どこまで言ってもどんな世界での人間の価値なんて蛆と換わりはしない。あふれては消える、猿の進化系、種族単位で数えるだけ面倒な五十億の肉の塊、彼女は平然とそう告げる。
 反論は許さないと視線を強めあさを睨み付けると、演説を続けた。

「ちなみにだがその忌み名とやらは持っているな、偽言それが我の真名である、確かにわたしはあの厄祭を作り上げた男の娘だがそれの何の意味がある。まさか仮にも騎士筆頭が、血縁であの災害を我のせいにでもするのか、大体父親なら今も生きている。確かにあれは容赦なく愉快犯だが気にするな、次あいつが動けば世界が滅びるだけの話だ。だが心配しなくていいぞ、あいつが暴れることはこれから先一度たりともない、我が作り上げる、この世界に後退という変換を与えてやるつもりはこれから先二度とない」

 楽しいだろうと、舞台役者の出来の悪い演説のように振舞う。
 世界を滅ぼした根源はいまだに生きている、その事実に驚きながらも、それを許さない存在がにたりにたりと彼女を伺う。言い切るのだ彼女は、否定はない絶対に成し遂げる、それだけを確信している。
 忘れてしまう、魔王よりも危険な男が生きているというのに、それよりもこいつは危険だと冷静な思考が判断する。

「あなたの方が問題ですね。審議の必要すらないとは、勇者という最悪勢力を支配に起きその思考、王国とは敵対するつもりのようですね」
「冗談だろう、我がいつそんなことを言った。敵にすらならん勢力なぞ我はどうでもいい、折れた心で我に向き合う威勢は認めるがそれ以上はどうでもいい、下らんお前に語りかける時間自体が無駄だったようだ。三王に伝えておけ、せめて敵といえるだけの抵抗をしてくれと雑魚で我とアイツ、いやわが社の社員を殺せるとでも思っているのか、最低限殺せる努力はしてくれとな」

 彼女もまた、あさを視界にも入れない一人であった。
 歯が割れるほどに彼女は怒りを納めようと噛み締めた。怒りを制御するとかそういうことじゃない、彼女をここで殺すことは容易いだろうだが自分がただですむことは間違いなくない。
 
「せっかく王国が積み上げたこの平穏を戻すのかお前は、魔王の時代のような悪夢に!!」
「当然だ、だが魔王程度と比べるな。もっと凄惨な悪夢だ、楽しいだろう、心踊るだろう、進むものをとめられると思うな鳩が鷹にかなわぬように、現状維持は絶対出来ないのが基本だろう?
 だから転換期がおきた、もっとも転換期がおきた理由は最悪だがなやってみたかった以上だ。だがコレを聞くと血縁を感じずに入られなくなるものだ我は、なにしろなぁ」

 獰猛に牙を刻み付けた狼は、視線だけで喉を食い破らんばかりの威圧を見せる。
 だが聞きたくない世界崩壊の理由と、それと同じ動機を今語らんとする狼王。

「面白そうだからだ。それ以上の理由はない、勇者はただ義務としてそれをやろうとしているようだがな。だがこの世界の勇者、ただでは折れないぞお前らが裏切った代償は、我という厄祭であるのだぞ」
「わたしは裏切りたくなどなかった!! だが予言機が断定した未来だぞ、私にそれを手立てなど」
「そうであるな、予言機は何一つ嘘をつかなかった。だがあれは我が父親の策略を看破する事さえ出来なかった欠陥品、それを信用した時点でお前らは終わった。世界は変わるぞ、私の思うように、殺せるものなら殺してみろ。その前に殺してやるだけの話だ」
「運命に抗うことなど出来るはずもない」

 首を彼女は左右に振る、聞き分けのない子供事実を告げるような優し口調で語り掛ける。

「後面白いことを教えてやろう、旧世代の人間は運命とは変えるためにある者だとよく言っていた。運命は破壊され切り倒され、あらゆる暴力にさらされる哀れな単語だというのにだ。最も我の考えでは、運命とは後からついてくる結果でしかないと思っているのであるがな、お前らはそんな結果におびえて結果に暴力を振るっている。我はそうとしか思っていない、我の視点から見ればお前らはただの道化に過ぎんのだよどちらにしろ」

 言っている言葉は辛辣だ、先も知れないのが人生だというのに予言などという言葉に頼る。
 預言者の言葉は正しかったが、ただそれだけの話だとそれ以外の可能性を見つけようともしない。否定形の言葉を利用して自分が動かないだけに過ぎない、結局は当たり前のことに過ぎない。

「あぁ、忘れていたが審議のほうは有罪で十二分。大群むれでもつれて戻って来い、この我がじきじきに相手をしてやる」

 彼女は踵を返すと風呂にでも入るかとか気楽なことを言っていた。
 だがここで逃がすわけにも行かない、起動した切断力場は彼女を全方位に放った。それは通常の人間なら絶命の一撃だろう、

「温いぞ、殺す気ならもう少し楽しませろ」

 殺す気はないのだろう。首ををなめるようナイフが止められていた、力場設定を問答無用で排除する殺虫剤。峰ヶ島と呼ばれる転換期の最強の天才が作り出した対力場様のシステムである。だがもう一人の男が作り出した侵食力場のせいでその用途を失うことになるのだが、このシステムは侵食力場より獰猛である。
 力場と言う設定があるならそれをすべて解除する、最も試作品でありあまりの使い勝手の悪さに使われることはなかったが、使い手はここにいる。その有り余る戦闘能力が構成を瞬時に破綻させる。第三者から見ればただナイフを振りかぶりそのまま首に当てるだけの単純な動作、同じ力場使いから見ればただの恐怖、新開が見れば凶器に顔をゆがめただろうただそれだけの行為だ。

「ここでお前は殺さぬ。敵もお前らの言う運命も面白ければそれでのだ我は、お前は次に会うときその折れた心もどうにか治しているのだろう。我はそのためだけに生かしてやるぞ喜べ、死ぬまで我を楽しませろ」

 快楽だけで彼女は笑う、楽しいコレがすべてだ。
 誰もでもそうで、当たり前のことで、だがそれがこの世にとってもっとも悪質というだけ。その言葉は響いてくるだろう、世界で遊べ、人で笑え、この世は全てが面白い、世界を滅ぼした男がよく口にした言葉である。

 彼女と狼の出会いはただ、下らない、ただの場末の酒場の談笑。結末は一人が何も出来ないままに屈服したと言う事実だけ。

***
 
 勇者と言う名は世界にとって救いとルビを振られる言葉である。
 明けの花、朝顔を暗示させる集落。実際ここは、皆殺しにされる理由など何もありはしなかった比較的この世界ではましな集落だった。誰もが当たり前のように旧世代の幸せを感受して笑いあい、時には争いあった。誰もが幸せだと思える、理想的な世界だった。
 多少の苦しみはあったが幸せは確か似合った。だがそんなもの今はない、時間を経て腐り果てた体から蛆がわき異臭が匂って来る。蝿やカラスが死体をついばみ、新開が動くたびに大量の蝿が新開の視界を黒く染めた。
 いくらか埋葬はされてあるものの、絶対的な人数が足りずに死体は腐り果てたのだろう。あたりには数人の人間が、一生懸命に穴を掘って死体を運んでいた。体が崩れてきた死体の肉を削りながら吐きそうな異臭を我慢して。仮想してしまえばいいのにと簡単に新開は思う程度であったが、この集落の人間たちを個人として葬ってやりたいのだろう、墓穴には一人一人の名前が刻まれていた。まとめて個人を焼くことにすらためらいを覚える、よくもまぁここまで旧世代の常識を持った人間がいたものだと多少飽きれた様に頭を掻いた。

「あの、ここの集落は滅びました。依頼をこなす事はもう無理です」

 一人が彼の姿に気づいたのだろう声をかけてくる。珍しいタイプの人間だと言うことを理解してか多少おどおどとした様子が見受けられるが、新開は気にしたそぶりも見せない。ただ彼にしては恐ろしく、否奇跡的なほどに柔らかい笑みを作った。

「いえ、そう言う者ではありません。私は逆のものです、人材派遣業何でも屋です依頼が在るのならどんな物でもこなしますよ。復讐なんかも受け持ちますしね」
「え? いえ、そんなこと願う人間はこの場所にはいません。お願いできるなら死体の埋葬の手伝いぐらいです」
「おや、凄まじいですねそれは、あそこにいる死体明らかに人間の出来るころ仕方じゃ在りません。あそこに人の倍ぐらい杭打ちされた死体は、どうやらあの溶けた死体の肉親のようですが、目の前で殺されたようですね。これを見て恨みを抱かない人間がいないと、冗談でしょう」 

 楽しそうに笑う、これは彼の営業スマイルだ。内にある憎しみを、銃弾をナイフで摘出するように抉り取る。
 彼は知っている、当然のように知っている、人間はどこまで進化しても詭弁と偽り、うちに裏がない人間などこの世にはいない。塩を傷口に刷り込むように、内にある裏を容易く引っ張り出そうとする。
 完璧な人間がいるわけがないことを当然のように理解して、道具のよう人間を操る。

「悔しくないはずがないでしょう。恨まぬはずがないでしょう。あの死体を見るときあなたの表情は、怒りに変わったじゃないですか、見ていたのでしょうその光景を、あんな屈辱的な殺され方をした光景を、それを見て許せないはずがありません」
「そ、そんな!! こと、わ……、が……、思うわけ……」
「違うでしょう、力がないからそう思っているだけです。お金がないから依頼も出来ないと、ですがそれでいいのですか、この地獄に対する報復をせずに」

 会えて彼はそこで言葉をやめる、だが言いたいことは確実に伝わっただろう。
 報復をせずにいられるのですか?と、その言葉は確実に彼女の心臓を穿った。こぼす涙は力強いものに代わり、決意を込めた瞳が彼を見た。

「今なら、格安でわが社がお手伝いしましょう。私の名前は勇者新開、あなたたちの力になりますよ」 

 そこに最強の信頼が加わる、伝説の災害魔王を殺した勇者が目の前にいると。その時狙ったかのように、王国から勇者の顔写真が送られる。
 信頼はそこで最上にまで跳ね上がる。残酷なほどに優しさが浮かび上がる祝福に、周りの人間まで他頭を下げる、ここに最高の守護者が現れたと。彼ならば王国を救ってくれると、英雄に当たり前のように金銭を渡しながら。

「お願いです。ワラキアを殺してください、お金ならいくらでも払います」

 そして五人の人間が彼に頭を下げる、あぁ楽しい。勇者はただ心の中で思う、さすが人間、塵ばかりだと、聖人はこの世に生まれてはいけない。この時代にはふさわしくないと、彼は恭しく頭を下げる。
 社長との約束を破ってもかまわない、楽しすぎる、無価値に価値が注がれるその瞬間を彼は楽しそうに笑う。
 きっかけが積み上げられる瞬間だ、地獄を地獄のままに地獄にし尽くすための策略だ。彼らは知らない、知るはずがない、この世で最も救いを望む人間が必死に救いを求める相手は、彼らが最も拒絶する地獄をくみ上げるために最善を尽くす地獄の開門者であることを、抑えきれない感情と表情を頭を下げることで隠す。狂気に狂い、願望に最上の喜びをくみ上げ、最悪を敢行する。

 彼らは知らないまま終わる、自分たちが今現在、地獄を作るための手助けを行っていることを、きっと知らないまま最高の喜びを彼らは感じたまま死ぬ。
 
「そう、それでこそ素晴らしいというもの」

 その浅ましさの卑劣にして愚劣なことに人間の惨めさを感じて吐き気をもよす。それを隠すためにあえて、手を多々気無理矢理笑い声を作り上げた。

「ははははははははは、了解しました。確実に皆殺しにいたします、御代は結構です、もっと面白いものを見れましたからね」

 殺戮の権利をありがとうございますだ。その感情を感じさせない為に、深々と頭を下げて感謝を繕う。
 人に言われた程度で意思を変える、しかし新開が狙ってやった事ながらがなんとまぁ人と言うのは、

 醜悪かつ気持ちの悪い生物であるか

 だがそれ故に最高の世界だ、本当に人間が見れる。いい部分なんて所詮建前だ。人が裏の感情を見せることなど、日本人であれば余計にありえない。彼女らは気づいてなどいない、自分たちの言ったことの恐ろしさが、ひとつの命を強奪することの重さを、

 だがそれが人間なのだ。

 自分を汚さないのなら、大義名分があるなら許されると本気で勘違いしている事を、人は本能で人を殺せない、人間が人間を殺すのはその純然たる理性の結果だ。それが自分以外がやると言う免罪符で救われたと本気で思っている。
 人間など、人間などどうせ殺さずには生きていけない生命だ。どの世界でもそれは変わりなどするはずもない。彼は契約書に一生懸命サインをする、どいつもこいつも自分は何もしていないと無害を装う。

 契約書を受け取ると彼はそこから逃げ出すようにして走り出した。
 彼は気持ちが悪かった、人間人間と当たり前のように思いながら、死ぬまでに百万を超える命を奪うくせになんと醜悪なことかと。

「ざまぁみろ、お前らは絶対絶望する。お前らに与えてやれる幸せは俺が作る地獄だ」

 ゆっくりとだが確実に屍の山は積み上げられ始めている。
 最も、人間と言う人間がどれだけ言おうと、人間は死ぬまで殺戮者にしかなれない。それが生きると言うことの基本であるのだから。

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