八章 会社拡大
 

 
 


 教会と、賢者は、その映像を見て軽く意識が飛びそうになっていた。
 勇者を勇者足らしめていたその刃が、なくなった。この世界の最強の武器は今消え去ったと、元々彼が力場兵器を嫌っていた事は、彼らも知っているが、手放せない理由があったのだ。
 彼らが勇者と組んでいた理由はその目的だ、だからこそ簡単に理解する。

「あぁ」
「なるほど」

 二人は楽しそうに、表情をゆがめて顔を合わせる。
 今彼の目的が始まったことを、彼らは理解する。この世界の常識に彩られた、人間達のささやかな抵抗だ。
 しかしながら、敵はかつての魔王の戦いさえも上回るような物量が敵に代わる。だが、上等。

「さて、教会。あの勇者が選んだ、この時代の象徴一体どれだけ聖人のような人間になるのかしら」
「少なくとも、よっぽどの人格者である事は間違いない」

 喜びで歪んだ顔が段々と引き攣って行く、何しろあれが認める人類失格者だ。彼らの想像の上を言っている事は間違い無く、何より自分達はその下につくのだと考えると、そりゃ疲れもする。
 それでも、やっぱり楽しみなのだろう。二人は武器を握り締めて、近所の金融業者を片っ端から襲い始めた。
 これが、偽言人材派遣の資本金となる事は確定の話である。

八章 会社拡大

 彼らの名刺に書かれていた住所は、現在は他人のものであった。
 その住所にある会社の名前を人はこう呼ぶ大場金融。ファーストラインで十時間以上前に彼らが社長を殺した会社である。

 見た目だけなら、恋人同士にも見えないことのない二人。だがこの世界の住人から見ればていのいい筈の鴨、二人は堂々と大場金融のビルに殴り込みをかけにいく。正面玄関を蹴破り、受付と、客をとりあえず十人ばかり殺害。

「偽言人材派遣会社、商談にまいった。さぁ容赦なく会社を明け渡せ」

 何度もいうような気がするがこの世界ではこれはポピュラーな出来事の一つである。
 だが数があまりにも少ない、たかが二人、だがされど二人、しかしながら二人、高層ビルとは言いがたいがそれでも百人近い人間がここに勤務している。ここには百の人生があるのだ。既に九十に変わってしまったがそれはそれ。

 この国において狼とは神の使いにも匹敵する獣、大神と呼ばれるゆえんである。森の異界の眷属、月読の眷属、気高き森の王、他の国とは違う家畜を喰らう害獣なのではない。偉大なる森の王、異界と言う名の隣人、その最高位たる銀狼ともう一つ下狼、二匹の獣は商談と言う名の地獄を作り上げる。

 王冠は電磁砲を使わずに、飛び出しナイフのようにその武器を扱い確実に一人ずつしとめていく。ガラス張りの扉を蹴破った際に散った硝子を投げたりと、辺りに被害の出ない戦い方をしていた。だが銀狼は違う、彼女にとって殺し合いとはつまりはじゃれ合い、命のかかった遊びと変わりは無い。
 武器が変わったとしてもそれは変わりなかった。難波歩きと呼ばれる古武術武の歩法にそれは似ている。その移動に溜めの動作はない、それは滑る様な移動、一瞬誰もが行動を考える中の間隙をつくような行動だ。武器を投げるような軌跡を描きながらその一撃は振り下ろされる、完全な大振りでありながらどう振り下ろされるか理解しながらもなお、顎の様に喰らいつく一撃は人間を大上段から真っ二つにする。

 その一撃だけで誰もが一度動けなくなる。それは勇者とて変わりは無い、一撃で空間を支配するその姿は彼が使える王に相応しい。自然と彼の表情も緩む。

「下僕、誰一人逃がさず殺せ。そろそろ我の理性も保てなくなるが、そんな下らない戦い方をするなお前まで喰らってしまいそうになるぞ。お前の戦い方をして見せろ」
「いえいえ、私の本当の戦い方は、このビルを破壊してしまいます。折角の巣、壊すには勿体無いかと」
「そうであるか、仕方あるまい。ならばこうだけ言っておとする、手加減をするな楽しめ折角の遊びだ。楽しまずして何をする」

 恭しく頭を下げると彼は敵を覗く、彼の主の殺気を牙の様にと喩えるなら彼は質量を持った粘着性のある呪いだ。痛みを感じるような殺意が彼女であるなら、人間の本能に直接恐怖を与えるのが新開の殺気。誰もがその動きを一瞬止める、それほど優れた身体能力もない彼は移動に関してどうしても他の人間にさえ劣る、酒で腐れた体に体力と言うを物を期待するほうがおかしい。
 だが体力に関してはそれほど心配するほどのことでもなかったりする。彼の進化種としての能力がそれを許さない、無限に戦闘しても疲れないだけの体を彼は持っている。壁に彼は武器を突き刺す。

 ―発動限定、射出攻種から移種へと変更―

 音声による武器の設定変換が流れてくる。渋鮫の声とは違う、事務的で面白みのない言葉。一瞬彼は自分の武器であったAIを思い出し、撃鉄をおろした。
 一瞬にして音速に生身で介入する、一秒の時間にも満たない一瞬、音が鳴るよりもそれは早い。生身とで音速の壁を引きちぎり彼は、空気との摩擦で体を焼きながら十人の敵をなぎ払った。

「く、それがお前の言う中距離戦であるのかどちらかと言えば兵器頼りの人間だと思っていたが、存外野蛮だ」
「ま、まぁ、流石に二度やりたくないですがね。一瞬で体の骨が全部バラバラになりましたよ」

 そう言うが既に骨は治り始めている。十秒もすれば体の異常は全て取り除かれた、彼女には使いこなせない部分のこの武器の使用法である。これは新開だからできる行動だ、ワイヤーと刃物が音速に舞いまとめて十人を切り裂いたのだ。
 武器を一回転させ血を拭い去るとワイヤーを巻き取り次の敵への準備をする。

「やはり私は後方に回ります。痛い思いは大嫌いです、一方的な虐殺が私の一番得意とする方法ですから」
「だからこその中距離戦闘であるということか。痛い思いをせずにだが虐殺が可能な距離と流石、我の下僕だこと人間の良心においてくずそのもの、よりにもよって王を前線に追いやるとはなんと不忠の家臣よ」
「貴方でしょう前線に出たがるのは、戦場の王は戦場でこそその真価を問われる。何より主こそ私が前に出ればつまらなそうな顔をするじゃあありませんか、主のために会えて前線を譲るのですよ」
「物はいいようであるな」

 「いえ全くですお互いに」血の匂いに酔う様に二人は、笑いあう。この光景に異常を感じない奴はいないだろう、だが死者に語る口は無し。この屍舞の世界で、哂い合う事を許される主従は彼らしかいない。 
 二人は武器を合わせると同時に、己が行動に移る。
 一人は階段を駆け上がり、一人は外に出て、逃げて来る打ち漏らしに対して準備を行う。大場金融に所属していた人間に既に生きる道などありはしなかった。惨劇が響き渡り、投身自殺者が溢れかえる。彼らが降りて来たところに待つのはただ死だけだ。それ以外の運命は既に潰えていたのだから。

「おいおい、たかがこんなビル一人に二人がかりたぁお前も落ちたな新開」
「神父、冗談を言うな。主の絶対命令だ、皆殺しにするとな。まさにここは今地獄の屠殺場、聞こえるだろう豚共がピーピー泣いてる」
「その喩え最悪だなお前、それで主とやらの名前は何だ。お前みたいな人間が選んだ王だ、よっぽどのもんなんだろう」

 シケモクを口に咥えたまま、火を探して体中を触る神父。
 新開はしたいからライターを取り出すと神父に投げる。ただ新開の行動に気付いていなかった神父はそれを顔面で受け止める事になった。

「……神父、アホかその程度気づいてなくても受け止めろよ」
「ぐぅ、新開。お前なありがたいが、声ぐらいかけろ」
「どうでもいい、それよりそっちの首尾はどうだ。あの放送が届いてたんだろう、後もう少しで監視も邪魔になるがまだ役に立つからなぁ」
「変態のほうとあわせて上々だ。とりあえずこの辺りの銀行をあわせて三十件ほど商談で潰してきた」

 それでだ、ようやくタバコに火をつけた神父は少々歪んだ煙草でビルを指差した。

「俺たちの王ってのはどんなんだ」
「いや社長だ」
「そう言うことじゃないだろうが、俺の聞いているのはこの世の中に最も相応しいとお前が決めた究極の駄目人間だよ」
「お前も知ってるだろうよ。血濡れのバートリーだよ、いやあの人は存外に気が狂ってる、風でもない狂気でもない、狼その形容が相応しい人だ。この世界を楽しむだけの度量がある人間、たかがナイフでこの世界の大多数に立ち向かうと決めた人間だ。
 この世界で、ただ一人と言って良い、俺が認める最高の健常者だよ全く。この世界の常識でうずもれた人間の塵の中の塵、最高だ、本当にあの人は最高だ」
「お前のその表情は最悪だと思うがな」

 それは指導者の演説だった。ただ素晴らしい事だけを並べ続ける、政治の演説、マイナス面を語らない言葉。何しろだ、彼らにおいてマイナス面になるはずのことは彼らが一番度返しすることだからだ。

「だが実際にそうだろう、お前は見たことがあるか。身体能力だけで、十字軍の精鋭たちを皆殺しにした挙句、その嗅覚だけで俺を見つけて殺そうとした。その始末が俺に捕まえられたとしてもだ、それでも殺そうと笑う人間がこの世のどこにいると言う。力場兵器と聞くだけ尻尾を丸める人間ばかりの中でだぞ、最高じゃないか。
 お前にだって出来ないだろう神父? それが出来る人間を俺は俺以外で始めてみたんだぞ。最高すぎる、俺より格上の思考を挙句にしていると来た。心が震えたよ、死ぬ状況さえ楽しめるような人格の構成をした人間は、いやあの人は違うか死ぬ事ですら楽しみの一部に過ぎない」

 己の命と言う名の有限資源を賭けるというその一つの部分だけに過ぎない。
 新開は笑いもせずに、表情も変えもせずに内から呼び起こす喜びがまるで狂気の陽炎のように世界を歪める。はく息のたびその狂気が、毒のように辺りに侵食しているようだった。神父はその新開の姿に、震える。

「マジか、おいそれは本当なのか!! 新開最高じゃねぇか、お前を越える屑がこの世にいたのか。これだからこの世界は、なら教えろよ。我らが主の名前を」

 感動に、余りにも嬉しそうに彼は喋る。
 彼はその喜びを隠そうともせずに、早く早くと新開をせかした。少し鬱陶しいぐらいにはしゃぎ始めていたが彼もまぁそれは仕方ない事だと思う、逆の立場であれば自分だってこうなる喋らない人間を殺しかねないと。彼は軽く息を吐いて呼吸を整える、一人の名前を伝えるにしては大仰だ。

「狼王朝木、真名を偽言朝木、それが俺たちの王の名前だ」

 彼の会話が終わった瞬間悲鳴と言う名のBGMが響いた。だが彼女の名前には丁度良い、何しろその前の苗字は吸血毒婦、彼女にはどちらにしろ悲鳴は相応しい。
 真名を聞いた瞬間一瞬、新婦は顔を歪めた。だがまぁそれはこの世界に生きるものなら納得の理由である。だが彼は二度頷いた。

「了解した、俺たちの社長? まぁいいの名前だな、呪い名ではあるが十二分だ」

 それさえ今の状況においては最高のことだといわんばかりの表情を見せる。この世界では幾ら恨まれようが呪われようがそれはたいした意味じゃない、名前になどこの世界で本質的な意味など問われる必要はない。
 それがたとえ空の転換期の際この世を全ての破綻に陥れた大罪人苗字でもだ。

「そうねぇ、流石新開と言ったところね」

 そこにもう一人の賢者が現れた、悲鳴を上げる人間の声が響くたびに顔を高揚させる女。彼ら最後の仲間である変態賢者、この三人はどれもが同等の人間の屑。魔王との戦いの際本当に彼の力となって戦ったのはこの二人だった。

「あぁ、変態か。お前が主を好きだろうと手を出したら、出すようなそぶりを見せたら全存在を駆けて殺すから忘れるな」
「いくらなんでもそれはないわ、私達唯一の共同であるこの世界の常識の安定。そのためにあんたが選んだ王でしょう、今のあの状況を作り出している綺麗な銀狼であっても私の好みでも、むかしいったでしょう。あんたを敵にする位なら変態の名前ぐらい取り除いてやるって」
「ならいい、と言っても幾らお前の好みであったとしてもだ。お前に主を手を出す事ができるはずもないんだがな。大体取りこぼしを殺せって命令をしておきながら、一人で皆殺しにしている人間だぞ、あと覚悟しとけよ戦闘準備を主は血で狂う類の人間だ。屑を嗅ぎ分けて殺す人間だ、俺らみたいな人間に気付かないわけがない受け殺そうとしないわけがない」

 二人は引き攣った表情を作る。だが新開はそんな二人を見て鼻歌を歌うような様子であった。
 引き攣った表情は笑みにしか周りの人間には見えない。
 彼は一度呆れたようにため息を吐いて、ビルを見た。よく考えて見ればこれが一番性質の悪いあの主様のマイナス面だった。

「本当に全くなんてこの時代を象徴する人だ。お前ら抑えられない感情が唖然じゃなくて、喜びだぞ、自分の感情ぐらい制御しろよ」

 何はともあれ、狼の群れは己達の巣を手に入れた。
 この数分後彼らは主相手に命がけの戦いをする事になったが、まぁ余談の一つである。


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