十七章 満たされる器
 


 

 この日勇者は絶望を知る、人を自由自在に操った男の末路がここに具現したのだ。代償の無い悲劇は存在しない、それは喜劇であっても同じだ、機械仕掛けの神様はここには存在さえしないのである。
 内圧縮力場、多重圧縮重量兵器それが剣王の武器である、彼が浩二を倒して倒れたとき一つの破裂音がした。それこそが外圧縮力場の絶望を次げる音である。

 未だに慣れない片腕での移動に、何度も地面に転ぶ新開。体中にいたるところが擦りむけ血が滲んでも彼は動くことをやめない。彼は恐ろしいのだろう、彼の存在に価値は無い、それゆえの勇者であり、それゆえの無価値、彼の空虚を埋めた人間は彼が生まれて以来ただ一人。所詮他人にしか傾倒できない人間の中で勇者ほど他人に価値を求める存在もいない。
 何も無い男が全てをもっていた女に出会った、ただそれだけだ。彼は彼女の価値を自分の価値と勘違いしている、いやそう思うしか彼の存在に対して意味をやれないのだろう、それほどまでに勇者の業は重い。霊長全ての守護者として与えられた地獄は、その存在に価値を与えてやれる事など無いというだけの事等は無いというだけだ。そこに自分などありはしない、あるのは他人だけ。

 価値を他人に求める時点で自己が破綻している、それこそが人間として終りなのだ。
 嘗て新開が自分を持っている人間が好きだといった、だが自分は持っていないのだ。無いもの強請(ねだり)りの隣の芝生、故に彼は埋没する個に容赦はしない。そして彼の氏名とも言うべき時代の守護のためであれば、一切の微塵もなく屍の一つとして埋葬していたことだろう。

 そんな彼にもようやく価値と言うものが芽生えてきたのだ。

 それこそが世界の全存在、世界の無価値と同等の存在だ。他人にしか価値を求める事のできない男が見つけた、自分の価値ともいえる存在。今それが一切の微塵なく、誰もが振り落ちる現象であるように、彼の前で動き始める。
 声から小漏れるかすかな嗚咽を吹き払うように、計算処理さえ行なわなかった燕がようやく応答する。一瞬の脊髄に到る痛み、力場が起動した証拠だ。彼を取り巻くようにして粘質の圧力が掛かった。その慣れた圧力が彼の呼吸と共に、それが指向性を持った。

 一瞬大地の削れる音が響く、それと同時に接地感を失う。
 そして彼は容易く音速を超えた、これから先彼は一瞬でその場所に着くのだろう。その前に開かれる彼が世界で唯一恐れるであろう最後のそれが、絢爛雅に開かれるのだろう。既に地形的に生きる事が不可能になりつつあるこの土地における最後の輝きといわんばかり、その光景は眼を切り裂いた奥に現れる。

***

 最初の剣王の一撃、それだけで王は一度困惑した。力場に対して最強であるはずのそれに彼女は容易く吹き飛ばされたのだ、明確な手応えがあったにも拘らず地面に彼女は伏していた。内圧縮力場、簡単に言えば圧縮できないものを圧縮する力だ、それは例えば重量、重力、風、この力場はそういったものを圧縮しているだけだ。
 力場を完全破壊する、殺虫剤だがそれ以外は出来やしない。圧縮から開放された力場ではない力が、彼女を吹き飛ばす。

 本能的に彼女は瞬時にそれを理解した。しかしながら力場無効が無い、異常なほども伝に汗が濡れるのを感じ、一度ごくりと喉を鳴らす。

 静寂だけが二人を包む、一人は確実な勝利の優越に、一人はこの困難を楽しむように笑いながら。殺意と狂気を振り下ろす、かすれるような声が二人の間に響き渡る。勇者パーティーにおいて近接戦闘最強と呼ばれた男との戦い、獣としか思えない野生を秘めた女、狂おしいほどの強さと自分とは全く違う戦闘を持った二人の近接戦闘者であるは、嫌でも心が猛る。

 武人としての気質を持つ剣王、いやここでは炬燵廻と言うべきだろうか?
 それこそが彼の名前であり、真の彼の証明だ。かつて個人軍隊として名をはせたbR、空殺しと呼ばれた男、技術と言う名の攻撃を振り下ろす、そのたびに開放される物理現象、彼の振り下ろした武器の先は切られるでもなく潰れていた。

 これゆえに多重圧縮重量兵器と呼ばれるのだが、狼の回避もまた尋常の沙汰ではない。背中に重量を感じながらゆっくりと懐に踏み込んでいく、致命点とそうではない教会を完全に匂いだけで把握しているのだろう。そして明確な死点を嗅ぎ取った後は容易いものだ、破滅的な重量とその一撃を完全に踏み込んだだけで躱し、完全な安全地帯に踏み込めば即死であろう一撃を放つ。

 しかしそれは無意味以外の何者でもないだろう、ただ剣王に精神の消費をさせたに過ぎない。この力場は運動ベクトルの保存である、開放された運動が彼女の力を容易く撥ね退ける、それだけならまだマシだ。体を触れさせない、それだけの運動量がたかがナイフに突き刺さるのだ。まるで武器をぶつけ合うさなか圧倒的に力負けをして跳ね飛ばされるように、彼女の一撃を阻んだ運動量は腕を容赦なくさらい、さらに人間の体の耐久力を超えて千切れて跳ね飛んだ。

 そこに剛剣が振るわれる、それは薩摩の必殺。受けた刃後と根こそぎ命を切り落としてしまうような一撃だ、だが王はここでは回避するだけの行動にとどめる。いや振り下ろされるその一期下に恐怖すら覚えたのだ。威力こそ致命傷ではないとしても、襲い掛かった外圧縮から開放された一撃は、小柄な王の体を吹き飛ばし地面に否応なしに叩きつける。

 手榴弾にも似た爆発は、彼女の体にアスファルトなどの破片を打ち込み寄生させた。彼女の体内よう容赦なく蹂躙するそれに、息も吐けないような痛みが呼吸からもれる。僅か一合それだけで形勢は瞬時に絶望的なものへと変わる。

 半死半生のもらす息遣いだけが明確に響くぐらいだ。二人の静寂ばかり、いや既に朦朧としているであろう意識に汚染された、王は二度ほど意識を立ったまま飛ばしていた。たた団純な個人としての戦いであれば間違い無く王のほうが上であっただろう、問題は人類最後の兵器である力場兵器をその男が持ち、そして大量殺戮兵器の前にたかが身体能力が高いだけの人間だ。

 人間が人間を効率よく殺すためだけに積み上げた殺戮の歴史の果てがそれだなのだ。
 ここまで来るのに犠牲になったものが何万と、何億といる。その末に残った最後の兵器、人間を殺すためだけの研ぎ澄まされた霊長の意思の集合。いくらの存在をもってしてもそれに勝ることは、その意思を操るものだけ。それ以外の人間では太刀打ちさえ出来ない、そう言う代物なのだ。
 戦争では王は殺せる、革命では王は殺せる、暗殺では王は殺せる、それ以外の手段で王は殺せない。兵器とは戦争の手段だ、王を殺す力は既にその手にある、彼女と兵器では相性が悪すぎる、兵器を振るい、動かす力はあれど、その力に屈服してしまうのもまた王の定めであろう。

「は、っははは、く、…………、……、あ、くぅ、これは下僕を、……は、っあ、連れて、……、………………、くるべきだった……か?」

 腕を押さえ溢れる血を、最後の薬で強引に蘇生させるが、胎内の残った破片までは消滅できなかったのだろう。青い顔をさせながら立ち上がることが彼女は出来ない。
 漏らした言葉は弱音、否それはただの事実の確認、この王に後悔などはるわけはない。それは自分の失策であり、それによる破滅は王の常。なればこの事実自体、彼女の所為だ。

 ならば千億とて敵わぬ億万の黄金よ。
 全て自分のものだその失敗さえ、青い顔は消せないがそれでも彼女はやはり笑うだけなのだ。獣のように犬歯を空気に突きたて、体を震わせ獲物を狙うように、ただ一度の瞑想それは死んだ者へ、そしてただひたすらに満足し続けた人生に捧げる感謝。

 その目に貫かれる恐怖はいか程か?

 どれほどのことをしてもその所為に後悔のない者の目はいか程か?


 ただ死ぬ一片まで生き尽くすその存在の恐ろしさはどれ程か?

 その人生の密度に恐怖を抱き、嫉妬を抱く、どれ程の罪業さえ関係ないだろう。その全てがその存在の人生だと言い切れるのだ。
 否応なく引き締まる空気、圧倒的に有利なはずの男は、震えた、計算さえ失敗するのではないかと思考する。無駄なほどに思考が溢れかえる、あらゆる感情が綯い交ぜに成りながらそれで殺すことしか最後には残らない。

「貴様が後悔することなく死ぬか、ふざけるな我の仲間は全て死に失せ。貴様は我を殺す事すら許されずに息絶えると言うのに!!」

 その問いに王は嬉しそうに目を剣王に合わせる。余りに自愛のこもった瞳に彼はどうしても眼を逸らさずにはいられない。
 痛みを押し殺し、それ以上の優越と言うなの感情を持って彼女は途切れることなく告げる。

「下らん、下らな過ぎるぞ剣王、生きて死ぬのだ我等は、いつ死ぬとも知れぬ人生に後悔と言う単語を用意すること自体が人間の不遜。いいかこれは確実なことだから覚えていろ、我には後に続く者がいる。貴様はそれを用意していない、それだけで十二分に貴様は愚かだ。
 継承もできない、何も出来ない、貴様が戻すはずの時代が次を残さない。それはもう種としての断絶だ、だからこそ勇者新開はその運命により、貴様らから離れたのだ。親の勘違いではない、この事象全てが貴様らの失策。戦争に何の意味がある、経済に関わるわけでもない思想の部分での戦争など、どちらかの絶滅以外があると思ったのか?
 それは無駄だ、死滅的に破滅的に、何よりそんな血に濡れた人間達が転換期以前の時代に戻せるとでも思っていたのか」

 乾いた息が一つ、それは剣王からだった。長い先を見たものとその前を見たもの、絶望的なまでの断絶の先に自分達の行動の絶望を彼はようやく頭に刻まれた。何が違うか、根本的に見ていた世界が違う。恐怖を持って潰した結末と、流れゆっくりと動かし思考を誘導したそれ、未来の絶望的なまでの開きに彼は間違い無く敗北を、戦略における敗北をこの時ようやく理解した。

「だが私は続く、私の歩みは続くのだ。これから先は我の続きだ、どう世界が変わろうとそれは全て私の系譜に過ぎない」

 そう騙されていた、根本的にこの戦争は勇者の戦いではなかったのだ。国と国の戦争、敵にするべき存在を彼らは履き違えた。

「そうか、そうだろうな。貴様の勝利だろうこの戦い、これからの時代もそうだ」

 一瞬世界の動きが止まった、なんてことはない。それこそが、外圧縮力場における制限解除、支配を周囲三百メートル殆ど領域掌握に近い。
 発動と同時に剣王は、立ち尽くしながら反吐をぶちまける。
 最初を理解したからこそ剣王は、ようやく本気、いや命を賭けつくす覚悟をしたのだろう。

「だからこそ貴様をここで殺す、お前の歩みがどうであろうとも。お前でないのなら道は修正できる、貴様が死ねば未来は貴様の思うとおりにはいかない。磐石とはいくまい」
「そうだ、残念ながらその通りなのだ。それが貴様の最後の我に対する嫌がらせか死人にまさに鞭を打つ様だ」

 手負いの狼に死力を持って相対する男は、今までにない終りを秘めていた。

「貴様の思い通りになるぐらいなら、死人とて鞭を打ってみせるだけのはなしだ」
「ふむそうか、全く酷い男だ」

 全くの気負いもなくその精神全てを賭して、目の前にいるこの歴史を紐解いてもこれほど傲慢で悪辣だった王はいないだろう、そしてこれほど領土を持たなかった王もまた。この王が君臨する場所は、土地ではない国ではない人ではない、歴史だ。

 どの王も考えもしなかった場所にその王は君臨しようとしている。

 させないと、武器を構えた存在が一人。それはまさに、悪逆非道の王を討つ御伽噺の英雄だ。泰然としたその姿を、その眼に焼き付けるようにして覗き続け、汚れをぬぐうわけもなくヤケクソの咆哮を響かせる。
 どれだけ、心を剣王は折られただろう。どれだけ剣王は、大地を踏みしめたのだろう。しかしながら最後にその剣士は、大地を踏み抜くが如く立ち上がった。

「最後だ、世界最悪の王よ」

 一つにして一生を終わらせる空気を肌に感じながら狼は満足そうに目を狩人に向ける。その最後に成るであろう一撃、全く恐ろしげもなく、楽しむでもなく怯えるわけでもなく受け入れる。
 その最後の一撃を受けるその最後に、一人の男の声を聞き届けたから。腕を奪われ、舞台に上がりながら未だ舞台に上がれぬ哀れな人間の声を、そして一つの衝撃を感じなが彼女の意識は朱(あけ)に染まる。

***

 まだ生きていた、それだけで彼は声を張り上げるほどに狂喜した。
 だがそれはまだ終わらぬ、死への走りを見せる。させない、それをさせるわけにはいかない、新開は躊躇いなくその力場における最強を具現させる。だが既に発動し彼女を今まさに喰らうべき一撃は、剣王における最高演算。

 足りないのだ力が、一瞬の均衡。だがこれが制限解除をされていない力場ならともかく、これはBT設定における力場だ、その本質を全て開放しただの個人を狙う最大の一撃。この世界で最も力場に対しての知識を持つ男は、分かっていてもその結末が分かっていても手を伸ばした。
 王のまで展開される力場、たしかに力場使いであればその異常なほどの新開の力場機動に肝を冷やしただろう。しかしいま彼の王を殺すべく最高を振りかざす男は、全てを受け入れなお心のままに意地を通そうとする男、その一片の曇りもないその純粋な一突きには、無駄な抵抗と言うべきだろう。彼の力場確かに、王への攻撃を阻んだのだ。

 力場同士の衝突は、振動となってあたりに拡散する。それが全て地面を破壊しつくすことに何の不思議があるだろう。

「やめろ、それだけはやめろ!!止めろ、止めろ、止めろ」

 ただこの中で無様なのはただ一人、悲鳴のように彼だけが叫び散らかす。
 勇者にとって出来た初めての価値、これほど彼が表情を崩したのは多分生まれたときだけだ。ただ子供の駄々のようにやめてくれと泣き叫ぶ。

 最も力場を理解しているからこそ、彼の絶望は果てがない。
 己が死を理解した王はそんな彼の姿を見て、初めて満足そうに彼が始めてみた笑顔を浮かべた。

「新開」

 この瞬間でさえ人生を楽しむ女が、大声で叫ぶ。
 その声に一瞬力場さえ怯んだ様に、音が刹那止む。

「黙れ、無様に喚くな。我の遺言を受け入れろ、それまで力場を持たせろ厳命する」

 既に逃げ場を失い、動くことすら出来ない王は、容易く遺言と口にする。それがさらに新開の思考を奪うが、王に命令されれば彼は勝手に動いてしまう。
 一瞬にして力場が均衡状態に持っていかれる、これは単純に剣王が力を抜いたに過ぎない。それは殺すべき意思が消えたからではない、彼女の最後を見てみたい彼がそう思っただけに過ぎない。

「どうやらわが社も倒産のようだが、社員一人残して会社を潰すほど我は無能ではない」

 何もかもが愉快なのだろう、彼女は鼻歌でも歌うように楽しそうな表情を崩さない。

「貴様に最後の職をくれてやろうと思ってな。なに終わる時も、きちんと後始末はつけるのが我の流儀だ。まず貴様にやった名前を結局貴様はまともに使わなかった王冠を返してもらう。
 まぁそれからだな。取り合えず、貴様にはこの名前をやるキチンと受け入れろ、『偽言』ころごと くれてやる私の本当の名前だ。お前が言ってただろう結婚してくださいと、それも含めてくれてやろう。私は夫婦別姓には大反対だからな」
「あ、あえ?」
「戯(たわ)けが、今我が言っていることがわからないのか。無価値、根源的に貴様に価値などありはしないのだ、だからこそ貴様にやるといっているのだ。いや貴様以外に我を受け入れられる人間はこの世にはいない。代替品となれ、最後の命令だそして貴様の就職先だ理解したな勇者、いいか世界を楽しめ、この世界には足し楽しむべきことばかりだ。全て受け入れろ、全て感じつくせ、人生とはその間に終わる。
 私のように簡単に容易く、世界で遊べ、人で笑え、この世界は全てが美しいのだ」

 理解不能のままに告げられる絶望、突き抜ける一瞬の健やかな笑み。多分それが彼女の転換期がなければ出来ていた優しい微笑なのだろう、この死ぬ一瞬に花を添えるように…………、そして力場の割れる音が響いた。

 後は嵐が吹きぬける、研ぎ澄まされた力場の一太刀が彼女の体を突き抜けた。それは心臓を貫き致命の一突き、肺から零れた血は口に赤の死に化粧が添え、力場が放つ衝撃は彼女を建物に叩きつけようとしたが、新開がそれを許すわけもない。
   
「あ――――――、っ――――あ、く、――――――!!」

 声なき声が響いた。それが新開のものである事に疑いようが無い。絶望は甲高く、この滅んだ都市に響き渡った。
 心臓を締め付けるような叫びに、人間の感情があれば胸の一つでも苦しくなるのだろうか。生死を確認する必要すらない、確実に即死だ心臓が滅び人間としての思考は全て終わった。もうそれはただの肉袋に過ぎないのだろう、だが新開はただ叫び続けるこの深き絶望の前に、敵の一つも見えないままに。

 剣王は自分は殺されると思う、だがいくら待っても彼は攻撃なんてしてくることはなかった。
 新開の叫び声が消えてもなお、唯一つの音が響いただけだ。それは咀嚼音、肉を食らう音だ。ようやく続きが始まったのだ、それが彼の始まりになる、ただ王を彼は喰らう。ただひたすらに全てをその存在の全てを受け入れるように。

 骨を肉をその全てを、一心不乱に食い漁った。

 その光景に震えがはしる。彼はそこで王の言ったすべてを理解したのだろう。
 全価値と無価値それはつまり世界の天秤だ。同一でなければいけない、だが裏を返せば無価値と全価値はイコールであるのだその質量が、ならば全価値を受け入れられるとすれば、それは勇者である新開以外にありえない。
 後に続く、それはそんなものではない。生れ落ちたのだここに、唯一つの例外が、ここにいるのは言い換えれば死んだ者の 代替品 オルタナティブ 、流れ落ちる全ての水を受け取る器。

 呼吸も出来なかった。悪夢のようだった、最強の勇者が最悪の王へと変わった。
 彼女と何もかもがきっとその男は違う。彼が進むべき道は王とは全く違うが、それでも全く結果の変わらない世界。口元を王の血で真っ赤に染めながら、絶望はそのうちに飲み込んだように、あの笑顔が写る。

 震えるように楽しい、世界の全てを楽しみつくす存在の笑みが。

 その瞬間、全てが終わった。彼の笑みは今までと全く違う、役者の演技を見る客のようなものではなくなった、彼は今確実に舞台に上がったのだ。王が死んだその絶望さえも楽しむ、この世界の全ての事象に対して喜びを見出す劣悪が一つ生まれた。
 そうそれこそが、この世界の始まりを告げる羽音。

 剣王はそれを目の前で、何も出来ないまま新開の変貌を見ていた。
 それは恐怖かも分からない、ただその笑う姿がどうしても――――あの王の姿に見えて仕方なかったのだ。

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