五章 姫には権を、騎士には部下を

 ユーグルと言う騎士は当時から破天荒極まりないと言える性格の持ち主だった。
 実際この当時の正式な歴史書には、不届きなる騎士 精霊の姫を襲う などと言う一文もある。それ以外にも様々な史書に、傲慢なる騎士、不遜きわまる騎士、などと暴言のように書き連ねられている。騎士に在らず蛮人なんていう言葉も乗っている、他人の評価で泣く自分の評価で生きていしまう彼だからこそ、敵が多かったのだろうことは言うまでも無い。
 彼の評価が一変するのはこれからまだ少し時間を要するが、その嫌われ方たるは尋常ではなかったと言えるだろう。この当時の文章には間違いなく彼を反逆者として扱う文章が大量に存在し、それに伴う事実が王国の歴史には刻まれている。

 稀代の大反逆者、本来であれば王族殺しを成し遂げたはずの異常者。だがその命を英雄に救わせたと言う尋常ではない何かを持つ男、だがその評価は最悪だったと言えるだろう。
 リール地方にいた人物など、彼に対して殺意さえ抱いていただろう。厳格で偉大な統治者である蛮人を取られて今は混迷の極みなのだ、新たな統治者を吸えたとしてもすぐに、扱いきれずに自滅する、その繰り返しで為政者殺しなんて不名誉な名前を与えられてしまう。
 結果として政治がうまく回ることも無く、経済の中心地はいまその力を失い始めている。
 その原因である彼がうらまれないわけが無い。

 とはいってもその地方の有力者や頭の回るものなどは、あの蛮人がリールと言う土地を捨ててまでかばった騎士。と言う考えても見ればありえない話に、何かを感じているだろうが、彼らが化け物と容認するような英雄がかばう相手が、どういうものかなど少し頭の回るものならその程度は浮かぶだろう。しかしそこに現れる時期国王暗殺や不敬罪に国家反逆と来てしまえば、誰もが未来を期待できない。
 それをこなしてしまえば、蛮人なぞ比べ物にならない、それこそ神話時代の英雄だ。
 だが蛮人と深く付き合ったものなら、そうも行かないのだ、あの堅物で理不尽極まりない男が、ただで終わるわけが無いし。その後継者が、只者であるはずがないと。

 だからこそ本当に残ったわずか数名のユーグルが大好きな人種だけ、この上ない駄目人間か聖人のような正の意味でも不の意味でも異常者じみた人間だけがその嗅覚で、感じ取っていることだろう。そういう人物は間違いなくあの大英雄に関わり辛酸を舐めさせられている者も多いことだろう。または心酔している者もいるのだろうが、あの蛮人がと言う言葉で彼をただの大反逆者として見れないのだ。

 それほどまでに蛮人とは優れた為政者であり、謀略家であったのだが、それ以上に堅物であったのだ。彼が裁判官であれば誰もが納得できるほどの厳格な人物、そして王国に対する完全な奉仕者、それが蛮人と言う存在が他者に与えている印象である。
 実際なそこまで厳格な人物ではないが、対外的にそう演じきっている蛮人がおかしいのだ。彼の本性を知る者なんていうのは実は、ユーグルと後は自分の妻ぐらいだろう。人にうちを見せることを極端に嫌う、それが蛮人の内面の一番強いところなのだろう。

 だがそんな人物が優先する、それは蛮人も人の子であると言う証明と言いたいが、彼らはそうは思えないのだ。
 良くも悪くも優秀すぎた男、演技もそれは堂に入ったものだったのだろう。完璧に演じればそれが事実になる事だってある、彼らにとっての蛮人は冷酷無比の大英雄なのだ。その男が鍛え上げた弟子であり、リール地方いやその大英雄の功績すべてを捨て去っても生かしたい男。
 彼らにとっては、ユーグルと言う男はそうにしか見えないのである。

 そういう人物達は彼をこぞって試そうとする、考えても見ればこれが問題だったのかもしれない。彼が伝説を始める第一歩がおきた理由、砦における大決戦はここが問題であったのだと、後を知る者なら語るだろう。何しろ彼を試そうとするものたちは、通常の視点から見れば、天才と呼ばれる部類の人間ばかりであり、蛮人の敵になりえた人物ばかりだ、あの治世の剣と呼ばれ、蛮人と歌われる当代無一の大英雄の敵になりえたはずの人物達。
 十二分に彼らも化け物と呼ばれてもおかしい筈もない人物達、ただ敵対した男が悪かっただけ、運だけは悪かった者達。そして蛮人の補佐が出来るほどの人材、悪意や好奇心、そして確認など様々な感情が、唯我独尊の男を試したのだ。それは同時に、周りの国にさえ影響を及ぼしてしまうほど、激しいものだったとも言える。

「どうっすかねー」

 実はそんな事になるとは思ってもいなかった男はこれからどうしたもんかと、砦の方向を向いてため息を吐いていた入りするのだが、自分が何か騒ぎを起こす存在であると言う本質を忘れすぎているようだった。だが流石に手足をもがれてどうしろと言うのだと言いたくもなるのだろう、だが行ってみればどうにかなると言う楽天的思考をしており、本当に本質が策略家であるのかと言及したくなるが、ある意味では本能の部分で分かっていたのかもしれない。
 絶対に何かが起きるという、最も友人達に語った言葉はただの見栄なので、あほな啖呵をきったもんだと途方に暮れている。それが周りから過大評価、いや妥当な評価なのか、悩んでしまう男の状況だ。

 砦に出立する日となっていたが、彼に後期を向けるものたちの悪意や何やらで実は寝る間もない状況だ。
 直接彼に会いにきたものもいるし、いきなり騎士の一人が決闘と叫んでみたりと、ろくな事がない状況でもある。しかも部下が用意されると聞いていたが、どこからかの圧力で増えるどころか減ってしまい、いつのまにか砦には三百名の兵が常時待機というのが決まりだというのに五十名と変わっていた。
 さらにはそいつらが揃いも揃って、各部署における問題児ばかりだと言うのだから、彼は嫌がらせ以上の意図を感じることが出来なかった。

 試しているというには中々に大雑把で裏の意図が感じられない。人の悪意などには人一倍敏感な男ではあるが、評価という意味での感情には実は鈍感なのだ。
 自分しか信じないから他人の評価に対して鈍いところがある、その所為で力を試すなどという行為の裏に気付きづらいのだ。なんと言うか馬鹿であるが、それだからこそこういう人物になりえたのだろう。
 だが建前として騎士を二人副官に添えることが出来たが、それもきっと問題児か無能のどちらかなのだろう。

「あとは政治的に面倒な立場の人間や、今年の騎士上がりぐらいか」

 自分に宛がわれる騎士を考えても、あまりろくなのは入ってこないだろう。この数年は騎士の不作といってもいい状況だ、戦場上がりが引退を始めて、六騎士の後継者や、その断章騎士などが現れ始めているが、相対的な戦力はどうしてもその錬度においては劣るのは仕方のない話だが、世間を知らない騎士は、はっきり言えば役立たずの実証のようなものであり、力をもてあます為、精霊を扱う訓練を半年以上重ねなくてはならない。
 極めて優れた素質を持つ騎士であれば、その段階を従騎士時代に超越してしまうのだが、そんな反則みたいな輩は、十年に一度と呼ばれるような素質の持ち主だ。

 だがそんな素質を持つ者しか友人にいない奇跡的な男は、その段階すら蹴飛ばして、違う段階を駆け上がっているので、比べるのはなんともあれだが、精霊を操った実戦経験の有無というのはそれだけで騎士の能力に関わると思ってもらえればいいだろう。精霊を使用する際には、どうしても慣れが必要になる兵器としての己の運用法、最低半年はそれを叩き込まれるんのが、この世界での騎士の当たり前だ。
 そういう段階どころか騎士としては破滅的な道をたどる男は、そういう意味で使える騎士も欲しいが、問題児だろうが何だろうが、頭の回る騎士が欲しかったのだが、それは自分がそういう存在を操ることが出来るという核心から来るものなのだろう。

「そういう意味じゃあ政治的に面倒なのがいいな、そういう奴はある程度は立場をわきまえるから」

 期待しているわけじゃない、そういう面倒なのは、この国には早々いないのだ。何よりその面倒なのが自分であるという事実を彼は気付いていない。
 宛がわれる物など、実際は彼にも大体想像がついている。確実に血気にはやった新人騎士、無能というよりも自分という人間に対する足かせ、彼に迷惑をかけられまくった多種多様な人物からの報復としては妥当だ。
 意外と驚きの話なのだが、ユーグルは三剣と言う分類の中でもかなり万能な騎士だ。それもすべては蛮人と同じような素質の持ち主であることもそうだが、基本的に一人で何でも出来るのだこいつは、全能と呼ばれた騎士達よりも彼らは剣においても政においても戦場においても万能、出来ないことは精霊の扱いと女の扱いぐらい。あとは人身掌握術とかその辺りだろうか、最後に加えるなら経験したことがないことぐらい。

「望みどおりの部下なんか気やしないだろうが、多少はましなのが欲しいが」

 苦手なことを苦手で良しとしない性格の為必要以上に人より出来るのだが、実は無能だろうと何だろうと始めて自分にあてがわれる部下に少しばかり興奮しているのだ。
 何しろ今までが、最底辺の不良騎士だ。後輩や同期は順調に出世していくというのに、部下一人つけられず最底辺の騎士団、しかもその中にある八十人の騎士の中の序列十五位、普通勤続十年を越える騎士は、最低でも中位騎士の序列八位ぐらいには普通はいるものだが、それを考えれば彼がどれだけ出世に恵まれていないかわかるというものだろう。
 そしてそんな男に部下など与えられるわけもなく、なにより後輩として騎士が来ても、精霊を操ることすら出来ない彼に、騎士としての教育は不可能であり。彼の下には結局誰もいないのと変わりはなかった。

 だから少しだけ、自分に部下が出来るという事実に少しばかりの興奮があったのだが、それは今まで出世に恵まれなかった彼が初めて手にする成果と言う形なのだろう。やった事といえば、国家反逆とかそういったろくでもないことだが、困ったといいながらも少しばかり頬が緩んでいた。

「ま、無能でも鍛えて尽くせば使えるだろうしな。どうにでもするか」

 この時、彼の部下になる騎士達に死亡宣告が告げられることになったが、残念ながら二人の騎士はそのことをしらない。
 自分の主にさえスパルタを平然と強いる男だ、部下であればそこに情け容赦がさえなくなる。それもそうだろう、自分の納得する水準に満たないのなら、容赦無く死ねと言い切り、死んでもいい程度の教育を強いる。
 今頬が緩んでうれしそうな騎士は、実際には入ってくる部下の教育、というよりも拷問法を考えているようなものだ。

 だが始めて入ってくる部下だ、流石に殺すつもりは無いはずだが、結果として死んでいる可能性も捨てきれない。人間は死ぬギリギリを経験し続ければ、嫌でも成長すると言う発想と、自分がそう成長していった為、教育をそう思っている節がある。
 そういう意味では、今から部下になる騎士たちは同情に値し、生き残ることが出来れば間違いなく、歴史に名前を残すことになる騎士になるだろう。

 死ねば傲慢なる騎士によって殺されたとでも言われて箔がつくかもしれない。死人にくちなしだからこそいえる言葉ではあるが、今きっと彼の部下になる騎士達は身震いしていることだろう。
 その程度の危機感がなければ間違いなく死んでしまうという断言が出来てるところが、ユーグルという男のたちの悪い所なのであろう。ほぼ死ぬ筈の教育法を思い浮かべ、すごく楽しそうだが、実は本質的には教師などの教える者の方が似合っているのかもしれない。

 大体死ぬとか枕詞がつく所為で、あらゆる意味で破滅しているが、ユーグルはかなり楽しそうだった。
 人を教育する才能はなさそうだが、鍛え上げたら間違いなく非常識な騎士を一人作り上げることが出来るのは間違いない。それが素質と言うよりそのものの根性によって左右されるのだから、ある意味では全能の教育法よりもましに性格はともかく有能な騎士が出来ることだろう。
 一番騎士として大切な部分が台無しになる変わりだが、彼ほどではなければある程度の問題児でも優秀な人が欲しいというところもあるかもしれない。

 そうなったら、ユーグル自身が自分でいつの間にか、そういう人物だけで派閥を作っている可能性もあるので、簡単に部下を増やすことも出来ないのだろう。今回渡される騎士達が、国が自分に与える最初で最後の部下ではないかと言う軽い絶望すらある。だがそういうマイナスの部分を見て見ぬ振りをしながら、本日ようやく出立する為の最後の準備中である彼は、あと半刻後あらゆる調整を経てようやく決まった自分の部下と対面することになる。
 国側からも、ユーグル側からも酷い扱いをされることになる二人の騎士、後々は名を残すことになったりはするが、今はただの左遷と言うよりも厄介払い。

 かなりマイナス思考よりだろう。反逆者の部下だ、自分達はどれほど邪魔だったのかと思うほどだろう。
 これを出世と思えるようなら、そいつは純粋無垢なる大馬鹿だ。きっと出会う時恨みがましく彼を睨んでいるか、罵詈雑言を浴びせかけてくるのだろうと、目をつぶっても理解できてしまう。最も彼がそんな言葉を吐かせるはずもないのだが、準備も程ほどに終わらせると、自分の手荷物などが殆ど無いことがわかる。
 騎士だったので相応の金銭は在った筈なのだが、余り物をほしがる性格じゃない。彼の母も言っていたことだが、あるのは数冊の書籍と彼が書いていた本ぐらいだろうか。

「そういえばこいつもまだ書きかけだったか」

 そう思って手に取る、彼はやけに大事そうに扱っていたが、まだ内容的には半分程度しか書かれていない。
 表紙にはただ戦の手引きとだけ書かれてあるが、多分これを円卓に提出して、円卓入りを狙っていたのかもしれない。無駄になったわけじゃないが、ここには彼のある意味では今までの戦術や戦略の集大成が詰まっている。
 これを見れば、円卓程度の審査眼があれば脅しとも取れるようなことすら書いてあった。
 今となってはこれを提出することも無いので、休日の暇つぶしであったこれは、どうするべきかと首を傾げる。とっくに反逆者となった身分なので、これを提出する理由にもならない。何より彼には一つの目標が出来ているので、もうそういうことには興味が無い。

「王にいやみでこれを見せたら面白いことにはなりそうだが、お姫様が怒鳴り散らしそうだしな。遠隔地からの反乱扇動法でも書いて、爺とか六騎士に見せてやるのも面白そうだ」

 どこで起こるか分からない反乱に戦々恐々とするがいい。なんて内心で思いながら、本を鞄の中にしまう、まだこの時期は活版印刷などが始まりなどしていない為、これを書いた後に写本などと言う手間が本来なら加わったりするのだが、これを見せるだけで変わる人々の顔を見れるなら安いものじゃない。大量に写本して国中にばら撒くのも面白そうだとは思うが、自分の名声が少しばかり過ぎる。
 その気のある奴らの聖書になられても困ると、実は焚書物なんじゃないかと一人で笑って見せた。

 しかし本をしまったあとふと思うことが出来た。未完成の本ではあるが、これは少しばかり使えると、そう思ったときの彼の顔はやけに意地悪そうであった。
 そう思うや否や筆をとって本に内容を書き始めすぐに終了させる。ただ書きたい事があったのだろう、ただ一文添えただけだ、それが後々どんな影響を及ぼすかと言えばさほどのものは起きない。ただ一人の姫が悲鳴を上げて、もう一人の王位継承者が顔を真っ青に染めるぐらい。
 加えて言うなら六騎士の大体が、やっぱり圧殺したほうがいいだろうという判断を下しそうになるぐらいの日常の当たり前の風景が浮かぶだけだ。

「これも教育の一つ、さて我が親愛なる主はどうやって返してくれるかね」

 そんな当たり前の光景などいちいち気にするだけ無駄だ。
 日々の勉学にもひと時の刺激を、飽きほど人を破滅させるものは無いという彼の考えは、最悪の方向で彼女に与えられる。あいつは鬼じゃと叫ぶ姫様の顔がやけに楽しそうに浮かぶが、その程度は今の段階でこなしてもらいたいと、さらに厳しい共感振りを見せる冷酷無慈悲な部下がそこにいた。
 なんと言うか上でも下でもこいつは、厳しすぎると言う顔にそのもののような感じがしてくるから驚きだ。とりあえずまとめた荷物を担ぎ、約束の刻限に間に合うように王城に向かう、今まで慣れ親しんだ寄宿舎を出て、蛮人に無理やり渡されたクォーツ式の懐中時計で時間を確認する。体内時計とかみ合う無駄に精度の高い時計に、少しばかりの驚きを感じつつも、予定の時間には余裕で間に合うと確認し、一時の別れとなる王都を軽く散策するように歩きながら彼は王城に向かった。

 一応付き添いの騎士もいるにはいるが、彼の歩く後ろを監視する用にだ、多少息苦しくもあったのだろう。
 外の開放感に誘われ適当に歩きながら王城に向かう姿は、市民の混乱の元凶になりかけているのだ、それをとがめたところで彼が何か別のことをするとは思えないが付き添いの騎士はたまったものじゃないだろう。空気の悪くなる市街に対して、彼を付き添う騎士ははっきり言って困りものだろうが、それを気にした様子もない男は鼻歌でも歌っているように、一応の故郷を見回していた。
 本当であればスラム街に生きたいところでは在るが、流石にあそこに行くと時間が過ぎるので、いくことが出来なかったが、かつての仲間達は今どうなっているのやらと思って笑いが出そうになった。

「あの爺さんの所為で色々分かれたけど、その前に見放されたんだよな」

 騎士のスラムに対する治安維持活動の際に、彼はここで騎士達を倒すと言い切って、一緒にいたメンバー達に付き合えといったのだが、正気じゃないの一言ともに、彼と付き合っていた仲間達は全員どこかに逃げた。それでも抗ってやりたい放題やった所為で、今の自分が在ると思うと、あんまり感謝したいものでもないが、爺さんには感謝だと思わないでもなくも無いだろう。
 なんとも複雑そうな顔をしているが、彼にとっては無理やりつれてこられたと言う手前、何か思うところもあるのだろうが、感謝するしかないことに、彼は少しばかり悔しく思うのだ。

「いまさらあってもどうしようもないか」

 少しばかり寂しいが、ある意で肉親と思える存在だ。赤枝の兄弟なんて自分たちで言っていたが、無茶苦茶を言い過ぎて見捨てられた自分、何度も彼は蛮人に言われていた。お前には才能の努力も出来る、だが一つだけ絶対出来ない事があると。それが人を引連れる事だと、お前には人の心は理解できない。
 何度もそういわれていた、そんなの当たり前だろうと返すが、そういう事じゃないと何度も首を横に振られたことを思い出す。それを理解したのは実は極最近の話だ、あの姫の姿を見てようやく蛮人の言った言葉の意味がよく分かった。

「そんな事にも気付かなかった、それじゃあ爺に負けるわけだけどな」

 感謝するべきだとは思う、そういう忠告が間違え出なかったことも、けれどそれが彼には歯痒い事のように思える。
 彼にとって蛮人とは常に超えるべき目標だ、そして打倒するべき敵であった。だからこそ彼は簡単に蛮人に頭を下げたりする事が出来ないのだ。だから感謝なんてしないと思うのだが、それでも彼にとって一番最初の敗北である蛮人との戦い、このよりは絶対的な理不尽があると理解させられたあの闘いが有って良かったと思うようになった自分が、少しだけ悔しくて、だがあれがあったからこそと思うと、感謝もしたくなると言う複雑な感覚だ。
 ある意味でそれは彼にとっていかんともしがたい完全な敗北だ、何しろ彼は蛮人が思い描くとおりに成長している。そしてそれが彼にとても深いではなく当然の道と思っているのだ、こんな敗北があるだろうかと思う。

「その中で予想を上回ってやらない時がすまない」

 でなければ、今の主に対して、彼は果たして責任を負っているのかと思う。
 彼女は彼に対して命を掛ける意思を、王の前で果たしている。だが彼は今から果たさなくてはならない、超えなくてはいけない、さらに前へと歩かなくては許されない。それがユーグルと言う人間の矜持であり、主がいなければ自分が主になると言い張った男の、王だった男の尊厳だ。
 天地神明に頭を下げない男、その場で殺されると分かっていても頭を下げることが無い傲岸不遜の極み、その男が思うのは小さな主の事、笑えるほどの忠臣であるその男は、自分の為から主のために、己を磨こうと考える。

「なんて素晴らしい忠臣ぶりだろうね、まるで飼い犬のような有様だ。なあ、そこの騎士」
「な、なんですか」
「いやなに、飼い主は犬がなついて必死に努力してたら、餌位はくれるのかと思ってな」

 彼の言いたい言葉の真意など判るはずがないので、首を傾げて見せるが、犬の話と思ったのだろう。
 首を横に振り、それを否定する。反逆者であっても暴れるそぶりも何も見せない彼に、警戒心を解いているのだろう、そして何よりただの犬の話と思っているのだろう。実は犬好きと言う彼に対して話しかけたわけでもないのに、基本的には敵意の無い相手には冗談を言ったりして、心を和ませる心遣いだって出来る男なのだが、敵意を感じた場合、無駄に器用に嫌われる彼は馬鹿なのだ。

「簡単にえさを上げたら体を壊しますので、ある程度時間を考えますね。それよりもよくやったと褒めてなでてやるのが、飼い主の勤めかと思いますよ」

 当たり前のことだ言うのに目を丸くして彼は、驚いていた。
 何気ない犬好きの騎士がいった言葉に酷く感銘を受けているようだ。

「いや、そうだな、確かに……すまん、名前を聞いてなかった」
「フィン=フィアナと申しますが、一度自己紹介したように思えますが、あまり興味も無かったようですね」
「寝起きの俺に自己紹介しただろう、俺はあいにくと寝起きがあまりよろしくないんだよ。起きて半刻は、爺が剣を振り回したり、暗殺者が着たりしなければ、基本的に脳が死んでる」

 朝には弱いと言うだけで随分と酷い言い様だが、反逆者と言われる男も人間なんだと騎士の表情に少しだけ余裕が出来る。
 騎士団としては多分慈母の下に存在する剛熊騎士団の人間なのだろうが、あそこはかなり気性の荒い人間ばかりだったような気がしたと思っていたユーグルは、その中にいてここまで落ち着いた人間も珍しいものだと思う、なにより随分と当たり前がこなせる人間だった。。

「フィンか随分いい名前じゃないか、美しいとか白とかそういう意味だったか、昔の英雄が同じような前だった。頭のいい偉大な騎士だったと思うが、やっぱりそう言う騎士を目指しているのか」
「随分と博識ですね、もう使われてない言葉ですよ。なによりその英雄は西方の私の故郷の弁士ぐらいしか知らないですよ」
「俺は六騎士が嫌いなんだよ、だからそれより前にいた英雄のほうが優れてると言い張っているんだ。あいつらを罵倒する為なら千の努力すらいとわない」

 また随分と公言なさると、随分と落ち着いた様子で言ってのける騎士に、彼は興味を持っているようだ。
 どうにも今までの監視の騎士達は、あからさまに彼を罵倒したり、決闘を挑んだり、なにより見下すものが過半数であったというのに、それ相応の報復をしているのだが、今までの騎士の無礼な態度の原因は全部彼にある、そんな全ての引き金を引いた男に対して彼の対応はあまりにも柔らかであった。
 反逆者であり、実際今の王国においてここまでやって生かされている男に対して、彼は敵意のかけらさえ見せない。

「面白いなあんた、普通は前任たちの態度が妥当だろう」
「勝てないのに勝てると言い張る愚考はしません、なによりなんで気付かないんでしょうか、あなたはどういう状況であれ、生き残っているんですよ。王族殺しに国家反逆、挙句に侮辱を加えて貴族達全員に喧嘩を売って、何で生きていられるんですかって言う状況でも、生きてるなんて考えるだけであなたが恐くなりますよ」
「運がよかっただけなんだぞこれでも、死ぬつもりは無かったけれど、今の状況は俺も予想外だ。姫様さらって国外逃亡しようかなーと思ってたんだけど、当てが外れた」

 流石に言っていることが無茶苦茶すぎだ、多分彼のそういう思考も全て蛮人には読み切られていたのだろう。
 そして助けられるだけ助けられて、あとは好きにしろと言った具合だ。これで終わりと彼は言われたようなもの、それ自体はようやく枷が消えた程度にしか思っていないが、そういう状況が会って彼は今ここにいるのだ。
 殆どが運と言うのは間違っていない、そうでなければ彼が死ぬか王国が死ぬかの戦争が始まっていたと言うだけだ。

 流石なこの物言いに、柔らかな騎士も流石に表情を強張らせるがこれは仕方のないことだ。
 それをやりきると平然と言い切る騎士がこの世にいると言うことが彼にとっても驚きの一言だろう。こんな虚言を吹く男はいくらでもいるだろう、だが実現させるのではないかと思わせる男はそうはいまい、ユーグルは日常の呼吸のように当たり前にそれをいい、嘘と感じさせない男だった。

 なにしろ彼は、目の前の騎士からすれば雲の上ともいえる断片の騎士、つまりは六騎士の分割後継者達や、円卓騎士、そして王国最強の聖剣さえも打倒してこの場にいるのだ。
 それをやってのけると言って、やらないわけがないと、誰もがそう思ってしまう何かをすでに彼は成し遂げていた。言葉に裏が無い男の一言は、ある意味では万言にも勝るであろう説得力があるのだ。

「すごいですね」

 だから騎士は感情がこぼれる様に口から言葉が漏れ出す。
 裏表が無いからこそ、ただ言うだけで説得力を持つ。言ったことを実行するものがここまで圧倒的だと、羨望以外の感情が浮かぶはずもなかったが、こんな性格じゃなければ、そもそも強大な王国に喧嘩を売るものでもないだろう。

「お前でも出来るんだぞ、見たところ上位騎士の一人だろう、上が強すぎて中堅どころにいるようだが、剛熊はかなり荒くればかりがそろってるから、実力はあるけど性格的な意味で上位騎士になれない奴らばっかりだろう。俺の見立てじゃ序列三位ぐらいの騎士だろお前、あとはきっかけだけで、竜爪ぐらいまではいけると見てるが」
「何で次々と見立ててるんですか、たしかに一応上位騎士ですけど、行き詰まってるところですが、きっかけ程度で六位の騎士団から何段階成長できるんですか」
「その辺りの騎士は、ある程度自分のスタイルを確立しているんだよ。あとは精霊との感応能力やそのあたりの技術で差がついているぐらいか。最も俺からすればその辺りは十把一絡げだ、そうだな一つ教えてやろう、これでもし竜爪まで俺が戻ってくるまでに上がっていたら、俺が騎士団作った時の騎士団長にしてやる」

 彼は楽しげに笑って見せた、なにを言っているんだと思うだろうが、そんなことが無理だと思うのは間違いないが、やり遂げると言った事をやりぬいた男はこういう時の言葉すら、信頼に値するのだから賭けをする側は恐ろしい。
 しかしそれを聴いて笑うのは騎士も同じだった。

「それはこっちにプラスしかないのでは」
「反逆者の騎士団だぞ、好き好んでそのトップになりたい奴がいるならマゾだよ」

 そういえばそうだったと騎士は思い出したように目を開く。
 随分と能天気な騎士だが、随分と目の前の反逆者に対して心を開いていたのだ。性格最悪と呼ばれたユーグルによくそんな感情で対応できると言うものだが、もしかした彼にもそういう素質があるのだろう、何しろ彼に好かれるのは上限と下限が常に極端なもの達だ。
 だが彼のいう言葉に嘘を感じないし、なによりこういう相手は嫌いになれないのだろう彼としても、フィンという英雄は知恵を持って存在したが、彼はそれとは不釣合いな勘を信じた。

「ただし今世紀最高の姫様の直属の騎士団にはなれるがな」
「やっぱりプラスじゃないんですか」
「それは先物取引って奴だ、今はまだ未熟だが確実に芽吹く大樹だからな。俺が見つけた以上逃がすことは無い、どうだやってみるか」

 そしてまた一人裏返る人間が現れる、彼は優秀な人間を引っ張り上げる人物ではない。
 諦めない人間を引っ張る男なのだ、その本質を自然と見切り、抗い続ける存在だけを取捨選択していた。実の出る花じゃないのかもしれないが、それでも彼はそういう人物が嫌いになれない、だからこそ上限も下限も無くそういう者達を見つけて引っ張り出そうとする。
 そんな一人がフィン=フィアナだ、ユーグルとも違う後々には彼もまた賞賛を持って讃えられる英雄へと変わる。

「そりゃお願いするしかないじゃないですか。ただ私は国に忠誠を掲げたものですよ、おいそれとそこを変えられるものじゃないです」
「大丈夫だ、こっちの姫様は末の末姫、騎士姫様だ。王国に対する忠誠をささげる相手として外れでもなければ、変える必要も無い存在だ」

 それはと、こぼす言葉に驚きが混じる。確かにあの時姫が彼をとめたと聞いてはいたが、こういう背景があったのかと驚く。
 彼を止める器量がある存在がこの王国に存在が居た事自体が奇跡だと、なんとも我が国の王族達も捨てたものじゃないと、忠誠誓ってよかったと安堵さえ感じてしまった。だがそんな事を感じるぐらいには自分も王族に対していい感情を抱いていなかったと言う事実のようにも感じた。
 今の王は傑物ではあるが、それゆえに国家として今の状態が完成しすぎており、六騎士に依存する形になっている。優秀すぎた彼らの代償だろう、後継がどうしてもうまく育っていない。戦争の処理などにおわれて、どうしてもそう言った所まで回らなかったのが今の王としての限界なのだろう。

 六騎士の依存を脱却するべく、騎士達も後継者を鍛えているが、うまくいったものなど実は三剣だけで他は分割後継の形をとっているが、市民などの立場からすれば心配にもなると言うものだ。ましてや蛮人の権力を失墜させて、経済の要所を破綻させかけている男が彼の隣にいる。それがさらに不安をあおっているのだ、対外的には彼は蛮人の弟子であり王の後継者を殺そうとして、蛮人を失墜させた。
 蛮人ですら後継者をまともに育て切れなかったと言う前例が出来てしまったのだ。

 そこでふと思う、彼の忠誠をあやふやにした男が目の前にいたのだ。原因だということを思い出して噴出しそうになるが、彼は反省するわけでもなく、別にいいのかと笑うしかない。
 知らないからとはいえ随分ないいようだったと思うが、そういう適当な人間味が、いままで彼岸の彼方にいた存在がようやく目の前で見れたような感覚だ。目の間にいると言うのに随分と遠くに見ていたと自分で驚いていた。

「たしかにそれは、それは、随分とご執心で」
「やっぱ面白かったなお前は、読んでるだろそうやって裏を、俺は裏は用意しないんだが、俺の趣味は先物取引でな。お前の将来性が欲しいんだよ」
「断るつもりも無いですが、その忠誠のひとかけらでも国にあったら今頃円卓の第二席ですよ」

 だが彼は鼻で笑う、使えたくない相手に忠誠なんて絶対に誓うかと、平然とそういってのける辺り彼は筋金入りなのだろう。
 こういう性格を改めるつもりも無い、しかし仕える相手には徹底的な忠誠を誓う。彼だって見たくなるのは仕方ないだろう、この神にだって土下座させるような男が頭を下げた主がどんな存在か、気にならないほうがおかしいと言うものだ。
 しかし不用意に手を伸ばすにはあまりにも刺激が強すぎるだろう存在に、少しばかり躊躇いを覚えるのも人情であろう。

「かなり辛そうな賭けです、リスクと言うよりも、一般人でいるか馬鹿になるかそんな選択肢を突きつけられてるような」
「それはリスクじゃなくて気分の問題だろう。それにまだ時間はある、別に嫌がられてまで来て貰う必要もないし、ちょっとした俺の楽しみだよ」

 偶然であった騎士をここまで買う彼も相当珍しいが、多分彼が認める何かを彼も持っているのだろう。
 深く考える必要もないほどのへっとハンティングだが、彼という人物がどうにも読み取れないのだろう。自分の何を見てそういったのかと、彼は特に何もいわないのだ主にも誰にも、自分が認めたことしか教えない。
 それが何なのか、自分で考えさせるだけなのだろう。彼はとても厳しい人だ、優しさが有っても自分の本質にいつ気付くのかを楽しみにしている。その為なら手段も選ばない性格ではあるが、これだけは誰にも言わずにゆっくりと眺めるのが趣味なのだろう。

 友人達だけは簡単に気付いてしまったので面白くなかったが、こう言う後の大器に対して混乱させるのが彼の趣味らしい。

「ずるいなそれ」

 比較的対応としては経緯をもって失していた騎士だが、つい素がポロっと出てしまう。
 目の前の男にそんなつもりはないだろうが、そんな事をいわれて気にならないほうがおかしい。好奇心と言うものを刺激され、つい頷いてしまいたくなる、この男はずるいと彼は思う。自分の知らない自分を見つけてそれに右往左往するのを楽しみ、それを不愉快に思わせないように道を整える。

 そうやって場所を用意して一度手を差し伸べるが、それ以上はしない、手を離しても別に構わないと思っているのだろう。それぐらいには自由を与えている、だから逆に気になる、そんな事をするからずるいなんて言葉が浮かんでしまった。

「なんだそりゃ」

 侵害だと肩をすくめて見せる男は、自分のあくどさに気付いてもいないだろう。
 本人に自覚があったとしたらそれはもう、天災レベルの詐欺師だ、人を騙す訳でも国を騙す訳でもない、そうなったらもう世界を騙す、自覚が無いからこそ救われているようなものだ。天然の策士は本来であれば世界ですら騙し通す素質を持っているのだろう。

 そんなことに気付いた彼は、それこそが自分の非凡な才能だと言うことに気付いていないのだろう。
 そこまで読み通せる目、本質を究めて簡単に見取るその異形のような才覚、反逆者を見てすらその本質を見切り自分を害する存在じゃないと判断した騎士を彼は認めたのだ。そして彼ならどう会ってもあの姫を見通してしまうことは明白だった。

「ま、いいさ、結論は急がない、お前らな絶対に気付く。そういう意味ではお前は俺より優秀だ」
「なにを言っているんですか、そういう意味じゃ賭けにすらなってないですよ」
「そりゃそうだろう常に賭けは胴元が得をするように出来ているんだよ。五分五分なんて条件は常に無いのさ、七三がいいとこさ」

 賭けを切り出したほうは賞賛があるからするものだと笑って言う。
 やっぱりずるいじゃないかと彼は思うが、まだお前は了承してもいないだろうと彼は言うだけだ。それを悪く思わない自分がいやだなんて思いながら、たまった感情を息にしてはっと吐き出し、心を休めるとさっさと決断する。

「仕方ないですね、受けないとそれはそれで人生が面白くなさそうだ」
「そうか、じゃあ一つだけ教えてやるよ、お前に足りないものが何か。とはいってもそれさえ分かれば、副団長まで言ってもらえるか今なら」
「随分と大出世ですね、どうなるか知りませんよ私も」

 さてねと、だがそれぐらい上って見せろよと言ってのける。俺はどうにも上に嫌われたが、あんたなら嫌われることも無いだろうと、難しいはずのことを簡単に言ってのける。

「じゃあ取り合えずだ、一言だけだな限界なんぞ定めるな、それでどうにでもなる」
「はぁ」

 驚いて目をむくのは仕方の無いことだ、それだけのことで上に上がれるほど、この騎士団は甘くないはずだ。
 だがそれを彼はやれと言う、一体どういうことだと思わないわけでもない。しかしそれだけだと言う男は何一つ表情も変わらない、真剣なままだった。

「それだけでいいんだよ。実行してみろ、限界だと思ったところからさらに踏み込んでみろ、こんな感じに」

 風が吹き荒れた、精霊が使えない騎士と評判の男が、暴風を晒したのだ。
 体さえ浮いてしまいそうな感覚に、呼吸が出来ず詰まるように彼は目を見開いた。その風は辺りを巻き込み、空に吹き上げられる、いくつかの商品までもが空に舞い落ちてくることすらない。そしてそこで彼は力のベクトルが全て上に向いていることを理解した。
 そのまま呼吸も忘れたように空のを見ると、そこには雲が切り裂かれた後がある。

「は……え、はぁ」

 驚愕なんてものじゃないだろう、こんな事が出来るのは六騎士位だと彼は思う。あれほどの風を制御して、雲を切るなんて無茶苦茶な制御技術だ。上級騎士が自爆紛いの攻撃をする時に出来るぐらいの異常事態、空を見ていた彼は一瞬でそこまで見切り背筋が冷たくなる。
 それを行った騎士を見たとき、剣を振った後だけがあった、精霊の形成の為に武器を振るったりして形状を固めることは、よくある話だが、そこに精霊の構成の残滓すらない。

「ただの力技って」
「な、定めなかったらこれ位は出来るさ。出来ないことじゃないだろう」

 お前だけだと言いたかっただろう。だが実現して見せたのだ、精霊すら無く一人の男が限界の意味を壊して。
 生涯忘れられないだろう、多分彼はあそこまでの境地を迎えることは出来ないかもしれないが、空は切れるんだと限界すら定めず言ってのける一人がいたのだ。
 ただ彼はポツリとこぼすだけわかりましたと、そのポスト私以外に譲るならそのときは敵になって見せましょうと。

「分かったよ、と言うかお前以外に適役なんかいないからさっさとあがって来い。一年以内に戻ってくる」

 凄まじい時間制限ですよと笑ってみるが、時間はさらに狭くなることを彼は知らない。

***

 それから少しだけ時間がたって彼は馬車の中に居た。どうにも自分の副官達は、先に出てしまったよう出会うのがとりでということになるらしい。
 多分それもあちら側からの嫌がらせなのだろう、彼の護送の騎士はフィンとは違う騎士であったが、随分と話が進んでいた。何しろ友人のロオジャだ、彼は副官のことも知っているようだが、面白い子達だというだけで教えてくれもしない。

「そういえばな一人面白い騎士を見つけた。多分この数ヶ月で、かなり伸びてくる騎士がいると思う、俺が唾付けたんだやらないぞ」
「ユーグルまたお前は、いい奴だけ引っこ抜くのか」
「おいロオジャ、どう考えたって俺のほうがお前らよりいい奴持ってるだろうが、おれはいい奴を見つけて育てるだけだぞ」

 その分時間が掛かるが、お前らはそろってるだろうと文句を言う。
 そもそも彼らは六騎士の後継者である、彼らの後を継ぐための存在だ。すでに優秀な人材はそろっている、その光景すらも万端だと言っていいだろう。
 だがそれはあくまで六騎士に忠誠を誓った者達だ。彼らからすれば六騎士の子供を子供に後を継がせたいとすら思っているものもいる。そんな存在を相手にすることになるのだから、自分の部下が欲しくなっても仕方の無いことだろうが。

「あの腐れ爺達が、そんな抜けた部下なんか作るかよ」
「分かってるけどな、それでも羨ましいぞ。お前は裸一貫だ殆ど、だから自分の好きなように出来るだろう、だが二代目はどうしても師匠たちが作った道がある、しがらみばっかりだ」
「あほか、爺さん達の家臣団はな、俺を鍛える為に敵になって暴れてるんだぞ。我らの主になるにはその程度の事はやってもらわないと困る出そうだ」

 流石にこればかりはロオジャも引きつっていた。当たり前の話ではあるが、戦争の英雄が率いた軍団や文官たち、それが全員彼の敵になっているのだ。
 本来であれば彼らも英雄と呼ばれてもいい人物ばかりだが、あまりの功績を立てた六騎士の所為で霞んでいるだけに過ぎない。暗殺や、言ったそれ以外に何をしようと言うのかと思うとぞっとしない。

「そりゃご愁傷様」
「だがまぁ、期待していい奴だと思うぞあいつは、多分だがな」

 それでも名前を言わない辺り本当に盗られたくないのだろう。だがこれから先だが、フィンが活躍するような事があれば、嫌でも目に付き誰もが引き抜こうとするだろう。
 最もそれを断る為に、彼には様々な称号が与えられることになるのだが、それがさらに出世を早めることになるが、そのことに気付いた友人達から、同情の視線で見られることになる。

「百発百中の多分なんてのは確定と一緒だ馬鹿野郎が」
「馬鹿か、俺は未来を予測できても予言できねーよ」
「出来そうだよお前なら、やりぬくと言うならお前ほど突き抜けた奴を俺は知らない」  

 言葉を嘘にしないとはそう言う事だ。友人達は彼を信じることしか出来ない、何があってもやり遂げるだろう男の言葉を彼らは信じることしか出来ないのだ。
 フィンじゃないがずるいと思う、そういう存在は信頼をもって迎えることしかできない。敵対するなんて考えたくも無い、だが彼らは敵であった、負けるわけの行かない唯一の敵。
 友人だったからこそ負けたくない敵なのだ。

「そうかお前らだって同じようなものだろう、部下にも主にもしたくないぞお前らなんて、友人で十分だ」
「俺はお前の部下だったら面白いと思う事があるが、いまさらだな全部。約束の日付以内に帰って来いよ、じゃないとお前の部下はもらうぞ」
「お断りだ、彼がいないと人望的に俺には部下が出来ないからな」

 そんな自虐を彼は笑いながら告げる、最近自分の性格に気付いたのかもしれない。性格が悪いと言うその一点に、好悪分かれる性格をしているのは知っていたが、主から色々と言われているのだろう。お前いまさら気付いたのかと、大笑いを始めた友人との談笑を経て彼は着く事になる。
 様々な英雄譚が生まれ続けた砦へ、そして様々な物語で語り継がれることになる最初の大偉業の始まりの地に、今までの彼の悪行に対する報復の全てが集結した土地。
 後にグランドエイク砦と名を与えられることになる覇業が残り続ける土地へ。 

 北方の最重要防衛拠点ゲンジロウ砦へようやく英雄は帰参を果たす。

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