六章 荒神人の君臨
 





 世の中にはいろいろな事がある。
 だがこれはその中でも多分別次元だろう、パチパチと指を鳴らしながら。火花を走らせ笑っている女が、たかが言霊使い一人に攻撃できないでいる。
 それどころかただの一撃も喰らうことなく、不動明王を老体で殴り伏せた。見ているだけなら一方的だ、俺たち低能力者の悲しい性だ、高ランクには一撃ももらわず勝利するか、一撃受けて殺されるか、あまりにも悲惨だが今のところ状況は五分五分だ。

 周りには無敵にすら見えるかもしれないがこんなの、ただの狂った綱渡りに過ぎない。

「流石非常識すぎる明日香さんですね、どうやったらあの炎が回避できるのか教えて欲しいですよ」
「ギリギリさね全部、ただそれが出来るぐらいにはまだ余裕があるようだよ」
「余裕ですか、この辺りにいる能力者レベルなら焼き払える自身はあるんですけどね」

 ああできるだろうよ。名家ばっかりいたとしても、不動明王なら燃えカスにしかなら無いだろう。
 隣にいる鷺宮はばーさんが言霊によって回避した炎見てどうやって受け止めたのか必死に考えている。

「あのどうやってアレをよけているんですか」
「そこの鷺宮!! 写島ではなく私を見ろといっているでしょうに、次他のことを考えたらあなたを燃やしますよ」

 理不尽すぎる。完全に怯えているのだろう「ひゃい」と言う返事をして、不動明王の戦いを見ている。
 あの化け物は、なんで俺の天敵を作り上げようとしているのかはなはだ疑問だ。嫌がらせだよな。その間にも二度ほどの工作が行なわれるが、理不尽な能力回避をしながらばーさんは不動明王を殴りつける。

「ちぃっ」

 舌打ちするばーさん。
 何度殴りつけても一撃で意識化命を断たなければ、不動明王への勝利など出来ない事は、あのばーさんはよく知っているはずだ。
 あの化け物を不老不死にさせ続けている能力、反転発現とも呼ばれる能力の逆面を覚醒による再生の炎、これがある以上あの化け物は簡単に殺せない。
 ばーさんの舌打ちも、どうせ化け物に攻撃できないのも、あれ以上の攻撃をすれば、間違い無く手痛い反撃がされるからだろう。

「痛いじゃないですか、と言うか流石明日香さん。どうやっても私の炎じゃあなたを捕らえられない」
「あの程度の炎じゃ私を焼き払う事なんて夢のまた夢だろうしね。だが」
「そうですだが、あの敗北以来私が何もしていないわけじゃないのもあなた様はご承知の事でしょう」

 あれ家のばーさんって人外の仲間入りいつの間にしたんだ。

「あの、あの、不動明王様の戦い方が明らかに近接よりになっているんですが」
「そりゃスタミナも機動力も何より経験さえ、ばーさんより上だ。それにな能力を使うなら何も最大の威力である必要は無いだろう、一人を叩きつぶすためにはそんなに不必要だ。最速と最少で十二分、俺たち写島はしょせんCランクだぞ」

 ああそういえばと馬鹿は納得したようだが、どちらも隠し種がある状態だ。
 どうせ俺もここからのばーさんは知らない。あっちも俺の奥の手を知らないのと同じ理由だろう、しかし家族ですら戦い方を内緒にする一族ってのも、殺伐としていていやだがこれが生命線だしな。

 お互い構えたまま少しの間、膠着していた。
 周りさえ怯えるような殺気に包まれる辺り、こいつらやっぱり人外認定されても仕方ないだろう。この二人がいるだけで世界とさえ戦える確証がつけられる、能力者戦争と言うのは被害を最小限にとどめるための知恵なのかもしれないが、それは今は関係ない話か。

 だがその膠着が終わる時、ばあさんが構えを解いた。どうせこのままやってもジリ貧な未来が見て取れたのだろう。俺でも想像がつく。

「しかしめいさん、あっしはちょっとばかりあんさんに謝ろうと思ってます事ありますのや。正直な話、あの時も手加減しておりますのや」
「ええ、ええ、それはもう重々に承知していますが、それはいまさらのことでありますよ」

 分かっていて今世紀最大の不機嫌な顔はやめろ人殺せるから。
 それを理解してもばーさんは一笑に服すだけだ、動きにくい着物を動きやすいように薄着にかえる。俺はばーさんのストリップなんぞ見たくないが、実際そんな事が行なわれているのだからグロ画像である。
 もっともそれ以上に俺以外は、必死にばーさんがなにをしでかすのかに、集中していてそれど頃じゃなかっただろう。

「手加減と言うものは、あっしは残念な事に得意じゃありませんのや。ですから、『これより手抜きは無しですよ』」

 それがお前の本気かと思いたいが、相手と自分に言霊をかけるか。
 なるほど、ばーさんはそう言う言霊の使い方をするのか、両者の間にそれだけで能力の干渉が起こる。なんでCランクと最上位能力者が干渉拮抗起こすのか分からないが、あの言霊が少なくとも原因なのだろう。
 俺が言えることなど、これぐらいしかない。

「命の惜しい奴逃げろーーー、怪獣同士の戦いが始まるぞーーーーー」

 それから空気を読まない発現だとわかっていても、あれは余波だけで人を虐殺できる力だぞ。
 そんな白い目で見なくてもいいだろう、助けてやらんぞあいつらは。

***

 その言葉と共に化け物同士はまさに人外の空気を臭わせた。
 これによって俺は何が起きるかわからない、何しろばーさんの本気など一度も見たことが無い。何より折角命の危険を教えてやっても逃げないこいつ等の精神は凄まじい。

「逃げませんか」
「いや私逃げたら殺されるかもしれませんから、それにこんな世紀の対決見見ない訳には行かないでしょう」

 馬鹿ですよこの人、下手をすれば戦いの余波だけで死ぬかもしれないのに。
 けれど、俺も馬鹿の一人だろうな。正直これは多分どの能力者の対決よりも高度で野蛮だ。闘技場での戦いを見る観客のようなものかもしれない、激しい興奮が俺の心のうちにも確かにあった。

 だがまだ二人は接近もしない。何かしらの応酬でもあるのだろうが、俺程度の経験じゃ、まだ読める状況じゃなかった。

「しかしそれが明日香さんの秘奥ですか。ありえませんね、全くどうしてそんな隠し玉があるのでしょうかね」
「そりゃそうさね、あっしは言霊使いなんですわ。言葉で現象を作り上げるもの、それが催眠である事もありましょうや。今回のように若返らせる事もできんで、何が言霊使いでありますのや」

 よく見たらなんか家の母さんを若くしたような奴にばーさんがモデルチェンジしていた。
 すげぇ、意味も無い事がすげぇ、これで体力は万端本気で殴り潰すと予告しているのだろう。あきれて物も言えない、俺の言霊じゃあここまでは無理だ。
 あそこまでの確証を持った発言が出来るほど歳をとっちゃいない。

「それになぁ、女ってのはいつまでも心が若かったら乙女で在れるもんしょうが」
「歳をとってもまだ若いと言い張るその辺の老人ですかあなたは」
「条件を五分にしてやったのに失礼な奴だね。じゃあもう一つの変化は、あんたがその身で体験しろや」

 早口に言葉をばーさんが紡いだ。なんと言ったか分からなかったが、不動明王はそれを聴いた瞬間顔を青くさせる。

「そこまで、そこまでの位階に達しているのですか。たかが齢七十年程度のあなたが」
「言霊使いの本文に乗っ取ったまでやろうが、言葉で世界を歪める。能力のランクをゆがめて何が悪いのか教えて欲しいぞめいさん」

 え、何その反則。
 一瞬唖然とした、確証を持って自分はランクを歪め世界の認識を破壊したと、そんな無茶無茶な手段があってたまるかと思うが、本来であれば不動明王に敗北を与えるといえば、それですむ問題だろうが、ばーさんもあの化け物を倒す自身は無いようだ。

 自分の発言の中でも確固たる意思を持った言葉にだけ言霊は発動する。
 ここまでやって本気だとあのばーさんは、母さんみたいな笑い方をしやったが、と言うかお前は何でもできすぎだよ。

「それでこそ明日香さんです、これは本当にどうしようもないぐらい怖いですよ」
「あんたをしとめるのだってこれぐらいは必要だろうが、あっしはあんたの事を舐めているつもりは一切ない。それにあんたを敗北させる言霊は私の中には残念ながら無いもんでね」

 それはある意味最大の賛辞だ。
 能力まで上がったというのに、ばーさんは初心のまま警戒を緩めない。不動明王は触れるだけで殺せそうな、火を体に纏わせて同じような構えを取っている。
 ここまできても、どちらもが致命打をもっている中での戦い。正直こんな無駄な緊張感はお断りだが、もうどちらもが一撃必殺の準備が整い、これからの戦い生きるか死ぬかしか残されていなかった。

 だから狙いは自然と、頭か心臓どちらかを破壊する事で決着がつくだろう。
 実際のところ五分と言うよりばーさんが若干振りだが、写島の詐術がそれを埋めるだろう。どうせ俺らみたいな低ランク能力者が強者に勝つには、だまし討ち以外の選択肢は無いんだ。

 だから隣の鷺宮や不動明王のような王者の戦いは出来ないと確信している。

「窮鼠猫を噛むか、まさに俺たちの言葉だよ全く」

 強者に勝つための弱者の闘いが写島、強者が強者のまま歩む戦いが不動明王。
 本当に全くどうしようもない連中だ。こんな連中が国の中枢を担っている事自体俺は正気の沙汰じゃない気がするよ。

 そんな事を考えている家にばーさんたちの戦いは始まっていた。まさに神代の戦いを髣髴とさせる、最強の能力者同士の戦い、全くどうしようもないぐらいに凄まじい。何で余波が一切来ないんだよ、よほど無駄が無い能力使用をしてるって事だろう。

 もう周りは視線をあの戦いにしか向ける事が出来ない。
 本当にどうしようもないぐらいに、お前等全員強すぎるよ。こんな戦闘本当は直ぐにでも逃げ出したいというのに、ばーさんさえ逃げたら殺すと背中で雄弁に語ってる、こんな状況だし、俺は既に手詰まりだからこそ見ているってのにどうしたもんだろうね。

 俺はそんなに言うほど強くないのに、全く馬鹿げた話だ。

***

 二度の交錯の果てに、二人は疲れから制御できなくなった能力の余波で地面を砕いた。
 そろそろ本格的に不味い状況になってきたのだが、誰一人この場所を離れる事ができなくなっていた。
 こんな戦いを見たいとかそう言うことじゃない、次ぎ動けば終わる。誰もが理解するような、異常な緊迫感が周りを包んでいた所為だろう。

 最早巻き込まれて死ねと言っている様な状況だ。
 だというのに動けないのは、一度でも何かリアクションを起こせばそれだけで決壊するのだ今の状況は。
 次に動けばどちらかが死ぬかもしれない緊迫感に、とりあえず俺は足を動かしてみた。

「ほい」
「ってなにやってんですか貴方は!!」
「え、いや、面倒にうだうだしてるから」

 だってもういいじゃん、正直俺はあんまりこの二人を見たくないんだよ。
 けれど俺が動いても化け物たちは、反応しやがらない。仕方ないので言霊だけ発生させて、防御の手段を用意しておく。
 最も焼け石に水だとは思うが、しないに比べればマシだろう。

「もう、邪魔しないで下さい」
「はいはい、どうせ決着は決まってるんだ。もうどうでもいい」

 この勝敗はもうどう考えたって決まっている。
 俺の言葉を聴いて目を開いて驚く鷺宮が、答えるつもりは一切無い。だってどう考えたって負けが決まっている勝負なのに良くもあそこまで頑張れる。

 俺には出来ないがあんたなら一瞬でその盤面を変貌させる事ができるだろうばーさん。

 弱い俺たちにはそれしかかつ手段はないんだから。強者の戦い方が出来ないからこそ、手段はそれしかない。そしてそれ以外での勝利はこちら側には無いんだ、まったく選択肢が無さ過ぎて嫌でもそこに落ち着いてしまう。

「これが写島の戦い方か、全く面倒ごとには事欠かない一族だよ」

 愚痴のようにポツリと呟いた。それと同時に二人が凶悪な顔をしたのを見逃さなかった所為でちびりそうになる。
 地面を激しくけり激しい音を立てながら、二人は同時に走り出す。
 もう後は結果を見るだけだ、問答無用の力による圧殺を不動明王はしてくるだろう。王者の戦いと言うのはああいうものを言う、強者の戦い方こそあれだろう。
 だが弱者が強者にかつ戦い方など、だまし討ちしかない。

 何かを婆さんは素早く呟いた。『火よ収まれ』『燃焼物を奪え』とか言ってるんだろうよ。
 言葉に一つ一つの重みがなくても、最低限火は減衰する最大の威力を発揮する事は最早無い。それぐらいの事不動明王は理解しているからこそ更に力を篭めたのだろう。
 先ほどよりも威力が上がり炎が溢れてくる。本当に能力の使用限度ギリギリの力だろう、それを引き出せれば勝利は確定だ。

「めいさんよ、どうにもこうにもこういう決着になるようだよ」

 溢れて襲い掛かる魔神の炎を前に良くもまあ、あそこまで図太くいられるよ。絶対に俺は無理だと確信を持てるね。

「けどね、私の勝ちだよ。『酸素よ溢れろ、火よ燃え上がれ』それで今回はお仕舞いさ」

 あと地面をけりぬく影が一つ、過剰の炎をあえて大燃焼させることなど普通は考えない、しかしだそう言う消化法も世界にはある。けれど今回使うのはそんなものじゃない、これで不動明王の能力の制限から切り離したのだ。
 つまりこれは能力ではなく自然現象。ならばーさんが介入できない現象じゃない。

「最後までこういう戦い方をしますか明日香さん」
「そうだよこれが私たちの戦い方さ、強者に勝つための弱者の牙だよ『さっさと意識を飛ばしな』」

 拳を顔面に叩きつけて、そのまま最強を地に伏せさせる。
 あれだけの能力同士の戦いを見ても、最後は正攻法で戦う事ができないってのも最悪な話だ。希代の能力者戦闘だって言うのに台無しだ。

「あの、あの、やっぱり写島は最強ですか」
「おいおい今のを見てもそれじゃあ不動明王が報われないだろうが、どこまで言っても最強は不動明王、負けないのが写島ってだけだ」

 少なくとも明日の記事にはなるだろう。世紀の大戦が始まったんだから、とりあえずこれで俺には被害が加わる事はないのだろう。
 珍しく勝利を体で表現しているばーさんだが、本当にやばい状況だったんだろう。
 何しろ勝つことに執着するような事が家のばーさんにあること自体始めて知ったぐらいだ。

「けどあれを貫けばいつか写島に勝つことはあるんでしょうか」
「無理じゃない、なにしろあれは常に賭けの戦いだ。相手にその手段を読ませない事が絶対的必須、弱者が強者に勝つための手段だろう。それを力で潰せれば勝ち、潰されなければ負けるってだけだ。そう言うパワーゲームだよこれは」

 つまり力が足りなかったと言うだけだ不動明王は。

「なるほどつまり貴方に勝つには力で屈服させるしかないと」
「そう言うことだ、けれどその策を潰せないほど強くなれるか、あの不動明王と互角じゃ俺は倒せないぞ」

 睨み付けてみせる、当然ハッタリだがあれ以上強くなれば間違い無く俺は倒せるだろうとは思うけどな。
 だが素直に頷いて、なるほどときらきらと目を輝かせていた。

「じゃあ強くなれば勝てるってことですね。分かりました」

 頼むそんなに素直に行動しないでくれ、お前なら本当に強くなりそうでとても恐ろしいんだよ最近特に、けど余波で死にそうになっている奴らってまだ放置しておいていいんだろうか。

 折角逃げろっていってやったのに、本当に馬鹿な奴らだ。

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