四章 炎獄二代目
 




 ある伝説になった戦いがある、不動明王闘争。俺が生まれる四十年以上前の話だ。
 その頃記憶によれば日本はまだ太平洋戦争なんてものをやらかしていた。能力者たちが血で血を洗う戦いをしていたと聞いている。
 その中で勇名を馳せた存在がいる、六道大家と戦闘一族松永だ。彼らは常勝無敗だった、それに乗るように日本は局所的ではあるが勝利の報告が続いていたと言う。

 それでも物量にはかなわなかったのだろう連合国に日本は降伏する事になる。
 そして誰もが知っている玉音放送である、だがこの時ポツダム宣言は行なわれてはいなかった。日本は無条件降伏を許されなかったのだ。
 そして歴史書に残る事になるある政治闘争劇が行われる。それが面倒な事に当時は連合国側にいた最強の能力者である不動明王に勝利すれば日本にとって不平等な条約を与えずに降伏を認めるというものだ。俺も教科書で何度も見たことのある、一般良識からはかけ離れた政治劇である。

 だが六道大家の面子は全て彼女に既に敗北していた。松永は元々彼女を輩出した家であり彼女の強さをよく理解していた、それもわかっていながら六十人の松永戦闘者がこの当時彼女との戦いで焼滅させられている。日本国政府もこうなっては必死だった、一般の能力者からも公募をかけたのだ。かなりの人数が集まったものの、百対一だろうが千対一だろうが、不動明王の前には無意味であった。

 この当時で不動明王と戦った日本人の戦闘能力者は六百万人を超えている。だがその一つたりともあの化け物を倒すことはできなかった。
 不甲斐ないことこの上ない、命がけで戦った彼らに言うのもなんだが、家のバーさんで倒すことが出来たようなやつになんで苦労したのかいまだに疑問である。そして能力者の全てが負けたころの話だ、不動明王との最後の戦闘期限ギリギリの時だ。

 愛国心とか関係なく、不動明王の顔がむかつくという理由でばーさんが戦いに参戦したのは。実際の内容は違うと親から教えられたが、俺はそっち側が強いと踏んでいる。
 不動明王も写島も所詮松永の分家だ、ただ変わっているところがあるなら一つは最強一つは最弱というレッテルを貼られていることぐらいだろうか。ある意味生涯のライバルとなる事になる二人の体面はこの時だった。

 ばーさんはあんな暑苦しい奴とは思っていなかったと、とてもうざそうに語ってくれた。

 結果は連合国側にも予想外だっただろう。ばーさんが勝った、しかもその勝利の仕方自体が不動明王の自爆に近いものだったのだから驚きだ。まるっきり俺と同じ戦法でばーさんは勝利していた。
 無駄に愛用しているキセルで煙をふかしながら、とても面倒くさそうによく言ったものである。

「無駄に真面目なやつはチョロイよあっしらの敵じゃないね」

 と、そのあとに繋げたのは不真面目な奴でも変わりはし無いと言う自慢だった。
 なんでかここ最近ばーさんの夢を見る所為で、こんな下らない歴史的を並べていた。それもこれもあの我が家のばーさんの大敵である、あの女がこの国に久しぶりに里帰りすることになったからだ。

 自分の孫を引き連れて、いい加減に邪魔になったんだろうに明王の名を与えるとか言っていた。俺の予想じゃあ烏枢沙摩明王に成るんじゃないと踏んでいる。確か記憶じゃ日本名はアサヒだったか。絶対に俺があのババアの跡取りとなって勝負だとかいいかねないいやな予感がする。
 それにそろそろあのババアの五大明王もでて来るらしい、巻き込まれないわけにはいかない気がする。俺らの家系はどうしようもなく巻き込まれる、まさにトラブルを吸い寄せるが如く。最近そのことを深く理解していた、認めたくは死ぬほど無いが。

 そういえば聞いた話じゃ有望な奴がいて、八大明王とか言われてるんだったか。どちらにしろ迷惑な話だ。

「どうしましょう、私の家に不動明王が来てしまいます」
「ああそうですか、うちのばーさんに喧嘩売らなきゃどうでもいいや」

 一人大慌ての戦闘狂、それと松永の跡取りもかなりやばいレベルで動揺している。
 どうやらあのばばあと顔を合わせる機会でもあるのだろう。それは仕方ないか、なにしろあれも俺も元もは松永の出だ。写島は松永の失敗作、不動明王は松永の異端者だったか、戦後その関係は間違い無く一変したが。

「そう言う問題ではありません。貴方も来るんですよ、和装と洋装どちらが好きですか」
「だんぜん和装だけど」
「じゃあ好きな色は」
「黒ってまて、なに俺の好み聞いてるんだ。明らかに何か狙ってるだろう」

 しかしこの馬鹿は顔をちょっと赤らめて、悩殺ですとかほざいたので、足払いをかけておいた。
 お前が心配しているのは、俺がお前の家に行った時の服装に悩んでただけかよ。と言うか行くつもりねーよ、きたけりゃあのババア連中が来ればいい。

「えーそれはないでしょう。折角私が艶やかな服を着ようと考えていたのに」
「俺は露出過多の服は嫌いだ。女性差別といわれてもいい押しの強い奴らは基本嫌いだからな」

 軽くショックを受けている。いつの間には戦闘から恋愛に移行したようだけど、俺はお前の事を友達以上には見れねーよ。
 だって好みじゃないし、それ以前にお前と付き合ったりしたら間違い無くうるさい事になる。静かな人生設計が破綻してしまうに決まっているのだ。だがなんか俺の未来予想図を描くとそう言う方向には進みそうにない、なんか押しの強い奴に引っ張られて強引に付き合ってそうなイメージが浮ぶ。

「けど楽しみですよ。あの頂点殺しの写島と不動明王ですよ、いまもなお世界に最強の名を響かせる二人が対面するって聞いて興奮しないわけ無いじゃないですか」

 へんなところで俗物だよなこいつ。
 松永の方はいっぱいいっぱいだろう、なんか知らんがあの馬鹿は俺は嫌っているくせに、ばーさんは崇拝しているからな。
 俺とばーさんは先頭法都かも同じなんだけど、それでもあっちのが強いけどな経験で負けちまうし。

「欲しかったらサインでももらってやるよ」
「ま、マジですか、私の尊敬する二人のサインがもらえる日が来るとは」
「いや不動明王は知らんが、ばーさんなら簡単にもらえるぞ」

 ぴょンぴょんと跳ね回って喜ぶ。最近本当に犬化して来てないかこいつ、べつにいいけど。
 絶対に中型犬だろうな、柴犬みたいに尻尾を思いっきり振っているイメージが浮ぶよ。

「そうかなんか喜んでもらえたみたいで、なんか嬉しいし今回の模擬戦相手してやるよ」

 そんな時彼女は凄く目を輝かせて、支配者と言う仮面をどっかに投げ飛ばして俺に抱きついて喜び始める。
 本当に犬を相手にしているみたいだった。頭をなでて餌をやったら本当になつくんじゃないだろうか、だが明らかに模擬戦といってから目が据わり始めている。どこまで言っても戦闘狂であることだけは、代わりが無いらしい。何と言うふざけた人間であろうか鷺宮もこれが跡取りなのだからないていいだろう。

「絶対ですよ、絶対。正々堂々と」
「あーあー、わかったわかった」

 最も尻尾を振る犬だけは最初から最後までイメージから抜けることがなかった気がする。
 しかしだなぜかいやな予感がする。これとは別のところで、模擬戦じゃない何かが俺の危機察知能力に反応している。しかしこういう予感は今まで全部、回避できたためしがないので、俺は軽い絶望を覚えた。

***

 その日彼女は、鼻歌を歌っていた。
 もう戦後からの付き合いになる最強の女に出会えるからだ。全能力者中誰が聞いても最強と答える不動明王。
 日本では最早人外の化け物として恐れられている。

 その彼女を唯一地に伏せた女がいる。この二百五十年間最強といわれ続けた明王を倒した、例外の女。
 激情を証明する炎の化身は、孫が呆れながら見ているというのに、彼女はその感情を隠すこともしない。

「御婆さん久しぶりの宿敵との再会とは言えあちらはもう老年ですよ。戦闘行為の出来る体力などありませんからね」
「気にしなくていい、あの女に年齢なんか関係あらしません」
「そうでしょうか、やはりあの人も人間ですよ」

 その孫の言葉を聴くと、どう見ても兄妹といった方がいいような美貌を持っていた不動明王は大笑いする。

「そうかい、そうかい、だけど理解しておき。あちらさんは一歩も動かずこちらさんを倒せる存在でありますよ。あの女は不動明王などただの人間だと思っていらっしゃる、アサヒさんやそんな事を思っているうちはまだ明王の照合はあげられやしません」

 どこをどう弄くればそんなことができるのかわからないだろう。能力者として不動明王は彼を軽々と凌駕する力を持った人間だ。
 山なんて容易く消滅させる事だって出来る。少しの間中国にいたのだが、それからいろいろなところに飛んで能力者指導をしていた。

「だがね、今回はあの女と戦うつもりはありゃしません。孫がみたいんですよ、既に松永と鷺宮を潰したようですし。こちらとしては、あの女の光景に足る力があるかどうかになるところでっしゃろ」
「いえ、あのような傑物が二人と存在するとは思えないのですが」
「こちらさんのよそうですが、確実に後継たる力があると思われておりやす。何しろ魔術師と呼ばれていらっしゃるそうで、あの女の精神を受け継いでいらっしゃるようです」

 その言葉を聴いて、アサヒは同情した。
 写島の後継に足る器なんてものは、不老不死に近い不動明王の敵に相応しい存在にしかならない。自分の祖母ながらこれほど面倒な相手と戦いたいとは誰も思いやしないだろう。

「それでですが、アサヒさん。写島と戦ってもらいましょか、どれほどの器か調べておく必要がありましょう。一度貴方も敗北を覚えていた方がよろしいと思いますので」
「お婆様ですが、まだ学生と私では経験に差がありすぎます。負けることなどありえるはずが無いでしょう、仮にも明王候補である私が」
「駄目ですな、あなたさんはどうも自身過剰すぎます。階級破壊者と呼ばれていらっしゃる写島を甘く見すぎるのはどうかと思いますよ。私の想像通りの相手なら間違い無く貴方さんは負けるはずですから」

 その時彼の祖母の目は明らかな確信を持っていた。
 これだけ確証を持って発言する事など、彼の祖母は一度もしなかった。国の建てである最上級ランクの能力者と戦う時ですらあいまいな表現をしていた祖母が、これほど確実に負けると断言する存在はどういうものかと。

「あれと戦うのは、技術とか階級じゃありません。どれだけ相手に主導権を握られないか、けど無理でしょうな。どう考えてもあなたさんは負けます」
「いえそれこそ勝敗は戦ってみないとわからないのでは」
「いえ、確実ですな。鷺宮とだって戦えば、あなたさんは負けるでしょう。こちらさんじゃ負けることは教えられませんからな、屈服しか教えてあげたことはありゃしませんからね」

 彼も炎の後継だ。そして仮にも日本の六道大家と同じ力を持つといわれる明王の名を与えられるのだ。
 ただの学生しかも最低ランクの言霊使いに負けるというのは、彼の矜持が許すはずも無い。

「おやおやこわいこわい、そんなのだから負けるといっていますのに」

 いつの間にか彼を地面に叩き伏せている明王は、やんちゃな子供を見るような目で彼を見ている。
 そしてこんな彼女の行為の矛先が、なぜか可哀想な彼に向けられるのだ。強すぎて敗北ではなく屈服しか教えられなかった不動明王は、教材になる写島に感謝をする。だがそれ以上にもう一つの願いもある。

「さてさて、明日香さんやこちらさんとどちらが孫が強いか勝負しましょうや」

 その迷惑の全ての集合点である人物は、本当に興ってもいいと思われるのだが、あまり同情したくないのはなぜだろう。

*** 

 今日の模擬戦は比較的真面目に戦ってみたのだが、やはりDDTは強かった。
 さすが俺のフィニッシュホールドだけの事はある。あいつはそれじゃ倒れずに、絞め技で倒した所為でまだ飛んでいるが、特に関係ないかな。
 今日はどうせうちの家から迎えが来ることになっているし、あまり関係ない話だな。

 しかしどうもいやな予感がしてならない。まだぶっ倒れている馬鹿の頬をはたいて正気に覚まそうと努力しているが、あんまりいい反応が帰ることは無い。

「起きろー、起きろって、そんな酷い一撃じゃないだろう。お前の大好きな二大反則能力者に合えるんだぞー」
「うーん、お願いですからキスしてください」

 ああ、よみがえったのに死んで欲しいと思わなかった。

「どうでもいいだろうがそんな事は、さっさと帰るぞ財布はお前持ちでどっかに出かけるぞ。なんか今日はいやな予感がする」
「あのですけ私は今日接待があるんですけど。あの不動明王に会えるんですよ、こんな機会逃したらいつになるかわかりません。いやしかしデートと着ましたか私としてもそれは、処女を捧げるだけの確固たる意思があるのですが」
「それは欲しくないな、と言うか何でそう簡単に股を開こうと考えるかね。慎みが足りない、俺結構古い男だからね」

 俺結構古い男ですよ昭和二十年代生まれって感じで、だって俺さ一応写島っていう名家の出だからね。
 松永が唯一認める分家筋だし、ばーさんの所為で色々と有名になりすぎたからさ。最も一般のイメージ最強の英雄が作り出した劣等家系って言うイメージだけどね。どうも他のところに血を渡したくないらしい。

 けど預言者が永久のCランクと決めちゃってるし、意味無いんじゃないんだろうか。
 まぁ、どうにもこうにも写島の階級破壊が力のものと思っているようだし。そんなもの一つとしてないんだけどな。

「いやしかし、今回は行かないと色々面倒な事になるんですよ。ってまってください、あなたも今回の来賓の一人でしょう」
「ちっばれたか。だって行きたくねーよ、あの面倒ごとの張本人のような奴のところに行きたいわけ無いだろうが、絶対に孫と戦わせて見ましょうとかいうんだぞ」
「いいじゃないですか、あなたらな明王程度のどうにでもなりますよ。不動明王はやってみないと分からないって感じでしょうが」

 そんなもんか、いや俺一般人だし。
 だがこいつは気にしたそぶりも見せずに俺の体を掴むと引っ張っていく。

「やめろ、俺は行きたくない。あんな明王とか痛々しい名前をつけられているやつらを見たら大笑いするって。よくそんな名前が自慢になりますねって」
「いいから行きましょうよ。写島ならその程度の発言仕方ないって誰もが思ってますから」
「え、ちょっとまて、なんじゃそりゃ。家の一族は暴言一家とでも思ってるのか」

 うわ、確かに親父と俺以外は全員、正確の悪さだけなら超一流だった。
 しかもばあさんはそれだけで能力者に勝利したりすることもかなりあった気がする。

「それはどうでもいい内容なんですけど早く行きましょう」
「お断りだ、あんな面倒な連中に会いたいわけ無いだろうが『腕を放せ』俺は旅に出る」

 全く意味の無いところで、能力を無駄に活用する俺は、手を放した馬鹿からの本気で駆け出し。塀を越えて逃げ出した、だがいつものように俺は運が悪いらしい、下にいた好青年っぽい奴に想いっきりドロップキックを決めてしまった。しかもダメージが大きいのか、一撃で気を失っているのだ。
 だが後ろから響く待ってくださいという言葉に、俺はいやな予感しか感じる事ができずに必死に逃げ出す。だって新で無いし死ぬようなダメージじゃないからね。

 しかし逃げても嫌な予感がするのはなぜだろう。凄くいやな予感がして、一瞬立ち止まる。

「あのさ死ぬよねこれ、間違い無く死ぬってこれに飛び込んだら」
「そう言うこともないはずでしょう美春さん、どうにもこうにも明日香さんと同じ思考回路をしていますな。今回のは没収試合にしときますが、このままこちらさんについてきてもらいましょうか」

 やべえのが来たよ。何でここに歩く面倒ごとの最終形態がいるんだよ。
 しかも俺のかーさんより若く見えるってのも反則だ。これが不動明王ね、生涯ただ1敗の女かそれも家のばーさんなんて行く規格外に会わなければ無敗だっただろうに。

「わかったよ、あんたが命令に逆らえるような一般人じゃないから『諦めてくれ』よ」

 一瞬でもいい間があけばいいのだ。その瞬間に俺はこの孫っぽい奴をたてにする。
 その瞬間に明らかにこちら側に向けた視線は喜びだった。
 あー、これはどっかの迷惑女と同じ気質か、戦闘狂ねなんて迷惑な人間に迷惑な機能付けてんだよこいつ。

「俺はあんたと一緒に行かない。いいか絶対にだ」
「でなければ、孫の命が無いと」
「いや全裸で女子更衣室に投げ込んでおく」

 なんかその言葉を聴いた不動明王はあきれた顔をして俺を見ていた。
 しかし次の瞬間、後ろからの攻撃に俺は意識を失う事になる。

「え、何でまだ貴方がそんなところに」

 しかしね、俺はもうお前の言葉なんて聞こえないところに旅立っているよ。
 あー運が悪すぎる。


 それから覚えは無いが、あの暗殺者の話を聞く限り道考えても拉致監禁レベルの運び方で車に投げ込まれたらしい。
 しかしだ不動明王(ちがいほうけん)と読むのは流石にやりすぎだと俺は苦言を呈したい。


戻る  TOP  次へ