彼女は宗教狂い


「俺たち別れよう」

 それは放課後の話だ。
 彼は中学生の頃から付き合ってる彼女に別れを切り出そうとしていた。
 未だに嫌いと言うわけではないのだが、どうしようもなく彼女と付き合うのが苦痛になってきたのである。

「え?」

 ほうけている少し茶色が掛かった腰まで伸びる長い髪を軽く左右に揺さぶりながら、震えるように身を縮める。目元には涙が溜まっているのが否応無しに罪悪感をかきたてた。

 けれど彼の言葉が現実ではないかのように頭を振る。

「どうしてよ。結婚しようって約束じゃないの」
「ごめん、もう俺は耐えられないんだ。お前の事は嫌いじゃないけど、もうスポポタマス教のことについて延々と聞くのはきつすぎるんだよ」

 彼は感情を吐露して、叫ぶようにしていった。

 彼女は宗教狂い

「なんで、ミュッツルガー司教のノメンハクタマ経典について語ってるだけじゃない」
「俺は普通の高校生なんだ。そんな理解不能な宗教の会話を彼女から聞くのはもう嫌なんだよ」

 そんな彼の態度に彼女は驚く。
 宗教を薦めてくる人の八割は善意なのだ。だが主神スポポタマス様が、どれほど素晴らしい存在かを語られても、普通の人間は逃げ出したくなるに決まっている。

 それでも彼は五年間は耐えた、いつか彼女もやめてくれるだろうと、だがその度合いはどんどん激しくなり。高校三年になる頃には、スポポタマス教の神官の地位を手に入れたらしい。

「だって敬太郎と付き合えるようにって、スポポタマス様にお願いしたら成功したんだもん」
「あのなぁ、俺がお前を好きだったって可能性を問わない辺りがもう嫌なんだよ」
「え、こんな宗教狂いの私に惚れてくれてたの!!」

 じゃなかったら普通五年も付き合いません。
 涙を溜めていた顔に笑顔が戻るが、敬太郎と呼ばれた彼は、もう別れる気でいた。

「そうだったよ、って言うか自覚あったのかよ。なら余計限界だ、なんで彼氏にねずみ講をしようとか言うんだ。俺はそんなお前に耐えられないんだよ」
「だってスポポタマス教はお布施が大事なんだよ。その為に資金集めをしないといけないじゃない」
「そんなどう考えても悪徳宗教に手を出している事を気付いてくれと俺は何度頼んだ。と言うかそんな宗教やめろと何度言ったと思う」

 目の前の彼女は嫌いじゃないのだ。
 ただその趣味がもう度を越していた。宗教が悪いと思ってはいないがここまでのめりこんでしまうともう限界だ。

「じゃあどうしたらいいのよ。スポポタマス様にどんなお願いしないといけないの」
「何で宗教をやめると言う思考に移らないんだよお前は」

 ここまで言っても宗教から抜け出す気がないのだ。
 彼の怒号のような声に、周りにいた生徒達が一気に彼のほうを向いた。必死のお願いだが、彼女は聞き届ける様子もなく。

 西南西の方向に、主神の妻ヌッタリカに彼の心を呼び戻してとかほざいていた。

「もういいだろう俺は限界なんだよ、別れよう。本当に別れよう」
「けど気まずいよ、ほらお父さんお母さんも結婚を前提に付き合うって言ってたじゃない」
「お前の両親なら土下座して娘と別れてくれ、そのほうが君の為になるって行ってたよ」

 衝撃の事実のように彼女は後ろにつんのめる。
 そのまま地面に頭での打てば、まともになるんじゃないかと思った彼は、体を押しそうになったが目撃者の多い場所なので必死に耐えた。

「酷いよ、私の処女まで奪ったのに」
「ああ、スポポタマス教の訳の分からん踊りをさせて、理解不能な粉末を飲まされたあげくにな」

 彼が彼女と別れようとする原因の一つだ。
 彼女との四度目のデート、キスぐらいしてやろうと考えていたら。この言葉を言わないとキスをしないと言い張ったのだ。

「大体なんで彼女とキスするだけで、『ヌガヌガポムピイピッピー』とか言わないといけないんだよ」
「それはね『君を永遠に守る』っていう意味だからよ」
「今始めて意味を知ったところだが、それぐらいなら別に直接口で言う事ぐらいできるっての」

 だが彼女は驚きのあまりに嘘と大きな声で叫んだ。

「嘘じゃねーっての、大体そう言う行為のときも『スガンザ』って言って、お前が『ジュンジュガ』って答えないといけない理由が分からない」
「それはねノメンハクタマ経典の十三項の三幕に記されているよ」
「知りたくないっていってんだろうが、いい加減本当に勘弁してくれ、お前とは付き合っていられないんだよ」

 宗教関係以外の部分の彼女は今でも彼は愛していた。
 これで宗教をやめてくれればと本気で思ったが、骨どころか骨髄まで宗教に汚染されている。
 もう彼は彼女の事を諦めつつあった。

「もういい、宗教か俺かどっちかを取れよ。お前の決めた方で結論出すから」

 彼女は一瞬だけ思考して、彼を睨むように視線を合わせた。

「スポポタマス様と敬太郎」
「じゃあなもう別れよう。せめてスポポタマスの前に俺の名前を読んで欲しかったよ」

 彼は彼女を一瞥召せずに背を向ける。その彼の態度に彼女は泣きながら崩れ落ちたが、誰一人彼女に同情するものは居なかった。と言うか良く頑張った彼氏。
 
 そして一つの恋が終わった瞬間である。