彼女は宗教狂い
彼女と別れて以来の話である。
少しの間大人しかったが、いつの頃からか彼の下駄箱に、許してと書かれた手紙は毎日二十枚以上用意され
、そして毎日の様に彼女の家から不思議な言葉が聞こえるようになり、ご近所はどこかどんよりとした空気に包
まれていた。
「おい、お前は一体何がしたいんだ」
「あ、やっと話しかけてくれた。ステグルマズの祝詞のお陰だね」
「違う、どういう方向性を匂わせればそう言う返答が返されるのか甚だ疑問すぎる」
輝くような瞳で彼の事を見る彼女。
本気で自分の願いが神に通じたと思っているのだろう。だが、奇行を目の前で繰り返されればいつか限界が来るだけの話である。
「お願いだから、別れるなんていわないでよ」
すがるように彼女は敬太郎声をかける。
だが未だにくすぶる甘い感情を必死にこらえて彼女を突き飛ばした。
彼の態度に彼女は恐怖でも感じたのか、真っ青な表情のまま凍りついたように、倒れた地面から動かなくなる。
「なんで、なんでなの、ラックスマルカの力が何で敬太郎には届かないの」
「まず、何で俺がそんな物の力で、復縁しなくちゃいけないのか追従したいところだよ」
「だって私にはそれしかないもん、敬太郎を引き止める事ができるのはそれぐらいの方法しかないもん」
「だから宗教やめろって、そうしたら復縁するって言ったじゃないか」
だが彼女は激しく首を振った。
嘘と大きな声で悲鳴を上げ、その場にうずくまるようにして泣き出す。
「いや待て、なんでこの大通りで、泣くの明らかに俺が最低男じゃないか」
「私にはスポポタマス教しか貴方を繋ぎとめて置く事ができないのに、何でそれをやめろなんていうの」
「会話しよう、ねぇお願いだから会話をしようよ。俺はやめたら復縁するって言ったじゃん、と言うかその場合は頭を下げてこっちからお願いするよ」
しかもだ、彼女は宗教の部分だけ小声で喋っていたため、周りには「貴方を繋ぎとめて置く事ができないの、何でそれをやめろなんていうの」とか言っているように聞こえている。
周りからひそひそと零れだす言葉は、明らかに彼が最低人間であると、認識させていた事も彼の絶望に拍車をかけていた。
「ひどいよ些細な事じゃない」
断じて些細じゃなかったりする。
彼と話す女子生徒には軽く脅しをかけ、男子生徒には可愛らしい彼女の涙を見せて、敬太郎を最低男に演出したりして、友人連中さえ彼女の味方をしているぐらいだ。
「何でそこまで地震がないかわからないが、ずっと好きだといってきた記憶もあるのに、どこ前俺を追い詰めるんだ」
「え、教祖様の言うとおりに、しただけだよ。司祭への助言だって」
「どういう宗教だよ、あからさまに、ドロドロした愛憎劇の手法だぞ。何でそう言う方向に持っていくんだよ」
「ドロドロとなんて卑猥な事を言わないで、そう言うことは夜してあげるから」
恥じらい顔を真っ赤に染めて、耳たぶを舐めるように呟く。
もう周りはただの痴話げんかとしか見ていないだろう。しかもかなりむかつく方向で、じわじわと外堀を埋められていくようで、彼も男だその甘い誘惑に飲まれそうになったが、必死になって振り切ろうとする。
「ちょっと聞くがそのアドバイスと言うか、教祖様って男か女かどっちだ」
「教祖様は女の人で、スポポタマス教は恋愛成就をメインとした宗教だよ」
今始めて聞かされるスポポタマス教の真実。しかし誰も知りたくなかっただろう。
と言うか前の話でもそうだが、恋愛成就させる気がなさ過ぎるにも程がある宗教である。
「絶対に教祖は不細工か性格ブスかだろうな」
「強いて言うならどっちもだね」
「え、何でそんなやつの宗教に嵌ってんの、どう考えてもおかしいじゃん」
段々何故彼女が嵌っているかわからなくなってきてしまう。
だが純粋な笑みを作って、だって敬太郎と付き合うことが出来たんだもんと、可愛い事を言ってくれた。
「あのさ、何度も言うけど俺はお前の事が好きだから付き合ったんだぞ。俺から告白までして」
「嘘だよ小学生の頃、お前と遊びたくないって言ったじゃん」
「子供らしい淡い想いから来る反発と言うだけだ。何でそこまで本当に自信無いの美人なのに」
彼が彼女を意識し始めたのは、大体それぐらいの年からだったりするのだ。
まあ子供の頃よくある男の女の差を、意識し始めた所為もあるのだろう。しかし彼女はそれがトラウマだったようで、今もなお引き摺っていた。
「美人だって言うならなんで捨てたの」
「会話する絶対ないよな、宗教やめろって言ってるだけだろう」
「けど、敬太郎と会えたのもスポポタマス協のお陰」
「お前と俺の家が隣同士だからだよなどう考えても、始めてあった時は宗教なんて入ってなかったし」
しかしそこは、彼女らしくがん無視。
勝手に作った宗教の話とエピソードを混ぜて、なんかアダムとイブみたいな感じの演出をしながら、適当のな出会い話を作って語っていたが、彼もスルーしていた。
もう大分こういう会話にもなれているのだろう。
「もういいよ、宗教に嵌るのはいいから人に迷惑をかけるようなこともうするなよ」
「そうしたら復縁」
「しない、お前が宗教やめるまで独身貫いてやる」
君何気にプロポーズだよねそれ。
「え、本当、本当に、ええ……はい、分かりました」
それを理解して火が出るほど顔を真っ赤に染めた真広は、その日から知恵熱を出して一週間ほど寝込む事になるが、やっぱり彼女は宗教をやめる気配はなかったという。
と言うか彼女が宗教をやめないのは、敬太郎が歯の浮くような台詞を彼女に言うのが原因ではないのだろうか。
そう思えてならない一幕である。
そして彼女の名前が真広とようやく判明した一幕でもあった。