森の女

 そこは薄暗い森の中、二人の家族が人目を避けるように、暮らしていました。見目麗しい娘と
 人はいつもその森から出てくる二人を気味悪がり、石を投げ泥を投げ汚い言葉を投げかけていました。
 そんなある時です、森から二人で出てきていた家族は娘しか出てこなくなりました。

 それから一年、父親はもう森から出てこなくなっていたのです。それが当たり前になりましたが、心優しい若者が彼女に君のお父さんはどうしたのと話しかけました。

 少女は体を悪くして今外に出られないと、だから私が家のことをしているんだというのです。
 心優しい若者はそれは大変だと、家に戻り食べ物をかき集め彼女に渡したのです。
 少ないけれどどうぞ、彼は笑って彼女に食べ物を渡しました。

 元々が綺麗な少女です。彼は素養所のありがとうと言う言葉と笑顔に心を奪われてしまいます。
 それから彼は彼女が森から出るたび薬や食べ物を渡してあげました。

 最初は受け取っていた彼女ですが、あまりに頻繁に彼が渡してくれるので悪いと思ったのかもう言いと今まで有難うと彼に告げます。
 ですが彼は彼女の拒否に驚きました。

 君は今生活に困っているはずだと、受け取るべきだと、ですが少女は首を振ります。どれだけ彼が勧めても彼女は、彼が差し出すものを受け入れません。

 それから少しの間少女は森からでてくることはありませんでした。
 その間にも少女に思いを募らせる少年は、村人でさえあまり立ち寄ることのない森の中に入っていくことを決意します。

 森の中は薄暗く獣の声が聞こえました。
 道はあまり整っていないので、彼は何度も枝で顔を打ち頬に傷がいくつか出来て、服に木の葉がついています。
 かなり険しい道だったのです。

 ですが少女に淡い思いを持つ若者は、そんな事気にした様子もなく森を掻き分けてひたすらに深く潜り込んでいきます。
 道を知っているものならともかく、彼は道さえ知りません。それは若者の無謀だったのでしょうか。
 その淡い想いに答えるように、ようやく開けた場所にたどり着きます。そこには少し古い建物ですが、人のすんでいる跡のある家が見えたのです。

 若者は喜びますようやくたどり着いたと、あとは彼女に想いを伝えるだけだと勇んで走り出します。

 そうやって走って家の前に来た時彼は愕然とします。
 偶然視界に入った窓、そこにはベッドに寝転がっていた男が、いえもう少し正しく言う必要があるでしょう。

 両手足を釘で打たれ、身動きの取れない男と彼が憧れていた少女がいました。少女は裸のまま男の上で艶やかな声を出しています、男はただ痛みに悲鳴を上げているようでした。

 若者はようやく気付きました、彼女の下にいる男こそ彼女の父親であると。快楽に火照る少女はまるで魔女です。
 吐き出しそうになった悲鳴を若者は必死に抑えます。
 ですが我慢が出来なくなりました。それは別に父親と少女の関係を見たからじゃありません。ただ少女のおなかが膨れていたからです。父親との間の子供を孕む女、それは魔女としか言えなかったからでしょう。
 響いた声を聞くと彼女は魚の目のようにぎょろりと若者の方を向きます。

 若者は言葉が壊れたように叫び散して、必死に逃げ出しました。森の中に入って、必死に分け入って。ですが彼女は追いかけてくることはありませんでした。
 森を抜けた若者は心の底から安心します。
 あれが現実で無いということを祈るだけです。けれど若者はとても森が怖くなってしまいました。

 若者は必死に親に頼み込み都会に出ることになります。

 それから数年、若者は森の事も過去の事だと想い田舎に戻ってきました。
 けれど彼は故郷に戻りたいわけがありません。母から父親が死んだという電報を受けたからです。馬を走らせてその日のうちに彼は家に戻ってきます。

 そこで見た父親の姿は無残なものです。腹の中から胎児の死体が出てきたのです。若者は背筋を凍らせます、妊娠と言う言葉は初恋の人を思い出させてしまうからです。
 若者は父の葬儀をこなう為に色々な準備をします。
 それもこれも全て少女を忘れる為でした。

 彼は村にいる間眠れなくなります。何時あの少女がここに来るかわからないからです。
 そんな日が何日も続きました。眠れない苦痛とあの少女の恐怖が若者を苦しめます。

 本当は二日しかいない予定だったのですが、都会との唯一の道が塞がれてしまったのです。
 それが若者の恐怖をさらに、深いものにしていったのです。
 扉の音一つにまで敏感に反応するようになっていく若者に、家族たちはどうすることも出来なかったのです。しかし工事も殆ど終わった時の話です。

 気が狂いそうになる恐怖に耐えながら若者はようやくこの故郷から出られる祝福に喜んで今した。
 そこに新婚の村人が挨拶に来たのです。色々荒れていてきちんとした挨拶がまだだという事でした。

 若者は新婦をみて悲鳴を上げました。それは若者にとってはただの恐怖以上には写らなかったのでしょう。台所から包丁を取り出すと妊婦の腹を割いてしまいます。
 あとは気の狂った若者が家族を殺しました。村人を殺しました。また一人殺しました。

 村人が死にます、ひたすらに怯えながら村人を殺していく若者は、魔女が、魔女がと、叫んでいたそうです。何時しか村人がいなくなってしまった頃です。
 森から一人の女がやってきました。

 そうですあの少女です。息子を連れて楽しそうに村に来たのでしょう。
 若者は悲鳴を上げ続けます。彼にとってこれほど恐ろしい存在はいないのでしょう。

 聞き取れもしない罵詈雑言で叫び散らかします。
 女は彼がなぜそこまで叫んでいるのか分からないのです。ただ出来るだけ優しく笑みを作りました。

 それは彼を魅了した優しい笑顔でした。

 ですが若者はそれを見ると、咽喉を切らんばかりに最後の悲鳴をあげ。自分の腹に包丁を突き刺し続けます。
 夢だ、これは夢だと、なんども呟きながら、自分の腹を刺していきました。

 女は笑いました、男の命が消えるまで女は笑いました。

 これから先、この田舎は誰一人立ち寄らなくなります。誰もいない村に変わります。
 ただ森の中で家族同士の宴が続くのです。

 それは名の知れぬ森の物語。この世界にいる魔女が作り出した、嘘のような悲劇の話。
 唯一つの悲劇がもたらした、真の魔女の物語。