負け犬勇者 正伝夜話 天門
 

 

 世界が滅びてもう何年になるだろう、王国は出雲宮の崩壊と共に滅び三王のうち二人は死亡した。最高位の騎士達もまたアイユーブでの大戦争により死亡する。
 移動機関であるファーストからサードまでのラインもまた勇者によって破壊された。

 いま世界の統一秩序機関であったはずの王国は、破壊され。すでに移動の手段さえも根こそぎ奪われた、ガソリン車は資源自体かすれたような日本では、動かせるはずもなく、その移動手段全てを牛耳った男を車輪王正行と言う。
 その腹心である紙舞春義である。彼の仕事は情報伝達、ただし紙を通じての人と人のつながりをメインとしたものである。ようは郵便局員。

 元々は勢力勇者の中位舞台の人間であり、勢力魔王の二十三幹部 剣剣 を倒した男だ。他の幹部は全員勇者に殺されたが、力場使いとさえ互角に遣り合えた技術使いたちである。彼もまた同じく技術使いであり、路道形成を使う人間である。

 彼の技術は道を作ることだ、これも一種の力場技術に近い。もっとも、彼の力場は移動力場に極めて近い、加速の因子ではなく最速で移動できる道を作り上げることこそが、技術使いにおける彼の本分だ。
 しかし移動力場が消えた今、彼は間違い無く最速の男であろう。

 王国で最前線に出ていたのだが、その王国が滅びた今、戦闘者としての彼の腕は余り必要なかった。商売の才能の無い彼はどうやって金を稼ぐかと悩んでいたが、そこに同僚の車輪王いや前の名前を荒々松と言うが彼が彼の能力に目をつけて、この商売を始めた。

 結果は成功だ、戦闘者として一流の男が最速で運ぶのだ。これほど心強いものは無い、まぁだが彼だけじゃあどうしても手が足りなくなった。
 そんな事をしていたら一年でいつの間にか大企業へと変わった。現場統括と変わった今も手紙を運び続ける春義は、二度三度の経済戦争を超えてある人物の元に手紙を届けることになった。

 それは滅びた一つの都市、すでに人が生きていける場所ではなくなり。屍達の腐乱臭さえ消えた。忘れられた土地、そこではもう人は住んでいない筈である。力場戦闘における傷は凄まじいものがあった。地表が捲り返り、振動で殆どの場所が沼地へと変貌した、衝撃波が大地に生えていた植物、人間、建物、ありとあらゆるものが力場によってねじ伏せられた。

 大地はひび割れ、抉られ、氾濫した海が海に面する全ての場所を水没させた。
 そこは見る影もないほどに破滅されていた。魔王と勇者の戦いでさえここまでの事は起きなかったのだ、原初の鳥、人間、思想、いやありとあらゆるものが狂ったあの戦いの末に、残ったのは破壊された大地だけだ。

 それはその戦争の中心地ともいうべき場所に頼まれたものだった。たいしたことでは無い、あて先の名前からして異常だったのだからこの程度彼にとっては器量の範囲内だった。正しく言うなら、名前が強烈過ぎて他の感覚が消えうせたというべきだろう。

 送信相手は剣王、これだけでも世界最強の一人だ。そして送り先の相手はよりにもよって悪夢と希望が混在する名前だった。

 偽言新開、勇者と厄祭が混在するその名前の前ではこの程度の世界の荒廃たいしたことではない。しかしながら新開が破壊した後は凄まじい、世界最高の秩序機関にして最大都市であった出雲宮に、北海道大戦線の崩壊、既存であったはずの全ての秩序がものの見事に破壊されつくした。

 本来形成されるはずであった完全基盤、根底秩序法の執行、それにより過剰技術の中でも天門と呼ばれるシステムが機能し始めるようになる。
 これは、もともと第二東京タワーに取り付けられていた。この天門とは簡単に言えば、天候制御システムだ。転換期以前の人間に出来ないことは無いというほどまでに異常に技術が膨れ上がっていた。そのなかでも力場兵器と同じく人の手を離れた代物であった。
 当時これを確保をしていた王国はその停止を決定する。理由としてはいくつかあるが、これが争いの種になるのは目に見えていたからだ。

 王国は日本を確保した後に、それを起動させる予定にしていたが、結局のところそれは敵わない。そしてようやく起動し始めたシステム『天門』は、この後の戦争の中心的な部分に位置することになる。もっともその戦争は天門のもう一つのシステムに関するものだがここで言及するものではない。

 体を打つ風が、体を縮こまらせる。目的地らしきところに着てみたが、建物一つ建っていなかった。そこはかつての戦争の中心、見るも無残に地表が捲れかえり、遠目から見れば花びらのようにも見える。だがその空虚感は、並々ならぬものがあったこれが人の手によるものだと知ってより一層震えがくる。

 どんな戦いになればこんなことが起きるのか想像し難い。世界最高峰の力場使いの戦いであった魔王と勇者の戦いはその余りの力場支配の所為か、地面に傷が出来た事すらなかった。だがこれが力場使いの戦いであるこの戦い、どちらもが命がけであった事を証明する。
 大地と言うものに余分を賭ける暇がなかったのだから、魔王と勇者の戦いでもそうであったのかもしれないが、この戦争で死んだ力場使いたちは十名を超える。たかが四名の集団に王国最強を誇った鳥使いたちは死滅したのだ。

「全く、勇者は何て無茶苦茶な事を、これじゃあ美学のかけらも無い戦いだ」

 なくて当然、あの戦争は所詮わがままな子供同士の殺し合い。人間が人間と言い張るためだけの戦いだ。
 それはわがままな動き、わがまますぎて世界に影響を及ぼしてしまうほどだっただけ。だが勇者の戦いだ、人は理由を求める、あの戦争に一つの理由を押し込むとすれば勇者を殺し王様が一人生まれたというだけだ。

「けれどあの戦争で勇者は死んだ、そして剣王は生きた、だと言うのに勇者の力はそのまま世界に具現したままでいた。剣王は勇者は死んだが王がうまれたといった、きっと何かの意味のある言葉だろうけど」

 今は戯言(ざれごと)、戯言(たわごと)、生きているのならそれは勇者のはずであると、春義はそう思った。言葉遊びに過ぎないのだ彼にとってはその程度の差、新開と言う人間がいるのならそれは生きているのだ勇者が、新開が知らぬまれに裏切られ殺され、そしてまた復活を遂げたのと同じような話である。

「とは言え、久しぶりの再会。あれが覚えているかどうかの方が、俺にとっては気になる話だよ」

 旧都市の地図を見ながらゆっくりと形を合わせていく、どうも少しずれていたのだろう。戦争の中心地ではなく終末地点、新開はそこにいるのだ。
 彼にとって始まりの地であり彼がまだ、悩み続けている事の証明でもあったのだろうか?
 あの戦争よりすでに一年が経過した、それでも勇者は北海道戦線と、出雲宮を破壊したに過ぎない。だがそれ以上の勇者の活躍を聞かない、彼にとっては全てが終わり隠者としての生活を選んだのではないかとさえ思う。

 軽く無駄な思考をしつつ、かれこれ一時間以上うろうろした結果、ようやくそこで一つの小屋を見つける。
 
 ノックを三回、反応なし。
 ノックを五回、反応なし。
 ノックを十回、力場が彼を吹き飛ばす。

 彼を瞬時に殺害するほどではないとは言え、軽く四、五十メートルを飛ばされれば流石に、体を紅葉おろしにされかねない。それはそれで致命傷だ、通路形成を行なうと力場の衝撃を分散させる。

「へ? え? あれ、俺? ふぉえぇ?」

 ノックの反応が、力場なんてそんな想像してもいないし。あからさまに動揺を隠せない。
 そんな事をしている内に、みすぼらしい若者が小屋か出てきた。背筋は伸びていて、彼の低い身長が少しばかり高く見えるが、やはりまだ慎重は成長しきっていないのか低い。
 だが、やはり目の色だけは違った。今までに会った無価値でも、剣王が見た感情の色彩でもない、純粋な何かがそこには見える。
 黒真珠と見紛う、黒色の宝石にも似た意思を焼き付け焦げたような色を思い浮かばせる。

 そこには彼の見た新開はいなかった。

「何だお前か久しぶりだ。たしか剣剣を殺した奴だったよな」

 悪びれもせずに彼は、軽く挨拶をしてくれた。彼も裏切った一人だと言うのに、なんと容易いものだろう。
 先ほどの制裁を復讐とでも思っていれば、気分も軽くなったのか吹き飛ばされたくせに、笑みを溢した。

「吹き飛ばされて笑うなんてもしかして、その手の趣味がある? そうならちょっと視界から消滅して欲しいんだが」
「違う、断じて違うから気にするな」
「ならいいけど、お前が俺にようがあるなんてあるのか。別にお前に恨まれた記憶は無いんだが」

 そのようなわけが無い、秩序統一を願っていた春義が、その足がかりとなる日本統一最後の北海道戦線を無茶苦茶にされ挙句に、戦友を皆殺しにされたに等しいのだ。だが彼の中で勇者はやはり最強だ、怒りよりも前に屈服が浮んでしまう。
 だがそれだけじゃない、新開は明らかに四年前より何かが変わっている。元々は何を考えて動いているかわから無い人間だったが、と言うか今もそれは変わらない。しかしその質が違うだけだ、人を空気だけで叩き潰してしまう。今までの新開は、空気どころか存在だけで人間を否定するものだった。

 それがましになったのか、なってなのかといわれれば、ろくでも無くなっただけ。方向性が変わって余計悪くなった。

「そんなんじゃない、仕事だ」
「仕事で殺しに来たのか、相手ぐらいならいくらでもしてやるけど」

 お断りに決まっている。

「冗談じゃない、あんたと殺しあって生きている奴がいるわけ無いだろう」
「そうかい、じゃあね。俺は今、キングの喪に服しているから他の奴と係わり合いになりたくない、と言うか今日が死亡から一年経ったんだから墓参り的なものをして自分の人間性を上げているんだ」
「いや用事はあるから簡単に帰るな。じゃなかったらこんな所に来るわけも無いだろう」

 一度首をかしげた新開それもそうかとでも思ったのだろう。一度頷き、春義を蹴り飛ばした。
 当然のことながら、理解できるわけが無い。しかしながら一年前とは大分行動が変わって愉快になっているものだ。

「あぁ、貴様。俺の愛しのキングの墓前をこんなところだと、次は衛星高度に打ち上げるぞ」

 分からない、行動が予測不可能すぎて春義は呆然とするだけだ。
 彼にとっては四年前の彼の行動と、完全に違いすぎる。どちらかと言えば嫌味ったらしく、傷口に塩を塗りつけるタイプの性格が、どこでどう間違ったのか焼き鏝で傷口を塞ぐような男になっていた。見掛けにしてもそうだ、片方の腕が明らかに義手に代わっていた、といっても戦闘用といった代物ではない。日常生活のためにしぶしぶつけているような代物だ。

 しかしながら性格の方は最悪である。

「折角一年の報告をしていたんだ。死んでる奴らに生きていて羨ましいだろうという為だけに、俺もあんまり邪魔して欲しくない」
「いや俺はそう言うことじゃなくてある人間からの手紙を持ってきた。今はこれが仕事でね」
「そうかい、いいじゃないか。仕事はいいぞ、人間を勤勉にさせる。じゃあ貰うかね、ところであて先は誰だ、ついで出し返答の手紙を頼むからな教えちゃってくれ」

 何気なく彼は、手紙の送り主を聞いていた。二人の間で受け取られる手紙には、その名前が刻まれていて、それこの新開においては鬼門であったというだけだ。

「剣王だよ、お前との戦争の唯一の生き残りさ」
「へぇー、そういえばそろそろか。ご苦労、ご苦労、本当は殺してやりたいけど殺さないさ、きにすんな」

 手紙を見ながらようやく感情の色彩を映し出す。それは泥沼だ、黒真珠から泥沼のようによどんだ色に変わる。
 だと言うのに、彼の顔は楽しそうだった。へっへっへっへと、どこぞの個悪党のような笑い方をしながら、手紙を見ていた。

 表情は変わらないのに空気だけが、やけに重く感じる。今一歩でも動いていれば殺されてしまうような気さえ彼はしている。一度呼吸を整えるように、おおきく息を吸う、彼のその態度に新開は、目を丸くした。

「失敗したか、いやまだあの言葉を達成できないか。悪いな、誰も今は殺したりしないさ」
「今は、とはまたふざけた物言いだなあんた。いつかはころすんだろう」
「当然の話だそれは、春義だったな、目的がある以上邪魔をするものは排除すればいいだけだろう。敵味方共に、だが感謝するこの手紙を届けてくれて、職務を全うするのはいいことだ」

 彼もまたその一人である、色を元に戻せばいつもの彼の態度だ。そして彼は元の小屋に入っていた。少し待ってくれて彼に言付けると、五分後にまた出てきた。
 初めて書く手紙にしてはやけに達筆で、何気ない彼の教養を無駄に教えている。

 剣王の住所は、新開の書いた場所では少し驚きであったが、彼が確信を持って書いた住所はやはり岡山しかしながそこは戦争の中心だった場所。統一座標で書かれた、住所が指し示していたのはそんな場所だ。ここから五キロほどしか離れていない、正直自分で言えばいいとも思うがそれはしないのだろう。

「料金は二百、時間に間に合えばいいだけだ。いなかったら破って捨ててろ、金はくれてやる」

 文句を言うつもりも無いだろう、二百と言う大金をそのまま渡されて、その成否に関わらずもらえると言う。元々仕事があれば簡単に受けてしまう春義は、簡単に飛びついた。それ以上に新開に余り係わり合いになりたくなかったのだろう、さっさと済ませて縁を切りたかった。

 手紙と金を受け取るとすぐさま、通路を形成して走り出す。確信したから、ここに長居をすれば新開と言う人間に飲み干されるから。どう間違えば人間はああなるのかと、疑問は否めないが、あれがどう変わっても気にしてはならないと頭に刻み付ける。
 でなければ心に刻み付けられて網を賭けられたように、新開から絡めとられる。呼吸を荒くして吐き散らかす、疾走している間に呼吸を整え新開を削除しようするが、所詮無駄な抵抗だと彼も理解していた。それこそが彼に始末に終えないところだろう。

 そう思いながらも彼は、王国の滅んだ戦争の中心地に降り立った。正直、彼は半信半疑ではあった何しろここに剣王が来るなんてことがあるのかと、今は彼は新たな組織を作り上げている真っ最中のはずだ。幾つが零れ落ちた力場兵器を持ち、王国ほどではないにしても有能な人間ばかりを積み上げているという情報を彼は掴んでいる。

 まぁい無いだろうと思いつつも、実は仕事熱心な彼はきちんとその場所に向かった。
 どうせこれは自分の金にするつもりだし観光がてらと言うのもあるのだろう。それは自分がいた組織が完膚なきまでに滅ぼされた戦争だ、気にならないわけが無いその花のような破壊を見るために彼は足を向けたのだろう。
 
 だがそこには当然のように剣王がいた。冗談だろうと思うが、新開と剣王の間に何かしらの因縁があるのだろう、二人はどちらとも予想通りの場所にいた。しかし名が少しばかり剣王の武器は変わっていた、外圧縮力場は新開の出雲の攻撃のときに破壊されているから当然の事であるが、だが呼吸が裏返ったのは多分事実だろうその武器はこの世界において何より禁忌とされる武器であったのだから。

 対抗力場兵器 烏

 それは勇者と魔王の戦いの際に、消えたはずの武器であった。だがその形状と力場の支配率からいってもそれは間違い無く、烏そのものであり、剣王もまた勇者と同じく狂わんばかりに開かれた、目の色からすでに一年前とは違う、悲哀があり、地獄があった。その全てを受け入れ彼もまた、何か別のものに変質してしまっていた。

 こちらにも声をかけるのがいやになる。二百じゃ足りない、気がする程に近くに寄りたくなかった。それは彼にとっても恐怖だ、烏に対して怯えない人間は勇者ぐらいである。今そこの剣王が加わる、だがそんなことは問題ではない、彼にとってそれは全てをなぎ払う象徴であり恐怖の具現、何しろそれは魔王の象徴なのだ。
 この時代でもなお魔王の残した傷跡は酷い。

「誰だ、仲間の墓参りに来ているというのに邪魔は勘弁して欲しいかぎりだ」

 だが容易く彼は気付かれる。
 あわてて動くが、それは殺されないために必死の行動である。今日一日で本当であれば狩る側の人間の彼が、狩られる側に完全に移動しているが、相手が悪すぎるだけだ。剣王は彼の姿を見て驚いた。

「北海道戦線前線指揮官か、久しぶりだ。我等の敗北以来の事だ、だが今はそれなりの生活をしているようで真に重畳」
「確かに王国よりはいい給料貰ってますがね。貴方こそどうなんです、また動くんでしょう」
「当然、我はそれ以外に手段を持ち合わせておらんからな」

 その言葉を聞いて彼は嬉しくなる。それは彼の夢でもある、未だに忘れていないから勇者を裏切り、戦争を延々と繰り広げていたのだ。
 彼にとっての目的はやはりそれに落ち着く、戦上がりの凶暴のな笑みは、それだけで気分の高揚を沸きたてる。

「その時には俺に声をかけて下さいよ。また血路を開かせてもらいますよ」
「ああ、嫌がってもそのときは頼む。車輪王にも伝えておいてくれ、だが当分は地盤を固めなくては上が消えただけで、滅びるような組織はもういらない」
「ですがそれ程の率いる力がある人間以外が動けば、それは破綻するのは目に見えている」

 かるく彼は頷いた。剣王はそれ自体は理解している、だがあの王はたかが数ヶ月で後継者を作り上げた。
 あの狂おしいまでの化け物ではない、けれどあれは人間ではあるのだ。人間に出来て自分に出来ない事は無い、そう思わなくては動けない。彼は一年前あの王を殺して以来、変貌し続けてしまった。
 彼の心に刻まれた狼は、どこまでも比類なき完全なものだった。そして何より彼が超えなくてはいけない敵は狼だ、あの狼の化身だ。

「それを積み上げなくてはならない。あの戦争は魔王戦争さえ超越したのだ、あれこそが我等の全てを決めたあと二年か三年、世界はまた根底から覆るだろう。その時に、お前が今の気持ちを欠かしていないのならな」

 力場使いを殺し奉った戦争は魔王よりもたちが悪かったと、それは被害だからじゃないだろう。
 あの戦争には誰もが見たことが無い何かがあっただけだ。どうやら勇者にしろ剣王にしろ、戦争で生き残った彼らは何かを見たのだろう、そんな事春義が理解できるわけも無い。

 ただこの視界に広がる荒野と、死体達だけがその戦争の苛烈さと、そしてその場所で起きた事実を知っているのだろう。
 もっとも自分自体は経験したくは無い。そんな事ごめん被るといった感じの彼は、剣王が決起する事だけは間違いないことを理解していればよかっただけだろう。それだけで彼にとっては十二分、すぐに意識を変えると彼に手紙を差し出した。

「貴方にその覚悟があるなら俺にはそれで十分。そしてなにより勇者からの手紙です」
「狼の遺児か、あいつが手紙なんて殊勝な事をするのか」

 だが見てみれば綺麗な字で書かれていた手紙だ、きちんと手紙の手法にのっとって書かれてある。驚きの声を漏らすが、手紙の内容を見ていればその表情も激変する。手紙を見て破り捨てようとは思わない、ただどこに向けたらいいか、いやその内容は余りにも剣王にとっては異常すぎたのだろう。
 そっと手紙を胸にしまう、それと同時に烏が起動した。その機動音は一度耳にすればもう忘れられない、一瞬で体に震えが走り彼は怯えて逃げ出そうとした。魔王戦争において戦った人間全てがこの男に未来永劫囚われ続ける。そう言う武器だ、それ程の怨念が詰まった武器だ。

「怯えるなこの程度の武器で、どうやら準備は整ったのだな新開。後一年程度待て、貴様との決着ぐらい幾らでもつけてやる」

 その言葉をさえぎる事もせずに、光の柱が突き立てられる。それこそが戦争の始まりを告げる音色、世界に楔を打ちつける最後の獣どもの咆哮となる。その始まりとなる天門の完全機動、そこにはある人間が封じられている。その人間を解放することこそが、剣王に勝利であり始まり、そして継承につながるのだ。

 開閉闘争の始まりを告げる最後の音。よりにもよって紙舞春義は、その場面に刻まれる事になる、さらにこれから半年後に車輪王を殺し新開の片腕となる男はここで見てしまったのだ。
 二人の動乱を、二人の戦争を、どれだけ規模が広がろうと変わらない個人同士の潰し合いを、百の万華鏡よりも終りの無いそれを、いつの間にか真向かいにてにらみ合う二人。はなから手紙なんてものは彼らにとっては意味の無い代物だ。

「冗談、今からでも始めるぞ。与えられた時間は同じだけ与えたぞ」
「断る、宣戦布告はまだしていない」
「どこがだ、あれは天門だろう。世界を開く、最後の封印、世界に破壊と想像を同時に組み込む人間が組み込まれた。詐欺師最高傑作の棺、俺があの中に何が入ってるかしらないとでも思っているのか、十二分に宣戦布告に値する」

 あの天門に眠る世界最強の天才、人類史上最強の力場使い、人類最悪の理性使い、それこそが厄祭であり、空間試験であり、世界最強である、その全盛において世界を滅ぼすために厄祭に屈服した初めての二人であり、祭厄と詐欺師によって封じられた、転換期を生み出せし最後の始まり。最もそれは本来空間試験の棺であった。だが最終戦争において厄祭は封じられ、最後の最強は死体のまま放り込まれているわけだが。

「そう、それしかなかった。bPが、今の時代を認めるわけが無い。最強の頭脳は死んでも役に立つ、そして厄祭は貴様に対抗するにはどうしても不可欠だ」
「つまり貴様の継承はよりにもよって世界を滅ぼした男か。今まで信仰を裏切るつもりか、厄祭は世界における核兵器だぞ」
「理解している、そんなことは理解している。だが、どれだけ策を練ろうと貴様はその全てを屈服させるのであろう。ならば我以外の手段が必要だ、技術使いの最強、力場使いの最強、人間使いの最悪を用意する以外にその手段があるはずがなかろうが!!」

 貴様はすでに狼を引き受けたのだ、群れを引き連れた最強の狼を、彼の言葉にはその全てがこめられていた。ただ厄祭を復活させようとしている男にしか見えないが、それ以外の手段が無いことぐらい彼は当に気付いていた。だがそれを放つというのは世界を敵にして遊ぶ人間を生み出すこと、だがそれでも彼は確信を持っていえることがあったのだ。

 厄祭と新開は絶対に敵対すると、異端者と異端者、所詮は個人だ。狼のように群れる事すらないその個人なのだ、だからこそいやがおうにも二人は敵対する。目的の違いゆえに。

 春義はその状況に一人取り残される。この二人の言う天門が、彼らの言うものだというのなら、それは世界に許されるべきものではない。全人類で遊ぶ男 厄祭 、会えば狂うとまでいわれたその人格構造の破綻ぶりに、転換期以前の戦争で捉えられた最強の力場使いbP、そして殺された世界最強の頭脳、死んでも生かす技術ぐらいまだこの世界には残っている。
 つまり、それは、転換期ではない人類の存在自体が潰されるのと大した差は無い。

「剣王、なぜそんな手段を使う!!」

 叫ばずにいられようか、剣王の手段は彼の理想とは程遠い。だが剣王は彼をにらみつけた、そんなことは分かっていると、充血するほどに新開をにらみつけながら。悔しさの余り涙を溢し、それ程の我慢をしてもなお剣王の内には、消せない咆哮があった。

「黙れ!! 貴様は烏如きでそこにいる化け物を殺せると思っているのか。あの戦争で現れた狼の所為で、目的を持った新開に、いやあの偽言に敵うと本気で思っているのか。無理だ、この一年どれほどあいつと戦って負けたと思う、あれはすでに勇者じゃない、王だ。あの悪夢を引き連れた王の後継者だ、誰よりもそれを見た我が言っている、我等は失敗したのだあの新開を裏切った瞬間から、継承を忘れた瞬間から!!」

 生み出してしまったと、自分がよりにもよって生み出したのだと彼は叫ぶ。
 その瞬間完全に烏は起動した、辺りをなぎ払い春義ごと吹き飛ばす。それを満足そうに確認した新開は、至極満悦な笑みを浮かべながら、一度手を叩く。
 
「では始めるか、世界で遊ぼう、人で遊ぼう、この世界はいつでも美しい」
「ふざけるな、笑ってやろう、遊んでやろう、だが貴様を生み出した我の全てをかけて貴様に勝利してみせる」
「ご自由に掛かって来い、尻尾を振るのは犬の性だ。存分に撫で回してやる、俺もまだ尾を丸めて逃げ出すがな」

 それは、全ての始まりになる最後の闘争。あまりに激しく、余りに短い、そんな最後の始まり。
 開閉戦争が始まる一年前の物語である。

***

 最後の蛇足としよう。春義は力場によって、吹き飛ばされそのまま放置されていた。
 いてつく冷たさが彼の意識を取り戻させのだろう。完全に体は冷えきっていて、体中が痛みに悲鳴を上げさせた。

「起きたか、紙舞。約束のときだ、力を貸してもらおうか」

 差し出された手、手段を選ばないくせに剣王は未だに気持ちをたがえてなどいなかった。それはかつての魔王戦争を思い出させる、剣剣を倒したときの彼の顔、必死に戦い続ける剣王の姿に他ならない。
 忘れてはならない、剣王とて王だ。その類まれなる魅力に、彼は信じてしまう、彼の意志は代わっていないと、それをひたすらに彼は信じてしまう。

 その揺ぎ無い意思の元に、人が集まってゆく。天門の完全機動である一年後に向け、またこの世界は動き出す。

「まだ第一段階だ、門を開くための条件はまだ後三つある。兵を集めろ、時代を戻すぞ」
「了解している」

 激痛など気になどしない、挿し伸ばされた手を強く握り。彼の体は引き上げられる、この時紙舞春義は、剣王を裏切る事になるなどと思ってもいなかっただろう。ただ盲目的に剣王を信仰する、その思いをその揺ぎ無い意思を、自分達の手でかなえようと立ち上がる。
 それこそが継承を持たないといわれた意味、他人に選択肢を渡してしまった彼の失策。この後半年、彼は再度新開と出会う、そして剣王を裏切る事になる、それもまた始まりの最後に成るのだろう。

 そして、それこそが勇者の腹心中の腹心となる紙吹雪春義の始まりにもなるのだ。

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