最後のお仕舞い
 




 それはきっと幸せだった彼の最後。

 いつものように暴れまわって、迷惑をかけていた。それまで気付かなかったけど、自分の体はもう駄目らしい。
 まぁそれは仕方ない。過ぎた能力だった、それにこれがあったから今まで生き延びる事ができてこんなことが出来た。

 むしろ感謝しなくちゃいけないのだこの力には……

***

「大丈夫おにいちゃん」
「いや無理、多分死ぬから俺」

 いつも世話になっている宿の子供だ。彼はもう死ぬと言う事を女将には告げていた、彼女は多少さびしそうな顔をしたが、逞しい腕を振り上げ彼の頭を小突くと、わかったといって最後の準備をしていた。
 新開のその言葉を聞いて、うえーと変な顔をしている。

「冗談?」
「これは本当、今まで生き急いだんだろう。いろいろあったからな」
「冗談だよね、お兄ちゃん嘘つきだもん」

 なかなか彼が死ぬ事を認めてくれない。それは今までこの少女を騙し続けてきた彼の責任だ。
 困ったような顔を見せる彼だが、それは半分彼女の我侭だった。

「今死んだら、私との結婚の約束はどうするの」
「じゃあ破棄で」
「だめ、だめー!!」

 と言っても自分が死ぬのは確実な事実だ。もう口以外彼はまともに動かす事もできない。
 自分が殺してきた人間達は、こういう地獄を受けることもなく死んでたことを思うとそれほど苦しい事でもないのだろう。苦笑するだけだ。

「本当に死んじゃうの」
「多分な、あと三時間もしないうちに御臨終だと思う。これはまぁ仕方ない事だな、俺も殺した、それなのに自分が死なないなんてそんな選択肢は俺は持ち合わせちゃいない」
「私が困る」

 ご立腹の様子で新開の体をぽかぽかと殴る。もうすでに体の痛覚自体消滅したのだろう、彼の体は何にも感じない。

「そりゃ悪かったな、まぁ冗談だったし仕方ない話だ。何しろ俺は嘘つきだからな」
「ずるいよ、また何か面白い事するっていってたし。昨日まで元気だったし」
「当たり前だ、俺も今日の日までいきなり死ぬとは思っていなかったが、若い頃から無茶をしている早死にするんもんだ。けど後悔した人生は送ってない満足だ、良いだろう俺はどの人間より満足して死ぬつもりだ」

 少女は口を膨らませて「私が満足して無い」と呟いた。
 いつの間にか、涙を溜めていた少女を見るが、仕方ない仕方ないと何度も彼は繰り返していた。

「しかしようやく次だ、地獄の獄卒どもと大暴れできる。いやあの王ならとっくに地獄の王にでもなっているか、その時は俺がその地位を奪ってやるのも面白い」
「うー、うーうー」
「無視して悪かったな、死んでも面白そうだったんでな。けどまだこちらでしたい事もあったんだがな、そうだお前に俺の座右の銘をやろう、結婚の約束をしてたが考えてみれば俺はもうとっくに王と結婚してたんでな不倫は許されないんだよ」

 その彼の言葉にあからさまにショックを受けた少女。

「禁断の恋」
「無理だ無理、お前は王よりもいい女じゃない。それに俺は追う女よりも追いかける様ないい女の方が好みだしな」

 幼い癖にやけにませた発現は、ひらめいた瞬間から新開に打ち落とされる。

「ともかく聞け、誰にもやるつもりのなかったものをやるんだ喜べ」
「うん、分かった」

 少女の言葉を聞いて彼は満足そうに頷いた。彼にとってはこれが世界に残せる最後のかけらだ。

「一笑懸命、一つ笑って命を賭けるいい言葉だろう。これは俺の生涯の銘だ、忘れてもいいが覚えておいてくれると嬉しいそんな代物だ」
「いっしょーけんめい、うん覚えておくから結婚」
「しないから気にするな。どうせも埋めも見えなくなってきたところだ、いや死ぬと言うのは意外と怖いな」

 間抜けな語りだった。
 もしかしたら騙りだったのかもしれないが、見えなくなった彼の目にはかつての記憶が走馬燈のように走り抜ける。いやと言うより走馬燈だった。

「羨ましいだろう、羨ましいだろう、死んだみんなに土産話が出来た。おい、今度お前がもし地獄に来るような女になったら俺のところに来い、その時は死んでざまあみろと思うような人生を過ごして来いよ。じゃなけりゃ視界にも入れてやるものか、それを俺は楽しみにして死んでやる」
「私みたいなかわいいー女の子は天国に行くの」
「なら天国から地獄に殴り込みをかけて来い、逆でもいいがそんな女はいい女とは言わないんだよ」

 また彼の体を殴りつける。だがもう何も見えない彼は、最後を見続けるしかない。

「ははははははは、勇者になったり王になったり人間になったりと大騒ぎの人生だった。全くに楽しい、最後に死んでも楽しみがいくつもできた、これで満足と言わなかったら申し訳ない」

 もう意識が飛び始めていた。けど口に残す声に残す。
 それでも限界もう駄目だ。

「でもさ、欲を言うならまだに死にたくなかったけど仕方ないか」

 それで終りで終了だ。

 その言葉が結局最後の彼の言葉だ。そのまま彼の命の全ては零れ落ちたのだ。何処までも満足だといえる、けど彼はまだ死にたいとは思いたくなかった。折角世界は面白くなったばかりだったのだ、まだ人に迷惑をかけて生きていきたかった。
 そんな彼の気持ちを残した最後の言葉、その全てを聞き届けた少女は彼の言葉がなくなり。一度首をかしげ彼の体をゆする。

「おにーちゃん」

 最後に彼女の声が零れて消えた。

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