外伝 勇者と串刺し
 


 


 くれてやるよその武器を、お前に完全に使いこなせるとは思えないが、その顔は気に入った。
 それは川蝉って言うんだが、お前の殺し方にぴったりだろう。人を殺す、復讐したいんだろうこの世界に、だからその武器をお前にくれてやる。世界を滅ぼすほどの意思ってのを見せてくれ、期待はしていないが、楽しみにはしている。
 そういえば俺の名前を教えていなかったな、俺の名前は勇者新開。このたびお前らの仲間に成る事になった、力場使いだ。

 五章 荒涼とした世界に浮ぶ串刺しの風景

 地獄が始まっていた頃一つの風景にもう一人の地獄があった。
 それは聞きたくも無い激しい音、力場干渉のときに流れる独特の音だ。電気とも炎とも取れる衝突音、罅割れた空気に呼吸が悲鳴を上げる。侵食力場に対抗する唯一の力場兵器、全能力場 燕 だからこそ出来る反則に近い行動だ。

 空間を断層させる、力場の衝突。最高位の力場使いだからこそ起こせる現象だ。

「魔王なんで俺に構うかな、折角お前の邪魔をしないと言っているのに殺そうとは無茶苦茶だろう」
「君はあの男の後継といってもいいような毒だ、殺しておいて損は無い」
「大体烏がツバメに敵うと思っているのか、残念だが頭脳使いとしての格は負けるが、力場使いとしての力量なら俺のほうが上だぞ」

 飛翔力場と呼ばれる身体保護による移動力場である。音速に近い速度で移動する二人の行動に、地面は土煙を上げて地面を抉り始める、だがそれはあくまで魔王のほうだけだ。外圧縮力場による彼の移動に関わる障害を全て力場が圧縮し、二人がぶつかり合う瞬間に彼は、魔王に向けて打ち放つ。
 零距離による砲撃力場を放ち衝撃を拡散し、さらに圧縮力場による障壁を作り上げ、壁を作り上げた。

 虫の羽音のような音が彼らに響き、一度の攻防は終わる。

「な、止めろよ。究極だがあんたは最強じゃないし異端じゃない、完成された頭脳使いだが、所詮それどまりあの二人が本気を出せば勝てない存在に過ぎない。同格であるが、互角じゃない」
「知っている、知っている」
「まぁやめとけ、俺もあんたよりだ。この時代に生まれた俺が、この時代の常識以外で生きていけるとでも思ってるのか? 無理だね、戻ったとしても俺がそれを徹底的に止める、魔王それは確実だぞ」

 挨拶交じりに貫通力場の銃弾を放つ。
 圧縮力場に干渉しながらいつの間にか威力を失う。辺りに一瞬帯電現象が起こるが、すぐに拡散する。

「さすがと言うべきかあの兄さんと、リーダーの子供らしい。だが感じるのはよりもよって偽言だ、前時代唯一燕を使いこなした最悪の男、厄祭の男の」
「そりゃそうだ、確かに俺の血は峰ヶ島だが陽子の方じゃないからな。誰もが勘違いをする、あのもう一人の大厄祭の女、唯一あの男と互角にやりあえた最悪、俺はあの系譜の人間だぞ」

 その瞬間、空気が絶滅した。

「え? あっちのほうなの、あれの唯一の相棒、兄さんとくっついてたんだ」
「マジか、ろくでもない母親だったがまさか厄祭とつるんでいたのか? それはまた正気じゃないな」

 トリガーを何度も何度も弾く、激しい駆動音が響き渡る。排熱の蒸気が激しく放たれ、力場設定をFSからBTに変化させる。フェイズ ファシカル から マスカレイド に移行、設定を変えた力場は、彼の周りを渦のように保護を開始する。
 今までの駆動音とは違う、獣の呻き声の様な異音を放ち始めた。サポートAI渋鮫から、仮面を剥し真名を開放する。嘗ての厄祭が乗りこなした機体のメインAIフェアリーテイルが開放される。

「まだやるか、俺は力場戦闘であんたをただで済ます事は無いぞ。生んだ事の責任を、果たさずにかい」
「分かったよ、BT設定まで使えるか止めとくさ。流石だよ、あれをそこまで操れるなら、まぁ負けるつもりはないけど冗談じゃない」
「邪魔しないから、勝手に殺してくれ。それと依頼があるようなら極限の敗北王をよろしくお願いします、優先的に受けてやるよ」

 銃を振りながらそのまま彼の横を通り過ぎる。
 冗談交じりに、二人してBT設定の力場を開放し地面を崩壊させる。浸食の力場と、彼の力場が鬩ぎ合い朝焼けに黒の帳を一瞬落とす、その光景はまるで太陽を喰らう触手のようだった。
 四散した、力場がまるで雨のように降り注ぐ。何人もの死体をそれが連ねた、幾つ物串刺しの死体が溢れる。

「鬼め」
「失礼な俺は屑だ」

 所詮、どんぐりの背比べ。起動させた力場を使い彼は宙を駆ける、空気を切る音と共に彼は空に身を躍らせ姿を消した。

***

 彼は見た、ひとつの最強を。
 一瞬で平和だった都市を、敵味方問わずの殺戮風景。野戦場でもこれよりましだ。
 それを見て彼は思うのだ、自分にもこれほどの力があればと、たった今皆殺しにした彼女の敵たち、そして達磨のように死んだ彼女。いくら涙を流しても足りないしこれ以上涙を流すことを許すものはいない。

 ありはしない、彼にはもう何もなくなった。

 ただ湧き上がるのはふつふつとした怒りだけだ。
 憎いのだ世界が、憎いのだ世界が、こんな理不尽な世界が彼は憎くてならない。空白の心に埋め込まれるのは、やはりそれは憎悪。

 世界に上位に位置する最強をみる、そして彼が憎む世界の体現者魔王が居る。

 勝てない、どれだけ憎んでも圧倒的力量差が彼を潰す。どれだけ憎んで、どれだけ憎悪を膨らませても、勝てないあれには勝てないことを彼らは理解する。
 たかが三人の男を殺すだけで、手を震わして怯える男の姿が、頭に残った良心が心をズタズタにして、怯えるように体を抱きしめる。どこまで言っても所詮は、旧世代信奉者過ぎない、血に塗りたくられた服装をそのままに震える男はただ、美樹を殺したときの感情を思い出して動けなくなる。

 どれだけ憎しみに歪もうと彼は変わらない。

 彼に力は無い、それが彼の恐怖の楔を打ち込む。彼は強い人間に怯えるのだ、彼にとって力とはすでに神だ。
 それを持つことが正義である、あの出来事が彼に与えた転換は酷い。

「杭が……」

 それは彼にとっての力の象徴だった。そしてすべての死の具現、串刺しとは彼にとって新開をさす最強の言葉だ。
 魔王に対抗できる勇者の象徴、これより魔王は広島、鳥取、山口、出雲に侵攻を開始する。そして三年の間の魔王暗黒期へとはいって行くわけだ。その最高勢力である建国の勢力に入ることになる。
 
 串刺し公、領空侵犯、即興曲、切断の勇者、三王に続く力場使い。筆頭騎士の一人。

 だがまだ彼は、弱い、ただひたすらに弱い。
 なっとくなんてしたくないほどに弱すぎる。

 力が、心が、だが一つだけかれは変わらなかったことがある。涙を流し、心を壊しても、折れそうな足だけは折ることがなかった。無価値であるその体に勇者が望む価値が宿るそのとき、彼と彼は出会う。

「杭がほしい、誰にも、誰にも奪われない杭が」

 力がほしい、彼にとってそれは、あらゆる命を奪う杭という名の力だ。
 
 彼は歩きだす、二人で生きていた時、二人でいた時、そんなものはもうない。彼らはここで奪われた全てを、ここなら幸せにそう思った場所で、すべてを強奪され破壊され凌辱されつくした。
 でも彼は力がほしいと嘆きながら歩き始めた、魔王を殺し勇者を裏切るその時までただひたすらに……

***

 さて一つの種明かしを語ろう。それはある人間が信じたくも無い事実の話だ。

「でだ、僕は思うわけだ。あいつには屑の素質があると」
「それで依頼をほっぽり出して化け物を一人産むってか」
「あぁ、俺が殺してもいいが、恨まれるよりは仲間にほしい。それにはあれが邪魔すぎる、ってあれなんだったけか? まぁいいよくやってくれたよ神父、あいつは俺のお気に入りだ」

 彼はどうにか思いだそうとするが、美樹の存在さえ頭に入っていない。なにか居た程度の記憶だ。
 神父と二人、卑屈に笑う彼の姿は異常にしか映らない。その二人はうれしそうに、一人の獣を生み出したことを喜ぶ。

「魔王は勝手に動くが有り難かった今回ばかりは、住みやすい世界ができる」
「そしてそこにいる住人にふさわしい人間も」
「あいつは俺を呼ぶことになる。魔王の力に対抗できるのは俺だけだという自負があるからな、あいつを殺すその時に俺は呼ばれる」
「そしてその時にいる仲間すべてが、よりにも寄って魔王の世界にふさわしい人間ばかりか。それまでお前の持っている鳥たちは籠に入れらるわけか」

 飛ぶ鳥を閉じ込めるのは、飛び方を忘れさせるためではない。ただひたすらに空への欲求を増幅させるためだ。
 誰ほどの地獄が起きようとそれは彼らにとっては当然のこと。勇者の真の仲間である神父は、彼の命令で動くもう一人の仲間のことを考えて牙を見せた。

「それで魔王のほうだが、当然あの変態はきっちりと手をまわしてるわけだよな」
「当然だ、俺達がこの時代で生き残る為にどんなことでもしてやる。俺の言葉なの中で唯一嘘ではないところだぞ信用しろ」
「それが嘘かも知れないだろう新開」
「そんなことはどうでもいいさ、とりあえず乾杯しよう。どこまで来るかわからないが、とりあえず化け物の完成を祈って」

 結局串刺し公は知らないままで終わる。
 最後の最後まで彼は知らない、もし知ってしまったら彼は絶望で死に耐えるだろ。

 結局誰ひとり変わらないのだ、裏切られることも裏切ることも、ましてや利用することもされることも、すべて変わりはしない。結局利用されない人間も、しない人間も、この世にはいないのだ。

 鈴の音色のような音が響く、それは祝福なのか、それとも侮辱なのか、だがどちらにしろその音が静かであればある程、綺麗であるほどに、この上なく醜悪に感じるのだろう。

***

 時代は変わりそこは岡山の滅びた一角。
 かつて彼が殺した恋人の墓がある。

「もう少しですべてが終わるんだ。君はいなくなったけど僕はきっとあの時代を戻してみせる」

 約束の花束を添える。

「そのためなら僕は手段を選ばないよ。最後の約束だからね、一緒に背負ってもらうよ、それが僕に残された最後のつながりだから」

 だがそこに返答はない。
 ただ泣きそうな彼の顔があるだけだ、思い出すのは無力だった自分、哀れな程の無力だった自分だけだ 。

「ここまで来てまだ僕は、自分のことばっかりだ。わらっちゃうよまったく」

 仄かな血の香り、彼は恥ずかしそうに笑いかける。
 周りを見渡せば彼が変り果てて、勇者が望んだ姿がそこにある、全面の荒野にわたる鉄の杭の墓標。まだかろうじて生きている者たちの葬送曲が響き渡る、彼の目にした力の象徴が目の前にある。
 それが全て、きっとこの姿を見れば彼女は泣くだろうと思いながらも、これをやめない。自分たちが屑になってその悪辣さを見せなくてはいけない、それが串刺しにして杭打ちの風景の顛末。彼がその名前を刻む理由。

 英雄だった王、その国を守るために外道をなした王の軌跡。きっと殺されることになると分かりながら、彼が自分を負に置く理由。

 誰一人としてこれを許してはいけないと教えるために、誰一人こんな事をしてはならないと刻みつけるために、どうしても必要な悪があった。でなければこんな外道誰がしたいか。これが王国の政策、魔王に汚染された常識を破壊するためのただひとつの方法であると信じた、地獄だ。

 恐怖にして力の象徴、その串刺しの杭が、永劫の悪として語り継がれるだろうその時まで、彼は狂気を気取り悪魔を謳う。

「きっと戻してみせる、あの勇者が何をしようと、あんな地獄を作り続けるわけにはいかないんだ」

 そこは水島の一角、ただ魔王が始まった最初の地。

「できるのか、お前如きで」

 そしてそこは彼と彼が初めて出会った場所だ。見捨てたと者と見捨てられた者だ、あの時と比べてずいぶんと大きくなり声も低くなった。あの頃より覇気というものが感じられないがその混沌の瞳は、変わらない。

「で、さっき別れてから二時間しか経ってないですよ」
「いやなに、依頼がありまして。その依頼を告げようと思うわけだ」

 気持ち悪い敬語が響く。

「ならさっさといってください。ここはあなたが着ていい場所じゃない」
「なぁに簡単だ、これからわが企業は経済都市アイユーブに対して宣戦布告する。これ名刺ね、あと書類、一応仕事ってことで出雲には行動させないように、これはお前らの定めた法律だからな」
「わかったよ、けどここでは戦いはしたくないんだ。見捨てた君はどうでもいいだろうけどここでは戦わない」
「おれもそのつもりだから気にしなくていい、喜べ、俺は王国の中でお前を一番評価している。その心根こころね間違いなくドイツよりも上だおまえは、絶望を糧に歩ける類の人間だ。ほかのやつらは恐怖に逃げる人間だ、鼠が猫をかむが如き様だ。お前と三王の差はただ一つだけ経験だ、あと五度ほど生かしてやるその間に次の段階にこい」

 驚きに目を見開く、

「冗談だろう、私が三人と一緒だというつもりですか。しゃれにもならない……、いやあなたのその顔でうそをつくことはまずあり得ないか。あの段階には最低でも行けるってことを教えて何の意味があるんだか?」
「気にするな、所詮はサポートAIごときが死滅したところで御伽噺は終わらないだけの話だ。面白い話をしてやる、力場兵器は壊れた如きで消えたりはしないんだよ。まさに虚言フォックステイル、仮想は所詮仮想のままだ。だがおれの手元に聖剣はない、だが魔王の一鎚ならあるかもしれない。
 さて問う、魔王を殺せなかったお前らが、勇者と正面からやりあうことになって勝てる確証はあるか?」

 首をかしげ彼を笑う。
 どれが正しい言葉かもわからないほどに、あわてるそぶりを見せる浩二に彼はとびっきりの笑みを作りこう言った。

「わかっただろう勇者、魔王はここにいるぞ」

 そして大抵の場合、勇者というのは敵対した者に対して有効な切り札のことをいう。
 なんてことはない勇者という言葉は、人間が都合よく作り出した虐殺兵器の名前だ。

「え?」
「くれてやる、それがお前の新しい名前だ」

 そして彼は勇者に殺される立場を受け入れた。

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