五章 時代保守主義者
 

 
 



 出雲宮に一つの通信が入った。
 旧岡山の経済特区から、勇者が岡山に入ってきたという。情報では富嶽にいたはずだが、どうやら彼は故郷に戻ってきたらしいと、

「勇者ですねぇ、借金取りから逃げるとかそう言った類でしょうが。詐欺師の直系が何をしでかすかと思うとぞっとしない」

 直通回線で入ってきた情報、定期的にかかってくる勇者の情報だ。
 個々人念近くは富嶽で落ち着いていた、ファーストラインで大暴れした後故郷に帰還。島根とはもう目と鼻の先になっている。

「どうしますか、勇者殿に殺害命令を下すとかそういったことをする予定は」

 報告した従者は、魔術王の発言を聞きながら直接の上司である剣王に指示を仰ぐ。今まで彼に勇者の命令で与えられたものは傍観だけだ。

「あるわけないな。お前はいちいち冬眠中の熊を起こすつもりなのか。今までの情報を聞くだけなら確かにあいつは、殺せないこともないだろうが、あの魔王を殺してるのだ」

 三年という時間を経て、日本だった国は統一がなされてきた。その時間の流れで魔王の恐怖は薄れていたが、当時魔王と戦ったものは、いまだにその恐怖を忘れられない。
 当時魔王が君臨した土地に彼らはいるが、過去世界経済の中心であった島根。
 世界で最も発展していた都市を牛耳った王の力を、三王と呼ばれら彼らは、知っている。

 当時勇者と呼ばれた勢力の中心だった彼らと魔王は、直接対決し何度も負けていたのだ。

「あいつほど、力場を知っているものはこの世にはもう存在しないのだ。三年前殺せなかった時点で、殺せる機会など失っている。それこそあいつの、タイプエッジが壊れるでもしなければな」
「そうですね、あいつを殺す機会はもうそれぐらいしかない。監視は緩める事無きよう、獅子心王にも警戒を怠るなといって置いてください」

 了解の声が聞こえ、三王の元を離れる。扉の音が閉まる音が聞こえた後、三人はため息をはいた。

「冗談じゃないぞ!! 魔術王、剣王、あいつが何でアイユーブにいるんだよ。あいつには解体で出雲には近づくなと、言明しているんだぞ」
「そうでしょうね。だが、あの人がここに来るつもりではなく、ただ故郷に帰るという思考ではそれには入らないです」
「大体あいつの性格は知っているだろう賢者。あいつの言葉をいちいち本気にするな、確かに勇者は強いが、それでもあいつがこちらに来る可能性は零だ。
 あいつは戦わないことに関しては超一流だ、弱者をなぶり強者についづいするのが奴の本領、実力と性格がまったくあっていない男だ」

 あれの性格に野心があれば今頃自分たちは皆殺しにされていただろうと。

「だがもしあいつがその強者を見つけたらどうするつもりだ。価値のない空白に埋まる、絶対は、もはや狂信だ、あいつに価値を与えてやった瞬間どうなる」
「簡単な話だ。あいつを殺さなくてはいけないだけ、そのためにあいつを私たちは常時監視している」

 だがまぁ、あいつに満たされる量の存在なんてこの世にいるとは思えない。
 三人はその可能性を考えながら、廃絶する。

 魔王にさえ彼は誘われてもくだらないの一言だったのだ。それを上回る存在なんてこの世にいるはずがないと、だがこの世に絶対という可能性はない。

五章 時代保守主義者

 勇者、仲間に裏切られたとされ死んだ存在。
 魔王大戦の終盤に現れ、またたくまに対抗組織の頂点に立ち、魔王と三王しか持っていなかった力場兵器を16機を彼の選んだ者たちに渡し、戦況を逆転させた。

 それだけで彼の功績は終わらない。
 当時のオーバーテクノロジーの兵器の使い手を要した魔王軍。彼はその軍勢を瞬時になぎ払った、それは対力場兵器である魔王の侵食力場さえも無効化したのだ。
 
 そして最大の功績、その悪夢のような軍勢を退けた先に存在したかつての力場使い最強の存在魔王。全軍を殺しても彼を殺さなければその勢力は消えないとまで、いわれたその最強を彼は殺した。

 この世界、最強の存在である勇者。

 だからこその疑問なのであろう。パードリは首をかしげた、そんなものじゃないわけがわからなかっただけだ。

「結婚してください」

 初対面の最強は彼女に婚約を申し込んだ。土下座で。
 正直に言えば彼女の理解の範疇を超えていた。

「答えをもらえると俺はうれしいんだが」
「……すまぬ、我もいきなりの求愛はさすがに動揺してしまった」それが普通の対応であると思われる。

 その感情の質がまったく違うのも少しばかり問題だと思うのではあるが。まんまるに見開かれた目を、勇者は直視することも出来ず視線をそらした。
 だがふと言葉を聞いて首をかしげる。

「ん? 何を言っているんだ結婚といえば、主従の誓いのことだろう。俺は昔騎士王からそう習ったんだが違うのか?」
「何だそのわけのわからない回答は」
「違うのか? 俺の聴いた話だと女性に永遠の忠誠を誓うなら結婚を申し込めといわれたんだが」

 この世界に結婚という概念は薄い。
 そもそも力が極限の世界だ。絶対遵守の法則は弱肉強食、女だろうが食事だろうが権力だろうが、暴力で握ってこそ至上のものとされている。
 そこに恋愛感情というものはない。そもそも恋愛感情とは資本主義が生み出したうたかたの幻想のひとつだ。というより本能を美化しようとする人間の浅ましさの具現だ。

 まぁ、だが世界が滅びたのは、今から十五・六年前。
 そういう感情を理解するものも当然いる。
 だがこの世界は所詮倫理と常識が逆転し、破綻こそが正常と変わった世界。そんな異常者は、芥の夢の代わるが必定の話。
 彼女の場合は少し違う、結婚の意味を知っていても人類最高じんちくゆうがい人間そだいごみが、口にする言葉ではなかったからだ。

「ふむ、何かなれは、我と生涯を共にするというのか犬として」
「今の会話のどこの俺が犬になるという言葉があったのか教えてほしいところだけど。近くて遠い正解だよなそれ」

 あきれる、人の一世一代の告白を彼女は犬扱いだ。
 少しばかり起こったようなしぐさを見せるが、そこに価値はない。彼は仕切りなおしにかかる、跪き己が最強の武器完全力場支配兵器 BT-001 燕 を地面に突き刺した。

「我に、忠誠だと。勇者がよりによって、力を超えるで劣る我を」
「冗談だろう俺のどこに価値があるのか教えてほしいよ全く。
 勇者とは人間の欺瞞を満たすためだけの消耗品だ、見てくれ手が震えているのは人間の物量におびえて酒に逃げた勇者の結末。人の欲求を一人満たしたらまた一人とあく無用にうごめいてきた、勇者に出来る事は魔王を殺すことだけだというのに、そんな勇者がその物量という願望から逃げるにはどうしたらいいか」
「勇者という価値を消す、すべてを救わず、命を侮辱し、存在そのものに価値をなくさせる。逃げたのかその価値からなれは」
「否定する、真っ向から立ち向かっただけだ。富岳十一番街に来たすべての人間に救いをくれてやった、世界が苦しいと泣き喚くからその世界から解き放った」

 狼は犬歯をぎらつかせて笑う。
 獣臭さえ漂わせるようなその迫力彼は一歩後ずさった。

「ふふははは……、どこが立ち向かった。なれは逃げているだけではないか」
「冗談だろう、人間が物量で来るから力で圧倒した。敗北した勇者は、それだけで価値が無くなる。その人間に救いを求めた末路は、絶望であってしかるべきだ」
「流石なり、という事か。この世界の勇者としてしかるべき存在。では聞く、そこまで落ちぶれた勇者がなぜ我に忠誠を誓う」

「とまるつもりが無いだろう?」

 それだけだった。正気を失った笑みに狂気をともす光を放つ。
 
「たかが一本のナイフ、ん? 力場装甲武器か、電磁銃レールガンなんて陳腐な夢を見てそれを歩兵に持たせようとした失敗作。どちらにしろそれで動く人間だ、この時代を楽しんでるだろう?」
「当然だ、この世界で生まれてこの世界を楽しまずしていつ楽しむ」
「それだ、それがいい、完璧だ。だからこそ仕えたい、この世界にいる人間は、この時代生まれの人間は極めて少ない。かつての栄光にばかり目をやり平穏を求める、ならこの時代に生まれた俺たちはどうする、この常識で生きてこの常識のままに育った俺たちは」
「たしかに、この調子でいけば我らの常識は破綻する。くっ、はっはははは、あははははははははっははははは」

 狼は気が狂ったように笑い出した。
 先ほどまでの戦闘を髣髴させるような笑い。

「さ、さ、ははははっは流石だ。なるほど、勇者、勇者だお前は、あはははははははははは、理解した、理解した、誰も想像するまい。予言は確定だったなるほどだ、はははは、くそ、くはははは、笑いが止まらん。この時代の勇者かお前は、この時代の守護者、魔王とはお前にとって旧時代のことなのか」
「というか笑いすぎじゃないか」
「あははははは、許せ、許せよ。いいだろう、なれの決意は受け取った、ふ、はは、正気じゃないな勇者なれは、いやこの時代でなれこそが純正の正気か。
 なれに王になってやってもいいぞ、気に入ったその正気。だが条件が流石にある、これを守れなかったらお前を殺す」
「いかようにも」
「そうか、そこにある力場兵器があるだろうなれを最強にしているその武器。旧世代の象徴を叩き壊せ」

 彼女は武器を指差した、彼を最強へと押し上げた兵器。
 この世界の中で唯一完璧な力場支配を可能とする存在だ。彼の命をいくつも救い栄光を冠を与えたそれを壊せと。

「了解しました」
「ぬっ!! まさかたやすく壊すか」
「あぁ、ようやく壊せるこんなくだらないもの。所詮仮想シュミュレーターの癖に世界を席巻しやがって。渋鮫、言明だ自壊しろ、武器はともかくお前は最良の相棒だった別れだ」

『了解したでありますよー後継者殿。私を使い潰してくれて感謝のいたりー』


「あぁ、感謝はしている。以上終わりさっさといけ」
『黙れ糞主クソマスター、自殺してやるんだお前も死ね』

 りぃぃぃぃぃと、空気を削るような音が響く。その音を聴いた瞬間勇者の顔は青く染まる。
 叫ぶときは、彼はかなり後方に離れていた。

「ちっ、主逃げろこいつ力場崩壊を起こしやがる」

 半径二十メートルが爆砕する。力場崩壊とはその名のとおりの障害で、力場兵器最後の必殺技のようなものである。一時的な力場衝突による圧縮弊害のことで、通常であれば国家単位の崩壊が可能な代物である。

 これが空の転換期を作り出した災害の名前だ。

 だが大地に突き立てられたAIの性格が歪んでいた所為かろうじて彼が逃げれるような範囲を限定して炸裂する。
 当然のことだがそれで終わるほど世界を滅ぼす災害は甘くない。一瞬の沈黙とともに、圧縮された空気が拡散し二人の体を吹き飛ばす。
 らくらくと姿勢を空中で整え着地する。美観地区と呼ばれた倉敷の都はすでにその形を残すことはなくなっていた。

「おい、なれあれが力場兵器の終幕か。だが本当にたやすく壊したななれは、そこまでするのだ騎士叙勲でもしてやろうか」
「不要であります主、狼に群れが出来た。ようやく真の形に戻った、獣に騎士の叙勲など不要でしょう」

 騎士叙勲その言葉を聴いたとき、彼の口調が変わった。彼を確実に部下となったことを思い出したのだろう。
 その態度を見て彼女は蚊来るうなずくと花を咲かせるように笑った。普通の人間であれば安定とした時代を望むその世界に破綻を望む勇者がいた。彼は、彼女を主と思い跪くわかった、理解したと彼女は何度もうなずきながら花のような笑いを凶悪な獣に染めていく。
 無力となった臣下をみて愉快そうに、表情を何度も変えていた。ただ笑うだけなのになんと楽しそうなのだろう。

「ふ、そうか、そうであるな。あはははっは、よし決めたお前に新たな苗字を与えてやる。私の名前はロボから取るか狼王としよう、お前は王冠だ、私を証明する王冠新開それがお前のあらたな名だ。武器が無くては勇者とも呼べんなこれをくれてやる受け取れ」
「承知」

 彼女の武器だった、レールガンというだけのただそれだけの武器。
 だが彼には最適な武器ではある、銃などといった武器はこの世界ではあまり通用する代物が少ない。人は殺せるが、限界を超えた第一第二第三世代の中には勇者のような例外もいるのだ。この武器なら確実に再生不能にまで追い込める。

 中距離戦最強の名は伊達ではない。彼の戦い方は、完全に中距離戦に特化している。
 だからこそ主から承った最強の一振り。

「命令は、この時代に真の安息を。どうだこの皮肉、まずは経済戦争と行こうではないか。我の手段は、この時代の流儀にすべて合わせてしまっている、異常者どもを皆殺しにするぞ」
「当然、だが命令はそれは基本に過ぎないのでしょう。徹底的な命令を」
「飯を食うとりあえずそれが先だ」「了解しました」

 だが彼が、最強の力を失ったことはその日のうちに出雲宮にまで知れてしまう。
 それがいい事なのかはわからない、もっとも三王が恐れていた彼の目的を抱くだけの存在が現れてしまった。その事実はいまだ彼らに知られることは無かった。

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