短編 全ての切欠
 





 




 二人の存在がそこにはいた。全ての乱れを紡ぐ男と呼ばれ、炎の名を与えられた男。神篝の交錯十字、もう一人を秩序の化身初代聖女を喰らい殺して二代目になった二重交差、彼ら二人は属性の化身である。
 思想概念と呼ばれる、人間が作り上げた意識思想といったものの一つ。現象系概念、根本概念と言った物の中でも最も属性化身としてはポピュラーな存在である。
 しかしながら彼らは俗に半可通と呼ばれる存在でもあった。この時代魔術とは世界と自分を統合させる術だった。己と言う意識存在を世界属性のひとつとして組み込む手段、最も今それを伝え聞いて行う人間はもう少なくなった。

 陸繋ぎと呼ばれる大陸、今も昔も戦乱耐えぬ豊穣の土地である。今現在三つの国が存在しているが、それ以外にも周りの国からよく攻められるといった、どの国からも魅力的な土地。最も今は、そんな世界存在二人のお陰で結界が張られ内部のだけの戦乱が続くだけであった。

「歌玖の調子はどうなんだ十字、まだこの結界は完成には到っていないんだからさ。さっさと次の段階に進まないと」
「無茶を言うなこの結界自体、歌玖の犠牲なくしては出来なかったんだぞ。諸月ほろつき霞月かすつきで、今どうにか安定させている状態だ。また大喰らいの設定は出来ないし肉付けなんてもっと先の話だぞ。お前こそ、他八本の動作確認は出来てるんだろうな」
「そりゃ当然の話だ。僕は人間だけが居ればいいというのに、君がこんなものを考えるから僕はいちいち苦労したんだぞ。それが無かったらとっくに第三段階まで行っているってのに」
「だが俺が居なけりゃそもそも計画自体破断だっただろうが、俺がいちいち自分の婚約者を生贄にして作ってるんだぞ。所有概念が遮断と分配だったから使いやすい物件だったが、まさか空凱も俺があいつの娘を使ってこんな外道するとは思ってなかっただろうな。そのために神篝なんて大層な名をもらっちまった訳だが、事実を知ったらあの国も滅ぼさないといけなくなる」

 二人は笑いあう。何しろこの結界を展開する事が彼らの目的の一つなのである。その為の手段として丁度いい人間が居たから邪魔をさせないように手に入れた。
 丁度生まれ故郷いや、結界展開の地を有らされる訳にもいかなかったからと言うのが大きなところだ。

 構築陣が描かれそこには、絵画とも思えるようなそんな図形が広がっている。この陣を通常回路式と呼ばれるものだ、そこに象徴式と呼ばれる別の式が配置されてある。よく見ると、紋様式と呼ばれる物まで当然のように書かれてあった。複合式の構築陣、さらにそこに生贄と言う代償を使っていることでこの魔術陣の異常さが見て取れる。

「しかし哀れな子だ、よりにもよって十字に目をつけられるなんて。先の戦争の英雄、そういって将軍にもらっておきながら使われるのは魔術媒体。いや傑作の限りだ、まぁたかだか今更命の一つで僕らがとやかく言う必要は無いんだけどね。その辺に蠢いてる塵の一つと大差ないんだから人間なんて、いや生きてルールも守れないなら塵のように死に絶えれば良い」
「お前の法律も大概だ、そのために人を殺している時点で塵と大差ないだろうが」
「ふははははっははは、冗談だろ? 彼女を殺して生贄にしたもの全部君だ、僕は提案しただけだ。どこの世の中に婚約者を殺して魔術媒体にする人間がいる」

 ここにいるだろうがと彼は言い、一度考えたように首を振る。

「いやそれ以前だ、最初から場魔術媒体としか考えていなかった道具にいちいちそんな認識を加えてやる必要があるわけも無かったな」

 ただの有機物に婚約者と言う価値を与えたつもりは俺にはないと言い切った。

「本当に人間のくずだね」
「まぁな、俺たちは一生こんな屑のままなんだろうな」
「だろうね、僕達魔術師は一生変わらないさ。自分の欲望のために手を血に染め人を屍にして世界を喰らう。人はそれを理性の無い獣と言うのかもしれないけど、これは断じて違う、願望は本能には無い。同族殺しなんてもっとだ、僕達魔術師は理性の化身、他を省みる事の出来ないただの人間だ。
 もう討伐対は出来てるんだろうね。堰の林が来るかな、まぁどちらにしろ僕達のところまでたどり着くことは出来ない。あいつは既に世界に認定された属性だ、もうそろそろ世界統合が始まる、あいつはもう夢を叶えたからね。それで僕達だ、僕は法律を、君は成長する剣を、いや君は違うか囚われの無い存在だったね。自由とでも言うべきかな、確かに言語化されているが属性化はしていない。この結果意が完成したとたん君は夢を叶え僕はまだ道を歩む、ずるいなぁもう」

 聖女を殺し死体を喰らう事によって、法律と言う概念を体に組み込んだ悪魔のような女は少女のように笑う。手入れのされていない金の髪が左右にぶんと揺れた。
 十字はそんな彼女の珍しい行動を視界にもいれずに微調整を繰り返している。

「ずるくは無いだろう、俺はどうしても世界の枠が気に入らない。寧ろ世界属性が気に入らない、組み込まれるのは構わないがその世界に対して何か仕返しをするそれが俺の夢なだけだ。もしかしたら俺は属性化することは無いかもしれないな」
「正直、夢をかなえた象徴ではあるけど僕はそれは納得だ。僕の決意を陵辱するなって話だからね」

 魔術師の過半数に言えることだが、彼らは別に世界属性となるために魔術を編んでいるのではない。魔術を納める際に決めた決意、いやここは夢というべきだろうそれをなすためだけに動き続けるのだ。その結果として夢をかなえたなら、世界の属性の一つと変わる。
 それは世界にとって有益だからと言う理由でしかない。結果、夢をかなえた魔術師は世界の常識として世界に組み込まれるのだ。

「まぁ、僕の場合はそれで法律が常識として組み込まれるからそれも含めて夢な訳なんだけどね」
「もう一つは初代聖女からお前が奪ったはずの十二原書はもう既に返還されたからな。お前は自分の原書を作らなくてはならないが、そのためによりにもよってこんな手段を使うとはな、殺されない限り死なない聖女の特性を得たお前ならいつかかなえるんだろうな」
「何を言っているんだい十字、僕達魔術師に叶えないはないだろう。どんな手段をもってしてでも夢はかなえる、それがこの道に入るための盟約だ。時間なんて関係ない、やるかやらないかそれだけの事だよ」

 魔術師の盟約。
 それはどの世界の契約よりも重い、個人の絶対制約の事である。夢、願望、何でも良い魔術師において自分の欲望こそが全てであり他は路傍の石に過ぎない。その盟約を果たそうとする魔術師の一人十字は、それもそうかと空中に新たな陣を描き始めていた。

「まぁそうだな」
「しかしこれじゃどうにもあと十年は掛かってしまう。いっそ詠唱式も入れてみるかい」
「やめろ、あんな精霊まがいの技法は魔術が穢れるだけだ。言葉にこめるだけの意思なんてものは所詮振動だけの詭弁、自分の意思は全て心に打ち込んでおけば良い。俺たちの大魔術師も言っていただろう」

 詠唱式と呼ばれる魔術後の世界では最も効率のいい魔術運用として使われていた。
 といっても実際に詠唱するわけではない。脳に魔術の設定を組み込み、それをダウンロードする事によって魔術を操る手法である。魔術師の大半はそれが許せない、魔術とは使い回しをするものではないのだ。決意を操る技術に、使い回しをする時点で魔術精度は落ち世界侵食の濃度も薄れていく。
 ただ使うということに関してこれほど効率のいい魔術形式はなかったが魔術師たちに好かれるような技術ではない。意思貫く存在が、自分の意思の証明を使い回しするようになったらもうその瞬間から意思の劣化は始まるのだ。

「まぁ、媒体として詠唱式の魔術師ほど使い勝手のいい概念質量を持った存在もいないわけだけどね」
「だな、この陣にも何人もの詠唱指揮の魔術師の犠牲が積み上げられている。けど俺は一体何人ぐらい殺したんだろうな数えてないからさっぱりだ」

 この陣には本当にあらゆる呪いがこめられている。
 ただの構築陣でここまでの呪いが必要なものは無い。だがどの魔術も基本は足跡の意味しか持たない、それを意思の持続を永久機関に変えるためには、それ相応の犠牲が必要なのである。
 陣は既に、その能力を備えているがまだ安定には程遠い。魔術の使用には、世界抵抗を常時上回るという原則がつくがこの世界抵抗は持続すればするほどのその修正力を高めていく。
 
 戦争ででた死体を使い尽くして積み上げられた生贄の構成。それをもってようやく世界の修正からも逃れることが出来た。
 元々この戦争でさえ彼らが仕組んだものであったのだ。この大陸は既に生贄を作るためだけに作られた地獄の精製所に変わりは無い。

「だが次の段階は生贄ではないな。今度は世界属性との戦いだ、これを紡いだ後は俺とお前の殺し合いが始まるわけだしな。本当なら聖痕保持者でもいたらそいつでい解決する話なんだが」
「むりだね、何しろ僕が食べちゃったからねぇ。世界認定者なんてものはこの世に出るほうがおかしい存在なんだよ、世界法則全てに愛されるなんて聖人階梯なんてものはね、まぁ僕達も既にその存在になりかけているわけだが、世界属性なんてものに。そろそろ女神の介入がある筈なのにそれさえないと言う事自体僕達が認められてきた証拠なのかな?」
「傲慢女か、まだ来る筈も無いだろう。致命的な世界変革を起こすわけでもないんだ、俺もお前も、副産物として一つの大陸が御破算ごわさんに成る事ぐらいだぞ」
「確かに基本女神がくることなんてありえない、だが夢が叶う前に、あいつがくる可能性がある。世界属性として相応しくなったらと言う限定があるからね、通常は夢をかなえればそれで完成だ。だが、剣の騎士マストリア、陸堂の街浮はその願いである大陸統一一歩手前で属性になった。世界侵食を、侵食としなくなった時点で僕らは夢を叶えられなくなるそれだけはお断りだ」

 魔術師には本当に敵が多いのである。それは常識と言う壁、人間と言う限界、まだ数えれば幾らでもあるだろう壁の数々。そして最後に世界と言う自分達では抗う事すら許されない最後の壁。だがそれも含めて魔術師と言うのは、完成するのだから腐った話だ。
 そういった壁が在るからこそ油断を選ばない、徹底的にその命を燃やし尽くす事ができる。

 二人は、殆ど徹夜のように陣を書き加えていた。陣は既に何かの様式美さえ写す様になり、旗から見ればそれは一つの芸術品であった。

 だが彼らが紡ぐ本当の魔術はこれよりも美しいとさえ思えるのである。己の全てを表現するための技法が魔術、夢をかなえるための手段にして、その全てを映す鏡、純粋すぎる意思が故の芸術なのだが、魔術師がその陣を見せるのは同じ魔術師ぐらいである。

 意思という行人差を彼らは具現する人間らしい存在ではあるのだが、なにぶん自分の事しか考えない奴らなのである。故に後の世界には異端とまで呼ばれ、殺される対象になるのだが、今は今である。

「っと、一度切り上げるよう十字。そろそろ食事の時間だ」

 ちなみに二日ぶりである。

***

 それから十年ほど経っただろうか?
 十字は、自分の細胞を培養して一人の自分の後継者を作り上げていた。それが二代目と呼ばれる存在であるわけだが、世界に選ばれるような地を持つ存在はそのまま属性に惹かれていたのだろう。彼の力を完全とまではいかないまでも、聖痕保持者を作り出す原点となった。
 これが、朱里や鋼路と言う存在であり、預言者や聖人と呼ばれる人間である。本当の意味で選ばれた存在、世界が彼らを後押しする。全ての行動が彼らにとってプラスになる、そういった存在になるのだ。

 そう言う意味で、朱里は根本破壊者ではなかったのだ。寧ろその言葉は、朔に与えられるべき言葉であった。
 もっとも、あの戦いのときに継げた言葉は彼女の法律を滅ぼしかねない存在と言う意味なのでたいした意味は無い。

「完成したねぇ、これが完全な大陸結界。いやその名はおかしいか呪術の技法のひとつ蠱毒法の発展型、あらゆる犠牲を周りのものに力として分け与える術である。所詮大陸結界は副産物に過ぎない、あらゆる死体を自分の力にする魔術 屍喰らい 、もう万と言う人間が死んだがこれで完成だ。安定期どころか既にこれは、創造された一つの属性と変わらない状態になっている、もう誰もがこの結界を当たり前のものと認識してしまった」
「完成か、かなり長い時間をかけてしまったな。だがこれで俺たちの夢の最大の壁の一つが取り払われたわけだ」

 二人が意思をこめると陣が光始めた。りいんと鈴の音のような駆動音が響き、彼らの紡ぎ上げた結界の基点である陣が具現化する。
 輝く光は一つの世界だった。屍を食い力をつける人間をそのまま描いたような地獄絵図、見るものがいたら吐き気でも催しただろうそんな陣、十年前の陣が嘘のような禍々しい地獄。

 これからの地六千年間を守り続ける結界である。その存在の基点、もしこの結果いに気付くものがいてこの結界を見たのなら自分達はこんなおぞましい物に守られていたのかと思うだろう。

「いいいいいぃぃぃいっぃぃぃいいいいぃぃ」

 その結界の中心点にいる死体が叫び声を上げる。世界に殆ど認定されてしまったこの屍喰らいと言う魔術の基点は、その証明のために世界自身が蘇生させてしまった。
 既に痛みで狂ったそれは、時折狂ったように叫び声を上げる。

「さっすがにあれは哀れだよね」
「いやどこがだ? 世界属性にまでただの有機物が、格上げされようとしているんだぞ。感謝される言われはあっても、哀れむべきところではないだろうが」

 彼は心底不思議そうに首をかしげた。

「いやいや、流石にその発言は屑以下だと思うんだけど」
「お前の価値観は分からん。まぁ、魔術師なんてものは所詮自分の価値観の中でしか生きていけない、馬鹿だからな」
「なぜそこで僕の方がおかしいとか馬鹿とかそんな感じになっているのか疑問なんだけどさ。けど、まぁ、確かに、僕の思考はどちらかと言えば一般人よりではある、法律と言う常識を紡ぐ魔術師が、人を塵と思うことは許されやしない」

 はっと軽く彼は笑う。何しろ今の発言がいまさら過ぎておかしいからだ。
 すでに山どころではない犠牲を積み上げておきながら、人を塵と思っていないわけがない。

「よく言うぞ、お前はただの人殺しだろうが。生き血を啜って喰らって挙句に自分ものにしてまだ足りないとほざく、俺と同じの塵、自分の夢以外他人のことなんてどうでもいいだろうが、魔術師にまともなんて感情が残ったらその瞬間魔術は完成しなくなるんだよ。そんなたわごとお前の言う台詞じゃねぇよ、十年前のほうがまだ分かっているぞ、今お前と証明を果たしたら間違いなく俺が勝つ、俺の言った価値観はな、どこまで言っても個人の主観にしか頼れない魔術師ごみが、同じ魔術師ごみの価値観を知るわけがないと言うだけだ」
「おいおい、証明で僕にかつだと正気か? その言葉は見過ごせないぞ」
「自分以外を思う魔術師に俺が負けるか、お前の言った言葉は自分の魔術を根本から否定する方法だろうが、命なんてものはあふれかえる泉なんだよ。有限だが限りなく無限、俺たち魔術師に必要なのは夢をかなえるためにできるそのすべての過程、結果は後からついてくる代物だろうが、理解しながら否定するようなやつの魔術如きで俺が殺せるはずもないだろう」
「黙れよ十字、その侮辱どう言う事だ。お前如きの意思が僕の意思を超えるとでもほざくのか」
「ほざくな交差、お前如きの意思が俺を越えるはずがないだろうが」

 一瞬で険悪な空気に変わる。だが魔術師とはこういう存在である、自分の思いが他人に劣るわけがない、そうやっていき続けてきた生命が、今の言葉を受け流せるはずもない。魔術師は、不用意な発言をしない、言葉を紡ぐのならそれは確定した意思のみだ。

 結局どこまで言っても個人主義の魔術師が、同じ魔術師と一緒にいようと思うこと事態が異常なのである。

 違う生物が、違う人種が、違う価値観が、簡単に溶け合うなどこの世には存在しない。優劣以外の差でそれが溶け合うことはこの世には一切ない。今までよく持ったほうだ、水と油が一緒に意見をあわせながら動くこと自体が異形の沙汰。

「殺すぞ、塵」
「殺すぞ、芥」

 二人の指先が陣を描く途中でぶつかり合う。火花が走り決壊自体の破損につながりかねないというのにこの二人は、とまるそぶりを見せなかったが、この膠着が彼らを止めた。

「ちっ、ここで概念衝突はまずいか。交差ここではやめ、いや無理か」
「ふざけるな、お前をここで殺さないでいつ殺す」

 いや止めたのは片方だけだった。一度夢を屈辱に彩られた魔術師の理性なんて、ガソリンに火を撒き散らしているのと変わりはない。
 概念による衝撃が、十字を吹き飛ばした。

 もっとも瞬時に彼も陣を刻み概念の嗜好性をいじくりそのまま自分を外に打ち出し、大陸結界の構成を破壊をどうにか食い止める。もしあそこで片方の理性がなければ、そのまま概念の渦が大陸を巻き込み、世界規模の概念崩壊を起こしていた。
 すでに大陸結界にはそれほどの規模の概念が積み込まれていたのだ。

「人の命だ、ふざけるなよ。法律狂い、お前が認めたいのは、人の命の大切さじゃない。世界中にお前の価値観を植え込むことだろうが」
「だからどうした、その中のひとつの命が大切だと歌っているだけだ」
「矛盾するような言葉を吐くなよ。今お前が奪おうとしているもの自体命だろうが」
「だからそれも含めてどうしたといっているんだ僕は、僕の夢を邪魔する奴が人間であるわけがないだろうが」

 それが彼女の結論、二人の指先が交錯する。概念同士の衝突がひとつの空間を浸食し世界が悲鳴を上げながらガラスのように景色を割っていく。
 魔術師同士の意志の強さを証明する戦いのひとつ、二つの陣を交錯させながら、侵食と構築を繰り返す戦い。最終的に相手の概念に、侵食され構築が遅いものが敗北者になるそんな戦いである。

 だが両者の意思も夢も同格、属性による優劣もなし。

 描く夢の陣は、二人の間で侵食と構築を繰り返し。二人の間の世界を滅ぼしつくす。

「そうか、そういう事か、それがお前の価値観なんだな」
「大体夢も持たずにただのうのうと流される人間は、ただの有機物の塊に過ぎないそうだろうが十字!!」

 あぁ、全く。

「至極全うな意見だな」

 二人の描く陣が再度交錯しぶつかり合った。

「しかも敵は魔術師、同格だが生物ですらない意思の駆動人形が、人間だと正気の沙汰じゃない」
「それも全く同感だ」
「負けないぞ十字、どうせだお前の概念も喰らってやる」
「もともとそのための魔術だろうが、夢をかなえる大舞台。ただの数秒前の侮辱とはいえ、最高の舞台であることに嘘偽りはないだろう」

 二人の図形は完成していく、火花を散らすような光の線が、一つの意味をくみ上げ世界に侵食していく。
 組み立てられた魔術の名前は、法律、そして自由、まだ六法という指向性がないが、二人のその質量は、かつての大明星王 八極むきょく紡思むいしさえも上回るだろう。

 太古の神が、今を生きるものに敵う筈がない、視覚には何も存在しないその空間にひび割れが走る。
 世界を滅ぼすほどの魔術を紡ぐ二人の概念衝突、それだけであたりの意味は吹き飛ぶ。後一つのラインを持って二人の魔術は完成するが、やはり二人の侵食も意味も全く同格。

「だから見せてやるよ。俺が紡ぐ最強を」
「ふざけるな僕が作り上げてやるよ、世界に統一的な常識を」

 二人の魔術が完成し、指先同士を貫く。概念同士の衝撃が、零距離で混成する様にぶつかり合った。
 どくんどくんと心臓の音のような鼓動が響き、二人を打つ。

 これが始めての魔術師同士の証明、どちらの夢がより一方に上回るか。ここまできたらそれだけが証明である。

 まさに互角、二人の意思は全く引くことを知らない。彼らより先に世界のほうがどうにかなるんじゃないかというような光景が広がった。二人の周りから大地の言う概念存在自体が消えうせていく、酸素なんて当に消え果た、破壊力という力は大魔術には存在しない。だが、存在の上塗りという光景が余波で起きている。

「月は雲に光を奪われ、風は雲を呼び雲を払い全てに走る」
「詠唱式、冗談だろ。今ここでそんなものを使うお前は!!」

 だが彼は首を振った。

「その風に乗り鳥は夜空を翔る」

 そんな代物じゃないこの魔術は、詠唱式、それは紡ぐ言葉を劣化させる魔術の紛い物。だが、それは詠唱式ではない。
 
「そうか、だからあんな代物を僕に十本も作らせたのか。この魔術は、代償式。よりにもよってその反則かここで!!」
「当たり前だろうが、魔術師が勝つために手段を選ぶなんて聞いたことがない。俺の全てをぶち込んでやる」

「その頼りは月の光、頼りない鳥の一筋の光。それは世界を照らす満開の花」

 完成しろ。

「俺を刻め二重交差、俺の本当の魔術だ」

 拮抗していた場面を覆す八本の刀、花顔はなかんばせ桜花さくらび劈囃つんざきばやしこうのまがりひびきあたいことわたり紬声つむぎごえ海渡とおわたし、花鳥風月といわれた刀、それに本当であれば存在していた刀、諸月ほろつき霞月かすつき、計十本の刃。それはもともと彼の魔術のために存在した呪刀。

 そして大字の流祖が使う、終曲の名前を狂ヒ月ノ至。魔術名を月狂。

「この卑怯者め、よりにもよって僕が作った刀で」
「十年の時間で敵のために何も用意しないお前が悪い。俺の勝ちだ、先に俺は夢をかなえる」
「畜生、畜生、負けた、だがここで概念に食いつぶされるわけにはいかないんだよ。まだ僕は終わってない」

 負けを認めてなお彼女は、概念を叩き込む。負けてもなお負けないと言い張るその姿、それはそのまま彼女の魔術の重みへと変わっていく。
 そのまま彼女吹き飛ばされるが、その重みを最小限まで徹底的に減らしたながら。概念を消し去った。

「負けだ、僕の負けだ卑怯者」
「あぁ、俺の夢の始まりだ。見ろよ、世界属性が俺を認めたらしいぜ、やっとここまできた、見てろよこれが俺の本当の夢だ」

 この戦いは、ただの証明じゃない。敗北者はその力を全て奪われる、存在の濃度が交差のそれをはるかに上回り。

 世界は彼を認めた。

 一瞬彼の存在にノイズが走った。それは世界がゆっくりと彼の存在を解体していくための予兆、交差が神剣たちを分解して言ったさまにも似ているが。
 それはもっと貪欲で徹底的なものだった。

 彼はそれを確認して陣を描き始めた。

「交差見ておけよ、これが俺のもう一つの魔術だ」

 終曲 神篝 、彼を貫く八本の刃。
 世界さえ予想し得ない事態だった。ここまできて死のうとする人間なんて普通はいない、いや正しく言えば、夢を叶えた存在がその認定を阻むはずがないのだ。交差は驚く、彼を切り裂いた刃はそのまま燃え広がった。魔術と混成して使う、大魔術であるそれは彼の存在ごと焼き尽くす。

 彼は許しはしない、

「十字、君って奴は、ここで死ぬ為だけに今まで屍を曝し続けてきたのか」
「当然だろう、いっただろうが俺は、『俺はどうしても世界の枠が気に入らない。寧ろ世界属性が気に入らない、組み込まれるのは構わないがその世界に対して何か仕返しをするそれが俺の夢なだけだ』って、このためだけに俺は生きてきたんだ、見ろよ一部は持っていかれたが俺は奪われない。俺の勝ちだ、世界。
 いくらお前でも世界を侵食してくみあげる魔術に、焼かれ死ぬ人間を属性化させることはできやしない。ざまぁみろ、お前の枠はいつか壊されるようなものだ、ざまぁみろ、お前の思い通りにお前の世界が動くと思うな」

 自分という存在を勝手に世界運用させることなんて、自由を冠する魔術師が許すはずもない。これが世界に対する彼の抵抗、世界に対してその意思を完全なまでに証明させた。お前になんか、自分を自由にさせるつもりはないと、彼はここで断言して死ぬ。

 そのまま彼は、刀だけを世界に残して消え去った。

「ちょっと、え? 待ってくれ? なんだこれは、十字の奴はただこれだけの為に、魔術師になったのか。死ぬ為だけに、この意思に僕は負けたのか!!」

 残された交差は、その魔術を全て奪われ。法律を紡ぐことさえ許されなくなっていた。
 ぼろぼろと涙をこぼす敗北者、

「うらやましぃなぁ、あいつさ、卑怯だろ、夢敗れた奴の前で夢を叶えやがった」

 だがそこで彼女は止まった。
 ゆっくりと涙をぬぐい、八本の刃をその場に放置して一度たりとも振り返らず歩き始める。自分の目的は別のところにある、一緒にするわけにはいかない。
 力の全てを奪われても魔術師である以上止まれない。弱弱しい意思がまた鋭く尖って行く。

「いいさどうせ、僕の夢はこれからなんだ。君は刃を強くする様にしたようだが、僕は人を強くするんだよ、人と刃、読み方は全く一緒だ。人間を神位の位まで格上げする、出なければ十二の原書は手に入らない。まぁべつにそれが目的じゃないが、法律を世界に刻み込む、君の紛い物がどうなるかも気になるが、僕はここが始まりだ。お前の終わりに続くつもりは一切ない」

 これから続く六千年、彼女は自分の法律を時間をかけて世界に刻んでいった。
 まさかそれがいつの間にか自分の夢を叶えることになるなんて思いもしなかっただろう。なにしろ交錯十字の子孫に破れてなおそのことに彼女は気づいていなかったのだ。夢を叶える方法は一通りではない、だが世界は彼女の偉業を認めた。

 何しろ彼女の法律は、後に続く魔王時代の法律の中枢を担うことになるのだから。 

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