五章 最終幕 その日世界は切り開かれた
 



 その刃の名前は無い、ただ一人の男が一人の男と対等に渡り合うためだけに使われた刃だ。男の名はレヴァン=ネクロス、もう一人の男をフィーリ=ネロビス、偉大なる魔術師にして神殺しである魔術師、ただその男に勝ちたいと戦い続ける剣の裁定者、世界に上る門でその二人は相対していた。
 学生時代からの友人でありながらその二人は世界王での戦いの中心にいた。魔術師はただ神と戦うためだけに階段を上ろうとし、剣士はただ魔術師と戦うためだけに階段を上った。

「じゃ、始めようかレヴァン。僕らの学生時代からの決着を」
「今度こそ負けねぇ、フィーリ絶対にお前をぶったおす」

  そのとき魔術師の腹を世界後と貫いた刃は紫の刃をした赤い光を放つ刃だった。

   後の終末決戦、交錯言語 、最終段階 創造具現 この世界最大最後の存在証明たたかい

 彼女が知っている兄が人間ではないのではないかと思ったのは最強だと信じていた最弱使いを斬り殺すところからは始まる。
 少なくとも力を渡されたときは彼女は兄に対して馬鹿なんじゃないか程度にしか考えていなかった。
 だがそれからは違う、速度が違い攻撃力が違いそもそも人間として規格が違いすぎる魔術師を人間のみでありながら倒した男、最弱使い大字鋼路、神剣に負けて以来最弱使いの称号を与えられたアーゲンベーバーレ最初の守護者。

 二人の戦いが彼女にとって兄を人間視しなくなったのは祖父との戦い以降だ。

 戦いは不ぞろいな踊り手通しが無理矢理息を合わせて踊るようなものだった。実力が違い、能力が違う相手が同じ土俵で戦うようなそんな戦いだった。大字の技量で戦い祖父と刃の為だけに動く兄、だがその二人は互角だった。
 不恰好な酔っ払い通しの踊りにも見えるその二人の戦い、そしていつの間にかの決着、疾駆、抜刀、結末。

 雪が降る寒くて震えそうな夜、白い湯気を放ちながら死体と勝者に分かれた。

 今でも忘れていない二人の会話、
 
「たのしかったなぁ」
「たのしかったねぇ」
「死ぬまで平然と言うのは辛いが、それ以上に孫の成長を祝うとするか。わしはどうせ後二分と持たんのだ、よくその身にしてその無才がその刃を持ってわしの領域までよくいたった!!」
「別にたいしたもんじゃない。ただもうこの業しか残っていない残さない、僕は爺さんさえ業にしてこの業で到る、とっくに剣にうずもれて死ぬ覚悟は出来たんだよ。ならば親父や妹に劣るはずは無い。この身はすでに生きて死ぬのは全てこいつと一緒だ」
「羨ましい、羨ましいぞこの大馬鹿が、まだ剣に生きるか・・・・・、まだ生きていくのか羨ましい。わしはお前という剣鬼を作ってそれでしまいなようだがなぁ」
「羨ましいだろう、いくらでも逝ってやるどうせもう僕には剣しかないんだからな。この業で生きていくさ、この魔法が全盛の時代で、世紀すら遅れたただの剣客一匹、どこまででもいってやるさ」

 ただこれだけの会話でようやく彼女の兄がどれほど人間から離れているか理解した。今の彼女には劣るがそれでも最上級の力を軽々と操るような存在だったのだ、それに相応しい知識も能力も兼ね備えていながら人間に成り下がり、また人間とは思えないような力を手にしていた。

 刃の為に、そうそれだけなのだ彼女の兄はそれだけの為に力を捨て人間を捨てた。

 狂気譚のように気の狂った話、世界の在り様の断片を知った彼女が驚くほどの不気味な男の結末。だがそれでも彼女にとっては兄で、力をと知識を渡してくれた恩人なのだ。殺したいと思えるわけが無かった、だが彼女は結論してしまった魔術師としての結論を、負けたくないと負けるわけには行かないと、相手は死ぬまで動く頭だけになろうと何があろうと動く、殺す以外に方法が無いのだその男に勝つには。

 結論が容易く出ない、彼女は魔術師であると同時に魔法使いでもある。人間として生きるための魔術と人としてあるための魔法、理性と倫理その差で彼女は苦悩していた。

 元々魔術師と魔法使い反発するように出来ている、その二つの性質を持つ彼女はただの人間に過ぎない。だがアーゲンベーバーレは間違いなく彼の手によって滅びるかそれがなくても大量虐殺という形は免れない。軍に撤退命令を下し、自室で悩みつづけていた。

 大千剣という名の神剣外神剣を斬り殺すほどの人間が通常の魔術師で止められるわけがない。神剣でさえ役不足であろう気がする、それ以上にこの国を守るという前提がある以上これ以上の戦力の消失を彼女は避けたい。だからこそ門と言う名の神剣を殺させるわけにはいかないのだ。
 
 確かに彼女はこの国に愛着は無いが、それでも故郷よりも長く生きてきた場所だ。その国で世話になった人間を見捨てる事が出来るほど彼女は非道にはなりきれなかった。

 そしてもう一つの問題が彼女を悩ませる。兵士のすう部隊の人間は最高裁場所の有様を見ていた。
 大千剣は斬り殺され山のように死体が存在する、だがそれに火傷も凍傷も何もない。圧殺された死体さえも、魔術で殺されたにしては外傷が少ない、だが全てが一太刀に絶命されていた。全てが斬り殺されていた、それがぎゃくに魔術師達にとっては恐ろしい自分達は人間意は負けないという自負がある。

 その自己存在証明の破綻、これほど恐ろしい事がこの世にあるだろうか。神剣たちは自分た血が人間でない事に対して恐怖していたが、彼らは逆なのだ人間とは優位に立つことで快感を得る事のできる野生的な動物の面もある。血統主義のアズマにもいえることだが、何か一より特別な事があるという優位を彼らは破壊された、

 それを認めたくないが故の暴走。

「まぁそれは私がぶっ潰したからいいんだけど」
「いやそれは僕がやった事じゃなかったかなーと愚考するんだけど朱里ちゃん」

 彼女の独り言に秋継が乱入してきた、だがその顔は多少だが嬉しそうだ。

「あいつとうとう、ここまで来たんだね。俺は嬉しいけど朱里ちゃんはそうも言ってられないか、斬裂を手に入れてからずっと言ってたけどまさかここまで本気だったとは俺も思わなかったからね」
「そう言う問題じゃないです、あの人はこの国を間違い無く斬り殺します。それはいいんですが、その目的が私であることが問題なんです」
「仕方ないんだけどねそれはあいつ昔から言ってたよ。自分に斬れない物が無いようになりたいって、空だって海だって人だって世界だって、自分に斬れない物が在る事の方がおかしいってね」
「つまりそのためならあの人は手段を選ばないんですね。だからああなって今こうなると、あの時以来です兄を理解しようと考えるのは、私があの時無邪気を装い無知をかたどって頂戴といったあの時以来です、けど殺したくはないんですよ私はどこまで言ってもあの人がいたから私はここまで来れたそれを殺すことで奪うのは納得がいかない」
「やれやれだねぇ、君は別にあいつを殺したくないわけじゃないだろう。君の為にもあまり言いたくないないようだけど言うしかないじゃないか、同格はもうこの世にあいつしかいないから殺したくないだけ、君はもう一度覚悟した方がいいと思うよ。世界を相手にしようとする相手と同格でありたいならその存在証明を己で立てる必要があるだろう。
 どうも勘違いしているようだから一度きっちりといっておくけど君はあいつに勝てるほど強い存在じゃない。聖女を殺したから君がすごいわけじゃない、人間からあそこまで来たあいつがすごいわけじゃない、振り返らないと覚悟した人間はねいるわけが無いしそれが出来た人間はすでに人間じゃない。あいつはそれをやったから凄いんだよ」

 震えたのはその言葉だ、彼女の婚約者はあくまで冷静に彼女と彼の差を判断する。
 こう甲斐なく生きるというのは人間としありえない、それが出来るからには人間として何かがなくなっている彼はそう断言した。

「だから結局私に何をして欲しいんですか」
「戦って殺せばいい、君は勘違いしすぎだ。それが出来ないというなら尻尾を巻いて逃げ出せばいい、策略で相手を陥れればいい、それだけの話だろう。だが朱里ちゃん君はもう一度たりとも逃げ出すつもりは無いんだろうなら戦って殺せ」

 親友だというのに、ともに童の頃を遊んだ中の人間が継げた言葉がそれだ。

 殺せ

 簡単に殺せるほど甘い相手じゃないことを彼女はとっくに理解している。それは彼とて同義、しなくてはならないことが彼女にあるならためらうな彼はそういっているのだ。世界は殺しの輪廻で嫌が負うにも回る、人間は命を一週間奪わないだけでその機能を停止させる。

 無様すぎる醜態だ、男はそのことが許せない自分が好きな少女はここまで臆病であっていいはずがない彼はそう思っている。

「あいつはすでに決断した、なら朱里貴方のすることは殺すことだ。貴方は死にたくないんだろう、すでに貴方は神篝を超えているんだ魔術師としてその証明のときなんです。炎滅はあなたの称号になった、いい加減醜態をさらさないで下さいよ俺が泣きそうになるじゃないですか」

 ぽんと少女の肩をたたいて非礼をわびるように頭を下げる。
 俯いたままにどうかと最後に呟き彼は部屋から出て行った。

「けど本当にお願いしますよ、多分この世界であいつに対抗できるのは貴方だけなんですから。大体婚約者にこういうことを言わせないで下さいよ、貴方は灼夜もうすでに世界を照らすためだけにいるんですから」

 パタンと扉の閉まる音が部屋に響く。

「ごめんなさい、それでもまだ時間が欲しいんです」

***

「今度の戦い君は出なくていい、僕だけでやらなくちゃいけない事だ」

 彼はひとり呟くように声をかけた。
 三日月のように輝く刃に話しかけるその姿は一枚絵にするなら相応しいものだろう、まだ夏季中旬のこの季節の夜ともなれば暖かいが、この男の周りだけは冷たく鋭い空気が世界に侵食していた。

 人間の死体がそこには散乱している。魔術師達の暴走の結果の一つだ、逃げ出したものも大量にいるだろうが彼はそんなことには構わない、ぼんやりと刃を見ているだけ。それだけで満ち足りたような感情に包まれるのだ。

「君はどう思う、望」

 くるりと刃を自分に向けて心臓に突き刺した。
 そこに夜の帳のような真っ黒髪が流れる、月に照らされ別人へと彼は変貌した。

「いつも言っているじゃないですか主様、貴方のお好きなようにと」

 だが女は一度首をかしげた。あれそういえば自分は主の言う事を聞いていただろうかと、あんまり聞いていないのだ、大千剣のときは主が死にそうになったから勝機を作るために自分を具現化させた。

「いや、いやそうですが、絶対に手を出しませんから絶対」

 長い髪をぶんぶんと振り回しながら顔を真っ赤にさせている。考えてみれば自分と言う人間は自己中心的過ぎると、主様のためにとか思っている癖にどうしてもそれを邪魔してしまう。

「ううう、ひどすぎですよ主様。けどもう少しです、後もう少しで私達の夢が叶います」

 世界に切れないものは無いただ刃を振り上げ振り下ろす、それだけで天は割れ星は割れる、世界を切り開くように刃は振り上げ振り下ろされながら世界証明を果たす。それはすでに刃としてではなく兵器としての活用しかないようにも見えるその形。だが斬るそれだけの意思は天眩く月の様に輝き続ける。

 赤い愚直な刃は吼えるように空気を切り裂きこぅこぅと鳴く。

 ひゅんと刃を振るえば、世界に断層が出来たように刃の軌跡が物理を破壊していく。最終剣王の妙技の一つ、斬心、彼が切り裂いた後もなお残る刃の軌跡の事である、魔術師で言うところの概念停滞に当たるもので、斬ったという結末が世界修正が掛かるまで残り続けるという彼に不用意に触れることさえ許されない残心の攻撃的な意味を持ったものと思えばいい。

 彼はこれからのち四つの業を作り上げる無才の極地が生み出す最秘奥まで呼ばれる純粋刀術、これは剣術ではない、刃の持つ全てを発揮させるもの、それを血走り、斬心、そしてあと二つ、これだけしか覚えないがそれだけで十二分とまで思えるほどの技術。だがそれは彼の技量であり彼女の技量ではない、斬心と手彼女が使うものはまだ未熟刃の軌跡を辿るのが精一杯。

「けどこれは私だけの業なんですよね主様」

 刃の術を使えない彼女が使うのが剣術、だがそれだけでも素晴らしい。やはりそれも突き詰めればきりたいという純粋な意味だけで作られたものだ、演舞のように刃を彼女は振るい始める。

 死体に戯れるように刃を振る、止まらぬ二人は刃を振るい続ける。狂気という名のつきに見入られ、凶器という名の刃に取り付かれたまま、世界に血反吐を吐かせるためだけに刃は何度も世界を切り裂いていく。

 ここは草原、世界最大の魔術大戦が始まる最後の場所。

 今魔術師は、血の泡を吐きながら世界に埋もれていく。首を飛ばされ屍の山を積み上げ、今たかが人間に恐怖する。

「おや、今はそちら側か。望さん、彼女の結末のためにもここで死んでもらわないと困るんだよ、どうもあの人は兄を殺すということにいまだに躊躇いを覚えているようでね」
「物臭の金椿の末裔ですか。どうやら門と言う神剣も控えているようですね、なら私の出る幕ではありませんここである時を殺せばこの悪夢の結末がつくでしょう。ですが、私達を殺せるほど世界は甘くは無いんですよ」
「いやどちらでもいいんだけど、惚れた女のために何一つ出来ないようならこの俺は塵以外の何者でもないだろう」

 然り。

「まぁ、僕も斬裂のためにすべて捨てちゃった人間だからその言葉には賛同するよ親友」
「黙れお前はもう俺の友達じゃない俺のスウィートハニーをいじめるこの世の塵だ」

 然り然り然り

「それも事実、そりゃそうだろう僕はこの世の塵だ。理解してるし辞めるつもりは無いけどね、御託はもう並べ終われ、刃の名を斬裂と証したあのころより早数年、お前には何度も負けてきた、そろそろ僕がお前を殺して決着でいいだろう。

 僕の名前は新月の朔

 神剣が僕の刃に劣ることの証明をここで果たしてやるだけだ。まとめて掛かって来い門番、力場使い」
「今更そんなことをする必要も無いだろう人間、いや刃使い。後門番はいるにはいるけど彼は手を出せないんだよね残念ながら、 君をここに5日は封じておかなくちゃならないそのために俺がここにいる。君にもう勝てる自信は無いけど、目的を遂げるためだけの自信ならまだある」

 斬、壊、火柱が悲鳴を上げるように炸裂する。一振りと爆発が同意義というのもしゃれにならないものだが、熱ごと切り裂いて術者を睨みつける。

「ふぅ、分かったよ分かった親友。5日ね残念だがそれだけの時間をくれてやるほど僕は優しくないんだ、あいつだけは殺す、それはもうとっくに決めた喜べ神剣僕がかばねになろうとだ、彼女と僕を引き離そうとしたそれは君らで言うところの殺人程度には罪が重い」
「嘘付け世界を滅ぼすのと同意義で君は許せなくせに何を語る。だがまぁぼくでも彼女と引き離されたらそりゃそれぐらいは思うかな。だが大名字秋継、少なくとも神剣最大攻撃力の僕が簡単に負けると思うなよ」

 意思を持つ刃と人がぶつかり合い血しぶきを上げる。

***
 
 彼は三日しか持たなかった、二つの神剣の首が転がっていた。
 実際の話した戦いという戦いは起きなかったといってもいい。力場使いは逃げ回っただけだ、もうあれには物理の攻撃は殆ど向こうといってもいいかといって概念でうわまれるほど彼ら神剣魔術は重みがあるわけじゃない。

 それでも精一杯戦い抜いた結果が三日、それは侮辱するものではなく誇るべきものだ。それと同時に神剣殺しの英雄はたった十数日で人間を越えてしまったことに対して誰もがおびえを抱く。時間をかければ駆けるほどあれはもっととんでもない異なっていくのではないかと沿う思えば震えてくるもの当然と言うものだ。

 屍埋まりの屍作りが、狂気を切り裂きあざ笑う。

 首を送り届けさせたのは彼だ、一つの手紙とともに、

 お前の決断が二人を殺したと、お前が僕にした事は之よりもおぞましい。どんな事があっても殺してやるよ僕の愛しい愛しい最後の獲物。次は何を殺してお前を待てばいいんだい、もういっそアヅマの方のお前の家族もなぶり殺しにしてやった方がいいのかな。

 決断しなければ次から次へと死体がくみ上げられる、だがそれ以上に彼女の心を動かしたのは秋継の屍だった。

「結論ですか、甲まで私を苦しめる理由が無機物如きと引き離す。あの人はあれが人生のようですがそのためにほかを嬲り殺しにするんですか」

 だがそれが結論である以上仕方ない。
 
「一応私だって秋継さんには惚れていたんですよ。一応処女を奪ってくれる筆頭だったんだ出すけどね。つまりあの人の遺言がある以上もう躊躇うわけにはいかない訳なのかぁ」

 道化のように笑うさまは彼女に兄にも似ていた、だがそれは道化の笑いではなく、純粋な怒りであった事ぐらいが差である。
 それだけではない彼女ははじめていなくなったという絶望を知ったのだ、彼女にとって肉親の死なんてものはたいしたものじゃない。だが秋継は違った、唯一彼女がいっしょにいたいと思った人間だ。
 何しろ婚約者と言うが大名字と大字の親連中は死ぬほど中が悪い、親連中にそれを納得させるためだけに彼女が円滅の力を振るったのはアヅマでは有名な話だ。

 土明、秋継、朱里、この三人は童の頃より一緒に遊んだともであった。

 そのなかで土明は一人浮いていた、天才呼ぶに相応しい力と能力を早々に手に入れ大字の神篝と言う名を与えられるほどの子供だったのだ。それがどれほどの事かアヅマの人間なら誰もが知っている。そんな中彼女と一緒にいたのが秋継だ、魔術師としての才能は余り無い秋継だ彼が神剣成った理由でさえ朱里が一人寂しい思いをしないようにというだけの理由。

 彼女は半身を失ったも同然だ。
 
「けど理解しましたよ私と検索がやった事はこういうことだったんですね。そりゃ殺したいと思うはずですよ、私だってそうなんですから」

 つまり悲しみと怒りが殺意と言う発散上に変わるまでそう時間は掛からないわけだ。
 だがきっと彼はあざ笑う秋津具の行為はお前がうだうだと悩んだ時間の結果だと結末を用意したくせに戸惑ったからだと、俺はただ邪魔を排除しただけに過ぎない。

「あぁいやと言うほど理解してますよ、だから貴方を殺そうと思うんですよ」

 彼の結果がつまらない無駄なものではなかったという証明の為に。

 かかって来いよとでもいいそうな声が響く。彼は全てを自分の手に収めようとしない代わりに自分に向かって意思を放つものには慈悲を与える。彼女は知っている、あれは基本的には理論で動く人間だという事を、自分は勘で動く人間だと、だが今は両方が逆の思考で動く。

 ただの魔術が駆動し彼女の声を国中に響かせる。もう彼女に肉親の情という名の自分が人間として最低限持つものであるはずのその意識は完全に無くなった。抜剣戦争採取幕に値する大草原最終決戦、

 彼女は魔力を走らせ国中に音を放った。

「王権を剥奪する」

 越権中の越権行為、彼ら真剣に与えられた法的国家超越権限。

「全剣を唯一つの敵に集合する」

 それは怒りから、すこしでも兄を殺す可能性を増やすための彼女に出来る最大の手段。

「我が名は神権、王の権利を剥奪し神の権利を行使する」

 殺すという単語しか彼女の頭には今埋め込まれていないだろう赤子のように純粋無垢な汚濁の色を

「最終越権権利を最強の字を持つ私が行使する」

 いっそこんな国なんて滅んでしまえばいい、だからこそ彼女はこの権利を振るった。

「神剣はすでに私を残し全てが崩壊した」

 その半数は彼女自身の手で潰れたというのに

「それを滅ぼした男は新月の狂い 朔 、全剣宣言をここに履行する」

 幾ら屍を積もうとも彼女はもう止まらない。

「さぁ、我らの敵討ちといこう戦争の始まりだ剣を抜き勝鬨を上げるまで諸君の命は我が剣となる」

 世界はもう止まる事を忘れて奈落の戦場を作り出す。

 ホウジュゲイルブ大草原の最終決戦、最強臓物の集いと呼ばれる。剣王戦争を含める最大闘争の一つ、これに並ぶのは剣王戦争幻場の枕語の月下詩残ぐらいだろう。
 世界はきっとここでは終わらないそう思って人間が必死になってそれでも何も出来なかった時代。広大時代の最後の一時、これより先大陸はいくつもの分岐し、いくつもの神が生まれるその一つ前の時代。

 世界はまだ終わらないけれど、

 世界の奈落はまだそこで一人の敵が来るのを今か今かと待ち付けている。
 この時代この世界最強の軍隊であるアーケンベーバーレの王剣君臨、聖剣突撃、魔剣機構、真剣の百万挙兵、全てをそろえれば国どころか大陸クラスですら軽がると侵略できるであろう強大な軍隊だ。実際の話たとえここで、法都からの侵略が無かったとしてもこの二つの国の戦争が無かったかといえばノーになる位の緊張度はあったのだ。

 出なければこれほどの軍隊は必要ではない。抑止力であれば神剣だけですむのだ、それをしないということはつまりはそう言うことだ。

 だがアーケンベーバーレの王 探求王 ゾウイジマ=ヒショウ=アーケンベーバーレ はまさか一人の人間にこのミリオンオーバの軍隊を使うのは神剣最高特権の全剣宣言の使いどころだとは思いもしなかっただろう。

「けど勝てないんでしょうねこれだけの完全破壊機能を持った魔術師の戦闘者たちでもあの人には」

 そしてそれでも勝てないという事実を。
 
 その戦闘の始まりは人の熱気で冬だというのに熱気に帯びて真夏様に見えるものだったといわれている。
 戦力差は一対180万戦争にすらならないはずの圧倒的な物量敗北。

 だがその草原で待つ剣の王者は威風堂々、その広大の草原の地平線に溢れる物量を見てもなお堂々としていた。
 数十メートルと言う単独思考型機構兵ゴーレムシカラバがその地平の中立つ塔に見える、生体魔術の秘奥の一つである魔術生物の咆哮、そして魔術師達の戦略級魔術の駆動音、後方からは支援用の魔術砲台に弾をつめている存在がちらほら見える。そのすべてが戦場音楽だった。

 彼と彼らの間に空いている距離は推定で8キロ程度だろうかもしかしたら20はあるかもしれないがこれは魔術師達の射程範囲内である。

「あれだけの魔術使ったら殺しすぎもいいところじゃないか、殺すならもう少し雅という物を考えればいいのに。だが戦力は火力間違ってない伝統的な必勝法で王道だ。
 まぁとくに問題といった問題は無いけどどうやったものかね、この距離の空きすぎは流石に僕もしんどいと思うんだけど。けどこれは僕の戦いだから彼女に任せるわけにも行かない、しかし刃の元は極楽刃の外は地獄、僕の一振りの軌跡はやがて世界を切るが今はまだそこまでいくことさえ危うい。ならば決めた、三つ目の技法を」

 それこそは距離の秘奥、彼と敵の距離を一瞬にしてつめるための刀術 統渡し 

 軽く彼の刃が敵と彼の間を切り裂いた、そしてその瞬間概念と言う事実がその距離を踏破させる。一瞬にして間合いを零に変えるための秘奥、距離が合い帝洋画なんであろうが関係ない、彼が切り裂いたのは敵と自分の距離それが一キロだろうが二キロだろうが百キロだろうが構わない。彼はその距離の事実を斬り殺したのだ。

 誰も彼が近付いた様子は見えなかっただろう、だが一瞬にしてその距離が縮まったと言う事実だけがそこに残る。そう本当にいつの間にか距離は縮まっていて、その事実に気付いたのは一人目の命が奪われた後だった。

「皆さんとても僕はあえて嬉しいです、一生懸命殺すので一緒に楽しんで死に合いましょう」

 血の雨が世界に降り注ぐ、一振りで巻き起こる血の惨劇斬心という名の凶器が切り刻む第二刀、その血の海の中心での第三刀目血の伝播が世界に伝わり彼の間合い全てが明けの海のように真っ赤に染まった。
 彼はそこで一度息を吐いて周りを見渡す、どこか不満そうにその光景を見て舌打ちした。

「これじゃ斬ったうちに入らない、斬る事はそれだけで全てを斬らなくちゃ成らない。世界だろうが構った事じゃない、刃であるなら斬れなくては可笑しいんだ」

 まだ足りない、世界さえ切れない刃は鈍らとでも言うように彼は斬る事を渇望し続ける。
 力任せに彼は刃を地面に叩きつけるようにして振り下ろす、刃の断層が剣の連なった雨のように降り落ちる。切断の豪雨が降り注いだ。地面後と切り裂きながら大地がボロボロになっていくのが見て取れ、いつの間にか彼の半径一キロ以内にか例外に生きているものはいない屍の霊群(墓場)に変わり果てた。

 そして、三つ目の技法総渡し、攻の方、斬るという事を限定する事が総渡しの基本にして至高。だからこそ斬る事を限定する事こそが刃使いの一つの最奥、故に彼の一振りで消え去る存在が一瞬にして千を越えた。血走りよりも攻撃と言う面なら優れているが血走りとは刃の意思伝播こそが主の目的である、彼が切り裂くもの全てが刃であるという事実を使い、刃に巻き込まれた空気や水、土、埃、血、肉、骨、その全てを武器として操る技法が血走りであるその操るものの頻度の高いものが血であったからこその血走り。

 斬心とは意思の停滞を意味する技法、ここまであげて分かるだろうか。
 彼がいまだ自分を鈍らと言う理由が、斬る術がないのだ。いまだ成らずの最終技法剣鬼はただその術を見つけるためだけに刃を振るう、今はまだ血の惨劇、まだまだとおいは果て無き剣の宴、いまだ悲鳴の地獄なれどいつかいつかきっとたどり着く。

 幾つもの聖、魔、王、真剣が打ち崩される中、すでに魔術師どころが人間さえもやめていた兄を見て炎滅は一人呆然とした。

「これがエイダと戦った時から四日程度の人間なの?」

 禍々しいぐらいに無敵を誇っていた。絶対死亡距離と呼ばれた距離へ軽々と踏み込み切り裂けもしなかった。
 何かここまで彼を強くしていったのかまったく理解できない、彼が凄まじいのはその思いだけだったはず。純粋すぎる願いはまるで単能しか誇らない斬る事の化身のように、理解できない。

 理解できまい、全能論者。

「これが魔術師の決意と何の代わりがあるの、斬れないと言う属性があれが勝てるのかもしれないけど。属性を打ち消すはずの属性が質量で負けてしまう」

 それこそが彼女の敵だ。
 殺す殺すと言うより、ただ斬りたいと言う純粋すぎてそれ以上なくなってしまった屍。コレこそが彼女の敵で、彼女の仇なのだ。

 屍山血河

 この単語で語ってそれ以上のものは出てこない、斬線さえまともなものはないというのにもう彼に斬れない物なんてないのではないかと幻視してしまう。だが勝てないという気はしなかった。

「グウロウ全軍に伝えろ。全軍突撃、どうせ距離をとられたら王剣だろうが神剣だろうが大差なく切り殺されて終わる。なら体力をそげ意味を削り殺しておけと、ただ王権だけは後方から王帝階位を使い続けろと厳命する事を忘れるな。全滅したら伝えろ、それまで私は休憩しておく」

 戦術的そんなものこの戦いにはもうすでに意味を要さないところまで来ている。個人的な感情がすべてだ、だが国家的に見てもコレはもう放置しておくことが許されるレベルではない。部下の一人は了解ですと声を上げると

 だが誰が思うだろう、誰が思い続けるだろう、この世界で最強の軍事国家がたかが一人の人間程度にここまで叩き潰されると。
 後方に下がることはもう兵たちの思考にはない、この世界は永遠に閉鎖された呪術。剣と名のつくものすべてにかけられた呪いの地、それこそが大字の血が残した最後のこの世界への証明。

 斬裂と呼ばれた剣になったものが作り出した、正しく伝えるなら、彼女が斬りたいからこそくみ上げた呪い。
 ただ刃のために、そう思い続けた彼女らだからこそ今ここに最強の刃を名乗ることを許される。

れが、主様を勘違いしているようだから困る。有象無象の戯れ如きにくれてやれるか」

 どけ、どけ、道化−

 流れるのは黒と赤の河、彼とはまた違ったその人間。周りは一瞬動揺するが、それが女とわかるとどうしても一瞬だが空気が緩んだ。だがそれこそが甘い、確かに彼女は彼のように魔法じみた能力はない。だがそれを上回る技量がある、大字の血脈の一人がつむぎだすのは、戦場を突き進むための終曲そしてこれこそが、女の最強の技だ。

 愚直な刃が彼女のために与える権能は、やはり斬ることだけだ。単純すぎるからこその終曲、故の最強たる大字、その中でも絶対習得不可と呼ばれた技がある。それこそが大千剣があこがれたつきの道のわざと呼ばれたひとつの技法。

 ただ斬る、それだけだ。いくつの手段をつむいでも永劫に出ることのない答え、彼女が信じるのはそんな技。

 −お前ら如きに主様の手を煩わせることなど許しはしない

「もともとは私の呪いがここまでの末路を残した。主様はその呪いさえ怯えないで来てくれた唯一のお人、本当であればこの権力さえも操ることの出来た人だというのに、私のせいで」謝罪の中、彼の声が漏れる。彼は絶対にそんなことを思わないそのために全てを捨てた、「彼女のおかげで」だがそれは聞こえない、意思があろうと彼女はその事実を認めていないから、「その人生のすべての末路を決定してしまった」ただの一方通行の会話、「その命を全て使うだけの価値を見つけた」だが後悔など一つたりとも彼は認めていない。

 夢はいまだ終わらないのに彼女はただ後ろを見続ける。でもそれでも走る足は止まらない。多分のその刃の速度は彼よりも早い、その斬る技量であれば彼以上、ゆえに彼女が負けることなど彼は思わない。それは絶対的な彼女への信頼だ。

 そしてとまる、物量という波が止まる。

 ただ静寂だけがそこに流れて、一瞬で命が消え去る音が響いた。身禍月、刃の軌跡を告げる斬るためだけの技。世界に静寂が満ちる、あまりのことに生きているものと死んでいる者の差さえ理解は出来ないだろう。一瞬で命という命が切裂かれて消え去った。

 なんてことはない、その百万以上という軍隊は彼女の一振りにさえ劣ったという証明に過ぎないだけなのだから。

***

「寝る時間もないの、さすがと言うかあれが切裂の力の断片。花鳥風月の一切を切り刻んだ大名刀というだけはあるんだけど」

 女としては間違いなく私の敗北だろう。いやそんなことは関係ない、女の優劣なんてものよりもどうやってあれを攻略するか、たぶん魔術ならどうにでもなるんだろうとは思う。それでもあの剣は鋭いにもほどがある確実に、斬るという意味だけを特化させた一振り。

 気が狂ってる、兄さんとはまったく違う。祖父でさえあれほどの一線を繰り出されたかどうか私にはわかるわけはない。

「まぁそれでも負ける気はしない。勝つべくして勝つ、私も大字の女なんだ」

 負けるという覚悟はもうする必要はない。すぅと大きく息を吸って吐く、世界全空間に触手を伸ばし魔力を流転させる。
 深呼吸と同時に魔力を引き放ち壁という壁を踏破して、世界の事象を支配し操り汲み上げる。

 魔術師じゃなくても理解できるだろう、私以外にこんな芸当ができる人間はもうこの世には存在していないことぐらい。私は自分のねぐらにおいてあるいすに座り悠々と敵を待つ。

 早く来い、早く来い、

 鳥肌が出るくらい強い殺気が、私を痛めつける。これが化け物、英雄たちが戦い抜いた化け物はきっとこういった化け物だっただろう。どれだけ離れていてもわかる、人間じゃこれには絶対にかなわない、けれど人間以外じゃ勝つことさえかなわない。なるほどこれで理解できることがある、英雄譚はこうやってできるのだ絶対不可能を成し遂げることで。

 早く来い、私はただ君臨してやる。

 世界を陽炎にゆがませて私は笑う、それはゆっくり。だけど確実に歩いてくる朔という名の人間の塵がここにくる、浮かぶのは私の好きだった人ではなく、そこにいた化け物、感情で世界を動かした私は今別の感情に支配されているそれは間違いなく喜び。体が痛くなるような刃の意思が私の体を震わしながら、この世界の敵と敵対するしかないことが楽しくてならない。

 目的が破綻してしまう、とっくにしてしまってると思うけど。

 ごめんなさい秋継さん、すいません秋継さん、私はとても悪い婚約者です。あなたの決意なんてきっとあの人が来たら簡単に消えるようなものでした、肉親を殺すことでさえ私にとっては衝動の一つのようです。

 悲鳴が近づいてくる、王権が意味がないなんてこの世界は何でここまで終わり始めているのか。
 ルールブック、あれがかかわってきているのだろうとおもう。けど私にはそれが何かなんてわかりはしない、聖女を殺して私はその道を閉ざしてしまった。本当なら魔術師はそれさえも認識できるのかもしれないけど。

 そんな設定には一切私は興味がない、さぁ今からはきっと本当に楽しい世界になる。死ぬにはいい日なんてないけど、きっとここ死んで屍をさらしたとしても私は公開だけはしないだろう。

 だから本当の意味ではない、言葉をそのままの意味で伝えよう


 さぁ、死ぬにはいい日だ

***

 幕は切り裂かれ、そこに黒き大河を持つ女が現れる。後ろから太陽の光が刺し、長い髪は刃の軌跡とともに消え去り朔に変貌する。
 張られた膜がはらりと地面に落ちる前に消滅する、線のかばねを越えて現れた男はただ楽しそうな人間というには異形すぎる人型。阻止当たり前の構えを取った、二人の唯一の構え、今始めて彼は刃を担う。

「世に生まれ出でて早十数年、屍になって五年」

 ポツリとつぶやいた。

「短いようで長かった、長いようで短かった、負けて負けて負け続けた人生では在ったけれどそれでも満足がいく結末にたどり着こうとしている」

 朗々と世界を告げる、何かの悲鳴が聞こえる。
 ただ流れる言葉さえ彼は何かを傷つけてしまうほど鋭くなっているのだろうか?

 斬ると決めた

 斬りたいと思った

 その結末のためだけに命を無限に奪おうとする。魔術師達は彼にとって彼女にとって、つるぎであったのだ、それに上回れないものがあってはいけないのだ。そのためだけに彼はここにいる神、王、聖、魔、真、そのすべてのつるぎを上回るためだけに。

 斬りたい、僕と彼女はそのためだけにいるのだから鈍らである事だけは絶対に許されない。だからこそ彼は止まらなかった、止まれはしないのだ。

「最後の剣、僕と言う魔術師を受け継ぎ、聖女と言う名の異形を殺し、法律と言う名の刃を殺した、僕の望んだ最後の剣」

 最初はそんなつもりは無かった、だが彼は殺すと決めてから彼女は勝手に強くなっていった。
 いつかそうなるだろうという核心の下、いざ行かんや極限の刃の宴へ、地平の果て奈落の果て宵の果て、いつか来るだろう宴は今降りる。

「最後の名乗りだ、僕の名前は新月の朔、彼女の名前を満月の望、我ら刃の道化に斬れないものはありはしない。最後の刃の名前をなんと言う」

 一瞬彼女は止まった、自分を刃と称した男は今までの殺意などありはしない。ただお前の名前はなんだと子供のように首をかしげる。

「わ」

 なんと言ったらいいのだろう、彼は果たして自分に何を望んでいるのだろう、私は剣でなんてありはしないはずなのに。
 だが勝手に口からその刃の名前が毀れた、

「私の名前は灼夜、夜を焼き払い、世界を焼き払う、ただそれだけの炎。たとえ刃の道化であろうと我が炎の前には打ち崩されるのみ」

 では、

「始めようか灼夜。僕が世界を切るための最後の供物、いや僕が人間でなくなる前に、人間最後の刃の宴を始めよう」

 眩暈のする様な声で彼は告げるここで死に合おうと、それがきっと彼にとっての結末になるのだから。もう奇跡は起きないただそれまで戦いの結果がここに集約するだけだ。結末は後一歩で、そして一つの終幕はあと少し。

 さぁ、いこう、地獄と極楽その境目に、斬る為に燃やす為に―――――――結末は既に決まった身ゆえ

 後悔も躊躇いも既に二人には無い、後顧の憂いなどあろうものか、これからは証明の時間だ。己が力と意思を、ただ刃と魔導に込めて刹那の地獄と永劫の楽園が彼らを包む。これこそが、これこそが、

 刃の宴

 いつか来る刃の宴だ、さぁ楽しもう。この上ない宴を、史上最低最悪にして史上最上最高の刃が紡ぐ宴、世界が滅ぶまでに起きるすべての戦いの起点になるそれの戦いは最後の最終戦争。剣王戦争最終幕、幻場の枕語の月下詩残と同等に語られる抜剣戦争最終幕焔纏の月、世界に血の雨が降ったとされる最後の戦いだ。

 質量が混沌としていく、それは二つの意思の強大さ故だろう。
 概念と言う名の質量が増え、原初にも似た混沌が発生する。それはまるで鍛冶場を思わせる熱気、刃を溶かすほどの熱量が膨れ上がりその中で刀は完成をなす。まるで彼が刃を鍛え上げるために御誂えられた世界の様だ。

 だが忘れてはならない、鍛治の腕がなければ鈍らにもなり熱で変形して使い物にさえならなくなる事を、適切な処置をして始めて刀は刀となりえるのだ。

 炎よ刃を甘く見てはならないそれはお前さえ切り裂くほどの力を持つものだ、刃を怯えては成らないお前はまだ未完成なのだ、至極簡単な天秤だ炎に勝れば刃は完成するだろう、炎に負ければ刃は折れてしまうのだろう。

 だがその程度の価値が無い戦いではないのだ。

 二人は静寂の熱気の中ただ開始の音を待つ、ただ一撃にその全てを圧縮するようなそんな静寂が二人の中を駆ける。静寂、無音、二人はただ心音にあわせるようになんども機を見計らう。だが二人の間に隙などある筈が無いここまで到った人間にそのようなものがあるなら決着は既に不安定なものになる、だからこそあえて彼は踏み込む。
 それは一重に彼がそれを理解するのが早かった、思考時間零はこんなときでさえ役に立つのか。否、これは彼の性質の問題だ、動くことをやめなかった結末が彼の終わりだとまるなんていうのはその中でも愚の骨頂といってもいい愚考。

 ためていた力をすべて無くして、その代わりの炎があぶれて襲う。それは空に浮かぶ太陽のような光を見せる、目を開くだけできっと水分ごと蒸発してしまうのではないかとしかしながら今の混沌とした意思の炎は焼き払う事はない、物理ではないのだ、どこまで肌で熱を感じようとそれは現象ではない。彼と言う研ぎ澄まされ鋭い意思を上回るまで彼女が彼を燃やすことはかなわない。
 
 願いにかけてあの二人に敵おうと言うのがそもそも問題だ。人間をたやすく捨てるまでにまっすぐ走り続ける人間に、一度でも振り返った人間が敵うはずがない。

 貫きと決めた意志を貫き続ける人間に一度たりとも引いたものが勝るはずがない。それでも一瞬でも気を緩ませれば彼は簡単に焼き尽くされる、だからこそこの局面で彼女はその自分の熱量を圧縮しながら魔法を起動させる、高位の次元からの攻撃が聞かないのであれば同位の次元から攻撃すればいいだけの話だ、それが可能ゆえの大魔導。彼が動いた瞬間盤面はあらゆる涅槃の上に属する上位の戦いへと変わった。

 彼女は炎しか使わない、いやそれ以外の手段で対抗が出来ないのだ。一瞬でも気を抜けば彼女とて両断されるのは必死、刹那の油断さえも許されない決定的な勝負の局面。零距離に踏み込まれれば九割彼女は殺される、クロスレンジの勝負で彼女が命をかけた彼の二年に叶うはずもない。信頼の置けるもので精一杯の領域の戦いである事を彼女は理解してた、万能使いであろうと今の局面がどれほどのものか理解できないはずは無い。

 チッと世界が燃える、圧縮に圧縮を重ね研ぎ澄まされた炎は既に質量を持った何かだった。光るわけではない、ただ燃える、全てを嬲り燃やす炎は既にこの世のものとは思えない代物に変わっていた。

 両方の口が裂ける、ようやく始まるのかと言う歓喜だろうか。屍の地平と、黒く染まった空、それを焼き尽くす炎とそれに照らされ出でる月、舞台は完全にととのい世界は悲鳴を上げ始めた。

 盤面の常識を砕いて先手をうつのは朔。相手に行動をという以前に動くことが彼の基本だ、空間跳躍にも似た距離の切断という技術、常識の外から振り下ろされる刃の軌跡。乱立する刃の古森を、炎が焼き払う、普段なら刃と炎ではその重量関係上刃が勝るはずだ、だが今はそれが認められない。

「斬れないだと」

 怒りを含みながらどこか楽しそうにさえ彼の言葉は響く。この状況に楽しささえ感じさせるこの男の感情がどれほど逝かれているか感じるだけで末恐ろしくなる。その生身でこの概念質量を圧倒し始めているその存在に。

 概念戦闘とはつまりは、非常識が紡ぐ非常識同士の押し付け合い。
 炎が刃と拮抗する理由はそれだけだ。圧力概念はそのまま火花を散らしながらぶつかり合う、概念同士のぶつかり合いによる自称干渉が落雷として発生する。だが濃度を高め刃をに不断の意思を込めてもなお朔の概念のほうが強い、炎はじわりじわりと刃に引き裂かれながら、一歩一歩と彼女は後退する。

 だが織り込み済みのはずだ、最初からその質量でかなうなどと彼女は思ってはいない。しかしながらそれでもそれ以外の手段であの人間の行動に対抗できるはずはない、だからこそ思考を重ね相手の隙を組み立てあげて挑むのだ。

 これは魔術師の戦い似た別次元の戦い、己の全力を組み込むためだけにあらゆる手段を錯綜し続ける。

 あらゆる物が燃えながら一筋の光が走る、それはまるで命のともし火と人生の長さを象徴するように、激しく、そしてただ一瞬を、その命をかけたぶつかり合いはすべてに異常を期待して終幕する。

 それか後三合の打ち合いのあと二人はさらに距離を開けた。打ち合いの度に、概念崩壊が起こりあたりはすでに百万の屍を紡いだ炎と刃の墓標ができていた。剣と炎の乱群、このよは子の二つでできているような錯覚が浮かぶ程世界はありえないほどの変貌を一瞬で迎えた。

 草木が萌え、生命の賛歌が響いていたはずのホウジュゲイルブ今見えるのは屍の墓標と刃と炎、人間なんてごみはもうこの世に存在などしてはいなかった。わずか数合と言うそれだけで世界はこれほどまでに変容をきたしたのだ。

 だがとまらないこの二人はとまれない、すべてをないがしろにして自分ためだけに生きるために捨てたのだ消し去ったのだ。必要なものしかもてないほどの自分のいき方のためにすべてを無視することにしたこの二人に、むくろや世界はもう関係などありはしはない。

 刹那、四億の群集の羅列、地獄作りの屍の行進、千億の謡声が天の門を開虐する。そのすべてが斬殺され焼き尽くされる、翻る、跳ね跳ぶ、流れは川、炎は消えず、刃は消えず、ただ、ただ、ただ、

 万の可能性を廃絶し

 夢を歩くものだけが見せる光景、生きているものはどこだ死んでいるものはどこだ!!

 残念だ、残念だ、

 これを見ずに死に絶えるなど哀れすぎて、哀れすぎて、今までのどこにこんな戦いがあった。空はわれ地面は消え、だと言うのにそこに地面はまだあって空はまだわかれただけに過ぎない、まるで刃は空と地上を別つように、まるで炎はその事実を照らすように、変わらぬ願いはそこにあって変わる世界がそこにあって不動たる思いは変革を与える。

 世界はこうやって変わっていくのだ、

 世界はこうでしか変わってはくれない、

 無限がある中でひとつしか取れない可能性を、それを手に取り走り出すことの偉大さと異常さ、今まさにそれはここにあった。負けたくないと言う思いと、斬りたいと言う思い、彼らはこうまで簡潔であるのにいまだにあかれらに門は開かれない。

 世界は素晴しいと言うのにこれほどまでに冷酷残忍な慈悲に、――――――冷酷無慈悲に、だから世界はやはり楽しいのだ。そしていまだ世界の変革は程遠い。

***

 闇に包まれ世界は白。
 体力と言う限界が近付いてきたのは彼の方だった。暴れるような呼吸、肺から血が毀れるような激痛が彼を苛んでいた。
 だからどうと言う事ではない、だが間違い無く彼の体だけが止めたいと悲鳴を上げている。普段なら問題も無かっただろう、彼はそんなことどうでもいいとおもっているしそれ以上に大切な事があるのだ。

 今はそれ以上にやるべき事が彼にはあるというのに、

 一瞬の隙さえ許されるはずのない戦いで戦い拒否する体は既にそれだけで致命的な死に体と変わりはしない。思考制御を基本とする魔術師もそれは変わりはしないがどちらかといえば維持となどが優先される今の魔術には余り関係が無い。疲労していく精神があるがそれを差し引いても、朔の方が不利だ。

 そしてこれからは後の世に伝わった、伝承の通りに話していこう。

 無限なる百万の軍勢、ただの一振りに劣る。
 世界は終わり、ただそこに最終剣王と太陽神が、世界はすでに終焉の時。

 ただの数回の交差の果て、群の骸が存在した。

 人の悲鳴が狂気のように広大世界に響き渡る。それはこの世界すべての人間の悲鳴、空は別れその現実を否定しようとするものを容赦なく焼き尽くす太陽の光が世界を明瞭に刻み込む。

 これは原初の創世記、炎とそれに照らされ輝く物の、

 その戦いは月を二つ越えても続く、剣王の体は疲れ果て動くことすら許されないはずだが一行に二人の戦いは終わりはしなかった。間断なき精神の疲労の果て、死にたいとなった剣王は炎によって焼かれ始める。

 月が太陽にかなう事等許されはしないと言うように、所詮借り物の光では太陽にかなう事は許されないと言うように、

 だがそれでも月は鋭いまま光を放ち続けていた。

 二つの光はただ意思を張りながらぶつかり合う。概念償却をされ体どころか斬ると言う意思さえも焼き尽くされようとしている剣王はそれでも刃を振ることを忘れることはなかった。

 剣王はすでに刃を降ること意外許されない異形の存在である。

 だが終わらない、最終であるが故にこの剣王は終われない。それは生涯終わらない宣誓、高々と刃を振り上げ空を立ち世界を切り刻まんとする絶対の鋭い意思。

 世界は燃え続ける(てらされつづける)、やがて滓になるその一瞬まで、

 灰よ、この世界の一切の灰どもよ、この世界に燃え続ける存在よ(はいどもよ)、照らされるだけで何の価値がある。

 汝わが太陽になぜ屈せぬ

 太陽神は叫ぶ

 剣王いや月を刃に刻むものは屈するはずがなかった。

 突き上げたまま止まらぬ刃、能動の極限を刃に重ね、だがそれでも世界を切り裂く刃の王はまだ世界を切り裂く本当のすべを知らないでいた。

 だが二月も彼らは戦ってなどいない、二日程度の時間。だがそれはやはり苛烈な激戦だった。彼の体は焼かれすでに斬ると言う意思以外存在していなかっただろう。いまだ彼の刃は一太刀とも朱里には入ってはいない。

 もう二人は限界、それは張りつめた意思が世界属性化し二人の戦いを強制的に終わらせるからだ。
 これで閉幕、二度上がった月が堕ちる、だからこその最後の月夜、

 刃の宴は始まりようやく終わる、

 さぁ月が堕ちるまでに決着をつけよう

 ―――――――だがいまだ彼は世界を斬るすべを知らない。

「なんでなんだ、何にが足りないんだよ。ここまで斬りたいと願っているのに何で足りない、なにがだ」

 憤りが彼を侵食する、それが隙となって彼は炎にあぶられさらに刃を振るう力を消失させる。彼が焼き尽くされ無くなった物は、五感、記憶、夢、自分の隣を歩むもの、もう残っているのは斬りたいという願望だけ。だからこそ今まで持っていた意志力による体力の低下の無視は許されなくなる。

 そして次の炎で彼は握力を失った。すっと刃が地面にこぼれる。

「あ」

 間抜けな言葉、そして彼はこの瞬間塵に変わる、芥を焼き尽くす炎それが波となって彼を飲み込んだ。
 決着にしては間抜けすぎる終わり。

「え」

 常に必殺の意思を持って炎を操ってきた朱里、だが刃が抜け落ちてからの兄はまるで抜け殻だった。それはある意味当然の事、すでに彼に早い場を振るいきるという医師しか残されていなかった。刃のない彼はすでに抜け殻以外の何者でもないのだ。

 すでに質量を持った炎は彼を望から引き離す。

 焼き尽くされなかったのはまだ抜け殻足りえぬ斬りたいと言う意思。だがもう遅い、刃はすでに転がり地面を抜けていく。
 これが概念戦闘の敗北者の末路だ、そのすべての意思を奪われ動かなくなる骸。彼女は始めてみるだろう、これが魔術同士であればこんな無様な骸は去らされたりなどしない。皆殺しの大罪人にはこの末路は相応しいだろう。

 それは彼の終わりだった、斬る術を知らない無才の存在の末路。

 足りないものはただ一つだった、本当に唯一つ、だが今の彼ではその結論に届くのははるかに遠いのだ。この世界を斬るはずの最終局面でも。

「こんなのが結末」

 太陽神はうめく、この二日という甘美なる時間の結末は何とつまらない物か。だがこれで終わりだ、もう骸は動きはしない。
 そう骸はもう動かない、

 だが彼女の悪寒はきえはしなかった。

 そう骸は動かないのだ。

 骸は、

−主様−

 だが刃はまだ死んでなどいない。誰にも響かない声が響き渡る、彼にだけに響き渡る、誰の声かもわからないというのに彼の心に確実に、聞くという感覚すらないくせに彼はその声を聞き届ける。

−お願いです、私の声を聞き届けてください−

 聞き届けろ剣王、お前は一つでは完成などしはしない。

−あなたは血だらけになって何度も何度も死に掛けていると言うのに−

 お前にとって刃を振るうことは切りたいと思うことではないはずだ。

−私の声は届かないまま、あなたと私は一つのはずなのに−

 刃を振るうのは望との逢瀬、唯一つの刃との語らいのときであるのだと。

−ねぇ何でなんでしょう−

 そして忘れるなお前にとって刃を振るうこととは

−お願いです、私はあなたと一緒にいたいのです−

 斬りたいと願うことではなかっただろう。お前が刃を振るうのは既に、

−お願いです、私に早く気づいてください−

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

−私とあなたは夫婦なんですから−

 刃の為である事を、刃の骸は死んでもなお手を伸ばさずにはいられないのだ。それが彼の結末だから、いつものように彼は敗北してもなお刃に手を伸ばす、伸ばして伸ばして伸ばし続ける。

 伸ばせと、伸ばし続けろと体が動く、握力で離す者ではないのだその刃は、だがら伸ばし続ける、それが彼の歩んできた道だ。

 そして彼女はその姿をただ俯瞰する。当然だ、あれが結末では彼女が許せない、そしてこれ戦いではあるが殺し合いではない、ただすべてを出し尽くすという戦い。だから彼女はただ見ているだけだ、ずりずりと刃に向かってはいずる虫けらを邪魔などしない邪魔もさせない。終わることのない戦いの決着を彼女は見るためだけに、ここで殺すという結末を望まない。

「ほんっとうにわからない人ですね、そして変わらない人。
 さっすっが!!私の兄さんです、こうやって生きているからこそ正々堂々と潰したい、望でしたか女としてはうらやましい限りです秋継さんもそうでしたが、そこまで思われるなんてよほどの事ですよ。既にあなたの事なんて覚えてもいないというのに、その人は結局死ぬまでとまらないのですね」

 本当に、初心なままの子供のつがいだ。
 彼女は笑いながら去来するのは秋継との思い出ばかりか。だがそれも彼が刃に届く間の懐古。
 
 何度は幾つ這い蹲って刃を手に取り動き続けたのだろう彼は、才能なく、無力でありながら何度も倒れ何度も手にとって来た。何度手を伸ばし方かれさえ覚えていないのだろう、この数週間で彼は親権さえ切り伏せるほどの力を得た。だが彼はその前から戦い続けていた、彼はその間祖父以外に勝ったことさえなかった。

 負け続けてきたといった彼の言葉は間違いではない、

 けれどそれだけの敗北を積み重ね死に掛けたとしても振り返らなかったのだ。そうやって歩いてきたからこそ彼はいまだに手を伸ばす。本当であれば彼は最終剣王などではない、というより剣術を極めたものに与えられる最強の称号が剣王なのだ。彼は剣術の何一つたりともをその身に身に着けてはいないのだ。結局のところ彼に与えられる称号は刃、ただ斬る事だけに過ぎない。

 だからこそその術を極めようと、その願いを作り上げようと、彼のそのすべてがそこに浮かぶのだ。

 刃を取った瞬間空気はすべて変わる、凍えるような空気に張り詰めすぎて磨耗し果てた世界。世界に二つの月が浮かぶ、青い光と紫の光、もう彼女の目にはこの二つしか入ってこない。

 そしてゆっくりと彼は刃を空に突き上げた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――すべての音がやんだ。

 彼の頭はもう既に斬る事しか入っていない。
 もう考えられないだろうそれ以上は、もう夢も願いもつがいも、すべて彼の手から零れ落ちた。
 斬りたいという願いはきえる、彼に残された最後の魔術師戦闘での究極の技法の一つ。

 彼を今まで支え続けた原初の技術

 その名を思考制御 最短結論展開−シークタイムゼロセコンド−

 余分な事を考える必要はない、
 考える必要などありはしない、

 お前の望みは唯一つのはずだ、

 後はそれを振り下ろせ、それがお前にできる才能の刃の技法だ。
 それで彼女はお前の望みにすべてこたえる。

 だがそれが正解だ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 斬りたいとなんて願う事などあろうものか。
 そんなのは後退論者の放つ望み事に過ぎない。

 振り返る事などしない人間がなぜ望む、お前のすることすべては事実でなければいけない。

 二人の会話はもうない、ただ振り上げられた刃それに対抗するために彼女は自分の思い浮かべるすべての炎を作り上げ研ぎ澄ます。
 そして二つの光が世界を照らした、月と太陽、

 月は堕ちない
 太陽は輝く

 それがこの広大世界の最終幕をつむぐ男の始まりだ。
 そして彼より先に彼女が動いた、この局面に来て彼女が始めて能動を選ぶ。

 燃える炎は彼をなぎ払うように、、

 邂逅、接触、

 赤熱、それは現象概念すべてを超越した燃えるという事象そのものだ。必勝という願いを込め意思を込めて、世界を照らし癒し焼き払うすべての炎を意味する最終の炎滅の技法といっていい。

 その炎に対抗するのはただ薄暈けたように光る一刀、細い光、意思も彼は込めていない
 決意さえもその一刀には篭っていない
 彼にはそれを篭めるだけの、意思は残っていない

 だがそれでもそれでも決意という名の感情は残っていた、彼の間合いにやすやすとは言ってくる炎の担い手。

 いつか聞いた鞘鳴りの音、静寂に継ぐ静寂の中、月の輝きは地面にまで開かれる。
 どこに鞘があるのだろうと彼女は思った、それはきっと世界すべてが聞いた幻聴、だって世界のどこにも彼らの納まる鞘なんてありはしないのだ。

 ポツリと雨が降る

 それはどこから降ってきたものだったのだろう。

「終わった」

 その言葉は彼女の言葉、大字夜掃灯灼夜明朱里の言葉だ。
 
 ぽつぽつと雨が降ってくる、
 ただ雨が降る

 ざぁざぁと、雨が降る。

 あかいあめが世界に降り続ける。
 彼女は最後の世界を見る、赤い雨が降り注ぎ空を見上げれば世界に切れ込みが写る。そこに一人の女が叫び声を上げていた。
 それを彼女は確認して朔に頭を下げた。

「おめでとうございます兄上、あなた様は夢を叶えたようです。その為の敵となれて私は光栄でした、私が死んだ後すべてはあなたの元に戻るでしょう私という存在を切り殺したのですから。まぁ絶対に何か副作用はあるでしょうがね。
 供物として結末にしては素晴らしい物を見れたと思います、あなた様は本当に酷くて、凄くて、やっぱり人間の塵でそれでもその決たるは並々ならぬものでした。
 恨み言は幾つもあれど、私は秋継さまの元に向かいます。
 この声は聞き届けられないかもしれないですが、本当におめでとうございますあなた様は私の自慢にできない最低なでも、世界だって切り裂けるほどのわがままな兄でした」
 
 満面の笑みで彼女は終幕を告げた。

 雨は降り続ける、その傷がいえるまでずっと降り続ける世界の流血。
 斬りたいと願う程度で世界は斬れはしない、そうお前の刃は振り下ろすだけ斬るという事実でなければ変革などおきようはずもない。

 血走り、斬心、統渡し、最終技法の名前を名月、十五の夜の後に浮かぶ満月の名を歌う言う言葉だ。

「あぁ、終わった。望、世界は本当に斬れるものだったんだこの雨が証明だ。次の段階にいこう、世界だけじゃだめだ、君と僕はまだ最後の逢瀬を迎えられない」
「はい、主様」

 彼は始めて同じく浮かんで望と話す。彼の隣には顔を赤くした刃の夫婦の一人がいた。

 意識の戻った彼に妹の言葉は届かなかったがその代わりに彼女というつがいを一人具現化させた。
 そして動き出す、まだ彼の目的は終わっていない。その為に彼は動き出す大陸結界は既になくなった、彼自身の手で世界ごと切り裂いた。

 この後に十年続く崩壊戦争、剣王戦争はこうして始まった。

「もう僕らはこれだけしかないとはいえ。とまる訳にはいかない、その為に蔑ろにしてきた物が多すぎる、じゃあ行こう僕らの結末のために」

 ただうれしそうに刃は笑う

「当然です主様、あなた様がたどり着きましたが私はまだたどり着いてはいませんから。わたしがあまたの屍を並べるでしょうが頑張らないといけません」
「それでこそ君だ、じゃあ行こうか」

 差し出された彼の手を彼女はうれしそうに握る、刃以外で触れたことなどない主の体。初めて二人はこのとき触れ合った。
 本当に真っ赤に染まった彼女は、この赤い雨よりもきっときれいな色をしていたのだろう。

「はい」

 精一杯頷いて、二人は歩き出す。
 もう世界は彼ら二人の夫婦をとめる事さえできない。

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