三章 過去の始まり、人が刃に変わる時 我一生刃捧
 




 正義、正義、正義、正義!!
 我が力の行使は正義
 ゆえに抜かれない動かない、正義、それを成す為だけに我は外道を担う。正義正義正義正義正義、我が名を恐れよ、我が名を響かせろ、我と言う名前は恐怖と正義。

 我が名はカイベンルグ、我が名は大千剣、我が名は正義の実行者、シェリー=ゲルベーガ=ガインベルグ、大字の刃を持つ最強の剣人也

一時間後

 ところであんなわけの分からん文章なんでいちいち我はいわにゃいかんのじゃ。わしゃにゃーいみがわからーん。

                    ―――――――――――絶対正義宣誓、最高裁判官任命での大千剣の発言(従者作成)


 最初それは何が起きたか部屋の住人には分からなかった。

「なんじゃいね我の部屋に突撃は最近のふぁんは豪快になってきたものだ。まて、これは器物損壊ではないかギルティしなくてはならんのでは?」
「失礼ながらそれ以上にさっさと治療するのがお勧めです。あなた様の正義は事情も聞かない暴力ではないのですから」
「ふむそうであったような気もする。さっさと治療するがよい我は久しぶりのお休みという素晴らしい日なのだ、魔力など使いたくない」
「ですが私は魔術師ではないのです放置しておけばあなたの正義が穢れますよ」

 いやそうな顔をする、だが正義が穢れるのだけは許せないらしく。回復の回路を起動させる、活動写真のようにコマ送りで彼は傷を再生させてゆく。
 だが停止したからがが動く事はなかった、意識は切断されたまま彼は動かない。

「死んでるのかい、我はちょっとばっかり人間の体には詳しくないんだが?」
「いや気にせんでくださいませ、体が治るだけで意識を取り戻すなら植物人間なんて出来ないんですから」

 ふむ、頷く。肩程度に伸びた髪をぶんぶんと上下に揺らす、二十五程度であろうその人間はやや幼い行動と古めかしいといえば古めかしい言葉を使いながら、従者の言葉に納得した。

「しかしながらこの魔術全盛の時代に刀とは珍しい。鋼路殿の以来だな花顔のような刃だ、我はびっくりよ」
「あなた様の先代の剣王様ですか、最後の剣術の王、最弱使い名を持ったあの剣王」
「のーだ、あの人は凄まじく強かった。剣術使いの最強あの人はそう言う人であったのだ、魔術に負けたのではないあの方は強かった、あの人の相応しい刃がなかっただけのことだ大千剣のように、花顔が悪いわけではないだがあの人はあの刃では足りなかった唯それだけの事だ」
「過大評価ではないようですが、どんな刃があったらよかったのですか?」

 彼女は一度頭を掻き毟る、明らかに回りを気にせず豪快に自分にあるがままの姿には好感が持てるが女性としてこれはどうだろうというしぐさ。
 分かるはずがないのだ、花顔、大字鋼路に与えられた刃。彼のためだけに刀匠がうち魔術で鍛え上げた刃である、それ以上のものなんて想像が彼女には出来ない。長さ、切れ味、耐久度、重さ、全てがその存在のために与えられた刃、それで足りないのなら何を……?

「分からないな、何しろあの花顔は素晴らしい刃だったのだ。これ以上はないというほど素晴らしい物はない、全てが使い手のためだけにあったのだからな。だがこの男もまた剣術使いのようだ。こういう存在を見ると心躍るね、どうやら魔法使いにやられたようだがなかなかに根性のあるやつだ我は驚いた」
「しかし綺麗な刃です、花顔というのはこれほどまでに綺麗な刃なのですか?」
「紫か、淡いとはいえ間違いなく血をすすった事があるような刃。いまだ白鞘であることの疑問さえ除けば間違いなく使われている刃では在るが、美しさならこの刃の方が上である。大千剣をもってしてもこの刃の格は超えられない、つくづく素晴らしいが呪い刀の類であるな」
「なぜ?大千剣は究極の刃の一つでしょう」

 それは当然、従者はその刃の力を知っている。それが目の前の最強と合わさったとき神剣でさえ彼女に追いつかなかったことを、肯定する大千剣の担い手。

「そうか、剣狂いではないカラバセでは分からぬか。刃とはつまりは斬る為にあるものなのだ、存在価値はその濃度で決まるといってもいい、考えても見ろこの剣を我が大千剣を振り下ろすだけで折れそうな貧弱さ、だが切るという意思を純粋に特化させた意思。
 この世のどこに触れるだけで存在を切り裂く刃がある、こぅこぅとなく風のひき音が聞こえるであろう。この刃は意外と頑固で安淫売のような武器とは違う、誰からも触れられるだろうが頑として使い手を認めることない、切れる刃は最高であり最低なのだ。使い手の意味をなくす、才能のあるものは使いこなそうとする事をしないだろうが才能のないものは使うことさえ許されない刃か。なんと身持ちの固いことだ、貞操を守り続けてる汝のようなものだぞ」

 その点で大千剣はこの刃に劣る、だが武器として殺傷能力ではこの刃のほうが上だ。傲岸不遜に彼女は笑いながら大千剣を見せる、従者カラバセは首をかしげるやはり分からないのだ。彼女は神剣には劣るもののそれでもこの法律国家の中では最強の一人、魔道将軍と同等の字を持つ正道覇者、この国の中で法王に並ぶ最高の役職につく最高裁判官である大千剣 シェリー=ゲルベーガ=ガインベルグ の従者、国選弁護士であるが彼女は大千剣を見すぎていた。

 その刃の凄まじさは彼女どころの騒ぎではなく勝てるわけがないと震えるようなそんなもの。最強の刃と名高いその大千剣に敵うものがあるということを

「戦闘としてではなく、切れ味その部分だけなら大千剣はこれに遥かに劣る。これが神剣や私の大魔術なら敵わないだろう、斬ると言う属性ではこの刃には勝てない。だが我が剣術使いに負けるわけではない、ましてや大千剣が我の武器が劣るはずはないだろう。
 殺す技能なら我ら魔術師のほうが上よ、これが神剣クラスの魔術師ならば我に匹敵しただろうが無理だな」

 この世界に絶対などないがこの人が言うならそれも事実だろう、一つの正義を信じている彼女において大千剣はそう信じている。正しき道を歩む覇者、この世界の法律を遵守させるために、そしてそのほうから人々を救い上げるために、彼女の信じた人の言葉を肯定し続ける。

 だからこそ彼女はこの刃達により一層の興味を抱いた、まるで体の援用のようにつながったまま離れないその二つの刃に視線を固める。

 そして刃を掴もうとした、どれほどの刃なのかが気になったのだ。

「窃盗であるぞ」

 忠告が入るが彼女は気にしない駆る言い訳を作り上げたら即行動。手を伸ばすその行動に躊躇いは見られなかった。

「不法侵入者から一時的に武器を取り上げるだけです」

 理屈を屁理屈で返す、彼女はその刃にいつの間にか飲まれていた。
 何が何でも欲しいと思わせる魅力がその刃にはあった、達人殺しとまで言われたその刃は魔術師から見れば至宝のように写るのだろうか?刃に彼女が触れるその刹那彼はビクリト飛び起き刃を振り下ろす。
 ガキンと障壁に阻まれる刃、だが彼の体はそこから動かない、絶対の威嚇を行いながらまだ彼には意識が戻っていない。

「くくふふふふ、素晴らしいな。我も驚きだ、素晴らしき剣客よ才能がないのがいただけないがそれでも凄まじいまでの闘争本能というやつだ。これはギルティするわけにはいかんな。どうやらそいつの言い分では窃盗のようであるしのぅ」
「ですが私にはそう言った物の執行権限があるのです」
「止めておけ、次は障壁ごとた叩き斬られるぞ。一瞬で六百層の障壁を殆ど斬り飛ばしたんだ、次は確実に抜けるぞ障壁を今のは遅い位だまだ早くなるぞそんな刃に立ち向かうな。魔術を使うのさえ意味が今の状態では意味がない。
 しゃれにならん、この男の刃地だこれ以上は斬り殺される。魔術を使う余裕さえなく斬り殺される範囲だ、我が大千剣の発動前にだぞ負けるつもりはないがここで殺すのは惜しい介抱してやれ」

 「しかし!!」納得いかない彼女は声を荒くさせる。魔術師が人間に敵う事などない、その常識を持つものがその常識の極点たる最高裁判官 大千剣 がその言葉を口にしたのだ。お前はたかが人間に殺される一歩手前に来ていたと。

「戯け、我が言う言葉の意味が分からぬか。魔術師の障壁を切り裂く男など一人しかおらん、剣王殺しだそいつはおぬし如きで敵うか」

 心臓の鼓動が確実に高くなるのを感じる、この国で自分と同等だった男の首を切り落としたのはその男だ。広大世界最大の覇業と言っていい神剣殺しをなした大罪人、後方に彼女は飛びのくようにして離れた。

「視認殺害の指定を受けるほどの犯罪者を放置する気ですか!!」
「そうよ、我は放置する絶対正義の名をもってこの男を今は殺さない。いいか、我が断定したお前如きの権力で止められるか、我のここがこれほど高鳴ったのはいつ振りか。刃を捨てたあの時以来か、鋼路殿と刃を交え負けた最後のとき以来か」

 大千剣を握らずにはいられない、最強であるそれは震えるほどに刃を握っていた。
 この瞬間にでも交えたいのだ刃を、いくら墜ちたといえど彼女は刃使いの一人。あれほど愚直な刃の軌跡を見て心踊る事がないわけがない、刃の為に振るわれ、刃が使い手のためだけに動く、一方的な想いの押し付けではないその軌跡。

 才能はなかった、だから辿り着いた一つの道。魔術に逃げた自分がその道を極める事はなくなったとその道の成果を、無才の男が極めたのだ。

「ふふふ、いやのぅ逃げなければよかった。剣術を信じればよかった、今となっては遅いか、そんな道があったなどと知って……遅いがな。そいつは渡しじきじきに処断する、我の権力の全てを持って私がそいつを殺してやる。
 罪状はそうだな、嫉妬でいい、五年ぶりか王冠の神剣を私が殺して以来だ。大千剣を振るう、最高裁判所の門を開けろその男が完全に回復したらな」

 きっとそれは嘘で本当だ、嫉妬であり嫉妬ではない。
 唯自分がその刃使いを見てみたいと思っているだけ、才能がないことぐらい一目見れば分かった。その男には自分と言う刃の技量はなかった、ただその紫の刃を振るうためだけの軌跡。

 だがその欲望はあまりの強大すぎて従者を怯えさせる。
 震えが走り体が動かなくなる、それほどの圧力を発しながらいまだに刃を構える男に向けて両手足を破壊する魔術を使いそのままほこりをかぶっていた剣士としての感情と勘を取り戻すため己が訓練場に足を向けた。

 剣気という名の狂気があふれ出すのを感じていた。空間が圧迫されるようなそんな空気が立ち込めている、そして一瞬の平穏が訪れ大千剣が歩き出すだけで細切れになる廊下の音が響き渡った。

「封印までしてるあの剣の力がもれるなんて」

 神剣を持って封印された最強の武器大千剣、だが感情の高ぶりが呼旺するようにその片鱗を見せる。王者そう呼ばれたもと神剣魔術師、V型魔術の根本的な開発責任者、人体実験に子供を使うなどの非道ぶりにより法律国家ケインベルにより有罪判決を与えられたこの抜剣戦争の本当の意味での原因。その処刑の際に使われたのが最後、魔王結界獄門により完全閉鎖された中で行われたにもかかわらず最高裁判所は崩壊した。

 彼女はその処刑を見ている、現在では仲間である神剣の封印をもって力を封じていたにもかかわらずそれを意志力だけでどうにかしていた。域さえ出来ないのを彼女は感じている、動けない、あれほど感情を表したことは彼女はなかった。
 こんなのは鋼路とよばれた元剣王のことを話すときぐらいだ、大字鋼路、最弱使いと呼ばれた最強の剣術使い。最強を生み出した大家の一つであり最も異端な家大字から出た、戦場鬼。魔術という未来を予測しアーケンベーバーレを刃一つで守護した無類の剣聖、アヅマとアーケンベーバーレが同盟を組めたのはこの人間のお陰だ。

 それでもなお魔術師に負けなかった、神剣という魔術師が出るまで彼は最強だった。

 私は彼に勝てないから魔術師になった

 そう呼ばれるほどに、最強が似合った最弱使い。

「彼だけではないのですか」

 嫉妬があったのはきっと彼女だ、崇拝?いや彼女の感情はすでに恋慕だ。男が大千剣の前に来るだけで嫉妬で焦がれるというのに……、だが彼女の思考はそこで一つ動く。嫉妬したところで死ぬのはもう変わらないから、死体になるものに嫉妬をするのはおかしいと。

「死んだらその刃は私が使わせてもらいますよ」

 それどころか憧れが認めた刃が唯で手に入るかもしれない。
 おかしくなった彼女は笑い始める、

 意識がなかったことを彼女は後に感謝するであろう、絶対の意志と決意、それを無様に踏みにじる人間がどれほど惨めか。そしてその人間を後一歩で敵にする事になった自分の愚かしさを……

 けれど刃だけはその言葉を聴いていた。

 夫たるも一対の刃の意識がない中、過去の夢を見るつがいの心に平穏を与えるために刃はその声を聞きながら一度眠りに着く。あらゆる怒りをその刃に託し、呪いを加え、初めて刃と出会い消え去るまでのその長いときの夢を見る。

***

「お願いだこの魔力も知識あげる、だからお願いだよ!!」

 少年の始まりはその言葉からだった、その前の知識は全て妹に渡してしまったから。この日大字土明は産まれた、斬裂という刃に惚れた一人の男のこれが始まりである。
 今と換わりはしない狂眼にそまったまま黒い眼には灼熱が浮かぶ、だがその渇望は今の比ではなかった。

 渡さないのならこの場で全員を殺しつくすと表現するように、大魔術 概念焔硝-大喰らいのもう一段階上位魔術- が発動している。後に大陸の地形さえも変えてしまう大魔法アイビーさえも容赦なく燃やし尽くした魔術の真の使い手が、感情のままに炎滅を意味する炎を具現させる。

 周りの人間は驚いた、何も欲しいと今まで言わなかった子供がその感情の制御さえままならないほどに理性を失い達人殺し斬裂を要求していたのだ。
 彼のいた床は概念後と燃やし尽くされその意味を失う、だがどう操っているのか炎滅によってその場に床がないと言う事実さえ無視して彼はその場に立ち斬裂を持つ父親に懇願していた。

 断れば間違いなくなく親を殺してでも手に入れようとするその殺意と意志は十二分に彼は備わっていた。

 常人では考えられないほどに彼はその刃を欲した、剣を操る才能なんてないくせに手を伸ばす容赦なく抉り取る鉤爪を連想させながら。彼の要求は鳴り止まない、辺りが他の魔術師を使って大封印の儀式を行い始めたというのにそんなことは意味がない。
 概念焔硝と今の彼の意志の前ではそんな多重封印如き意味をなすものではない。封印は彼を押さえつける前に焼き尽くされ消え去る、このときの彼に家のものでは敵うものはいない、戦闘力を火力とするなら彼に敵うものはもうアーケンベーバーレでさえいるかどうか分からないほどだったのだ。

「この刀を無駄にするためか、焔児」
「お願いだよ、お願いだ、必要ならこんな魔力だって魔術だって知識だってあげるんだ。斬裂を頂戴よ、名前だって捨てるからお願いだお願いだよ」

 会話は成立しない、父親だったはずの男は息子の変貌振りを受け入れる事ができず何度も語りかける。
 だが意味はないだろう、未来を見て過去を戻してもそれはやはり変えられない事実だ。盲目と言うのは一つしか見れないものの事だ、その一つさえもいつか消え去っていくその過程を意味している。彼はそれに近くそれに遠い、それしかないからそれに手を伸ばす、目的がないのではない目的が出来たから、決意は揺るがない、震えない、正しくのばされる。

 歪んでいるのはその性根、腐っているのはその心、思いは揺らがず唯真っ直ぐに、

 狂眼、それはと周りを切り裂くように辺りを見回す。これ以上の抵抗は死を意味すると睨みつけるように、さらにあたりの炎の量が上がり床どころの騒ぎでは無くなって行く、ぎしぎしと歪む空間の中、七歳の童子が行う行為ではないそれは鳴り止む事を知らないどころがより一層の非常識を重ねていた。

 このままではどんな方法でも彼は斬裂をもぎ取ってしまうだろう。

「いいぞ渡してやっても、魔術を朱里に渡すというのなら渡してやっても構わんその呪式を家宝とすればいいだけの話だ。継承魔術なんてものはだれもあみだしてはおらんようじゃし、何よりお前ほどの魔術を確保できるなら安いものだろう」

 その声は突然だった、一族郎党皆殺しにする気は彼の中にはすでにあったのだ。
 振り落ちた声、最弱の最強使い彼の祖父の声だ。この家で最も権力を持つ古豪の剣客、鋭い眼光はいまだ歴戦を思い起こさせ、腰には血の花を咲かせる刃と呼ばれた花顔が狼の口のように開いている。

「え?」

 この一瞬彼は魔術の制御を完全に忘れる、祖父の言葉が彼を全停止させ構成が解けた世界を侵食し塗り替え操る大魔術の構成が破綻した。
 ゆえにそれが花顔の間合いとなる、魔術師さえも斬り殺した剣帝、剣王、剣神、あまたの言葉で歌われた過去の最強がこの一瞬を見逃すはずはない。魔術構成が障壁が肉体が一振りをもって破壊される。

 斬られたと後から認識される一振り、雷光を連想させるその一瞬は極限の切断の技量、ひび割れるような音が響き渡りべちゃりと一瞬遅れた血がゆかにべちゃべちゃと赤を塗りたくり、土明はまるで衝撃波で設けたように壁に吹き飛んでいく。

 

「などと言う物か馬鹿が、わしを認めさせもせずに子供だからの我侭が通用するとでも思っておるのか。今この場で切り伏せて欲しいというのか焔児」

 刃を持つにふさわしい人間が見せる剣気、炎で熱せられたその場に極寒の風が吹き荒れ、

「え……、げぇう。るごぉお、……えぇああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 そのまま突き刺した刃を切り上げるだけで彼は絶命する、この状況で魔術構成を行えるほど彼はまだ戦闘者としては成長していないかった。
 だから彼の祖父はそれを見越して全ての場を一瞬で支配しつくしたのだ。彼が未来に身につけている技術、だが今はそんな能力はない、痛みと願望、肺のダメージがからこぼれる血。

 けれど純粋すぎる思いは時として剣のように鋭いものなのだ。ましてや彼が望み変貌するのは刃、その口からは悲鳴が消え、

「そ……の、斬裂、を。……………ちょう、だ、い」

 願望を望むだけだった。伸ばされるのは斬裂、いまだ届かないがそれでも伸ばされるのは斬裂だった。
 それはやがて過去から進行形に変わる言葉、だが今は届かない今は無限の荒野を連想させるほどの果てがなく世界は悲惨であった。

 鋼路は一瞬、震えが走るほどの意志力というものを見た気がした。

 だが今はそれどころの話じゃない。刃は一度彼から抜かれ回り込むと彼の首を押さえ絞め落とそうとするが、先ほども言ったとおり彼は剣術の才能がないだけに過ぎない。合気の要領で祖父を投げ飛ばす。

「渡してよ!!」

 血を吐きながら一生変わらない意識が放たれる。荒々しく変わる感情さえも制御しつくしなお苛烈な烈火を彼はいとも容易く想像するのだ。彼が炎をあそこまで極められたのはその意志力のお陰でもあったのだろう。
 しかしいくら彼がそういっても現実は容赦なく異端を殺しつくす。

 彼にさえ見えない刃がまとめて六条、彼の腱を切り裂いた。魔術で治る事が分かっているからその軌跡は容赦ない辛うじて致命傷にはならないが行動不能にはなり翻り最後に全ての隙間を縫った喉への一撃呼吸さえ彼はままならなくなる。
 びくびくと体を震わせながら横たわる、発音さえ出来ない呼吸音がまるで空洞を流れるように響きもれた。

「のぅ、焔児。斬裂をやっても構わないという事にうそはないがのぅ、今のお前に渡せるとで思っておるのか刃の矜持も価値も知らぬような魔の術を操るものよ。刃を滅ぼし侮辱するような腕で、なおこの刃を欲しているようじゃがその程度でその程度でワシも操れんままに終わった刃を渡せるとでも思うておるのか?」

 喋れはもうしない、息はかれる前に漏れる。虫の息となった彼は痙攣を繰り返すだけだ、だがそれでも意識はまだ祖父に向いて、だがけれどもけども、彼は立ち上がろうとした睨み付けるように世界を見回し。
 魔術が使えるほどの精神状況ではないはずなのに、糸なしにはたつ事さえできない操り人形がそれでも定めにあがらう。

 それどころの話ではない、魔術は起動したのだ。

 魔術とは精神力にその能力が反映される、意志力とも言うその自己を冠する事が全てと言っていい。技術はその後に勝手についてい来るものなのだ、魔力を制圧し尽くす技術こそが魔術の基本、だから魔術師達は薬を服用するのだ。
 言い換えればそれをしないでいい人間た血が聖剣や神剣になれる素質を持つ人間は、薬を必要としない。人を上回る魔力素質と精神力、神剣であるならその精神がどれほどのものか考えれば分かるだろう。それこそ幾億の人間を殺してもなおそれを受け止め、罪悪感に押しつぶされないそんな人間ばかりだ。

 七歳の子供にそれを要求するのが神剣、王剣であった彼は神剣の価値をこの場で手に入れた。蘇生していく身体、魔術師の基本である自動魔術であるが普通はこれほどの傷を負えば使用は不能である。
 痛みが消えうせる、同時に身体強化、障壁、自動回復、徐々にではあるが身体の機能は取り戻された。

「僕はいらない、僕はこんなものいらないんだ!!渡せよ、なんだってあげる焔児の称号も、跡継ぎの資格も!!」
「証明を見せられるのか、魔術を捨てるという。剣だけに生きるという、大字鎚打之子焔児神篝土明(おおあざつちうちのこほむらじ かみかがりつちみょう)!!」

「こんなものあげるさ、今すぐにでも証明してあげるよだがからお願いだ、ただその刀を頂戴。この家から出て行く、だから頂戴、僕はその刃だけで良いから、他にいらないから、お願いだよ、お願い、僕のもつこれは全て上げるからお願いだよ」

 約束だけは守って、
 そういって彼は手首を切り飛ばした、溢れるのは血だ。ポンプからくみ上げられた井戸水のようにいくつかの間隔を置いてあふれ出す。いくら魔術といえど自動魔術程度では血の生成までは行えない、一瞬で彼は意識が遠くなって行くのを感じていた。

 けれど、……そこで踏みとどまれるがゆえの大罪人。

 こぼれる血で凡字を描く、魔方陣を書き加え、盃に血を与える。呪文の詠唱さえ同時に行われた、陣地形成、身体賠償、呪文増幅、神剣の魔術師が必要とする代償ではない、消えうせる手首が光の帯になって上下に新たな陣を書き加えた。

 凡字とは言い換えればアヅマのルーン文字だ、文字一つ一つの魔術概念を加える。さらにその文字に指向性を持たせる為に陣を書き加え魔術式を構築する、さらに過去の魔術では命や体の一部を代償にしてさらに上位の力を操る事が可能であった。血による陣地形成、血とは生命の代価であり、身体代償の一つさらに体の一部を使用する代償を加える、彼が今から行う魔術における代償だ。

 普段であれば誰もが使わないその代償系魔術、さらに魔方陣と言う名の要塞魔術、詠唱と言う名の魔術式の全設定プログラミング、即席であるが故の大魔術。神剣クラスの魔術師がこれほどの事を行う魔術なんてもの普通はない。その有り余る精神力と魔力、それをもってしても許されざる大魔術と言う事だ。

−器を想像、門を展開、結合するは杯− 

 言葉が発せられる、その陣に更なる力と意味を与える為に、まるで世界がきしむような音が響きわった。

-我が血は糧となる酒、杯に注ぎ乾杯するのは二人-

 陣となった血が一つの杯を作り出す、手首が変化しまるで水のような粘体へと変貌する。

−満たせ満たせよ、宴が始まり歌は狂喜する−

 カランと世界が一度乾杯の音色を奏で、

−我が生きる理の為に、我が原初の内物を供物にする宴を開く−

 最後の一言でそれは宴となる。奏でるのは歌ではなく旋律、響き渡るのは朗々と流れる開会式の祝辞のようだ。
 うざったらしく中身のない、価値がない、ただ眠たくなるだけの旋律が

−継承する人食い祭り−

 臓腑を喰らう屍祭りの開催を継げる音色が、まるで太鼓の音が響くように床が音を立て壁が殴りつけられたような音を何度も当たりに金切りならす。周りにいるものは耳を塞ぎ俯くだけ、足場も覚束無いほどに当たりは揺れ悲鳴を上げていた。

 魔術とは世界に対して強制的に進行していき、世界法則そのものを改竄しその結果が魔術として出現するものだ。優秀な魔術であればあるほど世界に気付かれないでスムーズに侵略し書き換える事が可能、炎滅の大魔術においてもその改竄の手際の素晴らしさは変わらない。彼はそれを今無理矢理押し通る、処女の膜を食い破る男のように、世界を陵辱しているのと変わらないその弊害が今この場に起きている事象そのものだ。

−乾杯−

 そして始まる。
 大字の鎚打息子字を焔児、神の篝を持って土に明かりを照らすものと呼ばれた神童が生み出した継承魔術。禁術とされるその魔術の名称は死肉喰らい、アズマの国にあった過去の伝承から来る人の肉を喰らう事によりその力を継承すると言う伝説から来ているその魔術、彼はそれをまだ3歳の妹に無理矢理与えた。

 杯から彼の力は与えられる、聖杯伝説でも見ているような奇怪さ全ての願いがかなうようなそんな力はない。だが、それは力を得られる知識を得られる、きっとそのころ朱里にはまだその杯の意味は分からなかっただが、彼女はそれに手を伸ばし飲み干した。

 最強を得る事になる大魔術師大字朱里いや正しく言うべきか大字神篝乃子焔喰朱里、彼が唯一魔術を極めると信じた少女はそうやって作られた。

 それが彼の始まり、その前の記憶は殆どを妹に明け渡した。魔力の使い方彼の操る魔術の知識、それ以外の全ての記憶も彼女は分け与えられたしまった。混乱する事はない、その全ての呪式を彼は詠唱として作り上げた。彼の記憶は飛んでしまうが、彼女には何の弊害もない魔力に関してもそのすべてにおいて代償を払うのは土明だけだった。
 乱立する記憶の複合を全て裂けそれでも彼女のプラスになる術式、死肉喰らい。

 そのために記憶と魔力、さらには身体の代償さえ払う、殲滅と炎滅の最強の魔術師の誕生は唯の一人の人間の欲望。だからこそそれ以上の形式の設定は行われず誰もが唖然とするその中で後に聖杯と名を改められる事になる魔術は生まれた。

 少年ははじけ飛びそうになる意識に楔を打ち込み祖父を睨みつける、約束だと、早くその刃を渡せと魔力がなくなって一層の凄みを見せる少年はそれこそ一人で刃のように鋭く、硬い。
 だが祖父が口を開くより他の人間の行動は早かった大封印が起動する、魔力をなくした彼はそれにあがらう術などない。まさか成功したなどと思う人間はそうはいないのだ、今始めてできた魔術それはまだ成功したかどうかさえわからない。術式を具現した槍が彼の四肢を貫き動きを止め、その場に縫いとめた。

「僕はここで捨てた、もう前の決意も覚えていない。だが渡して欲しいと思う、僕が全てを捨てたんだからあなたはその対価を支払え」

 腕は切り落とし代償と変え、流れ出でる血で意識は飛びそうだと言うのに、その意識は明確で残された記憶は少ないはずだと言うのに、祖父鋼路を怯えさせるほど冷徹に、願望だけをこぼした。
渡せ、その言葉がまるで斜陽の様に感じさせる。

 だがそれはすぐに在り得ない事だと頭を降らせるのはそう遅くはないだろう。

 容赦なく周りは封印の儀式を始める、大封印、侵食怪石しんしょくかいせき六道呪縛りくどうじゅばく、神経ごと体を縫いとめ、その後体中を石化させ、直感に到るまで全ての感覚を螺旋切り殺す。その全てを含めてもなおこの大字の篝無くなりし子供は止まらなかった。

「渡せ、他はいらない、それだけを渡せ/渡せ.渡せ=渡せ+渡せ、渡せ_渡せ」

 首までがすでに石と変貌し視覚は消えうせ自分がどこにいるかさえわからない。何もなくなったのに、彼は最後の最後まで言い続ける、叫び続ける。
 この後彼は半年間封印された、最強を捨て、大字当主の座を捨て、焔の申し子の字、そしてもう一つの字である神の篝を捨て去り唯太陽に照らされると光の跡と変貌する。そして消え去ったはずの刃の道を歩く、その姿はまさに斜陽だ。

 いつかは朽ち果てる、分かり切っているが分かりきらないそんな永遠の命題。いつかは終わるものに価値があるかなんていうその程度の命題だ。

 鋼路は無駄な思考を混ぜながら皮肉に口を歪ませる。すでに剣術など滅びきった術だと言うのに、ましてやその衰退を決めたのは自分であったと言うのに、なぜこれほどまでに嬉しいのかと、大千剣に負けて以来の爽快感だった―彼はあのときに刃と言う術を衰退させそして極めたのだろう。

 誰もが見れば歪んで狂い尽くした笑みだと称したであろう表情が作られる。
 だがそれは純粋に嬉しくて作られた表情だった、皺でぐちゃぐちゃになった顔がさらに嬉しそうに歪む。パンパンと拍手の音が響く…………

「神篝、いや土明、認めてやるぞこの斬裂この場所でくれてやる。焔児の字も、神篝の業も全て捨て去る代わりに、鞘不要まといいらずの斬裂を未来永劫お前のものにしてやる」

 だがその響きは彼には聞こえなかった。
 そして永劫の数年が流れる、封印解除がなされそして彼は大字の最後の極みに育てられる。彼に剣術を極める術はなかったが、それでも祖父を討ち果たす事になるまで彼はその長い間を走り抜けた。

***

 それから七年、全てを捨て去ってただ刃に生きたこの七年。
 燃えカス呼ばわりされ、最強を作り上げた化け物呼ばわりされる。大字の唄を使えない彼はただ武器を振るう、構えさえ使えないがゆえに彼は自分のたたかい方をする。型使いではないがゆえに、その刃の好きなように体を動かす。

 そうする事で可能になった、後の彼の技術。心臓の鼓動を合わせるように彼は刃と一緒にあった、90近い祖父との毎日の真剣での訓練。ただそれだけを続けてきた、そして彼は神の刃に届き、また一つ道を突き進む。いまだに納まる刃が不思議で仕方なくなるほどに。

 だがそれでも告げないといけない事実はある、そこに死体があった。
 彼は完全なまでに敗北した、場所は最高裁判所、敵は大千剣、それはまれに見る激戦だっただろう。大千剣の腕は切り落とされ、胴を薙がれ、魔術がなければ確実に死んでいただろう致命傷を追うほどに視認殺害指定犯罪者、大字土明は強く凄まじいものがあった。だが大字終曲 絢爛 その技を持って負けた。

 辺りにはあらゆる剣が存在し、斬ると言う名の意味があたりを飛び交っていた。大千剣、魔術兵器の黎明期に作られた王帝階位に順ずる力を持つ最上級の歩兵兵器である。だが残念ながらこの武器は彼女しか持つことを許されない。
 その武器は一振りにて千の刃を放つ、斬れぬものは無く、だがあくまでそれは口伝世界が使え聞かせたその剣の御伽噺。

 千を越える、それは太古では予想し得ない無限の数量。

 無限の斬撃を意味する千の数、言い換えれば数え切れないことを意味するその斬撃を放つその武器。地面にその刃をつきたてるだけで最高裁判所は切り刻まれる。それは世界を継接ぎに変える力だ、世界はこれ程までに脆いと突きつける力だ。

 絢爛、大字の業にして必殺と言っていい技だろう。それは居合い、単純で技巧を凝らさないがそれゆえに最強と呼ばれる終曲と呼ばれる業は極める事が難しく覚える事は誰にでも出来る、そして絢爛と呼ばれる業は二段構えからなる居合いの技術。元々はある業の発展から作られた大千剣固有の終曲であるが、こと武器が大千剣においては用途が変わる二段構えの必殺、周りを見れば誰もが理解する。

 居合いを放ち相手の武器を弾く、武器自体を無力化しその抜刀の速度から一回転、死に体となった相手の命を奪う。

 だが大千剣は無限の斬撃、それこそ竜巻のように相手を切り払う、彼はどちらも受けきる事ができなかった。斬撃の進軍が、彼を切り刻み体中をなぎ払う、腕は切り落とされ足は動かず胴はもう千切れかけ切り刻まれると言う形容よりは押し潰されたと言ったほうが正しいようなそんな傷だった。

 左腕だけ、ただ斬裂を持つその腕だけ一生涯はなすつもりはないのだろう二人はそうやってつながれていた。たった一本の腕だけが彼と彼女を引き離さない。

「化け物か大字に生まれる剣士達は…………封じたはずの大字の技巧さえ使わないと勝てないじゃと。人間じゃぞ、人間の分際で、我が捨てたたかが刃で我に喰らいつくか、喉笛を噛み千切るのか」

 けひゅぅ、けひゅぅ、ひゅ、ひゅう、

 生きている、死体はまだ生きていた。だがもうこれ以上は彼には出来ない、意志で体を上回ろうと物理が限界を突きつける。生きているだけに過ぎない肉人形、足はどこに行った、体は辛うじて繋がっている、腕はなく、斬裂という刃に触れることさえ許されず。
 呼吸が響く、勝てないのではない、負けないのではない、逃げないと決めたそれだけの為に彼はここで負けた。

 まだ道は途中、運が悪かった、だがそれと同時に最高の機会でもあった。彼の一生涯の目的の一つ、刃を侮辱し刃の頂点に立つ女を殺すこと、そのためだけに彼は過去を捨て生まれたのだ。

「不愉快すぎる!!羨ましすぎる!!なぜ人間でここまで出来るのだ!!」

 感情を隠そうとすることさえ出来ないだろう、最初の神剣にして最強を蹴落とし最強となった剣を捨てた剣豪。大字の一人であった女は自分が惨め過ぎる事を感じていた。 最強に成るために剣を捨てて魔術を選んだ、それがいま剣に頼り剣をもつだけのものに敗北しそうになったのだ。

 すでにそれは敗北だろう、命を奪われる事だけが敗北ではない。その決意を寸々襤褸にされたのだ、これ以上がないと思ったその道でこの上ない侮辱だ本当であればその道を進みたかったものが大字と言う重圧に負けて逃げ出した自分を苛むのだ。
 自分もその道があったと、この二人は実は対照的だった。最強を目指すために魔術に走った才能のある剣客、最強だったと言うのに魔術を捨て剣を手に取った無才の魔術師、だがこの二人は似ているようでやはり対照的なのだ。

 彼は目指すものを見つけたから捨てた、彼女は見つけるものがあったにもかかわらず逃げた、走り去ったものと走り出したもの、どちらが目的に辿り着くのが早いかぐらい誰でもわかる。

 屍は動く、屍は動く、蓑虫のように蠢く、死ぬ間際だと言うのに、大千剣の勝利をあざ笑うように立ち上がろうとする。

「……、…、………、…………、……………き」

 だよな、絶対に、生きているのなら、武器を振るい続けなくてはいけない、そうだよね絶対にそうだろう斬裂

 ここには最強はいない、ましてや彼は犯罪者あとは血を流しえ死ぬだけの塵屑。だが振るえる腕があって、生涯の目的がもうそれしかないのなら生きているだけで彼はきっと塵屑で、武器を振るう瞬間斬裂とあるときだけの時間が彼にとっての時間なのだろう。
 だから彼は武器を振るう、それしか脳のない男が生きる価値はその程度のものでそれが出来ない人生は何の意味もありゃしない。語りかける、何度も斬裂に語りかける。

 何度も試してきた方法を使う、口に刃を当てる。女王に忠誠を誓う騎士の如く。

 ただ武器を振るうために剣王と開いた意思一瞬とはいえ上回った、再現を見せるいやそれより状況は最悪だ両腕がないのではなく片腕両足体中から溢れている血。もう限界はそこだ、だというのに彼は左腕に力をこめる。その瞬間傷口からまたも血が吹き出た、けれどそれは数秒も促す血さえないのかもしれない。

「まだか、まだ終わらんのか。我の刃を受けてもなお動くか」

 答える言葉彼にはない、ただ左腕を上げて振り下ろす。喋る言葉もなく、ただ奇声の様な音が響く地面に亀裂が入り砂塵が彼の周りを包むように渦と成って現れる。
 体ごと浮かす、口に構えられた刃だけが武器の弾丸が低く地面を駆ける。

 ただ死体になりかけていた彼に止めを刺すべく現れていた正道将軍に向けて彼は刃を放つ。

 聴いていた言葉を発した言葉を忘れないからこそこの結末はあるのだろう。刃が脳に奔り、二度と動かぬ木偶が出来上がる。その終末は容易く、手に入れるはずだった刃その二つの刃の前では脆くも切断される運命にあった。殺されても他のものには彼女は明け渡さないそんな意志が彼の中にあった、

 そこで刃は墜ちる、貫いた頭から彼が倒れるその体重の重みで正道将軍は両断される。

「−死んだらその刃は私が使わせてもらいますよ−だと、戯けが戯言もそこまで行けばおぞましい言葉にしか聞こえんよ下郎。主と私を引き離そうなど片腹痛い、さぁいまそこで疾くと去ね」

 その刹那の死の前、永劫の生の中、確かに彼女は彼の声ではない女の声を聞いた。

 さぁ、極限の中抜剣戦争最大の山場にして難所が引き裂かれ具現する。

 確かにもう彼は魔術は使えない、だからこそ誰もがそれを魔術だと思った。腕一本でそれでも動き続ける人間が人間のままある訳が無い、そしてその腕が生えてくるなぞ誰が想像するか。だがそれは気にする事ではないだろう、理由は容易い、この広大世界の法律に過ぎない裁かれ死んだ死体を侮辱する事無かれ、ただそれだけのことだ屍を人間として埋葬してやるためただそれだけの為に体の蘇生剤がある。

 誰であっても理解できる、現代で言うところの殺人はいけませんと大して差はない。だがそのルールがあるからこそ。

 一度倒れた死体は起き上がった。

 強制的に直された体は、簡単には動かないだが構えは変わらず。思いは変わらず。

「まだ生きているぞ、まだ生きてる。戦える武器が振える」
「どこまで汝の頭の中で我は踊らされている。どこまで勝つ手段を用意した」
「当然無限、手段は幾星霜の彼方まで。この刃の道と同じほど、出来るできないはおいておいてだけどね」

 狂人はいつまで死んでも狂人だ、空気を切り裂く、世界を斬り放つ、そのためだけの思考回路しかないのだから。ひゅん、ひゅん、きぃ、きぃ

 音は止まない

 無差別の切断があたりを巻き込みながら居合いの構えその技は彼を地面に伏せさせた大字の絢爛、大千剣
 ぶらりと垂れ下がる武器は獲物を喰らうそれだ、斬裂

「終曲、その業で殺せないものがあったこと自体我は驚きだ。
 刑は先ほどで終了汝はもう無罪放免、だが我は殺す。醜い嫉妬だ、浅はかな怒りだ、魔道将軍、正道将軍、この二人を殺して生きていけると想うなこの一心不乱の刃の男」
「別に……、いいからこい二度同じ技を僕に見せるなんて愚行をする奴に僕が負けるわけがないだろうが。
 命に価値はないと言うのに周りはくどく僕に命の大切さなんか説明する、生命になんて価値がないその存在が大切なだけだ。お前らの言葉で僕は動かない心を動かせない、だから死ね屍に成ってでも言ってやるお前らは死ね。
 人の決意を奪おうとする正道将軍、人の片割れを奪おうとしたあの塵、生きて返すわけないだろうがあいつを殺せただけで今は満足だったけど。
 大千剣、ここで僕は捨てる僕はここで大字を捨てる。

 戒名 土明 ではなく本当の真名 我が名は神の篝に照らされる土の明り 祖父は一度僕にこの名前を与え僕は捨てた、そして二年前だ、二年前再度僕にこの真名を与えて死に絶えた。

 だが僕の道は所詮外道の歩む畜生道。だからこそこの名前なのだろう覚えておけ大千剣お前殺せば僕の名前は大字ではない、斬裂という神篝があって始めて輝く土の明、我が名はついたち、月の光を与えられない月の名前」

 震えが奔った、彼女はその意味を知っているからだろう。大字にいた人間で神篝を与えられていたと言う事実太陽を意味するその名とその光に照らされる狂気の象徴、大字の精神の到り 狂ヒ神ノ至 、身架月を象徴する細い刀を引っさげるその存在に相応しいと彼が歌い続けた夢想の到達点。あと一歩、後一歩、そうやって果たせなかった場所にいるものに与えられる狂気に飲まれながら狂気ではない何かを持って全てを担うのが彼ら、大字の一つの到り刃狂いの最後の極点。

 誰もが到れなかった人格破綻者の極み


 与えられ支配名の称号 新月たる象徴 朔 、それ彼らが鞘を放つ瞬間よりその名前をは拝命される。拝命者を神篝の至 大字鋼路 、才能を持って生まれし刃狂いの到達点、輝きを持ちながら刃の為に与えられるその称号とつきを意味するその名前。

「かつて我が目指した鋼路殿と対極にして同等の道、大字でよりにもよって我以外にその至りを目指した例外にいようとは」

 その名前を聞いた、その至りを聞いた、その至りに塔に辿り着きながら鞘を捨てていない歪みを見た、太陽である神篝ではなく、夜の世界、世界に光を与える旅人達へ祝福、彼女が挫折した道の到達者がいた。

「逃げた奴が言うな、精神の破綻さえ省みない精神がない奴が言うな。この道を目指しているなら、逃げ出すな、前しか見なかったら良いだけ誰でも出来る」

 いつかきっと、それを一生続ければ容易い事だ。
 だがそれが出来ないのが人間、後ろを向かない事がないのが人間。だが目的を持ち奔り続けるのも人間、だからこの二人は似ながら似ず、在らず在る関係なのだろう。才能を持ち逃げ出した剣王、意思だけを押し通す子供である剣王、

 それはきっと尊くて悲しい思いなのだろう、だがその意志の決着は容易いがゆえに緊迫、結末が故の最速の居合いと最速の一太刀、極大と極限の打ち合い。

 この二人目指すものはきっと同じところにあって、その手段がどうしても見つからなくてがむしゃらに前を見ていた。けれども後ろを振り返ったただそれだけでこの道に来ることはなくなってしまった。その瞬間この二人の道が重なって、似すぎている所為で絶対に許せなくなるのだ。

「化け物め」
「臆病者め」

 それは弓の弦のように張り詰めている空気の中での対話。
 人間と人間でありすぎるがゆえに人間でないそれの結末が始まる。

 大千剣は終曲 絢爛 、それは彼女が大字と言う名を持っていた頃最強と信じた己が大字最強の奥義。
 ぶらりと垂れ下がる刃が怪しく呻く、それが斬裂という名の刃を与えられた朔と言う名の男の最強の意思。

 結末はいつか、バラバラに切り裂かれた世界に二人の刃狂いの名は、その二つの意思の結果は残らない。ただしかばねだけがその結末と成るだけの道、それが月を思う獣達の終幕。

「大千剣、もう両刃では無理だ。二度目では負ける、戻れ桜花。この化け物はどうせ大千剣じゃ仕留められない」
「大字皆殺しの桜花、絢爛たる刃を振るうあなたには相応しい限りだ。なるほどね、殺意と言う指向性を刃と変えて振るった皆殺しと言う刃に相応しい形で、それが対国家最終兵器大千剣の本来の姿かいや流石と言うべきか大字の武器はつくづく美しい。どれも一切合財斬裂には劣るにしてもだ」

 元々桜花と言う刃と絢爛と言う技は一対の技である、これが終曲になった理由はこの大千剣が所以である。

「当然だ、我の刃は桜花とともにある。一生使うことはないと思っていたのに、ならば大字らしく口上を述べるべきか?」
「当たり前だ、刃と共にあるならその決意を口にしてみてろ。今ここで僕が朔となると名乗ったように、桜花の持ち主としての決意を名乗ってみろ。ならば大字の剣士として最強を持つ僕がお前を完全に打倒する敵だと認識してやる」

 そうお前が最強と信じた剣術の至り大字鋼路を打ち崩した剣客として。
 魔術なくして勝つことが出来なかった刃使いを超えた存在として、不恰好な構えながら彼の構えは嘗ての彼の祖父が最も得意とし、彼と祖父の結末の際に二人が使った業、大字もう一つの最速 空走 、終曲の中で最も会得が難しい技の名称である。技術は必要ないが極める事に関してそれは永劫の道になるだろう。

 二段構えの居合い抜きである絢爛、空走はただの居合いだその一撃に全てを打ち込む業、だが鞘を持っての居合いは出来ない。

 だが大千剣は心が躍る、最強と信じたそれを打ち崩した存在が人間として戦うと言っているのだこれほどの価値のあることは無いだろう。無才が極み、それが繰り出す最強を持つ刃どれほどのものか。

「我は」

 だからこそ口が緩む、もう声が止められない。

「我は大字の舞曲、絢爛たる刃桜花を担う遠月の遠吠え。字を屍祭り、戒名を大千剣、真名を大字鋼路ヶ友月狂八重おおあざこうろがともつきもとめやえ、目指した道はすでに外道、月を求め月から道を外した外道、だが今はその道を真っ直ぐと外道なれどいまだ月を目指す」

 それこそが彼女の名前、それこそが彼女の道、狂うほどに月を求めた結果がここにある。
 だがその口上とともに彼は白鞘を切り落とした。彼が今まで言ってきた言葉だ、今まで言ってきた決意だ、鞘もなく彼は居合いの構えを取る。彼は到っていないと言った。だからこそ鞘が必要だと、だが一生涯刃となると決めた存在にその言葉は不要いらず

 絶対の刃に彼は手を置く、指なんて切り落とされるはずの刃に手を、

「何時は我を越えられるか、地獄のそこで大笑いしている鋼路殿の様に」
「当たり前だ、証明は容易い。人間がどれほど恐ろしいか教えてやる月狂」

 それが空走、ただ一度だけ追いついた祖父を超える領域。
 通常の刃ではこんな業は無意味だ、指を切り落とすだけ。だが彼は切り落とす事もなく祖父にこの業で勝っていた、ならば理由があるそして何よりもう鞘が要らないという証明はこの瞬間なされたのだ。
 
 だが手では鞘走りは期待できない、だがそこに響くのは鉄の擦れる様な音。時間を数千にも渡って分割すると分かったであろう彼の手と刃の間には火が走っていた。 
 
 それが激しい摩擦で起きる現象である事ぐらい誰もで理解できるだろう。あの鞘要らずの斬裂をもってして切れていないという事実がありながらだ。
 一合触れ合う刹那、流星でも振り落ちたようにあたりは真っ白に染まるりばきんと地面が割れたような音が響き渡った。

「血ぃ、二度殺しの絢爛が弾かれるだと」
「くそ斬るべき場所を間違った。こうなると早すぎるのも問題になってくるのか、爺さんの時とは違う無自覚じゃないから彼女は答えない」

 二人はいつの間にか構えを元に戻す、一歩も引かない意志はそのままに。

「だがあの斬裂が皆殺しの字を持つ桜花を切れぬという自体、汝に何か起きたか?」
「いやこれが本当の斬裂だよ、鞘要らず、達人殺し、使えないからつけられた名前に過ぎない。この刃の字は別にある、もう白木の鞘で眠る事はないだろう満月の望これがこの刃の名前だよ本当のね、だから僕はあの時見惚れた、彼女以外を見つけられなくなった。この月狂いが来る道は刃の為にある道才能があるものの為にある道じゃはなからない。
 刃の全てを出しつくす道、だから僕は斬線を消し技術を蹴り飛ばし理合いを排除した。刃が動きたいように、肉人形となる道を選んだだけだ。なら刃がいつ斬りたいんてことを把握してやれなかったらこの道はならないじゃないか」
「だがそれは剣士として大切な己を捨てることじゃろうが汝」

 そうそれだけの事だ、だがこの刃がそれだけでない事ぐらい理解しているだろう。だが大千剣は納得できない。
 だからだろうあの女が現れた。あの女、斬裂と称したあの女が。

「だから己には到れんのだ大千剣、桜花と言う月狂いの一つの妄執すら受け止め切れんお前程度では月など求められはしない」

 黒い大河が流れ刃が変貌する、女性らしい丸みを帯びた姿。大千剣にはない‐胸‐その姿がある、浴衣に見えないこともないような薄地の着流し、その瞳だけは彼と変わらない、ただ深紅の刃が具現した。
 その刃の構えはおそらくは絢爛、正しくは巻きゴマと言う演奏法を彼女が昇華した姿が絢爛であるが、その女はまさにその業が私のものだというように非現実なほど現実的に絢爛の構えを取る。それは自分が剣士として彼女に劣るわけがないという挑発、ただのその一点のみで大千剣は刃を構えた。

 いろいろな疑問があるだろう、なぜ彼が消えたかとか、そもそもなぜそこにいる女は大字の型をあそこまで再現できているのか、だが己が業を公然と侮辱されて許せる剣客がいるであろうか。

「汝」

 いるはずがない、剣を極めるために剣を捨てる外道を行ったとはいえ彼女は大千剣は心の底から剣士である。
 その挑発に乗らないわけには行かないのだ。

 構えは変わらずに絢爛、技が分かっていれば避ける事なんて容易いはずでありながら。王帝階位のエイダ圧倒した女は神の篝にて敵をねじ伏せようと烈火を放つ、だがその存在はどこか不安定にも見えた、どこまでも女でありながら、どうしてもかぶって見える存在がいるのだ。

「主様、我が不敬をお許しをだがそれなれどこれは私と主様の両方が喰らうべき供物。剣士として戦わせるつもりは私とて毛頭ありません」

 そう誰かに、確かに、

「ふむ。あえて名前は問わぬ、だが名乗りを上げる必要がある敵だというのはわれも理解した。
 これは口上ではない同門であろう物に対する礼儀じゃ」
「必要ないのですが、私達刃崩れには必要なのでしょうね。目標だけしかないと言うその無駄な存在理由を証明するためにも」

 殺気と言う名の刃の陣が具現化する、それは二人の刃を佑に超えるほどの幅を持っていた。それは二人の刃地、二人の刃が一息の間に切り開ける世界の名前だ。
 だがまだ刃は動かない、

「名は言わぬ、大字の大目録術の許し‐免許皆伝‐花鳥風月の花を貰い受けた刃狂い。極めた序曲は巻き独楽、紡ぎし終曲は絢爛、奏でる曲は葬送曲紡ぐ題名は桜花絢爛さくらびのうつつ、境地には程遠い外道屈辱くるいくるわせを奏でられようと我の道は月に進む」

 それは大字に与えられた言葉、同門同士が神剣での果し合いを行う際に告げる死に化粧。
 自分の技、その始まりから終わりを告げ、歌曲になぞらえて己が最強を紡ぐ。

「そこまで言い切るとはなんとすがすがしい、あくまで目指すなら侮辱も否定もしまい。だがすまぬ、私には大字の禄もなければ業もない、だが何時の年月を私はこの数分で凌駕する。それが私に出来る最大の名乗りだ」

 りぃんと二つの渦がその大気を巻き込み疾走する。
 避ける思考はない、紡ぐ理想もない、油断なき意志もない、この一瞬刃以外に二人の意識はいこう筈もない。二合にて一合の刃の一撃、初速は空走となんら変わりは無い元々一撃必殺と二連の必殺である絢爛、二人の剣客が対決するおりに使われる物でありそもそも大字の終曲には居合いの術はなかった。どちらの考えが剣の術理にあっているかそれを決するための業。

 だが刀は脆い、先ほどの打ち合いでさえ刃こぼれが起きていた。
 もう一度でもこの刃達が打ち合えば問答無用で折れるほどの速度と威力を持っている。一合目の回転では刃が触れ合う事さえなかった、だが刃の風圧の摩擦か火花が散る、軸はそのまま体は円を描き刃が追撃の一撃を放つがそれだけでは止まらない。免許皆伝にまで到った大字の剣士に言えることだが体の制御が人間の域を超える、力の全ての動きを理解しその動きを操る。初速の一刀、空走の速度をままに再度の一撃。

 罅割れる音が聞こえる、それは鉄の悲鳴か刃の絶叫か、それとも猛々しいまでの勝利の咆哮か。結果は、威力速度ともに互角の一撃はそのまま彼女達を弾き飛ばす、鳴明めいめいする視覚と聴覚の中、剣客たちは全てが黒く染め上げられた。

 最大の力を組み込んだ最強の自負する業が相打ち。
 だが相手もまた同じ事だろう精神と身体が乖離し自分と同じような状態になっていることだろうと大千剣は確信した。勝つためにはこの状態を戻す必要がある、意識を強く持て彼女は何度も自分に言い聞かせる。

 事実は大千剣の読みどおりだったが、その乖離した感覚で大千剣は声を聞く。砂を確かに踏み込む声を、一人の男の声を、そして見えなくても分かる彼の構えは変わらずに空走、彼女が最強だと信じた男の業。抜き放たれる光景さえ見えなくても分かる、だから声だけを彼女は聞き―――――そして、

「彼女は言っただろう、お前は僕と彼女が喰らうべき供物だと。最初から二対一と変わらないんだ僕と彼女は、一人で戦うお前には理解は出来ないだろうが」

 確信した、

 理解した、

 本物が自分を殺すと不細工なほど砂の音は世界に響く、一定とした音ではない、それこそ先ほど二人の天才が紡いだ曲に比べればなんとつたない事か。だが愚直で、その曲を弾き切ると断じたその姿は美しいとさえ感じる。
 だが理解したのは彼の意志ではない、刃と音色、なんと鋼路殿や私と比べて澄んだ音色か、なるほど月狂いの道と入ったものだ私はすでに―――

 ――――宿ねむれと、刃は大千剣を切り伏せた


***

「月の意味を理解したか月狂。そして一生涯忘れるな僕の名前は朔、良いだろう色のない月の始まりだ」

 二人がいなくなった中彼はぼんやりと呟く。だが視線はこの場所から周りを覗くだけだ、辺りには法律騎士団(魔術師の警察組織)が存在した法律では確かに彼は無罪放免となっているが、たった今彼が切り伏せた二人はこの国の中心にいる二人だ。 
 罪状はいうまでもない国家反逆罪、そして殺人罪、上げるならまだでるだろうが視認殺自害指定をラッピングしてプレゼントするのに相応しい理由である。

「大千剣よりしゃれにならない、あのときみたいに魔術無効の結界があるわけじゃない。ったく、あいつもこいつもどいつも、僕だって少しは休憩したい」

 其の癖にやけに楽しそうに刃が振られる。
 さぁいざ逝かん、荒ぶれる地獄の門へ。世界に敵対しろ、世界を斬り放て、我が刃は月の称号を持つもの。絶望よ絶望よ今か今かと歌い踊れ、斬と世界が断ち切られるゆらりと刃が振り降りる。こぅと世界の風が断ち切られる。

 それは後の世界切りの術を編み出す事になる剣王戦争で最も多く人を殺した単体国家勢力、極大混沌勢力、



「じゃあさっさとお前ら僕に切り伏せられろ」

 魔術が起動するよりも一瞬早く、彼は横に一線刃を振るう。血走りと後に呼ばれる事になる切り裂いて溢れ出た血が彼の刃の跡を辿り其の血が纏めて後方を切断する技法である。彼のこの軌跡は非常識極まりない、居合いにおいて真空を放つ技法がある限りなくそれに近い物ではあるが十メートル以上はなれているが人間が断ち切られていくさらに血が伝播するように後方の人間まで纏めて切り裂いくそんなありえない技法ただ早く斬るを極めたものが使う業。

 血が進行する、激震する、術式防御はなぜか無効化された。理由はあるだがそれは彼らを守るものはずだった。味方識別と呼ばれ味方に魔術被害を与えない為の識別術、魔術によってダメージを与えるだけでなく、守護壁などの共有を可能にさせる術。これは死体であっても変わらないかなり使い勝手のいい術だが、今の彼の武器は敵の血だ、それは識別術のお陰で斬り殺されていた。

 進軍せよ

 進撃せよ

 さぁ、さぁさぁさぁ!!

 それは血を操るように蠢いた、血が彼の刃を通り鞭のようにしなり、打ちつけ、散弾する。だが相手も馬鹿ではない、そんな状況を乗じさせておくほど甘い存在であるわけがないのだ。崩れていた陣形は血を凝結することで元通りとなり彼の攻撃はそこで一度終了する。
 ここは絶対死の領域、戦場において魔術師でさえ死んでしまう領域。

 視界がなくなるほどに爆撃が降り注ぐ。
 あたり一面に無秩序の破壊が降り注ぐ。
 
 だがそれは小隊レベルの攻撃に過ぎない、敵は軍隊である、後方からは王帝階級とまでは行かなくても集団魔術が放たれる。光の軌跡が粉塵を生成し視界をぶちまけながら、其の粉塵さえ利用して爆発を起こす。

「馬鹿かな君たちは、あれだけ血を操ってた僕が大量に血を浴びないなんて奇跡があるわけないじゃないか」

 ここでまで彼は無秩序に敵を殺していたわけではない体中に浴びるほどに降り注いだ敵の血液。味方識別ここ出まで彼らの攻撃を邪魔する、だがこの手法は古くは鋼路の時代から使われた常套手段の一つ、聖剣レベルになれば話は変わるが真剣レベル程度で話にならない。魔術に対して致命傷を消した彼は一気に集団の中に突っ込む。
 だがこの状態でさえ魔術師のほうが身体能力は高い、しかし彼の刃はそれ以上に早かった、回避を許さないその刃の閃光、肉体を切り刻むのにそれほどの時間は要す事はない。斬裂は油で切れなくなるなんていうほど甘い刀ではないのだ、そしてまた血の暴掠は始まる。

 彼にダメージがないわけではない、内臓はすでに行かれているのだろう口から血がこぼれているのは確認できるし。刃を持つ手を見てもどう見えも震えていつすっぽ抜けるか分かったものじゃない。だが戦況はそう言う問題を超越していた。

 魔術師が人間に負ける、その事実だけがそこには存在する。真っ赤に染まった人間が戦場を縦横無尽に駆け抜ける、彼の新劇を阻めるものはそこにはいない、人間として魔術師に勝ってきたものがこの程度で負けるのであれば、最弱使いであった鋼路は神剣以外に敗北をしなかったなんていう事実はありえないのだ。盤面は今彼に完全に握られた。

 事実が混乱となって押し寄せる、大千剣を殺し神剣を殺した人間、一対一ではこの世界で敵うものはもうそれほどはいないのだろう。彼は常に状況を一対一にしようとして戦っていた。実際にそんなことが可能である筈はないが、限りなくそれに近い状況に彼は持っていくついでに他の人間が死んでいくのは彼の計算の中には実は入っていない。どうしても人間と言うのは個人差がでてくる、それを統一し行動を行うが軍隊の基本であるのは間違いないが、限界は何者にもあるこんな混乱した状況ならさらにだ。

 振るだけで血の線が己らを皆殺しにし、それが魔術でないという。想像できないその状況に彼らはただ混乱する以外の術を持たない。

 復習と言う決意があってもそれをうわまる非常識に彼らはただ追い詰められ屍の山を作る。

「なぁ、いままでずっと切れなかったのに君って奴はどこまで斬れるんだよ。まだ、だろここまで切れてもまだ本領には届かないなんて底知れないにもほどがある」

 まだ足りない、まだお前なら斬れるだろうと彼は刃を鼓舞する。 
 それはいつからだろう、彼が持っていた白木の鞘は消えうせ。ただ刃が縦横無尽に動き始めた、これが襲撃事件の内容、永劫未来の轟く剣王の胎動だ。最終剣王、最終剣王、そして空に刃が再度走った。

 それはまるで血の刃だ、今までが線であるならこれは刃、物理と概念が中途半端に融合したような代物。それは一瞬波のように彼ら騎士団を飲み込むはずだった、だが彼が武器を振るうだけで世界は一変する、まるで刃に吸引力でもあるように高々と血は掲げられ、横一線に敵をなぎ払った。血は振動を持って世界になぎ払われる、質量を持った血の塊が衝撃と言う名の壁によって破裂し、まるで銃弾のように塊となってあたりを貫いた。

 戦場でさえ耳にしない、粘着を持った破裂音と言うありえない音が耳に響く。この瞬間その音の場所にいた彼の鼓膜は破裂する、それは敵も一緒だがそれで止まるものと止まらないものは明確に分けられた。それは彼一人だけ、音がなくなり指揮か聞こえなくなり狂乱する男、他にもさまざまな混乱があたりに起こる。最もそれは少数、血の弾丸が彼らを次々と屍が増えていくだけだ。

「これだけやって魔術じゃないって言うのが自分で思うけど常識外過ぎる。彼女の力は知っているし教えてくれるから分かるけど、刃有一切不要‐ヤイバイガイアラズ‐、茎に入っていた言葉だがこういう意味ね。悉く自分は刃だと言い張る当たり彼女らしい、ならば僕はこんな感じなのか」

 我

 陽炎が蠢く、それは大隊規模で使われる国家級の集団魔術王帝階位 7−16 の所為だ。だがそれを知るのは実行を命令したものと実行しているものそして朔、彼ぐらいのものだ。

 一生

 もうそれはどうしようもない、発動するのは確実で狙いは彼だ。避けると言う可能性があるような速度で放たれる魔術は少ない、彼が今まで避けていられたのは半ば運と、発動前にその形式を理解できるだけの知識、そしてその判断までの速度、そして最後が絶対死亡距離であった事だ。簡易魔術に追尾機能があるものは少ない、だが戦争魔術では話が変わる、対象を確実に狙うための攻撃のほうが多いぐらいだ。

 刃

 回避は不能、だがいつもの笑みでいつものように武器を構える。
 その陽炎は前線の兵から見れば地獄の演出、また化け物がうめき始めたと思う、何かまた自分達殺し尽くす手段でも考えたのではないかと。だが彼らの思考はあまり意味のないものになる、魔術は起動して彼を穿ち抜いたからだ。

 捧

 気付いた兵士達は感謝の声を放つ。勝利を確信するような声だ、7−16は熱光線のように彼のいた場所を削り取っりそして最高裁判所の障壁によって無効化された。そこで彼らの希望は潰えた、

「なんてどうだい、いやこれ以外に僕には考えられない。ちなみに騎士諸君いい考えだが失敗だ、ここにある刃をなんと心得る、恐れ多くも神剣位大千剣所有する大千剣、真名を屍埋まり‐皆殺し‐の桜花、君ら如きの魔術じゃ大千剣は揺るぎもしない」

 相手の声など聞こえやしないのに、なんとゆるぎなく高々に吼えるのだろうこの虎狼のような獣は、刃は地面につきたたられる一人しかいない最大勢力は自分はここから逃げる事はないいざ参られよ騎士諸君、その決意の事ごとくを清浄の彼方まで切り刻んでくれる。ふてぶてしく傲岸に、いっそすがすがしいまでに傲慢に、つきに狂った人間は切り刻む世界に心馳せ、思いに狂喜をゆがめる。

 そこには武器となる血もなく、視覚たる陽炎もない、早く来いと挑発する刃狂いが一人200の魔術師に戦を挑む。いや挑戦者がどちらか錯覚させるには相応しいだけの能力と器量のある獣だ。

 最悪結末の化身が今ここに、魔術師に劣る力で、魔術師に劣る能力で、ただ刃のためだけに世界を切り刻む。そう世界は今間違いなく、かすり傷程度だが切り裂かれる、イタイイタイと悲鳴を上げながら、彼の敵を量産する世界は常に残酷無比の慈愛に満ちているのだから。

「だからここで決意してやるお前らをここで塵殺す。大千剣もらうぞお前の刃、もう白木じゃ意味がないんだお前の柄頭首の代わりに貰い受ける」

 そうだからこそここに悪夢が一つ誕生するのだ
 白木の鞘は砕け散る、彼は桜花の刃を切り落とし持ち手を奪い去った。それは彼にとって初めての感触で彼女を始めてまともに振る機会になるのだ、刃を納め二度と刃が離れぬように彼の切り落とされた腕の骨を細かく刻み楔とする。

 多分そのとき彼は始めて刃を握り締めたのだろう、すべり飛びそうなその刃が始めて自分を受け入れたのだ。呼吸と鼓動が交じり合う、せき止めていた感情が溢れるように、斬裂という刃に魅せられて以来始めて彼は人間としての感情で笑った。

 200じゃない千、いや万、世界は彼の敵を量産する。足止め部隊(魔術師の才能のない人間)五万、真剣階位魔術師二千、聖剣階位魔術師千、王剣階位魔術師十五、ただの戦力に直すなら、国なら簡単に二つ三つ落としても有り余る戦力である。それが彼の敵だ、しかもその後ろには七人の神剣が存在している、鍵封けんふう呪狂のろいぐるい鎧威よろいかかばね殺人卿さつじんきょう機塵きじん酒乱のんだくれ、その戦力をもってして彼の勝てる可能性はあるはずがない。

 だがそれをもってしてもこの国の戦力はまだ半分と満たない。まだこれは大千剣子飼いの部隊に過ぎないのだ、加えると言うならまだ後十万は増えるこれは確定の事項だ。

 彼はこれを見て、刃を握って笑った、試し切りには、

「申し分ないにもほどがあるほどの量、質ともに優れている」

 
 しかしながら、残念な事だ。彼の活躍は襲撃事件の初めの部分にしか載っていない、カイエダ襲撃が宣戦布告ならこの大戦はガイングベーデーデー決戦の大千剣死亡の部分以外に彼が登場する事はない。この後のジベンガイ砦崩壊、十二剣崩壊、ホウジュゲイルブ大平原の最終決戦に至る本格的な戦争になる始まり。つまりこういうことだ彼はここで活躍したのは大千剣の部分だけ。

 だがしかししかしながらだ、ある一文がこの決戦の火蓋を切ったという。それは最強の魔術師が軍を指揮する際にある血柱を見たと、物理と言う観点で話すならそれはありえない、だが根本的にいえばありえないことではない、無慈悲なまでの力と大量の血があれば可能ではある。


 それは血柱というにはずいぶんと鋭いものだった、まるで何かの軌跡のように意味を持って存在し意味を持って切り開いていた。
 後の世ならともかく今と言う世界でこれを行える人間が神剣以外にいるはずがない。

 もしその騒ぎの中心点だったとしたら、風が断ち切れる音が響いていただろう。そして納まる刃もないはずなのに鞘に収まる音が、世界に斬り響いていただろう。

 なんにしろ、その日から世界は切り裂かれていった。



 それが後の世の最終剣王 朔 、後の歴史書にまで字の似合う化け物として存在する最悪勢力の名前だ。
 そしてここで一度彼の物語は閉幕する。歴史書に紡がれる網一人の悪夢、炎滅の最強 大字朱里の物語。

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